ようこそ実力至上主義の教室へ【短編集】   作:まねー

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一発目は椎名ひよりさんです。
『文学少女』という点を理解しておいてくれれば大丈夫だとは思いますが、原作7巻まで既読してから読むことを推奨します。


椎名ひよりと本を読む

冬休み初日の12月23日。

 

「ヒマだ……」

 

オレは呆然と呟いていた。学校もなければ、予定もない。波瑠加・明人・啓誠・愛里の4人と集まるのは週に2、3回程度だったが、学校がない日曜日は毎週のように集まっていたので丸1日予定がないというのは随分と久しぶりな気がする。

 

誰かから誘いのメールやチャットでもきてたりしないだろうかと携帯に手を伸ばすが、案の定通知は無い。そもそもオレを遊びに誘ってくれるのなんて、波瑠加たち4人を除けば池や山内ぐらいのものである。……その2人からも、体育祭以降はすっかり誘われなくなってしまった訳だが。

 

だったら、誰か誘ってみればいいじゃない。と思うかもしれないがオレにそんな勇気は無い。実際、通称『綾小路グループ』の集まりも波瑠加からの呼び掛けである場合がほとんどなのだ。トドメに、オレの部屋には時間を潰せるような物など皆無。

 

早い話、詰みである。

 

「そういえば───」

 

八方塞がりの状況にウンウン唸っていると、鞄の中に3冊の本が入っていることを思い出した。図書館で借りた『さらば愛しき女よ』と『誰の死体?』の2冊はもう読んでしまったが、椎名ひより個人から借りたエラリー・クイーンにはまだ手をつけていなかったはずだ。……本音を言えば、『誰の死体?』のシリーズであるピーター卿シリーズの作品を読みたかったが、冬休みの間は図書館は閉館している。無い物ねだりをしても仕方がない。

 

それにピーター卿シリーズを全て読んでからエラリー・クイーンに手をつけるとなると、彼女に本を返すのがかなり遅くなってしまう。ただでさえ冬休みという長い期間本を借りるのだ。休み明けに返すのが礼儀というものだろう。

 

思い立ったが吉日。午前中は読書に勤しむことに決め、オレは本のページを(めく)った。

 

 

 

✖️ ✖️ ✖️

 

 

 

「流石だな……」

 

読み終わると同時、オレは思わずそう呟いていた。初めて読んだ作品だったが、他の2冊にも劣らない面白さだった。空腹を感じて時計に視線を向ければ、時刻は12時を過ぎている。どうやら、3時間近く読書に集中していたらしい。

 

『誰の死体?』といい、エラリー・クイーンといい、椎名ひよりに勧められた本は非常に素晴らしい作品ばかりだった。

 

「読む本に困ることがあったら、椎名にオススメを聞いてみるか……」

 

そんな独り言を呟きながらすっかり放置していた携帯を確認するが、メールもチャットも特に届いている様子はない。どうやら午後も予定が入ることはなさそうだが、今回に限っては逆に好都合だったかもしれない。

 

……面白い本を読んだからか、今日はもっと本が読みたい気分だった。図書館が閉館しているので書店で買うしか方法はないが、カラオケやボウリングなどと比べれば安いものだろう。昼食を程々に済ませ、オレはケヤキモールへと向かうことにした。

 

 

 

✖️ ✖️ ✖️

 

 

 

「──────お?」

「誰かと思えば、綾小路くんでしたか。奇遇ですね。そちらも本を買いに?」

 

……偶然と言えばいいのか、噂をすればなんとやらと言えばいいのか。書店に入って早々、椎名ひよりに遭遇した。どうやら本の貸し借りの一件でオレの名前は完全に覚えたようで、記憶を探るような素振りは見られない。言葉の文脈や既に数冊の本を抱えていることから察するに、彼女も本を買いに来たようだ。

 

