転生者は平穏を望む   作:白山葵

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時間が掛かりました…頑張りました…。
活動報告にて記載しましたが、過去話。
挿絵、追加しました。


第20話 Bar 「どん底」

 足が止まった。

 

 人、一人分の薄暗い通路。

 先程までいた、石壁の部屋から伸びている。

 オレンジ色の光を放つ、古ボケたライトが、その通路を照らしている。

 突き当たりの左側。その壁からピンク色の光が放たれている。

 いや、違うな。壁…では、ないな。アレは扉だ。

 透明なタイプ…なのか? 中からの光を通してのピンク色…?

 

「……」

 

 後、この壁には特に落書きがない。

 

 今まで散々、汚れに汚れた壁を見てきたので、ここが特別な場所だと伺える。

 鬼怒沼さんが、言っていた「親分」…まぁ、彼女達のリーダー。

 その人が、この先にいる。

 

「……」

 

 うっわ…。

 

 真面目に、注意して周りを観察してみたものの…すぐに分かった。

 普通の高校生には縁がない物を…久しぶりに感じる。

 タバコ…の匂いはしないが、独特な香り…と、いうか、その空気を。

 

 つかこれ…おもいっきり、夜の店だろ。

 通路もそれ用の赤絨毯仕様…はぁ…なんだろ…。

 

 スナック? バー?

 

 なんにせよ、たまり場みたいになっている所だろうな。

 微かに音楽…? 歌も扉の隙間から漏れているのか、聞こえてくし…。

 

「ちょっとっ! 急に止まらないでよっ!」

 

 一人分の通路な為に、並んで通行中。

 先頭を歩いていた俺の真後ろで、急に立ち止まってしまった為に、ぶつかりそうになってしまったのだろうか?

 園さんから、クレームを頂きました。

 

「すいません…」

 

 振り向き、そのクレーマーさんに謝罪を入れると、その頭の上から、後にいた中村が妙に小声で話しかけてきた。

 そう、俺が先頭。

 これは俺が言い出した。中村や林田は、同行者だし…うん。

 

 やっぱり俺がやるしかないだろう?

 

 …彼女は、正式な場。

 公の会議やら交渉とやらなら、その持ち前の潔癖とも言える性格は、とても相性がいいだろう。

 が、逆にこういった「正しさ」が通用しない、アングラ的な現場での相性は、最悪だ。

 先程の鬼怒沼さん達との会話でもそうだ。…彼女の言う事は、間違っちゃいない。

 間違っちゃいないが…言い切ってしまえば、一方通行なんだ。

 …相手を見ていない。

 良くも悪くも、相手の事を考えられない「正しさ」や「正論」は、ただ敵を作るだけなのにな…。

 

 …。

 

 直感だけど…ふと、思った。

 

 ギャーギャー言っている彼女を見て…このままフォローして顔を立ててやっても良いだろう…とも思ったが…。

 風紀委員としても、先輩としても…先程から、更生させたい俺にお株を奪われたとでも思っているのだろうか?

 俺が話すと言った時点で、恨みがましそうに見上げてきた。

 

 ……この先輩。

 

 何気に、大洗で今一番、危険なんじゃ…ないだろうか?

 何かの拍子にポッキリ折れてしまう…そんな感じがする…。

 

 とか、それらしい事を言ってみたけど、ただ普通に心配なのだ。

 そのまま本人へと報告しても構わないと思うけど、それじゃ彼女のプライドとやらを傷つける。

 何より更生させる対象に、俺も含まれているのなら、何を言ったって嫌味か何かに捉えられかねない。

 彼女と一緒……逆効果だ。

 

 それに彼女の様子。

 

 アノ上の連中のまとめ役がこの先にいる。

 それらをまとめて一気に更生できる…とでも、思っているのか。

 目を爛々と輝かせ、鼻息荒く、勇み足で駆け出そうとしていた。

 すっげぇ楽しそう…。

 

 んな所だったから、即座に両脇に手を入れて、持ち上げた。

 ぶら~んと…。

 …しかし、この園さんへの対応…前に一度した事があるよな気がする。

 

 俺先に行くと言い出した直後、やっぱり即答で拒否された。

 

 だから…

 

「今は、貴女が俺らの大将なんですから、俺らを顎でこき使えば、いいんですよ」

「そうはいかないわよっ! というか下ろしなさいよっ! そもそもっ! 風紀い…」

 

 何か言いかけたが、即座に中村がフォロー。

 

「そうですよ。こういう役目は、卑怯者の尾形に、丸投げすりゃいいんです」

 

 …フォ…。

 

「適材適所って奴ですよ。こういった事、この卑怯者は得意ですから」

 

 ……おい、お前ら。

 

「風紀委員長なんすから、最後にまとめて全体的な事を取り決めればいいんですよ。…相手、女でしょう死ね」

「そうそう。それまでは、このタラシ殿にやらせて、ふんぞり返ってりゃいいんっすよ。…慣れてるでしょう死ね」

「…お前ら、後で泣かす」

 

 悪意が見え隠れするフォローが、後ろから届いた。

 …いや、隠れてねぇ。

 

 愛想笑いしか、出来ない…。

 風紀委員が、普段どんな感じかは分からないが、こんな事で納得してもらえませんでしょうか?

 少しウンウン、腕を組んで悩んだ挙句、漸く許可を頂いたという現状でござんす。

 

 …。

 

 あ、はい。下ろしましたよ?

 

 …そうだね。カチューシャと何となく、被るんだよ…この娘。

 

 

 

 

「尾形、どうした?」

 

 …っと、考え込んでしまった。

 そうだな、こんな場所だ。

 急に止まれば当然、なにかあったと思うか。

 

「ここは店…なんだろうよ。扉から、カウンターが見える」

 

「店?」

 

 そうだな、完全に店だ

 透明の扉から見える、その店内。

 木製のカウンターの奥に、酒瓶と思われる物が立ち並んでいる。

 こりゃ…BARかな?

 なんで、こんな所に…まぁいいや。

 ここで、奥しても仕方がない。

 

 さっさと入ろう。

 

 軽く扉を押すと、少し軋んだ音がする。

 奥へと開かれていく扉…微かに聞こえていた音楽が、ハッキリとした音に変わった。

 正確には音楽ではなく、歌だ。

 奥からスピーカーを通しての歌声が、耳に入る。

 

 歌詞からすると、船乗り…いや、これも海賊か?

 その様な少し、ゆっくりなテンポの歌。

 

『 海を行け、~七つの海を越えて…… 』

 

 入口に体を遠し、店内へと脚を踏み入れた。

 

 髪も何もかも真っ白な女…生徒なんだろう。制服を着ているしな。

 その歌っていた女性と目が合うと、歌を止めてしまった。

 

「……」

 

 …すっごく、まっすぐ見られてますな。

 

 まぁ、俺みたいな男が、急に入ってきたら、何かと思うわな。

 気にせずに、そのまま進む。

 

 歩きながら周りを見渡すと、まず最初に、天井のシャンデリア…その橙色の光を、磨かれたカウンターが反射していた。

 

 その反対側には、ソファーとテーブルが並ぶ、別席が見える。

 帽子で、目元を隠した様に、腕を組んで座っている女性がいる。

 あぁ、アイマスクの代わりにしてるのだろうか? 寝ている様に見える。

 が…すぐに、少し帽子を上げた。

 そこから見えた片目で、俺を警戒した視線を刺すように向けてきた。

 

 後は…あれは樽…か? オブジェ用であろう樽が、店の隅に数個、積まれている。

 後は、壁にサメの頭部の作り物。

 ん? 海図…? 絵画の様に額に入って、壁に掛けられている。

 全体的に、やっぱり海賊のイメージが強調されている店内。

 

 カウンターの中には、シャカシャカとリズミかるな音を、両手に持っているシェーカーで奏でながら、少し眠そうな目をした女の子が立っている。

 蝶ネクタイにベスト姿…彼女、バーテンダーか?

 目を細め、こちらを見ている。

 

 その前の席に…。

 

「…………」

 

 どしたんだろう…。

 爆発した様な…すっごいパーマをした…髪の毛の色も凄いな…。

 そのすごいヘアースタイルの…背の低そうな、女の子がカウンター席に座っている。

 あぁ…失敗したんだろうな…でも女の子だ。

 

「…なっ!?」

 

 切ることもできないんだろう…うん。

 触れないで上げよう…うん。

 ほら…半分此方に顔を向けて、視線を俺に投げてきている。

 おっちゃん、気にしないよ? 触れないで上げるから、そんな目をしないでね?

 

「…コノ……」

 

 何故か目を見開いて、すっごい睨んできたけど…なら視線を逸らしてあげよう。

 見られてると思うからだよねぇ。

 

「ガッ…ッ!!」

 

 さてでは、気にせず、まとめに入ろう。

 まぁ…まとめるまでもないか。

 

「…BARか」

 

 壁…柱…何もかもが、少し古ぼけているが、全体的に綺麗な店。

 先程までの通路とは違い、落書き一つ無い。

 少し…懐かしく感じた。

 はっ…人の少ないBARは、昔の……逃げ場でもあったからな。

 

 そう、カウンター席の一番奥。

 此方を見ようともしない、その女生徒。

 ロングコートを羽織り、赤いリボンでシンプルに髪を後ろに纏めている。

 

 ……。

 

 昔の自分と、少し重ねてしまった。

 まぁ…よく俺が座っていた席と同じ場所…って、だけなんだけどね…。

 

 古く…常連しかいない様な、流行りすら気にしない…商売気なんて無いようなBAR。

 

 人が多い大衆酒場なんて、人から逃げたかった俺には無理だった。

 だからと言って、家で一人で飲み続けると、その内に………死にたくなる。

 

 だから、客へ話しかけても来ない。客も少なく、ただ飲ませてくれる店。

 そんな店を見つけ…飲みいける時間があれば、そこに入り浸ていた。

 

 BARなり…居酒屋なり。

 

 あの女生徒の様に…カウンターの一番端で…壁際で。

 

 …彼女含め、全部で5人。

 

「…はっ」

 

 変に感傷的になってしまった。

 渇いた笑いが出た所で、切り替えようか。

 

 …んじゃ、本来の目的に戻ろうかね。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

「何してんだ、お前ら」

 

 園先輩に一応意見を求めようと、後ろにいるその方へと振り向くと…誰もいなかった。

 開かれてた扉の前で、店内に入る事を躊躇している3人がいた。

 正確には入口前に、両手を広げ、中村と林田の入店を阻止している園さんの三人。

 

「大人のお店だったら、どうするつもりなのよっ!! 未成年は入店禁止なのよ!?」

 

「……」

 

 園さんが、なんか言い出した。

 頭を押さえて、少しため息がでた…。

 まったく…融通が利かないってのも、大変だな。

 

「謝って出りゃいいだけの話でしょうよ…。大人の店じゃないですから、さっさと来てください」

 

「……」

 

 俺の言葉で、漸くその状態を解除し、ゆっくりと此方に近づいてくる。

 おや、思いの他に慎重…。

 

 …でもなかった。

 

 すぐに船舶科の制服を着た、女生徒達を見ると、その脚を速め、ズカズカと俺の下にまでやってきた。

 特にバーテンの娘を見た時かね。

 生徒が店員だと分かったからだろうか?

