転生者は平穏を望む   作:白山葵

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第05話 エリカさんです! 後編

「ブツブツと、うっさいわね…何をそんなに青くなってるのよ。」

 

 東名高速道路へ入り…予測通りの大渋滞へとハマっている。

 前方には長蛇の車の列…赤白黄色…色とりどりできれいだね!!

 まぁ、最悪の場合を想定しての即帰宅。

 事故なんて起こさなければ、最悪早朝までには到着するから特にイライラはしていない。

 それが救い…。

 

 …姉。

 

 尾形 涼香 19歳。現在、花の女子大生。

 

 アレが…今のあの家に…やってくる…?

 あんな人間兵器、普通の人間じゃ対応できるはずないだろ!?

 …冗談じゃない。そこにまほちゃんが来るなんて…。

 

 鉢合わせたら、洒落にならない!!

 

「…あの…尾形。ゴメン、この状況で遠い目をして笑うのやめて。真面目に怖いから」

 

「んっ!? あぁ…悪い。エリちゃんが、この話に乗ってくれて助かった」

 

「別にいいわよ…。私も助かったし…」

 

 助手席から声を掛けてくれたエリちゃん。

 結局、一緒に大洗へと俺と共に戻る事を了承してくれた。

 背に腹は変えられない…とか、ブツブツ言っていたけどね…。

 

 車に乗り込む時、長時間車に乗る事になるので、後部座席を勧めたが…。

 

『 …今回、私は運転できないし…なんかアンタに悪いから、こっちで良いわよ 』

 

 と、助手席へと勝手に乗り込んでしまった。

 そして現在へと至る。

 

「で? 理由はなんなの?」

 

 俺と同じく、流れない車の列を眺め、ぶっきらぼうに聞いてきた。

 あぁ、急ぐ理由だな。

 

「アンタのお姉さんとやらが来るだけで、なんでこんな事になったのよ」

 

「……」

 

「…後、西住隊長の事もなんか言ってたけど…」

 

 まぁ…いいや。

 ちゃんと話そう。俺がしたい話は後でもできる。

 黒森峰に滞在した時に、少し聞いたけど…。

 

「エリちゃん、俺のオカンに会ったんだよな?」

 

「え? …えぇ。隊長の胸、揉みしだいてたけど…」

 

「  」

 

 

 

 

 

 あ の バ バ ァ !!!!

 

 

 

 

 それは初耳だ!! 

 

 大変な時に、何やってんだ!!

 

 

 

 

 

 

 俺でもまだ「  マ  ダ  ?  」

 

 

 

 

 

 

 あ…いえ、なんでもないっす。

 睨まないでください。お約束ってやつです。

 咄嗟にでた言葉です。

 

「…で、なんか不審者共を、空き缶をゴミ箱に捨てるみたいに投げ飛ばしてたわよ」

 

 大きな溜息と共に吐いた言葉。

 

 ため息は…まぁ、うん。

 

 ただ、…その目には、少し怯えが見えた。

 それは、オカンに対してでは無い。

 

 思い出してしまったのだろう。

 アレらは、全てエリちゃんを見て、監視して…そして狙っていた。

 今はそれが、はっきりと分かってしまっているから。

 

 …。

 

 話を続けて終わらせよう…。

 

「…母さんの事、どこまで知ってる?」

 

「い…一応、西住隊長に教えてもらったけど。すごい人ね…色々な意味で…」

 

「じゃあ、分かるな」

 

「なにがよ」

 

「…姉さんは、ぶっちゃけた話…。現状、母さんより強い」

 

「  」

 

「…姉さんは、年齢も相まって、脂が乗っている状態……本気でやり合えば…だけどな」

 

 そりゃ年老いた…とか言ったら、ぶっ殺されるけど、肉体的にピーク時な姉の方が、現状……我が家で最強。

 オカンの方が、やり方とか技とか汚いからなぁ…。

 それで、まだ姉には勝てていて、力関係の均衡が保たれている状態。

 …そもそも何言ってんだ、俺は。

 

「い…いや、それはそれで驚いたけど…だからなによ。強い人が来るってだけでしょ? アンタの家庭事情って奴…『 でだな!! 』」

 

 そう…一番の問題だ。

 

「 まほちゃんと異常に仲が悪い 」

 

「……」

 

 非常にじゃない。異常だ。

 

「想像できるか? あのまほちゃんが、相手の胸ぐら…積極的に掴みに行く姿…」

 

「…ぇ」

 

「まぁ原因は、姉さんにあるんだけどな…」

 

「…なによそれ」

 

「…姉さんの俺を見る目が、気持ちの悪い位に異常でな…。ありゃ弟を見る目じゃねぇ…」

 

「……………………」

 

「高校生に上がった弟が、風呂に入ってる所に、全裸で! 一緒に入るぅとか、猫なで声で入ってくるんだぞ!?」

 

「うっっわ…」

 

「待て!! 俺はソッチの気はない!! ある程度、変だとは思うが、そこまでの特殊性癖はないぞ!!??」

 

 本気で引いた、エリちゃんの目が怖いかった…。

 

「まぁ…青森の高校でもそうだったんだけどさ…1年の教室に3年の姉が、毎回毎回、昼休みに来るとか…」

 

「結局、一緒に入ってるじゃない、このシスコン」

 

「……だって」

 

「否定しない…」

 

「…単純に力で捩じ伏せられるのだから…逃げるに逃げれねぇ…」

 

「…ぇ。は?」

 

「俺以上の筋力で、オカン譲りの技で…俺は……無力だ……」

 

「なに? …その筋肉って見せ筋なの? うっわ…」

 

「…ちがっ!!」

 

「じゃあなに? アンタと一緒で、熊みたいなガタイでもしてんの?」

 

「…違う。容姿…見た目は文学少女というか…それこそ、図書館にでも入り浸っていそうなインドアな感じなんだけどな? その…華奢に見える腕に…捩じ伏せられるんだよ……俺」

 

 想像できるだろうか?

 前髪パッツンの…体型は線が細い…華奢。

 美人と言われる部類に多分入るだろう。

 知らない人には、姉弟だと信じてもらえない様な…儚げな感じ…。

 華さんと姉妹とか言われたら、疑いもしないで信じてしまいそうな見た目。

 

 でも、中身は、オカン。

 

 流石母娘だと、納得できるほど…根本的な部分が瓜二つ。

 敵だと判断したら、そんな相手には容赦がない。

 

 …要は脳筋……。

 

「いたなぁ…昔…そんな見た目に騙された奴」

 

「騙された?」

 

「あぁ。オラオラ系とでも言うのかなぁ…。強引に迫って来た奴…」

 

「…何処にでもいるのね。クズッて」

 

 俺を見ないでください。なぜ、ジト目なのでしょう?