「椎名から借りた本をさっき読み終わっちゃってな。今日は予定もないから別の本でも読もうかと思ったんだ。貸してくれた本面白かった。ありがとな」

「本当ですかっ。それは良かったです」

「それで、もう1、2冊ミステリー小説を読みたいと思ってるんだが……。何かオススメとかないか?」

 

オレの言葉に嬉しそうな表情を浮かべていた椎名だったが、質問を聞くと一転して真剣な表情になる。

 

「私のオススメですか?……そうですね、これなんて如何でしょう?」

 

そう言ってオレから視線を外し、ミステリーコーナーの方へ目を向けていた彼女が差し出してきたのは、アガサ・クリスティーの名作ミステリー小説だった。

 

「流石のチョイスだな……」

 

思わずそう呟いてしまう。ともあれ、椎名のチョイスは非常にありがたい。永遠の傑作と呼ばれる『そして誰もいなくなった』を読んで以来、他の作品も読みたいと思っていたのだがなかなか手が伸びていなかったのだ。

 

「綾小路くんは、彼女の作品を読んだことはありますか?」

「『そして誰もいなくなった』だけは読んだけど、他の作品にはまだ手を付けれてないな。前々から読みたいと思っていたし、ありがたく読ませて貰う」

「あれは不朽の名作ですからね。綾小路くんも読んだことがあるだろうと考えて避けたのは正解でした。ですが、彼女の作品は他も名作揃いですのでもっと読むことをオススメします」

「そ、そうか」

 

グイッと前のめりに力説してくる椎名に若干気圧されながら、本を受け取る。もう1冊ぐらい買おうかと思っていたが、渡された本は結構分厚い。400ページは軽く超えているだろう。これなら、この作品だけでも今日は充分楽しめそうだ。

 

「それじゃあ、早速帰って読ませて貰うことにするよ。選んでくれてありがとな」

「…………………………」

「ど、どうした?」

 

お礼を言ってレジに向かおうとしたのだが、椎名からの返事はなかった。だからと言って、オレに興味を失った。……という訳でもないようで、ジーッっと無言でこちらを見つめてくる。これでは立ち去るに立ち去れない。

 

「───綾小路くんは、今日は予定がないと言っておられましたよね?」

「ん?あ、あぁ。強いて言えば、これからこの本を読むぐらいかな」

「……もしよろしければ、私と本の読み合いをしてくれませんか?」

「ええっと……?」

 

意図の読めない質問の連続に、オレは困惑を隠せない。

 

「前にも言いましたが、Cクラスには小説を好む方がいないので、感想を語り合える相手がいないんです。……お互いに選んだ小説を読み合って、感想を語り合う。というのは私がやってみたかったことの1つでして。お願い出来ませんか?」

 

……少し例えとしてはズレているかもしれないが、人と一緒に映画を見に行った後に感想を語り合うようなものだろうか。返事がないことに耐え切れなかったのか、椎名はこちらを不安そうに見つめてくる。

 

「ダメ、でしょうか……?」

 

だから何度も言っているかもしれないが、『可愛い+上目遣い+お願い=致死』である。そもそも本を読むことに変わりはないので、特にデメリットもないし拒否する理由はない。……もっとも、オレに断るほどの度胸はない訳だが。

 

「いや、構わないぞ。……となると、オレも本を1冊選ぶ必要があるのか。椎名もミステリー小説でいいのか?」

 

オレの言葉に嬉しそうに頷いているが、彼女のことだ。有名な作家のミステリー小説は、既にほとんど読んでいると考えるべきだろう。……オレが読んだ中で気に入ったミステリー小説で、有名な作家が書いた作品ではなく、400ページを超えるもの。ここまで条件を絞れば、自然と候補は限られてくる。

 

「……これにするか」

 

最終的に3冊にまで絞ることが出来たので、最も個人的に好きな作品である1冊を椎名に手渡す。幸い、彼女も読んだことは無かったようで、本の裏面に書かれているあらすじを興味深そうに眺めていた。

 

