転生者は平穏を望む   作:白山葵

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……遅くなりました。
気がついたら、連載2年目。

ありがとうございます。

遅れた言い訳は、あとがきで。
……俺…単行本派なんす。

あ、姫様達は、まだテケの修理が完了していない、出会って間もない時系列。


第22話 私の始まりの話をしよう―

 もう間もなく、試合が開始される。

 

 余り時間は残されていないのだから、取り敢えず西さんは、急いで集合地点へと向かうべきだと思うのですよ。

 よく状況が分からないと言った顔で、キョロキョロと顔を動かしている。

 あぁ…見える。頭の上のクエッションマーク…。

 

 距離が少し離れているし、大声なんぞ出せないと、携帯電話を取り出した。

 

 ……。

 

 あ、速攻で出やがった。

 

 

「あ、中村? 俺今回、青森チームという事で、大波さ…大洗側のテントに、近づく事が出来ないからな」

 

『 第一声がソレかよ! 嬉しそうに言いやがって… 』

 

「後、俺今は「伊集院田 吾作」な? 尾形って呼ぶな」

 

『 は? 』

 

「あ、先に…ちょっと西さんへ変わってくれるか?」

 

 ギャラリーは、観戦席へ行っているので、今ここには、聖グロとプラウダの制服を着た女子高生しかいない。

 まぁ…ある程度は、大丈夫だろうと思ったが、俺が大洗のテント側に居ては、こんな格好をした意味が、全くない為に、一応ある程度の距離を開けておく。

 そういった訳で、関係のない中村には悪いと思ったけど、中継地点としての役割を担ってもらおう。

 

 あの小っ恥ずかしいゲームの時の、復讐とかでは、断じてない。

 

 …ないぞ?

 

「えっと…西さん」

 

『 はっ! ベコ殿、なんでありましょう!? 』

 

 …でかい声。

 

 携帯で話している意味が余りない…こっちまで聞こえてきたからな。

 まぁ、名前で呼ばれない分、ある意味マシか。あと、携帯片手に、こちらに向かって、敬礼はやめて下さい。

 …普段は辞めて欲しいけど。

 

 ん?

 

 ダージリンのそっくりさんの顔が、真っ青になってるな。

 先程、中村が俺を尾形と呼んだ時は、すっげぇ睨んできてたのに…。

 まぁいいや…。

 

「試合…そろそろ行かないと間に合いませんよ? 油売ってないで…急いで集合場所に、向かってください」

 

『 はっ! 申し訳ありまっ!! ……せん 』

 

 何を後ろ髪引かれているのだろう…。

 屋台の商品をチラチラ見ている。

 嘘だろ? まさか、まだここにいるのって、ソレの為か? え?

 

「はぁ…ベコのグッズ。欲しけりゃ、会長に聞いてみますか『 本当でありますか!? 』ら……」

 

 …うっわ…マジか。

 嬉しそうに即答したよ…。

 それに、迷いが消えた…って、顔が、ここからでもはっきり見えた。

 だって…輝いてるしな。

 

「えぇ…はい。だから早く行ってください。そんなのいくらでも…ん?」

 

 横に居る、小さなめんこい娘さんが、何故か俺をジ……と、見つめてるな。…多分。

 丸いメガネに光が反射して、どんな目をしているか良くわからない。

 話した事もないし、睨まれてるって事はないと思うけど…まぁいいや。試合が終わったら少し話してみよう。

 

『 西隊長は変わられた… 』

『 ん? 福田、何か言ったか? 』

『 …… 』

 

 …はい? 何か小さく聞こえたな。

 

 何を言って…。

 

 

『 …隆史殿。我の言葉を、流すのはやめてくれ 』

 

 通話主がまた変わった。…今度は、もう一人の来客の声がした。

 中村の携帯が、シェアされてますな。

 取り敢えず、しずかの一人称が、我になってるから…また、なんか戦国武将スイッチでもONになってるのか?

 

「あ、うん。なんか言ってたな。すまないが、この場所から離れられないから、少しこっちに来てくれ」

 

『 し…承知した 』

 

 すっごい気迫で、なんか言ってたけど…距離が開いていた為に、よく聞こえなかった。

 手招きしてやると、ゆっくりと大洗テントとの中間辺りに脚を運び始めてくれた。

 ゾロゾロと…中村以外の全員で…。

 あ、いや…西さん達は、大きくお辞儀をすると、どこかへと駆け足で去っていった。

 …やっと、集合場所に向ってくれた…。

 

『 流石に距離があったか…出鼻をくじかれた気分だ… 』

 

「…先に、携帯を中村…持ち主に、返してやってくれ」

 

『 むぅ…承知 』

 

 だから、こっち来てから話してくれ。

 ボソボソとしか聞こえん。

 しかし…むぅ…って、変な唸り声まで発し始めたな…どうかしたんか?

 

 両チームのテントの中間。

 漸く声がまともに届く距離に立つと、そのまま俺の方向へと向き直す。

 腰に手を置き…ニマァと、笑いながらも、コチラを真っ直ぐに見てきた。

 でもまぁ…その前に。

 

 ダージリンのそっくりさんは、茫然と…なんか、俺の事をお化けでも見るかの様な目で俺を見てくるし…。

 そんな様子で、なんで態々こっちに来たの…。

 その横で、頭を押さえて大きくため息をつく…友達だろうか? 小さい子が立っている。

 

「あ…あの、お嬢さん?」

 

「お…がぁ…た……え? ベ…ベべ……べ?」

 

「おがたあえべべべ…?」

 

 復活の呪文だろうか?

 ペ じゃないですよ? …しかし、復活する兆しが見えんな。

 絶望した様に顔を青くしてるけど…俺、なんかやったっけ?