 僕、強引に迫った事なんて…。

 

 ……。

 

 大洗ホテル以外じゃありませんよ?

 

「…ま、結局そいつ…片手だけで、無傷で拘束された挙句、全裸で校舎の屋上から、吊るされたけどな」

 

「……」

 

「雪の降る中」

 

「…………」

 

「そりゃ、問題になったけど…「人権を無視されましたから、人権を無視しました」って、笑顔で返してたなぁ…」

 

「………………」

 

「怪我はさせていませんよぉ? って、言っていたのを今でも覚えてる。やり方も、エグいんだよ…」

 

「あ、ちなみに。報復されると面倒くさいって、親族含めて全員の、心を折りにアフターケアまでやり抜いた…のを、大々的にやったんだぁ…俺を含めて一気に有名人になりましたぁ…」

 

「それは、アフターケアとは言わない…」

 

「やり方もそうだけど…姉……。本気で握力測定すると、測定器具ぶっ壊すから…普段は適当にセーブしてるって言ってたなぁ…」

 

 全身、ピンク筋肉で出来てるんじゃないだろうか…。

 とにかく…勝てない…。

 一時ついたアダ名が、サ○ヤ人。

 

 …今、思った。

 俺に友達できなかったのって…姉さんのせいでは?

 話す時に、怯え方が尋常じゃない人も結構いたしなぁ…特に女子生徒に…。

 まぁ…今更だけど…。

 

「俺さ…青森の港で、住み込みのバイトしてたんだけど」

 

「…あぁ、なんか隊長が言っていたわね」

 

 

「ぶっちゃけた話。姉さんから逃げる為」

 

 

「……」

 

 今だから思う…良く、ノンナさんと鉢合わせにならなかった…と。

 

「熊本にいる時から、そうだったんだ…。兎に角、胸の大きな女性が大嫌いでな…それも相まって、まほちゃんと良くぶつかっていた」

 

「……」

 

 まほちゃん…中学から凄かったからなぁ…。

 

「まほちゃんも、まほちゃんで、本気で生身の人間相手に、戦車持ち出そうとするし…あの…まほちゃんがだぞ?」

 

「……」

 

「最悪、出会ってしまったら……俺が間に入らないと、どうなるか分からん」

 

 全寮制の体育大学に入学したから、安心してたのに…。

 あぁ…そうだそうだ。

 何回目かなぁ…これ思うの。

 電話切る前にも言っていたっけ…。

 

 

 世間様では、現在夏休みだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 今、大体どこを走っているのだろう。

 流れる代わり映えのしない景色を、目で追っているだけの時間。

 眠気を誘う…ただ単調な景色。

 まぁ…渋滞も多少は緩和され、車もある程度のスピードで走れる様にはなっている。

 

 尾形の姉の話も、すぐに終わった。

 ただコイツが、余り詳しく話したくない…と、いった感じも見て取れるので、敢えて深く聞かなかった。

 

 …だって…遠い目で、段々とその目から生気が失われて行くのだから。

 車の運転中にはやめて。

 普通に怖い。命の危機を感じる…ってのもあった。

 

 その後、暫くは無言が続く…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 聞いてこない。

 

 道中で、何か話があると思っていた。

 

 ―みほの事で。

 

 言い倦ねているのか何なのか…。

 分からないが、余り聞かれたくない事なので、別にそれ自体は構わなかった。

 ただ…何か、焦らされているみたいで、正直落ち着かない。

 

 …車内からは、カーナビの音声と音しか、聞こえてこない。

 

 すでに夜も遅くなってきた。

 同じく高速道路を走る車からの光が、少々眩しくも感じる。

 …代わり映えのない景色が、更に単調になり…もう…

 

 ……。

 

「エリちゃん」

 

「っ!」

 

 …危ない。

 

 危うく、寝てしまう所だった…。

 久しぶりに開いた口からは、変に鈍い声がでてしまう。

 

「な…なによ」

 

「あぁすまん。起こしたか?」

 

「…大丈夫よ。寝てはないから」

 

 …危なかったけど。

 

「それに寝るつもりもないわよ」

 

「別に良いのに…」

 

「はっ。こんな所で寝ちゃったら、アンタに何されるか分からないからねっ」

 

「信用が…ないなぁぁ…」

 

 苦笑。

 

 特に怒った感じでも、気にしている感じでもない。

 いつもの軽口。

 

 …私はまだ、こんな事しか言えないのだろうか?

 

 こんな所。

 

 二人きりの車内。

 

 そして、今の状況。

 

 夜。

 

 なんだかんだ、不埒な事なんてしないだろうと、確信はしている。

 確信はしているからの、同行…移動……。

 しかし、何故かイヤミの一つも言いたくなるのは…何故だろうか?

 

「いや…もしあれなら、後部座席に移動しても構わないよ? 助手席より楽だろ」

 

「お断りね」

 

 ……。

 

 こいつが、長時間運転しているのだから、私が寝てしまったら…その悪いと思うし…。

 

 何より…

 

「寝顔なんて、見られてたまるものですか…」

 

 ただそれだけ…。

 

「…はっ」

 

「なによ…」

 

 思わず声に出てしまった。

 それを聞いて、なにやら面白そうに…少し、笑った。

 

「さて、そろそろ一度、飯にしよう。何処かで下りるか?」

 

「…サービスエリアで良いわよ。それに今のご時世、どこのサービスエリアでもコインシャワー位あるでしょう?」

 

 …そう。

 流石にちょっと…。

 

 夏場と言うのもあり、汗が気になる…。

 何より…匂い…。

 

「そ…それに、サービスエリアとかで、食事をした事ないから…ちょっとね? 気になる」

 

「場所によっては、その地の特産品での食事提供をしているしな。一概にもう馬鹿に出来ないよなぁ…」

 

 静岡に来る時は、サービスエリアに設置されている、自販機のお蕎麦を食べたとか言っている。

 …そんなのあるの? 自販機?

