インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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だから、『どうでもいいこと』も暑さのせいですませれるよね


47 夏の暑さは気が滅入る

「……あづい……」

 

夏。

そう、夏である。

太陽を遮る雲など一つもなく、太陽が我が物顔で空から殺人光線を振りまく、あの夏だ。

 

頭上からの殺人光線と、地面から反射する熱気。

さらに日本特有の湿気を帯びた熱さに、さしもの元気娘、鈴音の快活さは避暑地へ一足お先に避難してしまったようだ。

 

――悪いなご主人、俺は一足お先に行かせてもらうぜ

――ずるい、私も連れてけこんちくしょう……

 

悪態をついても熱さが和らぐわけでもなく、鈴音は汗を流しながらIS学園の寮内を歩き回っていた。

……熱いのになぜ歩き回っているか?

ここまで金をかけた寮だ、部屋に冷房くらいあるだろう?

 

……その通り、ある。

確かに冷房はあるのだ。あるのだが……

 

「な~んで……こんな日に故障しちゃうわけ……? 最悪……」

 

という事である。

冷房があっても、それが正常に動かなければそれはつまり冷房がないと同義なのだ。

が、それだけでは『何故歩き回っているか』の理由にはまだ足りない。

彼女が歩き回っている理由、それは……ただ単に他の部屋に避難しようとしているだけである。

確かに自分の部屋の冷房は壊れたが、まさか寮全体の冷房が壊れたわけでも無し。

きっと他の部屋の冷房は無事なはずなのだ。

そう思わねばやってられない。

 

が、夏休みという長期休暇真っ最中な現在、寮にいる生徒はほぼ居らず、すでに出かけていたり、里帰りをしていたりするため、逃げ込める部屋が殆どないのだ。

 

まさか、主のいない部屋に無断で侵入するという、非常識な行動に出るわけにもいかないだろうし。

 

 

※ ※ ※

 

 

「くしゅんっ!」

「風邪ですか?」

「んー、そうじゃないとは思うけど、急にね」

「誰かが噂してるとか~?」

「そうかもね。なにせこんな身分ですもの。噂されるのもしょうがないわね」

 

 

※ ※ ※

 

 

……誰かがくしゃみをした気がした。

具体的には生徒会室の誰か辺りが。

まさかこの学園に無断侵入を行おうとする輩がいるとは……

あとでこっそり千冬さんに相談しておこう。

 

などと、暑さで頭が茹ってきたのか、訳の分からないことばかり頭に浮かんでくる。

とにかく涼を……この暑さを吹き飛ばす涼をください……!

 

そうやってあっちへうろうろ、こっちへうろうろと歩き回っていると、ふと話し声が聞こえる。

 

「…………?」

 

徐々に声が大きくなってきているという事は、つまるところこちらへ近づいてきているのだろう。

そして、その声は鈴音の前方にある曲がり角の向こうから聞こえてきていて……

 

「……で、どうするよ、アル」

「妾に聞くな。だが、貰ったのは我らだ。好きに使えばいいだろうに」

「その好きに使うためにも意見を募ってるんじゃねぇか」

 

「……一夏? それに……」

 

曲がり角から現れたのは一夏とアル。

一夏の手に握られている細長い紙切れを見ながら、二人はあーでもないこーでもないと言い合っている。

 

――なぁに乳繰り合ってるんだか

 

そう思ったが口にはしなかった。

やがて、二人は鈴音に見られていることに気付くと、顔を上げる。

 

「お、鈴じゃねぇか……って、だいぶ溶けてるな」

「まーねー。もうこのまま溶けきったほうが楽になれるかもしれないわ……」

「む? 確か……鈴だったか? 何をしておるのだ? 汝は」

「んー? 部屋の冷房ぶっ壊れてねぇ……涼しさを求めて徘徊中。あと、私は鈴音。呼ぶなら(すず)じゃなくて(りん)って呼んでよ。昔それでもう勘弁してって位馬鹿にされたんだから」

「……それはすまなんだ」

「そうやって謝ってくれるだけましよ。未だに謝らない奴もいるんだし……」

 

そういえば夏休みだというのに中学の頃の友人と会ってないなぁ、と思い出す鈴音。

せっかくだから、今度会いに行くか。

ついでに、そのときにでも(すず)だの手乗りパンダだの馬鹿にしてくれた挙句、未だにそれについて謝罪してないあの友人に一撃くれてやるのもいいかもしれない。

 

 

※ ※ ※

 