 

 釣られて中村達もご到着。

 

「ぉぉ…夜の店風…」

 

 小さな林田の呟きを他所に、残りの3人が集合。

 その様子を見て、これで全員だと分かったのか、シェーカーを振る手を止めて、バーテンの娘が無愛想に一言。

 

「店に入ったら、まず注文しな」

 

 店員としての一言だろうが、その警戒した目を向けたままだった。

 その目にも気づかないのか、わかっていての行動なのか。

 俺の前へと、脚を出し…手を腰に置き、元気よく…。

 

「私達は、お客じゃないわよ!」

 

 そうハッキリ言い切った…。

 だから、園さん…。

 …会話の流れとか、色々とあるでしょうよ…一応、ここお店。

 

「冷やかしなら、帰んな」

 

 バーテンの娘が、目を伏せ、冷たく言い放った。

 

「冷やかしでもないわよ!」

 

 はぁ…。

 

「俺がやるって言ったでしょうに…まったく」

 

 中村に目配せをすると、園さんを少し後ろへと引き下がらせる。

 いや…こいつら、連れてきて良かったわ。

 二人きりだと、多分…暴走させたままになりそうだ。

 人手が多いと、こういった時に助かる。

 

 っっと、そうか。

 

「だから…報復とかそういった事をする連中じゃないから大丈夫ですよ?」

 

 男の俺が、まず最初に入ったからだろうか?

 鬼怒沼さんが、男連中は、追い出したって言っていたしな。

 まぁ…先に言っておこう。

 

「俺らは、生徒会の者です。あぁ俺は、生徒会役員書記の尾形って言います」

 

「生徒会~? しかも役員?」

 

 失敗したヘアースタイルの娘が、訝しげに此方を振り向いた。

 

「失敗してないっ!!!」

 

 ……。

 

「優しい目で見るんじゃないっ!!」

 

 大丈夫大丈夫。

 顔を真っ赤にしなくてもいいからねぇ?

 

「……あれ、大丈夫か?」

「…尾形が全力で、喧嘩売ってる」

「本人自覚ないみたいだけど…?」

 

 モコモコしている小さな子の横から、なんか踊りながら白い娘さんが、視界に入ってきた。

 

「ふ~ん。でぇ? その生徒会様が、何しにアタイの縄張りに入ってきたんだい」

 

 まぁ当然と言えば、当然の質問ですね。

 その後ろにゆっくりと、後ろに座っていた、もう一人の少し大きめの娘さんが……。

 

「……」

 

 …座っていたから分からなかったが…分からなかったがっっ!!!!

 

「…ん?」

 

 っと、いけない。

 じーと見ては失礼だ。眉を潜ませてしまった。

 先に本題を済ませよう…。

 

 …うん。

 

「簡単に言えば、生活指導って奴です」

 

「生活しど~?」

 

 はい、鼻で笑われましたね。

 まぁそうだろうな…。いきなり来て置いて、何言ってんの? って感じだろう。

 白い娘が、先程まで使っていたマイクを此方に向けて、ブラブラと先端を降っている。

 

「なっ!!」

 

 その態度を見て、後ろで憤慨している、約一名が容易に想像できるねぇ…。

 

「えぇ。ですから、上の他の船舶科連中も含めて、一応君達のまとめ役というか、リーダーに話がありましてね」

 

「オヤブンに?」

 

 ヘアースタイルが失敗した子が、「失敗してないって言ってんだろっ!!」

 

 …

 

「だから、その目もやめなっ!!」

 

 あの子、ストレートとかに髪型変えれば、かなり可愛くなるんじゃないだろうか?

 

「なっ!?」

 

 うん…だからスルーして上げよう。

 

「なによアレ」

「アレが噂のアレです」

「中村…俺、リアルタイムでは、初めてだ」

「はっ…その内に慣れる」

「「 …… 」」

 

 何を言っているんだろう…まぁいいや。

 んじゃ、こっからだな。

 

「オヤブン…ね。まぁそうです。そこの隅に座っている方に少々、要件がございまして」

 

「「「「 …… 」」」」

 

 まぁ、一発で分かるよね。

 

 先程からの騒ぎにも、一切関与しない…そんな風体で、一人で飲んでいるコートの娘さん。

 

 彼女が、リーダーだ。

 

「…どうしてそう思う」

 

 ここでバーテンの娘さんが、口を開いた。

 作業する手を止めないで、目だけをジロリと此方に向けて。

 

「いやぁ…ここって、ほら。海賊を基準にしているだろ? んならさ、隅っこで座っている娘さんって、コートを一人だけ羽織っているし…」

 

「尾形…いきなり口調が崩れたな」

 

 中村。ここまで来たら、変に取り繕わない方がいいんだよ。

 敬語ってのは、上から目線に感じる口調にもなんだよ。だから目線を合わせる。

 

「同じく帽子に一人だけ羽をつけてるしな。海賊ならっ! これこそキャプテンの風貌だろうっ!?」

 

 言い切った。

 大声で、それこそ勝ち鬨の様に…。

 おや、全員がぽか~んと、口を開けてるな。

 

「尾形…お前、めちゃくちゃな理論を、たまに言うよな…」

「んな、格好だけで決め付けるなよ…」

「大丈夫かしら、貴方に任せて…そもそも理論ですらないわよ?」

 

「うるさいなっ!! 浪漫ってのは、理屈じゃねぇんだよっ!! 良いじゃないか海賊風っ!!」

 

「…気に入ってたのか、この場所の雰囲気」

「まぁ、うん。何となく分かるがね」

 

 本当にうるさいなっ! いいだろうっ!?

 

「肩にオウムがいないのが残念だが、どうだっ!?」

 

「「「「 …… 」」」」

 

 おやっ? 奥の娘さんが、楽しそうに口を歪ませたね。

 というか、他の四人も開けた口を閉じて、少し悔しそうな顔を…え…当たったの?

 自分でも結構、適当な理論だと思ったんだけど、本気で!?

 

「で? どうだろう。取り次いで欲しいのだけど?」

 

「……」

 

 あら…当たってた。

 否定をしない。

 奥の彼女を見る、俺の視線を遮る様に彼女達が、並んで壁となった。

 

 まぁ、強引に、直接本人の前まで、行ってもいいのだけど、多分それは悪手だろう。

 オヤブン…親分か。

 んなら、この娘達はその子分だろう。

 彼女達のメンツもあるだろうし、彼女達から言ってもらうのが、一番だ。

 う~ん…どうしたもんかね…。

 

「あ、ちょっと失礼」

 

「…中村?」

 

 先程まで傍観していた中村が、俺の腕を引き、少し顔を近づけてきた。

 なんだ?

 

「河嶋先輩からの事を、言った方が早くないか?」

 

 あ~…まぁそうだな。

 何か彼女達を庇ったそうだけども、それなら桃先輩が言えば、話くらいは聞いてくれそうな気はする。

 それが一番、てっとり早いとは、俺も思う。

 彼女本人に連絡を取れたら、簡単だったのだけど、今日は終日大切な用があるみたいだから、俺に園さんの同行を依頼してきたんだろうしなぁ。

 なんの用事か、分からないし、邪魔をしては悪い。

 本来は、朝の出発する時に一度顔を出すという話だったのに、来なかったし…本当に何か大事な要件なんだろう。

 

「…実はな、俺…今回の同行は、会長に頼まれてるんだよ…」

 

「……何?」

 

 会長?

 そこまで言うと、ポケットから見せるように携帯を取り出した。

 

「ただの地下を見たいってだけで、同行する訳ないだろうよ…林田もそうだ」

 

 取り出した携帯を操作して、そのまま耳に当てた。

 って、事は…誰かに電話をかけている?

