インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
誰の話かは……まぁ、サブタイトル見れば分かるだろう?
え? メタい?
ふふふ、そんなの今更だろう?
これは、タッグマッチが終わった後。
そして、シャルロットが臨海学校のための買い物に一夏を誘う前の話だ。
※ ※ ※
--落ち着かない……
上質な革製のソファーに腰掛けながら、シャルロットは視線をあちらこちらに彷徨わせていた。
現在いる部屋は広く、置かれている調度品も、一般家庭では置かない……いや、置けないであろう高級品ばかりだ。
それらはかつて、シャルロットも良く見ていて、あの頃は何を思うでもなく見ていた筈の物だった。
しかし、今の自分にとっては、それら全てが落ち着けない原因となっている。
思わず救いを求めるかのように、自分の右隣に座っているセシリアに視線を向ける。
その視線に気づいたセシリアは、にこりと笑うと……そのまま視線を前へ戻した。
(救いは……救いは無いのですか!?)
あ? ねぇよんなもん。 という事である。
「むぅ、やはりいきなりはまずかったか」
「もう少し時間を空けたほうが良かったかしらね?」
そして何より、先ほどからシャルロットが決して視線を向けようとしない、彼女の真正面。
そこにいる存在がシャルロットの居心地の悪さを後押ししていた。
「あのようなことがあったのですし、仕方ありませんわ、デュノア社長、デュノア夫人」
そう、デュノア夫婦。
今、シャルロットはフランスはデュノア社の社長室に、セシリア、デュノア夫妻と共にいた。
何故フランス国籍を失くした彼女がデュノア社にいるのか?
もうほとぼりは冷め、フランス国籍を再取得したのか?
否、否である。
じゃあ、何故いるのか?
それは……
「……さて、積もる話もあるでしょうが、まずは……ビジネスのお話を致しましょう、デュノア社長?」
この場は、以前話題にあった『デュノア社への技術提供』についての話……セシリアも言ったとおり、ビジネスの話だからだ。
この取引の条件の中にシャルロット・デュノアという存在がいる以上、彼女をこの場につれてくるのもおかしくは無い。
セシリアの言葉に、表情を引き締めるデュノア社長を見ながら、シャルロットはそう一人ごちる。
それに……シャルロット自身も、別に連れて来られた事自体には不満は無かったりする。
なにせ、自分は見極めねばならないのだ。
かつてセシリアが言った事……『この二人が自分を守るために行動していた』という事が、果たして事実なのかそうでないのかを、自分の目で、耳で。
ただ、不満があるとすれば……
(もっと後……せめて区切りのいい夏休みあたりにして欲しかった!!)
心の準備が出来てないという現状で連れて来られたという点だろうか。
※ ※ ※
ビジネスの話、とセシリアは言っていたが、その実契約などすでに書類を用いて済ませているため、殆ど形だけの物だった。
「……では、この内容のままで契約成立とさせていただきますわ」
「構いません」
軽く契約内容の確認……「この内容で契約してほんとにいいの?」「大丈夫だ、問題ない」的なやり取りを終え、セシリアは契約についての書類をカバンへとしまう。
「さて、ビジネスの話はこれにてお終いですわ……後は皆様で、存分に語らってくださいませ」
「え、ちょ……!?」
そういうと、セシリアはさっさと立ち去ってしまう。
……シャルロットを置いて。
いや、話をさせるために連れてきたのは分かるけどさぁ、まさか何のフォローも無く、いきなり、「さぁ! 存分にお話しくださいませ、夜明けまで!」って感じに放り投げられるとは予想外。
あまりの事態に、思わずセシリア追いかけようと立ち上がったが、しかし無情にもセシリアは一人でたったか退散してしまう。
いきなりの事態に唖然とするシャルロット。
「多少強引にでも場を整えねば話が出来ないと思われていたのだろうな……そして、それはまったくもってその通りだよ。文句の一つでも言ってやりたくなるぐらい、的確だ」
背後から聞こえる声に、シャルロットは振り返る。
そこにいたのは、苦笑いを浮かべるデュノア社社長……アベル・デュノア。
……誰だこいつ
はなはだ無礼な思考であるが、シャルロットがこう思ってしまったのも無理は無い。
こんな温かみのある仕草など、シャルロットは見たことも聞いたことも無かったのだから。
彼女が知っているアベル・デュノアとは、常に無表情であり、交わす言葉もまるで機械と話しているかのような、冷たいもの。
話すたび……否、相対するたびに思ったものだ。
果たして、この男は自分という『人間』を見ているのか、と。
もしかしなくても、自分をただの『道具』としてしか見て無いのでは、と。
ところが、今目の前にいるこの男はどうだろう。
苦笑?
