インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
それは、聖なる呪文。
それは、希望の詩。
ひとしきりマウントポジションからの拳の連打を終え、アルは一仕事終えたように立ち上がり、額の汗を拭う仕草をする。
「ふぅ……さっぱりしたぞ」
「ま、前が見えねぇ」
言葉通りさっぱりとした表情をするアルとは裏腹に、一夏は酷い様相だった。
なんと言うか、じゃがいも?
普通ここまで顔がぼこぼこになっていれば後に後遺症なりが出そうな気もするのだが、しかしそれを前が見えないだの痛ぇだので済ませてしまうあたり、やはり一夏もだいたいおかしい。
次の瞬間にはもう元通りだし。
「つーか何しやがりますかねアルさん!? こちとら涙無しでは語れない再会エピソードを予想してたんですがね!? なんでこんな再会になっちまったかなぁ?!」
「う、うるさい! 汝があちらこちらで鼻の下をのばしていたからであろうが! こちとらこんな辺鄙な場所から出たくても出れぬというに、汝というやつはぁぁぁぁぁぁ!!」
「鼻の下!? いつのばしたってんだよ!!」
「同室になったあの眼鏡の小娘やら女の癖に男として入ってきたあの小娘だの覇道の小娘に決まっておろう! 特にあの男装小娘とは、一緒に風呂になんぞ入りおって……!」
「そ、それは……」
事実だけに言い訳できない。
いくら自分が望んだことではないとはいえ、やっちまったのは事実なのだから。
「……不安だったのだぞ? 妾の事を忘れて別の女のところへいってしまうのではないかと……汝が妾の事をずっと覚えていたと言うのは分かっている。だが、今の今までそれに答えることすら出来ず……あ、愛想をつかされるかと……そう思うと……!」
「……アル」
あぁ、そういえばアルはこういう奴だったな。
強がりで、意地っ張りで、けど本当は寂しがり屋の泣き虫で、それを言われても否定するような、そんな面倒くさい奴。
でも、そんなところが、とても愛おしい、そんな奴。
思わず、苦笑した。
「馬鹿だな、お前は」
「ば、馬鹿!? 言うに事欠いて妾を馬鹿だと!? 人の気もしらず……!」
「お前は言っただろ? 『もう離れない、離れられない』って……俺も同じさ。もう俺はアルから離れない、離れられない。アルのいる場所が俺の居場所だ。アルの隣が俺の居場所だ」
アルを強く抱きしめ、アルの耳元で囁くように言う。
先ほどまで顔を真っ赤にして怒っていたアルが、今度は別な理由で顔を赤くした。
「な、にゃにゃ!?」
「俺たちは比翼の鳥、連理の枝。仮に……仮にアルが俺と違って一対の翼をちゃんと持っていても、だったら俺はお前のその翼の片方をもぎ取ってでもお前が俺の元から飛びたてないようにするだけだ。俺がいなければどこにもいけないように……」
それは、まさしく一夏のエゴ。
だが、それほどまでに一夏は求めていたのだ、アルと言う存在を。
「……ね、熱烈だな、九郎」
「何年お前を待ってたと思ってるんだよ。もう二度とどこにも行けねぇようにしねぇと安心できねぇ」
アルを抱く力を、より強める。
それにより、アルの表情がやや歪む。
が……何故だろうか、アルの表情は確かに歪んでいるのに……嬉しそうなのだ。
「い、痛いぞ、九郎」
「二度と、もう二度と離れるな、アル」
しかし、一夏はアルの言葉には耳を貸さず、ただそう呟く。
それに対しアルはため息を一つつくと、自らも一夏の体に腕を回した。
「……あぁ、そうだな、九郎。もう、ほんとにもう離れぬと誓おう。我等は……永久に共に」
「……アル」
「九郎……」
二人は、やや体を離し、互いを見つめる。
そして、瞳を閉じ、顔を近づけていく。
やがて二人の間の距離がゼロに……
「……あ、あの~」
ならなかった。
不意に横合いから投げかけられた声に、二人は声がした方向へむく。
頬を赤く染め、顔をそらしながらあーだのうーだの言っている騎士姿の女性と、興味津々と言わんばかりに瞳をキラキラさせ一夏達を見つめるワンピース姿の幼女がいた。
「……な、なななななななな……!?」
「まさか……見てた?」
「…………」
最早言葉にならない言葉しか発することが出来ていないアル。
そんな彼女の様子のおかげでやや冷静になった一夏は、騎士姿の女性に問う。
その問いへの答えは……無言の頷き。
「お兄ちゃんたち、らぶらぶだね!!」
そして幼女が止めを刺した。
悪意とか相手をいじろうだとかそんな意図など一切無い、純粋ゆえにたちの悪い言葉。
その言葉でアルがはじけた。
「わ、わわわわ……忘れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
アルの体が光を放ち、衝撃波が発生する。
そしてその衝撃波で……なぜか一夏だけが吹き飛んだ。
「な、なんでぇぇぇぇぇぇ!?」
きっとそんな星の下に生まれたんだろう。
※ ※ ※
「いつつ……体中いてぇ」
「す、すまぬ、九郎」
今回はさすがのアルも罪悪感を感じたのか、素直に謝罪する。
それを見て、アルが素直に謝った!? という驚愕を覚えた一夏だが、それを口にしたらまた吹き飛ばされるのは目に見えているので控える。
「しっかし、さっきから俺の事九郎って呼んでるけど、よく分かったな。だいぶ見た目変わってるだろうに」
だから話題を変えることにした。
話題は先ほどから一夏は自分を九郎だといってもいないのに、アルが一夏を九郎と呼んでいることについてだ。