 

「あの、すいません」

 

「あ、はい」

 

「貴方、尾形 隆史さんですか?」

 

 小さい子が、引きつった笑いをしながら、俺の名前を確認。

 まぁ、ここは変に誤魔化さない方が良いだろうと…その後の質問にも流れで答えた。

 

「はい、そうです。…今は、あんまりおっきな声じゃ言えませんけど」

 

「はぁ──…で、あのクマですか? えっと…」

 

 屋台の上に鎮座する、黄色いぬいぐるみを指さした。

 あ、視界に入った中村が、逃げるように体を影に隠しやったな。

 

「ベコですか?」

 

「それそれ。それ着て、戦車道大会決勝戦で……」

 

「あぁー…貴女方、やっぱりあの時の人達ですか」

 

 肯定の意味を含めた俺の言葉に、座り込んでしまっていたダージリンのそっくりさんの肩が大きく跳ねた。

 呼びづらいな…長いし。

 

「…先日は、どうもありがとうございました」

 

 その女性の代わりに…とでも言いたげに、小さい子が大きく頭を下げてお礼を言ってくれた。

 ただ、顔は少し引きつっていたけどな…。

 

「あ、いえ…お気になさらず」

 

「……」

 

 いや、すぐにその顔は、何か不思議そうな顔に変わった。

 期待はずれ…? 人違い? …とでも言うような、訝しげな顔…。

 

「……」

 

 っっ!!??

 

 いきなり目の前に、しずかの顔だけが広がった。

 というか…両手で顔を持たれ、強引にそちらを向けさせらた…というのが、正解か。

 

「さて…久しぶりよな? 隆史殿」

 

 ジト目…とでも言うのか、不満気な顔ですね、貴女。

 出会った頃に比べると、随分とまぁ…表情豊かになりましたね。

 

「い…いや、決勝戦の会場で会ってるだろ」

 

「何を申しておる。中々、家に顔も出さず…あの会場とて、すぐに別れ、そのまま帰ってしまったというに」

 

「いや…帰っちゃったのは、悪かったけど…」

 

「まぁ、それは良い。あの様な事が起こった後だ。仕方なかろう」

 

 …じゃあ、なんで態々言ったのだろう…?

 エリカの…あの男の事を知っている様な口ぶり。

 なんか動画サイトにも上がっていたし、知っていてもおかしくは無いけど…

 

「しずか…んなら、なんで口にした」

 

「なぁに、いぢわる…と、言う奴よ」

 

 変に楽しそうに笑いながら、いぢわる…って…。

 こいつ、俺と話す時、たまにこういった顔するな。

 

「な…呼び捨て!?」

 

 …なんだ?

 ロングヘアーの金髪…なんていうか、今風? の女の子。

 …今風とか表現するあたり、俺ってどうなんだろう…まぁいいや。

 その金髪の女の子は、しずかの友達だろうか? 友人はいないと言っていた気がしたけど…できたのだろうかね?

 しずかと同じ格好。制服姿をしているのだから、学校の友達か。

 それと、その娘さんは、何で目を見開いて俺を見ているのだろう…。

 貴女とは初対面のはずだけど…。

 

「…ひ…め? あの…どういう意味?」

 

「ん? …意味とは?」

 

「いやいや、恋だの戦だの…」

 

「その通りの意味だが?」

 

「…え……えっ!?」

 

 しずかの横で、両手で空気を掴むかの様に前に出し、あわあわと慌てふためきだした。

 恋? 戦?

 戦ってのは、しずかが、好んで使いそうな言葉だとは思うが…。

 

 

「 その女はね、私達の前で啖呵を切ったのよ 」 

 

 

 向かい合わせのテントの中間。会話をぶった切る様に、苛立ったような声で乱入。

 …その場所に、もう二人現れた。

 

「えぇ、そうね。とても見事に、ハッキリと言い切りましたわよ? 隆……伊集院さん?」

 

 自身達が乗って行く、戦車をバックに現れた。

 

「『 恋とは戦場 』ですってよ、タカーシャ」

 

「『 勝ち取ってこそ意味がある 』らしいですわ? 伊集院さん?」

 

 いきなり現れて、俺の方には目もくれず…二人揃って、しずかに真っ直ぐと視線を向けている。

 

 しっかし…

 

「さっきも似たような事言ったらしいけど…それがなに?」

 

 

「「……」」

 

 

「はぁ…そうね。それがタカーシャね」

「…ある意味で安心…そして、そろそろ怒りすら覚えてきますわ」

 

 …なんか、ボヤきだした…。

 

「で・も。カチューシャ? 今はその呼び方、相応しくありません。今朝方、お話しましたでしょう?」

 

「…チッ。そうだったわね」

 

 その視線に対して、また先程見せた妙に楽しそうな笑い方で返す、しずか。

 俺の前から二人へ…体を正面に向けて、真っ向から受けている。

 

 なに? この空気。

 

「んで? アンタ。一体、何しに来たのよ」

 

「無論、この試合を拝見しに」

 

「……それだけ?」

 

「ハッ! そうよな…後は、少々…そこの奇抜な名前の御仁に、報告があったのでな」

 

「あら、合わせって頂けてどうも…」

 

 会話の内容で分かったのか、俺の名前を「奇抜な名前の御仁」と変えて来た。

 空気……読めたんだね…。

 

「…何か、失礼な事でも考えてはおらぬか?」

 

「いえ…別に」

 

 横目で睨まれた…。

 

 しっかし…ピリピリと、肌が少し痛く感じる…。

 そこまで、誰一人口を開く事がなくなった。

 しばらくの間、ただ、にらみ合う…様な視線が、交差しているだけ。

 しかし、何時までもこうしている訳にもいかないし…多分、また俺に関してだろうし…で。

 

「ダージリン…様?」

 

 一応、執事らしいし? また様を付けて彼女を呼んでみる。

 あ、一瞬、目が輝いた…。

 取り繕う様に、一つ咳払いをすると、漸く時が動き出した。

 

「コホン…。んん~…ま、よろしいですわ。試合を見に来たと仰るのでしたら、好きなだけどうぞ」

 

 ダージリンが踵を返し、しずかに背中を向けた。

 

「カチューシャも…時間ですわ。…そろそろ行きますわよ?」

 

「…ま、そうね。今は、試合の事だけ考えましょ」

 

 おぉ…思いの外、あっさりと…。

 ダージリンが、流し目を俺に送ると静かに歩き出し…。

 

「待たれい」

 

 ……たのを、しずかの声が二人の脚を止めた。

 二人共、そのまま振り向き半身傾け、しずかと対峠した。

 その姿に少し満足気な様子で…コキッと、首を鳴らすと、また先ほどの様に、少し目に力が入った。

 取り敢えず、女の子が首を鳴らすなよ…。

 そのまま、またニタァ…と笑い。

 

