転生者は平穏を望む   作:白山葵

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第08話 黒幕

 でーと

 

 ハッキリと言い切ったエリリンは、俺が買って…ほぼ押し付けた様な熊のTシャツを着ている。

 静岡県で…って事も、何もかも普通に…そう。

 

 ごく普通に報告をした。

 

 その後、夜通し車で帰ってきた事…。

 サービスエリアで車内泊をした事…。

 携帯電話で、まほちゃんと会話を済ませた後の経緯すら、普通に話している。

 …はい。

 

 文字に起こせば、一行。

 

 他県で待ち合わせして、飯食って、服買って…そのまま二人で、車でここまで長距離運転…ってだけ。

 

 場の空気が重い。

 重圧が凄まじい…。

 

「…隆史。一泊? 泊まった?」

 

 まほちゃんが、組んでいた腕を離した…。

 スッと…。そのままダランと、腕を下ろした状態で、過去ここまで睨まれた事ないよな…って感じの鋭い目つきで見上げてくる。

 サービスエリアでの事に、即座に反応をしていた。

 

 その視界の先…みほは、顔を俯かせて…下唇を噛んでいた。

 思いっきりだろうか? シワが見える程…。

 客観的に見れば、そうだね…浮気だよね? 完全に…。

 

 事情が事情だったし、口裏合わせなさいよ? と言っていたエリカから、まさかの大暴露。

 

 周りのみんなの顔は見えないが…ただ一人…。

 

 この現場で、非常に合わない表情の人が一人。

 華さんが…とても輝く笑みを浮かべていた…。

 

 すっごい、キラキラしてるぅ…。

 

「したな? …遂にしたな。父と同じか? お前は。普段浮ついているが……肝心の所は、真面目だと信じていたのにな…」

 

 みほに変わってか…まほちゃんが、押し殺したか声で、口を開いた。

 信じていたって…あの…。

 常夫さんや。娘さんに、引き合いに出されてますよ…。

 

 

「ま…まほち「 裏切ったな? これは完全に浮気 『 違いますよ? 』」」

 

 

 俺の発言を、被せて断罪してきたまほちゃん。

 それを更に被り気味で…エリカが、ハッキリと言った。

 ここで、みほも少し顔を上げた。…が、前髪に隠れ…目が見えない…。

 

「……」

 

 華さんは…何か、余計な事を言うなと言った、顔をしているけど…さぁ…。

 

「違う? 何がだ? 何が違う! エリカ。よもや、お前に「 私が、隆史と会っていたのは、カードを渡す為です 」」

 

 もう、怒りを抑えきれない…といった感じのまほちゃん。

 そのまほちゃんに臆する事もなく、発言させまいと、淡々と口を開くエリカ。

 

「カード…だと?」

 

「えぇ。戦車道チョコカードです」

 

「…何をくだらない。…言い訳をするならば、もっとマシな…「 家元のカードですけど? 」」

 

 

 

 

「「 …… 」」

 

 

 

 

 あ。

 

 西住姉妹の体が、硬直した…。

 そして怒りと殺気が、一気に霧散した…。

 別の怒りは感じますけどね! またか? と言った視線を感じますけどね!!

 

 

「それに後…西住隊長は、すでに昔の事を思い出されているはずですし…お分かりになりますよね?」

 

「な…何が…だ?」

 

 本当に事務報告の様に…淡々と話すエリカ。

 何故だろうか? 目の色が違う。

 迷いも何も無い…まほちゃんをまっすぐと見ている。

 

 まほちゃんの怒気と、みほの不穏な気配に何も感じない。

 そんな姿勢に、今では逆…まほちゃんがそのエリカの態度に、圧倒され始めている。

 しほさんのカードの後、攻守が一気に逆転した…かの様な感じ。

 攻守も何もないのだけど、そんな風に思ってしまった。

 

 …そして、言った。

 

 

「みほと私の……関係を修復させたかったみたいです」

 

「…………」

 

 それ言っちゃうのですか…。

 まぁ…うん。別に良いけどさ…どうしたのだろうか、エリカは。

 あそこまで、聞く耳持たないって感じだったのに。

 

「…はっ。今更ですけどね。人に見られたくなかったんでしょう?」

 

「なる程…そうか。そういう事か」

 

 まほちゃんだけは、その言葉に即座に反応…納得した。

 肩が下がり、完全に怒りは収束している様に見える。

 俺を見る目が、一気に変わった。

 

 またお節介か…と、呟きが聞こえた気がした。

 

 …早いなぁ…。

 

 浮気を疑われるよりマシだけど、家元のカードって発言だけで、即座に負の感情を霧散。

 エリカが遠まわしに言った…みほとの事で、完全に元に戻った…って感じだ。

 

「確かにサービスエリアに宿泊しましたが…こいつは、そこの休憩室のベンチ。私は鍵が掛かる、車の中で寝泊りしただけです。疑われる様な事なんてありません」

 

「……むっ」

 

 止まらない。

 何故だろうか? 淡々と話す事実が、遠まわしにこの姉妹を、責めている様に感じるのは。

 いや…エリリン、本当にどうしちゃったの?

 

「そもそも、変な誤解を招きたくない事。それと後、隆史の姉が、ここに来る事がアレに掛かってきた電話で判明した為、その姉と西住隊長と鉢合わせしないようにと、多少無茶してでも、急いで移動する事にしたってだけです」

 

「そ…そうか」

 

「…先程までの、あの姉と隊長のやり取りを見ていれば、嫌でも心配になるでしょうね? 分かりますよね?」

 

「……ぅ」

 

 た…畳み掛けている。

 すっごい早口で、なんだろう…何をどう畳み掛けているか分からないが、すっごい早口だ。

 あのエリカが、まほちゃんに対して、焦るわけでもなく…感情的になる訳でもなく…。

 ただ普通に喋っているだけなのに…そう感じる。

 

「この趣味の悪いTシャツも、隆史がいつもの様にはしゃいだ…アンツィオじゃないですが…ノリと勢いって奴じゃないですか?」

 

「……」

 

 何故だろう。その言葉で皆が納得してました。

 初め、ペアルック…とか、呟いていた柚子先輩も、なんでか頭を押さえていた。

 …好きなんすか? そういうの。

 

「少なくとも私は、必要でなければ、こんな趣味の悪いの購入すらしませんよ」

 

 趣味が悪い…。

 否定はしないけど…着てるよね?

