6:東雲皐月はどこまでも誠実である
駅についた頃には陽もすっかり落ち、高藤の生徒の下校でかなり混雑していた。
クソ、駅前で少し時間でも潰すかな。
カバンからマッ缶を取り出し、飲み歩きながらいい所を探しているとふと後ろから声をかけられた。
「比企谷先生、ですか?」
「ん?ああ、東雲か。」
振り返ると、自転車少女東雲皐月が凛とした様子で立っていた。
自転車通学だったはずだが、なぜ駅に?
「東雲、お前。自転車はどうしたんだ?」
「ええ、今日は少し朝バタバタしていたので。電車で来たんですよ。自転車じゃ間に合いそうになかったので。」
「お前も、そんなミスするんだな。完璧美少女とか聞いてたから、少し意外だな。」
東雲は少し目を開き驚いたような顔をした後に、フッと笑みを浮かべた。
「私を何だと思ってるんですか。普段から失敗だってしますよ。」
「まあ、そうか。すまんな。」
「いえ、良いんですよ。それより一つお聞きしたいことがあるんですが。」
東雲は表情を固くして姿勢をただし、こちらに向き直る。
「比企谷先生は、食品研究部の顧問、なんですね。」
「ああ、まあな。あんまり時間は経ってないがな。」
「それなら、比企谷先生から見て。あの部は本当に必要だと思いますか?」
「・・・、マニュフェストのことか。」
「ええ。あの部活には、どんな実績もありません。ただの雑談に部費を使うようなら、他のもっと活発な部活にその分を回したほうが有意義な活動ができるのではないでしょうか。」
一理ある、と言うか何も言い返すことはできない。そりゃあ実績も何もショッケンにはないし、今のままじゃあただの仲良しクラブと何も違わない。でも、
「東雲、お前の居場所ってどこだ。教室か?生徒会か?それとも家か?」
「・・・、質問の意図がわかりません。」
「確かにショッケンは、一つも実績を残していないのかもしれない。それこそ、野球とかサッカーとかに回したらもっと有益に部費を使えるのかもしてない。ただ、部員のあいつらにとっちゃあ、あの部室が居場所なんだ。みんなで集まって、菓子を食べながら嘘偽りのない言葉を交わして、心から安心できるあの場所が。」
「居場所、ですか。」
「ああ、だからあいつらはあの場所を守るために会長選に立候補を立てるつもりだぞ。」
「・・・居場所を、守るため・・・・。」
何か思い詰めたようにうつむき、ブツブツとつぶやき続ける。
「私の居場所は、どこなんでしょうね・・・。」
「それはお前が見つける物だ。俺には何もわからないからな。」
「比企谷先生の居場所は、どこなんですか?」
「俺の居場所は・・・、家だな。俺の城だ。なんなら俺の居場所から出たくないまである。」
「・・・、フフッ。比企谷先生って面白い方なんですね。」
さっきまでの硬い表情を崩し、再び笑みを浮かべた。
「まあ、自分の居場所ってのは急いで探すものでもない。俺だって、高校生の頃は居場所なんて分からなかったし、数え切れないほどの失敗もした。だから、その。今は自分の思うようにすればいい。ショッケンの廃部だって、正しいかどうかなんてのは俺にはわからないしな。」
「そうですか。そ、その。ありがとうございました。」
「俺は何の役にも立ってねえよ。」
「私の居場所。絶対に見つけてみせます。だけど、今は自分の正義を貫かせて貰います。」
「そうか。なら、まあ応援してる。ほら、コレやるよ。」
大島のときと同じように、マッ缶が放物線を描いて東雲の手の中に飛び込んだ。
「な、なんですかコレ?」
「マックスコーヒー、知らないか?」
「まっくすこーひー?コーヒーなんですか?」
「飲んでみな、絶対にハマるから。」
「なら、頂きます。」
プルタブを開け、細い喉にマックスコーヒーを流す。
その直後、眉をひそめむせた。
「エホッ、エホッ!甘い!」
「そりゃあ、マックスコーヒーは甘いだろ。苦いマックスコーヒーなんて天と地がひっくり返ってもありえねえよ。」
「甘さにも限度がありますよ。これいつも飲んでるんですか?」
缶を睨みながらそうつぶやく。どうやら東雲にはマックスコーヒーは合わなかったようだ。珍しいやつもいるんだな。
「まあ会長選挙、お互い頑張ろうぜ。」
「ええ、食品研究部の善戦。期待していますね。」
二人の間を、寒くなり始めた風が通り抜けた。
東雲皐月ルートのスタートです。