「御二方。我は本当に…この試合を、純粋に楽しみに来た」

 

「……そっ」

「…それは、ご苦労様」

 

 その言葉に対する二人の声が…酷く冷たい…。

 

「あぁ…楽しみだ。強豪校と謳われる二校と、あの大洗学園の戦」

 

「「…………」」

 

「見取り稽古…という奴だろうな。……参考にさせて頂く」

 

 その言葉に嘘はないのだろう。

 それはその、しずかの表情ではっきりと分かった。

 というか…なに、その邪悪な笑みは。

 これも多分…女の子がしていい笑顔じゃねぇ…。顔にすげぇ濃い影ができているようだ。

 

 

「しかとこの眼で、拝見仕る」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 そのお客人。

 

 初めは、人手が足らず、珍しく店番をしていた徳藏が漏らした言葉を拾い、興味を持っただけ。

「お得意様の西住様」それだけで、どこの西住様かは、即分かった。私にも多少の縁はあったようだ。

 …その「使い」がいらっしゃったと。年も近い…らしいが、その見た目は、高校の制服を着ていなかったならば、同年齢とは、まず思うまい。

 西住家…西住流の使いの者。

 あの()()の…家の者。

 

 物資、人員、何もかもが、素人目でも分かる程に、まったく足らぬ。

 絶望的な状況であっても、あらゆる手段、方法で勝ち進み、現在快進撃を続けいる御仁。

 その姿は、燻る我に…火を灯し始める事になったのだが…まぁ良い。

 

 …今は、お客人の方よ。

 

 その御仁の家の者。…興味がわかぬ訳が無い。

 ダメ元だと…少しでもと、話を聞けたらと、思ってしまったのが切欠だったな。

 

 今迄、この薄暗い蔵に眠り…日の下へと出る事は無かった、後の…我が愛馬。

 その前でなら、少しは…と、思ったのだが、返ってきたのは予想外の言葉だった。

 

『…掃除しましょうか?』

 

 お客人は軽く…本当に、軽く言い放った。

 

 しかし…何故、そうなる。

 

 そして…ここからだったな。

 

 聞けば彼は、やはりあの大洗学園の生徒だという。

 徳蔵がしためていた領収書の名義を見て分かったのだがな。

 

 しかも…生徒会へと所属し……戦車道を男ながらに履修していると。

 大方、整備関係を担当しているとも思ったのだが、それも違う…ただの雑用だと笑っていた。

 それでも出来る事は、多種多様にあると言う。

 …例えば、今この時点で、出来る事は、この戦車の足りぬ所…動かす為にまずは、問題点の洗い出しだと。

 整備士でないのならば、その問題点も分かるはずが無かろう? と、鼻で笑ってしまったのだが…彼は携帯を取り出した。

 

『俺には戦車の整備なんて、分かりませんが…分かる人に聞く事はできますよ? あ、写真取って良いですか?』

 

『…ぬ? 構わぬが』

 

 …何を言っている。

 簡単な事だと…人に聞く?

 許可をだした直後、その携帯を使い、何枚かの写真を撮り始めた。

 車体の内部、下…横。駆動部分…そして、一頻り撮り終えたら、今度は…。

 

『あ…中島さん? 今、大丈夫ですか?』

 

 誰かに電話を掛け始めた。

 一頻り話終えると、すぐに携帯を切り、また少しの間、その携帯電話を操作をし始めた。

 よく状況が分からぬまま、事態が進んで行く様な気がしたな…。

 

『これで、ある程度は分かると思います。部品とかは…柚子先輩に見積りだしてもらうか…』

 

 まぁ…確かに簡単な事だった。

 私の許可を取り、彼は先程まで撮っていた写真を電話相手に送った…。

 彼の知り合い…詳しい者に聞いてみるという、ただ単純な事だった。

 友人がいない私には…思いつかぬ手だったのだろうな。

 

『よし、では…後は掃除だな!』

 

 …しかし…その一言を言う時が、一番の笑顔だったな。

 張り切って、掃除の準備を始めた…。

 

 さて…。

 

 時折、特に細かい部分を掃除する時、少々気味の悪い笑顔だったのだが…まぁ、裏表がない、彼の好意だと分かっていたので、そのまま彼に任せる事にした。

 初めは手伝おうかとも思ったのだが……いや、しかし。何故、戦車を洗車するのに、歯ブラシやら、割り箸やらを使うのだろう?

 少々特殊な掃除の仕方に、私は理解が及ばぬゆえ、余計な手出しは返って邪魔になるだろうと思い、黙って見ていた。

 掃除をしながらも、話してくれた…。

 初めは、御仁の事が気にはなったが、それ以上に興味が湧き、面白かった。

 

 …あの今までの試合の裏側を。

 

 彼女達は、少し…私と立場が似ていた。

 いや、それは少し言いすぎか…? まだ私の場合、始まってもいないのだから。

 

 彼女達は、何もない所から…戦車を探し、見つけ…。更には運用出来るまでに整備し、復活させ…。

 あの御仁を筆頭に、今の…あの場に立っている…と。

 

 ……。

 

 話す内容も尽きかけ、少し無言の時間が伸びて来た時……そうさな。

 日傾き、それが夕紅色に染まる時か…? 心行く様な結果となったのだろう。

 満足気に微笑みながら、その鉄の車を眺めていた後ろ姿を、今でも覚えている。

 先程まで、鉄の地肌を磨いていたデッキブラシを肩に掛け、片方の手を腰に当てた姿だったな…。

 …掃除が終わった。

 

『…お客人。申し訳無い。助かり申した』

 

 それを見計らい、もう流石に結構。…と、終りを告げるお礼を口にする。

 日も傾き始めた、この様な時間までなど、流石に申し訳ない。

 

『あぁ、いいですよ。どうですか? 俺もかじっただけだから、ちゃんとした人が見たら、もっと予算かかると思いますけどね』

 

 その事への礼ではなく…いいや、それも勿論含めての礼だったのだけども…。

 ならば、改めて…と。

 