 その趣味の悪い、熊さん着てますよね? 昨晩から……あ、睨まないでください。

 

 

「そんな訳だから…みほ」

 

 

「…っ!?」

 

 

 まほちゃんではなく、今度はみほに対して声をかけた。

 すでに頭を上げ、顔が見える。

 目が少し赤くはなっているが、何か納得したのか…普段と変わらない表情だった。

 

「…エ…エリカさん」

 

「……」

 

 みほが、エリカの名前を呼んだ瞬間、一瞬顔を顰めたが、すぐに戻り…。

 

「だから、昔の様に呼ぶなと……まぁいいわ。その方が隆史が喜びそうだし…我慢してあげる」

 

「…………」

 

 なぜ俺を見る…そして、なぜそこで俺の名前を出すんだ…。

 

「ま、だから? 変な事もないし、ましてや浮気とやらからは、到底程遠い一日だったから…それで、アレを責めるのはよしなさいよね」

 

「…は…はい」

 

「西住隊長も…ですよ?」

 

「わ…分かった」

 

 

 な…何?

 

 

 何!? 今までの流れ!!

 

 

 エリカは、俺の代わりに事情の説明を淡々としてくれた。

 

 有無を言わせない。そんな力技にも似た、静かな迫力…。

 そんな態度だったので、説得力があるのか…それに対しては誰も口を出さなかった。

 

 …出さなかったけど!!

 

 なに!? え!?

 

 すごい悪寒を感じる!!

 

 庭に立つエリカは、ヤレヤレといった、気怠そうな溜息を吐きながら…それでもキツイ目で俺を横目で睨んできた。

 

 ……。

 

 違う。

 

「はっ…」

 

 そして周りに聞かせる様な呟きを、いつもの吐き捨てる様な、そんな笑い方と共に吐き出した。

 

「…こんな事位で、右往左往…一々怒ってたら、身が持たないじゃないの?」

 

「……」

 

「あっさり、浮気してる。…なんて、そんな考えに辿り着くなんてね。信用してないのねぇ…。 ねぇ、隆史」

 

「俺っ!?」

 

 いきなり振られた…すでに目が楽しそうですね!! 隠そうともしねぇ!

 今の言葉は、みほに向けていた……んだよな?

 まほちゃんが、少し目を逸らしたのが、目端に見えた。

 

「……」

 

 もしかして、まほちゃんに対しても言っているのか?

 

「い…いや、まぁ…。みほからすれば、状況説明無しに聞いていれば仕方がないだろ…。俺が逆の立場なら多分…激怒するだろうし」

 

「……フーン」

 

 若干言い訳地味た物言いに、みほが少々目を見開いた。

 激怒するって所…だろうか? 少し嬉しそうだけど…。

 

 あ…。

 

 反面、エリカの目が細くなった…。

 

 なにっ!? 何、この状況!!

 昔の4人が、今この場で集まれているといった状況。

 みほは、まだ思い出していないかもしれないけど…なんだろう! すっごいデジャヴを感じる!!

 

 …なんか……昔あったような…。

 

 

「まっ、こんな所です。もういいですか? 隊長。くだらない事で、これ以上時間を取られたくないです」

 

「あぁ…」

 

 くだらない…はっきりと言ったエリカは、いつものエリカで…でも、なんだろうか?

 どこか嬉しそうなのは…。

 話はここまでと、体を動かした。

 それに釣られ…座っていた皆も腰を上げ、何か呆然としているみほへと向きだした。

 まほちゃんは…そんなエリカをじっ…と眺めている。

 

 酷く…無表情で…。

 

「(…はっ…こんな関係なら…簡単そうね)」

 

「なに?」

 

「なんでもないわよ。それよりいいの? あの子、玄関に置きっぱなしだけど」

 

「あ…そうだった。姉さんの殺気で、逃げてなきゃ良いけど…」

 

「それは、分からないけど…玄関の中に入れておいたんでしょ? 逃げはしないでしょ」

 

 まぁ、あの大きさなら、家の中にも入れないと思うけど…。

 

「…そうだな。一区切り付いたし…連れてくるか」

 

「日本語は正しく使いなさい。一区切り、付けて上げたんでしょう?  ワ タ シ が 」

 

「…そうっすね。ありがとうございました」

 

「そうよ。感謝なさい」

 

 口元を緩め、そんないつもの、どこかキツイ発言。

 

 …気が付けば、エリカと普通に話す事に慣れていた。

 誂う事もしなければ、大げさに茶化す事もしない。

 

 …軽口を叩ける程に。

 

 そんな俺達を、じっ……と、見ている。

 

 みほと…まほちゃん。

 それと……華さんと柚子先輩…。

 

 …。

 

「な…なに?」

 

「…なんでもないよ。ただ、涼香さんに言われた事を思い出していただけ」

 

 ど…どれの事だろう!?

 いかん…空気がまた澱んで来た!

 みほには…まぁ、今晩にでもちゃんと俺の口から話しておこう…。

 

「とっ…取り敢えず!! みほ、華さん、マコニ……麻子」

 

「おい、書記。なぜ今回はちゃんと呼んだ」

 

「……い……いや…ほら…お客様いらっしゃってますし」

 

 何故だろうか。

 まほちゃんと、エリカの前だと、その愛称で呼ぶのは避けた方が良いと…本能が呼びかけいた!

 

「…なに? 隆史君」

 

「なんでしょう?」

 

 呼ばれた二人が、俺に向き直してくれた。

 

「今言うのも、なんですけどね? というか…言わないといけないのだけど…」

 

 正直、この三人以外の前で、こういうのは何ですけどね…。

 でもちゃんと、同じ空間で暮らしていくのだから、しっかりと聞いておかないと。

 

「…同居人。増やしていい?」

 

 

「「「 は? 」」」

 

 

 はい、聞こえました。大きな溜息。

 

 複数だな…。

 

「先程の物言いからすると…エリカは知っているのか?」

 

「えぇ。一緒に来ました。玄関で待たせてますね」

 

「……また女か」

 

「そうですね」

 

 

《 …… 》

 

 

「え…えりかさん。言い方…」

 

「何が違うのよ。その通りでしょ? えぇ可愛い、女の子でしょ?」

 

「そうだけど!! チョッ!? まって!!! イロイロと違う!!」

 

「さっき、随分とベタベタと、擦り寄られてじゃない」

 

「…ぐ…」

 

 否定出来ないけど! ワザと? ワザと、んな言い回ししてんの!?

