故に輝星は花に惹かれる   作:Aether

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第二局

# 故に輝星は花に惹かれる

## 第二局

 

咲は戸惑っていた。

 

無意識のうちに来てしまっていた麻雀部部室。その扉が突然開いたかと思うと、金髪の日本人離れした風貌の上級生に半ば強制的に部室に連れ込まれたからだ。

 

(あわわわ、これどういう事…?

と、とりあえず落ち着かなきゃ)

 

もう金髪の上級生は近くにいない。咲を連れ込んだあとどこかに行ってしまった。

すーはーと深呼吸してとりあえず咲は周りを見渡す。

人、人、人。そこには見渡す限り新入生がひしめき合っていた。それだけの人が集まる白糸台の麻雀部の知名度もさる事ながら、その人数が平気で収まるこの部室も部室だろう。

 

(ああ、そういえばあの金髪の人が入部試験とか言ってたなぁ)

 

ふと咲は首をかしげる。自分を部室に連れこんだ人物に妙な既視感を覚えて。

 

(どこかで見たことあるような…

んー…?従兄弟に金髪の子がいた覚えはないし、友達にも…

あっ!)

 

答えにたどり着いた咲は思わず声をあげてしまいそうになり、慌てて口を手で押さえる。

 

(そうだ、なんで思い出さなかったんだろう。白糸台麻雀部の金髪の上級生といえばあてはまるのはあの人しかいない。大星淡先輩だ!)

 

大星淡。白糸台高校に入学したその年には既にレギュラー入りし、当時の高校生1万人の頂点である宮永照から大将の座を受け継いだ、人呼んで「宮永照の後継者」。

その年に他を寄せ付けない強さで宮永照と共に史上初IH三連覇を達成した。

さらにその次の年、宮永照無き白糸台を追い落とそうとする各校を一蹴する。エースとして圧倒的な力を示した淡は前人未到のIH四連覇を達成。その名は宮永照とともに高校麻雀界に刻まれたのだった。

 

咲が驚きの発見に浸っていると、いつの間にかあたりの喧騒が静まっているのに気づいた。集まっている新入生の視線を追うと、凛とした雰囲気をまとった黒髪の部長と思われる上級生が丁度話し始めるところのようだ。隣に大星先輩がいるのもみえる。

 

(あれ、これもしかして私完全に出ていくタイミング失っちゃった…?)

 

「私は白糸台高校麻雀部部長、出雲美波です。

ようこそ新入生の皆さん。白糸台高校の麻雀部へ」

 

それだけ言ったあと出雲先輩は少し周りを見渡した後、ふわっと雰囲気を柔らかくして次の台詞を口にした。

 

「さて、例年通り入部試験をはじめましょうか。ここにいる人は全員そこそこの強さを持ってると思ってる。だからこそ悔いのないように全力をだしきってね。」

 

「そして何より、麻雀を楽しもう!」

 

その台詞を聞いて咲はそっと顔をふせた。胸のなかに湧き上がる高揚感を必死に抑え込んで、それでもなお浮かんでくる様々な気持ちに蓋をするように。

 

(麻雀に全力を出しきる。麻雀を楽しむ。もうそれは私にとっては随分と昔の事のように感じるよ…

それでもどうしてこんなにわくわくするんだろう…

もうあの日に麻雀なんてしないって決めたはずなのに

自分の麻雀じゃ他の人を傷つけるだけだってわかったあの日に…)

 

咲が思考にとらわれている間にも出雲先輩の説明はどんどん進んでいく。主に入部試験のやり方の説明をしてくれているようだ。

 

要約すると、

・ランダムな組み合わせの上級生2人、新入生2人による半荘五回勝負を行う

・組み合わせは毎回変える

・その牌譜を部長の出雲先輩とエースである大星先輩でみて、入部の是非を判断する

ということらしい。

 

(半荘五回もやるのは麻雀はある程度運が絡んでくるものだからかな…

にしても2人だけでこの全員の牌譜をみるって…すごいな)

 

「結果は明日の放課後には部室の前に貼り出しておくようにするからね。じゃあみんな頑張って」

 

そう出雲先輩は締めくくると、大星先輩と一緒に奥の部屋に歩いていった。

やはり牌譜をみるという仕事で手一杯のようで指示だしは他の先輩がやるようだ。

 

「じゃあ一回目はこの四人だね。さっそく打とうか」

 

いつの間にか咲も入部試験を受けに来たものとして扱われグループ分けの中に含まれていた。まぁこの状況で部室の中にいれば、逆に試験を受けに来ていないほうが不自然なので当然だろうけれども。

 

咲は同級生一人と上級生二人と一緒に卓につく。部長の言葉に感化されたのか、それとも試験という形での麻雀だからなのか。同級生も上級生も、いや咲以外のこの部室の中にいる生徒の顔は真剣で、場に充満する気合いが皆がこの五半荘にかける思いをあらわしているようだった。

