インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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口づけ

再会した二人に、この時間を捧ぐ


40 Kiss

落とし子を昇華し、セシリア達の元へと降下してきた一夏は、誰一人欠けずに生きているということに安堵の息を吐く。

 

外なる存在と戦うという事は、正真正銘命を落とす可能性があるのだ。

実際自分も死に掛けたし。

 

「……奇跡、かな」

「いや、違うな」

 

ポツリと呟いた言葉に、アルが反論する。

 

「九郎は戦った。戦って、戦って、たとえ己がぼろぼろになろうとも戦った……だから、妾と出会えた。そして共に再び魔を断つ剣を取り、落とし子を葬った。全てが繋がり、この結末に至ったのだ。つまり必然……奇跡などではないぞ、決して」

 

それは、多少違えど、一度消えたアルが帰ってきた時の台詞に似ていた。

 

「……だな」

「……と言うかだな、その、せっかくこうして再び会えたことを、奇跡などと言う陳腐な言葉で表したくないと言うかなんと言うか……こう、『会うべくして会った』と言ったほうが『ろまんちっく』だろう!?」

「本音そっち!?」

 

私情入りまくりの本音に、思わず一夏は突っ込みを入れる。

せっかくの雰囲気が台無しである。

やはり、彼等はシリアスを長続きさせられない病にかかっているらしい。

 

「ええい! 九郎はそのあたりはどうでもいいというのか?!」

「んな訳ねぇだろうが! こちとら14~5年も待ってたんだぞ!?」

「……すまぬ」

「別にいいさ、こうして会えたんだからな」

 

一夏の言葉に沈んだ声を出すアルを慰めるように言葉を発し、そして一夏は眼下を見下ろす。

見えるのは、こちらに向かってくる戦友達。

セシリアの腕の中にはもちろん暴走の原因である落とし子を取り除かれたため動きを止めた福音もいる。

 

「……ま、さしあたっては……」

 

恐らく旅館でまっているであろう姉に、デモンベインの事をどう説明するか……だよなぁ。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……福音の停止を確認……なんとか終わりましたね、織斑先生」

 

真耶の言葉を聞き、千冬は知らずの内に強張っていた体を軽く動かす。

 

「まったくだ。まさか国の尻拭いにここまで手間取るとはな……本当に心配かけおって、あの愚弟が」

 

誰にも聞こえないように呟いた後半の言葉に、真耶はクスリと笑う。

なんだかんだで、この人は弟の事を心配してるんだなぁなどと思いながら。

 

「……なにか? 山田先生」

「いえ、何も」

 

が、口にはしない。

したら痛い目を見るのは確定しているから。

そんな事を思いながら、真耶はモニターに映る生徒達……正確にはそのうちの一人を見る。

 

「……デモンベイン、かぁ」

 

それは、彼女にとっても懐かしいもの。

もう二度と見ることも無いと思っていたもの。

そんな……彼等の剣。

 

「……九郎ちゃん」

 

誰にも聞こえないように本当に小さな声で真耶は魔を断つ剣の担い手の名を呟いた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「あ~あ、やっぱりこうなっちゃったかぁ」

 

IS学園の生徒が宿泊している旅館からそれほど離れていない岬。

そこに、彼女の姿はあった。

彼女が見ているのは空間投影型モニターに映るデモンベイン。

デモンベインを見る彼女の瞳は……

 

「まぁ、所詮落とし子だし、こんなものかな。むしろここまで覚醒させたことは快挙って言えるか……」

 

狂おしいほどの情欲が秘められていた。

そう、まるで愛おしい者を見るかのように。

見るものが見れば思わず見ほれてしまいそうなほどだ。

 

「でも、これでようやく始まり始まり。ずいぶん長い前座だったけど……ここからが本番だよ」

 

束がそう呟くと、ふと何かに気づいたように顔を上げる。

そして……

 

「……あはっ! やっぱりここに来たね!」

 

その手は空中を掴む。

……否、その手には確かに握られていた。

何も見えないが、その手には確かに『何か』が握られていた。

 

「やぁやぁやぁ、『始めまして』だねぇ?」

 

束の貌が闇に包まれ、その闇の奥で炎が嗤った。

 

「これで駒は着実にそろってきている。騎士様にも招待状を何とか送れたし……」

 

束が、握り締めた何かを見下ろし、呟く。

 

「こうして君も捕まえた。 さぁ、もうちょっとだ。もうちょっとで舞台が始まるよ」

 

--だから、君にもしっかり役割を演じてもらうよ? ----?

