インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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紅のアリスは彷徨い求め、白の騎士は赤き剣と共に舞い降りた


58 歪んだ国の御伽噺

あの戦い(姉妹喧嘩)の後、一体姉妹でどういうやり取りがあったのかを一夏とアルは知らないし、知ろうとも思っていない。

ただ、翌日妹の部屋から妹と仲良さげに出てきた姉の姿を見る限り……きっといい方向に向かったのだろうという事だけは分かる。それさえ分かれば……それでいいのだ。

 

というかこの流れで実は悪化しましたーだとしたらもはや別な意味の涙がホロリである。

 

「織斑君……」

 

どうやら向こうもこちらに気づいたようで、姉妹仲良しの光景を見られたことを恥ずかしがっているのか、微妙に頬が赤い。

 

「いろいろ、貴方に話したいことがあるわ。でも話したいことが多すぎて、今は話しきれないから……だから、これだけは言わせて」

「私も、一夏達にはすごく助けられた。だから、これだけは今言いたいの」

 

「「ありがとう」」

 

「……おう」

「ここまで妾達の手を煩わせたのだ。せいぜい仲睦まじく過ごすがいい」

 

かけられた礼の言葉に、アルとしばし見つめあい苦笑しつつ返事を返す。

この短い言葉だけでも、自分たちの協力は無駄ではなかった……と思えるから。

 

「あともう一つ……勇気王はいいぞ」

「生徒会長折角のいい雰囲気返してくれませんかね?」

「さては染めたな、簪よ」

「夜通しマラソンで布教しますた」

 

せめて、この輝き(日常)は何者にも侵されることがないよう、せめて祈りながら。

 

 

※ ※ ※

 

 

ああ、だがしかし世界とはすなわち喜劇であり悲劇であり、闇だけでは成り立たず、しかし光のみでも立ちいかぬものだ。

必ず光と闇は表裏一体で存在し、どれほど望もうと、どれほど祈ろうと輝きはいずれ翳る。それがどれだけ高潔な祈り()であれ、どれほどちっぽけな願い()でさえ、分け隔てなく、無慈悲なまでに平等に。

 

……しかし表裏一体……そう、表裏一体なのだ。

 

光を翳らせる闇があるのならば、ならばこそ闇を払う光もあらねばならぬのだ。

それはこの世の絶対の理であり、邪神でさえ、神様でさえ変えることのできない、不変の法則。

 

既に闇は徐々に光を侵している。誰も気づかぬが、しかし確実に侵されているのだ。

 

……なればこそ、あとは光が現れるだけだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

存在は無限に拡散し、世界へと融けてゆく。

対して意識は無限に明瞭となり、世界の統べてを感じ取る。

世界(ルール)間を移動するときは。いつもこのような感覚に囚われる。

 

──この感覚にも慣れたのは、果たして何時のことであったか。

 

魔術の深淵に近づく行為でもあり、自己を見失う危険な行為でもある『これ』を続けて、どれほどの刻を過ごしたのだろうか。

 

深淵を覗き込み、強大な『情報』の渦に自身の精神(ココロ)を消し飛ばされぬように自我に幾重にも防壁を編み込み、己と共に在り、己に寄り添う存在を確りと感じながら、心は宇宙の中心へと向かう字祷子(アザトース)の乱流を奔り。

 

──この大いなる流れの中にあり、一体"我ら"はどれほど全知全能と錯覚したことであろうか。

 

そう、無限の能力(ちから)は一瞬たりとも魂の器に留まることは無くただ空虚(ウツロ)に通り過ぎてゆくだけなのだ。

だがしかし、この流れの中においてその無限の能力はたやすく錯覚を引き起こす。

 

──己は、この流れにおいて全知全能であるのだ、と。

 

その錯覚を強固な精神でねじ伏せ、濁流をかき分け進むことを、果たして何度繰り返してきたのだろうか。

 

引き伸ばされた時間(ジャム・カレット)が急速に圧縮されてゆく。

実世界での顕現が近い。

あとはこの流れに逆らわず、しかして呑み込まれぬように己を確立させていくのみ……だったはずだった。

 

まるで手招くように、それでいてこの身をとらえ引きずり歩くかのような新たな字祷子の奔流。

不意打ちの如く流れ込んでくるそれに、しかし我らは冷静に対処した。

もっとも、その対処も無意味……とまではいかないものの効果はさほどなかったようだが。

自らの対処はこの身を引きずる手を振り払い……しかしより強くなった流れに再び飲まれることとなる。

どうやら、この流れを生み出した主は、よほど我らを招き入れたいようすで、ずいぶんと手荒い招待だ。

ならばと己もより強い力に手対処しようとし……しかし、この流れの奥の奥、流れの生まれし根から嗅ぎとったそれに考えを変える。

 