 

咲は悩んでいた。どうやって部室を抜け出すか、ではない。それは咲にとってこの状況では解決不可能な悩みだ。

自分はこの対局でどう打つべきなのか。

 

(私の麻雀じゃみんなを傷つけるだけだ…

けど全力で打つよりは±0の方がまだみんなは楽しんでくれるかもしれない。

たとえそれが仮初めの偽の勝利だったとしても…)

 

故に咲は±0を使う。心優しき少女は己をころして周りに尽くす。その方向性が間違っていると気付くことなく。

 

 

 

「…ツモ。1000オール!」

「あ、それロンっす。8000っすね」

 

咲が何を考えようと関係なく時は進む。今は四回目の半荘が終わろうとしている所だ。

咲はここまで三回とも嶺上開花すら使わずに±0を達成していた。これは対局相手のレベルが低かった訳では無い。

天下の白糸台に所属する生徒と、そこに所属せんとする生徒達なのだ。全国でみても高いレベルばかり集まっているのは間違いない。

では何故か。単純に咲のレベルが高すぎるのだ。かつての高校生1万人の頂点、宮永照を幼い頃とはいえ完封する実力を持つ咲だ。その実力は遥か高みにあるのだろう。

 

最終局。咲は聴牌した手牌の中から三色をわざと消すように牌を捨てた。

 

(平和ドラ1、これで調整終了…かな)

 

咲は次順ツモった牌と手牌を倒して宣言した。

 

「ツモ。400.700です。」

 

咲は手牌を覗かれない限り自分の調整がバレる事は無いだろうと油断していた。今日の対局では牌譜がとられていることを、しかもその牌譜を分析しているのはあの白糸台麻雀部の部長とエースであることを完全に失念していたのである。

だから、後ろから聞こえた声に振り向き、今日嫌という程みた金髪が目に入った時凍りついてしまった。

 

「次、私も混ぜてよ。宮永咲さん」

 

---

 

「美波ー すごいキャラ作ってたじゃん!どしたのあれ」

 

淡は麻雀部に入部したいと集った新入生への挨拶を終えて帰ってきた、白糸台高校麻雀部部長かつ親友の出雲美波に声をかける。精神力を使い果たした様子の美波は必死に言い訳の言葉を並べた。

 

「う、うるさいなぁ。

こういうのは最初が肝心なんだから」

 

「ほー さっすが部長。やっと板に付いてきたねー」

 

美波が部長になってからまだ日が浅い。淡から見ても人前に立つということにまだ慣れていない様子なのは明白だ。

 

「もう、からかうのやめてよ。

淡だってさっき新入生のこと無理やり連れ込んでたじゃん。

まさか新手のナンパ?」

 

「ち、違うって。

もうすぐ始まるのに、なんか部室の前で考え事してたみたいだったから」

 

淡が気安くこのキャラをだすのは、この部活の中では美波だけだ。部長になっても美波は親友に変わりないのだ。逆に美波以外では淡は本心を理解してもらえないと思っているのだろう。

事実今までずっとそうだったのだから。あの宮永照でさえ…

 

「さてっと、冗談はこれくらいにして牌譜みなきゃだよ。

うわっ、ほんとにすごい数。よく今まで先輩達はこれ続けてきたなぁ…」

 

「…この中に淡に勝てる人がいるといいね…」

 

部屋に積まれた大量の牌譜をみて眉を顰〈ひそ〉める淡に美波が自分自身に言い聞かせる様にそう言った。

 

「……そんなのいるわけないじゃん」

 

期待は叶わなかった時の落胆を大きくするだけだ。淡はもう何度も叶わぬ期待をしてきた。だから淡は自分に言い聞かせる。これ以上叶うはずもない期待をするな、と。

 

 

二人は黙々と牌譜の山を処理していく。時間を追うごとに二人の処理速度を超えて増えてくる牌譜の量に、だんだん二人の間を飛び交う言葉も少なくなっていった。

 

「え…?」

 

淡は突然聞こえた美波の声に思わず牌譜から顔を上げて問いかけた。

 

「どしたのー?面白い牌譜でもあった?」

 

「ちょっとこの牌譜みて…?」

 

普段滅多にお目にかかれない、心底驚いた顔をして美波が差し出してくる三枚の牌譜。

受け取った淡はとりあえず収支に目を走らせる。

 

「三連続±0、か。

まぁ珍しいけど、ただの偶然じゃん?」

 

「ううん、意図的だと思う…

だって二回目の半荘のとこ…」

 

「なっ!?」

 

美波に言われるまま牌譜に目を落とした淡は驚愕の声を上げた。当然だろう。上がれば逆転一位の局面で四暗刻聴牌を崩してゴミ手であがる、なんていう信じられない試合運びを目にすれば。

 

(い、意味が分からない。自分が上がらなきゃ入部試験に合格できないことなんて、分かりきってるのに…

この局面で自分ではなく他人に花を持たせるってどういう精神してんの…

でも──この子面白い!これを達成するにはかなりの実力が必要なはず!私がその±0崩してみたい!)