あの男が?
まさか、でも……
えぇ……?
「アベル、シャルロットも混乱していますし、まず座ってもらいましょう? 話はそれから」
「ん? おぉ、そうだな。さ、座ってくれ、シャルロット」
あーでもない、こーでもない。
と百面相をしているシャルロットを見て、社長夫人であるエステル・デュノアがアベルに進言する。
が、それ自体が余計シャルロットを混乱させることに彼女はまったく気付いていなかった。
あれが、人の事を泥棒猫の娘と蔑み、あまつさえ頬を打ったあのエステル・デュノアなのか?
今の彼女は、どう見てもそんな事をするような女には見えない。
アベルの言葉に答えず、そしてアベルの言葉に従って着席することも無いシャルロットを見て、アベルとエステルは顔を俯かせる。
「……まぁ、普通はそうなるだろうな。私とて、あのような仕打ちをした奴が今までと態度を百八十度変えてきたら疑うものだ。『今度は何を企んでいるのか』とな」
「でも、できれば話を聞くだけでもして欲しいの。納得してくれなんて言わないわ。だって、どんな理由があれ、私たちが貴方に酷いことをしてしまったのは事実。どうあっても覆しようが無いもの」
二人の言葉に、シャルロットはしばし動きを止め、やがてソファーに座った。
その瞬間、二人の表情も若干明るくなる。
「……大体の話はセシリアに聞きました。でも、『僕』は貴方達の口から聞きたい。……何故、あんなことをしたのか」
シャルロットの『僕』という部分に、表情を暗くするアベル達。
しかしそれでは話が進まないと、暗い表情を振り払い、口を開き始める。
「そうだな……それを話すには、まず私とエステルとロザリー……お前の母さんの関係から話さなければな……」
アベルが語ったのは、とある男女の出会いの話。
いずれ自分の会社を立ち上げるという夢を抱いていながらも、当時はただの青年であったアベルと、そんな彼と出会った女、ロザリー……やがてシャルロットの母となる女の話。
「その当時は、私は今みたいな地位なんて無い、でかい夢ばかりを抱いていた一人の男だった。しかし、地位も無い、金もない。さらにはコネも何もかも無い青二才の夢だ。そのままだったら、恐らく夢は夢のままだったろうさ……そんな時、私を支えてくれたのがロザリーだった」
ロザリーとはたまたまカレッジで出会った。
出会いは特に珍しいものではない。
たまたま同じサークルに所属しており、意気投合した。
その程度の物だ。
「だが、ロザリーがいなければ今の私はいなかった。彼女は私を支えてくれた。誰もが笑う私の夢を笑わず、応援してくれた……そんな彼女に、私も惹かれていったんだ」
ロザリーに支えられ、アベルは奔走した。
全ては自らの夢をかなえるため。
そして、自分の分不相応であろう夢を笑わず、支えてくれた彼女に報いるため。
「あちこち走り回ったものだ。何度頭を下げたか、最早数えるのも億劫だった。だが、その甲斐あって、私はこのデュノア社という夢をかなえることが出来たのだ。ロザリーも、まるで我がことのように喜んでくれたよ」
そして、アベルは当時思ったのだ。
ここまで自分を支えてくれた彼女といつまでも共に居たい、と。
「だが、それは叶わなかった……社の経営が悪化しだしたんだ。そのままでは社員を路頭に迷わせることになる。私は再び、あちこちに頭を下げ資金提供を募ったよ」
「アベル、ここからは私が……その時、一人の資産家が資金提供を持ちかけてきた。それが私の実家だったの。でも、無条件での提供なんてありえない。条件は、私を娶ること……要するに政略結婚よ」
