あなたが信じるのはどちらの言葉?
「ねぇ、リーヤくん。転入生が来るって話知ってる?」
凰さんと会った翌日、いつもの四人で朝食を食べていると鷹月さんが(おそらく)凰さんの事について訊いてきた。……噂になるの早いな。
「知ってますよ。ついで言うと昨日会いました」
「えっ! ウソっ!?」
「あら」
「……詳しく」
三者三様の反応で食いついてくる三人。心なしか目が怖い気がするのは気のせいなんだろうか?
「昨日の放課後に会ったんですよ。道に迷ってたので案内しただけですけど」
「……それだけなの?」
「それだけですけど?」
念押しするように訊いてくる鷹月さんだけど、何かするようなヤツだと思われてたんだろうか。
「……言っておきますけど初対面の娘を口説いたりする程見境いなしじゃないですよ、自分は。むしろこの容姿ですからそんな事してもそういう趣味の人以外からは引かれると思いますけど」
「……リーヤ。ここ……そういう趣味の人結構いる、よ?……」
少なからず、じゃなくて結構なのか。……イタリアにもいたし仕方のない事か。
「それはそうとリーヤさん、どんな娘でしたの?」
「確か……中国の代表候補生で、なんというか小型のネコ科動物みたいな人でしたね。猫、じゃなくてネコ科というところで察してくれると助かります」
「あ、もしかしてライオンとか虎とかそんな感じ?」
「……それ、猛獣……」
「…………」
人が折角ぼかしていたのにそれ言うかな、この二人は。
「ただ織斑さんに用がありそうだったので自分に関わってくる事は少ないでしょうね」
「あら、わかりませんわよ? 意外にリーヤさんに興味を持ってるかもしれませんわ?」
「……うわぁ、相変わらず神楽すごくイイ笑顔」
静寐さんの言う通り、こういう時(主にオレや静寐さんにちょっかいを出す時)の神楽さんは実に楽しそうだ。
……オレとしては非常に不本意だが。
「……それでリーヤ。リーヤ自身はその娘のこと……どう思ってるの?」
「どうって言われても……特になにも、としか言いようがないですよ? 案内した時に少し話した程度でしたから。強いて言うならいい意味で裏表がなさそう、ぐらいですかね」
本当に少ししか話さなかったけどそう外れてはいないと思う。……なんとなく、としか言いようがないのがアレだけど。
――――――そして、その印象はあまり外れていなかった。SHRが始まる前に彼女が一組の教室に来て(おそらく)考えていたであろう登場をしたのだが、織斑さんと織斑先生のやり取りであっという間に地(と思う)を出していた。
……それにしても自分のクラスの生徒じゃない娘を叩いていいのだろうか、織斑先生は。
† † †
――――――昼休み。いつものように四人で集まって昼食を食べていると意外な人がテーブルにやって来た。
「探したわよ、リーヤっ!」
……ご飯じゃなくデザートの杏仁豆腐だけ持って。
「凰さん? よくここが判りましたね。ここ、入り口からは死角になっている筈ですが?」
「ええ、探すのに苦労したわよ? 一夏は割とすぐ見つかったけどアンタは全然わからなかったし。それで食べ終わって出口の方に行ったら、ここで食べてるのが見えたからこっちに来たのよ。さすがになにも持たずに来るのは気が引けるからこれだけ持ってきたけど……一緒に食べていい? 少しの間だけだから」
「自分はいいですけど……みんなはどうです?」
「「いいよ(ですわ)」」
「……大丈夫」
「というわけで凰さん、どうぞ」
「それじゃ、失礼するわね」
元々六人ぐらい座れそうなテーブルなので凰さんが座っても特に狭いということはない。こういう時は備品にお金がかけられているのはありがたいと思う。
「さてリーヤ。あんまり時間ないからストレートに訊くけど……アンタ、一夏となにやったの?」
……本当に彼女はストレートに訊いてくる。オレと織斑さんの間に何があったのかなんて彼と一緒にいたなら聞いただろうに。
「……凰さん、さっきまで織斑さんと一緒に食べてたんですよね? それなら何があったか彼の方から聞いているんじゃないですか?」
「聞いたわよ? ただなんていうか一夏の話じゃ冷たいだの男らしくないだのばっかりでさ。イマイチわからないからリーヤにも訊きに来たのよ」
人がいないところでそんな事を言っているのか、彼は。……実際そうだから特に訂正する気もないけど――――――
