活動報告にて記載しましたが、過去話。
挿絵、追加しました。
足が止まった。
人、一人分の薄暗い通路。
先程までいた、石壁の部屋から伸びている。
オレンジ色の光を放つ、古ボケたライトが、その通路を照らしている。
突き当たりの左側。その壁からピンク色の光が放たれている。
いや、違うな。壁…では、ないな。アレは扉だ。
透明なタイプ…なのか? 中からの光を通してのピンク色…?
「……」
後、この壁には特に落書きがない。
今まで散々、汚れに汚れた壁を見てきたので、ここが特別な場所だと伺える。
鬼怒沼さんが、言っていた「親分」…まぁ、彼女達のリーダー。
その人が、この先にいる。
「……」
うっわ…。
真面目に、注意して周りを観察してみたものの…すぐに分かった。
普通の高校生には縁がない物を…久しぶりに感じる。
タバコ…の匂いはしないが、独特な香り…と、いうか、その空気を。
つかこれ…おもいっきり、夜の店だろ。
通路もそれ用の赤絨毯仕様…はぁ…なんだろ…。
スナック? バー?
なんにせよ、たまり場みたいになっている所だろうな。
微かに音楽…? 歌も扉の隙間から漏れているのか、聞こえてくし…。
「ちょっとっ! 急に止まらないでよっ!」
一人分の通路な為に、並んで通行中。
先頭を歩いていた俺の真後ろで、急に立ち止まってしまった為に、ぶつかりそうになってしまったのだろうか?
園さんから、クレームを頂きました。
「すいません…」
振り向き、そのクレーマーさんに謝罪を入れると、その頭の上から、後にいた中村が妙に小声で話しかけてきた。
そう、俺が先頭。
これは俺が言い出した。中村や林田は、同行者だし…うん。
やっぱり俺がやるしかないだろう?
…彼女は、正式な場。
公の会議やら交渉とやらなら、その持ち前の潔癖とも言える性格は、とても相性がいいだろう。
が、逆にこういった「正しさ」が通用しない、アングラ的な現場での相性は、最悪だ。
先程の鬼怒沼さん達との会話でもそうだ。…彼女の言う事は、間違っちゃいない。
間違っちゃいないが…言い切ってしまえば、一方通行なんだ。
…相手を見ていない。
良くも悪くも、相手の事を考えられない「正しさ」や「正論」は、ただ敵を作るだけなのにな…。
…。
直感だけど…ふと、思った。
ギャーギャー言っている彼女を見て…このままフォローして顔を立ててやっても良いだろう…とも思ったが…。
風紀委員としても、先輩としても…先程から、更生させたい俺にお株を奪われたとでも思っているのだろうか?
俺が話すと言った時点で、恨みがましそうに見上げてきた。
……この先輩。
何気に、大洗で今一番、危険なんじゃ…ないだろうか?
何かの拍子にポッキリ折れてしまう…そんな感じがする…。
とか、それらしい事を言ってみたけど、ただ普通に心配なのだ。
そのまま本人へと報告しても構わないと思うけど、それじゃ彼女のプライドとやらを傷つける。
何より更生させる対象に、俺も含まれているのなら、何を言ったって嫌味か何かに捉えられかねない。
彼女と一緒……逆効果だ。
それに彼女の様子。
アノ上の連中のまとめ役がこの先にいる。
それらをまとめて一気に更生できる…とでも、思っているのか。
目を爛々と輝かせ、鼻息荒く、勇み足で駆け出そうとしていた。
すっげぇ楽しそう…。
んな所だったから、即座に両脇に手を入れて、持ち上げた。
ぶら~んと…。
…しかし、この園さんへの対応…前に一度した事があるよな気がする。
俺先に行くと言い出した直後、やっぱり即答で拒否された。
だから…
「今は、貴女が俺らの大将なんですから、俺らを顎でこき使えば、いいんですよ」
「そうはいかないわよっ! というか下ろしなさいよっ! そもそもっ! 風紀い…」
何か言いかけたが、即座に中村がフォロー。
「そうですよ。こういう役目は、卑怯者の尾形に、丸投げすりゃいいんです」
…フォ…。
「適材適所って奴ですよ。こういった事、この卑怯者は得意ですから」
……おい、お前ら。
「風紀委員長なんすから、最後にまとめて全体的な事を取り決めればいいんですよ。…相手、女でしょう死ね」
「そうそう。それまでは、このタラシ殿にやらせて、ふんぞり返ってりゃいいんっすよ。…慣れてるでしょう死ね」
「…お前ら、後で泣かす」
悪意が見え隠れするフォローが、後ろから届いた。
…いや、隠れてねぇ。
愛想笑いしか、出来ない…。
風紀委員が、普段どんな感じかは分からないが、こんな事で納得してもらえませんでしょうか?
少しウンウン、腕を組んで悩んだ挙句、漸く許可を頂いたという現状でござんす。
…。
あ、はい。下ろしましたよ?
…そうだね。カチューシャと何となく、被るんだよ…この娘。
「尾形、どうした?」
…っと、考え込んでしまった。
そうだな、こんな場所だ。
急に止まれば当然、なにかあったと思うか。
「ここは店…なんだろうよ。扉から、カウンターが見える」
「店?」
そうだな、完全に店だ
透明の扉から見える、その店内。
木製のカウンターの奥に、酒瓶と思われる物が立ち並んでいる。
こりゃ…BARかな?
なんで、こんな所に…まぁいいや。
ここで、奥しても仕方がない。
さっさと入ろう。
軽く扉を押すと、少し軋んだ音がする。
奥へと開かれていく扉…微かに聞こえていた音楽が、ハッキリとした音に変わった。
正確には音楽ではなく、歌だ。
奥からスピーカーを通しての歌声が、耳に入る。
歌詞からすると、船乗り…いや、これも海賊か?
その様な少し、ゆっくりなテンポの歌。
『 海を行け、~七つの海を越えて…… 』
入口に体を遠し、店内へと脚を踏み入れた。
髪も何もかも真っ白な女…生徒なんだろう。制服を着ているしな。
その歌っていた女性と目が合うと、歌を止めてしまった。
「……」
…すっごく、まっすぐ見られてますな。
まぁ、俺みたいな男が、急に入ってきたら、何かと思うわな。
気にせずに、そのまま進む。
歩きながら周りを見渡すと、まず最初に、天井のシャンデリア…その橙色の光を、磨かれたカウンターが反射していた。
その反対側には、ソファーとテーブルが並ぶ、別席が見える。
帽子で、目元を隠した様に、腕を組んで座っている女性がいる。
あぁ、アイマスクの代わりにしてるのだろうか? 寝ている様に見える。
が…すぐに、少し帽子を上げた。
そこから見えた片目で、俺を警戒した視線を刺すように向けてきた。
後は…あれは樽…か? オブジェ用であろう樽が、店の隅に数個、積まれている。
後は、壁にサメの頭部の作り物。
ん? 海図…? 絵画の様に額に入って、壁に掛けられている。
全体的に、やっぱり海賊のイメージが強調されている店内。
カウンターの中には、シャカシャカとリズミかるな音を、両手に持っているシェーカーで奏でながら、少し眠そうな目をした女の子が立っている。
蝶ネクタイにベスト姿…彼女、バーテンダーか?
目を細め、こちらを見ている。
その前の席に…。
「…………」
どしたんだろう…。
爆発した様な…すっごいパーマをした…髪の毛の色も凄いな…。
そのすごいヘアースタイルの…背の低そうな、女の子がカウンター席に座っている。
あぁ…失敗したんだろうな…でも女の子だ。
「…なっ!?」
切ることもできないんだろう…うん。
触れないで上げよう…うん。
ほら…半分此方に顔を向けて、視線を俺に投げてきている。
おっちゃん、気にしないよ? 触れないで上げるから、そんな目をしないでね?
「…コノ……」
何故か目を見開いて、すっごい睨んできたけど…なら視線を逸らしてあげよう。
見られてると思うからだよねぇ。
「ガッ…ッ!!」
さてでは、気にせず、まとめに入ろう。
まぁ…まとめるまでもないか。
「…BARか」
壁…柱…何もかもが、少し古ぼけているが、全体的に綺麗な店。
先程までの通路とは違い、落書き一つ無い。
少し…懐かしく感じた。
はっ…人の少ないBARは、昔の……逃げ場でもあったからな。
そう、カウンター席の一番奥。
此方を見ようともしない、その女生徒。
ロングコートを羽織り、赤いリボンでシンプルに髪を後ろに纏めている。
……。
昔の自分と、少し重ねてしまった。
まぁ…よく俺が座っていた席と同じ場所…って、だけなんだけどね…。
古く…常連しかいない様な、流行りすら気にしない…商売気なんて無いようなBAR。
人が多い大衆酒場なんて、人から逃げたかった俺には無理だった。
だからと言って、家で一人で飲み続けると、その内に………死にたくなる。
だから、客へ話しかけても来ない。客も少なく、ただ飲ませてくれる店。
そんな店を見つけ…飲みいける時間があれば、そこに入り浸ていた。
BARなり…居酒屋なり。
あの女生徒の様に…カウンターの一番端で…壁際で。
…彼女含め、全部で5人。
「…はっ」
変に感傷的になってしまった。
渇いた笑いが出た所で、切り替えようか。
…んじゃ、本来の目的に戻ろうかね。
……。
…………。
「何してんだ、お前ら」
園先輩に一応意見を求めようと、後ろにいるその方へと振り向くと…誰もいなかった。
開かれてた扉の前で、店内に入る事を躊躇している3人がいた。
正確には入口前に、両手を広げ、中村と林田の入店を阻止している園さんの三人。
「大人のお店だったら、どうするつもりなのよっ!! 未成年は入店禁止なのよ!?」
「……」
園さんが、なんか言い出した。
頭を押さえて、少しため息がでた…。
まったく…融通が利かないってのも、大変だな。
「謝って出りゃいいだけの話でしょうよ…。大人の店じゃないですから、さっさと来てください」
「……」
俺の言葉で、漸くその状態を解除し、ゆっくりと此方に近づいてくる。
おや、思いの他に慎重…。
…でもなかった。
すぐに船舶科の制服を着た、女生徒達を見ると、その脚を速め、ズカズカと俺の下にまでやってきた。
特にバーテンの娘を見た時かね。
生徒が店員だと分かったからだろうか?