 すっげぇなんか、楽しそうですけど!?

 

 

「隆史君」

 

 

「な…なに?」

 

 みぽりん!!

 

 …あれ?

 

 普通だ…。

 態度…というか、特に気にする様子もなく、普通の状態だ。

 何かを悟った? そんな感じ…。

 先程から、コロコロと表情を変えるなぁ…。

 

 そんな彼女は、笑顔で…。

 

 

 

「取り敢えず、連れてきて?」

 

 

 声とは裏腹に…視線は、シレーとしているエリカを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 例の隆史君のお姉さん襲撃事件より、3日後。

 

 大洗の生徒会長室で、久しぶりに…本当に久しぶりに生徒会役員だけの空間が出来上がっていた。

 そろそろお昼休憩が終わる時間…漸く、隆史君は登校をしてきてくれた。

 

 本日、戦車道強豪校。その各学校の代表者達を招き、集まっている、エキシビジョンマッチの為の会議が、大洗学園で行われていた。

 また…また! 昨日まで隆史君は、他県へと出かけて行ってしまっていたのだけどね…。

 今日の予定の事は、伝えてはあったのだけど…それでも申し訳がないけど…って、言ってはくれたけど…。

 

 なんとか、午後には参加できるって事だったので、それなりに安心はしてたのだけど…うん。

 …変に詮索なんてしたくないけど…また無茶してないのかな?

 

 ……まぁ。また西住さんのお母さんとお出かけだったみたいだけど…。

 

「…隆史ちゃん」

 

「尾形書記…お前な……」

 

 生徒会室のソファーに座り…同じく向かい合って座っている私達。

 いつもの違う隆史君に、どんな言葉をかけていいか、分からなかった…。

 

 …だって。

 

「なんですか?」

 

「なぜ、学校に犬を連れてきている!!!」

 

「可愛いでしょ!!!!!」

 

「んな事は、聞いとらん!!!!」

 

 

 はい…隆史君が、犬を抱いて座っていました。

 言い辛かった事を、桃ちゃんが大声で言ってくれた…うん。

 

 真っ白い…少し紫掛かった綺麗な毛並みの子犬。

 

 

 種類は分からないけど、どこか品のある顔立ち。

 野良だったのかな? その顔の右側に、少し傷がある…。

 それすら気にすることもなく、すでに溺愛しちゃっている隆史君。

 

 一昨日も見たけど、改めて見ると…少し柴犬に似てる…でも、それでも違うだろうし…。

 

 …なんて犬種だろう? 

 

 一昨日の彼が西住さんへ紹介した、隆史君宅への、新しい同居人。

 正確には、同居犬? …日本語が変だね。

 あのギスギスした、何とも言えない空気を、この子がかき消してくれた。

 

 彼が玄関から連れて来た時、周りの反応がすごかったしね…。

 うん…女の子だもんね。可愛い可愛いの連呼だった。

 

 ただ…西住さんと、そのお姉さんが…すっごい驚愕といっていい程の…口を開けたまま驚いていたのが印象的だった。

 

『 た…隆史が、犬を抱いてる… 』

『 初めて見た…噛まれてない…隆史君が動物に懐かれてる… 』

《 え… 》

 

 はい…。どうも隆史君は、昔から動物と言った類に頗る嫌われる体質らしくて…。

 猫は一定の距離を保って、尻尾を振り…犬は唸り、噛み付いてくる。

 

 動物園とかの、そういった施設なんて、行こうモノならすごい事になるって、その時西住さんから教えてもらった。

 猛獣と言われる種類は、もう…ずっと興奮して唸っているし、温厚な像とか…そういった種類は、裏に隠れてしまうんだって…。

 

 でも、隆史君自身は、動物がすごく好きらしく…特に犬。

 その体質のセイで、毎回本気で落ち込んじゃうらしくて…。

 西住さんの実家で飼っている犬にも、手を本気で噛み付かれながらも、それを囮に頭を撫でるという行為を昔からしているって、ちょっと悲しくなるエピソードを聞いた。

 

『 この子、飼っていい!!?? 』

 

 その前の事は、すでに忘れたかの様に、その子犬を掲げ、同じく同居人の3名に聞いていた。

 …その…初めて見る、すっごい純粋な子供の様な隆史君のキラッキラ光る目に、黙って頷くしかなかった3人でした…。

 後は…もう、すっごいはしゃぎっぷりだったんだよね…。

 この隆史君が、あそこまで喜ぶ姿って…多分この先見れない気がする…。

 

 そして今は、隆史君の頭に、帽子の様に乗っている子犬。

 そのまま短い尻尾をブンブン振っているのが、可愛い…。

 

「…ぬっ…」

 

 あ、桃ちゃんが目を逸らした。

 

「ふ~ん。隆史ちゃん、犬好きだったんだぁ」

 

「大好きですね!!! この子以外に、唸られた事位しか思い出ありませんけど!!」

 

「……」

 

「ほら…ホームセンターとかでも…ペット扱ってる所って、あるじゃないですか」

 

「あるねぇ」

 

「動物自体、…癒してくれるから、すっごく好きでしてね…よく見に行ってたんです…」

 

「あ~。奥とかにあるよね。ショールームっての? いるねぇイッパイ」

 

「そうそう…。でもですね? 入店して…そこに近づくと、売られている子犬達が…一斉に吠え出し…威嚇して…猫もフーフー言い出して…」

 

「あらぁ…」

 

「…青森にいる時に、その為、店から出入り禁止を喰らいました…」

 

「……」

 

「こんな風貌も相合わさり…何かしてるのでは? って疑われた結果です…」

 

「……そ…それは…」

 

「だからッ!! この子拾いました!! だって怯えません!! 威嚇しません、吠えません!!! 懐いてくれるんです!! 懐いてくれるんですよぉ!!??」

 

「あ~~~……」

 

「昨日! 東京行ってて、会えませんでしたから連れてきました!!! 今、夏休み!! 学校!! 休み!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「か~しま…」

 

「は…はい」

 

「ま、なんか悲しくなっちゃったから…今日だけは、勘弁してやって…」

 

「会長がそう仰るなら…まぁ…」

 

