いろはすの単発短編集   作:こころのつき

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うぶはす、初めての恋煩い(2)

 

 

 

最近、一色の様子がおかしい。

 

いつ話しかけても顔が真っ赤だし、今まで作ってたはずのあざとい振る舞いが全くない。

体調でも悪いのかと聞いてみても、余計顔が赤くなって、更に言葉も噛み噛みになってしまう。

いつもそうなので体調が悪いわけではないのだろうが、明らかにおかしい。

 

いや、もうぶっちゃけるが、様子がおかしいというか、めちゃくちゃ可愛い。

耳まで赤く染まった顔とか、慌てたような仕草とか、思わず勘違いしてしまいそうな言動とか、もう可愛すぎてやばい。

思わずこの間は”天使かな?”と呟いたら顔を真っ赤にして逃げられたし、コマチエル、トツカエルに続く第三の天使イロハエルとして俺の中で殿堂入りするまである。

というか、この三人の天使の中で唯一イロハエルだけは恋愛対象にしても問題ないので、血迷って告白して振られちゃうかもしれん。振られるのかよ。

 

とはいえ、一色は葉山のことが好きで、女子は恋することで可愛くなるとか言われてることも考えると、どうせ葉山のことでなんかあったんだろう。

天使を誑かすとは葉山許すまじ……と思ったが、イロハエルに嫌われるのも困るので、大したリアクションは起こさなかった。

強いて言うなら、海老名さんにとべはやの燃料を投下するという地味な嫌がらせくらいである。

まぁ、葉山を睨みつけてたせいではやはちの燃料も燃え上がったけどな!

 

さて、そういう風に自分には関係ないだろうと思っていたのである。ついこの間までは。

 

 

その日は雨でベストプレイスが使えず、昼飯は教室で食うことになり、正直居づらかった。

そんな居づらい中で弁当を食い終わり、いつものように影を極限まで薄めていると、”失礼しまーす”とあざとい声が教室に響いた。

 

そのあざとい声の持ち主である一色は、真っ直ぐに葉山の元へ行くと、三浦のガードをすり抜けて葉山に話しかけた。

ところどころ聞こえてくる話し声によると、サッカー部を休ませて貰うとか何とか話しているようだった。

葉山に用件を伝え終わった一色は、ふと誰かを探すように視線を巡らせる。そこで、なんとなく一色を眺めていた俺と視線がかち合った。

 

俺と視線が合った一色の変化はあまりに顕著なものだった。

ボン!と音が聞こえてきそうなくらい一気に頬を紅潮させると、思いっきり首を捻って俺から視線を逸らす。

そのまま同じ側の手と足を同時に出しながら、絵に描いたようなぎこちない歩き方で教室を出て行こうとする。

しかし、そんな歩き方では上手く歩けないわけで、俺のちょうど真横あたりで躓いて転びそうになった。

 

そこで俺は横から腕をつかんで、転びそうになった一色を支えた。

すると一色は、今までの顔の赤さが何だったのかというくらい、耳まで顔を真っ赤にして、噛み噛みでどもりながら俺に礼を言うと、弾丸のような勢いで走り去った。

 

残ったのは呆然とした俺と、クラスの連中の沈黙だった。

 

一拍置いて、沈黙は二方向三種類の視線へと変わる。

一色の去った方向に対しては微笑ましそうな視線。

俺に対しては生暖かい視線と嫉妬と殺意のこもった熱い視線。

 

俺は自分に向けられる視線から身を隠すように、手元の小説へと目を向けたが、内容は全く頭に入ってこなかった。

一色は葉山に対しては今までと変わりなかった。多少素っ気無かったかもしれないが、少なくとも大きな変化は無かったはずだ。

 

しかし、俺に対してだけは一色は顔を真っ赤にして緊張したように言葉に詰まる。

それは一体どういう理由があってのものだろうか。考えられるのはたった一つ。だからこそ、俺は二種類の視線による集中砲火を浴びているわけだ。

 

勘違いではないかと思うが、客観的に誰が見ても勘違いではないのを向けられた視線が断定している。

 

一色が、俺のことが好き……?

 

いや、そんな馬鹿な。

しかしそれ以外に考えられないし……。

そもそも一色が俺のことが好きだから何だって言うんだ。あぁ、いや大天使イロハエルですもんね、付き合ってくださいお願いします。

いやいや、しかし……。

 

そんな感じで混乱した俺は、次の授業が始まって平塚先生に殴られるまで、堂々巡りの思考を回していたのだった。

 

 

 

***

 

 

「ふぅー、よし。今日こそ……」

 

わたしはせんぱいの教室の前でせんぱいを待ち伏せします。

別に大したことを頼むつもりはありません。ちょっと前まではよく頼んでいたように、生徒会の仕事の手伝いをお願いするだけです。

もっともその大した事じゃないことを頼もうとして、今まで何度も失敗してきたわたしにとってはかなりの緊張を強いられます。

 

