「大変、大変よみんな!」
「あん、どうした部長?」
一足送れてきた住吉が息を切らせながら部室に入ってくる。
「みんな、財務部の生徒会長候補のマニフェスト見た!?」
「生徒会長候補って、あの東雲さん?」
「候補になってたのは知ってるけど、マニフェストまではね~?」
「何やってるのよ猿コンビ!大事件なのよ!」
財務部長、東雲皐月。
俺が一度だけ言葉を交えたことのある、ほとんど何の接点のない少女。
そうか、財務部長からの候補はあいつになったのか。
生徒会長戦と聞くと、奉仕部の頃の一つの依頼を思い出す。
異性を惹きつけるために薄い仮面を被って日常を過ごし、それ故同性からの悪意も引きつけてしまった一人の少女のことを。
もう遠く昔の思い出のように感じられるその依頼、そしてその頃の奉仕部の『空気』を俺はまだしっかりと覚えている。
あの頃は、良くも悪くもまだ子供だった。子供だった自分とは違うと思っていた。俺ならできると考えていた。そして、俺なら失うものは何もないと思っていた。それでも、心の奥で失いたくないと思っていた。そんな矛盾だらけだったあの頃の俺から見て、今の俺はどう見えるんだろうか。
そんな事を考えていると、また森下に服の裾を引っ張られる。
「ハチマン、・・・どうしたの?」
「あ、いや。少し考え事してただけだ。」
「ん。」
「もしかして、怖いかもでもしてたか?」
「そういうことじゃ、ない。」
「あ、ああそうか。その服を離してもらえると・・・。」
「・・・うん、分かった。」
森下は静かに手を話してくれたが、まだ側に付いたままだ。
「未散、まだ打ち解けて無いんじゃないの?ねえ祐樹、あんたなんかしなさいよ。」
「何かって、なにしたらいいんだよ。歓迎会で十分盛り上げただろ?」
「ロールケーキを作るだけじゃ盛り上げるとは言わないのよ!」
「なんで怒られないといけないんだよ・・・。」
「あ!それより東雲のマニュフェストよ!祐樹は見た!?」
「いや、俺は見てないけど・・・。比企谷先生は見ましたか?」
「いや、公募始まってたのも今知ったわ。」
「あんた、もう少しこの学校に興味持ちなさいよ・・・。」
ものすごい冷たい目で呆れられた。いや、別に興味無いわけじゃないけどさ。
木場が懐からパソコンを取り出し、財務部のページを開く。
選挙関連のページからマニュフェストを表示すると、事細かに政策が書かれていた。
「えっと、出てきたわ。東雲さんのマニュフェストよ。」
「あの女、公募してすぐにマニュフェストを出すなんて。」
「え?別に普通のことなんじゃないのか?」
当然の疑問が湧き出る。マニュフェストなんていつ出したって同じだろう。
「あんた先生なのに分からないの?早めにマニュフェストを出すと、他の候補に対抗策を考える時間を多く与えちゃうじゃない。普通、候補の申込みだけしてマニュフェストはギリギリってのが定番なのよ。」
「ああ、なるほど。」
「それをあの女、よっぽど自信があるのね!!」
「なんでそんなに東雲さんを敵視してるんだよ、千里。」
たぶん、自信じゃないんだろう。正々堂々、正義感、そういった類の物だ。相手と正面から戦って勝つ、それが彼女の信念なんだろう。やはり、彼女に似ている。こういった正義感も、信念の強さも。
だから、彼女が心配だ。その信念の強さは、人間には強すぎる。集団の中で一人強い人間がいると良くも悪くも目立ち、一歩間違えれば孤立してしまう。彼女は、そこまで経験をしているのだろうか。そこまで経験してその強さを持っているのだろうか。
まあそれは彼女の問題だ。それよりもマニュフェストの事件。それは一体何なのか。
「で、そのマニュフェストのどこが事件なんだ?」
「ほら、ここ見てよ。」
部長が指を指した箇所を読む。
書かれていたのは、『部活動の実態と統廃合』。
そして廃部の欄の一番上に書かれている『食品研究部』の文字。内容には、実績・実体が不明瞭であり、廃部が妥当だと書かれていた。
「えーー!ショッケン無くなっちゃうの!?」
「部費でおやつ食べられなくなっちゃうの!?」
それは当前のことだと思うんだが。
「でも、実績が無いわけじゃないんだろ、大島?」
「あ、はい。一応、お菓子の試作品の試食や改善案の提出とかしてたんですが。おい、千里。なんでそれが反映されてないんだよ。」
「まさかこんなこと怒るとは思わないし、提出なんてしてないわよ!」
「なんで自信満々に言えるんだよ・・・。」
枝川は、今にも死にそうな顔で大島にすがっている。
「もう部室で大島ロールを食べられないのですか!?そうなんですか~~~!?」
「のんちゃん先輩は落ち着いてくださいって!」
「先輩、僕先輩と離ればなれになる何ていやですよぉ!」
「やめろ夢島!くっつくな!」
「木場、総務部は何かコメントはしていないのか?」
「総務部ですか?えっと、探してみますね。」
「先生、なんで総務部が今出てくるの?」
「総務部はおそらく、公募前から活動している辰巳が出てくるだろう。」
「ああ、あの金券配ってたやつね。」
「そうだ。治安部が出馬を自粛した今、考えられるのは総務部と財務部の一騎打ちだ。財務部がマニュフェストを出してあるなら、大まかなマニュフェストのコメントくらいはだしてるんじゃないか?」
「ああ、そういうことですか。」
公募前から校門の直ぐ側で演説をしていた辰巳茂平治。高藤高校の購買『タコストア』の金券を配り選挙に向けてキャンペーンを行っていたあいつなら、おそらくこの統廃合のリストに上がった部員を味方につけようとするだろう。
隣で画面を見ていた大島が感嘆の声をあげる。
「でも、あいつは・・・。」
「胡散臭いし、あんな賄賂みたいなことしてるやつに投票なんてしたくないわよ!」
まあ、その憤慨は当然だ。
「でも千里、このままじゃ東雲さんが当選してショッケンは廃部よ?」
「あーー、葉月!なんとか言ってやってよ!妹なんでしょ。」
そうそう、妹なら何か一言言ってやれば、え?
「え?東雲さんって葉月先生の妹なのー!?」
「え?知らなかったのか、猿江?」
「知らないわよ!オーシマの癖に知ってたのー!?」
「オーシマの癖ってなんだよ。それに俺は『おおじま』だ!」
マジか、この人達姉妹なのか。ますますあいつらにそっくりじゃねえか。
「それより、なんとか言えないの?葉月!」
「ん~、あの子に何言っても聞かないと思うしね・・。」
「ならどうしたらいいのよ!このままじゃ廃部よ!!」
住吉がうなだれる。確かに何の実績もないようじゃあ、今からこの状況は覆せないだろう。
「いい案ならあるじゃない。」
「え?あるんですか?」
「ええ、いい候補が無いなら立てればいいのよ。」