──字祷子へ干渉し道を拓くための攻性防壁から、膨大な奔流に自己の存在が飲まれぬように防衛障壁へと術式を変更。

 

そう、自らを掴む字祷子を振り払い本来進もうとした流れに戻る、という考えから、この流れに乗り想定外の流れの果てへ向かう、という考えに。

 

本来であればこのような愚行を行うなどありえないことだった。

だが、それを嗅ぎとってしまった……認識してしまったのならば、それを無かった事にはできない……してはいけないのだ。

 

なればこそ、我らはこの流れに逆らわず、誘われる場所へ赴こうではないか。ご丁寧に道案内どころか迎えの字祷子(馬車)まで寄こしてきたのだ。ここまでの熱烈な招待を断るのは無礼と言えるだろう。

そして、そこまでして我らを招きたい其処は……やはり、新たな遊技場(ワールド)なのだろう。

 

──良いだろう、玩弄者(ゲームキーパー)

──踊らせてもらおうか。

 

そうだとも、貴様の思惑通り招かれてやろうではないか。だがしかし、かつての様にそこで踊らされるのではなく、貴様の舞台で、されど貴様の意志など関係なく、我らの銃舞(ダンス)を踊ってやろう。

 

貴様が懲りずにまた現れるというのなら。

懲りずにまた悲劇を演出しようと言うのなら。

陳腐な三文芝居(ハッピーエンド)台無しにして(塗り替えて)やろう。

 

──さぁ、玩弄者(ゲームキーパー)

──今度の舞台は何だ?

 

 

※ ※ ※

 

 

──顕現(マテリアライズ)が始まる。

 

まず最初(ハジメ)(コトバ)在り。

魔術文字が(シキ)を組み、(シキ)を生む。

空間に投影される術式。

疑似的に構築された人体、その隅々に血を送り込む……筈だった。

 

──あー、ダメダメ、ダメだよ騎士様。

 

だが、その術式に黒が割り込む。

その黒は術式を巡るはずだった紅を侵し……しかし我らという存在が決して欠損せぬように慎重に、優しく、まるで母の様に扱う。

 

──招待しといてあれだけど、この世界に立つにはふさわしい躯体(ドレスコード)って物があってね。

──と言うかそのまま来られたらもう君らだけでいいんじゃないかな? になっちゃうからね。

──なぁに、今更別な(世界)に行って礼服を買って来いなんて言わないよ。勝手に招いたのはこっちだし、そろそろ顕現の時間だからね。

──故に、服の準備も任せたまへ! 天才の私が騎士様達にふさわしい服を見繕ってしんぜよう!

 

巫山戯た物言いをする(ダレカ)が術式を次々と書き換えていく。

 

──ああ、そうそう。もう弄っちゃってるから今更だけど、別にズルしたりとかはしないよ?

──だってそんな事したらモニターの向こうの観客の皆々様もしらけちゃうじゃないか。

──三文芝居は嫌いじゃないけど、芝居以下なんて論外だろう?

──だから、安心してこの天才さんに身を委ねてくれたまへ

 

──そして何より、君達の剣は元はと言えば僕だからね、自分で自分を弄る事を失敗なんてしないさ……そうだろう? 騎士サマ方?

 

その黒は最後に燃え盛る三眼を我らの目に焼き付け、しかしその三眼は顕現の際の光輝によって掻き消された。

 

 

※ ※ ※

 

 

最初に感じたのは風。しかしその風も決して自身の肌を流れていく感覚を感じたという物では無く、耳を通り抜ける音により『これは風』だと自身が認識したに過ぎない。

視覚が再構築されていない現状、自身がどこに、どのような状態でいるのかは定かではなく、もしかすればこの音は風ではなく別の『ナニカ』なのかもしれない。

 

──はて、触覚はすでに構築されているはずなのだが……

 

一瞬、自分達の再構築に不具合が生じた事を疑う。

元よりもともと辿るはずだった道を逸れたのだ、不具合の一つや二つはあってもおかしくはないのだが、互換の構築に不具合が出るのはよろしくない事態である。

 

『気にしすぎよ騎士様? 構築自体は問題ないわ』

 

思案していると、少女の声が耳に入り込んでくる。

自分とともにこの旅を歩む存在であり、他でもない比翼連理(自分自身)でもある少女の声だ。

 

『ただ、ちょぉっとばかり面白い事にはなってるみたいだけれども。これがアレの言ってたドレスコードって奴なのかしらね?』

 

苦笑しているような、呆れているような、何ともいえない声。

ちょうど視覚も構築されたためその声の意味を確かめようと自身の体を見下ろす。

 

