「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」
「そう? ハヅキのってデザインだけじゃない? いいの」
「そのデザインがいいんじゃないっ!」
「私はミューレイのスムーズモデルがいいな」
「あれいいよねー。……高いけど」
教室に入るといよいよ実習が始まるからか、クラスのみんながISスーツのカタログを手に賑やかに談笑していた。
「リーヤくんのISスーツはどこのなの? やっぱりエルトリア社?」
周りでそんな話がされてるからか、静寐さんがオレの使っているISスーツについて訊いてきた。
「ええ。自社製のフルオーダーメイドです」
「……フルオーダーってやっぱり高い?」
「まともに買ったらかなり高価ですね。とはいっても自分のは会社からの支給品ですから自分がお金を出しているわけではないですね。……ISスーツ本来の用途以外の為の特殊加工もされてますからフルオーダーにならざるを得なかった、というのもありますが」
……そもそも男用のISスーツなんて既製品にはないからフルオーダーにならざるを得なかった、というのが本当のところだが。
「フルオーダー品が支給品とはすごいですね」
「自社製品にISスーツがあるところは大体そうだと思いますよ? 支給品とまではいかなくても社員価格で買えるところもありますし」
この辺りは企業に所属している人間の強みだろう。きちんと報告書等を出していればIS関係での出費は殆どない、もしくは抑えられるケースは多い。
「ちなみに特殊加工とはどんな加工がされているのですか?」
「主に防弾・防刃加工ですね。女性権利団体からしてみれば自分は始末したい人間の上位でしょうから」
「あー、そっか。そういう用なんだ……」
特種加工の内容が護身用という事に若干引く*1静寐だが、その辺りは想定している“危険”の違いだろう。流石に
「まあそれを抜きにしてもエルトリア社のISスーツの品質は学園どころか世界的にもトップレベルですけどね。高いのは確かですがそれに見合った品質ですし」
身内贔屓と思われるかもしれないがエルトリア社のISスーツは既製品でもデザイン・性能ともにいい(デザインに関しては個々の感性によるだろうが)。ISスーツは性能かデザインのどちらか一方に比重を振っているモノも少なくないので両立しているものは意外と少なく、両立しているモノは基本的に値が張る事が多い。
「確かにエルトリア社のって評判はいいんだけど高いからなぁ……。神楽ぐらいならぽーんと買えるんだろうけどわたしにはちょっとキツイんだよね……」
「静寐? 言っておきますけど私もそんな簡単に買えるわけではありませんわ」
そんな風に言う二人にとある案を思いつく。出来るかどうかは社に問い合わせてみないと判らないけど提案ぐらいはしてみてもいいか。
「二人とももし興味があれば社員価格で売っていいか社の人に訊いてみましょうか? 一人二人ぐらいなら融通出来るかもしれません」
「そんなことできるの?」
「問い合わせてみないと判りませんけど……訊くだけ訊いてみますよ」
却下される可能性もあるけど将来的なリピーターになる可能性を考えれば安い投資だろう。実際に使って不満があれば買い替える時に別メーカーに流れる事はあるけど、モノがよければ買い替えの時に同じメーカー、モノによっては同シリーズのものが選ばれる事は案外多いからだ。
「それではお願いしてもいいですか?」
「わたしも。……値段を聞いてから決めても大丈夫?」
「大丈夫ですよ。授業が終わったら社に連絡して訊いておきますね」
ISスーツはその性質上、肌の上に直接身に付けるものだから性能面だけでなく肌との相性も重要になる。少し違和感を感じる程度ならマシな方で、アレルギー持ちの人だったり肌の弱い人だとに蕁麻疹が出たりかぶれたりする事もあるらしい。そういったケースを防ぐ為にもISスーツは個人で注文したものを使う事が推奨されている。
「みなさん、おはようございます。SHRを始めるので席に戻ってくださいね」
そう言いながら入ってきた山田先生の声を聞いてオレ達は自分の席に戻る。
……ところで、クラスのみんなは山田先生の事を『まーやん』や『マヤマヤと』色んな呼び方で呼んでるけどアレっていいのだろうか? 慕われやすい、という意味でならいいんだろうけどどうも違う気がする。