『まさか、洗車まで…。この様な時間まで申し訳ない…』

『気にしないで下さい。まぁ、趣味みたいなモノですからね。後…正直、今の西住家に戻りたくないしな…』

『む? …如何なされた?』

『い、いや!! なんでもないです!!』

 

 はっ…。

 変に焦る姿が、妙に可笑しく…変に笑ってしまったな。

 話す内に、呼び方も変えてしまった。

 …初対面だというのに、馴れ馴れしくも、下の名前で呼ぶ様になっていた。

 

『しかし、隆史殿。…正直、これでは軍資金が足りぬ…何とかならぬものか…』

『まぁ…うん。金が無いならば、働いて稼げばどうでしょう?』

『働く…?』

『バイトでも、してみたらどうですかね? 素直に堅実に…結局それが何げに一番の近道ですよ』

『……うむ』

 

 あぁ…そうだ。

 洗われ…綺麗になっていく戦車を見て…妙に興奮していたのを、思い出す。

 変な高揚感にでも襲われていたのか…。

 

『ならば、春でも売って…少しでも足しにできぬものか…』

 

 妙な事を口走ってしまった。

 お陰で…まぁ、ひどい目にあってしま…。

 

「……」

 

 笑いながら怒ると、器用な真似をしてみせてくれたな…。

 夏場だから乾くの早いからと…楽しそうにも言っていたな…。

 

『 で は 説 教 だ 』

 

 私の言い訳を真っ向から潰して掛かり、有無を言わさない…。

 更には、人格否定ギリギリを攻める様な、貶める言い方というか…うむ。

 もう、隆史殿の説教はいらぬな…気を付けよう…。

 

 しかし、初対面だと言うのに、遠慮がなかったな。

 頭を片手で掴まれるとか、少々貴重な経験だったか。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 せめてもの礼だと、購入された商品以外にと、酒樽でもと渡そうとしたが…拒否されてしまった。

 私に礼として渡せる物など、コレ位しかないというのに…。

 

『……懲りてませんか?』

 

 そうすると、私に残された…礼として渡せる物は「春」位しか…と、言った矢先、ものすごい顔で、睨まれてしまった…。

 冗談だと、顔を力の限り左右に振ると、大きくため息をつかれた。

 いや…本当に冗談だったのだがな…よく、まだその春とやらは、この時は知らなかったが…。

 まぁ…未成年というのもあるが…何より物での礼など要らぬと、ハッキリと言い切った。

 

 すでに言葉で貰ったと言う台詞と共に、それを笑顔で言われてしまっては、もう何も言えなかった。

 ま、それもコレまでだと…一期一会。

 多少、縁があっただけだと思っていたのだがな…。

 

 いや…驚いた。

 

 まさか数日後、見積り書を持参して、また来てくれた時は…。

 その日は、余り時間が無かった様で、余り長いはしなかったのだけれどな…。

 そうだ…確かこの日は、大洗学園が準決勝戦を勝ち抜いた後…だったか?

 これから決勝戦に向けてと…その様な貴重な時間を裂いてまで、約束だからと、来てくれた。

 

 …約束などした覚えは無かったのだけれどな。

 

 軽口の会話の中で、次回にでも持ってくると言っていたのだが、本気になぞしてはいなかった。

 こんな片田舎の古いだけの酒蔵…その娘の世迷言だと、思うのが普通だと思うのだけどな。

 

『これ見積り書です。参考にでもしてください。…あ、後、中古ですが、工具とかも一通り…あぁ…でも、下手に素人がバラさない方が、良い思いますから…この後は、分かる方見つけて…』

 

 我が家の店…ではなく、今回は裏側…玄関先。

 ガサガサと音を出しながら、持ってきた紙袋を漁っりながら…それでも此方を見ながら、早口で説明をしてくれている。

 

 その時は、驚くばかりで、疑問すら口に出来なかった。

 いきなりの訪問だったからな。

 

『鶴姫さん。経過が気になるんで、また様子見に来ていいですかね?』

『あ…あぁ、勿論、構わぬが…』

 

 呆けた様な、変な声しか出なかったのを覚えている。

 うむ、はい、分かった。…その様な返事しか返せなかった…。

 

『 んじゃっ! 』

 

 片手を上げて、また無駄に良い笑顔で去ろうとする隆史殿向い、何故その言葉が出たか分からなかった。

 ただ一度、数日前に出会っただけだというのに。

 

『…隆史殿』

 

『ん? なんですか?』

 

 我が家の蔵に、先代の残した戦車があった。

 

 私の…燻り其の物にしか見えぬ…鉄の塊。

 

 動かず、物言わず…ただ廃れていくと思っていた、その燻り。

 

 それを動かしたい…などと。

 

 徳蔵達は何も言わぬが、学業を疎かにして、この様な真似…。

 …それは、家の者からすれば、ただの私の我侭。

 

 その我侭に付き合ってくれるのだろう。

 

『隆史殿、一つよろしいか? 疑問が一つ…』

 

『ん? なんでしょう?』

 

 単刀直入に聞こう。

 

『何故、ここまで、できるのか…とな』

『はい?』

『…初対面の。しかも、自分で言うのもなんだが、この様な小娘に対し、何故そこまでの労を、費やす事ができるのか…と』

『あ…やっぱり…いきなりでしたし、ちょっと俺、気持ち悪いですかね?』

『いや、そうではなく…無論、感謝はしている』

『それでしたら、良かった』

『しかしな? 私などに、恩を売っても仕方がないぞ? ここまでしてもらっても、何もできず、ただソレを眺めているだけ…だ』 

 

 そうだ、ただ前に進めず、地団駄を踏んでいるだけ。

 自分の言葉に歯噛みし…手に掛かる、着物の袖口を握り締めてしまう。

 目端に映る隆史殿が、そんな私を見兼ね、困り果てたか…頭を掻きながらも、黙っている。

 それでもその顔は、ジッ…と私の顔…いや、目を真っ直ぐに見つめていた。

 

 …そうして縛らくの時が流れ、口を開らかれた。

 

『ここまで…と言っても…俺はただ、あの戦車を掃除しただけだぞ?』

 

『…は?』

 

