転生者は平穏を望む   作:白山葵

112 / 141
過去編、開始


第14話 昔語りと小休止

「はいはい! 帰れ!!! 酔っ払い共!!」

 

 店前から、明るい太陽の下…千鳥足で帰っていく、最後の客を見送る。

 海に落ちるなよ…。

 

 はい、本日のバイト…お店の営業が終了しました。

 はい、もう閉店時間ですよ~と、客も全て店先から追い出してしまえば、俺のお仕事は、ほぼ終わりです。

 

「二度と来るな!!」

 

 ま。愛嬌って奴だ。

 その乱暴な物言いを、笑顔で叫ぶと…また酒臭い息と一緒に、また聞かせろよ~…っと、一言言って帰っていく。

 

 こんな日々の繰り返しだった。

 

 大体の客は顔見知り。

 いつもの顔ぶれ。酔っ払い。

 その酔っ払い達は、タカ坊と…慣れなれしく呼んでくる。

 

 んで、俺が店に立つと、その酔っ払い共に、こんな酒の肴は無い…とばかりに、客達の話が俺の話に変わる。

 

 その会話の内容は、ほぼ100%の確率…って、確率って言わないな。ただの確定事項だ…これ。

 まぁ、その確定事項で、俺に対する話の内容は決まっていた。

 大体が、それに纏わる下世話な話だったけどな…いやぁ…酔っ払った、おっさん共だし、仕方がないとも割り切っていた。

 下ネタ好きだしね…この人達。

 大体、最後には女将さんがブチ切れて、その話も終わるというのもお約束という奴だったね。

 そして、おやっさんの小遣いが減る…ここまでがデフォルトですね。はい。

 

 …が。

 

 その内容に変化が見えた。

 変に酔っ払い共に慰められてしまう内容へ…そして、これはもう一択だろう。ほぼ決定だろう。…ってな内容に。

 酔っ払い共の話に付き合い、一度冗談半分で、二択じゃねぇの? 

 と、言った事があったが…このロリコンと罵られて、一部の熱狂的なファン層から、頼むからやめてくれと、懇願されました。

 

 彼女達とは、そんな関係とかでは無い…と、毎回毎回説明する手間も、そろそろ無くなりそうだな。

 

 ……。

 

 しかし今日は、おやっさんの様子がおかしかった。

 いや…いつも大体おかしいけど…特に変だったな…。

 逆に女将さんが、俺に対して、始終笑顔だったのが、余計に気味が悪い…。

 …店が終わった後、俺も店を追い出されてしまった。

 それも女将さんの指示。…何故か今日は、明日の仕込みすら、やらなくて良いとまで言われて。

 でも…明日から3連休だし、常連客以外にも、結構お客さん来ると思うのだけど…いいのか?

 

 最終的には、子供が気を使うな! と、何故か怒られ…店を追い出される始末。

 

 そんな事繰り返していた、一日のスタートを切り、学校へ登校し…終わり。

 特に部活にも入っていない俺は…また繰り返していた一日を、また同じように行動する。

 

 繰り返していた一日。

 みほからの連絡が、また無かったと、女々しくも思い…日課として通っていた場所へとまた向かう。

 

 …そう日課。無意識にまた…この場所。

 店前の広場…その端の資材置き場の前、その一角へと脚を運んで来てしまった。

 

 日課……ね。

 

 日が落ちるのが、遅くなってきた。

 まだ少し青い空。

 くっそでかい学園艦が二つ並び、少しそれを邪魔しているが、夜へと移る為に、少し薄紅掛かった空が目に入る。

 

 思う。

 

 変に感傷的にさせる空色を見て…思う。

 そろそろ、春が終わるな…と、どうでもいい事を。

 季節の終わりなんて、一々気にしていた事なんてなかったのにな。

 

 春…。

 

 昔からそうだ。

 この俗に言う、別れと出会いの季節とか言われる…この春が、俺は余り好きじゃない。

 

 たった一度の転校だけど、()()()との別れというものを、強引に思い出させてくるからだ。

 別に春に転校をした訳ではないが、出会いと別れ…そのフレーズを世間一般様からよく聞き見たりする羽目になるから。

 

 つい先週…その「別れ」を、また一回、経験したしな…。

 

 …だからと言って、別に思う所なんてのも、特に無い。

 これから、そんなモノ、腐るほど経験していくのは分かっているから。

 経験を繰り返してきたからだろう。

 はっ…まぁ? 

 アチラの時は、別れと出会いなんて、特に気にもしていなかったからか。

 寧ろ、別れは良い事、出会いは警戒する事…でしかなかったから。

 

 …港町に不釣り合いな、そして無駄に座り心地が良く、金色の刺繍などで豪奢な装飾。

 その赤く長い、長椅子へと腰を掛ける。

 彼女達、学校の備品なのだろうか?

 

 ……。

 

 こんな事、昔ではありえなかったのに。

 彼女達だけではない。

 今のバイト先でもそうだ。

 その内に…この港町の人達とも、別れとやらが訪れるのだろうか?

 

 はぁ…変に感傷的になっているな。

 

 長椅子の前に設置されている、丸く白いテーブル。

 そこに置かれた紅茶を、何気なく啜る…。

 

 

「ですから、隆史様? 紅茶は啜るものでは、ありません」

 

 

 うん…。

 オペ子の幻聴と、幻覚が…。

 

 

「しかし、長い前置きでしたわね」

 

 

 無駄にドヤ顔がデフォルトになり始めそうな、ダー様の幻聴と…幻か……く……。

 もういいよ!!

 

 そうだよ!! 港に嫌でも目に入る、でっかい船が二つもあったんだ!!

 どうりで見慣れた風景だと、思ったよ!!!

 

「……」

 

 真面目に無表情な…アッサムさん…。

 色々と思う所はあるけど…口から出た言葉は、普通のモノだった…。

 当然思うだろうよ。

 

 

「…………なんでいるの…?」

 

 

 

 

 

 一週間前に青森から去ったはずの…お嬢様方が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

「ご機嫌よう、隆史さん」

 

「…はい、ご機嫌よう」

 

「お久しぶりですわね?」

 

「えぇ…ソウデゴザイマスワネ」

 

 何度も見た…まぁ、たった一週間で変わるものでもないだろう。

 ないだろうけどさ!! すっげぇ普通に、午後のティータイムとやらをしていますね!