 デレデレな、締りのない顔になってるなぁ…隆史君。

 今までの動物に嫌われ続けている経緯を聞くと、なんか…かわいそうになってくる。

 今日だけはって事で、会長も許しちゃったね。

 

 あ、そうそう。

 

「隆史君、その子の名前、決まったの?」

 

「あ、はい! 決まりました!!」

 

 そう。この子を連れて来た当日。

 名前が一切、決まらなかった…。

 飼っていいって事で、ではまず名前を…って、当然なる。

 なったのは良いのだけど…彼。

 

 ネーミングセンスが……ひどい。

 

『隆史殿、この子の名前は決まってるんですか?』

『ん? まぁ候補程度だけどな』

『え? そうなの? って…なんで私の顔見てんのよ…』

『…なんで、逸見殿と私の顔を見比べてるんですか?』

 

『 深 い 意 味 は な い よ ? 』

 

『『 ?? 』』

 

『と…取り敢えず、予防接種しに行かないとな!』

『お医者さんに連れて行くなら、最初に名前つけないとダメだよ? 隆史君。診察券とか作る時も必要だし…何より名前が無いのは可愛そうだよ』

『みほは、流石に慣れてるな。まほちゃんもか』

『で? 名前はどうするんだ? 候補があるって言ってたな?』 

『えっと…。まずは……ちょろまる…ちょいちょい……ちょへろう…』

 

《 …… 》

 

『剛雷号……質実剛健丸…ちょびぃ……ちょむす「まって!! 待って隆史君!!!」』

 

『なに?』

 

『ちょびぃってなんだ!? なんで、一瞬私を見た!!』

『アンチョビさん…』

『二つほど、毛色が全く違うのがでたな…』

『…相変わらず、こういった事のセンスがひどい…』

『そうか? 和式で攻めてみたんだ!!』

『名前で、攻めちゃダメ…。子犬がなんか、震えてるよ?』

『……』

 

 

 …流石に可愛そうだよ…。

 本気で、何が悪いか分からないって顔してたけど…。

 聞いておいてなんだけど、決定した名前を聞くのが、怖くなってしまった…。

 

 

「…俺が和式で考えると、一斉にブーイングというか、青い顔が並んだので…」

 

 まぁそうでしょうね。

 

「洋式でつけてみました。カタカナですね!!」

 

「う…うん」

 

「なんでか…それが一番しっくりきまして…。というか、なんか皆が即答で、それが良いって頷いたので、決定しました」

 

「そ…それで、なんてお名前なの? この子」

 

「クリスです」

 

「…………」

 

 まともだ!!!

 

 まとも過ぎてびっくり!!!

 

「い…いい名前!! それがいいっ!!! 良かったね! クリスちゃん!!」

 

「……うん。決めた時、みんなが一斉に、今の柚子先輩と同じ顔をしたのを覚えてます…」

 

 それはそうだよ!!

 

 和風と洋風で、こうも違いがあるのにもビックリだよ!!!

 頭の上にいるクリスちゃんが、小刻みに震えてるよ!?

 

「その…スカーフみたいなのは、首輪の変わり?」

 

「いや、この下に首輪はしてますよ? 飼い犬に首輪を着けるのはマナーです!! これは…ただのおしゃれです!!」

 

「…へ…へぇ」

 

 隆史君がおしゃれとか、言い出した…。

 

「しかもその首輪中に、ICチップを入れましたから、迷子になっても安心!!!!」

 

「……」

 

 あ…ダメだ。これ暫く続きそう…。

 しかし、変に熱弁する隆史君の頭の上を見ている桃ちゃんが、それを止めてくれた。

 

「器用な犬だな。頭から落ちんのか……はぁ…もう、犬の話はいい。尾形書記…もうすぐ午後の会議が始まるから、そこからお前も出席しろ」

 

「はい~」

 

 キリがないと、桃ちゃんが話を締めてくれたけど…隆史君…。

 器用に、頭の上のクリスちゃんの頭を撫でてる…。

 

「ねぇ…小山」

 

「なんです?」

 

「隆史ちゃん…将来、すっごい過保護な親馬鹿になりそうだよね…」

 

「あはは~、あの様子じゃ、目に浮かびますね」

 

「だねぇ~」

 

 あはは~…杏の私を見る目が、少し笑ってないぃ。

 あ、いけない会長だった。

 

 …うん。流石にね…私も露骨すぎたから、会長にはバレバレだよねぇ。

 おっといけない。

 今は、真面目な話になりそうなんだよね。

 

「…どこまで話が進んだんですか?」

 

「うむ。現時点で、参加するのは…プラウダ、聖グロリアーナ、知波単学園…そして我々だ。場所は大洗町だ。使用許可は降りているからな」

 

「ふ~ん…知波単ってのは、よく知らないなぁ…。後でちょっと挨拶しておくか」

 

「結局、他の学校にも事情があるらしく…見学を希望している。まぁこれは、尾形書記の方が詳しいだろう」

 

 あ、桃ちゃんが呆れてる…。

 …見学を希望してきたのは、サンダースと黒森峰。

 でもなぁ…まさか会議を見せてくれと言ってきたのにはびっくりしたけど…。

 会長の面白そうだからって理由で、それも許可してしまった。

 

「チミヨン…アンツィオは、出店での参加を希望してきましたけど…いいんですか?」

 

「いいよぉ。ただし、保健所には自分達で許可を取るってのを、条件にしておいたけどね」

 

「まぁ…そうだな。なにを出すかわかりませんもんね。まぁ…パスタだろうけど…」

 

「で…だな。午後の会議…お前が帰ってくるのを、正直待っていたのだ」

 

「俺を?」

 

「うむ…少々、チーム分けで揉めていてな…話がつかない」

 

「揉める?」

 

「こちらとしては、参加4校という事なので、2校対2校といった割合にしたいのだがな…どうにも上手くいかない」

 

「なんでまた…」

 

「どの高校も、大洗と同じチームでやりたがっている。西住の指揮を、間近で見てみたいそうだ」

 

「なる程…」

 

「後…聖グロリアーナのオレンジペコ…と言ったか?」

 

「オペ子?」

 

「…私と小山に、弟子入りしたいと言ってきている」

 

「 は? 」

 

「何の事か分からないから、一応は断ったのだがな。今度は丁度居合わせた、五十鈴と武部にも同じ事を言っていた」

 

「……」

 