 

 

※ ※ ※

 

 

一夏達が旅館へと帰還すると、そこには既に千冬達の姿があった。

千冬の後には、情報科の生徒達と担架を持った生徒。

セシリアがまず着地し、地面にそっと福音を横たえると、すぐさま情報科の生徒が端末と福音をケーブルでつなぎ、外部からISの解除信号を送り込む。

それにより福音は光に包まれ、光が消えた頃には一人の女性が目を閉じ横たわっていた。

情報科の生徒と入れ替わりに、担架を持った生徒が女性を担架へ乗せ、そのまま旅館へと運んでいく。

ここに、ようやく福音暴走事件は収束したのだった。

 

女性が担架で運ばれていく様子を見送った千冬は、そのまま一夏達の方へと歩み寄ってくる。

 

「ご苦労だった。後始末は我々がやっておこう。報告等は後で聞く。篠ノ之もだ。いろいろ言いたいことなどはあるが……とにかく今はゆっくり休め」

 

その言葉に、未だにISを展開したままだった面々はISを解除し、旅館へと戻っていく。

しかし、一夏は旅館に戻ろうともせず、その場に残っている。

 

「……織斑、お前は戻らないのか?」

「何か言いたいことあるんだろ? 周りにはもう誰もいないぜ? 『千冬姉』」

 

一夏の言葉に千冬が周囲を見渡すと、先ほどまでいたはずの情報科の生徒達や、真耶さえも既にその場にはいなかった。

見ると、機材を持ってちゃっちゃと撤収していた。

そして真耶は千冬の視線に気づいたのか、振り返ると、微笑みながらサムズアップ。

それをみて、千冬は苦笑する。

 

「そうか……まったくいらぬ気をつかって……」

 

そこまで千冬は呟くと、しばらく俯き、そして一夏を抱きしめる。

一夏も、驚いた様子も無く其れを受け入れた。

 

「……心配、したんだぞ……お前が墜ちた場面を見て……お前がいなくなってしまうかと……」

「……ごめん、千冬姉」

「一人になるかと……っ! 私だけ置いていかれるかと……! そう思ったんだ……っ!! ……無事でよかった……戻ってきてくれてよかった……!」

 

一夏の両親はいない。

いや、いたのだろうが、どこにいるかは分からない。

少なくとも、『織斑一夏』の記憶を辿ってもその存在を知ることは出来ないし、自分にも当然分からない。

つまり、千冬の身内は最早一夏しかおらず、その逆もしかりだ。

 

もし、もし唯一の身内がいなくなってしまうかもしれないとなれば……

その苦しみ、悲しみはどれほどだろうか。

 

自身に抱きつく千冬の顔を、一夏は見ることが出来ない。

ただ、千冬が顔を押し付けている胸に、熱い何かが徐々に広がっているのを感じながら、しかし一夏は其れについては指摘しない。

むしろ、それに気づき、無言で千冬を抱きしめる力を強くする。

 

「大丈夫だよ、千冬姉。俺はここにいる。ちゃんと戻ってきてるさ。これからも戻ってくる。だから……大丈夫」

「……あたりまえだ、ばかもの」

 

しばらくは、くぐもった嗚咽だけが僅かに響いた。

 

(……今くらいは、黙っておいてやるか)

 

待機状態のデモンベインからその光景を見ていたアルは、一夏が身内とは言え自分以外の女に抱きつかれているということに何も思わないでもなかったが、空気を読んで言葉を発する事無く黙っていた。

 

(なにせ、これからは妾が一番九郎の傍にいるのだから……な)

 

やがて、一夏が千冬の元へ戻ってきたことを見届け終わったといわんばかりのタイミングで、夕日が沈み、夜が訪れた。

 

 

※ ※ ※

 

 

戦闘中にぼこぼこにされ、挙句の果てにどてっぱらを刺し貫かれたという事で、簡易的な身体検査をし、傷がすっかりなくなっているとの検査結果を受け取った一夏は、一人旅館を抜け出していた。

たどり着いたのは海沿いの岩場。

そこで一夏はただ空の星を見上げていた。

 

「…………」

『……黙ってないで何か言わんか、うつけが』

「いや、前はさ、また会えたらいろいろ言ってやろうって、言いたいこと考えてたんだよ。でもさ、いざこうして再会するとさ……あれだ、何言えばいいかわかんなくなるもんだな」

『……すまぬ』

「気にすんなよ。こうしてまた会えた訳だし……」

 

そこまで言うと、一夏は首にかかった待機状態のデモンベインを目線の高さまで持ち上げる。

 