「当たり前だ。姿が変わろうと、名が変わろうと、九郎という魂の形は、在り方は変わっておらぬ。なれば、妾が分からぬはずが無いだろう?」
「そんなもんか?」
「そんなものだ」
「さよか」
相変わらず無い胸をはるアルに苦笑いしつつ、一夏は周囲を見渡す。
「で、アルと再会できたわけだし、とっととアルつれて戻りたいんだが? 多分まだ皆戦ってるだろうし」
「だな、それに良くない気配がする。早々に戻ったほうが良かろう」
「お待ちください」
一夏の言葉に、アルが同意する。
そしてどうにかして戻れないかと思ったところで騎士姿の女性に声をかけられる。
「一つ、聞かせてください。何故貴方はまた戦おうとするのですか……いえ、何故また戦おうと『思える』のですか?」
「は?」
女性の質問の意図がいまいち読めない一夏は、呆けたような声を上げる。
女性は言葉を続ける。
「ここに来る直前、貴方は福音にこれ以上無いほど打ちのめされたはずです。それどころか、文字通り体中を穴だらけにされ、死んでもおかしくなかったというところまでに至った。そんな事をされれば普通であれば恐怖で動けなくなります。よしんば動けても、もう二度と戦いたくないと考えるのが普通です。なのに……なぜ貴方は戦えるのですか?」
その言葉に、一夏はなるほどと得心する。
確かに、あれほどのぼこぼこにされて、串刺しにされれば普通トラウマ物だろう。
というか、実際トラウマである。
だが、たとえトラウマになろうとも、そこから来る恐怖以上に心に湧き出てくる思いがあるのだ。
それは……
「だって、後味わりぃだろ?」
「……は?」
今度は、女性が呆ける番だった。
そこまでの恐怖を乗り越えてまた戦うのだ、きっとそれほどまでに大きくて、よほど高潔な思いがあるのだろうと女性は考えていた。
しかし、帰ってきたのは『後味悪い』という一言。
『何かを守りたいから』でも無く、『何か救いたいから』でもなく、『後味悪い』という、言ってしまえば極普通の、ありふれた感情。
「考えてもみろよ? 目の前で親しい誰かが傷つけられたらむかつくだろ? で、自分にそれを何とかできる力があるのに、見て見ぬふりするなんて後味わりぃだろ? 見て見ぬふりした結果、また誰かが不幸な目に会ったら、もっと後味わりぃ」
そういうと、一夏は自身の手を見下ろす。
「だから戦えるのかもな。『誰か』のためじゃなくて、『自分』のためだから。自分が後味わりぃ思いしたく無いから、だから戦うんだ……わりぃな、お前さんが望む高潔な考えってもんじゃなくて」
「それは……」
一夏の言葉に、言葉に詰まる女性。
正直言うと、一夏の言うとおりだ。
期待した答えではなく、なんともありきたりで人間じみた、俗っぽい答えが返ってきたことに、女性は落胆を禁じえない。
しかし、そんなありきたりな答えを胸を張って言ってのける目の前の男に、女性は魅せられてもいた。
何と泥臭く、青臭く……熱い想い。
「それが、貴方が戦う理由」
「だから理由だ何だって難しく考えて無いってこった」
あぁ、まったく、こんな考えを持った人間が、既に姿かたちが変わってしまったとはいえ、『自分』を扱っているだなんて。
「……でも、いいんじゃないかなぁ? 私はお兄ちゃんみたいな考え好きだよ?」
ふと、今の今まで黙っていた幼女がそう口を開く。
「あんまり難しいことばかり考えてると動けないよ?」
「……そう……ですかね」
「うんうん! 理由なんて後付で考えればいいのだー!!」
「……どこで覚えたんです? そんな言葉」
なんだか、あれこれ考えている自分が馬鹿みたいではないか。
いや、きっと馬鹿だったんだろう、この目の前にいる存在とは別な意味で。
思わず、笑みがこぼれた。
瞬間、一夏の姿にノイズが走る。
「……こいつは?」
「あぁ、お気になさらずに。貴方が現実世界に引っ張られているだけですよ。もうすぐ戻れるでしょう」
「とは言われても怖いもんは怖いんだが!? もうちょいマイルドに帰れないの!?」
「ムリです」
「言い切った!? と言うかなんか最初とキャラ違うくない!?」
「気のせいですよ、ええ」
女性の最後の言葉も聞こえていたか。
一夏はそんなタイミングで女性達の前から消えた。
「……さぁ、貴方も行ってください。望めば、貴方は彼の元までいけますから」
「あぁ、そうさせてもらおう」
そうとだけ答え、アルの姿も消える。
残ったのは、女性と幼女。
「……それじゃ、やろっか、白騎士お姉ちゃん」
「えぇ、やりましょう、白式」
「「我等が担い手が望む、無垢なる刃を今ここに!!」」
二人の体が、光を放った。
※ ※ ※
暗い、暗い世界。
一夏はそんな世界をひたすらに歩いている。
目指すははるか遠くにある光。
恐らく、そこが出口。
「……行くぜ」
誰もいないはずなのに、一夏は誰かに語りかけるように言い放つ。
しかし、その言葉に返答は無い……
「あぁ、行くぞ、九郎」
筈だった。
いつの間にか、一夏の隣にはアルがいた。
そしてそれはごくごく当たり前の事。
だからこそ、一夏は誰もいないはずなのに語り掛けたのだ。
--隣には、必ずアルがいる。
それが当たり前だから。
そして、暗い世界が緑の光に包まれる。
それは激しく、目を灼くような……しかし、そのじつ暖かな、優しい命の光。
「……『憎悪の空より来たりて』」
--I'm innocent hatred.