──月光を反射する鋼が視界に入り込んだ。

 

もちろん、自分の本来の体はこんな鋼で構成されている訳があるはずもない。

一瞬、文字通りほんの一瞬絶句するが、すぐさま状況を把握する。

 

「……なるほど、確かにこれは愉快と言えなくもない、か」

 

自信の駆体の構成を再確認。

……どうやらこの姿は自分の剣を纏っている姿のようだ。

自分自身の駆体がこの姿に変えられたわけではないらしい。

 

『私もだけど……大分この子を弄られたみたいね、元の大きさの何分の一かしら、これ。ここまで小さくされてるのに機能は遜色ないって逆に怖いのだけれども』

「くだらん事は律儀な彼奴の事だ。我等だけがこの大きさで、鬼械神に嬲られると言う事はあるまいが……だからこそ何故この様な設定にしたのかが不可解だ」

 

今までも様々な制限(ルール)を課された世界があったが、ここまでの制限を課せられた事は無かったものだ。

果たしてどのような世界(ゲーム盤)に引きずり込まれたのだろうか。

 

「……だが、関係ない」

『ええ、どのみちすることは今までと一緒。変わらないものね』

 

裏の世界に銃火(ガンファイア)を放ち、闇の化生に弾丸(断罪)を。

遮る暗黒刃で散らし、(脚本家)の喉元に牙を突き立てる。

 

「ああ、そうだとも。騎士として……為すべき事になんら変わりはありはしない」

 

夜空に浮かぶ月を見上げ、決意を新たにすると同時に、少女の声が宣言する(祈りの言葉を告げる)

 

『さぁさぁ今宵も始めましょう』

 

 

※ ※ ※

 

深い、淵い闇の底。

暗い、昏いその中心で、紅が踊る。

 

楽しげな笑みを浮かべ、愉しげに嘲笑(笑み)を浮かべ、紅はくるくる、くるくると踊りふける。

 

しかし、ふと紅が踊りを止める。

先程まで浮かんでいた笑みは消え、その表情は……無。

 

「……やっぱりダメね。確かに力のある書だったけれども……足りないわ」

 

そう呟く紅のその右手は、まるで風にさらされた水──否、水と言うよりも、その赤は……血だろうか? ──の様に手と言う形を崩していた。

 

「ええ、全然足りないわ。私をこの世界(現実)に形成すには、ただ力が強いだけでは全然足りない!」

 

そう叫ぶ紅の右手はいつの間にか崩れた形を元に戻していた。

だが、紅は理解していた。

 

──あれは、紛れもなく自身の未来である。

 

このままでは、自身はその身体全てを留めておく事ができず、あの右手の様にこの身体全てが崩れ、そして自身はこの世界に何も残す事無く消えるだろう、と。

 

──嫌だ

──私は確かにここに、こうして在るのだ

──それが、まるで朝日と共に消える夢の様に消滅するなど……

 

「認められない……認めてはいけないのよ」

 

故に、紅は求める。

自身を自身足らしめる『ソレ』を。

自身をこの世界(現実)につなぎ止める楔足りえるそれを。

 

「……ネクロノミコン」

 

嗚呼、それだ。それこそが、夢幻である自分を現に繋ぎとめる唯一。

探せ、探せ、探せ。

この身が崩れる前に、夢が血風と散る前に。

朝日(制限時間)が、()を掻き消す前に……

 

「そう、見つけ出してみせるわ、そして、始めるの!」

 

夜空に浮かぶ月を見上げ、決意を新たにすると同時に、紅の声が宣言する(呪いの言葉を告げる)

 

 

※ ※ ※

 

 

--物語を、物語を始めましょう。

--出鱈目を入れて、語りを遮りながら。

--ゆっくりと一つ一つ、風変わりな出来事を打ち出して。

 

--荒唐無稽な御伽噺(ハッピーエンド)を迎え入れましょう

--歪んだ国の物語を育みましょう




その言葉は、違う場所で、しかし同じ声音で、同じ語りで紡がれ

だが結末は違う方向へと投げかけられた。


※ ※ ※


難 産 だ っ た(二回目)

ほぼ一年前だよ前の話の更新……
さて、皆様はこんなポンコツペダルを覚えていらっしゃるのか……

今回の話は……まぁ今までIS寄りだったのでデモベ寄りな話を、という事で執筆してたんですが、まさか一年近くかかってようやっと投稿できるとは……

しかし、これ規約の禁止事項に抵触しないだろうかと自分でも不安だったり。
ある程度元の文を自分なりに弄ったりし、なるべくコピーになる部分は減らしたものの……こればかりは運営様の裁量次第ですね。

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