「牛乳と納豆以外に、何か秘訣はあるかと聞かれたが…全くもって、皆目検討がつかん。何が言いたかったんだ?」

 

「……………………」

 

「そこでお前だ。責任を取れ」

 

「いや、なんの責任ですか…」

 

「言わせるつもりか?」

 

「…えー」

 

「お前の言う事ならば、知波単は兎も角、他の2校は聞くだろう。さっさと決めてしまえ。我々は、どの高校でも構わん」

 

「無茶言うなぁ…」

 

「オレンジペコ選手の事は、どうせお前の痴情だろう? なんとかしろ」

 

「…痴情って…」

 

 ま…そうだよね。

 聞くよね…特にあの2校なら…。

 

「ま、いいですよ。遅れて来ましたし…少し、話してみます」

 

「頼むぞ」

 

 そのまま、ソファーを立ち上がる隆史君。

 クリスちゃんを頭の上に乗せたまま…って、あれ? …クリスちゃん……寝てる…。器用だなぁ…。

 

 …ん?

 

 立ち上がった隆史君。

 少し顔が真剣になった。

 会長をじっ…見つめて…なんだろう?

 

「…ぁ……ん~…」

 

「なに? 隆史ちゃん」

 

「……いや…」

 

 何かを言い淀んでいる。

 

「まっ…いいや。エキシビジョンが終わったらで…水を差したくない」

 

「なに? 終わったら?」

 

「えぇ、昨日…俺が東京にまで行っていた理由。エキシビジョンが終わったら話します。まぁ…あまり良い話じゃありませんので」

 

「そこまで言われると、逆に気になるんだけど?」

 

「まー…うん。それまでは、いつもの会長でいてください。ちゃんと話しますので。…柚子先輩にまた怒られそうだし…」

 

「分かった…けど…」

 

「あ、それもそうだけど、桃先輩!」

 

「なんだ?」

 

 すごく真剣な顔だった。

 言い淀んでいる内容は気になるけど、言い方でずうっと内緒にする訳じゃなさそうだし…。

 …誤魔化す様に、桃ちゃんにまた話を振ったけど…。

 

「録画映像! 下さい!!」

 

「は?」

 

「祝賀会の!! かくし芸の!!!」

 

「…ぇ……あぁ。あれか」

 

 祝賀会? かくし芸?

 そういえば、なんか固定カメラで、思い出って事で撮影してたっけ。

 それをなんで、隆史君が桃ちゃんに?

 

「ふむ…そうか。だがな、尾形書記」

 

「なんすか?」

 

「す…すまんが、ダメになった」

 

「…………」

 

 あぁ…あの映像記録…。

 確かに録画してたんだけど…。

 

「んぁ? あの祝賀会の映像って…か~しまが、間違えて消しちゃった奴?」

 

「なっ!?」

 

「そ…そんな訳だ。写真としては、いくつか残ってはいるのだが…な……尾形書記!?」

 

 あ…隆史君が…桃ちゃんに詰め寄ってる…。

 クリスちゃんは、まだおネム…。

 

「ちなみに、どうして間違えて、消したんですか?」

 

 誰に聞いたのか分からないけど…一応、私が答えておこうかな?

 

「えっと…桃ちゃんが、タメにタメたお仕事を、焦って処理してる時に…誤って消してしまったみたいなの」

 

「…そ…そんな訳だ。すまん…」

 

 うん、そうそう。

 いつもの様に…ね。

 最近までは、隆史君が色々してくれていたから、あんまり焦る事はなかったのにね。

 いなくなったら…すっごい量が、一気に…。

 

「はぁ……まぁいいや。消えてしまったものは仕方ありません。いい加減、テンパって仕事する程、溜めないで下さいよ…他の生徒会員が、泣きそうになってるんですから…」

 

「…うっ…うるさいな!! 私は私でやる事がある……ん……なんだその顔は? なんだ、その笑顔は!?」

 

「 約束デスカラネ? 」

 

「な…なにを…」

 

 隆史君が、桃ちゃんの両肩に手を置いた。

 最近は、隆史君が近づいても、前みたいに逃げる事をしなくなった桃ちゃん。

 

 …その桃ちゃんが、全力で逃げようとしてる…。

 

 私と会長の顔を、泣きながら見てくる…桃ちゃん…何を約束したの…。

 

 

 

「じゃあ、そろそろ会議に行きましょうか? …桃チャン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 無機質な部屋。

 俺がその部屋から、出ろという指示はまだない。

 その机の上に突っ伏し、看守の言葉を待っている。

 さっさと俺専用のVIP部屋に戻してくれませんかねぇ?

 寝たいんですけどぉ?

 

「ヒューー…」

 

 喉元から、笛の様な息が漏れる。

 ここの所、体が上手く動かない。

 例の会場でもそうだ。本当に痛みを感じない。

 視界からも色が消えた。

 

 …ま。なんでもいいけどねぇ。

 

 しかし…尾形 隆史が、何の用だったんだ?

 現れないであろう、尾形 隆史になら口を開いてやるよ…って、あまりにしつけぇから、ニヤニヤしながら答えてやったら、本当に連れてきやがって…。

 恨み辛み…あの姉妹の事でも聞いてくると思ったが…一切、それを口にしなかった。

 どうせ俺のこの後の人生なんて、決められてしまった様なもんだ。

 だったら、何もしたくない。

 

 警官の言葉も無視した。

 取り調べ? 

 俺の生い立ちまで調べて、知ってんだろうが。

 分かっている事を、確認する為だけに聞いてくんじゃねぇよ、クソ共が。

 

 かっ。殴られようが、何されようが、痛みすら感じないんだ。意味がねぇよ。

 全てが、麻痺してんだよ。

 

 

 しっかし…なんだってんだ?

 彼此、10分以上、放置されているけどさぁ…職務怠慢じゃないんですかぁ?

 ただサボりたいだけなんでしょうかぁ?

 さっさと仕事してくださいよぉ、おまわりさぁん。

 

 ん…?

 

 目の前の奥…向かい側のドアノブが、軽い音を出して捻られた。

 なんだ?

 

 もう一人、面会者がいたのか?

 でもいいのですかぁ? こんな犯罪者に、一日何回もぉ?

 めんどくせぇんだよ、訴えますよぉ?

 

 ……。

 

 あ?