少なくとも同年代じゃないんだから『先生』ぐらいはちゃんと付けるべきじゃないだろうか。
「諸君、おはよう」
山田先生にとって救いの声……かは判らないが、教室の扉が開き千冬の声が響き渡る。
自分の席に戻らずにいた生徒もすぐに席へと戻り、一瞬にして教室内が緊張が張り詰める。
「今日から本格的な実践訓練を開始する。訓練機ではあるが実際にISを使用するので事故が起きないよう気を引き締めるように。それと各人注文したISスーツが届くまでは学校指定の物を使って貰うので忘れるな。言っておくが忘れた者は代わりに学校指定の水着で代用して貰うがそれも無かったら……まぁ下着で構わんだろう。自業自得だしな」
問題大有りでしょう。異性がいる場で下着姿になれというのは公開処刑(同性しかいなくてもだが)だろう。こう思ったのは絶対にオレだけではないだろう。
「では山田先生、続きを」
「は、はい」
連絡事項という名の一方的な通達を行った織斑先生は自分の役目は終わった、とでも言うように山田先生に交代する。
「ええっとですね、今日からこのクラスに転校生が入ります! しかも二人です!」
「「「「「ええええっ!?」」」」」
(……来たか)
転校生が来るという発表にクラス中がざわつくがその中でオレ来るべきものは来たか、と冷めた思いで聞いていた。
が、ひとつだけ予想が違ったのは転入してくるのが一人ではなく二人だという事だ。
「よし、まずは転校生を紹介する。ボーデヴィッヒ、デュノア、入ってこい」
「失礼します」
「…………」
そしてくらす中に広がったざわつきは、その転校生が入ってくることでさらに大きくなる。
一人は小柄な銀髪の女生徒。眼帯をしているのが特徴的だが纏っている気配は軍属のソレ。その容姿と気配から一般生徒ではないのは明らかだがこの学園においてはもはや騒ぐほどではないと言えた。誰のせいとは言わないが。
問題は、もう一人である。中性的に整った線の細い顔立ちに、綺麗な金髪を後ろに束ねた姿はかのシュバリエ・デオンを連想させる。
「え、男……?」
クラス内のどこからか漏れた呟き、そしてそれこそがこのざわつきが大きくなった原因だ。
その転校生はオレや織斑さん同じ制服……男子用の制服を着ていたのだ。
「フランスから来ましたシャルル・デュノアです。この国に来るのは初めてなので不慣れなことも多いと思いますがよろしくお願いします」
「「「「「き……」」」」
(あ、マズい。これはクるな)
数秒後に起こる事を確信したオレは耳を塞ぎ、
そして――――――
「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」」」
予想通り、他のクラス……一番離れている四組どころか上の階まで届くような黄色い歓声が鳴り響く。二人の隣に立つ織斑先生も脇で少しだけうんざりした表情をしている。
(成程。彼が例の“彼女”か)
かく言うオレは三人目の男子が来た事にはしゃぐクラスメイトの歓声を聞き流しながら数日前の事に思いを馳せていた。
† † †
――――――数日前、IS学園生徒会室。
「楯無会長、エルトリア社から例の転入生の詳細が届きました」
そこに書かれていたのはシャルル・デュノア=シャルロット・デュノアの調査結果。そこには名前や顔だけでなく、家庭環境を含めた詳細な事までが書かれていた。
「……すさまじいわね」
彼女個人に関することだけでなく、関連事項としてデュノア社の内情にも及んでいる内容に楯無は嘆息する。これだけで出すべきところに出せばデュノア社を追い込めるだけの内容が記載されていた。
「よくここまで調べたわね。まさか家庭環境までここまで詳しく調べてあるとは思わなかったわ」
「流石にここまでの個人情報を調べるのはガードの硬さもですが純粋に手間がかかったと思います。その価値はあったと思いますが」
この調査結果でもっとも価値があるのは彼女が正妻の子ではなく愛人の子で、それ故に今の両親……特に正妻から疎まれてるというのと、父親の方は彼女の事を嫌っていないというところだ。正妻はデュノア社内でも女尊男卑の派閥の中心のようだから上手く使えば大きな利が得られるだろう。
「そうね。この件に関してはもう調べる必要はないでしょうね」
「改めてエルトリア社の諜報能力には驚かされましたね」