 

「…じゃあ、いい加減に話しなさいよ。サービスエリアに着く前にまでは、聞いてあげるから」

 

「なにが?」

 

「アンタが私に話したい事…落ち着かないのよ。こんな状態で、食事とかは嫌ね」

 

 …。

 

 何かにつけて言い訳を付け加えてしまう。

 

 ……結局。私が気になるだけだ。

 

「あ~…あー…うむ」

 

 先に言われたと、今度は苦笑した。

 ま…どうせ、わかりきった話だけどね。

 …さっさと終わらせたい。

 

「流石に言い辛かったんだよなぁ…。でもまぁ…こんな機会、作らないとないしな…。特にエリちゃんと二人きりの状況なんてなぁ…。次はいつ作れるか分からないし…」

 

「ま…前置きは良いのよ。さっさとして」

 

 …二人きりの状況という言葉に反応してしまう。

 一瞬、目線をこちらに向けたが、すぐにまた前を向く。

 まぁ、よそ見運転されても堪らないしね。

 

「駅でも言ったけど、みほの事だ」

 

「…はいはい。アンタの…彼女ね」

 

「あ~うん。まぁそうだけど…」

 

 ……。

 

「……」

 

 だから…なんで、こういう言い方しか…。

 性格の悪い自分が嫌になる。

 

 まったく…完全に目が覚めたわ。

 

 …と、同時に…決勝戦。

 特に、試合開始前の事を思い出した。

 

 あの野原。

 

 西住隊長が珍しく、私を嗾けてきたあの…。

 感情的になってしまい、絶対に言わないと決めていた事まで、あの子にぶつけてしまった時の事を。

 

 ……。

 

 …………。

 

 当然と言えば、当然なのだろう。

 だけど…その事に対しても腹が立つ。

 熊本港に、コイツがやってきた時もそうだ。

 

 あぁ…腹が立つ。

 

 この男が、みほを酷く気に掛ける事に。

 

 この男が、隊長を酷く気に掛ける事に。

 

 

 

「……」

 

 

 

 ぁ…ぇ? え? 隊長を?

 

 

 ここで、なぜ西住隊長が出てくるのだろう?

 

 

「そ…そういえば、アンタ。前から、言ってたわよね」

 

「…何を?」

 

「みほと、私を仲直りさせるだとか、なんとか」

 

 何故だろう…本当に…なんで…。

 話を聞くと言ったのに、こちらから話しかけてしまった。

 

「まぁ、今回の目的の一つだったな」

 

「…はっきり言うわね。そもそも、仲直りも何も、黒森峰の時からそんな関係じゃないわよ」

 

「ふむ? でも結構、みほからのメールとか、エリちゃんの事が多かったぞ?」

 

「……そ…そんなの知らないわよ」

 

 言い淀む。

 思考を誤魔化す様に…口から適当な言葉が溢れる。

 

 何故だろう。

 気づいてはいけない。

 気づいては駄目な事に、片足を入れた気がする。

 

「そ…そもそも…もう、私はそんなに怒ってはないわ。だから、仲直りも何も無いのよ」

 

 …。

 

「…怒ってない」

 

 ………。

 

 怒り。

 

 怒っていない。

 

 …もはや、どうでもいい。

 

「はっ。試合前の事もどうせ、アンタの差し金でしょう? 西住隊長に余計な事でも言ったんでしょう?」

 

 フラッシュバックする、あの時の、あの子の困った顔。

 フラッシュバックする、あの時の、隊長の嬉しそうな顔。

 

「……」

 

 助手席の横。

 車窓に映る自分の顔…。

 その映る、自分自身からの目線からも逃げていた。

 

「…余計なお世話よ」

 

 気が付けば、見えるのは自分の握りしめた手…。

 

「…前回の決勝戦。あの子が黒森峰として戦った、最後の試合。敗因がどうのってのも、もはや私はどうでもいいのよ。…負けを糧に次に勝てばいい」

 

「……」

 

「…初めはあの子が、周りから逃げ出した事に、どうしようもないくらいの怒りを感じた」

 

 …逃げた事。

 

「…西住流が…黒森峰の副隊長が…」

 

 その事に関しては、私はもう何も言えない。

 私自身、逃げ出してしまったから。

 あんな事、位で…。

 

「誰より…も、誰よりも…そして何よりも…」

 

 …悔しかった。

 

 大見得を切った挙句、よりにもよって、あの子に負けた。

 何もできず、隊長の援護すらできなかった…。

 気が付くと歯を食いしばっていた。

 

「はっ。一番腹が立ったのは、あの子が戦車道に復帰した事ね…他校なんかで」

 

 アンタトイッショニネ

 

 吐き捨てる様に笑い、あの時あの子に言った、同じ様な事を繰り返して口に出す。

 ……意味なんてもうないのに。

 

 違う…思い出せ。

 

 …情けない、自分。

 何もできなかった、一番辛かった気持ち。

 ただ感情的になり、私怨に駆られ…気持ちばかり先走った、何も出来なかった試合。

 

「……」

 

 ゴマカス。

 

 感情を誤魔化す。

 

 繰り返し繰り返し、何度も何度も同じ事を言い訳に、その場面を思い出す。

 そんな…試合の事も…もはや、どうでもいい。

 感情と、口に出す言葉が噛み合わない。

 

 黙って聞いている尾形に、顔を背け…もう一度、窓を…映る自分自身を見つめる。

 何を言っているのだろう? 私は。

 

 決勝戦の事はもう…反省はした。

 

 シミュレートもした。

 

 練習もする。

 

 次に勝つように。

 もう二度と負けないように。

 もう一度、あの子と戦ったとしても、完膚なきまでに叩き潰せる様に。

 

「でも、もう怒っていないのだろ?」

 

「…ぇ?」

 

 黙って聞いていた尾形。

 前を向き、私の愚痴にも似た言葉を、黙って聞いてた。

 酔っ払いの様に、ただ同じ事、同じ話を繰り返してしまったかもしれないのに。

 しかも、怒っていない。

 

 久しぶりに開いた口から出た言葉に、間の抜けた返事を返してしまった。

 

 その言葉すら忘れていた。自身で言ったのにね…。

 

「…ふむ。んならさ、何に対して怒るのをやめたんだ?」

 

「なにって…戦車道に決まって……」

 

 そう…他に何がある。

 

 結局、あの子に負けたと同時に、認めてしまった。

 

 あの子を認めてしまった…。

 

