コンピューター棋士 作:泥の中の溜まり場
俺は転生者である。
前世では、いや前世でも将棋のプロ棋士をやっていた。
将棋のプロ棋士といえば、誰しもが順風満帆で、その道の成功者。そのようなイメージがあるだろう。
しかし、俺の場合はそうではなかった。
“史上最弱のプロ棋士”
これが前世での俺の称号だ。
理論上最速の順位戦降格からのフリークラス入り、そして、引退。
通算成績での勝率は2割にも届かない。
女流棋士との対戦成績もピッタシの5割。
世間の将棋ファンからは蔑んだ目を向けられ、指導対局等のイベントに行けば、「俺が逆に指導してやるよ」と高圧的な態度をとられる。
複数の棋士での指導イベントの際は、「他の先生ならよかったのに、よりにもよって最弱かよ。」と溜息をつかれた。
その癖、指導対局後(もちろん、指導対局とはいえ、手合い間違いな駒落ち将棋等以外は全部勝っている。)悪手を指摘したらしたら、「最弱の癖に」と目を向けられる。
純粋にプロ棋士に憧れてくれる少年少女達との指導対局は、いつもキラキラした目を向けてくれて、嬉しくて楽しかったが、大人との指導対局はいつもそんな感じで、ストレスやイライラが溜まった。
一番溜まったのは、コンピューターとの対局イベントであろうか。将棋連盟は万が一負けてしまっても傷がつかないようにと、対局相手に俺を呼び出した。結果は言わずもがな。負けた。
「流石最弱棋士wwwww」
ファンの間からは嘲笑され、同僚の棋士仲間からはプロ棋士の品位を落としたと言われた。
将棋アマのファンならともかく、同業者のお前らならコンピュータの実力が分かるだろと、そう思った。
ちなみに、数年もしないうちに、トップ棋士さえもをコンピューターが破った時の手のひらクルーぶりには呆れた。
しかし、それはそれでイラついた。
「そりゃ最弱は負けますわwww」
そんなこんな、最弱棋士として、プロの世界を引退した。
幸い、大学は出ている。
なんとか職にありついて、将棋とは無縁の世界で人生を歩み直そうと思った。
思ったのだ。
けれど、気付いた時、俺は赤子だった。
そして、今、高校生になった。
生まれ変わったと確信した時、俺は将棋とは触れない世界に生きようと思った。
しかし、俺はどうしようもなく将棋が好きだったのだ。
負けが込んだ時は……というかプロになってからはほぼ負けしかなかったが、確かに嫌になったし将棋が嫌いで嫌いで仕方なかった。
けれど、やっぱり好きなのだ。
だからこの世界でも将棋を始めた。
そして、将棋を始めた時、俺はある異変に気付いた。
数字が見えるのだ。
そして、その数字には法則性があった。
対局を開始した際には先手の時は10位、逆に後手の時は-10をしめし、振り飛車にした時はもう少し低い値を示す。
中盤、拮抗した時はほぼ0に近く、終盤勝勢の時は2000などと大きい数字となった。
俺はこれを評価値が見えていると考えた。
しかも、かなり正確な。
他にも、自分では考えつかないような手順が突然光の筋として見える事もある。
望めば何度でも。これは、候補手なのだろう。
俺は前世でのプロ棋士としての経験と、今世の幼い頭での学習。そして、評価値と候補手で俺は今……
『九頭龍八一七段に昇段!!史上最年少タイトル挑戦!!』
負けた。
しかも、大一番で2連敗。
主人公
2000年8月2日生まれ。
同期の九頭龍八一と史上初となる中学生棋士の同時昇段を果たした。
三段リーグ時代の成績の関係上、主人公が5人目九頭龍が6人目の中学生棋士。
リアル世界の竜王戦は6組では一人しか本戦トーナメントに出られないと言ってはいけない。(重要)
主人公はなんとなく前世と今世で違う世界だというのは気づいている。
しかし、前世において存在した戦法の全ては今世にも有り、また今世においてまだ出現していない戦法も当然知っているが、この世界でも開発者が居るはずとして、本人の美学からそういう戦法の一切は使っていない。
主人公が見てる評価値は2015年のコンピュータの実力。
強いのは間違いないけど、圧倒的ではない。というのを想定。
(この年の電王戦で阿久津八段 永瀬六段(当時) 斎藤五段(当時)コンピュータ相手に勝利をおさめている。)