「聖女様!ありがとうございます!」
一人の女性がそう言い、頭を下げる。
「いえいえ、大丈夫ですよ。また何かありましたらいらしてください」
聖女と呼ばれた彼女は微笑みながらシルクのように白い手を振った。
「本当にありがとうございます!お礼をまた渡しに来ますのでまたその時に会いましょう!」
女性はそう言って、教会を去っていった。
そんな彼女を見送りした聖女は教会の扉を閉める。
そして部屋に戻り、窓を開けると大きく背伸びをした。
「んー、今日はいい天気ですね。この後、買い物にでも行きましょうか」
そう呟くと、窓の外に小さな小鳥たちが止まった。
「あらあら、あなた達。今日もいらっしゃったんですか?でも、元気そうで何よりです」
彼女はそう微笑んで、小鳥達を撫でる。
気持ちよさそうに目を瞑る小鳥達にティーゼは再び微笑むと、そうだと言った。
「よければ、みなさんも一緒に買い物に行きませんか?一人だと味気ないですし。もちろん、ちゃんと皆さんのご飯も買いますよ?」
ティーゼの言葉に小鳥達は“ピィ“と鳴いた。
◇◇◇◇◇
「さて、今日もいっぱい買いましたね。皆さんは楽しかったですか?」
「「ピィ!」」
小鳥達は甲高く鳴く。
「そうですか。それはよかったです」
小鳥達の反応に彼女はクスリと微笑む。
そんな中彼女は湖の畔、村の反対側にある大きなお城へ視線を向けた。
かつて王族が暮らしていた城。いまや廃墟と化したその城はあちらこちら崩壊の後が残っているが、その下に広がっている薔薇園はとても立派なものだった。
「本当に立派な薔薇園ですね。一度近くで見に行きたいくらいです」
ティーゼがそう呟くと同時、後ろから声をかけられる。
「では、言ってみますかな?私の古い屋敷の薔薇園でよければ」
ティーゼは後ろを振り返ると、そこにいたのは白いヒゲを生やし、皺だらけの皮膚と杖を手にした一人の老人だった。
「あら?貴方は?」
ティーゼが老人にそう聞いてみると、老人は優しい声で言った。
「ああ、申し遅れました。私はあの屋敷に住んでいる、ラシードと言います。貴方は確か、村で話を聞く聖女様ですかね?」
「ええ。とは言っても、そこまで大した事はしていませんよ?精々傷を癒やしたりするくらいですので・・・」
そう答えるティーゼに老人は微笑しながら言った。
「いやいや。それでもですよ。貴方はとてもお優しい。こんな私でも声をかけてくれるのだから」
老人は優しい声音で言うと、ティーゼに言う。
「そう言えば、貴方はあの薔薇園に行ってみたい言っていたので声をかけましたが、行かれますかな?」
「よろしいのですか?わたくしのような者が行っても?」
「ええ。構いませんよ。私の庭は誰でも来ていい場所なんですが、誰も来ませんので。薔薇達も喜ぶかと」
そう答える老人にティーゼは口を開いた。
「では、お言葉に甘えて、行かせていただきますね」
彼女はそう答えると、老人は頷いた。
「ええ。では、案内いたしましょう」
◇◇◇◇◇
「此処の全部が貴方の薔薇園ですか?」
薔薇園に来た老人とティーゼは二人で歩きながら、薔薇園を巡っていた。
「ええ。ただ、あまりにも広いものでして、この年になると手入れをするのも中々大変ですよ」
「それは、さぞ大変なんでしょうね・・・」
ティーゼの言葉に老人は笑う。
「まあ、確かに大変ですが、それでもこの花達は私の大事な子供達のようなものです。やり甲斐はありますよ」
「それは、確かにそう思うとかわいいですものね」
老人の笑みに釣られてしまうように彼女も笑う。
ただ、そんな彼女に老人は悲しそうに言った。
「ただ、私ももう歳だ。この先ももう長くはない。この薔薇達を育てるのも正直かなり大変になってきている。思い出の花でもありますから、そう簡単には諦めたくないのですが・・・」
そう零れ出る老人の言葉を聞いてティーゼは言った。
「よろしければ、わたくしが変わりに育てましょうか?」
「・・・それは」
老人はティーゼにその視線を向ける。
そんな老人に対し、ティーゼは口を更に開いた。
「わたくしでしたら教会からこの場所に通えますし、それならおじいさんも身体に負担はかからないでしょう?それに私も花を育てるのは好きですので」
「・・・・・・」
老人はティーゼの言葉を聞いて考え込む。
老人は少しだけ考えた後、頷いた。