 殲滅戦ならば、勝てる見込みなんてないだろうけど…全国戦車道大会はフラッグ戦。

 だからの敗北…でも、それは言い訳になる。

 あんな戦力で、あんな素人集団で、万全を尽くした状態の黒森峰に勝てたんだ。

 

 最後、あの場所で、一対一の場面。

 あの場所で、みほが隊長に負けたとしても…多分………許してしまったかもしれない。

 経緯を見て、聞いて、感じて…。

 

 

 

「…なら、エリちゃんはさ。何に対して…みほに、そこまで怒っているんだ?」

 

 

 ……。

 

 人の話をちゃんと聞きなさいよ。私はもう…別に…。

 

 

 

 喉から出そうになった言葉が止まった。

 

 喋らない。

 

 声にならない。

 

 言いたくない。

 

 ……。

 

 一度、言った言葉だけど、今度は何故か言いたくなかった。

 

 続く無言の時間。

 目に映るのは、変わらない風景と窓に映る自分。

 そんな静かな時間。

 ただ、それでも…尾形は何も言わなかった。

 

 たまに振り向くと、たまに目が合う。

 

 その繰り返し…。

 

 昔…意地を張り続けていた、可愛くない子供。

 そんな子供を見ていた顔で、根気よく…私の言葉を待っている。

 

 …なんで…こうも、いつもと違うのか?

 格好をつけたくなるとか、言っていた。

 …お兄ちゃんとして。

 

「……」

 

 窓に薄く映る、私が見える。

 目つきも悪く…無愛想な顔。

 

 …。

 

 ……。

 

 なんのホラー映画だろうか?

 ほら。私はもう喋る気なんてないのにね…。

 

 …その窓に映る、私の口が動き出した。

 口の動きでわかる。

 こう言っている。

 

 お兄ちゃんの問いに答える。

 

 その答えは簡単。

 

 

 

 ―裏切られたから。

 

 

 

 そう、何もかも。

 

 まだアイツは、忘れている。

 

 アイツだけが忘れている。

 

 隊長はハッキリとは言わないが…アルバムの写真を見せてくれた。

 その一枚を探して…一番最初に見せてくれた…。

 何も言わなかったけど、ただ…普段見せない笑顔で応えてくれたんだ。

 

 …。

 

 アイツは忘れている。

 

 お兄ちゃんも思い出している。

 ハッキリと聞いている。

 全裸での告白だったけどね…。

 最悪な告白だったけどね……。

 

 …。

 

 助けてくれた。

 

 あの時と同じように。

 

 あの時、以上に…。

 

 でも、あの女は忘れている。

 

 …まぁ、それは別にいい。

 覚えていないと知ったのも、中学の時だから。

 

 …西住流家元のご令嬢だ。

 私は忘れるはずもない。

 

 だから、彼女も忘れるはずもない。ただ勝手にそう思っていただけだから。

 ただの期待だったしね。

 

 ……しかし思いの他、ショックだった。

 

「 はじめまして 」…の、一言は。

 

 でもまだいい。それはいい。

 また始めれば良いだけの話だ。

 

 ―裏切られた。

 

 引越し先で、まず履修したのが戦車道。

 唯一の繋がりが戦車だった。

 だからできた、だから続けられた。

 

 昔は大嫌いだった戦車が、好きになっていた。

 …なれていた。

 

 好きになれたのに……

 そう…一人、足りないけど、戻ったと思った。

 戻れたと思えた。戻れそうだと思えた。

 

 黒森峰高等部に上がり、西住先輩にも追いついた。

 無類の強さを誇った西住姉妹…。

 そして彼女は、副隊長。

 

 当時の彼女を、心の何処かで認めていた。

 憧れの先輩なのではなく、ただの同級生の彼女を。

 それは、西住隊長にも感じるモノと同じだったのかもしれない。

 

 口が裂けても言わないけどね。

 

 

 …。

 

 

 

 …そんな思いを…あの女が、全てぶち壊した。

 

 

 

 

 これが本音。

 ただの女々しい、私の身勝手な本音。

 理由なんて、いつも単純…。

 

 …戦車道から逃げた。

 

 黒森峰からではない。戦車道から逃げたんだ…。

 

 勝手に期待して、勝手に裏切られたと感じるのは、筋違いかもしれない。

 しれないが…あの女が、戦車道から逃げた事で、思い知った。

 

 何もしないで、ただ全て捨てて…逃げ出した。

 周りの期待も、私の期待も、何もかもを…捨てたんだ。

 

 ただ一度の事だけで…。

 今までの私は、なんだったのか…何もかも引っ括めて…確信した。

 ここまでの集大成。

 私が一番、許せない事。

 

 

 

 この女は、私を見ていない。

 

 

 

 

 幼馴染みと覚えていなくとも、友人だと思っていられなくとも…。

 仲間だと…少なくとも「戦友」だと、そう思っていたのに…。

 

 挙句。

 

 ……新しい学校で、新しい仲間を引き連れて……私達の前に現れた。

 

 初戦から準決勝まで…彼女を見るのが、辛かった。

 彼女の実力を見せ付けられる。自分との事を嫌でも比較してしまう。

 …そんな話でもない。

 簡単だ。

 

 楽しそうにしている、あの子が憎かった。

 

 全て捨てて…黒森峰までの事を全て捨てて置いて。

 新たに…よりにもよって、私の全てだった戦車道で、敵として現れた。

 裏切り…それ以外の言葉が思い浮かばない。

 

 何より…一番、腹立たしかったのが…。

 

 後で判明した事だけど、よりにもよって、お兄ちゃんと現れた。

 …最後のピースだったのに…。

 挙句…恋人? は?

 判明した時…本気で不抜けたあの女の顔を、引張叩きたいと思ったわよ。

 

「…俺か?」

 

 …そうよ。

 

 ふざけるなと、思ったわよ。

 

 嫌な事から全て逃げたしておいて、一番おいしいとこだけ持っていく…。

 西住隊長なら、まだ良い…。

 黒森峰の頃のあの女でも、まだマシ……。

 

 ただ…今のあの子では、どうしても…許せない…。

 

 お兄ちゃんとの関係で、西住姉妹の関係は修復しつつある。

 西住流としても、家元との関係も……。

 戻っていく…全て戻っていく……今のあの子を周りが受け入れて行く…。

 西住隊長は卒業する。

 あの女の横には、お兄ちゃんがいる…。

 

 

 

 …そして私は、また一人になる。

 

 

 

「ふむ…」

 

 ……。

 

 …………小さい。

 

 本当に小さい、理由。

 言葉にすると、自分の矮小さが嫌になる。

 

 ただの…嫉妬だ。

 

「…それが、エリちゃんの本音か」

 

 そうよ。くだらない…本当にくだらない理由。

 戦車道だってそう。

 なんだってそう…私の全てを…。

 

 逃げ出した女が、もう駄目だと思っていた…ただの思い出になり始めていた、そんな相手と。

 …人の初恋相手と現れた。

 これが、頭に来ないはずがないでしょうよ。

 

「……ぇ…?」

 

 はっ!