「それで読み合いをするのはいいけど、何処でやるんだ?出来れば静かな場所がいいんだが」

「場所はもう決めてあります。着いてきて下さい」

 

オレの質問に本のあらすじから視線を外すと、そう答えるや否やレジの方へと歩き始めてしまう。その手には、合計4冊もの本を抱えている。……荷物にならないのだろうか?そんな疑問を抱きながらオレは椎名の後を追った。

 

 

 

✖️ ✖️ ✖️

 

 

 

「このお店です」

 

歩くこと数分。そう言って椎名が立ち止まったのは、落ち着いた雰囲気を持ったカフェだった。中に入ると、冬休み初日にも関わらず埋まっている座席は数席だけ。……ケヤキモールの中でもあまり目立たない位置にあるからだろうか。

 

「飲み物などの値段が、他のお店と比べて少し高いんです」

 

オレの心の中を察したのか、そう補足してくれた。メニューを見れば、確かに他の店と比べて100ポイント程高いものがほとんどだ。

 

「私の提案ですし、奢りますよ?」

 

コーヒーを頼もうとすると椎名がそんなことを言ってきたので、問答無用で却下する。2人用の空席に腰を下ろすまで少し不満気な表情を浮かべていた彼女だったが、本と取り出すとすぐに笑顔を見せた。

 

「……確かに値段は割高かもしれないが、いい店だな。オレは好きだ」

「そう言って貰えてよかったです。家で本を読む気分になれない時はよくここに来るんです。ここは、居心地が良いですから」

 

静かな空間に会話や読書の邪魔にならない適度な音量で流れるクラシック音楽。彼女の言う通り、ここは読書をするにはうってつけの店かもしれない。

 

「……………………」

「……………………」

 

そこから、特に会話は無かった。ただパラパラと、お互いの本を捲る音が不規則に聞こえるだけ。……だが、それが心地よかった。同じぐらいのページ数の本を選んだのだ。読む速度にそこまで違いがない限り、読み終わる時間に大きな差は出ないだろう。

 

───気付けば、ページを捲る音もクラシック音楽も聞こえなくなっていた。心が、物語に魅了される。……ただただ続きが読みたい。その欲求に支配され、オレはページを捲り続けた。

 

 

 

✖️ ✖️ ✖️

 

 

 

「今日は私の我が儘に付き合って下さって、ありがとうございました」

 

店を出ると、椎名に頭を下げられてしまった。確かに誘ってきたのは彼女だが、そのおかげで素晴らしい作品に巡り会うことが出来たし、とても満足のいく時間を過ごせたと思う。時計を見れば、時刻は6時を過ぎていた。計算してみれば、実に4時間以上もの間カフェにいたことになる。

 

「こちらこそだ。感想を語り合うってのも、結構楽しいものだと思い知ったよ」

「私も本の感想を人と語り合うのは初めてでしたが、とても楽しかったです。自分では手に取らないような本とも巡り会えることも出来ましたし。……綾小路くんがよろしければ、またやりませんか?」

 

感想や考察を語り合ったのは30分程度だったが、新たな発見や自分には無かった視点からの意見など、収穫は非常に大きく有意義なものだった。断る理由はないだろう。なにより繰り返すことになるが『可愛い+上目遣い+お願い=致死』なのだ。断れる訳がない。

 

「あぁ、そちらの気が向いたらまた誘ってくれ」

「……綾小路くんの方から誘ってくれる可能性はないのでしょうか?」

 

痛いところを突かれてしまった。

 

「え、ええっと……善処する」

「……あまり期待はせずに待っていた方がよさそうですね」

 

オレの言葉にそう言って苦笑すると、椎名は一足先に寮の方へと戻って行く。……それにしても、冬休みの初日から随分と濃密な時間を過ごしたものだ。

 

「……オレも椎名が読んでいないような本のストックを増やすべきか?」

 

そんなことを考えながら、オレも寮の方へと歩みを進めるのだった。




最後まで読んで頂きありがとうございました。それではまたいつか。
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