 

「…お前の実用可能…って、言葉を会長も思っていたみたいでな」

 

「何を言ってんだ?」

 

「細かい話をしたり、話させるとバレる可能性があるから…お前、ちょっと年下に叱られてみろ」

 

「は?」

 

「要は、お前と河嶋先輩の繋がりを、提示してやれって事らしいよ? 後で口裏合わせて……あ、もしもし?」

 

 中村の耳元の携帯から、明るい声が漏れて聞こえる。

 先方と繋がったって事だろう。

 中村が、一言…例の事を頼むな? と、言うと…その手の携帯を此方に向けてきた。

 その画面表示は、スピーカーになっている。

 

『 またかぁ!! 尾形書記ぃ!! 』

 

《 !!?? 》

 

『 これで何度目だァっ!!! 』

 

 携帯から突然聞こえた怒号。

 俺だけでなく…後ろに構えている、船舶科の娘さん達も反応した。

 聞き覚えのある、特徴的なその声に…。

 半身で後ろを振り向くと…うろたえている船舶科の娘達。

 

「あれ…今の声って、河嶋先輩?」

「そうですね」

「ん? あぁ、尾形は、そもそも「河嶋 桃先輩に頼まれて」…ここに来たんですよね? 園さんの手伝い自体が、「河嶋 桃先輩のお願い」でしたし?」

 

 

《 !!?? 》

 

 

「何を今更、言ってるのよ」

 

 …分かった。

 提示する様に…少し大きな声で話す中村。

 説明口調が、ややワザとらしいが、確かに…まぁ有効かとは思うけど…。

 

『 聞いているのか、尾形書記ぃ!! 』

 

「え? あぁ、はいはい。ちゃんと…聞いてますよ?」

 

 一応、会長がお膳立てをしているので、即座に切り替え…その会話に合わせた。

 

 その電話口の声に、明らかに動揺し始めた彼女達。

 

「え…桃さん?」

「桃さんっ!?」

 

 俺の人間関係を提示するには、これが手っ取り早い方法だったとは思う…けどなぁ…なんか、騙してるみたいでやだなぁ。

 まぁ…俺達が、桃先輩との関係を言った所で、怪しまれて、信じてもらえないかもしれない。…だったらって、説得する手間が省けている…とも考えられるけど。

 中村がボソッと言っていた、実用可能発言。

 例の宴会で、その言葉は俺も言った…よって、この電話相手は…。

 

「…佐々木さん……だね?」

 

 小さく、電話口に内緒話をする様に、近づけて話しかけると…。

 

『 あ、そうでっ……そ…そうだッ!! わかったか!! 』

 

「……」

 

 …やっぱり。

 会話の流れは、周りは分からないとは思うけど、勢いで誤魔化してないか?

 ちょっと、素が出たし…。

 

 チラッとまた、後ろを振り向いて見る。

 

 …あ~…あの顔は信じてるなぁ…。

 船舶科の娘さん達が、目を見開いている。

 でも、そこまで彼女の…桃先輩(偽)の声だけで、驚く事だろうか?

 

 しっかし…。

 

 やっぱり実用できたよ! 彼女のかくし芸で見せてくれた、モノマネッ!!

 佐々木さんに迷惑を掛けてしまうから、俺はこの方法は、取りたくなかったけんだけどね。

 杏会長に先を越された…。

 

「…あ、大丈夫です。なんとかなりそうです」

 

 彼女達の俺を見る目が、一気に変わったな。

 例のリーダーっぽい娘さんも、驚愕の表情をしているしね。

 

「さて、河嶋先輩、もういいですか? 尾形もヘコでるし…」

 

『 むっ! よかろうっ!! 』

 

 …下手に長引かせると、逆に不味い…話をさせてくれとか言われたら、即座にボロが出そう。

 さっさとインパクトを与えている内に、電話を切ろう…とでも、思ったのだろうかね? 中村は…。

 

 …なんだ中村、その顔は。

 ドヤ顔すんな。

 

『 …… 』

 

「…河嶋先輩?」

 

『 では、例の約束っ! 忘れるなよっ!! 』

 

「…えっ!?」

 

「…は?」

 

 中村が驚いて、携帯の画面を反射的に見た。

 なんで、今更驚いて…あ、小さく呟いた。

 

「……打ち合わせのセリフと、違うセリフが入ってきた」

 

 ……。

 

 ……え? アドリブ?

 

 

『 新製品っ! 楽しみにしているからなっ!!! 忍ちゃ…河西には、内緒にしておくから安心しろっ!!!』

 

「待ってっ!? 何を急に言っているんですかっ!? えっ!?」

 

 何を言って…楽しみ…新製品…? あっ!!

 

 例の1位の賞品の事か!?

 

 いやいや、まぁ…それは、楽しみにするのは分かるけど、ここで今言う事…か?

 そもそも、河西さんに内緒って、それに安心? どういう…

 

 

『 しっかりデートする様に!!! 』

 

 

「はっ!? えっ!! ちょっ!?」

 

 

 ブツッと…。

 

 そこで電話が切れた…。

 

 デー……は?

 

《 ……………… 》

 

 中村の手に持つ、携帯を呆然と、見つめる…。

 

 店内が、一気に静寂に包まれている…。

 そしてここにいる全員の視線を、俺が独り占め…。

 

 彼女達の……み…見られている目が、もう一段階変わった気がする…。

 なん……え? 何っ!? 

 それと全員が、青い顔してるけどっ!?

 

「…はーい、尾形。お前、ちょっとこっち来い」

「おら、さっさとしろ」

「こっちに来なさい」

 

 ……。

 

 即座に状況を判断…変な所、頭が回るようになってきた自分に、嫌気を最近、感じます…。

 

 はい…では、バレない様に、小声で釈明会です。

 

「…どういうことだ? あ?」

「マジで浮気か? あ? あのおっぱいと浮気か? あぁ!?」

「…私が刺して上げましょうか?」

 

「待てっ!! 待て待てっ!! 誤解だ!! 本気でッ!!!」

「何が誤解だ。ハッキリと言い切ったじゃねぇか。デートって…あの河嶋先輩が。あのっ!! 河嶋先輩がッ!!」

「なんで2回言ったんだよっ!! 強調すんなっ!! 林田は知らんのか!? 今の桃先輩じゃないんだよっ!!」

 

 林田は今回の件は、知らなかったのか…いや、どっちにしろスゴイものお持ちですけどっ!!

 だから説明ッ!! あれはバレー部の一年の佐々木さんだったと、懇切丁寧に。

 

 その説明も…あのかくし芸を見ていた園さんは、即座に理解を示してくれたのが幸いした。

 が…。

 

「…お前…一年は、そういった対象に見てねぇって言ってたよな? お得意の嘘か? あ?」

「ちがっ!!」

「ここなら、アイスピックとかなら、ありそうですよね、園先輩」

「そうね。アッサリと貸してくれそうね」

「聞いて? 本当に知らねぇの!!」

 

 はい…今度は、かくし芸の優勝賞品の解説をさせて頂きます。

 彼女達の希望は、予想通り、バレー部復活でしたが、これは却下。

 お金でどうこうなるものでは、ございません。…協力はするから…と、その場では納得して頂きました。林田、睨むなッ!!

 それで…その…10万円分の賞品は、バレー用品。まぁスポーツ用品とも言います。その新製品。

 結構、物によっては、良い金額しますからね? ああいったのって…。

 ソレを、一緒に購入、荷物運びとして、俺が駆り出される事になった…そういった話です、はい。

 

「…中村先生どうでしょう?」

「はい、林田さん。俺にはすべてが、解りました。多分…相手は佐々木さんじゃ、御座いませんね」

「でも、あの嬉しそうな言い方だと、あの子じゃないの?」

「…河西さんに内緒だと言っていたのが、ネックです」

「と…言うと?」

 

「ありゃ相手は、近藤さんだ」

 

「「「 …… 」」」

 

「…なんでわかった。…その件な? 何故か彼女が言い出して…なんか、二人で行く事になった」

 

「「「 …… 」」」

 

「お前…マジで、一度死んどけ」

「!!??」

「園先輩。…確か、刺されても致命傷にならない人体箇所って、ありましたよね?」

「あるわね。今度、詳しく調べておくわ」

「なんでお前ら、仲良くなってんだよッ!!」

 

 はいっ!! 快く弁解が釈明できて、平和的解決ができましたッ!!

 

「何、言ってんだ」

「何も解決してねぇよ」

「…それより、彼女達見てみなさいよ」

 

「 ………… 」

 

 後ろを振り向くと、彼女達の目が…見えませんでした。

 影に隠れて、目元なんて真っ黒…。

 

「ね…寝不足かな?」

「余裕あるな、お前」

「一応、河嶋先輩って、彼女達にしたら恩人なんだろ? そりゃ…いきなり、あんなんじゃなぁ……ははっ!!」

「林田…なんで、お前嬉しそうなんだよ」

「はぁ…どうするのよ。…私でもわかるわよ」

「殺気に満ちてるなぁぁぁっ!!! 素晴らしい誤解でも与えたんじゃねぇ!!??」

「だから、なんで嬉しそうなんだよっ!!」

「…責任とれよ」

「小細工なんてするからよね。いってらっしゃい」

「逝ってらっさい♪」

 

「……」

 

 うっわ…すげぇ、睨んできてる…。

 

「…恨むぞ、中村」

「う~ん…ちょっと、角谷会長の私怨も感じたな…。俺に内緒で、別台本があったのかも…」

「なんでだよ…お前が…」

「……」

「…な…なんだよ」

 

「どちらにしろ、身から出た錆だな」

 

「……」

 

 重い足取りで、また彼女達の元へと、ゆっくりと歩いていく。

 さぁ…どうしよう…。

 では一応…片手を上げて、にこやかに…。

 

「で……で? ど…どうでしょう?」

 

 お…おー…睨まれておる睨まれとる…。

 まぁ、釈明させてもらえば、分かってくれるとは思うけど…今の状態じゃ…無理だよなぁ…。

 俺が発言する前に、白い娘が口を開いた。

 

「…オヤブンに会わせてもいい…だけどね…その前に…」

 

「アタイらと、勝負しなっ!!」

 

 ……。

 

 え?

 

「な…なんで?」

 

 ちょっと、予想とは別の提案…てっきり死ねとか、殺すとか、言われると思ったのに…。

 

 いきなり勝負…って。

 

「アンタが勝てば、アタイらは何も言わない…オヤブンにも、アンタが言うようにナンデモ聞いてやるよ…」

 

「あ~…はい。…ん? ナンデモ?」

 

 あー…頭に血が上って、とんでもない事、口走ってるね…。

 あ、でもこれで釈明できれば、御の字か?

 

「でも…負けたら……サメの餌にシテヤル…」

 

 ……。

 

 もう一度言おう。

 

 あー…頭に血が上って、とんでもない事、口走ってるね…。

 

 全員が気合を入れて、構えたね…暴力は嫌なんだけど…何するんだろ。

 モノによっては、即座に降参でもいいや。

 

 …今は、こっちよりアッチだ。

 

 学校にすっごい、戻りたいっ!! 佐々木さんに会いに行きたいっ!! 杏会長に詰め寄りたいっ!!!

