いろはすの単発短編集   作:こころのつき

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うぶはす、初めての恋煩い(3)

 

 

 

うーん、何かこれ、勘違いしかしようがないんですが。

 

一色にお願いされて生徒会を手伝うことになった俺が、仕事中に抱いた感想はそのようなものだった。

 

そりゃ、前のあざといお前だって普通の男子なら勘違いするだろうけど。でも、最近の一色の中でも今日の一色は破壊力がひたすらやばかった。

 

まず、物凄い勢いで隣に座ってる俺の顔をチラチラ見る。もう、下手したら書類より俺の顔を見てる方が長いんじゃないかと言うレベルで。

たまに呆けたようにじっと見つめてくるし、気になって視線を合わせたら急いで視線を落として書類に集中する振りをするがその横顔と耳が朱に染まっている。

 

更に書類を取る時に一度だけ手が重なったことがあったが、少しの間固まった挙句、手を引っ込めて首をぶんぶん振りながら”ひゃう、あわわわわ”とか言って、落ち着くまでしばらくかかった。 さすがイロハエル、可愛い。

 

極めつけは、お互いの距離。最初は隣と言ってもそこそこ離れていたのに、バレないようにそろーりそろーりと一色が動いた結果、既にお互いに体温を感じられる距離まで近づいている。

バレバレだけど、バレないように少しずつ椅子を動かしているのがそれはもう可愛かった。あえて、ん?というように手を止めると、慌てながら動きを止めるあたり、だるまさんがころんだをしている気分だった。

 

今もちょっと腕を動かしてお互いの身体にあたると、ビクッとなるし、たまに”ひうっ”とか”ひゃいっ”とか声が出てる。

 

いや、さっきは勘違いとか言ったけど、これ絶対勘違いじゃないよな。幾ら俺でもわかるぞ?

つーか、こいつどんだけ初心なんだよ。仮に相手が一色じゃなかったら演技を疑ってたくらいだわ。視線を合わせるだけで赤くなるし、話しかけるだけで肩が跳ねるとか……いや、可愛いんだけどね。コマチエルに並ぶくらい。

 

でも、ここまで初心だと悪戯心が湧く。

普段の俺なら絶対言わないだろうけど、そういうのを言ってでもからかいたくなるというか……。俺って、Sだったっけ。いや、でも可愛い生き物を構いたくなるのは人間の本能だから仕方ないな、うん。

 

「一色」

 

「っ! え、はい、なんですか?」

 

まず始めに声をかけると、一色の肩がビクンと跳ねてソワソワと落ち着きが無くなる。なんかこの時点で既に可愛い上、微妙に罪悪感を感じるが、ここはあえて進むことを選択する。

 

「最近、あざとさが無くなってやたら可愛くなったが、どうかしたのか?」

 

「……………………ふぇ?」

 

あ、固まった。

可愛いとか言われ慣れてるはずだろうに、固まるのか。最近の一色の初心さなら慌てるとは思ったが、完全にフリーズするとは思わなかった。

 

「はわわわわわわ、かかかかかかわいい、せ、せんぱいがかわいいって……」

 

再起動したら今度は慌て始めた。人間ってここまで赤面できるもんなんだな。一色の顔が林檎みたいに真っ赤になっている。

実際、可愛いの一言だけでここまで慌てるとか、すごいわイロハエル。妹補正がなければコマチエルを越えてるかもしれん可愛さだ。見てるだけで癒される。

 

一色は再起動こそしたものの、壊れたレコードのように”か、可愛いって、せ、せんぱいが可愛いって、えへへ”みたいなことを繰り返す。

 

「落ち着け、一色。可愛いとか普段から言われてるだろうに、慌てすぎだろ」

 

ひとまず会話ができるように一色をクールダウンさせようとした。

した、のだが……

 

「ひゃ! だ、だって好きな人にそんなこと言われたら焦るのも……あっ」

 

言っちゃったよ、こいつ……。まぁ、バレバレだったけどさ。

 

一色は真っ赤になったまま口元を袖で隠した状態で再び固まっているし、俺の方もこの状況でなんて言えばいいのか見当もつかない。

当然の帰結として俺と一色の間には沈黙が広がるわけで……。

 

「……」

 

「……」

 

 

 

「あ、あの!」

 

しばしの沈黙のあと、一色が突如として大きな声をあげた。

完全に声が上ずっていて、明らかにテンパってしまっている。

その目には涙が浮かび、視線は一色の心境を表すようにあちらこちらへと行ったり来たりを繰り返していた。

 

「わ、わたし! せ、せんぱいのことが、す、好きです!」

 