釣られて中村達もご到着。
「ぉぉ…夜の店風…」
小さな林田の呟きを他所に、残りの3人が集合。
その様子を見て、これで全員だと分かったのか、シェーカーを振る手を止めて、バーテンの娘が無愛想に一言。
「店に入ったら、まず注文しな」
店員としての一言だろうが、その警戒した目を向けたままだった。
その目にも気づかないのか、わかっていての行動なのか。
俺の前へと、脚を出し…手を腰に置き、元気よく…。
「私達は、お客じゃないわよ!」
そうハッキリ言い切った…。
だから、園さん…。
…会話の流れとか、色々とあるでしょうよ…一応、ここお店。
「冷やかしなら、帰んな」
バーテンの娘が、目を伏せ、冷たく言い放った。
「冷やかしでもないわよ!」
はぁ…。
「俺がやるって言ったでしょうに…まったく」
中村に目配せをすると、園さんを少し後ろへと引き下がらせる。
いや…こいつら、連れてきて良かったわ。
二人きりだと、多分…暴走させたままになりそうだ。
人手が多いと、こういった時に助かる。
っっと、そうか。
「だから…報復とかそういった事をする連中じゃないから大丈夫ですよ?」
男の俺が、まず最初に入ったからだろうか?
鬼怒沼さんが、男連中は、追い出したって言っていたしな。
まぁ…先に言っておこう。
「俺らは、生徒会の者です。あぁ俺は、生徒会役員書記の尾形って言います」
「生徒会~? しかも役員?」
失敗したヘアースタイルの娘が、訝しげに此方を振り向いた。
「失敗してないっ!!!」
……。
「優しい目で見るんじゃないっ!!」
大丈夫大丈夫。
顔を真っ赤にしなくてもいいからねぇ?
「……あれ、大丈夫か?」
「…尾形が全力で、喧嘩売ってる」
「本人自覚ないみたいだけど…?」
モコモコしている小さな子の横から、なんか踊りながら白い娘さんが、視界に入ってきた。
「ふ~ん。でぇ? その生徒会様が、何しにアタイの縄張りに入ってきたんだい」
まぁ当然と言えば、当然の質問ですね。
その後ろにゆっくりと、後ろに座っていた、もう一人の少し大きめの娘さんが……。
「……」
…座っていたから分からなかったが…分からなかったがっっ!!!!
「…ん?」
っと、いけない。
じーと見ては失礼だ。眉を潜ませてしまった。
先に本題を済ませよう…。
…うん。
「簡単に言えば、生活指導って奴です」
「生活しど~?」
はい、鼻で笑われましたね。
まぁそうだろうな…。いきなり来て置いて、何言ってんの? って感じだろう。
白い娘が、先程まで使っていたマイクを此方に向けて、ブラブラと先端を降っている。
「なっ!!」
その態度を見て、後ろで憤慨している、約一名が容易に想像できるねぇ…。
「えぇ。ですから、上の他の船舶科連中も含めて、一応君達のまとめ役というか、リーダーに話がありましてね」
「オヤブンに?」
ヘアースタイルが失敗した子が、「失敗してないって言ってんだろっ!!」
…
「だから、その目もやめなっ!!」
あの子、ストレートとかに髪型変えれば、かなり可愛くなるんじゃないだろうか?
「なっ!?」
うん…だからスルーして上げよう。
「なによアレ」
「アレが噂のアレです」
「中村…俺、リアルタイムでは、初めてだ」
「はっ…その内に慣れる」
「「 …… 」」
何を言っているんだろう…まぁいいや。
んじゃ、こっからだな。
「オヤブン…ね。まぁそうです。そこの隅に座っている方に少々、要件がございまして」
「「「「 …… 」」」」
まぁ、一発で分かるよね。
先程からの騒ぎにも、一切関与しない…そんな風体で、一人で飲んでいるコートの娘さん。
彼女が、リーダーだ。
「…どうしてそう思う」
ここでバーテンの娘さんが、口を開いた。
作業する手を止めないで、目だけをジロリと此方に向けて。
「いやぁ…ここって、ほら。海賊を基準にしているだろ? んならさ、隅っこで座っている娘さんって、コートを一人だけ羽織っているし…」
「尾形…いきなり口調が崩れたな」
中村。ここまで来たら、変に取り繕わない方がいいんだよ。
敬語ってのは、上から目線に感じる口調にもなんだよ。だから目線を合わせる。
「同じく帽子に一人だけ羽をつけてるしな。海賊ならっ! これこそキャプテンの風貌だろうっ!?」
言い切った。
大声で、それこそ勝ち鬨の様に…。
おや、全員がぽか~んと、口を開けてるな。
「尾形…お前、めちゃくちゃな理論を、たまに言うよな…」
「んな、格好だけで決め付けるなよ…」
「大丈夫かしら、貴方に任せて…そもそも理論ですらないわよ?」
「うるさいなっ!! 浪漫ってのは、理屈じゃねぇんだよっ!! 良いじゃないか海賊風っ!!」
「…気に入ってたのか、この場所の雰囲気」
「まぁ、うん。何となく分かるがね」
本当にうるさいなっ! いいだろうっ!?
「肩にオウムがいないのが残念だが、どうだっ!?」
「「「「 …… 」」」」
おやっ? 奥の娘さんが、楽しそうに口を歪ませたね。
というか、他の四人も開けた口を閉じて、少し悔しそうな顔を…え…当たったの?
自分でも結構、適当な理論だと思ったんだけど、本気で!?
「で? どうだろう。取り次いで欲しいのだけど?」
「……」
あら…当たってた。
否定をしない。
奥の彼女を見る、俺の視線を遮る様に彼女達が、並んで壁となった。
まぁ、強引に、直接本人の前まで、行ってもいいのだけど、多分それは悪手だろう。
オヤブン…親分か。
んなら、この娘達はその子分だろう。
彼女達のメンツもあるだろうし、彼女達から言ってもらうのが、一番だ。
う~ん…どうしたもんかね…。
「あ、ちょっと失礼」
「…中村?」
先程まで傍観していた中村が、俺の腕を引き、少し顔を近づけてきた。
なんだ?
「河嶋先輩からの事を、言った方が早くないか?」
あ~…まぁそうだな。
何か彼女達を庇ったそうだけども、それなら桃先輩が言えば、話くらいは聞いてくれそうな気はする。
それが一番、てっとり早いとは、俺も思う。
彼女本人に連絡を取れたら、簡単だったのだけど、今日は終日大切な用があるみたいだから、俺に園さんの同行を依頼してきたんだろうしなぁ。
なんの用事か、分からないし、邪魔をしては悪い。
本来は、朝の出発する時に一度顔を出すという話だったのに、来なかったし…本当に何か大事な要件なんだろう。
「…実はな、俺…今回の同行は、会長に頼まれてるんだよ…」
「……何?」
会長?
そこまで言うと、ポケットから見せるように携帯を取り出した。
「ただの地下を見たいってだけで、同行する訳ないだろうよ…林田もそうだ」
取り出した携帯を操作して、そのまま耳に当てた。
って、事は…誰かに電話をかけている?