 制服で、優雅…と、いうのだろうけど…。

 相変わらず、この場所には、あまりにも不釣り合いな彼女が、お茶を楽しんでいる…ナニシテン。

 

「隆史様! 隆史様!!」

 

「あぁ…オペ子も久しぶり…」

 

「はい!!」

 

 いやぁ…すごく元気いいな。

 ここまで輝く笑顔されると、嬉しくなるけど…あの…。

 ニッコニコして、お皿に乗った、焼き菓子を差し出してくれるオペ子さん。

 これもまた、いつもの通り。

 いや…例のプラウダでのお茶会以降、たった数日だけども、明らかに様子が変わったオペ子さん。

 呼び方もそうなんですけど、なんか…すっごい世話を焼いてくれるようになったんだけど…。

 

 差し出された、スコーンを軽く齧り思う。

 

 …ナニシテン。

 

「……」

 

 そしてこの方は、いつも通り…では無く、少々不機嫌…なのだろう。

 すっごい、無表情のアッサムさん…。

 

「ご機嫌よう…尾形さん」

 

「ご機嫌よう……アッサムさん」

 

 ちょっと彼女の事が、分かってきた。

 まぁ、その分かってきたと思った矢先に、彼女達は…出港していったのだけどね。

 

 しかし…なんか、目を見てくれない…。

 先程から、ずっと目を伏せている。

 

「ひっさしぶり!! で、ございますわね! 隆史さん!!!」

 

「ローズヒップ…お前は…相変わらず元気いいな…ご機嫌よ……」

 

 俺の座っている椅子の手摺。

 そこに手を置き、俺の挨拶すら食い気味に、上半身を前のめりにしてきた。

 顔を突き出して、頭突きでもしてきそうな勢いだ。

 

「って…なんでございましょう? オレンジペコさん」

 

 そのローズヒップの制服の端を、オペ子が掴んでいた。

 体を少し、引っ張られる形になり、ローズヒップが離れてくれた。

 

「ローズヒップさん。近いです」

 

「…え?」

 

 

「 近 い デスヨォ?」

 

 

「ア……ハイ……」

 

 ……。

 

 ん?

 

 な…なんだ? 今のオペ子…。

 

 

「ふぅ…では。隆史さん?」

 

「ダージリン?」

 

 ティーカップを口から離し、流し目でこちらを見てきたダージリン。

 なんだろう…一瞬、ゾクッとした…。

 

「少々急いでおりますの。時間がありません。色々と思う所はございますでしょうが…一度、胸に締まっておいて下さいな」

 

「時間がない? …その割には、フルセットでのティータイムだな」

 

「ふふ…それが、聖グロリアーナ。何時いかなる時でも、ティータイムは欠かせませんわ」

 

 いや…悠長すぎるだろ…。

 

「まず…隆史さんに、ご質問」

 

「質問?」

 

 なんだろう…変な汗が出てきた…。

 確かに時間が無いのだろう。

 少し、ダージリンの喋り方が早い。再会を喜ぶ…という事も余りしないで、話を進めたい。

 そんな意思を感じる…。

 

「明日から連休になりますわよね?」

 

「え? …あぁそうだな。3連休だな」

 

「…隆史さん。何かご予定はございます?」

 

「予定?」

 

「そうです」

 

 なにを薮から棒に…。

 予定…う~~ん。

 

 

「彼女とデート」

 

 

 

「「     」」

 

 

 

「…とか、普通の高校生ならするのだろうけど…相手もいないしな」

 

「「 ………… 」」

 

 ダージリン? オペ子? 

 震えちゃってどうした?

 

「だから予定なんて、悲しいかな、何も無い。バイト位か?」

 

「け…結構」

 

「ダージリン? カップを持つ手が、プルプル震えてるけど、大丈夫か?」

 

 完全に固まって、震えてるな。

 確かにつまらない冗談だったけど…そんな固まる程か?

 

「隆史様…」

 

「オペ子?」

 

「次に、そんな冗談言ったら、本気で怒りますからね」

 

「……え…」

 

「ペコ?」

 

「…はい」

 

「ふ…ふふっ。まぁ、そう言うものではありませんわ。……今の悪趣味な冗談で、罪悪感という躊躇が消えましたわ」

 

「そうですね!♪」

 

 …え?

 

「では、隆史さん? 行きましょうか?」

 

「…は?」

 

「隆史様!! 行きましょう!!」

 

「あの…は?」

 

 ダージリンが立ち上がるのと同時に、どこかの物陰から数人の…何あれ? どこかの業者さん!?

 サングラスをし、同じ黒服を着込んだ、明らかにSPですぅって、方々が突如現れ、お茶会のセットを片付け始めた。

 

 ……なんで、俺の両腕掴んだんでしょう?

 

 サングラスで顔を隠しているけど、絶対に強面だよね? 睨んでますよね!?

 

「あぁ、彼らは私の家の者ですので、ご安心を」

 

 ……。

 

 ダージリン。

 

 やっぱり、お嬢様だったんだね…それも多分…規格外の…。

 

『 お嬢様を誑かした糞が 』

 

 …って、耳元で、すげぇ…囁かれてますからね…。

 何度も繰り返されてますわね。

 

 ……。

 

「あの…ダージリン」

 

「はい? なんでしょう?」

 

 今度は『 様を付けろよ、糞虫が 』って、言われましたネ。

 愛されてますね、ダージリン。

 あー…うん。

 

「ダージリン」

 

「はい?」

 

 あ、今度は腕を掴む手に力が入ったネ!

 まぁいいや。

 

「…行くって、言ってたけど…どこに?」

 

「北海道ですわ」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 は?

 

「連休中。隆史さんには私達に付き合って頂きます」

 

「すげぇ…はっきり言ったな…。いきなり県外か…」

 

「移動手段は、私達の学園艦から船を出しますので…。ですから…隆史さんを、我が学園艦へと、まずはご招待いたしますわ」

 

「前回は、できませんでしたからね」

 

「でもな? 俺、バイト有るんですけど…」

 

「隆史様? 魚の目の店主様から、すでに了解は得ておりますよ?」

 

「…オペ子さん?」

 

「特に女将様。随分と快く了承してくれました! 頑張れって!」

 

「オペ子さん!!??」

 

 頑張る!? なにを!? それに女将さん!?