 …まぁ…とんでもなく変わっていたけどね。

 まぁーゾロゾロ女引き連れて。

 戦車道界隈で、男が有名になるんなんて殆ど有り得ないのにねぇ?

 西住キラー? 光源氏の再来? …聖グロリアーナ? アンツィオ? プラウダ? はっ!!!

 挙句…島田流の天才少女と婚約だとか…。

 ロリコンにまでなってるとは、思わなかったわよ。

 

「いや…あの…それはね? 色々とございまして…」

 

 所詮、男なんてそんなモノかと、思っていた。

 

 …でも嫌でも思い出す。

 

 西住隊長を拉致した時の事。

 …よりにもよって、家元に姉妹の為だけに喧嘩を売りに行った事…。

 

 何より…私を覚えていてくれた事……。

 

 

 ……決勝戦…。

 

 

 周りを巻き込んで…結局、見えてきたのは、昔と変わらない芯の部分…。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …だから……結局、今日だって…他県にまで……。

 

 ……。

 

 ……あぁ……そうか。

 

 結局…私は……この人が…。

 

 これからも見てくれると、あの時あの場所で断言してくれた。

 

 …尾形が…。

 

 

「…俺の事? 何?」

 

「……」

 

「…なんでしょう? いきなり、睨まれた」

 

「アンタ、さっきからブツブツと……独り言が、うるさい」

 

「……え?」

 

「いや…え? 独り言? え? 何言ってんの?」

 

「は?」

 

「あの…ずっとエリちゃんと、話してたよな? あれ?」

 

「何言ってんのよ。…いいから、黙って運転…しな……さ……」

 

「あれ…会話してたよな…俺が勝手に? え?」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いや、でもエリちゃん。ちゃんと返事を返して…あれ?」

 

「  」

 

「エリちゃーん…あの……耳真っ赤ァァ!!!??」

 

「  」

 

「ダメだって!! ここ、高速!! なんで、急に暴れだ…危ないからぁ!!」

 

 

「    」

 

 

「ほらっ!!! もう着く!! サービスエリア着くから!! やめて!! マジで! 事故るから!!!」

 

 

「         」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ……。

 

 どうしろと?

 

「  」

 

 サービスエリアのフードコートにて、白くなって突っ伏している、エリちゃん。

 

 動きませんね。

 耳真っ赤ですね。

 余計な事は、言わない方がいいですよね。

 

 ……。

 

 あぁ…テーブルにコツコツ、額をぶつけてるなぁ…リズミカルだなぁ…。

 

 車止まった瞬間、ドア開けて逃げようとしたのには、流石にビビった…。

 ロックかけていて正解だったね…。

 こんな夜の見知らぬ土地でなんて…更には高速道路上で鬼ごっこなんて、冗談じゃない。

 

 ……。

 

 ま、結局。腹は空いていたみたいで…素直にここまでついてきた。

 

 …素直にね。

 うん…多分。

 

「   」

 

「あの…エリちゃん? そろそろ食券買わないと…店閉まるよ?」

 

「   」

 

 ギリギリに来た客…そんな感じですからね。

 カウンターから、スタッフらしき方が、こちらを見ている…。

 

「…地元肉を使った、ハンバーグとかあるけど?」

 

 あ、肩がピクッと反応した。

 …やれやれ。

 

 

 

 

「……」

 

 買ってきた食事…。

 結局、反応はしたけど動こうとしないエリちゃん。

 

 まぁ、その例のハンバーグですが…。

 モコモコと結局、食べてくれましたしね…まぁ大丈夫だろ…・。

 めっちゃ涙目でしたけど…顔の色が凄まじかったですけど…。

 

 一言も喋ってくれませんでしたけども!!

 

 食事が済み、食器類を片付け…お茶だけ置いてあるテーブル。

 さて…どうしたものか。

 俯いたまま、微動だにしない。

 

 …今、本題とやらを話した方が良いか?

 

「…結局」

 

 ん?

 

「今回の事って…アンタは何がしたかったのよ。まさかただの本当に…カードトレード…なんて言わないわよね」

 

「……」

 

 ある程度、触りの部分は話していた為…だろうか?

 俯いていた彼女から、本当の目的を教えろと…力のない声で問われた。

 …まさか、エリちゃんから切り出されるとは思わなかった…。

 

「…はっ…無意識に全て、よりにもよってアンタに言ってしまった。だから、アンタも本音で話しなさいよ」

 

 いやぁ…うん。

 気持ちはわかるよ? 俺も同じ様な体験は…………腐る程したから…。

 感傷的になり、思っている事を車の中で、全て暴露してしまった。

 

「…じゃなきゃ…不公平…」

 

 ……。

 

 随分と一方的だな。

 

「ふぅ…さて、エリちゃん」

 

「……なによ?」

 

「んなら、ご希望に沿って…今回の俺の目的の、本命を言っておこうと思う」

 

「…本命?」

 

 下を向いていた顔が、少しこちらを見上げた…。

 目があった彼女…あぁ……泣いてるし…。

 まぁ…うん。それでも…今言っておこう。

 

「短い間だったけど…もう、エリちゃんと呼ぶのはやめようと思うんだ」

 

「…そ…そう」

 

 その目線を逸らし…何故か少し落胆した…声?