「…お前の実用可能…って、言葉を会長も思っていたみたいでな」
「何を言ってんだ?」
「細かい話をしたり、話させるとバレる可能性があるから…お前、ちょっと年下に叱られてみろ」
「は?」
「要は、お前と河嶋先輩の繋がりを、提示してやれって事らしいよ? 後で口裏合わせて……あ、もしもし?」
中村の耳元の携帯から、明るい声が漏れて聞こえる。
先方と繋がったって事だろう。
中村が、一言…例の事を頼むな? と、言うと…その手の携帯を此方に向けてきた。
その画面表示は、スピーカーになっている。
『 またかぁ!! 尾形書記ぃ!! 』
《 !!?? 》
『 これで何度目だァっ!!! 』
携帯から突然聞こえた怒号。
俺だけでなく…後ろに構えている、船舶科の娘さん達も反応した。
聞き覚えのある、特徴的なその声に…。
半身で後ろを振り向くと…うろたえている船舶科の娘達。
「あれ…今の声って、河嶋先輩?」
「そうですね」
「ん? あぁ、尾形は、そもそも「河嶋 桃先輩に頼まれて」…ここに来たんですよね? 園さんの手伝い自体が、「河嶋 桃先輩のお願い」でしたし?」
《 !!?? 》
「何を今更、言ってるのよ」
…分かった。
提示する様に…少し大きな声で話す中村。
説明口調が、ややワザとらしいが、確かに…まぁ有効かとは思うけど…。
『 聞いているのか、尾形書記ぃ!! 』
「え? あぁ、はいはい。ちゃんと…聞いてますよ?」
一応、会長がお膳立てをしているので、即座に切り替え…その会話に合わせた。
その電話口の声に、明らかに動揺し始めた彼女達。
「え…桃さん?」
「桃さんっ!?」
俺の人間関係を提示するには、これが手っ取り早い方法だったとは思う…けどなぁ…なんか、騙してるみたいでやだなぁ。
まぁ…俺達が、桃先輩との関係を言った所で、怪しまれて、信じてもらえないかもしれない。…だったらって、説得する手間が省けている…とも考えられるけど。
中村がボソッと言っていた、実用可能発言。
例の宴会で、その言葉は俺も言った…よって、この電話相手は…。
「…佐々木さん……だね?」
小さく、電話口に内緒話をする様に、近づけて話しかけると…。
『 あ、そうでっ……そ…そうだッ!! わかったか!! 』
「……」
…やっぱり。
会話の流れは、周りは分からないとは思うけど、勢いで誤魔化してないか?
ちょっと、素が出たし…。
チラッとまた、後ろを振り向いて見る。
…あ~…あの顔は信じてるなぁ…。
船舶科の娘さん達が、目を見開いている。
でも、そこまで彼女の…桃先輩(偽)の声だけで、驚く事だろうか?
しっかし…。
やっぱり実用できたよ! 彼女のかくし芸で見せてくれた、モノマネッ!!
佐々木さんに迷惑を掛けてしまうから、俺はこの方法は、取りたくなかったけんだけどね。
杏会長に先を越された…。
「…あ、大丈夫です。なんとかなりそうです」
彼女達の俺を見る目が、一気に変わったな。
例のリーダーっぽい娘さんも、驚愕の表情をしているしね。
「さて、河嶋先輩、もういいですか? 尾形もヘコでるし…」
『 むっ! よかろうっ!! 』
…下手に長引かせると、逆に不味い…話をさせてくれとか言われたら、即座にボロが出そう。
さっさとインパクトを与えている内に、電話を切ろう…とでも、思ったのだろうかね? 中村は…。
…なんだ中村、その顔は。
ドヤ顔すんな。
『 …… 』
「…河嶋先輩?」
『 では、例の約束っ! 忘れるなよっ!! 』
「…えっ!?」
「…は?」
中村が驚いて、携帯の画面を反射的に見た。
なんで、今更驚いて…あ、小さく呟いた。
「……打ち合わせのセリフと、違うセリフが入ってきた」
……。
……え? アドリブ?
『 新製品っ! 楽しみにしているからなっ!!! 忍ちゃ…河西には、内緒にしておくから安心しろっ!!!』
「待ってっ!? 何を急に言っているんですかっ!? えっ!?」
何を言って…楽しみ…新製品…? あっ!!
例の1位の賞品の事か!?
いやいや、まぁ…それは、楽しみにするのは分かるけど、ここで今言う事…か?
そもそも、河西さんに内緒って、それに安心? どういう…
『 しっかりデートする様に!!! 』
「はっ!? えっ!! ちょっ!?」
ブツッと…。
そこで電話が切れた…。
デー……は?
《 ……………… 》
中村の手に持つ、携帯を呆然と、見つめる…。
店内が、一気に静寂に包まれている…。
そしてここにいる全員の視線を、俺が独り占め…。
彼女達の……み…見られている目が、もう一段階変わった気がする…。
なん……え? 何っ!?
それと全員が、青い顔してるけどっ!?
「…はーい、尾形。お前、ちょっとこっち来い」
「おら、さっさとしろ」
「こっちに来なさい」
……。
即座に状況を判断…変な所、頭が回るようになってきた自分に、嫌気を最近、感じます…。
はい…では、バレない様に、小声で釈明会です。
「…どういうことだ? あ?」
「マジで浮気か? あ? あのおっぱいと浮気か? あぁ!?」
「…私が刺して上げましょうか?」
「待てっ!! 待て待てっ!! 誤解だ!! 本気でッ!!!」
「何が誤解だ。ハッキリと言い切ったじゃねぇか。デートって…あの河嶋先輩が。あのっ!! 河嶋先輩がッ!!」
「なんで2回言ったんだよっ!! 強調すんなっ!! 林田は知らんのか!? 今の桃先輩じゃないんだよっ!!」
林田は今回の件は、知らなかったのか…いや、どっちにしろスゴイものお持ちですけどっ!!
だから説明ッ!! あれはバレー部の一年の佐々木さんだったと、懇切丁寧に。
その説明も…あのかくし芸を見ていた園さんは、即座に理解を示してくれたのが幸いした。
が…。
「…お前…一年は、そういった対象に見てねぇって言ってたよな? お得意の嘘か? あ?」
「ちがっ!!」
「ここなら、アイスピックとかなら、ありそうですよね、園先輩」
「そうね。アッサリと貸してくれそうね」
「聞いて? 本当に知らねぇの!!」
はい…今度は、かくし芸の優勝賞品の解説をさせて頂きます。
彼女達の希望は、予想通り、バレー部復活でしたが、これは却下。
お金でどうこうなるものでは、ございません。…協力はするから…と、その場では納得して頂きました。林田、睨むなッ!!
それで…その…10万円分の賞品は、バレー用品。まぁスポーツ用品とも言います。その新製品。
結構、物によっては、良い金額しますからね? ああいったのって…。
ソレを、一緒に購入、荷物運びとして、俺が駆り出される事になった…そういった話です、はい。
「…中村先生どうでしょう?」
「はい、林田さん。俺にはすべてが、解りました。多分…相手は佐々木さんじゃ、御座いませんね」
「でも、あの嬉しそうな言い方だと、あの子じゃないの?」
「…河西さんに内緒だと言っていたのが、ネックです」
「と…言うと?」
「ありゃ相手は、近藤さんだ」
「「「 …… 」」」
「…なんでわかった。…その件な? 何故か彼女が言い出して…なんか、二人で行く事になった」
「「「 …… 」」」
「お前…マジで、一度死んどけ」
「!!??」
「園先輩。…確か、刺されても致命傷にならない人体箇所って、ありましたよね?」
「あるわね。今度、詳しく調べておくわ」
「なんでお前ら、仲良くなってんだよッ!!」
はいっ!! 快く弁解が釈明できて、平和的解決ができましたッ!!
「何、言ってんだ」
「何も解決してねぇよ」
「…それより、彼女達見てみなさいよ」
「 ………… 」
後ろを振り向くと、彼女達の目が…見えませんでした。
影に隠れて、目元なんて真っ黒…。
「ね…寝不足かな?」
「余裕あるな、お前」
「一応、河嶋先輩って、彼女達にしたら恩人なんだろ? そりゃ…いきなり、あんなんじゃなぁ……ははっ!!」
「林田…なんで、お前嬉しそうなんだよ」
「はぁ…どうするのよ。…私でもわかるわよ」
「殺気に満ちてるなぁぁぁっ!!! 素晴らしい誤解でも与えたんじゃねぇ!!??」
「だから、なんで嬉しそうなんだよっ!!」
「…責任とれよ」
「小細工なんてするからよね。いってらっしゃい」
「逝ってらっさい♪」
「……」
うっわ…すげぇ、睨んできてる…。
「…恨むぞ、中村」
「う~ん…ちょっと、角谷会長の私怨も感じたな…。俺に内緒で、別台本があったのかも…」
「なんでだよ…お前が…」
「……」
「…な…なんだよ」
「どちらにしろ、身から出た錆だな」
「……」
重い足取りで、また彼女達の元へと、ゆっくりと歩いていく。
さぁ…どうしよう…。
では一応…片手を上げて、にこやかに…。
「で……で? ど…どうでしょう?」
お…おー…睨まれておる睨まれとる…。
まぁ、釈明させてもらえば、分かってくれるとは思うけど…今の状態じゃ…無理だよなぁ…。
俺が発言する前に、白い娘が口を開いた。
「…オヤブンに会わせてもいい…だけどね…その前に…」
「アタイらと、勝負しなっ!!」
……。
え?
「な…なんで?」
ちょっと、予想とは別の提案…てっきり死ねとか、殺すとか、言われると思ったのに…。
いきなり勝負…って。
「アンタが勝てば、アタイらは何も言わない…オヤブンにも、アンタが言うようにナンデモ聞いてやるよ…」
「あ~…はい。…ん? ナンデモ?」
あー…頭に血が上って、とんでもない事、口走ってるね…。
あ、でもこれで釈明できれば、御の字か?
「でも…負けたら……サメの餌にシテヤル…」
……。
もう一度言おう。
あー…頭に血が上って、とんでもない事、口走ってるね…。
全員が気合を入れて、構えたね…暴力は嫌なんだけど…何するんだろ。
モノによっては、即座に降参でもいいや。
…今は、こっちよりアッチだ。
学校にすっごい、戻りたいっ!! 佐々木さんに会いに行きたいっ!! 杏会長に詰め寄りたいっ!!!