 

 …だから今朝、仕込みとかしなくて良いって…。

 

「簡単に言いますと、3日間、プラウダとの合同合宿を致します。それに付き合って頂きたく…」

 

 合同合宿…って、泊まり込みかよ…。

 そういや、黒服が持ってる、ボストンバッグ…見たことあると思ったら、俺の私物だ…。

 俺の泊まりの着替え等、すでに用意済と…これも女将さんだな…。

 

 

「…隆史さん」

 

「あ、はい?」

 

「そ…その。本当に…お嫌でしたら、やめておきますが……」

 

 ……。

 

 これは珍しい。

 

 しおらしいダージリンが見れたよ。

 

 少し顔を背け、腕を軽く組んでいる。

 

 …。

 

「一度…私達の戦車道を、拝見したいと仰っておりましたわね…」

 

「え? …あぁ」

 

 言ったな。

 

 この何度も開かれたお茶会。

 その会話で、ポロッと口から出た事を思い出す。

 そういえば、その言葉に随分と皆、驚いていたな。

 

 …男性なのにってな。

 

 それに対して、嬉しそうな顔で、了承をしてくれたのを、ちゃんと覚えている。

 特に、基本的にしたり顔のダージリンが、小さく口元を綻ばしたのが印象的だった。

 

「…今後、この様な機会…いつ訪れるか、分かりませんしね…」

 

 …

 

 ま、そうだな。

 

 俺はプラウダ高校の生徒じゃない。

 いくらカチューシャ達と親交があろうとも…な。

 試合会場へ応援へ行けば、彼女達の事も見られるかもしれないが…それはそれだな。

 

 いや…しかし、本当に珍しい…。

 

 恐る恐る、俺に最後のお願い…とばかりに、俺の顔色をここまで気にする彼女は。

 

 いざ、俺を連れて行こうという、この場面で躊躇し始めたのだろう。

 悪趣味な冗談で、躊躇が消えたと言っていたのも、強がりだったのかもしれない。

 ダージリンだけではない。オペ子も不安気な顔を見せている。

 

 …うん。消えてないな。躊躇。

 

 そうだよなぁ…完全に拉致だしな。

 

「はぁ…」

 

 女手だけでは、大変だったのだろう。

 彼女の家の者まで、引っ張り出してのこの状況。

 

 …。

 

 彼女達が青森を離れて、たった一週間。

 

 されど、一週間。

 

 正直、また彼女達の顔が見れて……俺は、嬉しかった。

 …もう、しばらく会える事は、無いと思っていたから。

 

 すぐに一週間前の、彼女達に対する態度に、自然に戻れたのが、その証拠だろう。

 

 …。

 

 変に感傷的になってしまっていたしな…。

 …ま、何か考えがあるのか?

 

「ここまで、準備されてちゃ…まぁ…仕方が無いな」

 

「っ!」

 

「女将さんに了承を得ているのなら、まぁ…いいや。店に迷惑掛ける心配が無いなら、付き合うよ」

 

 と、…言った瞬間。

 

「やりまし……っ!! た…隆史さんなら、そう言って頂けると思いましたわ」

 

 ダージリンさん

 …最初のはなんだろう。

 一瞬、ローズヒップっぽかったけど…?

 

 うっわぁ…オペ子さん。すげぇ良い笑顔ですね。

 頭を撫でたくなるほどの、キラキラの笑顔ですね!

 

 …腕を黒服に掴まれて、不可能だけどね

 

「では、出発は明日の早朝。宿泊施設を用意してあります。…今夜は学園艦で、お泊りになって下さい」

 

「……は?」

 

「所で…貴方達。何故、隆史さんを拘束する様にしているのかしら?」

 

 まさに今、気がついたかの様に…言いましたね。

 ダージリンの言葉で、オペ子も気がついた……かの様に、黒服達を見始めた。

 

 

「…それは、私の客人に対して失礼とは、思いませんの?」

 

 

 ……そして、怯え出す黒服。

 

 

「 …お離しなさい 」

 

 

 こ…このダージリン様も、初めて見るな。

 一気に、何かが変わった…。

 

 彼女…怒ってるのだろうか?

 あからさまに怒気を上げている。

 感情的になる様な娘では、無いと思っていたから、この急激な変わり様は驚くな…。

 

 …すげぇ怯えてますね、黒服さん達。

 

「いえ…あの、お嬢様が…」

 

「確かに逃がさないようにと、お願いは致しましたが…その様に罪人の如く扱えとは言っておりませんが?」

 

「 」

 

 ダー様の言葉に従い、大人しく腕を離した黒服達。

 いやぁ…多分、この人達、ダー様の言う事を素直に聞いただけだと思うよ?

 …ちょっと可哀想になってきた。

 

 俺の拘束を解くのを確認すると、小さく息を吐き、スッと目を細めた…。

 

 

「…結構」

 

 

 うん…。

 

 調子に乗って、からかって…ダージリンを怒らせないようにしようか。

 

 うん、決定。

 

 

 

 

 ……。

 

 

 …………えっと…なんでだろう…。

 

 

 なんか、すっごいデジャヴを感じた……。

 

 でも、なんでこの場に無い、黒塗りの車…を連想したんだろ…。

 

 

「……」

 

 

 まっ!! まぁいいや!!

 

「しかし、結構タンパクな反応で、少々…残念でしたわ」

 

「えっと…何が?」

 

「たった一週間とはいえ…ほぼ毎日顔を合わせていた私達に、久しぶりに会ったというのに…なんでいるの? の、一言でしたでしょう?」

 

 ……。

 

 なんで、ちょっと睨んでるんだろう。

 そしてなんで、オペ子は顔を背けたんだろう…。

 

「こ~んな、言葉を知っていて?」

 

「……」

 

「……」

 

「…どうした?」

 

「…隆史さんが、余計な事を言って、邪魔をしてこないのが珍しいのですわ」

 

 あぁ…最後の方、結構、途中で遮って彼女の格言録を潰してたからな。

 なにを警戒してるのだろう…。

 

「ま。久しぶりに聞いてみたいと思ってな」

 

「聞いてみたい…」

 

「そうだな。それこそダージリンが言ったが、ちょっと呆気に取られてな。久しぶりだと言うのに、変な反応だったと思ったよ」

 

「そ…そうですわよ」

 

「本当にたった一週間だったのにな…。ちょっと感傷的になる程、寂しかったんだと思うんだ」

 

「な…………なに…が…でしょう…」

 

 いや…何がって…。

 

「ダージリン達が、いなくなったって事実がだよ。他に何があるんだ? 正直、あっさりともう一度会えて、嬉しかったんだ」

 

「……」

 

「改めて思ったよ。もう…ダージリン達は、俺の生活の一部になっていたんだなぁ…ってな」

 

「っっ!!」

 

「喪失感っての、結構はっきり感じるモンだなぁ…って、思い知らされ…て……って、どうした? 下向いて」

 

「……」

 

「あの…」

 

 

 あ…あれ?

