大空の王の逆行物語   作:サニー★

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交渉

____翌日。

 

 

並盛中に到着した俺は、昨日考えたことを忘れないうちに、と応接室に向かった。

 

そう、今日の夜の対戦はゴーラ・モスカとの雲戦だ。

 

XANXUSが少しおかしいとはいえ、彼は彼。ゆりかご事件が起きて、9代目を憎んでいる以上、彼はモスカの中に彼を入れているだろう。

 

……モスカが動いていたということは、そういうことだ。

 

 

(……中にいるの、『雲雀さん』かな。それとも、『恭弥さん』かな)

 

 

出来れば恭弥さんがいい、と俺は応接室の扉の前で佇み、プレートを見上げながら思う。

 

彼は何故か俺達の世界での記憶も持っており、リング戦のこともよく覚えているようだった。それだったら、XANXUSに利用された屈辱的な記憶は、誇り高い彼ならばきっと忘れていないはずだ。

 

そうなれば話が早いんだけど、

 

 

『ねえ。いつまでそこに立っているつもり。入るんだったらとっとと入りなよ』

 

「うえっ?」

 

 

思わず、変な声が出た。

 

いきなり中から声を掛けられて、ドッドッドッと鼓動が速くなる。……し、心臓に悪い。

 

……雲雀恭弥という人間は、常に死地に身を置く戦闘狂。人の気配に敏感なのは当然なのに、それを失念していた俺が悪いか。

 

 

「すいません、失礼します」

 

「保健委員長。何か用かい?」

 

 

応接室の中に入ると、本を開いたまま視線をこちらに寄越した彼を見て、俺は心内ので少し落胆する。

 

俺のことを『保健委員長』と呼ぶのなら、彼は『雲雀さん』だ。

 

 

(……まあいいか。話をするのは一緒だったわけだし)

 

 

それに、この世界の雲雀さんは俺の世界の雲雀恭弥よりも幾分か冷静だ。

 

根気よく説得し、何かしらの取引をすればきっと話を聞き入れてくれるはず。……はず!

 

 

「あ、あの、雲雀さん。今日は雲戦ですけど……、一つお願いがあるんです」

 

「何」

 

「……明日の雲戦。手加減してくれませんか」

 

 

言うと。

 

……雲雀さんの目が、音もなく細まった。

 

ひ、と思わず唾を飲み込む。数十年マフィアのボスをしていても、彼の眼光の鋭さには未だに怯えてしまう。トラウマみたいなものか。

 

咬み殺される、とぐっと歯を食いしばり、痛みに耐えるべく全身を強ばらせた。

 

 

……しかし降りてくるのは沈黙だけで、トンファーでの攻撃ではない。

 

 

「……僕に、戦いで手を抜けって?」

 

「は、はい……」

 

「どういうこと。ちゃんと説明しなよ」

 

 

……あれっ、と思った。

 

てっきり問答無用で咬み殺されると思っていたのに、彼が一番最初に望んだのは対話だった。

 

意外な返答に面食らったまま目を瞬かせていると、雲雀さんが静かに目を細めて「早く」と急かしてくる。

 

はいっ、と慌てて頷いた。短気は短気でも、俺の知ってる彼とはレベルが違う。やっぱりここはパラレルワールドなんだなぁ、と改めて感じた。

 

 

「その。……詳しくは言えないんです」

 

「はあ?」

 

「ただ、その、とにかく……あのゴーラ・モスカ。目一杯攻撃しないで欲しいなっ、て……」

 

 

沈黙に耐えきれず、恐る恐る顔を上げる。

 

目に入った雲雀さんは不機嫌極まりない顔をしていたが、トンファーを振るう素振りを見せることは無かった。

 

やがてはあ、とため息をつき、彼は「わかったよ」とだけ言った。

 

 

「……え、いいんですか」

 

「何。君が言ったんでしょ。文句でもあるわけ」

 

「い、いや、そうじゃなくて。理由とか、もっと問い詰めないのかなって」

 

「はあ? 君が言えないって、そう言ったんだろ。それとも何、問い詰めてほしいのかい?」

 

 

いやまさか、と後ずさる。詳しく、無理やりに聞いてこないのは意外だが、詰め寄られるのは怖すぎる。

 

彼がたとえ、いやむしろ中学生の姿をしているからこそ、刺激されるトラウマもあるのだ。

 

 

「……そうですね、言えません。ただの勘、ですので」

 

「フン。どうだかね……まあそう言うんじゃないかと思ってたけど」

 

 

え、と目を見開く。

 

その時には雲雀さんはもう俺から視線を外していて、整理しかけの書類に目を落としていた。

 

 

「あ、あの。何でそんなことを」

 

「なんでって、何?」

 

「俺が頼み事の、理由を『勘だ』って答えることを、なんとなく分かってたって……」

 

 

雲雀さんは胡乱げな瞳で俺を見ると、「別に」とみたびため息をついた。

 

 

「……大した理由じゃないよ。時たま僕は意識を失うことがあってね。毎日数十分、たったそれだけなんだけど、その時の記憶がうっすらと残ってるんだ。その時どうやら僕は、『僕』じゃないらしい」

 

 

よくわからないけど、と雲雀さんは言葉を投げ捨てるように言う。

 

 

「『僕じゃない方の僕』が、なんとなく、そう判断するような気がしただけさ」

 

 


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