そして、理由を…理由をっ!!
何考えてるんだろッ!!??
「さぁっ!! 勝負だっ!!」
さっさと、帰りたいっ!!
◆
「じゃ、まずアタイからだよ」
スラッと、伸びる…細く白い腕に巻かれた太いロープ。
細く、スラッとした子が、尾形の目の前に、突き出していた。
…何?
その腕に巻かれたロープから、四つ程作った結び玉が出来ている状態で、垂れ下がっている。
「あの子…そっち系の趣味…」
「は…そっちの趣味? 何言ってんの?」
おい、林田。せめて聞こえない様に口走れ。
まぁ気持ちは分かるが…取り敢えず、園さんも頭の上に?が、出ているな。
あ、バーテンの娘が、少し赤くなってため息を吐いた。
…あの無口な娘さんも、勝負とやらをするのだろうか?
「コレを解いてみな」
ドヤさっ! といった顔で、自信の腕から垂れ下がるロープを、指さした。
う~ん…意図が分からんぞ?
「解く? …コレを?」
「そうさっ…出来ないなら…」
細い子が言い終わる前に、尾形がスッと腰を落とした。
そして無駄に太い腕が、そのロープに伸びていく…なんだアノ絵。…如何わしい…。
「これでいいのか?」
指を伸ばし、難なくスッスッと、いくつにも緩く玉になっている、結び目を解いていく。
特に苦もなく。
回す様に…。
「なにっ!?」
「ほい、終わった」
解き終えたロープを摘み、目の前の彼女へと渡した。
いやぁ…なんだったんだ? 今の…。
「尾形、今の良くわかったな」
「んあ? フィッシャーマンズベンドだろ?」
「いや、名称なんて知らねぇよ」
「結び方の名称だよ。船の碇を結ぶ、結び方だ」
林田が少し感心した声で、話しかけていた。
ソレを他所に、自信の手の中のロープを、悔しそうに目を落としていた細い子。
徐に白い娘さんが、また手にロープを巻きつけた。
「こ…これはッ!!」
「はい? また?」
「うっさいねっ!!」
「…まぁ、いいけど」
尾形に勝負って言った時点で、あ…結構ヤバイか? とも正直思った。
でもなぁ…考えてみれば、アノ体格の男に、本気で喧嘩売る訳も無し…ちょっと思いの他、平和的勝負で安心したな。
こんな事なら、全然大丈夫だったわ。
「…やはり、そっちの趣味…」
「林田。自分の首を絞めてるぞ」
まったく…自重しろ。
尾形は、また垂れ下がったロープを、普通に外す…。慣れた手付きでスルスルと。
「な…え…?」
また外されたロープを見て、驚愕の表情。
「…尾形書記」
「園さん? あぁ…今のは、ボーラインノットって言いましてね? もやい結びとも言って、船の…」
「いえ、なんでそんな事知ってるのよ…。貴方、そんな特技あったのね」
「特技? いや、特技というか…転校前に、港町で漁師相手の店で、バイトしてましてね? 客…酔っ払った漁師のおっちゃん連中に、遊び半分で教えてもらったんすよ」
「あぁ、なる程」
「一般の人は、あまり知らない結び方でしょう? 面白がって…まぁ、俺も面白かったし、散々からかわれながら、教わりました」
「…お前、おっさんと仲良くなるのうまいしな。友達作るの下手なのに…」
「林田。最後のは…泣きたくなるからやめてくれ…」
「…あ、ああ…」
結構、本気で凹んだ尾形の表情に、林田がちょっと引いてた…。
さて…呆然と崩れ落ちた白い子。
その前に、パーマの子が、庇うようにその前に、立ちふさがった。
次は、この子か?
「次はコレだねぇ…」
その立ち塞がったパーマの子。
両手に赤と白の…小さな旗を持っていた。
紅白手旗って奴だったか?
「…今度はどうだい? 解読してみな」
言った直後…パタパタと、左右に持ったその旗を上下させ始めた。
あぁ、手旗信号って奴か? 解読してみなって言ってたし。
流石にこりゃ、素人には無理だ。
尾形も、ボケーとその姿を見ている。
しばらくバタバタすると、バッと両手を下ろした。
「どうだいっ!!!」
「え? 何が?」
スッとぼけた声で返した、尾形。
「今、アンタ見てたでしょ? …今のを解読し…」
「君さぁ…」
「あんっ? なによ」
「良い床屋、紹介しようか?」
「……は?」
「秋山理髪店って、言うんだけどさぁ…あぁ、でも、女の子だから美容院か…」
「何を言って…はっ!!」
「大丈夫っ! ストレートに戻せるよっ!」
「 失敗してないって言ってんでしょっ!!!! 」
尾形…デリカシー…。
「……」フッ…
めちゃくちゃ、優しい目をしたな…。
「その目をやめなっ!! これは、こういったヘアースタイルなのよっ!!」
「ストレートの方が、可愛いと思うけど…」
「かわっ!?」
だから…お前…露骨にそういった事を言うなと…。
ん? 今回林田は、大人しいな…あぁ…守備範囲外か。
「あ、ごめん。そんな事思ってたら、見過ごした。もう一回やって貰っていい?」
「…………カ…」
「おーい…。もう一回宜しいでしょうか?」
「…し…仕方ないね」
なにこの茶番。
こいつの…尾形の可愛いとか平気言う、言い方ってのは、裏表がない。
本当に自然に言うから、タチが悪い…。
ほら…パーマの子もなんだかんだで、もう一回やってくれるみたいだし…って、他の連中がちょっと引いてるな。
はい、園先輩。震えないでください。後で如何様にも料理してくれて良いですから。
はぁ…一度、アンケートでも取ってみたいなぁ…各学校の選手達に。そうすりゃ、俺も被害を…あ。
……。
「…中村」
「あぁ…俺も分かった…」
…尾形が、一瞬…悪い顔した。
あぁ…。
パタパタと手旗を左右に動かし始めた、パーマの子。
本当に律儀にやり直してくれた。
目線を合わせるように、尾形がその場にしゃがむ…そして両の手を目の前で、開いた。
そのまま、それに合わせて…。
「 !? 」
パンッ! パンッ! と、尾形が手拍子を始めた。
それと一緒にブツブツと…小さく、そして段々と大きく、聞こえる様に喋りだす。
口自体は大きく開けている為か、その口元をパーマの子が、注視してるな。
「 赤…て……白……て……」
「!? !?」
「赤、下げてっ! 白、上げてっ!」
「!? !? !?」
その声に段々と釣られて、段々とパーマの子の腕が、その声に合わせて動き出した。
傍目に見ていると良く分かる…尾形…お前…。
「赤、上げてっ! 白、上げてっ!! 白下げてっ!」
「っ!! っ!!」
…簡単に引っかかってるな…マジカァ…。
見た目の割に、すっげぇ素直だぁ…。
「白、上げないで……白上げないっ!!」
「!!!!」
あ、はい。
バッと腕が、天に掲げられた。
…白いのが高く上げられるな。
「あぁぁっ!! 負けたぁ」
「はい、俺の勝ちっ~」
「くそー!!!」
…いや。
いいのか、それで…。
「はっ! ち…ちがっ!! これじゃないっ!」
はい、尾形のターン。
「今、君は負けを宣言した」
「っ!!」
はい、尾形のターン。
「そして、俺の勝ち宣言に悔しがったって事は、ソレを認めた」
「っっ!?」
はい、尾形のターン。
「んじゃ、俺が勝ったから、今度ストパにしてみてね?」
「それは、関係ないだろうっ!?」
はい、尾形の…って、もういいや…。
色々と問題をすり替えている…。約束って…お前、またここに来るつもりかよ。
四つん這いになる様に、崩れ伏せているパーマの子。
その姿を見ながら、尾形が立ち上がった。
「 次 」
お前…もはや、楽しんでるだろ…。
立ち上がり、格好でもつけてるのか? 背中をバーテンの子に向けたまま、顔を半分振り向けた。
そして、それに応える様に、バーテンの子が、カウンターへ腕を伸ばし、肘をつけた。
「…こっちきな。次は、これだよ」
…なにこの空気…。
「……ぇ…本気で?」
その格好を見た尾形が、少し驚いた顔をした。
頭を少しかき、いつも腕まくりしている長袖の制服を、更に捲る。
相変わらず、引くほどの太い腕に力を込めたのだろう…少し、筋肉が膨れ上がった。
「 」
あ…ドン引きしてる…。
そっりゃ、初見じゃ驚く所か、引くわな…。
その表情を他所に、尾形はカウンター席へと腰を下ろす。
そのまま…ゴトンと音が出るほど、肘をカウンターへ打ち付けた。
至近距離で、しかもこんな人の影が、濃く映るライトの下…。
バーテーンの子からは、その暑っ苦しい、腕しか見えないだろう。
「…腕相撲は、久しぶりだァ…」
ニタァ…と、楽しそうに笑った…。
いや、本当に楽しそうに…。
「」
「…誰も相手してくれないんだ……こんな、目の前で、筋肉の膨張が繰り返される素晴らしい競技なのに、誰も…」
「 」
「漁師のおっちゃんとか、兄ちゃんとか…一通りなぎ倒したら、みんな逃げる様になってしまってな…」
「 」
「大丈夫、大丈夫…手加減するから…」
「 」
バーテンの子が、腕を引っ込めた…速攻で…高速で…。
そりゃそうだ…腕の大きさとか、長さが全然違うし、目の前の大男は、気持ち悪く笑ってるし…そりゃ逃げる。
「ち…違う。指相撲…」
怯える声で、か細く、可愛く言ったな…。
「ぇ…」
尾形…泣きそうな顔するな…。
「そうか…そうだよな…。女の子だしな…」
…今度は、悲しそうな声を出すな…。
「まぁ…いいや…やろうか…」
…あぁ…明らかにやる気なくしてるな。
手を悪手の様に、差し出した。
あ…断られ慣れてるのか、切り替えが早いな、尾形…。
「…う…」
バーテンの子が若干…いや、滅茶苦茶警戒の色を出しながら、その手に大人しく、手を合わせ、親指同士が出るように握り合う。
その握り合う手に、全員が注目を…。
…
『 はぁいっ! 始まりました指相撲対決ッ! 』
『 いきなりですね、林田さん 』