 なんで、後ろを向いたんだ?

 口を押さえて、震えだした…。

 細い髪から除く、彼女の耳の端が、真っ赤に…あれ?

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

「……はぁ。新手の格言潰しですか? 尾形さん」

 

「アッサムさん?」

 

 着々と片付け作業を続けている、他の業者様達を眺めていると、背中を軽く触れられ、声を掛けられてた。

 ここに来て、初めてまともに俺に対して、口を聞いてくれた。

 何か諦めにも似た、溜息と一緒に…。

 

「毎回思いますが、言って良い事と、悪い事を考えてください。…生活の一部とか…喪失感とか…」

 

「はい?」

 

「馬鹿なんですか?」

 

「はい!?」

 

 変な事言ったか…?

 また会えて嬉しいって事を、伝えただけなんだけど…。

 確かに言いかけていた格言とやらを、途中で放棄し…今は、なぜか一生懸命に黒服さん達に激を飛ばしている。

 

「ダージリン…それは、八つ当たりでしてよ…?」

 

「えっと…」

 

「はぁ…合宿に彼を連れいく事のリスク…ちゃんと考えているのでしょうけど…大丈夫でしょうか?」

 

「リスク?」

 

「…まぁ、それは聖グロリアーナの問題であって…プラウダ高校と尾形さんには、関係がないのですが…」

 

「何が言いたいのでしょうか?」

 

「失礼。余計な事を喋りました。忘れてください。杞憂だと思いますので…」

 

「?」

 

 なんのだろうか…。

 

「ところでアッサムさん」

 

「なんでしょう?」

 

「ダージリンは、時間がないと言っていましたが…何がですか?」

 

「あぁ…それは、彼女達からすればそうでしょうね」

 

「はい? 達?」

 

「そろそろ来そうですからね」

 

「…えっと…何がですか?」

 

「その問は、誰が? …と、いった質問が最適でしてよ?」

 

「 アッサム様? 」

 

「オレンジペコ!?」

 

 話をしていた俺達の後ろから、オペ子が声をかけてきた。

 それに、なぜかたじろぐアッサムさん。

 

 …特に大声で声をかけられた訳でもないのに…なにをそんなに驚くのだろうか?

 

「 ご準備ができました。そろそろ参りましょう 」

 

「え…えぇ、分かったわ。ありがとう。オレンジペコ」

 

 一言だけ言って、またダージリンの元へ戻っていくオペ子。

 やはり別におかしな所なんて…。

 それを二人で見送ると、アッサムさんが静かに口を開いた。

 

「…尾形さん」

 

「はい?」

 

 

「 全責任は、貴方にありますからね? 」

 

 

 ……。

 

 

 …………え?

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 

「…隆史君」

 

「なんですか?」

 

「君は、馬にでも一度蹴られた方がよさそうだな!! …僭越ながら、私が用意しようか?」

 

「なんでっ!?」

 

 話せと言うから話したのに…いきなり辛辣だった。

 店内のBGMと、真逆の空気へと変貌していくのに、戸惑いを隠せないのですけど…。

 相変わらず、神出鬼没に現れる、戦車道隊長格の皆さんが怖くて仕方がない。

 その内にとんでも無いタイミングで、それこそ空気を読まずに現れそうだし…。

 

 …人の事を、鋭く睨みながら、人の紅茶を啜る…。

 共食い…とは、違うのだろうけど、貴女と同じ名前の飲み物ですよ? ソレ。

 

 …まぁ、なんだ。

 

 結構、言葉にして話すと、当時の情景が色濃く思い出す。

 …そんなに昔の事では、ないのだけれどな。

 

「はぁ…なる程、なる程…アッサム」

 

「なんでしょう? アールグレイ様」

 

「君達みんなは、私にとって、可愛い後輩だ。だから、私は…一部誰かの味方はする気はない。……ないが」

 

「……」

 

「流石にダージリンが、可哀想だと思ったよ! この男は一度、通り魔にでも、刺されれば良いと思うね!!」

 

「同感です」

 

「犯人は絶対に女性だろうがな!!」

 

「異論はありませんね」

 

「」

 

「それに、まだ何かあったのだろう? 特に…聖グロリアーナ学園艦にて、この唐変木が!!」

 

「そうですわね。ありましたわ。…いきなり釣り上げましたから、今でも覚えています」

 

 つ…釣り上げたって…人聞きの悪い…。

 何かあったっけ?

 

「彼女達…。いえ? 特に彼女は、初回から、全力全開でしたからね」

 

「ほぅ?」

 

 彼女って…誰の事……。

 

「イギリスをモチーフとした、私達の学園艦…その街並みにて、異彩を放っていた……屋台」

 

「…ち…チヨミン達デスネ?」

 

「えぇ、ご明察。…密航だけでも、問題というのに…余程の厚顔振りでしたわよね? 大通りで、無許可で商いをしているとは…まったく」

 

「それは…面白いね!! いいね! その行動力!! 称賛にあたい…「アールグレイ様?」」

 

 おい…一人、興味を持ったぞ…。

 

「それに、えぇと…カルパッチョさん…でしたか?」

 

 ……ビクッ!