 突然…砕けた話し方に変わった。

 軽い冗談だと、また頭を掻いた…そして。

 

『んじゃ、真面目に話しましょうか?』

 

 本音で話している…とでも言いたげに、笑っていた。

 

『まぁなんだ。正直に言えば、鶴姫さんが、戦車を俺に見せてくれた時の顔…って奴だな。それ見たからかね?』

『…顔?』

 

 持ってきた荷物を、玄関先に置き腕を組んだ。

 

『思い詰めた顔…? いや、違うな。何ていうのかなぁ…ちょっと今みたいな、どうして良いかわからない…って顔というか…?』

 

 今みたいな顔…。私は今、どの様な顔をしているのかと、無意識に両手で頬を触ってしまった。

 その仕草にまた、隆史殿は笑う。

 

『鶴木さん。俺が、大洗学園の生徒だって分かったから声掛けたんでしょ?』

『ぬっ…』

『しかも俺、あの時、西住の名前も出したし…更には男だけど、戦車道履修生。それで、アレを俺に見せたんだろ?』

『…如何にも』

 

 例え男でも、そこまでの情報がありゃ、役満だよな? そりゃ聞くわ! と、笑った。

 男の俺に、戦車の事聞いたんだ。俺を整備士にでも思ったのだろう? とも、見透かしたかの様に仰る。

 

『まぁなんだ。切羽詰た鶴姫さん見て、まぁ…ちょっと、力になってやるかと思ったのが切欠…あっ! あ~…』

『……』

 

 何故か、ここで少し目を瞑り、考える出したが、すぐに…

 

『ん~…まぁ、いいか』

 

 ―の、一言で考え事を済ませた。

 この御仁…これが素なのだろう。思いの外、軽い。

 

 

『鶴姫さんや、もし今の記憶のまま、生まれ変わったらどうする?』

 

 

 …は?

 

 あ…もしや、隆史殿は…アレだろうか?

 

『あの隆史殿。……すまぬが…宗教は…』

『ちっ…違うっ! 宗教じゃない! 勧誘でもない!』

『……』

 

 焦りだした為、非常にこの御仁を胡散臭く感じてしまったな…。

 また大きく息を吐き、頭を掻き出した。

 すぐにそのバツの悪そうにしていた顔を、真剣な顔に変え…この様な事を言った。

 

『俺は何ていうか、結構…後悔ばっかりしてきたからさ…。そんな事に例えなったとしたら、できるだけ全力で…もうこれから後悔しないように生きようって思っているんだ』

『それが生まれ変わりと、どう関係が…』

『いや……余計な事言いました…。忘れてくださいお願いします』

 

 手を前に出して、謝るように頭を下げた。

 真面目な顔が、数分も持たぬな、この御仁。

 

『…ま、なんだ。藁をも掴む思い? と、言うのかな? そんな顔で、俺を少しでも頼ってくれたんだ』

『藁をも掴むと…いや、そこま…』

 

 そこ迄ではない……と、言葉に出来なかった。

 あの時の事を思い出した直後、その言葉を飲み込んでしまった。

 

『俺に出来る事が、ありそうな話だったしな。掃除とか? …ここで知らんと、流す事もできたけど…また後悔しそうだったしな』

『…後悔』

『そうそう。後であの時、俺には出来る事があったのに…ってね。鶴姫さんを見捨てた結果、思い詰めた様な酷い顔が、更に酷くなってしまった…とか?』

『……酷い顔』

 

 だから、私はどの様な顔を…。

 普段、あまり私は、感情を顔に出したりしないというのに。

 

『はっはー! まぁ、んな感じだよ。結局は、俺の自己満足。…嫌がったり、余計なお世話だと拒否されたら、即座にやめるつもりではあったんだけどね』

『…自己満足』

『結果、後悔する羽目になっても…だ。行動を起こさないで後悔する位なら、行動を起こして後悔したい。まぁ、単純な話だけど』

『……なに?』

 

 この隆史殿の言葉が……癪に触った。

 …単純な話…。

 

『余計な事をして、後悔する…という事もあるだろう?』

 

 起こしたくても、起こせない…。

 そんな私には…羨む事位しか…と、少々意地の悪い返しをしてしまった。

 

『ま、そういう事もあるだろうな』

『…私には無理だな』

『あ、俺今、その余計な事してるか?』

『いや…余計な事とは思わぬが…』

『なら、良しっ!』

 

 意地が悪い、私の言葉を気にする事もなく…ただ笑う。

 私の考えを否定する事もなく、言い返す事もなく…ただ…。

 

『ま、それはあくまで俺のやり方。押し付ける気はない、そういった考えもあると思っていてくれるだけでいいや』

 

 まぁそういう事だと、それが理由だと、笑顔で話す。

 

 …。

 

 この御仁は、よく笑う。

 …軽薄な男は好かぬが、何故だろうか…隆史殿には、その様な印象は受けない。

 ヘラヘラとした様にも見えるが、嫌な気にはならぬのが、不思議だ。

 

 …まったく。

 

『…私は、こう見えて…その…それなりに血気盛んというヤツでな?』

『え…あ、そうなの? 良い所のお嬢様にしか見えなかったけど…』

 

 …お嬢様…な。

 これは、同学年の学友達にも言われた事があったな。

 まるで人形の様だと…。

 

 人形…。

 

 そうか…隆史殿も、その学友同様に…私をその様に見るか…と思ったのだが…。

 

『 春を売るとか、言い出さなければな 』

 

『…………』

 

 バッサリと…一刀の元、斬り伏せられた…。

 

『はっ…まぁ、人様になぞ、その様な私は、見せれるモノではないのでな…しかし…』

『誤魔化したな?』

『……』

『まぁいいや、どうぞ続けて?』

 

 やり辛い…。

 この隆史殿は、やり辛い…。

 

『さ…先程、生まれ変わったなら…と、申されたな?』

『ン? …あぁ、言ったな』

 

 自嘲気味に、変な笑いが出てしまう。

 話を変えたと思われたか…次の言葉を不思議そうな顔で、待っている。

 少し…ほんの少し、私の本音を吐露してしまった…。

 

『生まれ変わりなどには興味が無いし、分からぬ。私は、それよりも…』

『…それよりも?』

『もっと…遥か昔に、生まれたかった…』

『…昔?』

 

 滾る想いが、滞り…燻り続けていた。

 何故かは、彼には言えなかった…。

 私にも恥ずかしいという、感情はあるのだ。

 大洗学園の快進撃を見て…見続けていたからとなぞ、言えるものか。

 

『その血気とやらが、滾って仕方なし…』

『滾るって…』

 

 私も、我もと…その想いが、滞りが私を、いつも苛立たせていた。

 だから思う。故に思う。昔…ずっと前から想い続けていた。

 たまに冗談めかして、言ったことはあったのだが…隆史殿という、大洗学園の生徒を間近で、見た為だろうか?