おそらくデュノア社関係で調べてもらう事はもうないだろう。そしてどう動いてくるかもある程度は予想が出来る。
後は彼女が
「……更識会長。こちらとの契約は覚えていますよね?」
「ええ。デュノア社関連のことではIS学園は手出しをせず静観する。けど――――――」
「判っています。彼女が何らかの形で問題を起こした場合はその限りではない、ですね」
オレとしても何も知らない一般生徒を巻き込むのは本意じゃない。問題はその問題がどんな方向性なのか、という事だが……これに関しては彼女が学園に来てからの動き次第だろう。
「それじゃあリーヤくん。彼女が来たら一組に転入されるよう私の方からも手を回しておくわ。その方がいいでしょ?」
「助かります。目を離さないようにするには同じクラスの方が都合がいいですから」
† † †
――――――以上がほんの数日前にシャルロット・デュノアについてオレ達が話していた内容だ。
更識会長が上手くコトを進めたのか、彼女は一組に編入されたので様子を見るだけでなく何か仕掛ける事になっても機会を作りやすいだろう。
(……それにしたってあまりに雑過ぎやしないだろうか、あの男装は)
オレは彼が“彼女”だという事を知ってるからその先入観は勿論ある。が、オレが女に化ける時はもう少し手を凝らして初見で怪しまれるような真似はしない。本気でアレで大丈夫と思っているのか、バレても構わないと考えているのか判断に困るところだ。
「み、皆さん。まだ自己紹介が終わっていないので静かにしてください~」
山田先生がオロオロしながらその場を鎮めようとするが、相変わらず威厳が感じられないその声に従う生徒は少ない。大半の人達はまだ騒いでいる。
「黙れ、騒ぐなと言っている」
だが、続くこの声に逆らう愚か者はこのクラスには残っていなかった。入学して間もないとはいえ織斑先生の厳しさは浸透している。主にその弟に振り下ろされてきた出席簿によって。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
「了解しました、教……織斑先生」
千冬は周りが静かになったことを確認して、もう一人の転校生に挨拶を促す。
それに了承の意を伝えようとした矢先、途中で織斑先生が睨んでいることに気付いて慌てたように呼び名を正す。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
一瞬で再び硬質な気配を身に纏った簡潔な紹介。
あまりに簡潔すぎる自己紹介に周りの反応は鈍い。というよりもどう反応していいのかわからないんだろう。
「あ、あの……終わりですか?」
「以上だ」
恐る恐る問いかけた山田先生への返答は無情だった。山田先生が悪いわけではないのにあまりの拒絶に涙目になってしまっている。
そんな山田先生を無視してボーデヴィッヒさんは何かに気付いたように歩き出し、織斑さんの前で立ち止まり――――――
「貴様が……!」
そう言いながら彼の頬に強烈な平手打ちを見舞う。あまりの衝撃に、一夏は椅子から転げ落ちてしまった。
「ぐはっ!?」
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど認める者か……!」
織斑さん、というより織斑先生となにか関係があったんだろう。理由を聞こうとする織斑さんを無視して空いている席に向かうボーデヴィッヒさんだが、何を思ったのかその途中にあるオレの席の前で立ち止まった。
「……なにか?」
「……ふん。少しはまともなのがいるようだな」
それだけ言うと今度こそ彼女は空いている席に座り、腕を組んで目を瞑り周りからの声を拒絶する。
……どうやら彼女に目を付けられたらしい。個人的には他の人達同様、侮ってくれた方がよかったのだが。
「……ではHRを終わる。今日の一限目は二組と合同でISの操縦訓練を行うからすぐに着替えて第二グラウンドに集合。織斑とカテドラールはデュノアの面倒を見てやれ。以上、解散っ!」
やはりというか彼女の事をサポートするのはオレ達か。当然といえば当然だが。
「君達が織斑君とカテドラール君?初めまして。僕は――――――」
「申し訳ありません。自己紹介は後にして移動しましょう。皆さんが着替えられるので」
デュノアさんの言葉を遮って教室から出る。悪いけどこれからの事を考えるとゆっくり自己紹介してる暇はない。