 

「彼女だけ…。完全に答えを、出している様でしたね。ある意味では、一番厄介だと私は踏んでいるのですがね? どうでしょう…隆史さん?」

 

「い…いえ…どうでしょう…」

 

「彼女達との過去の事は、次に致しましょう。その密航者にも甘い隆史さん。…その内にお聞きしますわ」

 

「 」

 

「会って早々、貴方の胸を撫で回していましたしね。えぇ、恍惚の顔で。…更には横目で私達を牽制……。人の学園艦だと言うのに…まったく密航者の分際で」

 

 ……アッサムさんが、分際とか言い出した…。

 

「チッ……アノ…金髪。特に私を睨みつけて…」

 

「でも、アッサム。カルパッチョさんって雰囲気的にも聖グロが合ってると思ったんだけど…」

 

「 イ リ マ セ ン 」

 

 …いかん。

 段々と話が逸れてきた…というか、敵対心が見え隠れし始めてた…。

 

「ま、要は…折角、私達の学園艦へ彼をご招待した矢先、その3人組と出会い…あわよくば…と、企んでいたダージリンの計画が水泡に帰す…って、感じでしたわね」

 

「……」

 

 そうだよな…。

 ある意味で助かったわ…。

 

 まさか女子寮へ連行されそうになるとは、夢にも思わなかった…。

 客室がありましてよ? って…そういう問題じゃねぇのに。

 …その客室も、これ賃貸なら家賃って、お幾らでしょう? って思わずにはいられない程らしいけどな。

 豪華な客室を、説明されても、泊まりたいと思う所か、庶民は普通に萎縮してご遠慮願いますよ…まったく。

 

 結局、安いホテルに避難したな!

 

「あっ! そういえば、タラシさん。…そのアンツィオの生徒達。結局その日ってどうなさったんですか?」

 

「…チヨミン達は、屋台で寝泊りするって言い出したからさ。聞いてしまったからには、俺としても若いオナゴを、野宿させる訳にもいかないし…」

 

「……まさか」

 

「空いているホテルって、俺が泊まったやっすいホテルしか無かったんだよ。だから仕方がないし、俺の泊まっているホテルへ、三人共、無理やり押し込んだ」

 

「「 …… 」」

 

「俺が代わりに部屋代を出してやるって言ったら、すっげぇ遠慮してくれたけど…まぁ、この場合しょうがないだろ」

 

「「 …… 」」

 

「な…なに?」

 

 だから聞かれたから答えたのに…すっごい目で見られてる…。

 

「部屋は…別でしたわよね?」

 

「当たり前だろう」

 

「はぁ……。タラシさんの事ですから、他意は無いのでしょうが…言葉。選んでください。ここ。公共の場でしてよ?」

 

「…?」

 

「昔の事を話しているからでしょうか? 最近、少しマシになったと思っていた唐変木度が、元に戻った気がします…」

 

「……なんで俺、女性の店員さんから、ゴミを見る目で見られているんだろう…」

 

 ちょっと怖いのですけど?

 

「ふむ…しかし、尾形 タラシノスケは、密航者に甘いのか…」

 

 いや、タラシノスケって…。

 

「尾形…タラシ之助平……いやいや。これだと長いな」

 

「オイ」

 

「はぁ…。アールグレイ様? 今度は時代劇でも拝見されたのですか?」

 

 そういや、言ってたな…この人、見た映画とかに影響されやすいとか…。

 今日は普段着を着ているから、普通だと思っていたのに…。

 

「先程から、言動も多少、大げさなのは、その為でしょうか?」

 

「さぁ、どうだろう!? 確かに昨日、○影って映画を見たけどね!!」

 

 ……。

 

「すごいね、彼は!! 忍者のクセに、ど派手な赤い仮面をつけて!! 隠れる気がないのかな!?」

 

「アカ…なんですか? それは…」

 

 …いや、わかるけど…チョイスがヒドイ…。

 しかもそれ旧作…。

 

「ちょっと、真似をしたくなってね!! 大洗の学園艦で、少々活動を…」

 

「何してんだ、アンタ」

 

 アッサムが、完全に頭に?マークだ!!

 

「凧の移動は、流石に無理だったからねっ! 取り敢えず、忍者らしく民家の上を移動してみたよ!!」

 

 …犯罪だろ……そこまで来ると…。

 戦車道の履修者だろ? アンタ…。

 

「いやぁ…屋根伝いに移動って…結構、面白いねっ!! 結構走れるものだねぇ!!」

 

「だから、何やってんだアンタ!!」

 

「…面白い出会いもあったしね」

 

「なに、アンニュイな顔してんだよ!? 出会い!? んな犯罪者…」

 

「凄まじい覇気を放っていたね!! …一戦交えたが、軽くあしらわれてしまったよ!!」

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 ちょっと待て。

 

 

「いやぁ…今思えば、私も密航した様なモノだったし…あの御仁もそうだったのだろう!!」

 

「…何やってるんですか、アールグレイ様…」

 

「しかし、凄かった。見た目は可憐な少女だと言うのに…呼吸投げなんてマスターしているなんてねっ!! ぶん投げられたよ、屋根の上で!!」

 

「…はぁ。現実と空想の境目が無くってこられたのですか? そんな人、いる訳ないでしょう。常識外れの仲間がいないからって、妄想へ逃げないでください」

 

「辛辣だね! アッサムっ!!」

 

 

 ……。

 

 …………民家の屋根の上…。

 

「…んっ!? どうしたんだい!? 尾形 タラちゃん!?」

 

「その縮め方は、色々とまずいです」

 

 

 いたな…。

 

 数日前にいたな!!!

 

 んな奇抜な行動とる奴が!!!

 

 …まさか……。

 

 

「本当にどうしたんだい? 顔が青いけど…」

 

「…アールグレイ様が密航なんて、なさったからでは?」

 

「え…でも、彼は密航者には甘いんだろう!? だから吐いたのに!!」

 

「はぁ……彼は密航者に甘いのではなく、知人全てに……って、どうなさったんですか? 本当に顔色が…」

 

 

 目の前の荒唐無稽な、御仁を見る…。

 

 それなりに心配してくれているのだろう…少し、顔が曇っている。

 

 まぁ…うん、なんだ…。

 

 

 

「…通報はやめておきますから、普通に来てくださいね」

 

「わ…分かったよ!! 君に変な迷惑はかけない様に努力しよう!!」

 

「…本当でしょうか?」

 

 

 

 …エンカウントしてやがった…。

 

 

 

 詳しい事を聞いておくは、やめておこう…マジで、知らない方が良さそうだ。

 

 

 

「っっ!!??」

 

 なにっ!? 今度はなんだ?!

