いろはすの単発短編集   作:こころのつき

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一色いろはは甘えたがり(2)

 

 

「えーと、整理すると、わたしがせんぱいにやたらと無防備に甘えてくるので、実は付き合っているんじゃないかと疑問を抱いた、と」

 

「……そうだな」

 

「加えて付き合って欲しいとかお互いに言ってないはずだから、更に疑問は深まったわけですね」

 

「……まぁ、そんな感じだ」

 

一色の言葉に更に混乱した俺は、一色へと最近の疑問を全て話した。

それを一色は聞いて、俺の話をまとめた。

 

「……わたしの認識では、わたしはせんぱいに告白して振られた、ってことになってるんですけど」

 

まとめられた俺の疑問に対して、気恥ずかしそうに一色はそう言う。

……告白して振られた?

 

「は? 告白って……?」

 

「……初めて甘えたときに”好きです、せんぱい”って言ったじゃないですか。 あと、それからも甘えるたびに”好きです”って言ってると思うんですけど」

 

一色は俺の言葉に一瞬信じられないものを見る目をした後、ジト目で俺を見上げて、そう言った。

 

……まぁ、確かに言われた覚えはある。

ただ、その後付き合って欲しいとかは何も言われなかったから、てっきり……

 

「いや、撫でられるのとか、抱きしめられるのが好きなんだと思ってたんだが」

 

「……そんなわけないじゃないですか、もう。あの後せんぱいが何も言わなかったので、振られたんだと勝手に思ってましたけど、そんな事情だったなんて……」

 

「……なんというか、悪かったな」

 

罪悪感で居たたまれなくなった俺は、一色へと謝罪する。

実際よく考えれば、好きですなんて告白以外の何物でもないよな。あの時は一色が俺のことを好きなわけがないという先入観で、目が曇っていた。

……そもそも当時は、一色は葉山のことが好きだと思ってたしな。

 

「……別に、いいです。せんぱいが鈍感なのはわかってましたし」

 

俺の謝罪に一色はそれだけを返して、俺の少し前に出て足早に歩いていく。

さきほどまで上機嫌だった様子はその歩きからうかがえなかった。

どうやら怒らせてしまったようだ。まぁ、告白を変に勘違いしていたのだから怒るのも無理はない。

 

ただ、不機嫌そうに足早に歩いているといっても、俺を置いて行くつもりはないらしい。

たまにこちらを確認するようにチラリと振り返っては歩く速さを変える一色を追うように、俺もついていった。

 

 

 

俺と一色が別れる帰り道にさしかかると、一色は俺へと身体ごと振り返る。

 

ここでいつものように別れを告げて、お互いの家へ帰るのだろう。

そう考えて、明日から一色の機嫌をどう取るか頭を痛める俺。

 

そんな俺に向けて、一色は深く息を吸うと、真剣な顔で言った。

 

 

「わたしは、せんぱいのことが好きです」

 

 

今度ははっきりと誤解することのないように。

一色は俺へと告白の言葉を告げた。

 

俺は予想もしていなかった一色の告白に思わず固まる。

 

「……怒ってると思いました?」

 

一色は俺の心情をピタリと言い当てた。

怒って不機嫌になったと思ったからこそ、一色がここで告白してくるとは全く予想していなかったのだから。

……いや、仮に不機嫌になってなくても予想できたとは思えないけども。 ただ、完全に意表をつかれたのは事実だ。

 

「……怒ってもしょうがないようなことをした自覚もあるしな」

 

「わたしだって勝手に振られたって思ってたわけですし、怒ってませんよ。……どちらかと言えば嬉しかったです」

 

俺の罪悪感を滲ませた言葉に対して、一色は気にしていないという風に微笑むと、話を続けた。

 

「嬉しかった? なんでまた」

 

「だって誤解だったってことは、わたしはまだせんぱいに振られてなかったってことですし。そりゃ嬉しいですよ。……さっきちょっと素っ気無くなっちゃったのは、改めて告白するのに緊張しちゃったからです」

 

てへっと笑う一色。

そのわざとらしい仕草に少し安心した俺は、僅かに苦笑する。

 

……きっと一色は俺が気にしないで済むように、そんな仕草をしたのだろう。

なら、俺が返すべき言葉はいつものように一つだ。

 

「あざとい」

 

「あーざーとーくーなーいーでーす!」

 