「基本的に男子は空いているアリーナの更衣室で着替えます。なので各アリーナの更衣室が何処にあるのか早めに覚えた方がいいです」
「う、うん」
「急ごうぜ。そろそろ――――――」
「あ、転校生発見っ!」
「しかも他の二人も一緒!」
……遅かった。他のクラスのHRが終わって他クラスの人達が出てきた。今捕まれば質問攻めに遭うのは目に見えている。教室で座学の人達はいいだろうけどこっちはアリーナまで行かなければならない。それで遅れたらペナルティは免れない。そんなのは全力でご遠慮願いたい。
「みんなっ! こっちよ!」
「者ども、出会え出会えいっ!」
その言葉を皮切りに一斉に教室から他クラスの生徒が出てくる。……少なく見積もっても十人以上はいるな。中世の砦か、ここは。
「織斑くんの黒髪やリーヤくんの銀髪もいいけど金髪もいいわね! いかにも王子様って感じで!」
「しかも瞳はきれいなアメジストみたいな色っ!」
「な、なに? なんでみんなこんなに騒いでるの?」
「そりゃ男子が俺たちだけだからだろ」
「……?」
本気で意味が判ってなさそうな彼女に本気で呆れてくる。自分が男装して入学し、それが秘密という自覚があるんだろうか。
「いやISを動かせる男って俺達しかいないから男子って俺たちしかいないだろ?」
「あっ! う、うん。そうだね」
「それにこの学園の女子って男子と話したりする機会がないから俺たちは珍獣扱いなんだよ」
「ち、珍獣……」
「…………」
織斑さんの言葉には否定したいところだけど、残念ながらオレ達がこの学園でそういう扱いなのは事実だから否定は出来ない。一組の人達は慣れてきたけど他クラスの人達からは未だ珍しがられているのが現状だ。
……そろそろこの現状はなんとかしないとな。アリーナに行くたびにコレじゃ困る。
「けどシャルルが来てくれてよかったよ。学園に男二人は辛いもんがあるからな。一人でも仲間が増えてくれれば心強いってもんだ」
「そうなの?」
織斑さんの言葉に首を傾げながらオレの方を見るデュノアさんだが、生憎とオレの方は織斑さん程辛いと思っているわけじゃない。
「その辺りをどう感じるかはその人次第でしょう。自分は特に何も感じていませんから」
それよりも今のオレとしては自覚が無さ過ぎる彼女の言動に頭を抱えたくなるのを抑える方が重要だ。
バレてもオレの知った事ではないがその手の事を『仕事』で行うオレとしては色々と突っ込みたくなる。
「ま、なんにしてもよろしくな。俺は織斑 一夏。一夏って呼んでくれ」
「リーヤ・カテドラール。自分の方は好きに呼んでくれて構いませんよ、デュノアさん」
「シャルルでいいよ、リーヤ」
「気にしなくていいぜ、シャルル。俺もリーヤからは名字にさん付けだからな」
「……ファーストネームで呼ぶのは慣れていないので」
以前も同じような事を言ったけど今回はただの名目に過ぎない。デュノア社の狙いがこちらのISにあると判っているから彼女と親しくする気がおきないというのが大きい。
なんとか振り切ったオレ達はアリーナに着いたが、思っていたより時間を取られていたようで授業の開始まであまり余裕がなかった。なのでボタンの上から二つだけを外し、一気に脱ぐ。オレはISスーツを制服の下に着てるから制服を脱げばもうそれで着替え終わ――――――
「わぁっ!?」
――――――るのだが後ろからデュノアさんの叫び声が聞こえて思わず手が止まる。
(よし、もう気にしないようにしよう。彼女のそういう言動を気にしてたらこっちがボロを出しかねん)
後ろから聞こえる会話を極力スルーして制服をロッカーにしまい、準備を整える。二人は話しながら着替えているせいかもう少しかかりそうだった。
ただ……
(織斑さん、『引っかかって着辛い』というのは例え同性でも人によってはセクハラです)
その後、結局織斑さんが着替え終わるまで待っていたオレ達だったがやはりというか時間的にはギリギリだった。幸いオレとデュノアさんは注意だけだったが織斑さんはしょうもない事を考えていたのか、織斑先生から出席簿が振り落とされていた。
――――――オレ達にとってはもう見慣れた光景。それを睨むように見ていたボーデヴィッヒさんの眼がやけに気になった。
ようやく原作二巻に突入
ここからデュノア社関連のフラグを回収していきます