 

 ズボンのポケット…。

 激しく打つ携帯のバイブ振動に、腰が浮いてしまった。

 マナーモードにしておいたので、余計にびっくりしたぁ…。

 

 ヴーヴーとなる音が聞こえているのか、アッサム達の察してくれた。

 

 

 誰だ? 振動時間から、メールとかでは無く、着信を知らせるモノだとすぐに分かった。

 取り敢えず、ズボンから携帯を引っこ抜き…携帯画面を確認…。

 携帯画面に明かりが灯っている。

 

 …その登録され、相手の名前。

 

 

 

『 柚本 瞳 』

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ちょっと電話をしてくる。

 

 そう言って、一度席を立ってしまった。

 誰からだったのでしょう?

 

 彼の顔付きが、冗談とかではなく、一気に険しいものへと変わった。

 

 …いや?

 

 険し…とも違いますわね。

 なんでしょうか? 少々悲しそうな…それでいて…。

 

 

 ……。

 

 

 見たことありませんでしたわね…あの様な彼の顔を…。

 変にいつも道りに、からかう事もしないで、素直に彼を見送った。

 口を挟んではいけないと、なぜか…理解しましたから。

 

 ……。

 

「すいません。おかわりを頂けて?」

 

「私もいいかな?」

 

 彼が戻ってくる間。

 この天真爛漫な先輩と二人きり…。

 一度、気を取り直す為に、店員さんへとご注文。

 

 さて…紅茶が運ばれて来る間…どうしましょう?

 

 

「ま。彼がいなくなって、丁度いいか…」

 

「…なんでしょう?」

 

「ちょっとね…。君には、言っておこうと思うんだけど…大洗学園艦へ密航した目的って奴だね」

 

「……」

 

 この方に目的とか有るのでしょうか?

 ただ、面白いからって理由が大半では?

 

「…また結構、辛辣な事を考えていないかい? あぁ…一年の時は、好きなだけダージリンと一緒に、私にスカートを捲らせてくれた間柄だと言うのに…」

 

「公共の場。ここは公共の場でしてよ? …隆史さんに、そんな余計な事、言わないで下さいね?」

 

 …まったく。

 

「まぁ、なんだ。ここにはエキシビジョンマッチを見学しに来たってのが、本来の目的」

 

「…なんでか? 急に普通に話し始めたかと思ったら…」

 

「もう一つ。これから本格的に始まるであろう、合同合宿で何度か聞いた…()()の事」

 

 ……。

 

 彼女。

 

 まぁ…アールグレイ様もご存知ですわよね。

 彼から聞いていましたし…というか、聞かれておりましたしね。

 

「いやぁ…どんな子か、見る為だけに行ったんだけど…思いの他、おかしな流れになってね?」

 

「おかしな流れ?」

 

「…会ってきたよ。君達の恋敵に」

 

「…………」

 

「いやぁ!! 屋根から滑り落ちてしまってね!! 滑り落ちた家が、彼女のお宅だったのさ!!」

 

 …今度……謝罪をしておきましょう…。

 普通に迷惑を掛けているではないですか…。

 

 ……?

 

 そこまで言って、アールグレイ様の顔から笑みが消えた。

 

 

「…怖いね。彼女はコワイ」

 

「怖い?」

 

 珍しい…。

 

 いえ、初めてではないでしょうか? アールグレイ様が…怖い?

 この荒唐無稽な…それこそ、OGの方々にも水を掛けて挑発する様な方が?

 

「なる程…隆史君が、気にかけるのも分かる…と、理解してしまったよ」

 

「…彼女。西住 みほさんは、怖い…とは少々感じが違うと思うのですが?」

 

「……」

 

「……」

 

 否定しない。

 

 西住 みほさんと、はっきり名前を出したというのに、何も言わない。

 …本当に会ってきたのでしょうか?

 

「ある意味で、彼女は真っ白だ。純真。純朴」

 

「…ま……まぁ」

 

「彼女の優しい性格もあるのだろうが…少し抜けていそうな所とかね!」

 

「…昔から知っているかの様に言いますね」

 

 まぁ…姉の「西住 まほ」さん経由で、中学の時の事を調べたのかもしれませんが…。

 姉を怖いと思うのは、理解はしますが…西住 みほさんを…。

 

 

「彼女の戦車道が、彼女を物語っている」

 

 

 

 ……。

 

 

 

 はい?

 

 

「前回の戦車道全国大会を、私も見ていた。まぁ当然だろう?」

 

「……」

 

「…で……だ。思った。彼女の戦車道は怖い。ゲリラ戦を主に置き…奇抜な発想と作戦で、相手を倒す…そこに他の学校の連中も、興味を持っているようだけど…」

 

「…まぁそうですわね。特に決勝戦、黒森峰のマウスを撃破した時も、ダージリンすら驚きを…」

 

 

「私が怖いのは、彼女の攻撃性だ」

 

 

 ……。

 

「本来、戦車道は、試合中。…その人間性が、浮き彫りになる時が多々ある。少し話した所…彼女の性格から、あの試合の数々を想像したが…どうにも結びつかない」

 

「結びつかない?」

 

「多分…彼女は、戦車に搭乗をすると、性格が大なり小なり…変化するタイプだろうよ」

 

「ま…まぁ、いますね、そういった方々は…」

 

 思いの他、真剣に話すこの方に、少し気圧される。

 その彼女が、言うとおり…軽いパンツァーハイとでも言うように、攻撃的になるタイプは、少なからずいる。

 我が校で言えば…ルクリリかしら?

 

 しかし…何をいきなり…。

 

「彼女達も、負けない為に必死だったのだろうが…普通、ありえるだろうか?」

 

「…何がですか?」

 

「ど素人を、全国大会…しかも黒森峰にすら、勝利する程の実力を持たせる事が」

 

「…………」

 

「試合中にも思ったが…彼女は、勝つ為に手段を選ばない傾向がある。作戦…と、言えば聞こえが良いが…それを躊躇無く、尚且つ冷静に行えるだろうか?」

 

「……それ…は」

 

「ただ仲間を信頼しているだけかもしれない……が。皆、素人だ。指揮をする人間が、それを一番理解しているはずだ。にも関わらず…」

 

「……」

 

「戦車に搭乗時、性格が変化する連中は、それがその連中の本質だ。言っただろう? 浮き彫りになる…と。ただのノウハウで、素人を教育しただけで、連勝出来る程、戦車道は甘くない」

 

「……」

 