そう言って笑う一色に、俺も自然と笑みがこぼれた。

和やかな空気が流れて、俺たちの楽しげな笑い声が、人気のない道に響き渡る。

 

そんな空気が一段落して、一色が切り込んだ。

 

「……それで、どうですか、せんぱい?」

 

「……………………ありがとう?」

 

一色が俺へ告白の返事を求めて尋ねる。

だが、こんな状況を全く想定したことがない俺は、どう返せばいいか悩んだ末に、我ながらどうかと思う返答を返した。

 

「どうしてそうなるんですか!」

 

「いや、こういうのに慣れてなくてな……まぁ、なんだ、好きと言ってくれるのは嬉しい」

 

俺のよくわからない返答に一色は頬を膨らませて抗議した。

それに対して、俺は取り繕うように言葉を重ねる。

 

……実際、一色にこうして告白されたのを、俺は嬉しいと思っているらしい。

 

「じゃ、じゃあ……わたしと、付き合ってくれますか?」

 

一色は恐る恐る俺へと、問いかける。

 

その問いに、俺は一瞬だけ考えた後、答えを出した。

甘えられるのを悪くないと思ったのも、告白を嬉しいと感じたのも、どちらもその結論は一つだ。

 

きっと、俺もまた一色のことが好きなのだろう。

 

「俺でいいなら……まぁ、よろしく頼む」

 

だから、俺は一色の告白を受け取った。

 

 

「……せんぱい!」

 

俺の了承に、一色が感極まったように、飛びついてくる。

嬉しさを表現するように俺に抱きついたままぴょんぴょんと飛び跳ねる一色を抑えるように、俺も彼女を抱き返した。

 

そのままどこか興奮した様子で、もぞもぞと身体を動かす一色を腕の中に閉じ込めてから、しばらくして。

 

「……んー、せんぱぁい」

 

どうやら、抱き返したことで一色の甘えスイッチが入ったらしい。

鼻にかかったような甘えた声を出す一色が、猫のように俺の胸や首元へと顔を擦り付ける。

 

……甘えている時よくこういう仕草をしているが、匂いをつけてマーキングでもしているのだろうか。

 

「……流石にこんな道端で甘えるのはやめとけ」

 

「……いいじゃないですか。別に誰もいませんし」

 

「今はいないが、誰か通りがかるかもしれないだろ。 ……また明日な」

 

「……はぁい」

 

俺の説得に一色が不満そうにしながらも了承する。

 

そして、名残惜しそうにしつつ身体を俺から離す一色。

俺もまた、離れていく体温を少しだけ惜しいと感じて、そんな自分自身に驚いた。

 

「……わたし、せんぱいの彼女になったんですよね?」

 

「……そうだな」

 

一色が上目遣いで楽しそうに聞くと、少しだけ照れつつ俺も肯定を返した。

 

「えへへ、じゃあ明日からは今までよりももっーと甘えられますね」

 

「……何にしても明日な。これ以上帰りが遅くなると困るだろうし」

 

今までですら相当甘えてきてたはずだが、それ以上とか想像すらできないんだが。

……まぁ、その辺は明日の俺に丸投げするとするか。

 

「うー、せんぱい、また明日ですよ?」

 

再び上機嫌さを取り戻した一色が、別れる段階になって寂しそうに別れを告げる。

不満と寂しさが入り混じった表情は、俺ともっと一緒にいたいという想いを如実に表現していて、少々照れくさい。

 

「あぁ、また明日な」

 

俺もまた、一色へと別れの言葉を返す。

それでようやく一色は歩き出すと、チラチラとこちらを何度も振り返りながら、後ろ髪をひかれているのが丸分かりの様子で去っていく。

名残惜しいのだろう。彼女の歩く速度はかなりゆっくりとしたものであり、これではいつになったらお互いが見えなくなるかわかったものではない。

幾らお別れが寂しくても、一色の帰りが遅くなるのは心配だ。

 

俺はそう考えて思わず苦笑すると、一色へと大きく手を振り、自転車へと跨る。

 

そうして、こちらへぶんぶんと手を振り返す一色を尻目に、自転車をこいで走り去るのだった。

 

 

***

 

 

翌日。

 

「せんぱいぃー……もっとぎゅぅーってしてください」

 

「はいはい、わかったよ。……これくらいでいいか?」

 

二人っきりの生徒会室で、一色が座っている俺に正面から抱きついていた。

……これって対面座……いや、なんでもない。

 