「当時のエステルには悪いが、その時私はそれを断ろうとしたさ。だが、私は社長という、社を、社員を生かさねばならない立場にあった。受けるしかなかったんだ。そして、それを聞いたロザリーも、自分が私の負担にならぬよう、何も言わずに去っていった」
ここまで語り、アベルは既に冷めてしまっている紅茶を一口飲む。
その顔に浮かぶ表情は……
「そう、何も言わなかったんだ……その時、すでに自分がシャルロットを身ごもっていた、という事も、何も……」
「結婚した後、ロザリーの事を聞いた私は、せめて彼女を第二夫人に出来ないかと行動を起こしたわ。世間一般では愛人だ何だって言われるかもしれないけど……それでも、愛している人と共に居れないなんて、そんなの悲しい事だから……でも、既にロザリーがどこへ行ったのか、その足取りさえつかめなかった……」
「……母は、僕が父の事を尋ねても教えてくれませんでした。ただ、父は遠くに行ってしまったと、ただそれだけしか答えてくれなかった……」
「……私たちがロザリーにたどり着いたとき、既にロザリーは病に倒れ、余命幾許も無いといった時だった。すぐさま会いに行ったよ。そして少しだが、話もした。その時だよ、ロザリーに娘がいると……私との子供がいると知ったのは……そしてその子には私の事を話してはいない、と。そして自分が亡くなった後、あの子をお願い、と」
言葉を止めるアベルの後を継いで、エステルが口を開く。
「泣いてたの。ごめんなさい、負担をかけないつもりだったのに、ごめんなさいって……考えられる? 今際の際なのに、ロザリーは自分の事なんてぜんぜん考えてないで貴方の事を心配してた。そんなこと全然無いのに、アベルの負担になってしまうって泣いてた……」
「その時の私は、ただ『わかった』というしか出来なかった……見てられなかったんだ……痛々しくて、とても見ていられなかった……!」
「母に……会っていた……」
知らなかった。
そんな事、結局母は教えてくれなかったのだ。
だけれども、一体アベル達が何時ロザリーにたどり着いたのかは、シャルロットには予想がついていた。
恐らく……母が亡くなった日だろう。
だって、あの日、自分が母の病室へ行ったとき、既に病室の花瓶には花が活けられていたのだから。
その日、丁度新しい花を持っていこうと思っていたのに、真新しい花がすでにあったのだ。
自分以外誰も見舞いに来ず、自分が持っていかなければ新しい花があるわけが無いのに……
「……すぐさま私はお前を引き取ろうと思った。だが、出来なかった。社の中によからぬ事を企んだやからがいてな。そいつがお前に何をするか分かったものじゃ無かった」
「あなたも知ってると思うけど、今のところ私とアベルの間に子供はいないわ。つまりこのままいけばデュノア社の次期社長は……恐らく現副社長辺りかしら? でも、そこに正妻のでは無いにしろ、アベルの子が現れたら? 邪推するでしょうね。このままではその子供に社長の座を奪われるのでは? なんてね」
「私が『その気はない』と口で言っても意味は無いだろう。むしろ、余計思い込むだろうな……良くない方向に。だから、向こうが行動する前に、こちらが行動するしかなかった」
「その結果があれ。私が貴方を拒絶し、アベルが貴方をスパイの道具として扱っていると周囲に見せかて、貴方を安全な場所へ送る……えぇ、自分でもスマートじゃないやり方だとは思ったわ。でも、それしか考え付かなかった。謝って許してもらえるなんて思ってない。だけれど……ごめんなさい……」
自分に対して頭を下げるエステルに対し、シャルロットは何と言えばいいのかが分からなかった。
許せばいいのだろうか? 感情の赴くままに貶せばいいのだろうか?