 

「ぶぇっくしょい!?」

「うわっ!? お兄汚い!!」

「わりぃわりぃ。急にムズムズしてよ」

「誰かに噂されてるんじゃない?」

「かもなぁ……で、あのじじいは?」

「……まだ部屋に篭ってる」

「ったく、手が焼けるじじいだぜ……」

 

 

※ ※ ※

 

 

「で、あんた等は何そう乳繰り合ってるのかしら?」

「別に乳繰り合ってるわけじゃねぇんだけどな」

 

鈴音の言葉に苦笑しつつ、一夏は懐から何かを取り出す。

それは、数枚の長方形の紙。

 

「なにそれ?」

「ん? ほら、最近出来たウォーターワールドってのあるだろ?」

「あぁ、あの……」

 

一夏の言っている物は鈴音も知っている。

最近出来たばかりの水上レジャー施設の事だ。

テレビでも大々的にCMが流れており、雑誌などでも広告と言う形で宣伝されている。

もっとも、その宣伝を見ただけなので、どういった物が中にあるのかまではわからないが。

 

「これ、そのウォーターワールドのチケット」

「はぁ!? 一夏、なんでそんなの持ってるのよ!?」

 

続く一夏の言葉に、鈴音は仰け反るほど驚いた。

なにせ、余りの人気にチケットなどそう簡単に取れないの位なのだ。

だと言うのに、目の前のこの男は平然とそれを揺らめかせている。

そりゃ疑問も湧き出てくるという物だ。

 

「なんで、か……なんで……ねぇ……」

 

が、鈴音の言葉に、一夏は何故か顔を俯かせ、ぶつぶつと何かを呟き始めた。

かと思うと顔を上げ、ケタケタ笑い出した。

思わず一夏から離れる鈴音。

そんな一夏の様子を見て、アルはため息をつくと、口を開く。

 

「あまりこのことに関しては話題に上げてくれるな。あれは、流石の妾でも同情するしかない故にな」

「ほ、ほんとに何があったってのよ……」

「それがな……」

 

 

※ ※ ※

 

 

事の起こりは大体一時間位前。

この暑さの中、いかに涼をとるかをアルと議論しながら散歩をしていた時の事だ。

その時、たまたまイギリスから帰ってきたセシリアと出会ったのだ。

それはいいのだ。

別にそれ自体は別に何も問題には発展しない。

 

が、セシリアについて来た存在が問題を持ってきたのだ。

 

「あら、奇遇ですわね」

「ん? セシリアか。もう帰ってきたんだな。どうだった? 帰省は」

「……帰省しにいったのか、仕事をしに帰ったのか分かりませんでしたわ……」

 

げっそりとそう言い放つセシリアに、一夏は思う。

 

――あぁ、このお姫様はどこにいても書類(魔王)に魅入られる定めにあるんだな、と。

 

「ハッ、汝はそうやって書類相手にひぃこら言っているのが性に合っておるわ、小娘」

「……そうですわね。もっとも? 貴方には逆立ちしたってこういった裏方の仕事は出来ないでしょうね? 思慮浅い貴方ではね」

「「…………」」

 

「どうやら、今一度ここで決着をつける必要があるようだな、人間(ヒューマン)……っ!」

「こちらの台詞ですわ。引き裂いて山羊の餌にでもしてやりましょうか? 魔導書(グリモワール)……っ!」

 

ちなみにこのやり取りで察せるだろうが、アルはセシリアが瑠璃であることを知っている。

と言うか、セシリア側からそれをアルに伝えているのだ。

 

いつぞやの時のように、二人は歯をむき出しながら互いに威嚇し合い、そして……

 

「「……ふんっ!!」」

 

互いの顔面に綺麗に拳を叩き込んだ。

それは、セシリアについてきたチェルシーが思わず「美しく決まりましたね」と呟いてしまうほどに綺麗に。

互いの顔面に拳をめり込ませたまま、二人は動かない。

そして……

 

「「……ぐはっ!」」

 

二人とも同タイミングで後ろにのけぞり、そのまま倒れこんだ。

ピクリとも動かない。

気絶しているわけではなさそうだが、良いのが極まったせいで動けないのだろう。

 

「やれやれ、部屋に着く前に寝てしまっては風邪を引きますよ、お嬢様」

「なんかすんません。うちの連れが……って、どちら様?」

 

チェルシーがセシリアを助け起こし、一夏がアルを抱えあげたところで、ようやく一夏はチェルシーの存在に気付く。

 