「……もっとぉ」

 

「いや、流石にこれ以上は痛いだろ?」

 

「ちょっといたいくらいのが……いちばん、きもちいいです」

 

おぼつかない口調でそう言って、とろんとした目でこちらを見遣る一色を、彼女が望むままに強く抱き返す。

結構強く抱きしめているので少し痛いはずだが、当の一色はご満悦そうに熱い吐息を漏らすのみだ。

 

……一色の女の子らしい至るところが柔らかい身体が俺へと密着していて少々辛い。

少し熱いくらいの体温も、それを助長していた。

 

「はふぅ……しあわせ」

 

それを知ってか知らずしてか、一色は陶然とした様子で小さく呟く。

 

……こんな姿を見せてはいるが、生徒会長としてはかなり有能なんだよな。

普段よりも一段と手早く仕事を終わらせた今日の一色の様子を思い出して、苦笑する。

昨日帰り道でお預けした分、少しでも早く俺に甘えたかったのだろう一色は、生徒会メンバー(+俺)に適切に仕事を振り分けると、仕事が終わるや否や生徒会を解散。

そのまま他のメンバーを追い出して、俺と一色だけが二人っきりで生徒会室に居残るという状況を作り出した。

 

……よく考えなくても有能さの使い方が間違っている気がする。

 

そんなことをつらつらと考えつつ一色をあやしていると、ふと彼女の様子から陶然としたものが薄くなって、その瞳に理性が戻った。

 

「んー、ねぇ、せんぱい」

 

「おう、どうした?」

 

「よく考えたら今の状況って、せんぱいと付き合う前とそんなに変わらなくないですか?」

 

一色の言葉に僅かに考え込む。

確かにそうかもしれない。付き合う前から一色はこれくらい甘えてきていたのだし。

 

「そうだな。というか、それはお前が付き合う前から手加減なしで甘えてきたのが原因なんだが」

 

「むー、それはそうかもしれませんけどー。せっかく恋人になったんですから、何か真新しいことをしたいじゃないですか」

 

「そういうものか?」

 

「そういうものです! ……なので」

 

突然一色は言葉を切って、俺の顔を覗きこむ。

そしてどこか小悪魔じみた悪戯っぽい笑みを浮かべて……。

 

「えいっ!」

 

目を瞑った一色の顔がいきなり近づく。

そして、覚悟を決める間もなく、驚きの声を発しようとした俺の口を一色の唇が塞いだ。

 

少しの間、生徒会室にゆっくりとした時間が流れる。

何も動くことなく、誰も話すことのない、静かで深い時間が。

 

そんな中で、混乱したままの俺は目を瞑ることもなく、ただ固まっていた。

 

一色がゆっくりと零となっていたお互いの距離を離す。

”はふぅ”と満足げに吐息を漏らした一色は、心底嬉しそうに微笑んでいた。

 

「……えへへ、大好きです、せんぱい」

 

いつもどういう意図なのか悩んでいた告白の言葉。

しかし、今度は俺も誤解することなく、突然の接吻への呆れを滲ませつつ返した。

 

「……はいはい、俺も好きだよ」

 

「……!? せんぱい、今のもう一回言ってください! もう一回……いえ、やっぱりもう三回くらい!」

 

同じように言葉が返ってきたのがよっぽど意外だったらしい一色が騒ぎ立てる。

流石にもう一度同じことを言うのは気恥ずかしい。先ほどは雰囲気があったから言えただけだ。

 

なので、答えはもちろんノー。

 

「お願いします、せんぱい! 何ならおっぱい揉んでもいいですから!」

 

「……いや待て、流石にその交換条件はおかしい!」

 

俺と一色の間で、押し問答が繰り広げられ、言葉の応酬が起きる。

それでも、二人の間の空気は、和やかで楽しげだった。

 

「でーすーかーらー、せんぱい!」

 

つまるところ、べたべたと俺にくっつくことだけでなく、こうして騒ぎ立てるのも一色なりの俺への甘え方なのだろう。

 

一色にガクガクと身体を揺さぶられつつ、彼女の顔を見遣る。

適当にあしらわれているはずなのに、無邪気にはしゃぐ彼女は、妙に嬉しそうだった。

 

きっとこれからも、俺はこうして一色に甘えられるのだろう。

 

そう思って、俺もまた思わず笑みが零れるのだった。

 






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