 そして、理由を…理由をっ!!

 

 何考えてるんだろッ!!??

 

 

 

「さぁっ!! 勝負だっ!!」

 

 

 さっさと、帰りたいっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「じゃ、まずアタイからだよ」

 

 スラッと、伸びる…細く白い腕に巻かれた太いロープ。

 細く、スラッとした子が、尾形の目の前に、突き出していた。

 …何?

 その腕に巻かれたロープから、四つ程作った結び玉が出来ている状態で、垂れ下がっている。

 

「あの子…そっち系の趣味…」

 

「は…そっちの趣味? 何言ってんの?」

 

 おい、林田。せめて聞こえない様に口走れ。

 まぁ気持ちは分かるが…取り敢えず、園さんも頭の上に?が、出ているな。

 あ、バーテンの娘が、少し赤くなってため息を吐いた。

 …あの無口な娘さんも、勝負とやらをするのだろうか?

 

「コレを解いてみな」

 

 ドヤさっ! といった顔で、自信の腕から垂れ下がるロープを、指さした。

 う~ん…意図が分からんぞ?

 

「解く? …コレを?」

 

「そうさっ…出来ないなら…」

 

 細い子が言い終わる前に、尾形がスッと腰を落とした。

 そして無駄に太い腕が、そのロープに伸びていく…なんだアノ絵。…如何わしい…。

 

「これでいいのか?」

 

 指を伸ばし、難なくスッスッと、いくつにも緩く玉になっている、結び目を解いていく。

 

 特に苦もなく。

 

 回す様に…。

 

「なにっ!?」

 

「ほい、終わった」

 

 解き終えたロープを摘み、目の前の彼女へと渡した。

 いやぁ…なんだったんだ? 今の…。

 

「尾形、今の良くわかったな」

 

「んあ? フィッシャーマンズベンドだろ?」

 

「いや、名称なんて知らねぇよ」

 

「結び方の名称だよ。船の碇を結ぶ、結び方だ」

 

 林田が少し感心した声で、話しかけていた。

 ソレを他所に、自信の手の中のロープを、悔しそうに目を落としていた細い子。

 徐に白い娘さんが、また手にロープを巻きつけた。

 

「こ…これはッ!!」

 

「はい? また?」

 

「うっさいねっ!!」

 

「…まぁ、いいけど」

 

 尾形に勝負って言った時点で、あ…結構ヤバイか? とも正直思った。

 でもなぁ…考えてみれば、アノ体格の男に、本気で喧嘩売る訳も無し…ちょっと思いの他、平和的勝負で安心したな。

 こんな事なら、全然大丈夫だったわ。

 

「…やはり、そっちの趣味…」

「林田。自分の首を絞めてるぞ」

 

 まったく…自重しろ。

 

 尾形は、また垂れ下がったロープを、普通に外す…。慣れた手付きでスルスルと。

 

「な…え…?」

 

 また外されたロープを見て、驚愕の表情。

 

「…尾形書記」

 

「園さん? あぁ…今のは、ボーラインノットって言いましてね? もやい結びとも言って、船の…」

 

「いえ、なんでそんな事知ってるのよ…。貴方、そんな特技あったのね」

 

「特技? いや、特技というか…転校前に、港町で漁師相手の店で、バイトしてましてね? 客…酔っ払った漁師のおっちゃん連中に、遊び半分で教えてもらったんすよ」

 

「あぁ、なる程」

 

「一般の人は、あまり知らない結び方でしょう? 面白がって…まぁ、俺も面白かったし、散々からかわれながら、教わりました」

 

「…お前、おっさんと仲良くなるのうまいしな。友達作るの下手なのに…」

 

「林田。最後のは…泣きたくなるからやめてくれ…」

 

「…あ、ああ…」

 

 結構、本気で凹んだ尾形の表情に、林田がちょっと引いてた…。

 

 さて…呆然と崩れ落ちた白い子。

 その前に、パーマの子が、庇うようにその前に、立ちふさがった。

 次は、この子か?

 

「次はコレだねぇ…」

 

 その立ち塞がったパーマの子。

 両手に赤と白の…小さな旗を持っていた。

 紅白手旗って奴だったか?

 

「…今度はどうだい? 解読してみな」

 

 言った直後…パタパタと、左右に持ったその旗を上下させ始めた。

 あぁ、手旗信号って奴か? 解読してみなって言ってたし。

 流石にこりゃ、素人には無理だ。

 

 尾形も、ボケーとその姿を見ている。

 

 しばらくバタバタすると、バッと両手を下ろした。

 

「どうだいっ!!!」

 

「え? 何が?」

 

 スッとぼけた声で返した、尾形。

 

「今、アンタ見てたでしょ? …今のを解読し…」

 

「君さぁ…」

 

「あんっ? なによ」

 

「良い床屋、紹介しようか?」

 

「……は?」

 

「秋山理髪店って、言うんだけどさぁ…あぁ、でも、女の子だから美容院か…」

 

「何を言って…はっ!!」

 

「大丈夫っ! ストレートに戻せるよっ!」

 

「 失敗してないって言ってんでしょっ!!!! 」

 

 尾形…デリカシー…。

 

「……」フッ…

 

 めちゃくちゃ、優しい目をしたな…。

 

「その目をやめなっ!! これは、こういったヘアースタイルなのよっ!!」

 

「ストレートの方が、可愛いと思うけど…」

 

「かわっ!?」

 

 だから…お前…露骨にそういった事を言うなと…。

 ん? 今回林田は、大人しいな…あぁ…守備範囲外か。

 

「あ、ごめん。そんな事思ってたら、見過ごした。もう一回やって貰っていい?」

 

「…………カ…」

 

「おーい…。もう一回宜しいでしょうか?」

 

「…し…仕方ないね」

 

 なにこの茶番。

 こいつの…尾形の可愛いとか平気言う、言い方ってのは、裏表がない。

 本当に自然に言うから、タチが悪い…。

 ほら…パーマの子もなんだかんだで、もう一回やってくれるみたいだし…って、他の連中がちょっと引いてるな。

 はい、園先輩。震えないでください。後で如何様にも料理してくれて良いですから。

 

 はぁ…一度、アンケートでも取ってみたいなぁ…各学校の選手達に。そうすりゃ、俺も被害を…あ。

 

 ……。

 

「…中村」

「あぁ…俺も分かった…」

 

 …尾形が、一瞬…悪い顔した。

 

 あぁ…。

 

 パタパタと手旗を左右に動かし始めた、パーマの子。

 本当に律儀にやり直してくれた。

 目線を合わせるように、尾形がその場にしゃがむ…そして両の手を目の前で、開いた。

 そのまま、それに合わせて…。

 

「 !? 」

 

 パンッ! パンッ! と、尾形が手拍子を始めた。

 それと一緒にブツブツと…小さく、そして段々と大きく、聞こえる様に喋りだす。

 口自体は大きく開けている為か、その口元をパーマの子が、注視してるな。

 

「 赤…て……白……て……」

 

「!? !?」

 

「赤、下げてっ! 白、上げてっ!」

 

「!? !? !?」

 

 その声に段々と釣られて、段々とパーマの子の腕が、その声に合わせて動き出した。

 傍目に見ていると良く分かる…尾形…お前…。

 

「赤、上げてっ! 白、上げてっ!! 白下げてっ!」

 

「っ!! っ!!」

 

 …簡単に引っかかってるな…マジカァ…。

 見た目の割に、すっげぇ素直だぁ…。

 

「白、上げないで……白上げないっ!!」

 

「!!!!」

 

 あ、はい。

 バッと腕が、天に掲げられた。

 

 …白いのが高く上げられるな。

 

「あぁぁっ!! 負けたぁ」

 

「はい、俺の勝ちっ~」

 

「くそー!!!」

 

 …いや。

 

 いいのか、それで…。

 

「はっ! ち…ちがっ!! これじゃないっ!」

 

 はい、尾形のターン。

 

「今、君は負けを宣言した」

 

「っ!!」

 

 はい、尾形のターン。

 

「そして、俺の勝ち宣言に悔しがったって事は、ソレを認めた」

 

「っっ!?」

 

 はい、尾形のターン。

 

「んじゃ、俺が勝ったから、今度ストパにしてみてね?」

 

「それは、関係ないだろうっ!?」

 

 はい、尾形の…って、もういいや…。

 

 色々と問題をすり替えている…。約束って…お前、またここに来るつもりかよ。

 四つん這いになる様に、崩れ伏せているパーマの子。

 その姿を見ながら、尾形が立ち上がった。

 

 

「 次 」

 

 

 お前…もはや、楽しんでるだろ…。

 立ち上がり、格好でもつけてるのか? 背中をバーテンの子に向けたまま、顔を半分振り向けた。

 そして、それに応える様に、バーテンの子が、カウンターへ腕を伸ばし、肘をつけた。

 

「…こっちきな。次は、これだよ」

 

 …なにこの空気…。

 

「……ぇ…本気で?」

 

 その格好を見た尾形が、少し驚いた顔をした。

 頭を少しかき、いつも腕まくりしている長袖の制服を、更に捲る。

 相変わらず、引くほどの太い腕に力を込めたのだろう…少し、筋肉が膨れ上がった。

 

「  」

 

 あ…ドン引きしてる…。

 そっりゃ、初見じゃ驚く所か、引くわな…。

 

 その表情を他所に、尾形はカウンター席へと腰を下ろす。

 そのまま…ゴトンと音が出るほど、肘をカウンターへ打ち付けた。

 至近距離で、しかもこんな人の影が、濃く映るライトの下…。

 バーテーンの子からは、その暑っ苦しい、腕しか見えないだろう。

 

「…腕相撲は、久しぶりだァ…」

 

 ニタァ…と、楽しそうに笑った…。

 いや、本当に楽しそうに…。

 

「」

 

「…誰も相手してくれないんだ……こんな、目の前で、筋肉の膨張が繰り返される素晴らしい競技なのに、誰も…」

 