 

 誰だ? コイツ。

 

 てっきり、面会者なら…もう一人の赤ババァかと、思ってたのに…。

 黒ババァはもう、オタクの入れ込んでいる愛玩動物と一緒に帰りましたよぉ?

 今頃、バターでも舐めてるんじゃないですかぁ? って…言ってやろうと思ったのにねぇ。

 

 はぁ…適当に無視すっか。だりぃ…。

 

 

「やぁ、久しぶりだね」

 

 

 ……。

 

 は?

 

 俺は、テメェなんぞ知らねぇけどぉ?

 馴れ馴れしいんだよ、んだ? その挨拶は。

 

 まぁお高そうな、スーツだことぉ…。

 上流階級の方ですわねぇ? あらやだ、美形! …って、心底気に食わねぇ面しやがって。

 若い…男。

 

 俺よりかは多少、下…か?

 20歳前後に見える若造…。

 

 んだ? この優男。

 

 

「あぁゴメンゴメン。君は僕の事は、覚えていないかもしれないね? 会った事があるのは一度だけだし…」

 

 

 体を起こし、頭を上げ…目だけで下を見る。

 

 会った事がある…?

 

 中坊の時から、あの件のおかげで、殆どの連中は離れていった。

 …家族も…壊れた。

 ま、あんなクソを塗りたくった商売女のババアなんぞ、どうでもいいけどぉ…。

 

 ……。

 

 肘を机に付き、手を口元で組んでこちらをジッと見てくる…。

 

 …気に食わねぇ…。

 

 温和な笑顔って奴だろうけど…コイツの見下した様な感じ…。

 こいつにとっては、路傍の石っころにでも、話しかけているってなもんだろ?

 …それでも声と顔は、お優しくってな。

 

 

「…どちらさまですかぁ?」

 

「ふふっ! やっと口を聞いてもらえた…」

 

 カチャッと…後ろで音がした。

 …布がすれる音…何かを取り出す音…。

 

 後ろを見ると、看守の耳にはイヤホンが…おい、仕事しろや。

 防犯カメラだろう…そのカメラには、その姿が映らないのだろうか?

 

「まぁ? 金を積めばどうにかなる人間がいるのは、どこの組織にもいるよね?」

 

 …嬉しそうに何言ってんだ?

 目的が分からない。

 本当に誰だ? コイツ。

 

「君と会った事があるのは…ずっと昔。そうそう、君が初めて捕まった日だね」

 

「……あ?」

 

「覚えてないかなぁ? …アレをどうにかして欲しいって頼んだのは……誰だっけ?」

 

 初めて捕まった日…?

 

「僕と君はね? 同い年なんだ。だから変に親近感が沸いてしまってね? どうだろう? 分からない? ほらっ! 熊本でっ!!」

 

 親近感なんて微塵もねぇだろ、こいつ。

 ただの軽口が癇に触るんだよ、クソが。

 こう言う奴は、大体が会話の始めと終わりに本題を入れてくる。

 

 …同い年? 熊本?

 

 最初に…捕まった……頼んだ…。

 

 

「……おまえ」

 

 自然と目を見開いていた。

 過去の映像が、何度も頭の中に見える。

 

 思い出した。

 

 思い出した。思い出した。

 

「思い出してくれたみたいだね!」

 

 昔の友人にでも会うかの様に…嬉しそうに口にした。

 

 …この……野郎。

 

「あん時…中坊如きに、見た事もない大金をチラつかせてくれた、胡散臭い親子じゃないですかぁ?」

 

「そうそう!! いやぁ正確には、アレは僕の父親じゃなくて、爺やなんだけどね!」

 

「…んなこたぁ、どうでもいいんですぅ。何の御用でしょうかぁ? 口封じにでもいらっしゃいましたぁ?」

 

 喋っていない。

 

 …あのガキの時に捕まった時もそうだ。

 

 未成年だから、すぐに出れると思っていたから。

 バレなければ…あの大金は、俺のモンだと思ったから。

 

 いつもの様に、屯する場所へ向かう途中…出会った。

 妙に胡散臭い…その割に身なりのいい…二人に。

 

 一人は…初老…。

 もう一人は、その男に連れらた…子供。

 その時の紹介で言っていたっけ? 俺と同い年くらいだと…。

 

「実は、昔から僕もあの男に辛酸を舐めさせられてきてねぇ…アイツのセイで、全てが狂っちゃったよね!」

 

 そうそう…本来は、あそこまで…酷く怪我をさせる様な事を言われていなかった。

 ただ、あの姉妹を怖がらせろ。それだけ。

 ガキだった俺は、もう一人のガキが乱入…あまりにしつこかった為に…はいキレちゃいましたぁ。

 

 ……。

 

 …その内、この男が割って入るから……って、良くある擬似ヒーロごっこだねぇ。

 

 関わりたくなかったから、適当に悪態を付いてズラかろうと思っていたのにな…。

 現ナマで札束を見せられちゃあねぇ…。

 金の無い中坊にとっちゃ、クソくだらねぇ演技ってだけで大金が入るんだ。

 

 前金で、200万…程だったな。

 本当にくれたモノだからね…。

 

 だから…喋っていない。

 

 胡散臭いと思っても、深く考えもしないで飛びついちゃったねぇ…。

 ま、捕まった後の、生活費で消えちまったけど…な。

 

 しっかし…目の前の男は、相槌も何もしてないのに…ベッラベラと喋り続けている。

 

 …うるせぇな。

 

「おまえさぁ…結局、何しに来たのぉ? 後ろの野郎を買収してまでぇ。今更、何の御用でしょうかぁ?」

 

「ん? あぁそうだね! 早速本題に入ろう! …一つ、いい話があるんだ」

 

「あ? ここから出られない俺にいい話? 出してでもくれるのでしょうかぁ? ぶっちゃけ、外に未練も何もないんでぇ? 他所当たって貰えますぅ?」

 

 めんどくせぇ。

 

 …これに尽きる。

 

 殺人未遂らしいし? 俺。何したって、出れる訳ねぇだろお金持ちさん?

