いろはすの単発短編集 作:こころのつき
これは書いてて非常に楽しかったです。
八幡のことが好きないろはは、それを自覚した後、八幡の前ではしどろもどろになって上手く話すことができなくなりました。
そんな初心ないろはが頑張るお話。
最近わたしはおかしい。
わたしはせんぱいのことが好きです。このせんぱいとは葉山先輩のことではなく、比企谷八幡先輩のことです。割と最近になって気づきました。
そこまでは別にいいんです。おかしいのは、わたしがせんぱいのことが好きだと自覚してから、全然今までのように振舞えなくなったことです。
可愛く作ったわたしと言うか、せんぱいの言う”あざとい”わたしとして振舞えなくなりました。
せんぱい以外の前ではいつもどおりなんです。いえ、せんぱい以外の男子に話しかけられても邪険にして適当に流すようになったので、変わったと言えば変わりましたが。
でも、せんぱいに対しては自覚する前と後では会話そのものが難しくなったと言いますか……。
とにかく、せんぱいの前に立つと頭が真っ白になってしまうんです。
色々と考えてせんぱいに話しかけても、あの目つきの悪い顔を見ると全部吹っ飛んで、言葉は噛みまくり、話は支離滅裂、とせんぱいのことが好きなわたしとしては大問題です。
せんぱいが好きだと自覚してから、せんぱいの言う黒歴史?が随分と増えました。
せんぱいと顔を合わせた日の夜は毎日ベッドの上で悶えてます。あの時はこう言えば良かった、なんであそこで噛んじゃうの、絶対せんぱいに変な子だと思われてる、etc.etc……。
最近そんな感じでしたので、今日こそは挽回しようと思います。
とりあえず、話しかけるのにまず”せーんぱい”と声をかけて、そしてこれから何するか聞いて……。
最終的に休日の予定を聞いてデートに誘えればミッションコンプリートです。
よし、じゃあおさらい。
”せーんぱい” ”何してるんですか?” ”ところで今週の土日は空いてますか?”
うん、完璧ですね。
さて、じゃあせんぱいはそろそろ奉仕部の部室へ向かうので、偶然会った振りをして……なんて考えていると背後から肩を叩かれました。
「おう、一色。 生徒会か?」
――振り返ったところにいたのはせんぱいでした。
もちろん、さっきまで考えていた諸々のシミュレーションは綺麗さっぱり吹き飛んで頭の中は真っ白です。
「せせせせせ、せんぱい! え、えーと……きょ、今日はいい天気ですね!」
わたしのバカ! もうちょっと良い話題があるはずです!というか、外は晴れでもなんでもなく、むしろ今にも雨が降りそうな曇天なのに……。
「曇りをいい天気とはなかなか良いセンスだな、一色。ってか、なんでそんな驚いてんだ?」
「えーと、そ、その……せ、せんぱいのせいです!」
「はぁ? 俺、一色になんかしたか?」
「せ、せんぱいのことを考えてるときに声をかけてきたから、思わずドキッとして話しかける内容を全部忘れちゃったんですよ!」
「それ、どう考えても俺のせいじゃないよね、一色……。つーか何考えてたんだ?」
「え? あー、えっとせんぱいともっとちゃんと話せるようになるにはどうすればいいかって……」
あれ?今わたしが言ったのってちょっときわどくない?具体的にはせんぱいにわたしの想いがバレそうって意味で。と、とにかく言い訳しないと。
「ちちち、違いますからね! せ、せんぱいともっと話したいって言うのは、その……そう! どうすればもっとせんぱいに仕事を手伝って貰えるかってことですから!」
「そんな食い気味に否定されるとそこはかとなく悲しい気分になるな。……なんだ、生徒会の仕事は多いのか?」
うー、せんぱいに申し訳ないです。
そんなに強く否定しなくても良かったのに。
というか自分でもバレバレだと思うような対応してるのに、気づかないんですかね、この人は。
「……し、仕事はまぁまぁ多い方ですかね?」
実際はそんなに多いわけじゃないですけど、さっきの言い訳の手前、少ないと言ったらおかしいですよね。
「ふーん、そうか。 ……大変なら手伝った方がいいか?」
「……ふぇ?」
「あざといな、おい。 いや、最近全然生徒会の手伝いに呼ばれないから心配でな。 仕事が多いなら手伝った方がいいだろ」
せんぱいの目にどこか気遣わしげな光が宿る。
心配してもらえて嬉しいですし、その優しそうな目は好きなんですけど、それを向けられるとちょっと、その……。
「だだだ、だひじょぶです! しぇんぱいも奉仕部ぎゃんばってください!」
体がかあっと燃えるように熱くなって、柄にもなく焦ります。
どもった上に言葉も噛み噛みで恥ずかしくなったわたしは、それはもう風のように走り去ったのだった。
今度こそわたしのバーカ! せっかくせんぱいから手伝ってくれると言ってたのに、どうして断っちゃったんですか、もう!
しかも、デートの約束なんて話題にも出てきませんでしたし!
……まぁ、この状態でデートしてもどうにもならない気がするので、ある意味結果オーライですけど。
うん、せんぱいのことを好きだと自覚してからずっと思ってましたが、今までわたしが恋だと思っていたものは、どうやら恋ではなかったようです。
だってこんな暴走気味で、わたしを悶えさせてばかりの感情なんて今まで経験したこともないです。
どうやらわたしの初恋はせんぱいで、自覚してからこっち、わたしはその初恋に振り回されてばかり。
さっきみたいなやり取りなんて、今時小学生でもやらないような、恋の駆け引きと言うにはあまりにも拙いものでした。
初恋は叶わないなんていいますけど、それも道理ですね。
こんなわけの分からない感情、初めてなら持て余して当然です。こんなまともに会話もできないような状態で、相手に好きになってもらうって、そんなの無理ですよ。
わたしのせんぱいへの初恋も、叶わないのかなぁ……。
それは、嫌だな……。
最近、せんぱいとのやり取りを思い出して悶えた後には、いつもこの思考へとたどり着きます。
そうすると、決まってきゅっと胸が苦しくなり、どうすればせんぱいに想いが届くのか考えてしまいます。
でも、幾ら探したって明るい材料は見つかりません。
当然ですよね。
せんぱいには奉仕部の二人がいます。わたしよりずっと素敵で付き合いも長いお二人が。
あの二人にはきっと敵いません。あの捻くれたせんぱいが”本物”を求めた二人です。わたしが万全であっても難しいと思います。
増してや、今のわたしはだめだめです。
初めての恋に振り回されて、会話一つ満足にこなせず、最近ではこのまま嫌われるんじゃないかと怖いです。
これじゃだめだと思って対策をたてても、せんぱいの前に立つと何もかも上手くいきません。
はぁ、こんなんじゃなかったはずなんですけどね。
「せんぱいのこと、すきなのに」
叶わない想いって、こんなに辛いものなんですね。
せんぱい、わたしに初めての恋を教えてくれてありがとうございます。
でも、どうせなら、こんな苦い初恋じゃなくて、もっと甘酸っぱい初恋が良かったです。
「あきらめたく、ないです」
せめて、せんぱいが誰かと付き合う前に、告白くらいはしたいな。
このままわたしの初恋が、何も形にならず終わるのは、いやだ。