うぅー、早く出てきてください、せんぱい。早く会いたいです。

あー、でもちょっと怖いので、前みたいに突然じゃなく心の準備をさせてください。

 

……出て来ました、せんぱいです。

近くに結衣先輩がいるってこともありません。絶好の機会です。

 

わたしはせんぱいに近づくと、一度きゅっと唇を引き結んでから声をかけます。

今度こそ……。

 

「せ、せんぱい」

 

よ、よかった。少し出だしで躓きましたが、これくらいなら許容範囲内です。

せんぱいはわたしの声に反応して顔を上げました。視線が重なることで、顔が火照って赤くなるのが自分でもわかります。

 

「あー、一色か。 どうした?」

 

「そ、その!」

 

あ、やばい。声が上ずりました。で、でもまだ大丈夫です。ちゃんと用件を言えればいいんです。まだこれからです、落ち着いて……。

 

「その、きょ、今日は生徒会の仕事を、手伝ってくれませんか?」

 

詰まり気味ですが、何とか言えました……。安堵感がやばいですけど、まだ答えをもらってません。答えによっては更に問答を重ねることになります。

 

せんぱいは、少しだけ考え込んでから口を開きました。

うー、葉山先輩に告白したときより緊張するんですが……。

 

「あぁ、この前も大変って言ってたしな。……よし、構わんぞ。由比ヶ浜にメールするからちょっと待ってくれ」

 

「は、はい。どうぞ」

 

ふぃー、よかったです。前みたいに渋られてたら説得する自信はありませんでした。というか、よく前のわたしはあんな風にせんぱいに絡めましたね。

今のわたしには絶対に無理です。さっきの会話だけでいっぱいいっぱいですし、もう既に身体は緊張でカチコチです。

 

あぁ、でも久しぶりにちゃんとせんぱいと話せた気がします。これだけの会話でも嬉しいし幸せだな……。

 

「よし、メール送った。それじゃ行くぞ、一色」

 

「ひゃ、ひゃい!……そそそ、それでは行きましょう」

 

うぅ、わたしのバカ。せんぱいが目の前にいるのに浸ってるなんて。

絶対今ぎこちない歩き方ですよ。というか、きちんと意識を向けて手足を動かさないと歩けないって、わたしどれだけ緊張してるんですか……。

とにかく、今は転んだりしないように注意しないと。好きな人の前で転ぶとか、勘弁してください。スカートですから下着を見られますし……。

 

「ところで、一色」

 

「は、はい、なんですか?」

 

と、突然せんぱいに声をかけられましたけどなんとか対応しました。

よし、この調子で今日は……。

 

「生徒会室は、さっき過ぎたぞ」

 

「……ふぇ!」

 

何がこの調子ですか!もう、ほんとせんぱいの前だと失敗してばかりです。歩き方といい通り過ぎたことといい、絶対せんぱいに変な子だと思われました。

 

「す、すみません。ここですね、今開けます」ガチャ

 

はぁ……まぁ、今日せんぱいに生徒会の手伝いをお願いした時点で、黒歴史が増えることは諦めてます。大事なのは黒歴史を増やさないことではなく、せんぱいと一緒に時間を過ごすことです。

この際それ以上は望みません。まずはせんぱいと会話するのに慣れないとどうしようもないですからね。それに作ってしまう黒歴史以上に、せんぱいと一緒にいると嬉しいですし。あとで、ジタバタと悶えることになるのが玉に瑕ですけど。

 

「それでは、生徒会室にようこそ」

 

「おう、失礼します。……って誰もいないんだな」

 

「きょ、今日はわたし以外はみんなお休みです。わ、わたしの分の仕事はまだありますけど、それで残ってもらうのも申し訳ないので」

 

というより、わたし以外に誰かいる状態でせんぱいと会話とか、黒歴史を皆に見られるに決まってるので勘弁願いたいです。

おかげでなかなかせんぱいと話す機会が作れないんですけどね。奉仕部の方も最近はあんまり行けてないですし……。

 

「そうか。って、俺を残すのはありなのかよ」

 

「う……。で、でもせんぱいはどうせ奉仕部で居残りじゃないですか。だからまぁ、ありかなぁって。そ、それに頼りになりますし一緒にいて幸せ……い、いえ! なな、なんでもないです!」

 

事前に想定してない話を振られると弱いです、わたし。 前半の建前は問題ないのにどうして後半の本当の理由まで言っちゃいそうになるのかなぁ。

 

「さ、さぁ、時間は有限ですよ。早く仕事しましょう!」

 

わたしの答えを聞いて一瞬固まったせんぱいに、隣に座るように急かすと、わたしは書類へと視線を落とした。

うぅ、緊張して内容が頭に入ってこない……。

 

 

 


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