「分かりました。では、貴方にこの薔薇園をお任せします」
「本当ですか!?」
彼女は目を煌めかせてそう言うと、老人は頷いた。
「ええ。貴方が望むのであれば、この薔薇達をお任せします。大切に育てて上げてください」
「・・・ありがとうございます!」
ティーゼは頭を下げる。
そんなティーゼに老人は言った。
「いえいえ。お気になさらず。ほら今日はもう遅いから帰りなさい。また明日、見においで」
「ええ。また明日。おじいさん」
ティーゼは手を軽く振りながら、長いスカートを軽く上げる。
老人も軽く会釈し、彼女を見送った。
彼女の姿が見えなくなった後、老人は城の中に入り、椅子に座る。
そんな老人が座る椅子の後ろに一人のフードを被った青年が現れた。
「久しぶりだね。“吸血鬼のご老人“」
「ああ、久しぶりだね。悪魔さん」
老人はそう短く答えると、青年は言った。
「良かったのかい?あの薔薇園を託しても。大切な人がくれた薔薇なんだろう?」
「ああ、いいんだよ。あの子もきっと喜ぶ」
吸血鬼の老人は立ち上がって、シルクの手袋を取る。
「おや?人間ごっこは止めたのかい?ラシード」
悪魔の問いにラシードは答えた。
「そうだね。もしかしたらそうなのかも知れない。私達吸血鬼は人間の血を吸わないとただ朽ちていく身だ。だが私はね、それでも構わなかった。あの子を助ける事が出来なかったからね。人間で無かったから、あの子を死なせてしまったんだ」
ラシードは思い出に存在する、小さな女の子が瞼の裏に焼き付く。
「そんな彼女が私に残してくれた大切な薔薇を任せられるんだ。なら、悔いはないさ」
「・・・そうかい。なら、アンタはあの子に何か言い残したい事はあるかい?あの聖女様に。俺が伝えといてやるよ」
ドンドンと、扉が強く叩かれる。
どうやらハンター達が来たのだろう。この先に起こり得る未来をラシードは頭に浮かべながら答えた。
「そうだね。大切に育てて我が子のように可愛がってくれと言ってくれないかな。あの子なら、きっと大切にしてくれるさ」
「あいよ。なら、俺は失礼するぜ。“じゃあな。ラシードの爺さん”」
「ああ、またね。時の悪魔さん」
彼がそう言い終わった瞬間に、扉が開かれた。
「さてさて。私も、あの子の為に頑張ろうかね」
◇◇◇◇◇
「今日もいい天気ですね。おはようございます。おじさん」
「おお、ティーゼちゃん、おはよう。元気かい?」
「ええ。それはとっても」
そう答えるティーゼに鍛冶屋のおじさんは言った。
「そう言えば、聞いたかい?昨日の話」
「・・・昨日?何かありましたか?」
首を傾げるティーゼに男は答える。
「いやな、昨日あの城に吸血鬼が出たって話だよ。討伐に向かったハンター達が帰って来ていないって話だ。ティーゼちゃんも気をつけなよ」
「・・・えっ?じゃあ、あのおじいさんは・・・」
「おじいさん?誰だい?」
男性の質問にティーゼは答えずに、走り出した。
「えっ!?お、おーい!ティーゼちゃん!?」
男性の呼び止めにも応じず、ティーゼは長いスカートの裾を持ちながら走る。
林の中を通り、転び、靴が脱げ素足になりながらもティーゼは走り続けた。
そして城の入口へと辿り着き、扉を開けた。
「おじいさん!!」
扉を開けたティーゼの視界に広がっていたのは血で濡れた広間と倒れ伏したラシードだった。
「おじいさん!?しっかりして!!」
ティーゼは服や手が血で汚れるのを構わずに、ラシードの身体を起こす。
ラシードは閉じていた目を軽く開けると、ティーゼに微笑みをかけた。
「ああ、貴方でしたか。すみませんね、心配をかけさせるなど・・・」
「身体にさわります!!どうか安静に!わたくしが治しますから!!」
彼女はそう言って、手をかざしたその手をラシードは優しく掴んだ。
「おじいさん・・・?」
ラシードの行動に困惑するティーゼ。
そんなティーゼにラシードは言った。
「駄目ですよ、聖女様。私は吸血鬼ですから、貴方のその祝福は毒になる。ですから、此処でお別れです」
「えっ・・・・」
ラシードの言葉にティーゼは呆然とした。
この優しいおじいさんが吸血鬼?その事が信じられなくて、首を振る。
「そんな・・・嘘ですよね?おじいさんが吸血鬼な訳が・・・」
そんなティーゼにラシードは首を振る。
「いいえ。私は吸血鬼ですよ。たった一人の女の子を助ける事が出来なかった人間好きな吸血鬼です」