シャルロットには分からない。
だから、ただただ黙っていることしか出来なかった。
「あまりエステルを責めないでくれよ? 全て私が考えたことで、むしろエステルは止めた側だ。恨むなら、私を恨め、シャルロット」
アベルの言葉にも、何と返答すればいいのか分からない。
あらかじめセシリアから聞いていたものの、それでも当人からの言葉はシャルロットには衝撃が大きすぎる。
何せ、今まで自分を道具としてしか思っていないと思っていた相手が、そうじゃなかったというのだから。
そして、そんな相手が自分に対して頭を下げているのだから。
頭が真っ白になるのも無理は無いだろう。
口を開きかけ、しかし言葉が出ずに閉じ、それでもやはり何か言おうと口を開きを何度か繰り返し、シャルロットはようやく言葉を発することが出来た。
「……正直、いろいろ混乱しちゃってて、なんて言えばいいかわかりません」
シャルロットの話す言葉一字一句を聞き逃すまいと、アベルとエステルは黙って聞いている。
「母が死んで、凄く悲しかった。急にデュノア社に呼ばれて混乱した。いきなり頬を打たれて腹が立った。人の事を娘だって言ってるくせに、僕を道具を見るような目で見てきたことが怖かった……なのに今こんな事言われて、僕もなんて言っていいのかわかんないですよ」
「そう……だな」
「だから、この事に関しては今の僕は何も言えません。もっと落ち着いて、今日話されたことを整理していって……それからようやく何か言えると思います……そうとしか、言えません」
けれど、きっと今日話された事を自分なりに整理できれば、今までよりは自然に父親達と向かい合えるだろう。
シャルロットはそう思っている。
「ですので、今日はここで……ちょっと、一人でいろいろ考えたいので……」
「む、そうか。なら外まで送らせよう。何、心配いらんよ。私達側の奴に送らせる」
「もうしばらくしたら、社の徹底洗浄をするつもりよ。そうすれば……今までよりも落ち着いて貴方と話せるようになると思うわ」
「だから、その時になったら聞かせてくれ。お前はどうしたいのかを……」
二人の言葉には答えず、アベルが呼び出した秘書に送られてデュノア社を後にする。
社を出ると、そこにはセシリアとラウラ、そしてチェルシーが居た。
「どうでしたか?」
「えっと、なんだかもうなんて言えばいいかわかんなかったよ……あらかじめ聞いててこれだったら、前もって聞かないでいたらどうなってたんだろ」
「ふふふ……きっと大変なことになっていたでしょうね」
「他人事って感じだなぁ、セシリアも……あ、秘書さん」
セシリアと軽口の応酬をいくらかやった後、シャルロットは自分を送ってくれた秘書を呼び止める。
「はい、何でしょう?」
「えっと、社長と夫人に伝えてください。『必ず、必ずまた会いに行きます、父さん、母さん』って」
シャルロットの言葉を聞いた秘書はしばし驚きで目をしばたたかせたあと、くすりと微笑んだ。
「ええ、必ず伝えます。きっと喜ばれますよ」
「だといいんですけど……」
「きっとあの夫婦の事ですから、喜ぶと思いますわ。さ、行きましょう、シャルロットさん」
セシリアに呼ばれ、シャルロットは今度こそ社を後にする。
そして、ふと思う。
(一夏、きっと一夏にあの時『助ける』って言ってもらえてなかったら……あの人達の言葉もぜんぜん信じれなかったと思う。だから……)
「ありがとうね、一夏」
誰にも聞かれないように、小声でそう呟いたシャルロットは、セシリアが既に乗りこんでいるリムジンへと遅れて乗り込んだ。
……(無言で石を受け止める体勢に入るクラッチペダル)
と言うわけで、ちょいと時間を撒き戻してシャルさんと社長夫婦との和解編を。
……うん、突っ込みどころ満載だね!
捏造設定ここにきわまれりだね!
と言うわけで異論は認める、石を投げるのも認める。
でもこれだけは言わせて欲しいです。
実際に愛した人と、政略的、経営的に結ばれなきゃいけない人が一緒になるなんてまずありえないんだから、こんな社長も、いいよね?ね?