もう混乱して半ばやけっぱちになっているのだろうか、一色は涙目のまま俺のことが好きだと告白した。

そして、そのままの勢いで目の前の机へと顔を伏せる。

 

「うー、うー、うー」

 

「い、一色?」

 

泣いてるわけではないようだが、机に突っ伏してうめき声をあげる一色へとおそるおそる声をかける。

大丈夫か、こいつ。

 

「こ、こんなはずじゃなかったのにぃ……も、もっとこうロマンチックな状況で告白するはずで……うわぁぁぁぁぁ」

 

「い、いや、なんか悪かったな。俺が変なこと言わなければ良かったんだが」

 

「うぅぅぅぅ、せんぱいに弄ばれましたぁ」

 

「人聞きの悪いこと言うなよ……。つーか、一応自爆したのはお前の方だから」

 

「だ、だって、せんぱいと話してると頭真っ白になるんですもん」

 

突っ伏した状態から少しだけ顔を上げて、上目遣いにこちらを見遣る一色。

 

「せんぱいのことが好きって自覚してから、せんぱいと話そうとすると何もかも上手くいきませんし、いっつも混乱しておかしなこと言っちゃいます」

 

「せんぱいのせいですよー。責任取ってくださいよー、せーきにーんー」

 

一色がうーうー唸りながら俺へと文句を言う。

と言っても、こいつ今まではそういうのなかったんだよな。

 

「お前、なんで俺にはそんな初心なのに、葉山にはアタックできたんだ?」

 

素朴な疑問。

別に葉山相手には普通に話せるのになんで俺に対してだけ混乱しまくってるんだろ、こいつ。

 

「……葉山先輩のことは恋じゃなかったみたいです」

 

僅かの間のあと、一色はそう言った。

 

「あんだけアタックして、色々言ってたのにか?」

 

「そうですよ。というか、わたし今まで恋って言うのがよくわかってなかったみたいで、ちゃんとした恋をしたことがなかったんですよね、たぶん。 だからせんぱいがわたしの初恋なんです」

 

「せんぱいへの想いに比べれば、葉山先輩なんて雑誌を適当にめくったらかっこいい人がいていいなと思った、くらいですよ」

 

「だから、こんなどうしようもない気持ちになるのも、せんぱい相手が初めてです」

 

相変わらず林檎のように赤い顔のまま、真っ直ぐにこちらを見つめて、一色はそう続ける。

その瞳は熱に浮かされたような深く強い情愛の色を孕んでいた。

 

それでいて、今までのように言葉に詰まらないのは、その言葉が半ば独り言のように呟かれているからだろうか。

 

「わたしは、せんぱいのことが、好きなんです」

 

改めるように、一色は一言一言を区切りながらはっきりと口にした。

 

 

 

「ふぅー、今度こそちゃんと言えました」

 

「まぁ、最初の告白は完全に勢いで言ってたからな」

 

「あ、あれはもうノーカンです! ……と、とりあえず、せんぱいはわたしに協力する義務があります!」

 

「協力する義務?」

 

「そうです! わたしを虜にしてこんなどうしようもない気持ちにした以上、責任をとってもらいます!」

 

理不尽だな、おい。

まぁ、でもこいつをこんなポンコツにしてしまったのは俺らしいし……今の一色相手なら協力しても構わんか。

 

「また責任か……協力って何すればいいんだ? お前と付き合えばいいのか?」

 

「………………つつつ、付き合うってなにしゅればいいんですか!? ききききき、きすとかしょんなのむむむむりです、あわわわわ……」

 

「……すまん、お前には付き合うとか早かったな、うん」

 

俺が悪かったから早く落ち着いてくれ。

じゃないと話が進まない。

 

なんとか一色を落ち着かせると、彼女は協力の内容について話し出した。

 

「わ、わたしは、せんぱいに、な、慣れる必要があると思うんです」

 

「確かに今のままだと普通の会話にすら支障をきたすが」

 

最近は話すたびに顔を赤くしているし、今みたいに同じ部屋にいるとこいつは緊張して固まってしまう。今日の仕事とかこいつ絶対進んでないよね。

あと、この状態で奉仕部に来られるとかなりまずいことになる気がする。

具体的には女子二人に血祭りに上げられるというか、氷漬けにされるというか、そんな予感がしてならない。

 

「で、ですよね!? す、好きな人相手に話すのも難しいって、将来困りますよね!? せんぱいに振られた後も、恋愛なんて無理でしょう!?」

 