「 」

 

「漁師のおっちゃんとか、兄ちゃんとか…一通りなぎ倒したら、みんな逃げる様になってしまってな…」

 

「  」

 

「大丈夫、大丈夫…手加減するから…」

 

「    」

 

 バーテンの子が、腕を引っ込めた…速攻で…高速で…。

 そりゃそうだ…腕の大きさとか、長さが全然違うし、目の前の大男は、気持ち悪く笑ってるし…そりゃ逃げる。

 

「ち…違う。指相撲…」

 

 怯える声で、か細く、可愛く言ったな…。

 

「ぇ…」

 

 尾形…泣きそうな顔するな…。

 

「そうか…そうだよな…。女の子だしな…」

 

 …今度は、悲しそうな声を出すな…。

 

「まぁ…いいや…やろうか…」

 

 …あぁ…明らかにやる気なくしてるな。

 手を悪手の様に、差し出した。

 あ…断られ慣れてるのか、切り替えが早いな、尾形…。

 

「…う…」

 

 バーテンの子が若干…いや、滅茶苦茶警戒の色を出しながら、その手に大人しく、手を合わせ、親指同士が出るように握り合う。

 その握り合う手に、全員が注目を…。

 

 …

 

『 はぁいっ! 始まりました指相撲対決ッ! 』

『 いきなりですね、林田さん 』

 

『 ここは、ナレーションをしろとの、天の声が聞こえましたのでっ!! 』

『 まぁ、いいですが…結局、腕相撲…から、指相撲へとシフトチェンジしただけですね 』

『 はぁいっ! 白い胸の薄い方のマイクを借りての、実況となりますっ!! 』

『 今回は、ゲストが居りますね 』

『 はいっ! 今回のゲ… 』ア…ハイ……スイマセン、ゴメンナサイ

『 怒られるのが、分かりそうなモノですのに…はい、では今回のゲスト 』

『 えっ!? 私もやるのっ!? 』

 

『 はぁい、園 みどり子さん…先輩ですね 』

『 よろしくお願いしますっ! 』

『 わ…わかったわ 』

 

『 はい、両者にらみ合って……ないっすね 』

『 …バーテン子さんが、若干頬を赤らめているのが、何となく気に食わないですね 』

『 なぜでしょう? 流石に初対面でしょうに… 』

『 はぁ? 貴方達、馬鹿なの? 』

『 おぉっ! 直接、シンプルな罵倒っ! 』

『 園先輩は、分かるんですか? 』

 

『 そ…それは…。私も女ですもの… 』

『 は? 』

『 幾ら初対面とはいえ…その… 』

『 あぁ…結構、乙女なんですね、園先輩 』

『 うっさいわねっ!! 』

『 …中村。どういう…何が? え? 』

『『 …… 』』

『 要はな? 林田…。バー・テン子さんは、尾形と手を繋いだような状態だろ? 』

『 そうだな… 』

『 それが、恥ずかしいんだろ 』

『 はぁ? 』

『 単純に照れているって、だけよね? アレ 』

『 …ぇ? は? 』

 

「っっ!!!」

 

『 あ、睨まれましたね…図星だったようですね 』

『 …顔真っ赤じゃない 』

『 林田、お前だって女の子と手を繋いだら、少し照れるもんだろ? 童貞のお前なら尚更… 』

 

『 照れる? 何故? 俺なら直後に撫で回す 』

 

『『 …… 』』 

 

『 そのまま肌の感触を…『 はいっ!! では、試合を開始してくださいっ! 』』

 

「レディー…GO!!!」

 

『 開始の合図が、パー子選手から発せられましたっ!! 』

「ぶっ殺すわよっ!!??」

 

『 おっとっ! バー・テン子選手っ! 牽制しながら、尾形の親指の根元をチクチクと攻撃っ! 』

『 尾形書記は、微動だにしないわね…。指を動かそうともしない…まぁ、指の大きさとかあって、彼女の細指では、難しいかしらね 』

『 尾形の根元を、舐め回すかの様に先端で刺激してますねっ! 』

 

『『 …… 』』

 

『 そのまま刺激する様に…『 林田、お前もう喋るな 』 』

『 ナレーションなのにっ!? 』

 

『 でもよぉ…大丈夫か? あの子… 』

『 何がでしょうか? 』

『 尾形…指だけで、ゲーセンのコイン曲げれるよな? 』

 

「 っ!? 」

 

『 結構、あの子、指で畳もうとしてるのに、微動だにしねぇし…尾形、本気出したら、あの細指折れない? 』

『『 …… 』』

『 あ、バー・テン子選手が、固まりましたね… 』

 

「大丈夫だ。手加減する」

 

『 …そのセリフが出る時点で、勝負が着いたように感じますね… 』

 

「なに…彼女の手。握るだけで分かる…ちゃんと「作る」側の手だ。そうだ、分かる。この手は結構、努力しているってな? …傷なんてつけないさ」

「っっ!?」

「手のタコで分かる…だから、努力できる人は、例外なく俺は尊敬できる。そんな人に対して…アレ?」

「…………」

 

『 きめぇぞ、尾形選手 』

『 普段出さない声出しやがって… 』

『 女の敵… 』

 

「園さんっ!?」

 

「…………」

 

「あの…バーテンさん?」

 

『 …予想以上ににチョロかったすね。ね? 園先輩 』

『 あの子…顔真っ赤じゃない… 』

『 努力を評価されない環境…だったのかな? 俯いてしまった… 』

 

「………私の負け。棄権する」

「え?」

 

『 棄権したわりに、手…離さないっすね、中村さん 』

『 完全に硬直してますね、林田さん 』

『 なにあれ… 』

『 園先輩は、初見ですか? アレが、タラシ殿です 』

『 はい、女性の弱点を無意識に、ピンポイントで攻撃。しかも男慣れしていない女性限定。クズですね 』

『 …でも、彼女って、戦車道関係ないだろ? 戦車道乙女キラーだろ? 尾形って… 』

『 さぁ? 』

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

「…尾形」

 

「なんだよ」

 

「……死ね」

 

「なんでだよっ!!」

 

 なんだろう…速攻でケリがついてしまった。

 一心不乱に、シェーカーを振り回すバー・テン子さんと、信じられないモノを見る目をしているパー子さん。

 呆然としている、細い子。

 

 …現時点で、初期の殺気は、微塵も感じられない…。

 

 まぁ…次で最後か…。

 

 先程までの工程を、真顔で見ていた最後の生徒。

 

 …大丈夫か?

 

「面倒ね」

 

 このタイプは、口八丁…タラシ殿では、どうにもならないだろう。

 完全にパワータイプ。

 一言、呟くと尾形の後方に、仁王立ち。

 それに対して、牽制するかの様にカウンター席から、尾形は立ち上がり同じく仁王立ち。

 

 …そして、その仁王立ち…同士、睨み合う形に自然となっていった…。

 

 女性が、口を開いた。

 

「えぇ…面倒ぅ…ねぇっっ!! アンタもこっち側でしょ!? 腕っ節で勝負よっ!!!」

 

 叫んだ直後…その右腕を大きく振りかぶった。

 …ちょっと、これはまずい。

 

 先程までのちょっと、浮ついた空気がぶっ飛んだ。

 本気で、尾形に殴りかかって行った。

 

 

 突き出される拳。

 

 

「ちょっと!!」

 

 明らかな暴力…。

 反射的にだろうが、焦った様に叫ぶ、園先輩。

 

 ……。

 

 …………。

 

 尾形は、その拳を、先程の様にまた…難なく…しかも、横からその手首を掴んだ。

 

「なっ!?」

 

 腕を取られたのに驚き、反射的に腕を引くが、ソレを尾形は逃がさない。ガッツリ掴んで振りほどけない様だった。

 ならば…と、反対の腕も振りかぶり、即座に振り下ろす…が、その拳を正面から、手で掴むように受け止めた。

 反射的に、左腕を引き、逃げようとしたのだろうが、右腕は離されていない。

 

 尾形が、右手をそのまま大きく開くと、それに合わせる様に指を交差し、手の平同士で組み合った。

 同じく反対側の腕と手。それに合わせる様に手の平同士で組合った。

 

 力比べ…。

 

 違う…正確には、それは力比べではなかった。

 

 両手でねじ伏せよと、全身の体重もかけて尾形を押す、体格の良い子。

 両肘と肩を上げ…って、おいおい…女の子の腕じゃないぞ…。

 膨れ上がる筋肉が、嫌でも目立つ。

 

 が、踏ん張る事もしないで、普通に立っている尾形。

 

 …微動だにしない。

 

 全身を使って、ねじ伏せようとしている彼女に対して、尾形は腕だけで制している。

 素人目でも分かる…その圧倒的な差。

 

 目を丸くして、信じられないといった顔をしてながら、目の前の微動だにしない尾形を見上げている彼女。

 同じく、周りの崩れ落ちている子達が、目を丸くしてその光景を眺めている。

 

「くっ!!」

 

 どのくらいの時間が経過しただろう…一方的に尾形に対して押していた彼女に変化が出た。

 

 力で敵わないと思ったのか、上げていた肘を引いた。

 一度距離を開けようとでも、思ったのだろうか? 押し込んでいた体勢を後ろへと引いた…が。

 

 動かない。

 

 今度は強引に、両手を振り解こうと暴れるも、尾形のその手を掴んだまま。

 その状態をキープする様に一切微動だにしない。

 

 全力で離れようとする、体格の良い娘。

 尾形の体勢を崩す為に、蹴りを入れるなどの行為がない。

 プライドなのかな? 兎に角、腕の力と体重だけで、手を離そうと藻掻いている。

 

「くっそっ!! 気味が悪いっ!!」

 

 そうだな、気味が悪い。

 

 なぜなら…真顔。

 

 尾形の顔が、先程までのヘラヘラした顔ではなく…終始、真顔だった。

 

「いや…これ、ちょっと不味くないか? 尾形、キレてね?」

 

「えっ!?」

 