 何故かこの時は、心の底からそう思った。

 

『私は、生まれてくる時を間違えた……と…』

 

 ……。

 

 その、嘆きにも似た呟きを聞いたであろう、隆史殿は…。

 

『あぁ…なる程。ソレで戦車ね』

 

 また…笑った。

 

『…なに?』

 

 幼稚じみた私の「もし」を、否定し、馬鹿にする様な真似はなく。

 …本当に、無邪気に笑った。

 

『んじゃ取り敢えず…そう、取り敢えず、試合に出せる程にまで、動かせるようにする。それが、今後の目標という事でいこうか』

『…いや、ちょっと待たれい』

 

 今の私の言葉で、何故そうなる。

 即座に、目標を定められてしまった。

 

『後は、友達とかでも誘って、戦車やればいい。その熱く滾る若きリビドーを、それで発散すると…』

『だから、待って欲しい。それに、わ…私と隆史殿は、同い年だと言わなかったか?』

『おっさんぶりたい、年頃なんですよ』

『……素の隆史殿は、扱いづらいな』

 

 わからん…この御仁が、一気にわからなくなった。

 いや、元々付き合いがあった訳でもないのだが…。

 

『…その…隆史殿は、笑わぬか。その…私の…』

『いや、生まれ変わったらとか聞いた俺に、そんな権利はないと思うのですよ』

『……』

『…勧誘じゃござんせんよ?』

『…………はぁ』

 

 比較的に、真面目な御仁だと思っていたのだが…間で間で、ふざけてくるな…。

 かと思えば…突然に真剣な顔をする。

 

『鶴姫さんは、血気盛んな方なんだろ?』

 

 そう、この様に、突然…。

 その顔で、じっ…と、私の顔を真っ直ぐに、射抜くように見てくる。

 

『正直、今の鶴姫さん見てると、まったくその姿が、想像できない』

『………』

『でも、自分で言うほど何だから、本当の鶴姫さんは、よっぽど血の気が多いんだろうよ』

『…待たれ。その言い方は引っかかるぞ。まぁ…否定はせぬが』

 

『随分と普段は、我慢しているんだな』

 

 私の非難の声を無視し、見透かした様な事を仰った。

 

『君が今の自分から変わりたいのか…それとも、本当の自分ってやつを出したいのか、それは分からないけどさ』

『……』

『取り敢えず、好きに…思うがままに、やってみれば良いさ』

『思うが……まま…』

『それが青春って奴だろ。謳歌してみれば? 俺も引き続き手伝うから』

 

『…………』

 

『す…すまぬ…話が逸れた。元々は、何故ここまで、隆史殿が手伝ってくれているか…と言った、主旨だったな』

 

 誤魔化した。

 

 …話を戻す振りをして、自分らしからぬ誤魔化し。

 

 少し…肩が軽くなった気を…誤魔化す為に…話を…。

 

『ん? あぁ、そうだったな』

『…そうだ』

『正直…俺には戦車道って奴が、良く分からん。…が、でもな? その戦車道のおかげで、毎日笑える様になった奴は知ってる』

『……』

『…しんどそうな鶴姫さんが、俺の知っている奴と同じく、そうなってくれたら良いな…と、思ったのが理由だな』

 

『………』

 

『まぁ後、アレだ。生まれてきた時? まぁ時代か。それを間違えたとか…俺はそうは思わん』

『思わない? …何故?』

 

 思わず吐露してしまった本音の言葉に反論してきた。

 この次の言葉に期待した。何をどう言うつもりなのだろうか? …と。

 その様子は、軽く…私の事を、何も知らないというのに、何故その様な言葉を簡単に言えるのかと、少し不快に…いや?

 不快とは違うな。…不思議に思った。

 ここまでしてくれていた、目の前の御仁が、この状況、あの言葉に対して何を言うのかと。

 知ったような口で、慰めてくるか…それとも、やはり呆れたような類の……と、言った類とは斜め上の言葉を頂いた。

 

 

『俺は鶴姫さんと出会えて、良かったと思ってる』

 

 

 ―口説かれた。

 

 

『まだ、2回目だけど、そう思えるんだから…まぁ、少なくとも俺は、貴女が生まれてきた時が違うとかは、思えない』

『…………』

『時代が違えば、まぁ…こういった出会いはなかっただろ? こんな言い方じゃ、俺にだけメリットがあるんだけど…』

 

 私はまた、その時にはどの様な顔をしていたのだろう。

 

『だからな? まぁ、余りそういった寂しい事は、言う…な…って…』

 

『…クッ』

 

『…鶴姫さん?』

 

 良くわからない感情が、湧き上がる。

 それよりも何よりも…。

 

『ククッ…』

 

『あの…』

 

『クッ……ハッ! アハハハッ!!!』

 

 久ぶりに、腹の底から笑った。

 

 隆史殿は、文字通り、腹を抱え笑い続けている私を見て、どうしたらいいか分からぬ様子。

 涙目になる目を拭いながら、その呆然としている御仁に答えようか。

 

『…はっ!! 何ともまぁ! 青春とは、また青臭い事を仰ると思えば!!』

『ぐっ! い…いや、俺も勢いで、言った手前、恥ずかしいから、あまり言わないで下さい』

 

 …たった2回。

 それしか話した事がないというのに…。

 お節介という言葉を体現した様な…御仁。

 

『そこから、よもや、私なんぞを口説こうとするとはな!!』

『……え』

『さすが、女の敵と揶揄される御仁!! 手の早い事だ!!』

『なっ!?』

『ハー! ハァー!! なんだその、鳩が豆鉄砲を食ろうたみたいな顔はっ!』

『鳩………今日日言わないよな、ソレ。…じゃないっ!! 口説いてないですよッ!?』

『出会えた事が、時を違えなかった運命…の様な事を口走っておいて何を申す』

『いやいや!! んな事、言ってないですよ!!??』

『はぁ~……いや、生まれて初めて、殿方より口説かれた…』

『だから口説いてないっ!! というか、女の敵とか…不本意な事言われてるの、なんで知っているんですかっ!?』

『いや、月間戦車道などの雑誌でな? 大洗に関する記事になると、隆史殿、絶対に出てくるぞ?』

『  』

『まぁ、大洗の尾形 隆史殿なら、お主しか居らぬと、先程気がついたのだがなっ!!』

 

 顔押さえて、嘆かれてもなぁ。

 言葉もない…と言った感じかの!?