 

「だから、もう…ある意味での……兄妹ごっこは終わりだ」

 

「……ごっこ…」

 

 昔からの記憶…。

 気分や感情が高まると、俺を「お兄ちゃん」と昔の呼び方で呼ぶ。

 まぁ…俺も昔の呼び方で、彼女を呼んでしまっているから…それも連動してしまったのだろうけどな。

 これは…少々、危うい。

 だから…。

 

「随分と迷ったけど…今日のエリち…エリカの話で、何となく…分かったから。聞いたからこそ…踏ん切りがついた」

 

「…っ」

 

 何を思っているのか…何を考えているのかが、俯いた彼女からは上手く読み取れない。

 

「このままじゃ、良くない」

 

「……」

 

 エリカの本心を…話を聞いて思った。

 

 思ったより…根が深い。

 

 アソコまで、みほが忘れている事を気にしているなんて、正直思わなかった…。

 俺とまほちゃんが、思い出しているってのも…まぁあるのだろう。

 

 単純な理由なだけに、ある意味で難しい…。

 しかも今更、みほが思い出した所で、解決するとも…なんかもう、思えないしなぁ。

 本当に、戦車道に関しては許せる…許せたのだろう。

 みほの実力を見たからだろうか? ここら辺は、戦車を通じている彼女達にしか分からない。

 みほへの喋り方が、大洗ホテルの時に見た時…心なしか、少し穏やかになっていたしな。

 

 …何が、後…引っかかっているのだろうか?

 

「……はっ……それは…みほの為?」

 

 少し…震える声をだした。

 嘲る様な笑いも、今はキレがなかったな。

 

 ……。

 

「違うなぁ…みほは、今は関係ない」

 

「……」

 

 エリカの俺に対する態度が、少し変わった。

 お兄ちゃんと呼ばれるのは嬉しかったが、多分…これは昔の俺を見ている。

 エリカの本音を聞いた所……このまま続けると……みほの二の舞いになりそうだった。

 

 みほは思い出していないし、その場にいない。連絡も取る気なんてまったくないだろう。

 そして…まほちゃんも、いなくなる。

 

 結果…唯一の俺…。

 

 彼女は、思いの他…脆い。

 …そう感じる。

 一番、俺達の中で…過去に固執しているのは…彼女だ。

 

 だから…聞こた。

 俺の言葉が、何かの言い訳か何か…誤魔化す為の言葉に聞こえたのだろうか?

 絞り出す様な声が…。

 震える肩で、小さく呟いたのを…。

 

 

 ―お兄ちゃんも私を置いていく―

 

 

 これだ…。これが根っこ。

 やはりどこで、俺に期待していたのだろう。

 昔の関係を…続ける為に。

 

「決勝戦会場…あそこで俺は、これからは見ていてやるって、言ったんだ」

 

 ちゃんと見ていてやるって…。

 

「だから…君を昔からの…妹とかじゃなく…。ちゃんと、同世代の女性として、見ていこうと思う…」

 

「 」

 

「昔からの兄妹みたいな関係じゃなく……って……あれ?」

 

 カップが傾いていた。

 テーブルに広がる…液体から湯気が上がっている。

 あ…何か久しぶりに顔を見た気がする。

 しっかりとこちらを見ていた。

 

「じょっ……あ? せい!?」

 

「ん? まぁ…はい。そうです」

 

「…はっ……はぁ!? アンタ…今まで…も、そんな事ばかり言ってたんじゃないの!?」

 

 ……。

 

 何を顔を赤らめているんだろう。

 対等に見るって話なのだけど…。

 いや、しっかし…元気になったなぁ…急に。

 

「そもそも何よ! 見ているって!? ストーカーか、何か!?」

 

 やめてください…こんな公共の場で…視線を集めてしまいそうです。

 

「別に、特別な事じゃない。…俺が今まで、まほちゃんやみほに、してきた事と同じ事をするだけだ」

 

「なっ…」

 

 そう…あの4人で過ごした日々。

 俺が最大級…全力で…人生すら賭けたっていい人物。

 

「俺にとって君は、最後の恩人なんだ」

 

「……」

 

 ま…他の恩人様が、思いの外に手が掛かり…最後の恩人様の事は疎かになってしまったのは、素直に謝ろう。

 あの夏の日々は…俺の心を穏やかにしてくれた。

 腐った俺を、塗り替えてくれた日々。

 

 …だからこそ、全力で応える。

 

「…はっ…何よ…隊長達と同じ? じゃあなに!? 私が、隊長と同じで! 助けてって言ったら、来るの!?」

 

「行くなぁ~…多分…海外でも行きそう…」

 

「私が失踪して…どこか、別の学校に転校してたら…そこにまで…「ああ、行くな。行ってやる」」

 

 気がついたら、手を握り…頭を垂れて…叫びに近い声が聞こえる。

 

「…尾形、アンタ……八方美人も大概にしなさいよね…。今までの私の態度見てなかったの!? 普通ならっ!!」

 

「八方美人ね…はぁ……よく言われる…」

 

「当たり前でしょうが!」

 

「…別に誰に対しても、いい顔なんてしてる気なんてないのになぁ…」

 

「…ど…どの口がぁ…」

 

 ……。

 

 ま、そんな事を言う為だけに、ここまで来た。

 今は、まぁ……かなり予定とズレているけどな。

 

 気がついたらエリカは、俺の目を真っ直ぐに見ていた。

 先程までの、赤い顔はもうない。

 至極、真剣な眼差しで。

 

「尾形…」

 

「ん?」

 

 

「今から私、とんでもなく卑怯な事、言うわよ?」

 

 

「なんだろ?」

 

 立ち上がり、今度は俺を見下ろすような…少し、キツイ目。

 

「アンタは、私を見てくれると言った。…言ってくれた」

 

「言ったね」

 

「昔の事…何もかも、どうでもいい…アンタは、私を助けてくれると言ってくれた」

 

「言ったな」

 

 睨みつける様に…確認を取る様に…。

 

「…なら」

 

 一呼吸置き…ハッキリと言った。

 

 

 

 

 

「みほと別れて、私と付き合って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、んじゃ次は、寝る用意をしましょうか?