 林田が呟いた。

 そうだな…尾形って、基本的に暴力を振るってくる相手に対して、容赦がないように思える。

 ベコを着ていないが、アレの事件とか決勝の時とか…あの動画を見ると、何となく林田言う事も分かる。

 

 …その林田の呟きを聞いた、船舶科の子達が、向き合っていった。

 その尾形に対して、焦りの表情が浮かび上がる。

 直接的な暴力を働いてきた彼女に対して、先程までヘラヘラしていた尾形が、表情を消したのだから…そりゃ焦る。

 あの娘は、ここでの文字通り、腕っ節代表なのだろう。

 その代表を、あの体格の男が、圧倒的な差を見せつけているのだからな。

 

「こっっのっ!!」

 

 周りの空気を察したのか、体格の良い子の足が遂に出た。

 蹴るとかでの行為ではなく、尾形の腹に足を添えた。

 そのまま脚に付け踏ん張りをつけ、体を思いっきり離そうとする……も、ビクともしない。

 

「……」

 

「っっ!?」

 

 本格的に彼女が、焦り始めた。狼狽…とも言えるかもしれない。

 そりゃそうだ…。

 受身も何もない…完全に全力を出しているのだろう。

 

 ……が、それを見下ろす…真顔で一言も喋らない尾形。

 

 怖いのだろうか? うん…正直、この尾形は、俺でも普通に怖い。

 もはや、一旦距離を取る目的ではなく、完全に尾形から逃げる為だけの逃避行動になっていた。

 彼女の足が、更に高く上がっていた。

 すでに全体重を後ろへと集中させ、片足でぶら下がる様な体勢になっていた。

 

 しかし動かない…。

 人一人の体重と力を受けて、それでも微動だにしない尾形。

 

「中村。止めようか。ちょっと洒落に、ならんかもしれん」

 

「そうだな、園先輩、下がってて下さい」

 

 園先輩の返事が帰ってくる前に、林田と一緒に、尾形の元へと足を出した。

 林田は、こういった事でもそうだけど、結構決断が早い。

 自分が、優柔不断な分、決断ができる人は尊敬する…だったか?

 尾形も、それを頼りにしていると言っていたしな。

 ハッキリと、頼りにできるとか…尊敬とか…その、小っ恥ずかしい事を、林田本人へ直接言ったからな。

 

 俺には……は、まぁいいや。思い出すだけでハズいしなぁ…。

 

 あいつ、身内には、男でもタラシ殿が出るからタチが悪い。

 んな事だから、ホモ疑惑だ出るんだ。まったく…。

 

「……」

 

 …ま、んな訳で、俺も変な所、頼りにされてるみたいだしな。暴走寸前の悪友を止めてやるか。

 その悪友を見ると…ちょっと、本気で洒落にならなくなっているしな…。

 まっずいなぁ…。

 

 ソレからぶら下がる彼女の顔が……完全に怯えていた。

 

「おい、おが…」

 

 俺達が声を掛ける前に…

 

 怯え切った彼女に対して、漸く尾形が口を開いた。

 

 

 

 一言。

 

 

 

「 美 し い っ !!! 」

 

 

 ……。

 

 

 ………は?

 

 

 

 意外すぎるその言葉に、俺達を含め、船舶科の子達も口が開いた…。

 

 ぽか~んと。

 

 変わらず真顔で、言い切る尾形。

 

 張り詰めていた空気が、何とも言えない空気に変わった…。

 

 

《 ………… 》

 

 

 …まー…そうだな。

 

 大体、こういう時の役目って、俺だよな…はいはい。

 聞きゃいんでしょ…聞けば…。

 

 だから、見るな! 林田、園先輩。

 

 でも溜息の一つくらい、許されるだろう?

 

「はぁーー…………尾形。今、なんつった?」

 

 後頭部を、少し痛みを感じるくらい強く掻きながら、いつもの様に聞いてみた。

 あ~…うん。

 

「美しいと言ったんだっ!! さっき、チラッと思ったが、やはり思った通りだった!! 美しいッ!!」

 

 何言ってんだ、こいつ。

 

 片足を尾形の腹にかけたまま、体格の良い娘すらも、口をポカーンと開けた。

 

「中村、いいか? 人間、持ち上げるよりも、思いっきり引く時の方が、筋肉の膨張率が高いんだぞ?」

 

「……」キン…

 

 あ…すぐに分かった。

 

 これは大丈夫な尾形だ。

 別の意味では、大丈夫じゃないかもしれんが。

 

 …確信した。

 目が輝いてるしな…しかしなぁ…。

 

「何かこの子は、しているんだろう…じゃなきゃこんなに均等が取れた、スジからして形成された「美」は、完成しないんだっ!!」

 

「……美って、お前…」

「何言っての、アンタ…」

 

「鍛えていいなくとも、自然と筋力を使う仕事とか…あぁっ! そういや、船舶科かっ!! 力仕事類は、この子の担当だろうなっ!!」

 

「…尾形、落ち着け。何を言ってるか分からん。思いついた事を端々で言うな…。目の輝きが、段々と増し…」

「っ!?」

 

「いいかっ!? 肩から手首にかけてのラインとかっ!! 具体的には、三角筋から上腕二頭筋にかけての流れる様なこのラインとかなっ!?

 すっごいっ! 綺麗だろ!? 裏の上腕三頭筋も絞られて…この窪みとかッ!! 女性でここまで美しいのは、久しぶりに見たっ!! いや、初めてかもしれんっ!!

 前腕屈筋群とかのへの流れとか、すっごいだろっ!? 何気に肘筋とかマニアックなトコロまで…」

 

「……」

「……」

 

 はぁ…。

 

 こいつの病気が発症した…。いや? していたのか?

 何を言っているか、さっぱり分からん。

 

「彼女は、体全体のバランスが、素晴らしく良いっ! この娘の場合、これなら体全体に! この美しいラインが!! 流れているのだろうよっ!!!」

 

「お…尾形…」

「………………」

 

 いや…あの…な?

 これは、ちょっといつもと違う、パターンだ。

 

「女性は体脂肪が、男より多いからな!! 女性のビルダーとかの場合、その女性らしい体脂肪を落としてしまう方が、多いんだが……。

 あぁ、もちろん、当然、美しくもあるとは思うのだけど、それはソレだと思うんだ。彼女の場合、その体脂肪からしてバランスが良い。肌の質も良好。総じて全てが美しいッ!!」

 

「いや…あのな? 流石にそこの子も、引いてるぞ? …いや、ちょっと怒ってるけど…」

 

「怒るっ!? 何故っ!?」

 

 うっわー…こりゃ酷い。

 本気で、ここまでの尾形は、初めて見るな…あ。

 

「いやな? 彼女も年頃の女の子だ…。確かに体格は良いと思うけど、そんな筋肉筋肉いっちゃ…」

 

「素晴らしく、美しいじゃないかっ!!」

 

 

 

「アンタ…馬鹿にしてんのか…」

 

 ほら…、女性に対して、そりゃまずいだろ…。

 怒ってるよ…先程までの怯えていた顔はもうないな。

 

 

「馬鹿になどしていないっ!!」

 

「っっ!?」

 

 あっ!! …あ~……。

 

 何故だろう…気づいてはいけない事に、気づいてしまったと、本気で思えるのは…。

 そ…そういや…初めてでは、ないだろうか?

 

 そうだ…そうだよ…。

 こいつ、女性に対して綺麗だとか、可愛いとかを直で、ドストレートで言うのは何度か見た…。

 あの西住流家元ですら、可愛いとか言い切るしな…でもな?

 

「美しモノを、美しいと言って何が悪いっ!!」

 

「なっ!?」

 

 アイツが、女性を「美しい」と、表現するの…初めて見た…。

 

「断言しようっ!」

 

「ヵ……は…」

 

「いや、断言したいっ!! 君は美しいっ!!!」

 

「 」

 

 すっげー真顔でなんか言ってるけど…。

 いや…人間の本気ってのは、何となく分かるモノだ。

 それこそ、必死な言葉ってのは、結構心に来る…特にあの真顔だ。

 本心だというのも、あの体格の良い子にも、伝わるだろう…伝わる……だから、タチが悪い。

 

 ほら…。

 

「はっ…離せ……離せっ!!」

 

 別の意味を持った逃避行動を取り始めたな…。

 

「久しぶり…本当に久しぶりに癒された…。美というのは、人の心を穏やかにしてくれるものなんだな…」

 

「聞けっ!! 離せっ!! マジで離せっ!!! 離してぇ!!!」

 

 手…繋いだままだしな…。

 

「あ…、すまない…。いつまでも握っていたら、流石にセクハラだよな…」

 

「セクッ!?」

 

 …そして今の発言。

 

「…中村。ありゃ大丈夫そうだな」

 

「そうだな…いつもの尾形だ、タラシ殿だ」

 

「ホント…尾形、男慣れしてない女性に対して、無意識だろうけど…弱点にピンポイントで、パイルバンカー打ち込むよな…」

 

「お前でも分かったか…」

 

「ワカライデカ」

 

 多分…彼女自信、こんな吹き溜まりで過ごしてきたんだ…しかも周りは女性だけ。

 あんな体格…性格もあるのだろうが、異性との接点もあまりなさそう…で、今のこの尾形だ。

 

 セクハラ…。

 

 完全に、女性として見ているって、扱いをしている証拠だしな…。

 

 ゆっくりと手を離した直後…彼女は飛離れる……事はしないで…その場に崩れ落ちた…。

 ツンツンとした、その髪から除く耳が、コチラが心配になるほどの……赤い色を放っていた…とさ。

 

「そういや、尾形。お前、さっき良く捌けたな」

 

「何が?」

 

「いや、殴り掛かってきた腕を掴むとか…」

 

「あぁ…………母さんと姉さんに比べたら、止まって見えたし…」

 

「……」

 

「はっ…アレらは、ペ○サス流○拳をリアルで、再現できるんだぞ? 俺は、それを受け続けて来たんだ…」

 

「…………」

 

「……」

 

「…ゴメン」

 

