いろはすの単発短編集 作:こころのつき
前の二話に比べると微妙かも?
まぁ、それについては前の二話が自分的にはかなり上手く書けたからですが。
とりあえず今作をお楽しみください。
「総武高の生徒として恥ずかしくないような――」
「学生の本分を弁えて――」
壇上で凛とした様子の少女が、はきはきとしたよく通る声で演説をしていた。
その姿は一種のカリスマすら感じてしまうものであり、校長や教頭などから行われる話では寝入ってしまう生徒たちも、彼女の演説に聞き入っている。
「――以上を生徒会長の話として締めくくらせていただきます。生徒会長、一色いろは」
少女の名は一色いろは。
俺が唆して生徒会長にした後輩である。
少し前までは生徒会長としてあくまで無難の域を出なかった彼女は、ある時を境に今のように人を惹きつける雰囲気を身に纏うようになった。
その結果、彼女は総武高の名生徒会長として知られるようになり、今となっては総武高で最も人気がある生徒である。
彼女を唆しただけの俺が思うべきことではないかもしれないが、俺はそれが少しだけ誇らしかった。
「――だったんだけどな」
「んぅ、せんぱぁい、もっとなでなでしてください」
独り言のように呟かれた俺の言葉を意に介することなく、壇上であれほどまでに視線を集めた彼女は、鼻にかかったような甘えた声を出して俺へとくっついていた。
そして言葉通り、撫でるのを催促するように俺の腕へと頭を擦り付ける。
生徒会長としての凛とした姿からは想像もつかないが、この姿もまた一色いろはである。
こんなにも甘えきった彼女の姿など、壇上を見上げていた生徒たちには想像もつかないだろう。
見てしまえば幻滅さえするかもしれない。
「せんぱいぃー」
「あー、わかったわかった。 ……ほら」
考え事をして一色の相手を疎かにしていたことで、再び一色から不満げな声が上がる。
俺はその不満を解消するために、上目遣いでこちらを見上げる一色を身体ごと引き寄せると、ゆっくりとあやすように頭を撫でた。
一色は構って貰えることで満足したらしく、気持ち良さそうに目を細めて俺へともたれかかっている。
こんな俺らしくも無い行動も、今となっては大分板についてきた。
こうして俺が一色に甘えられるようになったのは最近のことだ。
少し前のことだが、次から次へと舞い込んでくる生徒会の案件や学校の宿題、その他諸々の雑事によって一色は疲弊しきっていた。
そこで俺は一色の仕事を手伝いつつ、気まぐれに”頑張ってるな”と言って、彼女を褒めたのだ。
俺の言葉に対する一色の反応はあまりに顕著だった。
彼女は泣きながら俺に抱きつくと、溜まっていたらしい色々な愚痴をぐずりながら俺へと零した。
俺は一色の行動に戸惑いつつも、彼女の零す愚痴一つ一つに相槌を打って聞いた。
しばらくそうしたあと、泣き止んだ一色が俺へとひたすらに甘えてきて……結局その日は下校時間になるまで一色はずっと俺にひっついていた。
それからというもの、一色は生徒会長として非常に大きく成長し、今日壇上で魅せたようなカリスマを発揮するようになった。
そしてそれと引き換えるかのように、今のように俺へ甘えきった姿を見せるようにもなった。
演説や行事といった生徒会長の仕事が終わる度に、一色は俺へと甘えるのだった。
「せんぱぁい……んー、きもちいいです」
撫でられるのがお気に召したらしい一色が、もっともっとと催促するように俺の手に頭をこすりつける。
一色の両腕は俺の背中へと回され、俺もまた片腕を一色の背中に回して、残った手で頭を撫でている。
まるで仲睦まじい恋人同士のように抱き合っている俺と一色。
「ん、せんぱい……好き、です」
「……」
いつものようにそう言って、一色はもぞもぞと動くのをやめて身体から力を抜く。そして、俺へと深く身を委ねた。
一色の女の子らしい華奢な肢体が、すっぽりと俺の腕の中に収まる。
お互いの身体から伝わり合う体温が、感じられる鼓動が、ひどく心地よかった。
……果たして一色は、何が好きなのだろうか。
撫でられることか、或いは抱きついている体勢のことか、それとも――俺のことか。
いや、そもそも今の距離感だって、普通は恋人同士でもなければまず有り得ないものだ。
一色だってそんなことは理解しているだろう。それに、意外と真っ当な感性をしている一色が、彼氏でもない相手にこんな無防備に気を許すとは考えにくい。
だが、今まで一色の口から付き合って欲しいといった旨の発言は聞いていないし、俺も一色に対してそういった発言をしたことはない。
つまり付き合っていない……はずなのだ。最近は俺も自信がなくなってきたが。
更に付け加えるなら、一色は少し前まで葉山のことが好きだと公言していたが、しかし、最近は一色の口から葉山の名前が出ることはなくなった。
状況証拠はそろっている。でも、明確に言葉にされたことはない。
――誰か、教えてくれ。
俺と一色は付き合っているのか……?