 

『はーはー…安心めされ。私は、その様な記事は信じておらぬ』

『息切らす程、爆笑しておいて…』

『そもそも、ただ色を好む、軽薄な男ならばな? 初対面の時、私の提案に素直に乗ったであろう?』

『…ぐっ』

『なんとなく理解した。隆史殿…随分とまぁ…損をする性格のようだ』

『た…たまに言われる…』

『なんならば、今からでも我の春を買うか?』

『買わねぇよ!!』

 

 漸く、私の息が整い出し……いや、無理だったな。

 一度思い出せば、また腹が捩れそうになる。

 

『クッ…クク…我の様な、無骨な女を口説いても面白くはあるまいて…』

『まだ、笑うか…』

『私としてもあの様な一言で篭絡されたと思っては、たまらぬからな』

『…だから』

『まぁ、隆史殿とは、前回一度話しただけだが…人柄は何となく分かっておるからな。ただの軽薄な男なら、すでに斬り伏せておるわ』

『…手段があるかの様に…』

『無銘だが、一振り…業物があるのでな』

『手段あんのかよっ!!』

 

 楽しい…と。

 からかってしまっている様だが、素の御仁と話すのは本当に楽しいと、ここで思った。

 私に気を使わず、打てば響く様に遠慮なく返してくれる。

 

『…そ、そもそもな…口説く口説いた言ってるけどな…』

『ふぅー…ん? なんだろうか?』

 

『一応、俺…彼女いるからな?』

 

『……ほぉ?』

 

 ふむ…。

 その一言で、自己判断するまでもなく、一瞬にして頭にに上がっていた、血というか…熱が落ちた気がした。

 ほぼ初対面と変わらぬ御仁。彼には彼の生活があったのだから、別段、不思議な事ではないのだが、なんだろうか…。

 

『…では、恋人とやらがおるのに、息をする様に女子を口説く隆史殿?』

『なっがっ!! 呼称が長いっ!! そして酷い!』

『…一つ、願いがある』

『なんだよ…。はぁ…もう、本来の主旨が、空の彼方に見えるぞ…』

『隆史殿の趣旨趣向は、分かったので、そちらはもう良い。納得した』

『…あれで? 俺も言っていて、苦しいと思ったのに…』

『何を言う。その後の隆史殿が私を口説いてくれたのを発端に、全てが納得いったと申しておる』

『クドッ! …ご丁寧に、また言いましたね…。』

『あの様な記事が書かれる隆史殿、そして反する隆史殿の性格…何となく察した。要は、他の女子達にも同じような真似をしているのだろう』

『…い…いや、そんな事は…』

 

 春を売る。

 

 意味を知り、初対面の女にそれを言われた後、その女に本気の説教を垂れる御仁だ。

 各、強豪校…そのよりにもよって、猛者共からだ。

 ただ、色狂いの軽薄な男ならば、あの人数から言い寄られまいて。

 

『クク…。女子達…の部分には、突っ込まぬのだな』

『…ぐっ! …男友達、少ないんだよ』

 

 ……。

 

 前回とは違い、私の言葉にたじろぎ続ける隆史殿。

 もう少し、詰りたいと思うのは性分だ。勘弁して欲しい。

 

 しかし、面白い。

 

 この御仁をもう少し、いや。もっと知りたくなった。

 恋人が、誰かまでは記載されてはおらなかったが…面白い。

 かの猛者達をも、あそこまで惹きつけ、更にはその恋人とやらがいるのにも、諦めず奪おうとさせる程。

 しかも、全ては戦車道に関わる者達。

 彼の周りは、戦の真っ最中…という事だろう。

 

 私の憤り、燻りを払う術……戦える術を、与えてくれる。

 これからもまだ、お力添えを頂けるという…。

 

 日々の変わらぬ日常に、嫌気がさしていた中。

 腑抜け、腐り始めていた私に、もう一度、火が灯った気がしたのは気のせいではあるまい。

 

 滾る…。

 

 …これはこれで、何をどうすれば良いか分からぬ……が、何故か愉悦にも似た想いが湧き上がる。

 

 戦車はまだ…後少し、先送りになりそうだが、コレは仕方があるまい。

 

 ならば、私には私の出来る事を…まずは…と、この戦に参戦してみるのも悪くないだろう。

 

 さすれば、彼の事も順に…知っていける。

 

『はぁ…で? お願い…って、なんですか』

 

 では、まず…まだ見ぬ彼女達と、同じ土俵に立たねばならぬ。

 

『…まずは、私と同じくしてほしい』

『は?』

『隆史殿は、アレを…戦車を直す為に、私の協力者…相棒とやらに、なってくれるのだろう?』

『……相棒って、なんか言い方が…違う気が…』

『そうか…違うのか…』

 

 即座に反応し、少し寂しそうな顔をしてみた。

 普段…いや、今までの私ならば、この様な真似、死んでもしなかったと思うのだがな。

 隆史殿に対しては、何故かこうして、からかいたくなる。

 ハッ! …即座に気まずそうな顔をして、頭をまたバリバリと掻き出したな。

 

『あ…いや、まぁ…手伝う意味なら、そういう事に…なるのか……な?』

『…真か!? あ、いや。当然だろう』

 

 言ってみるモノだな…しかし、思いの外、上擦った声が出てしまった。

 その時の私の顔を見て、隆史殿は怯んだ様に一歩下がった。

 