衝撃の言葉にティーゼは言葉が出ない。
そんな彼女ひラシードは言った
「私はね、最後にあなたに会えて本当によかった」
「おじい・・・さん?」
ラシードは灰になって消えゆく身体になりながらも、ティーゼを見て優しく微笑む。
「貴方は優しい方だ。こんな化け物と言われた私をこうやって助けようとしてくれる。でも、貴方と私では住む世界が違っていた」
身体が灰になる。
どんどん消えゆく身体に、ティーゼは叫ぶ。
「駄目ですっ!死んではいけません!貴方にはまだ、薔薇園の花達が残っ・・・って・・・」
ティーゼは口をつぐむ。
そう、あの薔薇園はいまや彼女の物だ。
ラシードはそんな彼女の頬に手を伸ばした。
「あの薔薇園はもう貴方のものです。大切に育てて上げてください。助ける事が出来なかったあの子の花ですから。だから、私は信用出来る人が欲しかった。あの薔薇園を任せられるような人が。騙してすみません」
ラシードの手が消えていく。
泣き出す彼女に、ラシードは言った。
「もし、来年も花を咲かせられたらあの子も私も、幸せですから。どうか、貴方も幸せになってください。聖女さ」
ラシードは最後の言葉を言い終わる事なく灰になった。
そして、広間に残ったのは赤い血溜まりに座り込み、泣き続けるティーゼの姿だけだった。
◇◇◇◇◇
何年も年が流れる。
時の悪魔はあの老人吸血鬼がいた城へ足を運ぶ。
その理由は、彼女に伝言を届ける為だ。
カツカツ、と足音が廊下に響き渡る。
そして、廊下を曲がった先には沢山の薔薇が咲き誇っていた。
「おーお。こりゃすごいなあ。これ、アンタが育てたのかい?”元聖女“様?」
悪魔の視線の先にいたのは、色素が抜けた真っ白なふわふわとした髪に、雪のように真っ白な肌。ドレスから伸びているスラリとした素足も雪のように真っ白だった。
頭には薄いベールを被りながら、小鳥達と戯れていた彼女は言った。
「ええ。とても綺麗な花でしょう?」
彼女はそう言って“赤い瞳“を悪魔に向ける。
そんな彼女に、悪魔は「はあ」と溜息を吐きながら言った。
「ああ、綺麗な花だよ。だが、アンタが“吸血鬼になっている“だなんて予想はしなかったけどな?」
“竜谷の竜殺し”と同じかよとボヤく悪魔に、彼女は微笑む。
「これは、わたくしの罰です。わたくしは結局、こうやって花を育てていかないといけませんから」
「あっそ」
青年はそう答えながらも、聖女に言う。
「ああ、そうそう。あの爺さんからアンタ宛に伝言があるんだ」
「おじいさんから?」
驚いたような顔をする彼女に彼は言った。
「この花達を可愛がってくれだとさ」
彼の言葉を聞き、ティーゼは目を瞑る。
そして、彼に言った。
「ありがとう、悪魔さん。もし、おじいさんに会えるのなら私からも伝言を伝えて貰っても?」
「別にいいけど?」
悪魔がそう答えると、元聖女は言った。
「大切に育っていますよと言ってください。わたくしはおじいさんの大切な約束を守っていますので」
「了解。なら伝えとくわ」
悪魔はそう言って振り返る。
そして言い忘れたかのように悪魔は聖女に言った。
「しかしアンタ、狂ってるな。人間だったら寿命で死ねるのに、わざわざ吸血鬼のそれも死徒になってよ」
悪魔の問いに吸血鬼の聖女は答えた。
「ええ、狂っていますよ?出ないとわたくしは聖女とは呼ばれなかったですからね。人間、そう言うものです」
彼女はそう言って微笑んだ後、椅子から立ち上がる。
そして彼女の素足の足元には──────────
沢山の血と肉と骨が転がっていた。
その光景に悪魔は肩をひそめる。
「本当に悪魔より悪魔してるじゃねえか」
「自覚はあります。でも、わたくしが選んだ道ですから」
この後、お茶はいかがですか?と言ってくる彼女に、悪魔はいいと答えて城を去る。
そんな中、悪魔の青年は振り返るとポツリと呟いた。
「見知らぬ子と怪物の老人の為に花を育てる・・・か。本人は幸せならそれでいいんだろうが・・・話に聞いた竜を愛した女より歪んでるな。あれは」
悪魔は「はあ」と息を吐くと、その姿はいつの間にか消えていた。
何もない廃墟と化した城で、彼女は薔薇を育てるだろう。
名前も知らないおじいさんが愛した女の子と吸血鬼の老人の為に彼女は一人、薔薇を我が子のように見守り続けた。