『 ここは、ナレーションをしろとの、天の声が聞こえましたのでっ!! 』
『 まぁ、いいですが…結局、腕相撲…から、指相撲へとシフトチェンジしただけですね 』
『 はぁいっ! 白い胸の薄い方のマイクを借りての、実況となりますっ!! 』
『 今回は、ゲストが居りますね 』
『 はいっ! 今回のゲ… 』ア…ハイ……スイマセン、ゴメンナサイ
『 怒られるのが、分かりそうなモノですのに…はい、では今回のゲスト 』
『 えっ!? 私もやるのっ!? 』
『 はぁい、園 みどり子さん…先輩ですね 』
『 よろしくお願いしますっ! 』
『 わ…わかったわ 』
『 はい、両者にらみ合って……ないっすね 』
『 …バーテン子さんが、若干頬を赤らめているのが、何となく気に食わないですね 』
『 なぜでしょう? 流石に初対面でしょうに… 』
『 はぁ? 貴方達、馬鹿なの? 』
『 おぉっ! 直接、シンプルな罵倒っ! 』
『 園先輩は、分かるんですか? 』
『 そ…それは…。私も女ですもの… 』
『 は? 』
『 幾ら初対面とはいえ…その… 』
『 あぁ…結構、乙女なんですね、園先輩 』
『 うっさいわねっ!! 』
『 …中村。どういう…何が? え? 』
『『 …… 』』
『 要はな? 林田…。バー・テン子さんは、尾形と手を繋いだような状態だろ? 』
『 そうだな… 』
『 それが、恥ずかしいんだろ 』
『 はぁ? 』
『 単純に照れているって、だけよね? アレ 』
『 …ぇ? は? 』
「っっ!!!」
『 あ、睨まれましたね…図星だったようですね 』
『 …顔真っ赤じゃない 』
『 林田、お前だって女の子と手を繋いだら、少し照れるもんだろ? 童貞のお前なら尚更… 』
『 照れる? 何故? 俺なら直後に撫で回す 』
『『 …… 』』
『 そのまま肌の感触を…『 はいっ!! では、試合を開始してくださいっ! 』』
「レディー…GO!!!」
『 開始の合図が、パー子選手から発せられましたっ!! 』
「ぶっ殺すわよっ!!??」
『 おっとっ! バー・テン子選手っ! 牽制しながら、尾形の親指の根元をチクチクと攻撃っ! 』
『 尾形書記は、微動だにしないわね…。指を動かそうともしない…まぁ、指の大きさとかあって、彼女の細指では、難しいかしらね 』
『 尾形の根元を、舐め回すかの様に先端で刺激してますねっ! 』
『『 …… 』』
『 そのまま刺激する様に…『 林田、お前もう喋るな 』 』
『 ナレーションなのにっ!? 』
『 でもよぉ…大丈夫か? あの子… 』
『 何がでしょうか? 』
『 尾形…指だけで、ゲーセンのコイン曲げれるよな? 』
「 っ!? 」
『 結構、あの子、指で畳もうとしてるのに、微動だにしねぇし…尾形、本気出したら、あの細指折れない? 』
『『 …… 』』
『 あ、バー・テン子選手が、固まりましたね… 』
「大丈夫だ。手加減する」
『 …そのセリフが出る時点で、勝負が着いたように感じますね… 』
「なに…彼女の手。握るだけで分かる…ちゃんと「作る」側の手だ。そうだ、分かる。この手は結構、努力しているってな? …傷なんてつけないさ」
「っっ!?」
「手のタコで分かる…だから、努力できる人は、例外なく俺は尊敬できる。そんな人に対して…アレ?」
「…………」
『 きめぇぞ、尾形選手 』
『 普段出さない声出しやがって… 』
『 女の敵… 』
「園さんっ!?」
「…………」
「あの…バーテンさん?」
『 …予想以上ににチョロかったすね。ね? 園先輩 』
『 あの子…顔真っ赤じゃない… 』
『 努力を評価されない環境…だったのかな? 俯いてしまった… 』
「………私の負け。棄権する」
「え?」
『 棄権したわりに、手…離さないっすね、中村さん 』
『 完全に硬直してますね、林田さん 』
『 なにあれ… 』
『 園先輩は、初見ですか? アレが、タラシ殿です 』
『 はい、女性の弱点を無意識に、ピンポイントで攻撃。しかも男慣れしていない女性限定。クズですね 』
『 …でも、彼女って、戦車道関係ないだろ? 戦車道乙女キラーだろ? 尾形って… 』
『 さぁ? 』
……。
「…尾形」
「なんだよ」
「……死ね」
「なんでだよっ!!」
なんだろう…速攻でケリがついてしまった。
一心不乱に、シェーカーを振り回すバー・テン子さんと、信じられないモノを見る目をしているパー子さん。
呆然としている、細い子。
…現時点で、初期の殺気は、微塵も感じられない…。
まぁ…次で最後か…。
先程までの工程を、真顔で見ていた最後の生徒。
…大丈夫か?
「面倒ね」
このタイプは、口八丁…タラシ殿では、どうにもならないだろう。
完全にパワータイプ。
一言、呟くと尾形の後方に、仁王立ち。
それに対して、牽制するかの様にカウンター席から、尾形は立ち上がり同じく仁王立ち。
…そして、その仁王立ち…同士、睨み合う形に自然となっていった…。
女性が、口を開いた。
「えぇ…面倒ぅ…ねぇっっ!! アンタもこっち側でしょ!? 腕っ節で勝負よっ!!!」
叫んだ直後…その右腕を大きく振りかぶった。
…ちょっと、これはまずい。
先程までのちょっと、浮ついた空気がぶっ飛んだ。
本気で、尾形に殴りかかって行った。
突き出される拳。
「ちょっと!!」
明らかな暴力…。
反射的にだろうが、焦った様に叫ぶ、園先輩。
……。
…………。
尾形は、その拳を、先程の様にまた…難なく…しかも、横からその手首を掴んだ。
「なっ!?」
腕を取られたのに驚き、反射的に腕を引くが、ソレを尾形は逃がさない。ガッツリ掴んで振りほどけない様だった。
ならば…と、反対の腕も振りかぶり、即座に振り下ろす…が、その拳を正面から、手で掴むように受け止めた。
反射的に、左腕を引き、逃げようとしたのだろうが、右腕は離されていない。
尾形が、右手をそのまま大きく開くと、それに合わせる様に指を交差し、手の平同士で組み合った。
同じく反対側の腕と手。それに合わせる様に手の平同士で組合った。
力比べ…。
違う…正確には、それは力比べではなかった。
両手でねじ伏せよと、全身の体重もかけて尾形を押す、体格の良い子。
両肘と肩を上げ…って、おいおい…女の子の腕じゃないぞ…。
膨れ上がる筋肉が、嫌でも目立つ。
が、踏ん張る事もしないで、普通に立っている尾形。
…微動だにしない。
全身を使って、ねじ伏せようとしている彼女に対して、尾形は腕だけで制している。
素人目でも分かる…その圧倒的な差。
目を丸くして、信じられないといった顔をしてながら、目の前の微動だにしない尾形を見上げている彼女。
同じく、周りの崩れ落ちている子達が、目を丸くしてその光景を眺めている。
「くっ!!」
どのくらいの時間が経過しただろう…一方的に尾形に対して押していた彼女に変化が出た。
力で敵わないと思ったのか、上げていた肘を引いた。
一度距離を開けようとでも、思ったのだろうか? 押し込んでいた体勢を後ろへと引いた…が。
動かない。
今度は強引に、両手を振り解こうと暴れるも、尾形のその手を掴んだまま。
その状態をキープする様に一切微動だにしない。
全力で離れようとする、体格の良い娘。
尾形の体勢を崩す為に、蹴りを入れるなどの行為がない。
プライドなのかな? 兎に角、腕の力と体重だけで、手を離そうと藻掻いている。
「くっそっ!! 気味が悪いっ!!」
そうだな、気味が悪い。
なぜなら…真顔。
尾形の顔が、先程までのヘラヘラした顔ではなく…終始、真顔だった。
「いや…これ、ちょっと不味くないか? 尾形、キレてね?」
「えっ!?」
林田が呟いた。
そうだな…尾形って、基本的に暴力を振るってくる相手に対して、容赦がないように思える。
ベコを着ていないが、アレの事件とか決勝の時とか…あの動画を見ると、何となく林田言う事も分かる。
…その林田の呟きを聞いた、船舶科の子達が、向き合っていった。
その尾形に対して、焦りの表情が浮かび上がる。
直接的な暴力を働いてきた彼女に対して、先程までヘラヘラしていた尾形が、表情を消したのだから…そりゃ焦る。
あの娘は、ここでの文字通り、腕っ節代表なのだろう。
その代表を、あの体格の男が、圧倒的な差を見せつけているのだからな。
「こっっのっ!!」
周りの空気を察したのか、体格の良い子の足が遂に出た。
蹴るとかでの行為ではなく、尾形の腹に足を添えた。
そのまま脚に付け踏ん張りをつけ、体を思いっきり離そうとする……も、ビクともしない。
「……」
「っっ!?」
本格的に彼女が、焦り始めた。狼狽…とも言えるかもしれない。
そりゃそうだ…。
受身も何もない…完全に全力を出しているのだろう。
……が、それを見下ろす…真顔で一言も喋らない尾形。
怖いのだろうか? うん…正直、この尾形は、俺でも普通に怖い。
もはや、一旦距離を取る目的ではなく、完全に尾形から逃げる為だけの逃避行動になっていた。
彼女の足が、更に高く上がっていた。
すでに全体重を後ろへと集中させ、片足でぶら下がる様な体勢になっていた。
しかし動かない…。
人一人の体重と力を受けて、それでも微動だにしない尾形。
「中村。止めようか。ちょっと洒落に、ならんかもしれん」
「そうだな、園先輩、下がってて下さい」
園先輩の返事が帰ってくる前に、林田と一緒に、尾形の元へと足を出した。
林田は、こういった事でもそうだけど、結構決断が早い。
自分が、優柔不断な分、決断ができる人は尊敬する…だったか?