 

 この状態じゃ、このまま先に進むのはキツいだろうしね…。

 3時頃には、うまくいけば大洗に着けそうだったけど…まぁ仕方がない。

 

 …傍から見れば、ある意味俺は不審者だったよな…。

 まぁ…いいけど…。

 

 もう一つの目的である、コインシャワーのご利用を、エリちゃんがしております。

 はい。男性用と女性用…分かれている訳でもありませんので…見張り要因として、シャワーステーションと銘打つ部屋の前。その外におります。

 鍵が締まるので、問題ないと思うのだけど…時間も時間だし、そこから車にまで戻るのも…女の子一人では怖いのだろう。

 と、いうか。俺が心配。

 

 …しかしよく、俺に見張りなんぞやらせたな、エリちゃん。

 

 いや…エリカ。

 

 いつもの様に覗くなとか、色々言われると思ったのに…すごく…喋ってくれません。

 

 …というか、目すら合わせてくれません。

 

「……」

 

 …助けてくれたお礼。

 それでもいい。なんでもいい。

 

 そんな、足された言葉。

 

 先ほどの言葉が、頭をぐるぐると巡り巡る。

 

 

 

 窓から映る、ゆっくりと走りだす車や、その奥で木々の間から見え隠れする、車のヘッドライトの光を見て思い出す。

 それこそ数分前の言葉。

 

 

 …付き合って……か。

 

 ……。

 

 

「……出たわ」

 

「あっ…あぁ、はい」

 

 声をかけられた。

 コインシャワーから出てきたエリちゃん。

 

 高速道路に上がる前、チェーン店の安い服屋で、購入した服を……着てない…。

 

 ハーフパンツッぽいのを履いているのだけど…上が「熊出没注意」だった…。

 あれ? 買って押し付けておいてなんだけど…なんか、他の買ってなかったっけ?

 

 その出で立ちに、後ろで髪の毛をまとめていた。

 

 いや…本当に雰囲気が変わるものだ…。

 

「…なんで、ガッツポーズ取ってんのよ」

 

「ポニーテールって、結構好き…」

 

 ……。

 

 …解かれた。

 

 少しはまともに、話せる様になったのだろう。

 が、どこかまだ様子が変だった。

 

 車まで同行し、今度は助手席ではなく、後部座席へ。

 少なくとも、ここなら横になれるだろう。

 

「…アンタは、どうすんのよ」

 

「あぁ、俺も一回シャワー浴びてぇ…何処かで少し寝る」

 

「…は?」

 

 財布から小銭入れだけ取り出して、車の鍵と貴重品をエリちゃんに預ける。

 着替えは…正直、同じく「熊出没注意」でいいや。

 と、いうかソレを端から着るつもりだったので、服は購入していないしな。

 ズボンは、ジーパンだし、履きっぱなしで構わないだろ。

 

 3、4時間も寝れれば大丈夫だろ。

 若い体っていいね。

 

「…ちょ…は? 何処かって、何処よ!」

 

「フードコートとか? 休憩室のソファーとかかね? トラックの運ちゃんとかと枕を共にします」

 

「……なっ」

 

「慣れてるから、大丈夫」

 

 

 その一言だけ言って…後はさっさと車を離れた。

 何か言いたそうだったけど、他に選択肢はありませんからね?

 同じ車の中でなんて、流石にちょっと…ないよなぁ?

 人気の無い…そんな休憩室へと向かう…。

 

 

 

 

 -------

 -----

 ---

 

 

 

 

 なんて事が…昨日の最後の記憶…。

 

 ソファーに寝転がって、腕を枕に寝たはずが…耳元に何故か、別の柔らかい物を感じる。

 この柔らかさは、俺の腕じゃねぇ。

 …こんな柔い…あたた……

 

 と…取り敢えず、時間だ…。

 ズボンから携帯を取り出すと画面を確認。

 …朝の……4時半。

 視界に映る、携帯画面。

 

 …と……何か白いのが…。

 

「チッ…もう起きた」

 

「…何してん」

 

 エリちゃんが、膝枕でオコシテクレマシタ。

 

「…わ……悪かったわね。起こしちゃって…」

 

「……いつからでしょう?」

 

「30秒前」

 

 ……。

 

 …………は?

 

 体を起こし…周りを見渡すと…トラックの運ちゃんっぽい人達が2、3人いた。

 みんな寝ている為に、ここは静かだった…。

 並んだソファー…その隅っこで寝ていたのが、ある意味で幸い…したのだろうか?

 

「…なんか、頭をお越して…膝に乗せたらアンタが目を覚ましちゃったのよ」

 

「……30秒前」

 

 もう少し…なぜ……俺は、寝ていられなかった……。

 

 

 

 …違う。

 

 

 

「体が痛い…車の中で寝るのって…結構大変なのね…余り寝れなかったわよ」

 

 …ま、そうだろう。

 短時間なら大丈夫だけど、慣れないと後部座席でもね…。

 普段寝ない姿勢で寝るからだろうか?

 ……。

 

 さ……て。

 

 他に寝ている人もいる。

 騒がしくすると迷惑だし…目が覚めてしまったら、さっさと行動にでよう。

 エリちゃんは、4時頃に目が覚め…俺の様子を見に来たそうだ。

 二度寝もできない状態だしね…。

 

 即座に出発…ってのも、寝起きだとちょっと怖い。

 せめて眠気覚ましと、取り敢えずは、外のベンチへ。

 

 夏本番ということもあり、日の出が早い。

 …すでに紫色にも似た空が広がっている。

 

 ふむ…体がガタガタ言っているね…。

 

「ふぅ…さて、エリカ」

 

「……なによ?」

 

 彼女はベンチに座り…カップ自販機で購入したコーヒーを、ゆっくりと飲んでいた。

 夏場とは言え、大分と北まで来たんだ。

 早朝の気温が、少し肌寒く感じる……ので、ホットで。

 座っている彼女を見下ろし…ちゃんと言っておこうか。

 

「寝起き早々で、申し訳ないのだけど…」

 

「……」

 

「この分なら、多分…8時くらいには、大洗には到着できると思う」

 

 ま…正確には、学園艦の俺の家の前…にだけどな。

 車も返さないといけないしね。

 

 カップの湯気を遮り、上目使いで訝しげに見上げてくる。

 うむ。時間を開けた甲斐があり、ある程度…ちゃんと普通に会話してくれる。

 

「…そっ」

 

 …前言撤回。

 すげぇそっけない。

 

「なんて顔してるのよ。私の事、振っておいて? 優しく声でも掛けられると思ったの?」

 

 膝枕してくれたのに…。

 

 

 ……睨まれた

 

 

 昨日のあの言葉。

 

 俺は即答した。

 

 みほが、いるから無理だと。

 

 即答。

 

 迷いもなにもなく、ただ答えた。

 

 …初め、彼女は卑怯な事だと言っていた。

 

 俺達の関係性を何もかも、ひっくるめての発言だった。

 

「……」

 

「……」

 

 そんな返事を返した俺を、彼女は無表情に…見下ろしていた。

 そして先程と、同じセリフ…

『そっ』

 その一言で、会話が終了した。

 

 はぁ…。

 

 こうしていても、仕方がない。

 …さっさと出発しよう。

 座っていた椅子から、立ち上がり…彼女に声を掛ける。

 

「んじゃ、飯食って出ようか?」

 

「えぇ」

 

 ……。

 

 …………?