「……そういえばこちらでは初めて会いますね。挨拶が遅れて失礼致しました。私、お嬢様のメイドをしております、チェルシー・ブランケットと申します。以後、お見知りおきを」

 

前半の言葉を一夏に聞こえぬように呟き、チェルシーは整った会釈で答える。

一夏はチェルシーの苗字を聞き、しばらく悩んだ後、合点が行く。

 

「あぁ、もしかしてそのファミリーネーム、ラウラの?」

「えぇ、義妹からお話はかねがね。お嬢様が信頼を置いているお方だとか」

「いや、それほど大したもんじゃないっすよ」

 

どうやらチェルシーは自身の正体をすぐにバラすつもりは無いようで。

あくまで話に聞いていた存在に初めて対面した、と言うスタンスを崩す気は無い模様。

 

……この従者、実に楽しそうに演技をしている。

ノリノリである。

 

「いえいえ、ラウラもお嬢様も、なかなかに織斑様を評価なさっていますよ? それに……」

 

そこまで言うと、チェルシーは懐から一枚の紙切れを取り出す。

それは、サイズ的には……写真だろうか?

 

「それに、なかなか楽しそうなことをする間柄でもあるみたいですし」

 

そう言って、チェルシーはそれを一夏に見せる。

それは……

 

「……な、なんでそれを持ってるんでせう……?」

 

一夏の黒歴史。

そう、臨海学校の時の『アレ』の写真である。

恐らく、ラウラから流れて行ったのだろう。

 

「その場に私がいなかったことが、非常に残念でなりませんでしたよ?」

「…………」

 

一夏は完全停止状態。

そんな一夏に笑みを深くしたチェルシーは、一夏に近づいていくと、耳元に口を寄せ、囁く。

 

「相変わらず、お美しゅうございますね……大十字様」

 

「…………っ!?」

 

その言葉に、一夏がはっと顔を上げると、既にチェルシーは未だに動けないセシリアを背負い、荷物を持って寮へと向かっていた。

どうやら自分が感じた以上に、あのささやきから再起動まで時間が経っていたらしい。

 

ふと自分が何かを握っている感触があり、見下ろすと、自分の手には細長い紙……何かのチケットだろうか?

見ると、最近新しく出来たウォーターワールドのチケットだった。

 

――こんな場所で騒ぎを起こしてしまった迷惑料?

――お嬢様であるセシリアがこんな事をしたことを口外しないための口止め料?

 

否、否である。

間違いない、これは……

 

――今度の時は、宜しく。

 

つまり、前払い金のような物。

 

チェルシーは狙っているのだ。

自分の手で、一夏を美しく飾ることを……

今回はラウラからの写真で我慢するが、次があったら……

 

「……え……えー……?」

 

分かった。

分かってしまった。

この一連のやり取りで、彼女は、あの……

 

でも、何で?

性別間違ってない?

そして間違ってるはずなのに違和感はどこへ?

 

余りにも短時間にいろいろな事があったため、一夏の処理能力は既に事態についていけていなかった。

 

ただただ、呆けたような、間抜けな声を上げるだけである。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……ということがあってな」

「あの写真、流出しちゃってたんだ……」

 

これには流石の鈴音も同情の視線を向けるしかない。

そして今の一夏には言えない。

臨海学校の事で新聞を書く為取材をしていた黛薫子が、ラウラが撮ったその写真に目を付けてしまったことを。

そして女子だけの秘密ネットワークにより、かなりの数の件の写真が広まってしまっている事を……

 

別に、ラウラは臨海学校についての取材の際、せっかくの新聞だという事で、自身が撮った臨海学校の写真を提供しようと言う軽い考えで薫子に写真データを見せていたのだが、それを見た相手が数あるデータの中からそれを見つけてしまったのが悪かったとしか言いようが無い。

 

哀れ、一夏。

 

ちなみに、何故アルがここまで詳細に回想を説明できるかと言えば、言ったように、動けなかっただけで意識はあったためだ。

 

閑話休題

 

「……と、とにかく、なんやかんやあって、これを手に入れたはいいが、俺とアルだけ行くにしてもチケットが余っちまってるんだよ。貰ったの一枚に付き二人まで入れるって奴を2枚だし。だから、この余った一枚をどうすりゃいいかってなってな?」

「なるほどね……」

 

復活した一夏の言葉に、鈴音は頷き、そしてふと思う。

 

――ウォーターワールド=涼しい場所

――涼しい場所=この暑さからの解放

 

