大島の立候補が決定した日の夜、部員達は壮行会と称して部室で遅くまではしゃぐつもりらしく飲み物や駄菓子の確認、補給に勤しんでいる。
俺?俺は今回も森下の歓迎会も不参加ですよ。リア充のノリに乗れないし、むしろ話振られてもだまりっぱなしで空気悪くしちゃうし。東雲先輩もいるから監督責任云々は言われないでしょ。
そういうことで、大島の立候補が決定し壮行会が始まると決まった直後に部室を抜けて家路についた。
生徒会長に当選したい、そんな奉仕部の依頼とは真逆の思い。今回は、あの頃とは状況がまるで違う。落選したいならどうにでもなった。放っておけば他の自治生徒会の候補が受かるのだから。
そんなのとは真逆の、あの猛者たちの中で勝ち上がり生徒会長の座を取りたい。取ってあの部室を守りたいという思い。そんなあいつらの願いに、どうやって俺はサポートができる。
そこまで考えて、無意識に依頼を受けたあの時を鮮明に思い出していることに気づいた。もう、手助けする気が満々すぎる。
ただ、俺はあの時とは違う。一人の教師だ。特定の生徒、特定の部活の肩を持って行動するなんてことは許されない。クソッ、やりにくいな。
銀池町近くのアパート、それが今の俺の住処。
金のかかる趣味も無いためそこそこ広い部屋を契約したのだが、結局何も置かずに広いスペースを持て余したままになっている。そうだ、マッ缶の在庫置くための倉庫とかにしたら有意義か。
なんてバカなことを考えながら、ドアを開け部屋に入る。一人で暮らすようになってから、自分の飯を自分で用意しなくてはならないというのが億劫だと思い知らされる。普通一人暮らしをすると母親の飯を恋しく思うはずなのだが、なぜだか小町の料理しか頭をよぎらない。いやマジでおふくろの味とか何年口にしてねえんだろ。
コンビニ袋からおにぎりと惣菜を取り出し、ノートパソコンで明日の授業の内容をまとめながら口に運ぶ。
ほんと、教師はこういう苦労してるっての早めに教えてくれないと八幡困っちゃう。
しばらく学年ごとに板書の内容などをまとめていたが、一件の見覚えのないアドレスからのメールが届いていることに気がついた。satsuki_sinonome…、東雲皐月か?おそらく連絡網の用紙か何かからメールアドレスを知ったのだろうが、なぜ俺にメールを送る必要があるんだ?
そう怪訝に思いながらメールを開く。
From:東雲皐月
件名:東雲皐月です
本文:こんにちは、東雲皐月です。比企谷先生の授業は分かりやすいと財務部の生徒からお聞きしたので、国語について幾つか質問をさせていただこうとメールを送らせて頂きました。
こんな書き出しと共に、3つほど2年生のカリキュラムに関連した質問が書かれていた。いや、俺じゃなくてお前の国語の担当教師に質問しろよ。
From:比企谷八幡
件名:Re:東雲皐月です
本文:お前の国語の担当は俺じゃないだろ。その先生に質問しろ。
これで良いだろ。躊躇なく送信ボタンをクリックする。
さて、食後のマッ缶タイムに入りますか。ダンボールからマッ缶を取り出しプルタブを起こす。
ほんと、マッ缶は心の潤滑油、いやガソリンだな。俺の原動力そのものだ。マッ缶の無い人生なんて氷のないかき氷、麺のないラーメン、戸塚のいない総武高校だ。いやほんとに。
ちびちびとマッ缶を傾け窓の外を見る。部員達は、今頃食って騒いでの宴会中なんだろうな。
そんなことを考えながらパソコンのディスプレイに目をやると、もう東雲から返信が帰ってきていた。
From:東雲皐月
件名:お願いします
本文:あまり、今の担当の先生の授業は理解しにくいのです。ご迷惑でなければ返答お願いします。
件名、律儀にいちいち書いてくれるのね。
優秀と噂されてる東雲が理解しにくいんだから、多分ほんとに授業が悪いんだろうな。
はぁ、ここまで言われるんなら答えてやるか。
やべ、なんだこれ。こんな文法みたことねえ、高2ってこんな古文やってるのかよ。
結局、その問題は一晩かかってやっと解き切れた。投げ出しても良かったんだが、俺も一応教師の端くれだ。一度取り組んでみるとおもったより熱中して時間を忘れてしまった。
返答をキーボードに叩き込み、返信をする。家を出るまでにはまだ3~4時間あるな。
アラームを2時間後に設定し、毛布に包まる。