「そこで、彼女の本質…攻撃性。人を撃つ事に躊躇いがない奴が、結局の所…ここぞというチャンスを逃さないのさ。だから勝てている…と、私は思うよ? 彼女の攻撃性は、強みだよ」

 

「それを、アールグレイ様は…」

 

「…あの二面性も怖い。彼女と会って実感した。初めに言っただろう? 彼女は真っ白だ。今は…分からないが、隆史君と付き合い始めて、色々と変化はなかったかい?」

 

「……」

 

「あの男、どんだけの娘に粉かけてるんだろうね? また…? と、開口一番言われたよぉ? …一瞬、私を見る彼女の目。その目に尻込みしてしまったよ」

 

「そんな…」

 

「私は彼女を敵にしたくないね。彼女が何かの拍子で、そっち方面へ傾いたらと思うと、寒気すらする…まったく。隆史君は何をしているのか…白いのが黒くなっちゃうよ。いい子なのになぁ…」

 

 椅子の背凭れに、背中を預け…大きくため息を吐いた。

 言わんとしている事は、何となくわかりますが…一つ疑問が。

 

 何故…ここまでするのだろうか? っと…。

 

 

「…さて。本格的に面白くない話をしようか」

 

「え…」

 

「上の連中…戦車道をその男共に、理解なんて出来やしない。西住 みほ君を見て、その理解できない男連中は思う。これから発足される戦車道プロリーグに欲しいと」

 

「プロリーグ? 噂では聞いた事が有りますが…ん? 欲しい? 西住 みほさんを?」

 

「そうそう。その…彼女が持っているであろう…と、勘違いしている、「ノウハウ」って奴をさ」

 

「……」

 

「いいかい? 世代的には君達が主役になり得る。しかし現在の戦車道履修者の人数では、どうにも足りない…だから喉から手が出るほど欲しいのさ」

 

「…ノウハウ」

 

「…短時間で素人を、玄人へと成長させるマニュアル。そして、育成要員としての彼女」

 

「しかし、それはそれで、悪い事では…」

 

「はっ…。彼女が、どんな扱いをされるか分からないのに?」

 

「え…」

 

「利権だよ、利権。上の戦車道をまったく理解していない連中は、さっさとプロリーグを発足し、実用化できるレベルにしたいのさ。その利権を握る為に、男連中は、必死こいてるってわけ」

 

「利権…って…」

 

「その為に彼女を囲って、飼い殺しにしたいみたいなんだよねぇ…。分かる? 欲にまみれた連中に、飼い殺しにされるって意味が」

 

「……」

 

「彼女の家柄…西住流家元。しかも次女だから、本家には影響が少ない。スターとなる素質もある。…よって、彼女の人生なんて関係ない。好きに彩って、使い潰す気満々だよねぇ」

 

「アールグレイ様…」

 

「よって…今の彼女の現状と生活を、上のクソ野郎共は、壊したくて仕方がない…まぁもう、分かるよねぇ。…戦車道乙女が、利権の食物になんて…とてもじゃないけど見逃せない」

 

 

 

「エロ…違う。…良い、パンツを穿いていたしね!!!!」

 

 

 …謝りましょう。

 

 今日にでもすぐ、謝罪に行きましょう!!

 

 本気でうちのOGが、大変ご迷惑をオカケシテマス…。

 

 しかし…。

 

 

「…あの」

 

「隆史君には、今日…それとなく忠告するつもりだったんだけどね…。ま、後で話してみよう」

 

「あのっ!!」

 

「…なんだい?」

 

「どうして…それを、私に話すのでしょう? というか、何故、アールグレイ様…学生の身分のでそこまで…」

 

「学生? 違うよ?」

 

 ……。

 

 …………え?

 

「日本戦車道連盟に、私は所属している」

 

 

「…………は?」

 

 

「私のお家柄ねぇ…海外でもどこでも、うるさくてねぇ…最近じゃ結婚話も出てきて…もう…鬱陶しくて…。隠れ蓑が欲しかったんだよねぇ…」

 

「いや…あの…イギリスへ留学したんじゃ…」

 

「それは世を欺く仮の姿ぁ!!!」

 

「真面目な話をしているのですが?」

 

「……チッ」

 

「そもそも、そこまで…深く…」

 

「戦車道連盟のハゲに頼まれてね。隆史君と多少なりとも親交がある、私が選ばれたのさっ!!」

 

「……あぁ、あのエロ親父」

 

「…どうにもねぇ…その利権関係で、西住流の分家とやらも、動いているみたいでね? 分家とはいえ、名家が動けば…すぐにわかるのにねぇ…馬鹿だね!!!」

 

「……」

 

「あぁそうそう。後ね? 尾形 隆史君には、大洗に所属していてもらわないと、困るみたいなんだ。あのハゲ」

 

「……り……理由は…。ただの学生にそこまで肩入れするなんて、前代未聞ですわよ?」

 

「あぁ…なんか……」

 

 

 

 

『 乙女の戦車道チョコの発売が、中止になってしまうじゃあないかぁ!!! 』

 

 

 

 

「…って、必死な形相で言ってたね」

 

 

 …………。

 

 ……あの……ハゲ……。

 

 

「後、君に言ったのは、ダージリンへ直接言うよりも、ワンクッション入れたかった…ってのが、大きいかな?」

 

「ワンクッション?」

 

「情報の選別は、君がしてくれ…。得意だろう? データの選考は」

 

「…なる程」

 

 確かに、直接ダージリンに言えば…冷静に見えて、結構暴走しやすい彼女だ。

 余計な目論見で、自滅する危険性が高い。

 

 策士、策に溺れる…を、体現しそうだ…。

 

 ……特に、隆史さん関連だと…。

 

 

「ま、そんな訳で……アッサム」

 

「…はい」

 

 

「隆史君が、帰ってくる前に……細かな概要を伝えよう…。うまく行けば、タラちゃんのポイント高いよぉ?」

 

 

 

「 お願いします!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

『 お馬鹿なの!!?? 』

 

 

 …ほぼ、開口一番怒られた…。

 

『 隆史君とみほちゃんの事、聞いたよね!? というか、隆史君、自らが言ったよね!? 』

 

 店の外…真夏の日でした。

 もう一人の幼馴染みに、いきなり説教を喰らい始めました…。

 

『 隆史君…今、どこ? 』

 

「え…大洗の…路上ですけど…」

 