尾形も、それを頼りにしていると言っていたしな。
ハッキリと、頼りにできるとか…尊敬とか…その、小っ恥ずかしい事を、林田本人へ直接言ったからな。
俺には……は、まぁいいや。思い出すだけでハズいしなぁ…。
あいつ、身内には、男でもタラシ殿が出るからタチが悪い。
んな事だから、ホモ疑惑だ出るんだ。まったく…。
「……」
…ま、んな訳で、俺も変な所、頼りにされてるみたいだしな。暴走寸前の悪友を止めてやるか。
その悪友を見ると…ちょっと、本気で洒落にならなくなっているしな…。
まっずいなぁ…。
ソレからぶら下がる彼女の顔が……完全に怯えていた。
「おい、おが…」
俺達が声を掛ける前に…
怯え切った彼女に対して、漸く尾形が口を開いた。
一言。
「 美 し い っ !!! 」
……。
………は?
意外すぎるその言葉に、俺達を含め、船舶科の子達も口が開いた…。
ぽか~んと。
変わらず真顔で、言い切る尾形。
張り詰めていた空気が、何とも言えない空気に変わった…。
《 ………… 》
…まー…そうだな。
大体、こういう時の役目って、俺だよな…はいはい。
聞きゃいんでしょ…聞けば…。
だから、見るな! 林田、園先輩。
でも溜息の一つくらい、許されるだろう?
「はぁーー…………尾形。今、なんつった?」
後頭部を、少し痛みを感じるくらい強く掻きながら、いつもの様に聞いてみた。
あ~…うん。
「美しいと言ったんだっ!! さっき、チラッと思ったが、やはり思った通りだった!! 美しいッ!!」
何言ってんだ、こいつ。
片足を尾形の腹にかけたまま、体格の良い娘すらも、口をポカーンと開けた。
「中村、いいか? 人間、持ち上げるよりも、思いっきり引く時の方が、筋肉の膨張率が高いんだぞ?」
「……」キン…
あ…すぐに分かった。
これは大丈夫な尾形だ。
別の意味では、大丈夫じゃないかもしれんが。
…確信した。
目が輝いてるしな…しかしなぁ…。
「何かこの子は、しているんだろう…じゃなきゃこんなに均等が取れた、スジからして形成された「美」は、完成しないんだっ!!」
「……美って、お前…」
「何言っての、アンタ…」
「鍛えていいなくとも、自然と筋力を使う仕事とか…あぁっ! そういや、船舶科かっ!! 力仕事類は、この子の担当だろうなっ!!」
「…尾形、落ち着け。何を言ってるか分からん。思いついた事を端々で言うな…。目の輝きが、段々と増し…」
「っ!?」
「いいかっ!? 肩から手首にかけてのラインとかっ!! 具体的には、三角筋から上腕二頭筋にかけての流れる様なこのラインとかなっ!?
すっごいっ! 綺麗だろ!? 裏の上腕三頭筋も絞られて…この窪みとかッ!! 女性でここまで美しいのは、久しぶりに見たっ!! いや、初めてかもしれんっ!!
前腕屈筋群とかのへの流れとか、すっごいだろっ!? 何気に肘筋とかマニアックなトコロまで…」
「……」
「……」
はぁ…。
こいつの病気が発症した…。いや? していたのか?
何を言っているか、さっぱり分からん。
「彼女は、体全体のバランスが、素晴らしく良いっ! この娘の場合、これなら体全体に! この美しいラインが!! 流れているのだろうよっ!!!」
「お…尾形…」
「………………」
いや…あの…な?
これは、ちょっといつもと違う、パターンだ。
「女性は体脂肪が、男より多いからな!! 女性のビルダーとかの場合、その女性らしい体脂肪を落としてしまう方が、多いんだが……。
あぁ、もちろん、当然、美しくもあるとは思うのだけど、それはソレだと思うんだ。彼女の場合、その体脂肪からしてバランスが良い。肌の質も良好。総じて全てが美しいッ!!」
「いや…あのな? 流石にそこの子も、引いてるぞ? …いや、ちょっと怒ってるけど…」
「怒るっ!? 何故っ!?」
うっわー…こりゃ酷い。
本気で、ここまでの尾形は、初めて見るな…あ。
「いやな? 彼女も年頃の女の子だ…。確かに体格は良いと思うけど、そんな筋肉筋肉いっちゃ…」
「素晴らしく、美しいじゃないかっ!!」
「アンタ…馬鹿にしてんのか…」
ほら…、女性に対して、そりゃまずいだろ…。
怒ってるよ…先程までの怯えていた顔はもうないな。
「馬鹿になどしていないっ!!」
「っっ!?」
あっ!! …あ~……。
何故だろう…気づいてはいけない事に、気づいてしまったと、本気で思えるのは…。
そ…そういや…初めてでは、ないだろうか?
そうだ…そうだよ…。
こいつ、女性に対して綺麗だとか、可愛いとかを直で、ドストレートで言うのは何度か見た…。
あの西住流家元ですら、可愛いとか言い切るしな…でもな?
「美しモノを、美しいと言って何が悪いっ!!」
「なっ!?」
アイツが、女性を「美しい」と、表現するの…初めて見た…。
「断言しようっ!」
「ヵ……は…」
「いや、断言したいっ!! 君は美しいっ!!!」
「 」
すっげー真顔でなんか言ってるけど…。
いや…人間の本気ってのは、何となく分かるモノだ。
それこそ、必死な言葉ってのは、結構心に来る…特にあの真顔だ。
本心だというのも、あの体格の良い子にも、伝わるだろう…伝わる……だから、タチが悪い。
ほら…。
「はっ…離せ……離せっ!!」
別の意味を持った逃避行動を取り始めたな…。
「久しぶり…本当に久しぶりに癒された…。美というのは、人の心を穏やかにしてくれるものなんだな…」
「聞けっ!! 離せっ!! マジで離せっ!!! 離してぇ!!!」
手…繋いだままだしな…。
「あ…、すまない…。いつまでも握っていたら、流石にセクハラだよな…」
「セクッ!?」
…そして今の発言。
「…中村。ありゃ大丈夫そうだな」
「そうだな…いつもの尾形だ、タラシ殿だ」
「ホント…尾形、男慣れしてない女性に対して、無意識だろうけど…弱点にピンポイントで、パイルバンカー打ち込むよな…」
「お前でも分かったか…」
「ワカライデカ」
多分…彼女自信、こんな吹き溜まりで過ごしてきたんだ…しかも周りは女性だけ。
あんな体格…性格もあるのだろうが、異性との接点もあまりなさそう…で、今のこの尾形だ。
セクハラ…。
完全に、女性として見ているって、扱いをしている証拠だしな…。
ゆっくりと手を離した直後…彼女は飛離れる……事はしないで…その場に崩れ落ちた…。
ツンツンとした、その髪から除く耳が、コチラが心配になるほどの……赤い色を放っていた…とさ。
「そういや、尾形。お前、さっき良く捌けたな」
「何が?」
「いや、殴り掛かってきた腕を掴むとか…」
「あぁ…………母さんと姉さんに比べたら、止まって見えたし…」
「……」
「はっ…アレらは、ペ○サス流○拳をリアルで、再現できるんだぞ? 俺は、それを受け続けて来たんだ…」
「…………」
「……」
「…ゴメン」
尾形の家庭事情は、頬っておいて、周りを見渡してみる。
結果が出たな。
この場に、立っていられたのは、思いの他被害がなかった…細い娘さんだけ。
背中に哀愁背負って、呆然とお仲間達を見下ろしているな…マイク持って。
「しかしな…尾形…。流石に、俺もそろそろ匙を投げるぞ?」
「何が?」
「お前は、自覚がない分、非常にタチが悪い…本気でそろそろ、普段からあのベコを着てろ」
「なんでだよ!」
「はぁ…どうしてそう、人の弱い所をピンポイントで打てるんだ…」
「 ??? 」
……はぁ。
パイルバンカー尾形。
そんな字名が、浮かんだ瞬間だったな…。
そんな瞬間…。
突然、ずっと黙っていたコートの娘から、押し殺した様な笑い声が聞こえた。
「くっくっく…。やるねぇ…」
持っていたグラスをカウンターへ、トン…と、落とす音が聞こえた。。
「アンタ達……いや、アンタ。キャプテン ブラック・バード並にやるじゃない」
楽しそうに口端を上げ、此方にゆっくりと振り向く、コートの娘。
「…根こそぎ持って行くとか、まんまだね…。まぁ…キャプテン ブラック・バードには…」
カウンター席から、腰を上げて立ち上がり、尾形に真正面から向き合った。
そして…。
「 会ったこと…ないけどね! 」
……。
あ、はい。
ちょっと全員が、またポカーンと口を開けてしまってるけど…。
携帯を取り出して、一応確認。
ブラック・バード…バーソロミュー・ロバーツ…人員すら略奪対象にする、海賊…って、書いてあるな。
あぁ…なる程ね。…うん。
細い子は、多分被害を受けておりませんから、根こそぎでは無いですけどね?