将来と言うか、今困ってるだろ。

というか、なんで振られる前提……あー、いや、何でか知らんが、こいつ俺に振られると思ってんのか。どうしよう、誤解を解くべきか。

でも、こいつ今の時点で既にいっぱいいっぱいみたいだからなぁ……。とりあえず、誤解を解くのはもう少し先の方がいいか。

 

「あー、そうだな、はいはい。……で? 俺は何をすればいいんだ?」

 

「て、適当ですね……。 せんぱいはこれからわたしの練習台になってもらいます。え、えーと……と、とにかく! わたしが緊張しなくなるまで、わたしと、ふ、二人っきりで時間を過ごしてもらうんです!」

 

「ふーん……まぁ、それくらいなら協力するぞ。俺もお前とまともに話せないのは困るし」

 

でも、出来ればうぶはすのままでいて欲しい。理想はある程度慣れつつ、ちょっとつつけば真っ赤になるくらいだな。

 

「い、言いましたね! 言っちゃいましたね! じゃ、じゃあちょっとそこで、たた、立っててくださいね」

 

「お、おう、これでいいか? つーか何をする気だ?」

 

なんか、そこまで念押しされるとほんとに言っちゃった感があるんですが……。

一色の呼吸が荒い上、目も覚悟を決めた感じになってるし、本気で何されるんだろうか。

 

「ふー、ふー……い、行きますよ………………えいっ!」

 

一色は可愛らしい掛け声と共に、俺へと飛びつくと、そのまま俺の背中に腕を回す。

ちなみに、反射的に俺は無実を訴える人のように両手を上げていた。

 

……つーか、これ抱きついてきてるよな。

そりゃ、正面から一色に抱きつかれたのは初めてだが、前は背中に抱きつくとか普通にあったはずだ。それなのにあんな覚悟決めたような顔をする必要はあったのだろうか。

 

「協力ってこういうのもやるのか、一色。……一色?」

 

俺に抱きついたまま、ガチガチに固まって動こうとしない一色に声をかける。

しかし、それに対して一色は一切の反応を見せることはなく、不思議に思った俺は一色の顔を覗きこんだ。

 

「……きゅぅ」

 

……どうやら、一色は目を回して気絶しているようだ。

自分から抱きついてきたのに気絶とか、マジか。 これ、こいつが俺に慣れるとかあるんだろうか。少なくとも相当に時間かかりそうだな……。

 

 

 

「とりあえず、抱きつくのはまだ先ということで、手を繋ぐことにしたわけだが……お前、手汗がやばいぞ」

 

「ううう、うるさいです! お、女の子相手に手汗がどうこう言うとかデリカシーがありませんよ、最低です! な、なのでそれはわたしの手汗じゃなくてせんぱいの手汗です!」

 

「あー、はいはい。 この手汗は可愛い後輩と手を繋いで緊張してる俺のものだな、きっと」

 

「ひゃ、ひゃい! そ、そうです! かかか、可愛い後輩と、て、手を繋いでるんですから、せんぱいが手汗をかくのも当然です!」

 

とりあえず、気絶から回復した一色に、俺はまずは手を繋ぐところから始めるのを提案した。この状況はその結果である。

まぁ、手を繋ぐまでにひと悶着あった上、更に手を繋いでからもこんな感じで落ち着きが無い。でも、天使だ。

 

「お、そろそろ下校時間だな」

 

「え? あ、ほんとですね」

 

ふと思い立って時間を確認してみると、既に結構な時間が過ぎて帰るべき時間が迫っていた。

まぁ、あんだけ色々話した上、一色が気絶してた時間もあるから、そりゃこんだけ時間が経ってるのも当たり前か。

 

「うー、も、もうちょっとこうしていたいです……」

 

一色はそう言って、不満そうに口を尖らせる。

不覚にも、その言葉と仕草に少しドキッとした。というか、特に噛んだりしてないのは、無意識のまま思わずこぼしてしまったからだろうか。

 

「まぁ、明日からも手伝ってやるから。 ……それとも、このまま手を繋いで帰るか?」

 

ドキッとさせられて悔しいので、少し仕返しをしてみた。

 

「うぇっ! こ、このまま、て、手を繋いで帰るってまるで、つつつ、付き合ってるみたいで……」

 

ちょっとつついただけでこれとか、面白いというか可愛いというか。イロハエルはマジで愛でるべき天使だな。癒されすぎてそろそろ浄化どころか蒸発しそうなまである。

 

「ほら、冗談だから帰るぞ。 仕事は終わらなかったから、また明日だな」

 

「……むぅー、せんぱいのバカ」

 

冗談とは言ったものの、何だかんだで一色の上目遣いに負けた俺が、結局手を繋いで帰ることになるのはまた別の話。

 

 

 


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