いろはすの単発短編集 作:こころのつき
「は、恥ずかしいです……」
「思いっきり暴走してたからな……俺もお前が突然変なことを言い出して、どうしたのかと思ったが」
会話できる程度に恥ずかしさが収まって身もだえするわたしに、せんぱいが言う。
「い、言わないでください……うー、30分前に戻りたい……」
「まぁ、そういうこともあるよな。中学時代の俺なんてしょっちゅうだったぞ」
「ぐぬぬ、普段ならせんぱいの自虐と一緒にしないでくださいと言うところですけど、今は否定できないです……」
って、そうじゃない。わたしは何でいつもどおりの会話をしてるんだ。
誤解だったんだから、せんぱいの好きな人について聞かないと。
「あの、改めて聞きますけど……せんぱいの好きな人ってわたしで合ってますか?」
「……まぁ、そうだな」
………………やったぁぁぁ! わたしも好きですせんぱい! 今すぐ付き合ってください!
やばい、すっごく嬉しい。正直今にも舞い上がってしまいそうなくらいだ。
あ、でも、ちょっと聞いておきたいことがある。
「……どうしてこんな回りくどいことをしたんですか?」
せんぱいはわたしに好きな人がいると言った。もちろん、好きな人はわたしらしいから、嘘は言っていない。でも、誤解させるような言い方であるのは事実だ。
いや、それだけなら不器用で捻くれもののせんぱいだからまだわかる。
けれど、そのあとわたしが好きな人について聞くと、素直に答えてくれたのが気になった。合理的でないというか、せんぱいらしくないというか。
「あー、それはな」
説明するせんぱい曰く。
せんぱいが生徒会室を見に来たある日、中から聞こえてくる話の内容を聞いて、部屋に入ることなく扉の前で立ち聞きしてしまったらしい。
ちなみにその内容は、わたしが書記の子と話していたときのもので、話題は主にせんぱいについて。
そして、その時せんぱいが聞いた話に、わたしがせんぱいのことが好きだということも入っていたらしい。
「まぁ、俺も葉山とお前のことで結構やきもきさせられてきたからな。 だから、お前に好きな人について聞かれたとき、ちょっとした意趣返しのつもりで、な……」
「……わたし、あの日家に帰ってから泣いちゃったんですけど」
わりとくだらない理由にちょっとげんなりする。
わたしの涙を返して欲しい。あのときはほんとに苦しかったのに。……まぁ、わたしが本気でせんぱいのことが好きっていうのを再確認するきっかけにもなったけど。
「あー、いや、俺はてっきり俺がお前のこと好きってのはすぐ当てられると思ったんだよ。まさか三日もかかるとは思わなかった」
「うー、そんなの無理ですよ。あの時はめちゃくちゃ落ち込んでたんですから。 そんなすぐポジティブに考えるなんてできません」
「そうだったみたいだな。ほんとにすまん」
そう言って頭を下げるせんぱい。
……まぁ、もともとわたしが葉山先輩のことが好きなんて嘘のポーズをしなければ良かった話ではある。
ちゃんとせんぱいを好きになったときに嘘を止めていれば、せんぱいはやきもきしなかったし、わたしだって変な誤解はしなかった。
そう考えてみるとせんぱいに怒る気にはなれなかった。
というか、もしせんぱいが生徒会室の前で話を立ち聞きしていなかったらと思うと、むしろ今の状況はかなりいいものなのかもしれない。
もしそうだったら、せんぱいはわたしが葉山先輩のことが好きだと信じたままで、わたしもせんぱいに踏み込むことは出来なかっただろう。そのまませんぱいはわたしへの想いを諦めてしまっていたかもしれない。
今は、なんだかんだでお互いに両想いだとわかったんだ。ちょっとしたすれ違いはあったけど、せんぱいと結ばれることができるならわたしはそれだけで十分満足だ。
「ねぇ、せんぱい」
「……おう」
「わたしはせんぱいのことが好きです」
静かに胸の中の想いを、せんぱいへと告げる。
「……俺も好きだ」
せんぱいに好きだって言われました。すっごく嬉しいです。もうほんとに念願叶って泣いちゃいそう。
「……わたし、結構嫉妬深いですよ。せんぱいの好きな人のことが羨ましくてしょうがなかったんですから」
「まぁ、そこはお前が嫉妬しなくていいように、安心できるように頑張るが……。お前こそ、俺はかなり捻くれてるだろ。俺でいいのか?」
「そんなのずっと前から知ってますよ。……せんぱいがいいんです。ううん、せんぱいじゃないと駄目なんです」
そうだ、わたしはせんぱいがいないと駄目だ。
せんぱいがわたしから離れていってしまう想像をしただけで、血が凍るような怖さがわたしを襲う。
一昨日から昨日までずっと感じていたその恐怖は、せんぱいへの想いを再確認させるとともに、わたしからしがらみとか意地とかあらゆるストッパーを吹き飛ばしていった。
「だから、わたしと付き合ってください、せんぱい」
なんとか緊張をこらえて、最後の言葉を言い切る。
両想いなのはわかっていても、それでもまだ怖さがあった。
「……あぁ、俺からもよろしく頼む、一色」
……やった、やった、やったぁぁぁ!
せんぱいと付き合えた、せんぱいと付き合えた!
嬉しい。 嬉しくて死んじゃいそうなくらい嬉しい。
やっとせんぱいに想いが通じたんだ。これからわたしとせんぱいは恋人同士なんだ。
「ふふふっ……」
その事実に、わたしらしくない穏やかな笑みが漏れた。
胸をいっぱいにした衝動をどうにか表現しようとして、甘えるようにせんぱいに抱きつく。
そして、胸から溢れ出した言葉をそのまま口にした。
「好きです、せんぱい」
「……俺も好きだ、一色」
わたしに抱きつかれたことに戸惑いながらも、振りほどこうとせず、同じように返してくれるせんぱい。
……幸せってこういう気持ちのことを言うんだろうか。心を埋め尽くす穏やかなものに、そんな言葉が思い浮かぶ。
つまらない嘘で、本心を隠して。 理由をつけて、自分の心に意地を張って。
そのせいで、わたしは好きな人を別の誰かのものにしてしまうところだった。実際はせんぱいの好きな人はわたしだったけど、これがわたしではなかったらどうだろう。
きっとわたしはその相手に嫉妬して、どうしようもなく後悔したはずだ。苦しんで、悲しんで、泣いて、それでも諦めきれずに今まで通りせんぱいに絡んでいただろう。せんぱいのことが本気で好きだから。
一昨日から昨日までのわたしは、少なくともそうだった。せんぱいに好きな人がいることが、あんなにも苦しかったんだ。せんぱいの好きな人のことがあんなにも妬ましかったんだ。
だから、これからはせんぱいに対してはいつも素直でいよう。
せんぱいにいつだって好きを伝えて、せんぱいにもっとわたしのことを好きになってもらえるように頑張るんだ。
「本当に大好きです、せんぱい」
わたしは、せんぱいをぎゅっと強く抱きしめてそう言うと、力を抜いてせんぱいの体温に身を委ねる。
わたしはこれからも、絶対にこの暖かさを離したりなんてしない。