***
「ふんふふんふふーんふ♪」
生徒会室でいつものように下校時間いっぱいまで甘えに甘えられた後。
俺と一色は、一緒に帰っていた。
「……ご機嫌だな、一色」
生徒会室を出てから、ずっと楽しそうに歩いて、たまに鼻歌さえ歌っている一色に思わず微苦笑が漏れる。
甘えられた後はそのまま一緒に帰っているが、一色はその時いつも上機嫌で歩いている。
その分、帰り道で別れるときは寂しそうだが。
「えへへ、せんぱいに甘えた後ですからね。 そりゃ、とっても良い気分ですよ」
ひどく楽しげな様子のまま、弾むように一色が言う。
「……そうかい」
一色のストレートな言い様に、再び苦笑が浮かんだ。
同時に俺と一色が実は付き合っているのではないか、という疑惑が深まった。
「……最近はお前も、生徒会長の仕事とかほんとに頑張ってるよな」
そんな疑惑を振り払って、俺は一色へと言葉を紡ぐ。
実際、一色は俺に甘えるようになってから、人が変わったように精力的に生徒会長の仕事をこなすようになった。
「……なんですかー? そんなに褒めちゃって。 また前みたいに甘えちゃいますよー?」
突然一色のことを褒めた俺に、一色が目を見開いた後、からかうように微笑して言う。
前、というのは一色が初めて俺に甘えたときのことだろう。あの時は一色を褒めたら、いきなり泣き出したんだったか。
「人前ではやめろ。 そうじゃなくて、最近生徒会長の仕事をかなり頑張ってるだろ。 どういう心境の変化かと思ってな」
……まぁ、俺も一色に甘えられるのはそう悪くないと思っている。
だから、人前でやめろというのは、逆に人前でなければいいということだ。
一色に甘えられるようになってから、我ながら一色に対して甘くなったと思う。
「……ふふふ、せんぱいはあざといなぁ。 まぁ、わたしが頑張ってるのは頑張った分ご褒美があるからですよ?」
一色も俺の意図を理解したのだろう。
嬉しそうにふわりと微笑んで独り言のように前半の言葉を呟くと、後半で話を戻した。
「ご褒美?」
「ほら、今日だってそうですけど、頑張ったらせんぱいが甘えさせてくれますし」
疑問を言葉にした俺に、一色がそう返す。
「それ、ご褒美になってるのか……?」
俺に甘えているのときの一色は確かに嬉しそうだが。
……やっぱり、俺と一色って付き合ってたりするのか?
振り払ったはずの疑惑が再び首をもたげた。
「もちろん! わたしせんぱいに頭を撫でられてるとなんだかとっても穏やかな気持ちになれますし、抱きついてるとほんとに幸せです」
先ほどの甘えていたときのことを思い出しているのか、言葉を紡ぎながらも本当に幸せそうに笑う一色。
俺と一色が付き合っているならそう言われて素直に喜べるのだが……たぶん付き合ってない以上、嬉しいとは思うが複雑な気分だ。
というか、なんで俺はこんな不思議なことで悩んでるんだろう。
もういいや、聞いてしまえ。
「……なぁ、一色」
「なんですか? せんぱい」
声をかけた俺に一色が視線をこちらに向けて、俺の顔を覗きこむ。
「……俺とお前って実は付き合ってたりする?」
よし言った。
そんな俺の微妙な勇気に気づくことなく、一色は不思議そうな顔をする。
そして、首を傾げながら口を開いた。
「えっ、付き合ってませんよね?」
……安心したような残念なような不思議な気分だ。
安心はどちらも”付き合って欲しい”なんて言ってないのに何故か付き合っているという謎の現象が起きなかったことについて。
残念なのは……どうしてだろう。
実は俺は一色と付き合いたかったのだろうか。
確かに、最近の俺は一色に対してかなり気を許しているとは思う。一色に甘えられるのも悪くないと思い始めているし。
……というか”俺たち付き合ってるの?”って”お前俺のこと好きなの?”に匹敵するくらい恥ずかしいのではないだろうか。
聞く前は気にしなかったが、答えが”付き合ってない”というものだったため、正直身悶えしそうだ。
幸いなことに、一色は俺の発言をなんとも思っていないようだが。
複雑な気分に思い悩み、内心では先の発言に身悶えしている俺に向けて、一色が口を開く。
前半は悪戯っぽく笑いながら、後半はどこか呟くように。
俺に更なる疑問を与える言葉を言った。
「んふふー、そういうことを聞いてくれるって事は、少しくらい脈アリなんですか、せんぱい? ……だとしたら、嬉しいんですけど」
「はっ?」
「……えっ?」