「ただ、欲を言うなら、触れ合えるようになってればなお最高なんだがなぁ」

『確かにな……今の妾はあくまでデモンベインのコア人格だ。いわばただの0と1で形作られた情報だからな』

「ぬぐぐ……前みたいにほいほいコアの中に入れればいいが、入り方わかんねぇし」

『妾が入れる入れ物があればいいんだがな。妾の情報を受け入れ、肉体を形作れる……其れくらいの器と力を持つ、並の物ではない魔導書があれば……』

「魔導書……ねぇ……」

 

そこでふと思いつく。

自分の持ってる『あれ』はどうだろうか、と。

 

「なぁ、アル。こいつはその条件に当てはまるか?」

 

一夏はそういうと、懐からネクロノミコン写本を取り出す。

 

『それは?』

「お前さんの写本。ほら、一度お前が本に戻っちまったときあったろ? そんとき中身はきっちり頭に叩き込んでたからよ、この世界に来てから書いた」

『妾の写本……だと!? なぜ書こうと!?』

「……お前を忘れないため。それとお前にまた会えるようにっつう願掛けみたいなもんか」

『九郎……』

 

アルはその言葉を聞き、今まで以上に罪悪感に囚われる。

 

自分はここまで九郎に思われていたのに、自分はこれほどまでに九郎を待たせてしまっていたのか、と。

 

そして、それほどまでに自分を思ってくれている九郎を、自分から離そうなどと一度でも思ってしまったことを。

 

そう思ったのは、マスター・テリオンとの決戦が終わった、あの静寂の中。

あの時、あの光に包まれ、この世界に来ていなければ、アルは自身とデモンベインの最後の力を使って九郎をアーカムシティに帰そうと思っていたのだ。

九郎は、人は太陽の下にいてこそなのだから、と離れたくないと叫ぶ自分に言い聞かせて。

あのまま、永遠の闇の中を手探りで進む旅に、九郎を巻き込むわけには行かないと、自分を納得させながら。

 

『アルのいる場所が俺の居場所だ。アルの隣が俺の居場所だ』

 

しかし、あの時コアの中でのこの言葉で、アルはその考えを恥じた。

九郎はいつまでも自分の隣にいる。

それこそ、無限の闇の中でも隣にいると既に覚悟を決めていたというのに、自分はどうだ?

 

永遠の旅に巻き込む覚悟も出来ず、かといって完全に離れる覚悟も出来ず……

 

(今度こそ、今度こそだ、九郎。妾はもう汝から離れぬ。汝を放さぬ……)

 

たとえ九郎がしっかりと両翼を持っていても、自分はその片翼をもぎ取ってでも九郎を放さない。

たとえ、自分が両翼を持っていたとしても、だとすれば自分の片翼をもぎ取ってでも九郎から離れない。

 

アルは、そう覚悟を決めた。

 

『……しかし、妾の写本か。試してみる価値はあるかも知れぬ。なにせ、写本とはいえ妾なのだからな。それに、マスター・オブ・ネクロノミコンたる汝が書いた本だ。合わぬはずが無いだろうしな』

「よし、試してみるか……で、どうやるん?」

『それは……』

 

そこまで来て、二人(正確には一人と一個)は固まる。

機械から機械に移すならともかく、どうやって機械から本に移せばいいのだろうか。

 

『……き、気合!』

「いや、無理だろ!?」

『じゃあどうしろと!?』

「俺が聞きたい!!」

 

あーだこーだと彼等はついに言い合いを始めてしまう。

だから気づかなかった。

 

……写本が僅かに振動し始めているという事に。

 

「……やめるか、言い争ってもどうしようもない」

『……だな。無意味な時間だしな。しかし……うぅ、九郎と触れ合える体……』

「まぁ、こっちでも何とか方法を探してみるから、今日はおあず……ん?」

 

しょんぼりとした声を出すアルを慰めていた一夏が、ようやく写本の振動に気づく。

見ると、写本の振動は徐々に強くなってきている。

 

「お、おおお!? アル! なんかこいつ震えてるんだが!?」

『む? 確かに震えておるが、一体何が……!?』

 

やがて、振動の強さがもはや一夏が持っていられないくらいに強くなると、写本は宙に浮き、ひとりでにページがめくれ始める。

そしてしばらくページがめくれていると、本を構成している羊皮紙がばらけ、宙を舞う。

 

「写本が……!」

 

予想だにしない光景に、一夏は思わず呆けたまま宙を舞う羊皮紙を見つめる。

やがて、写本のページは待機状態のデモンベインへと殺到する。

 