 

「…尾形 隆史をどうにかしたくない?」

 

「……あ?」

 

「その内に、色々起こるんだけどさ…その時に、証言して欲しいのさ…それで、あの邪魔者が消えるんだぁ」

 

 ……。

 

「へぇ…」

 

 俺が声を漏らすと…食いついたと思ったのか…。

 嬉しそうに頬を上げた。

 

 

 

 どこの誰かも分からない。

 

 名前すらコイツは、名乗らない。

 

 ただ、なんかの計画とやらをベッラベッラ食っちゃべっている。

 

 復讐。

 

 それを執拗に繰り返している。

 

 …コイツは一緒だ。

 

 あの野郎共と。

 

 

 …すでに俺には、何もやる気なんて無い。

 

 ただ…。

 

 

 あのガマ蛙といい…七三といい……。

 

 

 利用され、それが誰かの利益になるってのだけは……二度とゴメンだねぇ。

 

 それに…

 

 

「…いいよぉ」

 

 

 ボソッと出した言葉。

 内容なんて聞いちゃいねぇ。

 ただ昔のコイツを思い出していただけだ。

 

 それでも了承の返事をする。

 

 その俺の返事を、更に嬉しそうに笑う男。

 

 

 復讐……ねぇ?

 

 お前は分かっちゃいえねぇな。

 

 アレはアレで、腹立たしいが…本当の原因はテメェだ。

 

 ありがとうございますぅ…それを思い出させてくれてぇ……僕にも火がもう一度つきそうですぅ。

 

 どこの誰かも分からない奴より…分かりやすかったが、あの小僧だ。

 居場所も身元も分かり安かったからねぇ。

 

 

 

 だがねぇ?

 

 

 

 …お前はある意味で、尾形 隆史 以上だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぅ」

 

「隊長!!」

 

「隊長ぉ!!」

 

「おかえりなさい、隊長ぅ!!!」

 

 短い面会が終わり、自室に戻ろうと思ったのに。

 オキャクサマが、私を訪ねてきた。

 案内された応接間で、とても実にならない会話を数分続けただけ。

 

 その建物の玄関先で捕まった…。私を待っていてくれたのだろうか。

 それは…その好意自体は、素直に嬉しく思うのだけど…少々、いや…とても暑っ苦しい。

 

「…一々、抱きつくの…やめて」

 

「結局、誰だったんですぅ?」

 

「練習中でも呼び出すなんて…余程の方だったんですか?」

 

「うん、聞いて…抱きつくの…やめて。暑いから」

 

 そこまで言って、私の顔色が苦しそうな赤色だったと気がついてくれたのか…。

 三人共、渋々だけど離れてくれた…。

 

「ふぅ…」

 

 まったく…。

 …安堵の溜息もでる。

 

 午後の演習が始まると、すぐに中止の無線が入った。

 携帯にも、お客様とやらが私と面会したいと、連絡が入り…仕方なくそれに応じる事にした。

 

 一度、戦車で郊外に出てしまうと、戻るのもそれなりに時間がかかるというのに。

 それでも応じた…。

 何の用だろう…と、私も気になってしまったから。

 

 だが違った。

 

 初めに聞いた名前から、予想した人物ではなかった。

 

 …その男に会った時、正直、騙された気分だった。

 

 その男は、私でも分かるくらいの、高価なスーツを着て…髪を適度に整えていた。

 人が見れば、人当たりも良く、丁寧に身なりを整えた紳士に見えるだろう。

 

 が…私は別の印象を持った。

 

 下品。

 

 …成金趣味…というのだろうか? お母様が特に嫌悪する雰囲気。

 

 ……。

 

 違った。

 

 あの母が、特に嫌悪する雰囲気。

 

 無理して私と話しているのが、何となく分かった。

 お兄ちゃんが言っていた、特に気をつけろと言っていた…なんだろうか? 

 普段から訪問販売みたいな奴には、特に注意しろと言っていたな…うん! 愛里寿、注意した!!

 

 ……。

 

 お兄ちゃんいないから、ちょっと虚しい…。

 

「…はぁ…」

 

 プロリーグ…為…ね。

 先程会ったあの男は、それを連呼していた。

 話の内容なんて、殆ど覚えていない。

 

 だって、分かっている事を、何度も何度も…私が何の為にここにいるのか、知っているはずなのに。

 

 …ま。

 

 すでに終わった話だからどうでもいいけど。

 

 

 お兄ちゃん。

 

 うん、気持ちを切り替えよう。

 

 うん、お兄ちゃん!!

 

 もうすぐ連休が取れる!

 

 …家に帰るつもりは無い。

 

 母に会う前に、頼みたい事があるから。

 

 …いい加減に、約束した場所へ、連れて行って欲しい。

 決勝戦で忙しかったというのは、分かるから今までは、我慢していたけど…約束は約束。

 

 うん、大洗に行こう。

 

 …お兄ちゃん!

 

「それで、誰だったんですか? 隊長」

 

「そうです。真面目に聞きますが、隊長が練習を中断してまで会うなんて…あ…まさか…」

 

「…違う。お兄ちゃんじゃない」

 

「ほッ…。でも…それなら…余程のVIP客って、事だったのでしょうか?」

 

「違う…あんな男。もう、どうでもいい」

 

 どうでもいい…本当に海馬から消したい程、時間の無駄だと思える会話から…少し引っかかった言葉を思い出す。

 

 うん…何が、もうすぐお兄ちゃんが…………だ。

 

 助力? 

 

 ふん…。

 

 あの男…身なりは整ってはいたけど…正直に言ってしまえば、生理的に受け付けない。

 私がここまで思うのなんて…初めてかも…。

 

 ……。

 

 

 …………しつこい。

 

 

 メグミ達が、話の種でも欲しいのだろうか?

 まだ聞いてくる…。

 

 あ…そうか。

 男と言ってしまったからか?

 

 しかし、そんなに私が練習を中断して会った事が珍しいのかな?