 尾形の家庭事情は、頬っておいて、周りを見渡してみる。

 結果が出たな。

 この場に、立っていられたのは、思いの他被害がなかった…細い娘さんだけ。

 背中に哀愁背負って、呆然とお仲間達を見下ろしているな…マイク持って。

 

「しかしな…尾形…。流石に、俺もそろそろ匙を投げるぞ?」

 

「何が?」

 

「お前は、自覚がない分、非常にタチが悪い…本気でそろそろ、普段からあのベコを着てろ」

 

「なんでだよ!」

 

「はぁ…どうしてそう、人の弱い所をピンポイントで打てるんだ…」

 

「 ??? 」

 

 

 ……はぁ。

 

 パイルバンカー尾形。

 

 そんな字名が、浮かんだ瞬間だったな…。

 

 

 

 

 そんな瞬間…。

 

 

 突然、ずっと黙っていたコートの娘から、押し殺した様な笑い声が聞こえた。

 

 

「くっくっく…。やるねぇ…」

 

 持っていたグラスをカウンターへ、トン…と、落とす音が聞こえた。。

 

「アンタ達……いや、アンタ。キャプテン ブラック・バード並にやるじゃない」

 

 楽しそうに口端を上げ、此方にゆっくりと振り向く、コートの娘。

 

「…根こそぎ持って行くとか、まんまだね…。まぁ…キャプテン ブラック・バードには…」

 

 カウンター席から、腰を上げて立ち上がり、尾形に真正面から向き合った。

 そして…。

 

「 会ったこと…ないけどね! 」

 

 ……。

 

 あ、はい。

 ちょっと全員が、またポカーンと口を開けてしまってるけど…。

 

 携帯を取り出して、一応確認。

 ブラック・バード…バーソロミュー・ロバーツ…人員すら略奪対象にする、海賊…って、書いてあるな。

 あぁ…なる程ね。…うん。

 細い子は、多分被害を受けておりませんから、根こそぎでは無いですけどね?

 

「いや? 今、上の子達の流行り…だったかい? アレと同じか…」

 

「は…流行り…」

 

「…ベコって、言ったかい?」

 

 はっ。尾形が肩を落とした。

 アンタもか…と、小さく嘆きが聞こえたな…。

 

「まっ…そのベコとやらにも、会った事……ないけどねっ!」

 

「………………」

 

 …会っとる。

(会ってる…)

(今、目の前よね…)

 

 心の声が、聞こえた気がした…。

 いやまぁ…諦めろ、尾形。

 

 言った直後、カウンターに置かれていた瓶を…頬り投げた。

 それを受け取った尾形を見て、一言。

 

 

「最後…私だよ」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 誘われるまま、カウンター席へと腰を下ろした。

 これから何をするか分かっているかの様に、他の船舶科の子達も集まってきた。

 俺達を取り囲むように、後ろへ着いている。

 

「どん底名物、ノンアルコール・ラム酒。ハバネロ・クラブ…」

 

 スー…と、カウンターを流れて来た、グラスが俺の前に止まった。

 上手く滑らすものだなぁ…。

 同じく離れて座った、コートの娘さんから、送られてきました。俺なら途中で翻そう。

 

「ドレイク船長も裸足で逃げ出す、地獄のペッパーラム…」

 

 そのグラスには、少し赤みが強い、茶色の液体が入っている。

 ハバネロっていったか…。

 

「飲み比べよ」

 

 自分の手で持っていたグラスを掲げ、挑発する様に此方を見てくる。

 …飲み比べねぇ…。

 

「…これで最後、私に勝てば…言う事を聞いてやろうじゃない」

 

「聞いてやろう…ねぇ。貴女が、やっぱりリーダー…つまり、親分さん?」

 

「まっ、そうだね」

 

 あっさりと白状した。

 

 ……。

 

 ま、いいか。

 

 注がれたグラスに、指を入れ、少し舐めてみる。

 

「……っ」

 

 舌に遅れてやって来る、刺すような辛さが襲う。

 たった、これだけの量で、舌が痺れるのかよ…。

 

 なる程…なる程。

 

 これで最後か…。

 

 スッと後ろを目だけで見てみると、期待する様な眼差しを送ってくれる、園さん。

 頭が痛いのかな? こめかみを押さえている中村。

 …美しい(筋肉)の女性の胸を凝視している、はやし…あ、頭を掴まれた。

 ……女性は、目が合うと、顔更空したけど…。

 

 はぁ…。

 

「名物…って、言ったよな? 貴女は、コレを普段から飲んでるの?」

 

「…まっ、そうだね。怖気付いたのかい?」

 

 う~……ん。飲み比べ…ねぇ。

 コレを飲み比べ…んなら、すげぇ量を飲まされそうだ。

 俺が逃げるとでも、思ったのか…更に挑発する様な目を向けてくる。

 なら…

 

「んじゃ、いいや。やめる」

 

「はぁ!?」

 

 うん、逃げよう。

 冗談じゃない。こんなの大量に飲めるか。

 今は、無理する時じゃない。

 俺の言葉が、意外だったのか…背筋を伸ばして驚いている。

 

「ちょっ!? ちょっとっ!! 今回、貴方から言い出した事でしょ!? やめるって!?」

 

 園さんから、ラブコール。

 

「ま、もういいでしょ。上の子達も、掃除はしてくれるって言ってたし。目的は果たしたと判断しました」

 

「果たしきってないわよっ!」

 

 カウンター席から、腰を上げた。

 立ち上がると、足元から更に熱いラブコールを貰う前に…。

 

「順序ですよ、順序。ここの大将も分かったし…今回はここ迄でって事で。勝負に勝って、無理に言う事聞かせた所で、本当の解決にはならんでしょ?」

 

「…そ…そうだけど、これじゃ此処まで来た意味がないじゃない!!」

 

「今が、引き時ですよ。今回は意識を持たせる事ができた…って事でも、大きな収穫ですよ。今日来た意味は、十分ありましたよ。後は、コミュニケーションです」

 

「……ぐ」

 

 まぁ、彼女も更生させるって事の難しさってのを知っているはずだ。

 今日だけで、全てを解決させる事なんて無理…って事も分かっていたと思う。

 

 よってっ!! 撤収っ!!

 

「…はっ。本当に怖気付いたのか…。ムラカミ達を一蹴した時は、骨のある奴だと思ったのにね」

 

「ムラカミ?」

 

 周りを見渡すと、手を上げている人物がいた。

 

「…サ…サルガッソーのムラカミ」

 

 目が合うと、少し吃りながら自己紹介をしてくれた。

 あぁ…あの美しい(筋肉)の女性が、ムラカミ…さん。

 ここまでの、癒し系の女性は久しぶりだ。

 

「うつっ!?」

 

 何故か、中村達が深いため息をした…園さんまで。

 まぁいいや。

 

「ム…ムラカミが、癒し系…って…」

 

「? まぁいいや、君は? ヘアー「失敗してないっ!!!」」

 

 ふてくされた様な顔で、自己紹介。

 

「…爆弾低気圧のラム」

 

「やっぱり、ストレートにした方が、可愛いよ?」

 

「う…うるさいねぇっ!!!」

 

 怒られた…。

 

「はぁ…大波のフリントよ」

 

「…生しらす丼のカトラス」

 

 何故か諦めた様な口調で、残りの二人に自己紹介をされた。

 

「フリント…さんと、カトラス…ちゃん。ね」

 

「…ちょっと、待って。なんで、私だけちゃん付け…」

 

「え…他に何かあるの? ないでしょ? ないよね?」

 

「何故、力強く三段活用…ま。いいけど」

 

 良いんだ…しっかし…何故だろう。

 彼女も、マコニャンに匹敵する物を感じる…何か……何かないかっ!!??

 マコニャン同じく、心震わせられる、ニックネームはっ!!!

 

「…あぁ。私に「さん」付けはやめて頂戴。気持ち悪いから」

 

 フリントさんが、俺の思考の他所に別方向からの提案を頂いた。

 

「え…ちゃんの方がいい?」

 

「はっ! このアタイに向かって、呼べるものなら呼んでみ……あ、やめて。アンタ、普通に呼びそうだから、やめてクダサイ」

 

「……チッ」

 

 変に和気藹々とし始めてしまった所で、最後の親分さんが、グラスを少し強くカウンターへ置いた。

 ゴツンと、音をだしたな。溢れるぞ?

 

「…アンタ、また此処へ来るつもりかい?」

 

「え? あぁ、はい。来ますよ? 掃除もしないといけないし」

 

「…勝負をしに来るってんなら歓迎だけどね? その勝負を逃げ出す、腰抜けに…「逃げ出すっていいますか」」

 

「……なんだい」

 

「いやね? 俺、料理とか結構作るんですけど…そういった人間からすると、アレは非常にまずい。味覚が可笑しくなりそうでして、口に入れたくないんですよ」

 

「はっ…言い訳なら…「貴女、アレを常に飲んでるって言いましたよね?」」

 

 もう、面倒臭いとかではなく、ちょっと普通に心配になったので、会話を上から被す。

 この人、結構遠回しに言う様な感じがするからなぁ…本題をさっさとぶつけよう。

 

「チッ…。本題って…まぁいい。言ったけど、それが何?」

 

「下手すると味覚障害になりますよ?」

 

「………は?」

 

 激辛好きなら、まぁ…常飲していても可笑しくないからなぁ…。

 障害って事に、少し目を見開いた。

 

「えぇと…ですね。唐辛子とかの刺激物は、味覚ではなく、痛覚で感じるモノなんです」

 

「……痛覚」

 

「痛みは、自ずと慣れてくるモノですよね? ですから、慣れ…と言いますか、舌がそれに伴ってマヒしてくるんですよ。多少の辛味は大丈夫ですけど、あそこまで強いと…しかも内蔵にも悪いし…」

 

「そ…それがどうかし…「ですから、最終的には味が、感じられなくなります。いや、分からなくなるって言うのか…?」」

 

「…………」

 

「例に挙げると、ソレを飲んだばかりは、何を食べても鈍く感じません? それが、強くなて更には、常になりますよ?」

 