「っ!? アル!!」

『分からん! 何があるか分からん、離れろ、九郎!!』

 

アルも、不意打ち気味に訪れた現状に焦っているのか、声に平静さが無い。

そうこうしているうちに、ついにデモンベインがページで作られたドームに包まれ、外からは見えなくなってしまった。

 

「アル! 無事か!?」

 

一夏は慌ててアルに声をかけるが、ページが音を遮っているのか、アルからの返事は聞こえない。

かくなるうえは、と一夏は写本にアクセスするための呪文を唱えようと口を開く。

 

「……心配かけたな、九郎、もう大丈夫だ」

 

しかし、開いた口が言葉をつむぐ前に、ドームの中からアルの声が聞こえてくる。

それを合図に、ドームの形を保っていたページの群れが、ドームの下から消えていく。

ドームが消えた先から見えているのは……穢れを知らぬ、白い肌の足。

 

「……は?」

 

思わず呆けた声を出す一夏。

そんな彼をよそに、ページはやがてドームの中から現れた『人影』に吸い込まれていく。

 

「よもや、このようなことになるとは妾も予想外だったが……まぁ構うまい」

 

その人影は、そう言い放つと、銀糸を織り束ねたかのような髪を風になびかせ、そして閉じていた瞳を開く。

開かれた瞳の色は……翠玉(エメラルド)の輝きを放っていた。

 

そう、それは紛れも無く、一夏……否、九郎が知っている……

 

「……アル……だよな?」

 

ネクロノミコンの原本、獣の咆哮、アル=アジフの姿だった。

 

「うむ。まさか、妾の声は覚えておっても姿は忘れたか?」

「いや、その、えっと……あー、なんていうか、混乱してる、すごく」

「ふむ……実は妾もだ。あまりにも予想から斜め45度に華麗にぶっとんでおるこの現実にな」

 

そういうと、アルは気を取り直すかのように咳払いをする。

 

「何が起こったのか完全には理解しておらんが、推測はできた。恐らく妾の『魔導書』としての欠損を埋めるために手近にあった写本を取り込んだんだろう。本来ならありえん話だが……件の写本がほかならぬネクロノミコンの写本であり、現存する写本と違い欠損がない、謂わばもっとも原本()に近い……否、原本そのものだった写本だからこそこのようなことが起こったのだろうが……」

 

その後も、アルは自分の体に起こったことを解明しようと自分の体をぺたぺたと弄繰り回しそのたびにむぅ、と唸っている。

そんなアルに、一夏はおそるおそる近づき、そしてこれまたおそるおそる手を伸ばし、その頬に触れる。

 

「にゃ? なんだ、九郎?」

「……触れる……幻とかじゃなくて、ほんとに触れてる……」

 

そうと分かれば、一夏の行動は早かった。

頬をなでていたその手でアルの肩をつかみ、そのまま自身に引き寄せた。

 

猫のような声を上げながらも目を閉じて頬を撫でる手を受け入れていたアルは、一夏のその急な行動に抵抗する間もなく、ぽすんと一夏の胸へと飛び込む羽目になった。

 

「にゃ!? な! く、九郎!?」

「…………」

 

一夏は何も言わない。

だが、ただただアルを強く抱きしめているだけだ。

もう、二度と放さないといわんばかりに。

 

「……まったく、汝と言う奴は……」

 

呆れたような、それでいて嬉しそうな様子でため息をついたアルは自分の腕を一夏の背中へと回し、自分も一夏を抱きしめる。

 

(つい先ほどまで、こうしてまた九郎と触れ合えるとは思わなんだ)

 

そして二人はどちらからとも無く距離を離す。

もっとも、離すと言っても先ほどまでのように密着していないというだけで、未だに二人は抱きしめあっているが。

 

二人の視線が絡み合う。

 

そのまま、二人は目を閉じて……

 

これまたどちらからとも無く、口づけをかわした。




と言うわけで、アルさん肉体ゲット。
アルさんはただのISコアから、勝手に動き回れて魔術も使えるハイブリットなISコアに進化いたしました。
異論などは受け付けます、さぁ石を投げるなら投げるがいい!!

他の面子へのアルの説明は次回以降へ持ち越しとなりました。
説明、ならびにそれに付随する(確定)修羅場を楽しみにしていた方々、大変申し訳ありません。

それと、ちょっと一話ごとの文章量について皆さんに聞きたいことがありますので、暇があればクラッチの活動報告をみて、ぜひ活動報告のコメントにてご意見をお聞かせください。

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