一夏が、右手を前に突き出し、そのまま右へと動かしていく。
「……『正しき怒りを胸に』」
--I'm innocent rage.
アルが、左手を前に突き出し、そのまま左へと動かしていく。
「「『我等は魔を断つ剣を執る!』」」
--I'm innocent sword.
そして一夏は右にのばした手を左下へ、アルは左へのばした手を右下へ。
そこで止まらずに、二人の手は上へと動いていき、そしてぶつかり合い、絡み合う。
「「『汝、無垢なる刃!!』」」
--I'm ...
二人が描いた軌道は、五芒星。
現れるのは、旧神の紋章。
「「『デモンベイン!!』」」
--DEMONBANE
光が、弾けた。
※ ※ ※
戦っていた。
無駄だと知りつつも、だとしても決してただ蹂躙されるばかりでなるのものかと己を奮い立たせ、戦うものがいた。
震えていた。
自らが知りえない恐怖に遭遇し、ただただ身を縮めるしかできず、脅えているものがいた。
泣いていた。
自らの失態で取り返しのつかぬ事態を招いてしまったことを悔やみ、泣いているものがいた。
侵されている。
犯されているのだ。
今まさに、彼女たちは絶望に侵され、犯され。
やがて世界も犯されるであろう。
あぁ! 神はいないのか!?
人々を救う神など夢幻なのか!?
神とは盲目たる存在なのか!?
神とは聾者なのか!?
「……否! 断じて否!!」
叫ぶ。叫ぶ。
狂おしく、愛おしく、闇が叫ぶ。
「私達は知っている! 神は決して盲目ではないと! 聾者では無いと知っている! 皮肉にも! 私達は知っている!!」
「僕達は知っている! あまねく三千大世界を覆う闇を払う、荒唐無稽な御伽噺を! 皮肉にも! 僕たちは知っている!!」
「「あぁ狂おしや! あぁ愛おしや!! 人として戦い、人として戦い抜き、神を殺すに至った人間が、外道の書を持って、無垢なる刃を以って! ついぞ、ついぞついぞついぞ……来たる!!」」
瞬間、世界を犯す闇は止まった。
先ほどまで荒れ狂っていた波も穏やかさを取り戻し、いつの間にか黒雲に覆われた空からは一筋の光が降り注いだ。
その光は、海のある一点を照らしている。
--『憎悪の空より来たりて』
少年の声が聞こえる。
力強い、決意に満ちた声が。
--『正しき怒りを胸に』
少女の声が聞こえる。
凛とした、澄み渡った声が。
--『我等は魔を断つ剣を執る!』
少年と少女の声が重なる。
二つの声が重なり、天へ昇る。
誰しもが、その声を聞いた。
セシリア、ラウラ、鈴音、シャルロット、簪。
そして箒も。
戦っていたはずの福音も、福音に取り付いた落とし子も。
じっと、光に照らされた海を見つめている。
それどころか、箒が無断出撃したことや、一夏が落ちたことで混乱と喧騒に包まれていた司令室の面々も、旅館で外出禁止令をだされ、部屋にいた生徒達も、その声を聞いて、動きを止め、一様に空を見上げた。
--『汝、無垢なる刃!!』
海を照らす光が強くなり、やがて照らされていた地点が不意に盛り上がる。
--『デモンベイン!!』
そして、身にまとわりつく海水を振り払い、光をまとって……
魔を断つ剣は今、この世界に蘇った。
と言うわけで、ついに……ついにデモンベインだせたーーーーー!!
長かった! 長かったぜ!!
いやぁ、ようやっとここまで来ました。
と言うわけでいつもより数割り増しくどく書いてます、一部分を。
各自、お気に入りのデモベBGMをかけてその部分を読んでいただければ幸いです