「いや? 今、上の子達の流行り…だったかい? アレと同じか…」
「は…流行り…」
「…ベコって、言ったかい?」
はっ。尾形が肩を落とした。
アンタもか…と、小さく嘆きが聞こえたな…。
「まっ…そのベコとやらにも、会った事……ないけどねっ!」
「………………」
…会っとる。
(会ってる…)
(今、目の前よね…)
心の声が、聞こえた気がした…。
いやまぁ…諦めろ、尾形。
言った直後、カウンターに置かれていた瓶を…頬り投げた。
それを受け取った尾形を見て、一言。
「最後…私だよ」
◆
誘われるまま、カウンター席へと腰を下ろした。
これから何をするか分かっているかの様に、他の船舶科の子達も集まってきた。
俺達を取り囲むように、後ろへ着いている。
「どん底名物、ノンアルコール・ラム酒。ハバネロ・クラブ…」
スー…と、カウンターを流れて来た、グラスが俺の前に止まった。
上手く滑らすものだなぁ…。
同じく離れて座った、コートの娘さんから、送られてきました。俺なら途中で翻そう。
「ドレイク船長も裸足で逃げ出す、地獄のペッパーラム…」
そのグラスには、少し赤みが強い、茶色の液体が入っている。
ハバネロっていったか…。
「飲み比べよ」
自分の手で持っていたグラスを掲げ、挑発する様に此方を見てくる。
…飲み比べねぇ…。
「…これで最後、私に勝てば…言う事を聞いてやろうじゃない」
「聞いてやろう…ねぇ。貴女が、やっぱりリーダー…つまり、親分さん?」
「まっ、そうだね」
あっさりと白状した。
……。
ま、いいか。
注がれたグラスに、指を入れ、少し舐めてみる。
「……っ」
舌に遅れてやって来る、刺すような辛さが襲う。
たった、これだけの量で、舌が痺れるのかよ…。
なる程…なる程。
これで最後か…。
スッと後ろを目だけで見てみると、期待する様な眼差しを送ってくれる、園さん。
頭が痛いのかな? こめかみを押さえている中村。
…美しい(筋肉)の女性の胸を凝視している、はやし…あ、頭を掴まれた。
……女性は、目が合うと、顔更空したけど…。
はぁ…。
「名物…って、言ったよな? 貴女は、コレを普段から飲んでるの?」
「…まっ、そうだね。怖気付いたのかい?」
う~……ん。飲み比べ…ねぇ。
コレを飲み比べ…んなら、すげぇ量を飲まされそうだ。
俺が逃げるとでも、思ったのか…更に挑発する様な目を向けてくる。
なら…
「んじゃ、いいや。やめる」
「はぁ!?」
うん、逃げよう。
冗談じゃない。こんなの大量に飲めるか。
今は、無理する時じゃない。
俺の言葉が、意外だったのか…背筋を伸ばして驚いている。
「ちょっ!? ちょっとっ!! 今回、貴方から言い出した事でしょ!? やめるって!?」
園さんから、ラブコール。
「ま、もういいでしょ。上の子達も、掃除はしてくれるって言ってたし。目的は果たしたと判断しました」
「果たしきってないわよっ!」
カウンター席から、腰を上げた。
立ち上がると、足元から更に熱いラブコールを貰う前に…。
「順序ですよ、順序。ここの大将も分かったし…今回はここ迄でって事で。勝負に勝って、無理に言う事聞かせた所で、本当の解決にはならんでしょ?」
「…そ…そうだけど、これじゃ此処まで来た意味がないじゃない!!」
「今が、引き時ですよ。今回は意識を持たせる事ができた…って事でも、大きな収穫ですよ。今日来た意味は、十分ありましたよ。後は、コミュニケーションです」
「……ぐ」
まぁ、彼女も更生させるって事の難しさってのを知っているはずだ。
今日だけで、全てを解決させる事なんて無理…って事も分かっていたと思う。
よってっ!! 撤収っ!!
「…はっ。本当に怖気付いたのか…。ムラカミ達を一蹴した時は、骨のある奴だと思ったのにね」
「ムラカミ?」
周りを見渡すと、手を上げている人物がいた。
「…サ…サルガッソーのムラカミ」
目が合うと、少し吃りながら自己紹介をしてくれた。
あぁ…あの美しい(筋肉)の女性が、ムラカミ…さん。
ここまでの、癒し系の女性は久しぶりだ。
「うつっ!?」
何故か、中村達が深いため息をした…園さんまで。
まぁいいや。
「ム…ムラカミが、癒し系…って…」
「? まぁいいや、君は? ヘアー「失敗してないっ!!!」」
ふてくされた様な顔で、自己紹介。
「…爆弾低気圧のラム」
「やっぱり、ストレートにした方が、可愛いよ?」
「う…うるさいねぇっ!!!」
怒られた…。
「はぁ…大波のフリントよ」
「…生しらす丼のカトラス」
何故か諦めた様な口調で、残りの二人に自己紹介をされた。
「フリント…さんと、カトラス…ちゃん。ね」
「…ちょっと、待って。なんで、私だけちゃん付け…」
「え…他に何かあるの? ないでしょ? ないよね?」
「何故、力強く三段活用…ま。いいけど」
良いんだ…しっかし…何故だろう。
彼女も、マコニャンに匹敵する物を感じる…何か……何かないかっ!!??
マコニャン同じく、心震わせられる、ニックネームはっ!!!
「…あぁ。私に「さん」付けはやめて頂戴。気持ち悪いから」
フリントさんが、俺の思考の他所に別方向からの提案を頂いた。
「え…ちゃんの方がいい?」
「はっ! このアタイに向かって、呼べるものなら呼んでみ……あ、やめて。アンタ、普通に呼びそうだから、やめてクダサイ」
「……チッ」
変に和気藹々とし始めてしまった所で、最後の親分さんが、グラスを少し強くカウンターへ置いた。
ゴツンと、音をだしたな。溢れるぞ?