 お…自覚があるのか、ちょっと青くなったな。

 

「酷くなると、甘味とかの味自体が、分からなくなります。…まぁちょっと大げさに言いましたけど」

 

 グラスを持っていた手が、震えだしたな…。

 激辛好きって、そこら辺を気にしない人多いんだよなぁ…辛い方の刺激を求めてしまう。

 でも、彼女の場合、そっち系では、なさそうだ。

 

「ですからね? 作る側の人間からすると、ソレは毒以外の何物でもないんですよ。飲みたくない。…カトラスちゃんもそうだろ?」

 

 軽く目線で確認をすると、何故か顔ごと目を逸らされた…。

 頷いてはくれたけど…。

 まぁ、彼女も作る側の人間だろうしね。分かってはくれただろう。

 

「なっ!?」

 

 …ほら、ちょっと焦りだしたね。

 えっと…確か…。

 

「軽度なら、たしか…食事で治るそうですから…俺なんか作りますか?」

 

「!?」

 

「えっと…確か…」

 

 携帯を開いて、味覚障害…って、検索。

 ふむ…。

 

「親分は、まだ大丈夫…そんな頻繁にアレは飲んでない」

「…慰めのつもりかもしれないけどね……勝負を挑んだ相手に、嘘をバラさないで欲しいものだよ…」

「それでも、予防ぐらいはした方がいいと思うけど…」

「…そ…そうだね。コレをまだ飲まないといけない時もくるだろうしね…」

 

 検索中、ちょっと微笑ましいやりとりも聞こえたけど、気にしなぁい。

 作ると言った手前、なんだけど…。

 

「カトラスちゃん」

 

「な…なに」

 

「今度来る時、なんか考えて、メニューレシピ持ってくるから、親分さんに作って上げて。どこの馬の骨か、分からない俺が作るより良いだろ」

 

「分かった」

 

「どうも、亜鉛が一番良い見たいだ。サプリでもいいけど、予防程度なら、美味しい方が良いだろ?」

 

「…そりゃあ」

 

「親分さん、なんか嫌いな食べ物ってある?」

 

「え…あぁ、そうだね…得にはないね…」

 

 チッ…。

 

「なんで今、残念そうな顔したんだい?」

 

「んじゃ、なんか考えて来るから…。あぁそうそう、親分さんとの勝負は、別の形式なら受けるからさ。それならまた来てもいいですよね?」

 

「そ…それなら、仕方ないねっ!!」

 

 …。

 

「まぁ、このハバネロクラブ…気付薬とかには、なりそうだけど、あまり飲みすぎなのは…何?」

 

 少し話す事に夢中になってしまった為か、中村達を忘れてた。

 頭を押さえて、呆れた様な顔で、俺を眺めている。

 園さんまでだ…。

 

「…尾形。もういい…帰ろう」

 

「え…あぁ、帰る事は帰るけど…ちょっと今…」

 

「あぁもうっ!! お前は、どうしてそうやって無作為にフラグ建築しようとするんだよっっ!!」

 

「何もしてないだろ…」

 

「結局、ここに来る事、容認させてるしっ!!」

 

「それの何が問題あるんだ?」

 

「ないけどっ!! そうじゃねぇっ!!」

 

「まったく…いいよ。わかったよ…」

 

「…後な、西住さんに今日の事は、絶対に詳しく言うなよ…」

 

「なんで…?」

 

「いいからっ!!」

 

「?」

 

 良くわからんが、そう言うなら従うけど…なんでだろう…。

 

 さて…もう一度、親分さんに振り向き、ちゃんと目を見る。

 どうにも、この人…ちょっと食わせ者に感じるしな、最初はしっかりとしておこう。

 

「んじゃ、ここいらで、お暇します。また来ますわ、親分さん」

 

「……」

 

「親分さん。結構、楽しかったです。今度来る時、一応予定表持ってきますからね。…あと、桃先輩とはナンニモナイデス」

 

「…………」

 

「親分さん。さっきの声は、後輩の声真似ですか……なんなら今度証拠持ってきますから。…あと、桃先輩とは普通に先輩後輩の仲です、はい」

 

「…はっ…はは…もういい、分かった分かった。面白いね…アンタ」

 

 何か面白かったのか…コートのポケットの中から、パイプを出して、口をつけた。

 煙が出ていないから…まぁ、本物ではないのだろう。

 

「まっ…桃さんとの事は、置いておいて…。今度ちゃんと、アンタと話してみたくなったよ」

 

 何をだろう…。

 

「この子達をなぎ払ったアンタに、親分と呼ばれるのは悪い気はしないがね…。私の事は、ちゃんと呼びな」

 

「…ちゃんと?」

 

 あぁそうか。

 親分さんからは、自己紹介を受けていなかったな。

 

 値踏みする様な目をやめ、今度は真っ直ぐに俺の目を見返してくれる。

 上のハングレ船舶科達のまとめ役。

 こんな場所に店を構えている、その親分。

 コートの襟を但し、パイプを口から離して名乗った。

 

 

 

「竜巻のお銀」

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

「つ…疲れた…本気で疲れた…」

「は…いいじゃねぇか、中村。このあと、俺にはまだイベントが残されてんだぞ? まだ…疲れるんだ」

「…俺は、結構楽しかったけど…」

「「 ………… 」」

 

「中村君。林田君。…貴方達が来てくれて…本当に助かったわ…色々な意味で…」

「「でしょうっ!?」」

「はぁ…尾形書記も、一応ありがとう」

「俺は、一応ですか…」

「ま…私一人じゃ、こうはいかなかったとは思うし…」

「結局、再訪問、掃除…は、約束取り付ける事までは、できましたからね」

 

「「「 ………… 」」」

 

「なぁ、尾形。今度ベコ着て行ってやれよ」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 空に開会を知らせる花火が、何度か上がった。

 良かった…いい天気。

 真っ青な空の下、遂にエキシビジョン試合が始まる。

 

 早朝、みんなで学園に集まり、ダージリンさん達と始めて練習試合をした時と同じ様に、皆でそろって、陸へと戦車を走らせた。

 戦車道大会は終わって、始めての試合。

 

 聖グロリアーナ。

 

 プラウダ高校。

 

 知波単学園。

 

 学園館から降りる際、他の学校の洗車が、大洗タワーの下、その集合場所へと向かって集まってくるのが見えた。

 その周り…朝早くから、この試合を見ようと集まってきてくれた、観客の人達。

 垂れ幕があり、出店があり…お祭りの様な賑わいを見せている。

 

 ……。

 

 私達もその横を抜け…大洗タワーへと、向かう。

 

 大洗タワーが、太陽の光を反射させて、眩しく輝いている。

 

「沙織さん」

 

「なに? みぽりん」

 

「あの…大丈夫ですか?」

 

 …。

 

 あの場所を通り掛かった時、少し心配になって声をかけてみた。

 特に気にした様子じゃなかったけど…だから余計に…。

 

「あぁ、うん! 大丈夫っ! 全然、平気っ!! うん、寧ろ…」

 

「寧ろ?」

 

「あぁっ! 何でもないっ! ただなぁ……あそこで、みぽりんがなぁーっ! って、思ってっ!!」

 

「沙織さん!?」

 

 思い出の場所。

 

 思い出すと、今でも顔が熱くなる。

 

 始まりの場所…決意した場所…。

 

 沙織さんに、背中を押してもらって、少しだけ前に進めた場所。

 

 ……。

 

 …………。

 

 暑い…。

 

 色々な暑さを感じる。

 

 でも、この暑さも、そろそろ終わる…。

 

 真夏の戦車内の温度を、肌に感じる。

 

 ……。

 

 この試合が、この夏…最後の試合になりそう。

 

 

「みほさん、着ましたよ?」

 

「えっ? あ、はい! すみません!」

 

 いけない、ボー…っとしちゃった。

 …うぅ、なんで皆、微笑ましく笑いかけてくるんだろう…。

 体を伸ばし、ハッチを開ける。

 はぁ…もう、皆さん集まってる…。

 

「…ん?」

 

 戦車から外へと体を出すと、ちょっと変な光景だった。

 いくつもの戦車が並ぶ中、一角に皆が集まっている。

 

「どうしました?」

 

「あ…いえ」

 

「ん? …なんだ?」

 

 戦車から体を出し、上から見ると…全貌が見えた。

 人集りが、二つに分かれていた。

 

 今回のチーム分…私達大洗学園と知波単学園の、大波さんチーム。

 

 そして、プラウダ高校と聖グロリアーナの、青森チーム。

 

 ……。

 

 その先頭…。会長達と向かい合っている…ダージリンさん。カチューシャさん…を、肩車しているノンナさん。

 そして、その脇に…お姉ちゃん達、見学の各学校の隊長達…。

 ここにまで伝わってくる、この…重い空気。

 

 …お姉ちゃん、怒ってるなぁ…。

 

「…あれ、準決勝の時に着ていた奴だろ」

 

「何故、あんな格好をされているんでしょう?」

 

「…みぽりん。今回のチーム名…ダージリンさんが、つけたんだよね?」

 

「…そうです」

 

「武部殿? どうしたんです?」

 

「ダージリンさんの…狙いが、解っちゃった」

 

「私も解りました」

 

 学校の集合場所には、一緒にいたのに…何故か今は向こうにいる…。

 

 

 そして此処まで響く様な、うさぎさんチームの叫び声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「「「「 先輩が裏切ったぁぁーー!!! 」」」」

 

 

 

 

 ダーリジンさんと、カチューシャさんとノンナさん。

 

 その間に…あの時、準決勝戦の時に着ていた服。

 

 それを着て、私達の対戦者側に、立っている…。

 

 

 執事服を着た、隆史君が。

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

文字数がまた増えていく…。

連載開始当初の時の様に、◆マーク等で、各章区切りで掲載すれば、もっと早く更新できると思いますが、更新日が空いても、出来るだけまとめて掲載しいです。
どっちがいいんだろ…。

んな、訳で漸くエキシビジョンマッチ開始

ありがとうございました

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