 

 彼女は立ち上がらない。

 返事を返した姿勢から動かないで、ただ俺の目をまっすぐ見ていた。

 

「尾形、一つ聞かせて」

 

「…なに?」

 

「昨日の事、アンタは…()()()()()()()無理だと言った」

 

「そ…そうだな」

 

 …まさか、はっきり言われると思わなかった…。

 

「…じゃあ、もし。みほと付き合っていなかったら…どうしたの?」

 

「……」

 

「西住隊長もいる。他の高校の連中もいる。それら引っ括めて…どうなの?」

 

「……」

 

「全てバレているから…もう恥も何もない。だからはっきりと聞く。…アンタはもう、妹を見るみたいな目線で、私を見ないと言った」

 

「……」

 

「…女性として見るとも言った。だから、しっかりと答えなさい」

 

 どうなのか?

 

 …ま。こりゃ、誤魔化せないな。

 いや…誤魔化しちゃいけないな。

 

「…正直…分からん。その場合…やっぱりチラつくのは、あの二人の顔だと思う」

 

「……」

 

「ただ…」

 

「ただ?」

 

「…エリカとそう言った関係になれるのは……正直、嬉しく思う」

 

「……」

 

「んぉ? 言い方がダメだな…有り? いや…楽しい……違う……」

 

「…何言ってるの、アンタ」

 

「……」

 

 上手く言葉が見つかりません…。

 

「じゃあ…アンタが、みほと付き合った理由……私にも当てはまる?」

 

「理由…? 自然体って奴か?」

 

「そう…」

 

 いや…まぁ……なんでそんな事…。

 しかし…エリカか…。

 

「結構…しっくりくる…」

 

「……」

 

「でも、なんでまた、そんな事聞くんだ?」

 

「別に…ただの確認…」

 

「確認?」

 

 

 

「………………」

 

 

 

「エリカ?」

 

「いえ? なんでもないわ。…後、これ。返すわ」

 

 …封筒を差し出された。

 それは、俺が用意した物。

 

「…あの…トレード……」

 

「大丈夫よ。家元のカードは、アンタにあげる」

 

「は?」

 

「その…あれよ!! やっぱりっ! 自分自身で買って…出したくなった…の…」

 

「は? いや…でも、そろそろ販売が終わるぞ?」

 

「……そうね」

 

 話はそこまでだと、エリカは後ろ姿を俺に見せた。

 急になんなんだ?

 

「いいから。あぁ、後、アンタは私を好き勝手呼ぶから、私も好きにアンタを呼ぶわよ?」

 

「…ぇ? なに!? 本当になんなの!?」

 

 一人でフードコートへ向けて歩き出すエリカ。

 何か最後に口が動いていたから、何かを呟いていたのだろう…が、それは聞こえなかった。

 夜が開けて、新しい一日が始まるというのに…悪寒にも似た…何かを感じた。

 少し振り向き、こちらを見るエリカは、何故か微笑みにも似た、表情を浮かべていた。

 

 …また…口が動いたが…それもまた、距離もあって、聞こえたなかった。

 

 

 

『 やっぱり…あの子は邪魔 』

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「おはよう、華!」

 

「おはようございます、沙織さん。なんだか、今日も…その……元気ですね!」

 

「意味なく言い含むのは、やめて!」

 

「……」

 

「おはようございます! 五十鈴殿!」

 

「はい。おはようございます」

 

 朝、8時頃。

 寝ている麻子さんを連れて、沙織さんが訪問してくださいました。

 今日は、詩織さんが同行していませんねぇ?

 この前までは、元気でしたのに…。

 

「…あぁ、詩織? ノンナさん見て、絶望してたわよ? いい気味よね!!」

 

「沙織さん…」

 

「いいの……えぇ……もう…」

 

「……」

 

 複雑なのでしょうね!!

 

「…なぜそんなに、楽しそうなのでしょうか? 五十鈴殿は…」

 

「そんな事ないですよぉ?」

 

「隆史殿、やっぱりまだ帰ってきてませんか」

 

 大方の事情は、皆さん知っています。

 昨日、熊本へまで、はるばる出かけて行った家主様は、まだご帰宅にはなっていません。

 

 ですので…。

 

「本日は、もう一人、お客様ですね」

 

「あはは…。隆史君、いないんだ…」

 

 優花里さんの後ろ…見慣れたもう一名様のお客様。

 

「おはよう。ごめんね? 朝早くに」

 

「いえ。大丈夫ですよ? 隆史さん、早起きですからねぇ。慣れましたよ?」

 

「ウフフ…まだ、同居開始後、1日しか経ってないよね? 慣れるものかなぁ?」

 

 

「「「 …… 」」」

 

「…なぜ、小山先輩がいるんだ……」

 

「あ、麻子。起きたの?」

 

「…この濃い意識のぶつかり合いの中…寝ていられるほど、図太くない…」

 

 はぁい。

 

 本日のお客様は小山先輩です。

 

 なんの用で来たやがりましたの……

 

 

 

 

 何の御用で、いらっしゃったのでしょう?

 

 

 

 

「今日はね? 隆史君に連絡事項を伝えに来たの。例のエキシビジョンマッチの件で、会議…というか、他校の生徒達と話し合いの場を設けたので…」

 

「聞いてません」

 

「後、同居住まいの確認。それと…風紀委員のお手伝いの日取りが決まったので、その報告ね?」

 

「聞いてませんよぉ?」

 

「ほらっ! 私、お姉ちゃんだし!!」

 

「関係ないですよねぇ?」

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

「い…五十鈴殿…。あの小山先輩と…よく張り合えますね…」

 

「小山先輩の目が、段々と濁っていくな」

 

「ん…あれ?」

 

「なんですか?」

 

 

 優花里さんの声で、気がつきました。

 いつの間にか立っていた女性。

 格好は…あら…白いワンピース。

 清純って漢字が当てはまりそうな…とても清らかな女性…。

 そんな女性が、敷地の入口…表札の前に立っていました。

 

 あ…私と目が合いました。

 

 

「「「「「 …… 」」」」」

 

 そして、優花里さんの一言が、皆さんを納得させました。

 

 

 

「またですか? タラシ殿…」

 

 




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