「…アンタ、また此処へ来るつもりかい?」
「え? あぁ、はい。来ますよ? 掃除もしないといけないし」
「…勝負をしに来るってんなら歓迎だけどね? その勝負を逃げ出す、腰抜けに…「逃げ出すっていいますか」」
「……なんだい」
「いやね? 俺、料理とか結構作るんですけど…そういった人間からすると、アレは非常にまずい。味覚が可笑しくなりそうでして、口に入れたくないんですよ」
「はっ…言い訳なら…「貴女、アレを常に飲んでるって言いましたよね?」」
もう、面倒臭いとかではなく、ちょっと普通に心配になったので、会話を上から被す。
この人、結構遠回しに言う様な感じがするからなぁ…本題をさっさとぶつけよう。
「チッ…。本題って…まぁいい。言ったけど、それが何?」
「下手すると味覚障害になりますよ?」
「………は?」
激辛好きなら、まぁ…常飲していても可笑しくないからなぁ…。
障害って事に、少し目を見開いた。
「えぇと…ですね。唐辛子とかの刺激物は、味覚ではなく、痛覚で感じるモノなんです」
「……痛覚」
「痛みは、自ずと慣れてくるモノですよね? ですから、慣れ…と言いますか、舌がそれに伴ってマヒしてくるんですよ。多少の辛味は大丈夫ですけど、あそこまで強いと…しかも内蔵にも悪いし…」
「そ…それがどうかし…「ですから、最終的には味が、感じられなくなります。いや、分からなくなるって言うのか…?」」
「…………」
「例に挙げると、ソレを飲んだばかりは、何を食べても鈍く感じません? それが、強くなて更には、常になりますよ?」
お…自覚があるのか、ちょっと青くなったな。
「酷くなると、甘味とかの味自体が、分からなくなります。…まぁちょっと大げさに言いましたけど」
グラスを持っていた手が、震えだしたな…。
激辛好きって、そこら辺を気にしない人多いんだよなぁ…辛い方の刺激を求めてしまう。
でも、彼女の場合、そっち系では、なさそうだ。
「ですからね? 作る側の人間からすると、ソレは毒以外の何物でもないんですよ。飲みたくない。…カトラスちゃんもそうだろ?」
軽く目線で確認をすると、何故か顔ごと目を逸らされた…。
頷いてはくれたけど…。
まぁ、彼女も作る側の人間だろうしね。分かってはくれただろう。
「なっ!?」
…ほら、ちょっと焦りだしたね。
えっと…確か…。
「軽度なら、たしか…食事で治るそうですから…俺なんか作りますか?」
「!?」
「えっと…確か…」
携帯を開いて、味覚障害…って、検索。
ふむ…。
「親分は、まだ大丈夫…そんな頻繁にアレは飲んでない」
「…慰めのつもりかもしれないけどね……勝負を挑んだ相手に、嘘をバラさないで欲しいものだよ…」
「それでも、予防ぐらいはした方がいいと思うけど…」
「…そ…そうだね。コレをまだ飲まないといけない時もくるだろうしね…」
検索中、ちょっと微笑ましいやりとりも聞こえたけど、気にしなぁい。
作ると言った手前、なんだけど…。
「カトラスちゃん」
「な…なに」
「今度来る時、なんか考えて、メニューレシピ持ってくるから、親分さんに作って上げて。どこの馬の骨か、分からない俺が作るより良いだろ」
「分かった」
「どうも、亜鉛が一番良い見たいだ。サプリでもいいけど、予防程度なら、美味しい方が良いだろ?」
「…そりゃあ」
「親分さん、なんか嫌いな食べ物ってある?」
「え…あぁ、そうだね…得にはないね…」
チッ…。
「なんで今、残念そうな顔したんだい?」
「んじゃ、なんか考えて来るから…。あぁそうそう、親分さんとの勝負は、別の形式なら受けるからさ。それならまた来てもいいですよね?」
「そ…それなら、仕方ないねっ!!」
…。
「まぁ、このハバネロクラブ…気付薬とかには、なりそうだけど、あまり飲みすぎなのは…何?」
少し話す事に夢中になってしまった為か、中村達を忘れてた。
頭を押さえて、呆れた様な顔で、俺を眺めている。
園さんまでだ…。
「…尾形。もういい…帰ろう」
「え…あぁ、帰る事は帰るけど…ちょっと今…」
「あぁもうっ!! お前は、どうしてそうやって無作為にフラグ建築しようとするんだよっっ!!」
「何もしてないだろ…」
「結局、ここに来る事、容認させてるしっ!!」
「それの何が問題あるんだ?」
「ないけどっ!! そうじゃねぇっ!!」
「まったく…いいよ。わかったよ…」
「…後な、西住さんに今日の事は、絶対に詳しく言うなよ…」
「なんで…?」
「いいからっ!!」
「?」
良くわからんが、そう言うなら従うけど…なんでだろう…。
さて…もう一度、親分さんに振り向き、ちゃんと目を見る。
どうにも、この人…ちょっと食わせ者に感じるしな、最初はしっかりとしておこう。
「んじゃ、ここいらで、お暇します。また来ますわ、親分さん」
「……」
「親分さん。結構、楽しかったです。今度来る時、一応予定表持ってきますからね。…あと、桃先輩とはナンニモナイデス」
「…………」
「親分さん。さっきの声は、後輩の声真似ですか……なんなら今度証拠持ってきますから。…あと、桃先輩とは普通に先輩後輩の仲です、はい」
「…はっ…はは…もういい、分かった分かった。面白いね…アンタ」
何か面白かったのか…コートのポケットの中から、パイプを出して、口をつけた。
煙が出ていないから…まぁ、本物ではないのだろう。
「まっ…桃さんとの事は、置いておいて…。今度ちゃんと、アンタと話してみたくなったよ」
何をだろう…。
「この子達をなぎ払ったアンタに、親分と呼ばれるのは悪い気はしないがね…。私の事は、ちゃんと呼びな」
「…ちゃんと?」
あぁそうか。
親分さんからは、自己紹介を受けていなかったな。
値踏みする様な目をやめ、今度は真っ直ぐに俺の目を見返してくれる。
上のハングレ船舶科達のまとめ役。
こんな場所に店を構えている、その親分。
コートの襟を但し、パイプを口から離して名乗った。
「竜巻のお銀」
……。
…………。
………………。
「つ…疲れた…本気で疲れた…」
「は…いいじゃねぇか、中村。このあと、俺にはまだイベントが残されてんだぞ? まだ…疲れるんだ」
「…俺は、結構楽しかったけど…」
「「 ………… 」」
「中村君。林田君。…貴方達が来てくれて…本当に助かったわ…色々な意味で…」
「「でしょうっ!?」」
「はぁ…尾形書記も、一応ありがとう」
「俺は、一応ですか…」
「ま…私一人じゃ、こうはいかなかったとは思うし…」
「結局、再訪問、掃除…は、約束取り付ける事までは、できましたからね」
「「「 ………… 」」」
「なぁ、尾形。今度ベコ着て行ってやれよ」
「……」
◆
空に開会を知らせる花火が、何度か上がった。
良かった…いい天気。
真っ青な空の下、遂にエキシビジョン試合が始まる。
早朝、みんなで学園に集まり、ダージリンさん達と始めて練習試合をした時と同じ様に、皆でそろって、陸へと戦車を走らせた。
戦車道大会は終わって、始めての試合。
聖グロリアーナ。
プラウダ高校。
知波単学園。
学園館から降りる際、他の学校の洗車が、大洗タワーの下、その集合場所へと向かって集まってくるのが見えた。
その周り…朝早くから、この試合を見ようと集まってきてくれた、観客の人達。
垂れ幕があり、出店があり…お祭りの様な賑わいを見せている。
……。
私達もその横を抜け…大洗タワーへと、向かう。
大洗タワーが、太陽の光を反射させて、眩しく輝いている。
「沙織さん」
「なに? みぽりん」
「あの…大丈夫ですか?」
…。
あの場所を通り掛かった時、少し心配になって声をかけてみた。
特に気にした様子じゃなかったけど…だから余計に…。
「あぁ、うん! 大丈夫っ! 全然、平気っ!! うん、寧ろ…」
「寧ろ?」
「あぁっ! 何でもないっ! ただなぁ……あそこで、みぽりんがなぁーっ! って、思ってっ!!」
「沙織さん!?」
思い出の場所。
思い出すと、今でも顔が熱くなる。
始まりの場所…決意した場所…。
沙織さんに、背中を押してもらって、少しだけ前に進めた場所。
……。
…………。
暑い…。
色々な暑さを感じる。
でも、この暑さも、そろそろ終わる…。
真夏の戦車内の温度を、肌に感じる。
……。
この試合が、この夏…最後の試合になりそう。
「みほさん、着ましたよ?」
「えっ? あ、はい! すみません!」
いけない、ボー…っとしちゃった。
…うぅ、なんで皆、微笑ましく笑いかけてくるんだろう…。
体を伸ばし、ハッチを開ける。
はぁ…もう、皆さん集まってる…。
「…ん?」
戦車から外へと体を出すと、ちょっと変な光景だった。
いくつもの戦車が並ぶ中、一角に皆が集まっている。
「どうしました?」
「あ…いえ」
「ん? …なんだ?」
戦車から体を出し、上から見ると…全貌が見えた。
人集りが、二つに分かれていた。
今回のチーム分…私達大洗学園と知波単学園の、大波さんチーム。
そして、プラウダ高校と聖グロリアーナの、青森チーム。
……。
その先頭…。会長達と向かい合っている…ダージリンさん。カチューシャさん…を、肩車しているノンナさん。
そして、その脇に…お姉ちゃん達、見学の各学校の隊長達…。
ここにまで伝わってくる、この…重い空気。
…お姉ちゃん、怒ってるなぁ…。
「…あれ、準決勝の時に着ていた奴だろ」
「何故、あんな格好をされているんでしょう?」
「…みぽりん。今回のチーム名…ダージリンさんが、つけたんだよね?」
「…そうです」
「武部殿? どうしたんです?」
「ダージリンさんの…狙いが、解っちゃった」
「私も解りました」
学校の集合場所には、一緒にいたのに…何故か今は向こうにいる…。
そして此処まで響く様な、うさぎさんチームの叫び声が聞こえた。
「「「「 先輩が裏切ったぁぁーー!!! 」」」」
ダーリジンさんと、カチューシャさんとノンナさん。
その間に…あの時、準決勝戦の時に着ていた服。
それを着て、私達の対戦者側に、立っている…。
執事服を着た、隆史君が。
閲覧ありがとうございました
文字数がまた増えていく…。
連載開始当初の時の様に、◆マーク等で、各章区切りで掲載すれば、もっと早く更新できると思いますが、更新日が空いても、出来るだけまとめて掲載しいです。
どっちがいいんだろ…。
んな、訳で漸くエキシビジョンマッチ開始
ありがとうございました