「……リーヤには男らしくないとか言って自分は陰口を言うんだ。……リーヤは隠すことなく言ったのに」
「そうですわね。私からしてみれば彼の方が女々しいと思いますわ」
「……同感」
――――――この三人にとっては違ったみたいだ。
「へぇ? 詳しく聞いてもいい? ええっと……」
「そういえば私達はまだ自己紹介していませんでしたね。彼のクラスメイトの四十院 神楽です」
「わたしもリーヤと同じクラスの鷹月 静寐。で、この娘が――――――」
「……4組の更識 簪。……リーヤのルームメイト……」
「知ってるかもしれないけどあたしは凰 鈴音。2組のクラス代表で中国の代表候補生よ。――――――で、続き聞いてもいい?」
「ええ、実は――――――」
四人が自己紹介をしたところで事の始まりとなったクラス代表の推薦、そして代表を決める為に行った試合について凰さんに説明する。
発端となった代表推薦の時は呆れたような顔で聞いていたが、オレと織斑さんが試合前をした時のくだりになると目に見えてオレを見る目が険しくなってきた。
(当然と言えば当然か。勝つ為に彼の性格を利用したんだから、友人である彼女からしてみたら面白くはないだろうな)
が、話終えて真っ先に口を開いたのは凰さんではなく静寐さんだった。
「……ねぇリーヤくん。なんで肝心なところを言わないの?」
あー、やっぱりそれ言ってくるか。
「……? 静寐……だったわね。それ、どういう意味?」
「だってリーヤくんは試合までの間放課後はずっとアリーナで訓練してたし、そもそもリーヤくんが織斑くんに距離を置こうとしてるのだって、織斑くんが自分でリーヤくんのことを認めないとか言ったからなんだよ? なのに自分に都合のいい時だけリーヤくんに頼ろうとして――――――」
「静寐さんっ!」
ヒートアップしていく静寐さんを止めるも時すでに遅し。その言葉をオレは否定できないし、神楽さんと簪さんもその気はないみたいだ。
「ちょっと。それ本当?」
「……それに関しては自分からはなにも。」
静寐さんの言葉を聞いた凰さんの言葉にオレはそう返すしかない。こちら側からしたら静寐さんの言った事が事実なのだから。
「……色々とありがと。いきなり押しかけて悪かったわね」
そう言って凰さんは席を立って行った。……心なしか気落ちして見えたのはオレの気のせいなんだろうか。
「それでリーヤさん? 静寐が彼女に言った事をどうして黙っていたんですの? 確かにリーヤさんの説明に嘘はありません。けど、本当のことも言っていませんでした。……どうして自分が悪く見えるような言い方をしたんですか?」
「……彼女は元々織斑さんと親しいようでしたからあまり織斑さんが悪い、という言い方はしたくなかったんです。久しぶりに会った友人が悪く言われるのは皆も嫌でしょう?」
「それは……そうだけど」
だからこそ、あまり言いたくはなかった。確かにオレは織斑さんにいい印象は持っていない。……だからといって、久しぶりに彼と会う人にそれを吹き込んでいい理由にはならないだろう。
「それに、彼女は織斑さんの話だけじゃ判らないから自分にも話を訊きに来てくれたんです。――――――なら、どう取るかは凰さん自身が決める事です。自分がアレコレ言うべきじゃないでしょう」
「……だから……言わなかったの? ……彼女が織斑くんの味方をするかもしれないのに?」
するかも、どころか彼の味方になる率の方が高いだろう。元々凰さんは織斑さんの友人なんだし。
「それに自分の場合打算もありましたしね」
「打算って?」
「友人の悪口を聞かされていい印象を持つ人はいないでしょう? なので自分が織斑さんをどう思っているかは黙っていたんです。その方が少しはいい印象になるでしょう?」
「うわ、なんていうか悪党みたい」
いくらなんでも悪党はひどいと思う。嘘は言ってないんだし。
「どのみち決めるのは凰さんです。この先自分の事をどう見るかは彼女次第ですから」
そしてこの後、授業の合間でも凰さんをオレ達が見る事はなかった。……もっとも、鈴音も含め、リーヤ達は意外なカタチで会う事になるのだが。
彼女は迷う。一体どちらの言葉が正しいのか。
……二人目が自身ではなく、傍で見てきた娘が感情的になったが故に。