その時、鈴音に電流走る。

 

「ぜひ私も連れて行ってくだしあ」

 

すかさずの土下座であった。

最早なりふりなど構っていられない。

とにかくこの暑さから逃げ出したかった。

その為なら、プライドだろうが何だろうがドブに向かって投げ捨ててやる。

 

その後先省みないほどの気概が篭った、全力の土下座だった。

 

「そ、そこまで切実に頼まんでも……」

「な、ならぬ! ならぬぞ!?」

 

あまりの気迫に、思わず一歩後ずさる一夏だったが、そこに待ったをかけたのがアルである。

せっかく二人きりで出掛けれると思ったところで、邪魔をされるわけにはいかないのだ。

 

が、鈴音も退く気は無い。

ここで退いたら死んでしまう。

暑さのせいで。

 

故に、アルに近づき、一夏に聞こえないように囁く。

 

「別にあんた等の邪魔する気なんざさらさら無いっての。と言うか、私が入り込む余裕も無いっての」

「だ、だがしかし……!」

「……あんた、自分達が思ってる以上にお似合いなのよ? なのにあんたがそんな不安がってどうするってのよ。胸張りなさいよ。誰もあんた達の間に入り込むなんて出来ないんだから。逆に、そうやって不安がってるとそれが付け入る隙になるわよ?」

「う、うぐぅ……」

 

そこまで言われて、思わず唸るアル。

しかし、まだ不安な様子である。

 

そんなアルの様子に、鈴音はため息一つ吐くと、口を開く。

 

「それとも、一夏があんたから他の女に乗り換えるとでも疑ってるの? 十数年、あんただけを想って他の女からのアプローチ全部跳ね除けた位、あんたを愛してる一夏が」

「そうではない。そうではないが……」

「ならいいじゃない。心配しなくても、ただ私は道中一緒に行くだけ。中に入ったら一人で好き勝手遊んでるわよ」

「……むぅ、そう言う事なら……」

 

それでも渋々といった様子のアルに、鈴音は思う。

 

まるで、初めて出来た大切な物をとられまいとする子供のようだ、と。

そう言う物を、時を経るにつれ諦めたりすることで、割り切ることを人は覚えていくのだが、どうにもこのアルという少女は、その辺りの割り切りが出来ていない。

 

だから、今回も過剰に反対していたんだろう。

 

「……ま、当然か」

 

何でも、話によると一夏のISがあの姿をとってるみたいだし。

 

そこまで考えて、ふと気付く。

 

「……あれ? でも良く考えたら……」

 

あれは一夏のIS。

まぁ顎が外れるほど驚いたが、実際あれから模擬戦とか訓練でISになるの見てたから、そういうもんだと

なんとか納得はする。理解できないけど。

 

――じゃあ、アルと一夏が初めて会ったのは一体『いつ』だ?

 

彼女がISだとして、その頃ISを使えないと思っていた一夏が中学校で自分達に会う前、ましてや小学校で箒に会う前に彼女に会う……そんなことありえるか?

 

と言うか、そもそもの話、ISが好きな人って言うのを何故自分達は平然と……ではない人もいるが、受け入れているのか?

普通に考えれば余りにも……

 

『おおっと、そこまでー! 勘がいい子は嫌いじゃ無いけど、よすぎる子は嫌いかなぁ』

 

……自分は今何を考えていたんだろうか?

 

そんな『下らない事』、どうでもいいだろうに。

 

「……鈴? おい、鈴?」

「……うぇ? い、一夏? 何よ?」

「いや、急にぼけっとしたからさ。どうしたんだ?」

「な、なんでもないわ。ちょっと暑さでぼけっとしてただけだから。それより! 私も付いてくからね? あんた達だけに涼しい思いをさせてたまるもんかってのよ!」

 

きっと暑さで下らない事を考えてしまっていたのだろう。

 

鈴音は、そう自分を納得させた。




「んー、危ない危ない。やっぱいるもんだねぇ、ああいう勘が鋭い子」
「でも、今はまだ核心に近づいて欲しくないな」
「だってまだ舞台は整ってないんだから」
「核心は、もうちょっとお預けだね」
「…………」

「ここまでいっくんの為に裏方で頑張ってるんだから、ちょっとはご褒美ほしいなぁ……」


※ ※ ※


と言うわけで、日常回……に見せかけたナニカ。
果たして、こうやってばら撒いた伏線、筆者は回収しきれるのだろうか……

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