『 正座 』

 

「はい?」

 

『 正座ぁ!! 怒られる時は、正座なの!! 』

 

「あの…炎天下のアスファルトなんですけど…」

 

『 は? 』

 

「…あ、はい。正座させて頂きます…」

 

 アツイ…。

 炎天下…店前で、携帯に向かい正座している男が出来上がりました…。

 

 

『 昔から私とちーちゃん、みほちゃんの気持ち知っていたんだよ!!?? みほちゃん良かったなぁ…って、ちーちゃんと喜びあったばかりにゃんだりょ!!?? 』

 

 

「噛んでますよ…?」

 

『 うっしゃい!! 』

 

 

「ヘイ…」

 

 

 ……。

 

 

『 それに、私でも分かるよ!! そんな事言われても、確認すればすぐにバレる事だって!! 心配して電話してみて良かったよ!! 信じたの!? あんなセリフ、信じたの!? このお馬鹿!! 』

 

 ……ヘイ

 

 そう。

 

 あの擬似ホスト野郎は、本当に…実際に、瞳の元へ訪れていた。

 だからだろう…電話をして来てくれたのは…。

 

『 確かに、隆史君が来てくれれば、それはそれで嬉しいけど!! 今のみほちゃんから、隆史君を取り上げる様な真似!! できるわけないでしょう!!?? 』

 

 あー…。

 

 普段、みほ以上に、のほほんとしている瞳さんが、大激怒ですね…。

 確かにあの、「隆史君が助けてくれる」発言はしたそうです…したそうですけど…。

 

『 あんなの殆ど、言わされているみたいなモノだったよ!! あの臭いのに!! 』

 

 ですよねぇ~臭いよねぇ~。

 

『 本当に私が!! 本気でそんな事言ったと思われる事に、私は怒ってるんだよ!!?? 聞いてぅ ゲッホゲッホ! 』

 

 …噎せてますね…すいません。

 

『 あ~…はぁ……、落ち着いた… 』

 

「ハイ…ご迷惑をおかけしてます…」

 

『 もう…確かに、今は私達大変だけど…そこまで迷惑を掛けようとも思わないよ…というか、まず隆史君本人に、確認するよ!!! 』

 

「……デスヨネェ」

 

『 昔っからそう!! 隆史君、変に詐欺とか、人を騙す手法に詳しいくせに、自分の時はあっさり引っかかって!! おじいちゃんか!! 私のおじいちゃんですか!? 』

 

「……スイマセン」

 

『 まったく…それさ。そのもう一つの……えっと… 』

 

「日本戦車道連盟のハゲ」

 

『 ハゲ? 変な名前…まぁいいや。その人にも確認取ったほうがいいよ? 』

 

「そ…そうします」

 

『 詮索される前に、言っておくけど…今、私達の所は大丈夫だから…オファー受けてくれてた子、ちゃんといる……あ…… 』

 

 なんだ?

 

 激怒中なのに、バツが悪そうな声に変わった…。

 

 まぁ…いいや。

 

 そうだよ…冷静に考えてみれば分かることだ。

 ハゲ相手にもそうだけど、本人に直接、俺が連絡を取らないはずがないだろうが。

 

 すぐにバレる嘘を…敢えてついてきた。

 意図が…分からない。

 俺に不信感と嫌悪感しか持たれないと言うのに…。

 それに西住流…分家でもわかるだろう。

 あそこまで、俺の弱点…というか、弱い所を露骨についてきたというのだ。

 そこまで調べたのなら…俺が、しほさんと連絡が取れる事を知らないはずがないだろうに…。

 

『 …あの…隆史君? 』

 

「え…あ、はい」

 

『 後で…その……連絡をとってみて? 』

 

「どうした、いきなり…。そのハゲにはすぐにでも…」

 

『 違うの! その…取っていたんでしょ? ずぅぅっと… 』

 

「なにが? え?」

 

『 その…帰ってきてるの…というか、私のオファーを受けてくれたというか… 』

 

 なんだ?

 何か要領を得ない…。

 バツが悪い時とか、大体昔からこうなるな、彼女は…。

 

『 ベルフォール学園に転校してきてくれたの…その…… 』

 

 …はい?

 

『 エミちゃんが… 』

 

「………………え?」

 

『 誰にも言わなかったって、言っていたから……後…… 』

 

「…ハイ」

 

 はい…確かに中須賀 エミ様より、お便りは頂いておりません…て……え…。

 

『 私達は嘘だって知ってるけど…その……隆史君、有名だよね? 主に悪い方に… 』

 

「  」

 

『 エミちゃん…隆史君とみほちゃんの記事読んで………………表情が消えたの… 』

 

 えっと…あの激情型の方に、アレの記事を読まれたの?

 

 …え?

 

『 …後…学校にある、月間戦車道の記事…根こそぎ読み漁って……一日中、砲撃練習をしてたよ? 』

 

「   」

 

『 だから…その……がんばってね!! 』

 

 

 …………。

 

 

 通話が切れた…。

 

 

 フォローしてくださいよ!!

 そこまで知ってるなら、あの赤髪に何とか…。

 

 …………。

 

 頑張れ!? 何を!?

 

 そういや…エミから何も連絡が来なくなって、しばらくが立つな…。

 

 ……。

 

 

 

 …少し、瞳の話を聞いて…安心した自分。

 

 ……あの擬似ホスト野郎が何を企んでいるかという疑惑感。

 

 それを遥かに上回る恐怖感が…背筋から襲って…。

 

 

 …………。

 

 

 よ…よし!! ある意味で、安心した!!

 

 これで、気兼ね無く、昔の事を…。

 

 事を……。

 

「……」

 

 …窓ガラスの向こう側。

 先程までいた席で、俺を待っている二人が、俺を手招きしている…。

 

 はぁ…。

 

 ハゲへの連絡は後で、良いだろう。

 今は…ちょと、昔の事を思い出したい。

 

 思い出しているからだろうか? 少し頭がスッキリし始めた。

 

 

 …。

 

 どこまで話したっけか。

 

 ……じゃ。

 

 

 

 店内へ、戻りますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、次回、北海道。

青森編の様に完全に分別しないで、本編も絡んでいきます。
昔のタラシ殿の鈍感度って…今書くと今のタラシ殿らしくなってしまい、書き直すこと数回…。

閲覧ありがとうございました

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。