 

「私ちょっとみてくる!」

「淡!?ち、ちょっと待ってよ

私も行くよ!?」

 

突然部屋を飛び出して言った淡を慌てて追いかける美波。その先で二人がみたものはやはり信じ難いものだった。

 

「あの手牌から三色を消すなんて…ありえない…」

「うん、普通じゃないね。

でも、だからこそ面白い!」

 

美波は麻雀を楽しそうにみる淡のキラキラした眼を久しぶりにみた。だからこそ彼女は祈る。

 

(どうかあの子が淡を救ってくれますように…)

 

最も次の淡の行動には度肝を抜かれることになるのだが。まさか誰も、白糸台のエースが入部試験に乱入するとは考えなかっただろう。

 

 

 

「次、私も混ぜてよ。宮永咲さん」

 

淡がそう声をかけると咲は凍りついたようだった。次に慌てて淡に言葉を返す。

 

「え、いや、それは私に言われても…」

 

それもそうだ、と納得した淡は次にその卓に入ることになっていた上級生の一人に声をかけた。

 

「ねぇ、次私が入らせてもらっていいかな?」

「い、いいですけど

どうしてこの卓なんですか…?

他にも強い子はたくさ──」

「いいから、変わって」

 

有無を言わせぬ口調で卓についた淡は、憧れの先輩とうてる事に高揚している新入生と状況の変化についていけずあわあわしている咲を前に宣言した。

 

「さぁ、はじめようか!」

 

 

 

淡は眉を顰めていた。もちろん内心で、だが。今はもう南三局。淡の予定では南場に突入することなく終わるはずだったのだ。

 

(なんで…?

全力で全員とばそうとしてるのに…

ああ、また他の子に上がられた。これも咲の差し込み、か)

 

あくまでも今淡が出している全力とは照に出会う前の全力であり、厳密には現在の淡がもつ全力ではなかった。だがその当時の力でも並の人なら木っ端微塵に吹き飛ばしてお釣りがくるほどの力ではあるのだ。

だがその力をもってしても、とばそうとしても先程のように絶妙な所で差し込んだりしてゆく咲の立ち回りの前に真価を発揮することはできなかった。

 

そして、オーラス。淡の親番。

鳴きを入れながら速度重視で手を作っていく淡をみて美波はうーん、と考える。

 

(淡は今点数では圧倒的トップなんだし、とりあえず上がれば咲ちゃんの±0は防げたことになる。って事は、淡の場の支配があれば基本的には五巡目までは安心だから、速攻で攻めてるんだろうな。)

 

───だが

そこはもはや大星淡のステージではなく、

場には嶺上の花が咲き乱れる

 

「カン」

「ツモ、嶺上開花。1200.2300です」

 

(うそ、でしょ…?)

 

淡は信じられなかった。もちろん嶺上開花という珍しい役がでたことも驚きだったがそこに、ではない。

淡が驚いたのは、咲が三巡目にして上がったことだ。槓をしたとはいえ三巡目ということは、淡の場の支配を上回っていた事になる。二年前、照にさえ結局一度も破られることのなかった場の支配を。

さらに咲の最終スコアはやはり±0。かつての淡の力を持ってしても完封されてしまったのだから。

 

驚きのあまり呆然としている淡をみて、咲は後悔していた。

 

(ああ、やっぱり傷つけてしまった。私は麻雀を打つべきじゃなかったのに…

早く出雲部長に伝えておかないと…)

 

「部長」

 

突然の咲の呼びかけに、淡が完封された事に呆然としていた美波は我に返った。

 

「う、うん。どうかしたの?」

 

「私麻雀部には入りません。申し訳ありませんが選考から外しておいてください。お願いします。」

 

それだけ言うと咲は麻雀部出口の扉に向かって歩き出す。

咲の言葉に更なる衝撃をうけた美波はその背中に問いかけた。

 

「な、なんで…?麻雀部に入るために入部試験受けに来たんじゃないの…?」

 

「本当は受けるつもりもなかったんですが、成り行きで…

すいませんでした」

 

咲は振り返ってそれだけ言うとペコリとお辞儀をして、もう振り返ることはなく部室を出ていった。

 

淡はその間自らの中に湧き上がる疑問を何一つ聞くことは出来なかった。どうして±0にする事にこだわるのか。苗字が宮永なのは照に何か関係があるのか。

 

──そして、何より

どうしてそんなに悲しそうに麻雀を打つのだろうか、と。

 

 

#淡咲SS

#淡咲SS/故に輝星は花に惹かれる


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