 

 …はぁ…。

 

 

「名乗ったから」

 

「…え?」

 

 そう、男だとは思わなかった。

 だから騙された気分…。

 

 最初、係の方言っていた。

 

 その客人が言った…その姓を。

 

 

 

 

「…西住流を名乗ったから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽△▽△▽△▽△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…タイミングは、この時でよろしいと思います」

 

「そうですか。まさかですが…こんな事で、ご協力頂けるとは思いませんでしたよ」

 

「いえいえ。僕も正直、多々思う所がございまして…ね?」

 

「ふむ…まぁ、深く詮索はしませんが…よろしいのですか? いくら…」

 

「あぁ構いません。西住流は勝つ事が常。もう、彼女に魅力は感じません」

 

「…魅力」

 

 そう…どうでもいい。

 例え、一緒になったとしても、アレは言う事は聞くまい。

 

 …家元と同じく、無駄に意思が強い。

 邪魔だよねぇ…女には不必要な程…。

 

 子供の頃は、父の言う事が上手く理解が出来なかったが、大人になれば分かる。

 

 あの時、上手くいけば…アレと立場が逆になっていたと思うと…余計に。

 本来なら、それは俺の立ち位置だったというのに…。

 現在進行形で、その成功例を見させられ続けていいる様なモノだ。

 …更に、あの場で、上手くいっていれば、男の怖さという物も植え付けられたと思うと…余計に腹立たしい。

 幼少時の時に手を打っておく…あの父の言い分が何となく理解ができる。

 

 そうそう…上手く……本当に上手く行ってさえいれば…従順にさせる手間も省けたのに…くそ。

 思い出す度に、奥歯を噛む。

 

 

 邪魔だ…あぁ、邪魔だ。

 

 しかし…妹の方は上々だ。

 あの性格…トラウマらしき物もあった。

 そしてあの…戦車道大会の決勝戦。

 

 姉に勝った…あの…ゴミみたいな素人連中と、廃車同然の戦車で。

 

 たった数ヶ月で…黒森峰…西住流家元継承者を…。

 

 そうそう、もういいや。

 

 だから、もう姉はどうでもいい。

 勝てなくなったら、体しか魅力なんてない。

 

 しかし…。

 

 妹は良い……。

 

 とても良い、非常に良い!

 

 とても良い具合に成長した!

 

 あの…素人集団を育て上げたノウハウ…それをうまい具合に、文部科学省へ宣伝した効果もあった。

 元々廃艦予定だったんだしな。それが少し早まっただけだ。

 何事も迅速にねぇ…。

 

 そして、あの指揮系統…。少々、西住流から型外れだが、それはそれ。勝てば良い……勝てば官軍だ…。

 文部科学省の連中も…これからの事を考えれば、それが喉から手が出るほど、欲しがるだろうよ。

 プロリーグの為の人材育成…それに大いに役立つだろうよ。

 

 そんな人材が、こんな片田舎の学園艦にこれからも燻るなんて…戦車道会の大損失だろう。

 だからこれが成功すれば、僕の名前にも付加価値が付く。

 

 だって、そうだろう!?

 現・家元すら見捨てた、妹を…西住の名前と共に、大きく売れる!

 これからのプロリーグ! それを一から鍛え上げられる人物を俺が発掘、斡旋した!

 それに妹なら、どうとでもコントロールできる。

 

「……」

 

 しかし…一応と、昔からあの姉妹には、目をかけてきたというのに、靡かない…。

 他の女共は、どうとでもできるのに…あの姉妹だけは…昔から…。

 

 そうだ、そこも俺は落ち度は無い。

 

 そもそも、あの尾形 隆史が異常なんだ。

 

 なぜ、家元もあそこまで、あんな男に固執するのだろうか?

 親もあの男も、所詮は島田家の血筋…あいつらが、西住流本家の娘と、一緒に一緒に成れるはずもなし。

 

 老害共…死にぞこない達が、黙っているはずが無いだろう。

 容認するはずがないだろう? それを予想できないはずないだろうに。

 

「……カッ!」

 

 だけど…僕は違う。そう! 俺は違う!

 

 今回の事で、実績を積み…分家という立場だが、西住の血筋…。

 

 そうだ…上手くやれる。俺は上手くできる。

 昔から、親父にも言われ続けている…協力も惜しまないだろう。

 

 金もある、実績もできる!

 そうだ、幼少時は失敗したが、今はもう大丈夫…。

 親父にも出来なかった事…。

 分家だろうが、なんだろうが…

 

 

「 …俺なら……本家も食える 」

 

 

 土台作りは順調だ。

 

 まず過去の事…態々、拘置所にまで、脚を運んだ甲斐があった。

 あの虫が、俺の事を覚えていたという事実が分かったから。

 何が思い出しただ、白々しい…。

 

 協力要請をしておいたが、それもまぁ出任せだ。

 アレを後は処分すればいい。

 親父が勝手にやったとしても、バレてしまったらどうしようもない。

 …そうだな。虫なら、虫らしく潰してしまおう。

 

 …例の天才少女にも、一度接触できたしな。

 今回は、ただの顔を売っただけ。

 島田流と口を聞くだけで、吐き気がしたが…アレは上手く運べば、良いコマとなる。

 

 特に…尾形 隆史相手なら…。

 

「……」

 

 あのクソ虫が。

 思い出すだけで、腸が煮えくり返る。

 

 

「食え…? あの…聞いていますか?」

 

「え…? あぁ…失礼…少々、考え込んでしましました」

 

「ふむ…考え込んで…。ナルホド? 貴方は結局の所、彼女をどうしたいのですか? こちらとしても非常に助かりますが…」

 

 あぁそうか。

 妹…「西住 みほ」の事を話していたな。

 

「あぁ、簡単ですよ…最終的に…」

 

「最終的?」

 

 

 妹なら…。

 

 あの妹なら、どうとでもできる。

 尾形 隆史と恋人とやららしいが…廃艦になってしまえば、関係ないだろう。

 物理的にも阻害してしまえばいい。

 女関係が派手だと聞いていたが…スキャンダルでも捏造して…。

 

 後は、妹を強引にでも俺のモノにすれば終わる。

 

 はっ…恋愛感情? そんなもの、それこそ犬にでも食わせてしまえ。

 

 …政略結婚の何が悪い。

 

 一度、…一緒になってしまえば、後は俺なら、どうとでもできる。

 

 次女? 関係ない。

 

 西住流は、勝つ事が全て。

 

 …たった一度の勝利でも…誰もが理解するはずだ。あの戦力差だぞ?

 

 もし、同じ戦力で、あの二人がぶつかっていたらと考えてみろ…。

 

 答えは明白だろう?

 

 申し分ない。どうとでもできる。

 

 俺が、あの女のコレからを…作っていけばいい。

 

 思い通りになる様に…。

 

 だから、この辻という男も使えるだろう。

 

 これからの事に役に立ってもらおう…。

 

 だから伝えておく。

 

 俺の目的の一部を口にする。

 

 

 

「 西住 みほを、西住流次期家元にするのです 」

 

 

 

 




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