『ぎぃ…ぐっ! …はぁ…分かった。相棒ですね、相棒』

『おぉ素直だな。な…ならば、私も構わぬ。「しずか」と、気軽に呼び捨てるがよい』

『…え? あ、いや、いきなり女性のファーストネームを呼び捨てるとか…』

『 相 棒 』

『グッ…』

『 私は、構わぬと言った 』

『がっ……ぁあ、もう…会長といい、どうして…。はぁ…わかった。分かりましたよ』

『うむっ!』

『んじゃ…しずか。で?』

『……』

『…なんだよ』

『いや…思いの外、あっさりと言われ……つまらぬ』

『……段々、しずかちゃんの性格が掴めてきましたよ?』

『…いきなり馴れ馴れしくなったな』

 

 し…しかし、ここからだ。

 

『で、ではな…』

 

 学校の教室…そのクラスメイトが話していた内容が頭を過ぎったのだろうか?

 

 色恋の話を、好き好んで姦しく騒いでいた。

 

 嫌でも耳に入った言葉を思い出した。

 

 これが、初手…だとも言っていたな。

 

 まぁ、当然と言えば当然。聞いておく事で、この先役に立つ。

 

 …すでにかなりの出遅れ…武器は多い方が良い。

 

 しかも、かの御仁達は、当然知っていると思われる。

 

 ならば……自分に言い訳をしながらも、取り繕うように…何かのせいにしながらも、漸く出た言葉が…。

 

 

『れ…連絡……先を、教えては……貰えぬか?』

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ま、大まかに言ってしまえば、これが出会いと言う奴よの」

 

「・・・・」

 

 よ…予想より斜め上を飛び抜けていた…。

 姫が、少し変わってるのは、何となく分かってはいたけど…。

 よりにもよって…あの…。

 いやいやっ! それよりも、気になるに決まっているでしょう、あの人との関わりを!!

 素直に白状する辺りが、余計に信憑性を増させたというか、なんというかっ!!

 

 …試合が開始される為に、関係者以外は、あの本部テント前から追い出されてしまった。

 要件はすでに済んだと、一般の観客席へと二人して向かう最中…どうやって知り合ったかと、聞いてみた結果がコレだ…。

 

 嬉しそうに語る、姫の横顔の出来上がり。

 

 ぅぅ…。

 

 報告…。

 

 …私を紹介し、そして同じようにした報告。

 簡単に言えば、戦車の整備できる私…の紹介。イコール、アレを動かせる目処が立った…。と、そういった報告…。

 姫の実家で見た、あの掃除が行き届き、古ぼけてはいるけど、ピッカピカに磨かれた九七式装甲車…。

 まだ手は着けていないのだけれど、工具、部品。共に…殆ど揃っていたので、すぐにでも整備に入れそうな環境だった。

 その状況、環境を整えたのが彼。

 あの「尾形 隆史」…さんが、あのテケ車に関わっているとは、夢にも思わなかった。

 それが…あの悪評の塊。女の敵。光源氏の再来、ロリコン、西住キラー、人妻キラー、悪食…等、散々なキャッチフレーズを所持されている御方が…。

 

 しかも…恋の戦とか…この姫に…しずか姫に言わしめさせるなんて…。

 いや…それも誤解だと、言われても火のない所に煙は立たないし……素直に信じられなかった。

 でも、あの…特に聖グロリアーナのダージリンさんの反応を見る限り…本当に噂なんだと納得させられる。

 

 それよりも…一周回って、このしずか姫様だ。

 

「…姫、尾形……さんが、付き合ってる女性いるの知っていたんだね…」

 

「ん…そうだな。先程も言ったが、直接本人から聞いておったから」

 

 ……。

 

「ま、誰かは教えて貰えぬかったが、十中八九、この中の誰かだと…」

 

 あっさりと言う姫様だけど…それで、よくも知らないフリして、あの怖い人達を相手に、知らないふりして啖呵切ったよね…。

 姫って、普段は物静かだけど…結構、度胸というか…大胆というか…。

 

「…姫…あぁいった男性が好みなんだ…」

 

「好み? いや? まったく?」

 

 ……。

 

 …………は?

 

「実はな? 松風さん。…私にはまだ、そういった…主に恋愛とやらは、よく分からぬ」

 

 ……。

 

 まさか…まさかとは思うけど、面白そうだから…とか、そういった理由だけで、あの闇鍋みたいな関係の人達の中に飛び込んだの?

 初めて見る、はしゃぐ姫様を見て、ちょっと不安が…。

 

「…ただ」

 

 …ん?

 

「…隆史殿の事を、知っていきたいと思った」

 

「……」

 

「もっと…もっと…深く…」

 

「………」

 

「それと同時に、何故か腹立たしさと、疎外感が酷くてな…」

 

「…………」

 

 あの…それって…。

 

「決勝戦のテント前の時など、妙にその感情が抑えられず…余計な事を言ってしまい…また説教されてしもうた…」

 

 あ…顔が青くなった。

 

「あの御仁の説教はな? …同じ事を、何度も何度も……まさにボケ老人かと思える程に、同じ話を繰り返してな…」

 

 うっわ…ウザ…。

 

「しかし、それはワザとそうしていると、途中で気がついた…。それが分かって以降…これが生き地獄かと…」

 

 …確信犯ってやつだぁ…。

 

「ま…松風さんは、そういった経験はお有りか?」

 

 っっ!?

 

「なっ!! 無いよ!! どっちもない!!」

 

「……そうか」

 

 あっ! あからさまに期待はずれって顔されたっ!

 むしろ、こっちが聞きたい…というか、参考にしたいよ!!

 

 はぁ…。

 

 何故か、非常に悔しいという気持ちになるのは、なんでだろう…。

 それにしても……姫がもしそう言った感情を、あの男性に向けるって、理由が弱い気がする…。

 確かにテケの事で、手伝ってくれたっていっても、それだけじゃなぁ…

 ソレはあくまでキッカケ…って気がするなぁ。

 

「あっ…」

 

「如何なされた?」

 

 一つ…すっとばされてる気がする。

 そうだ…たしか。

 

「今の話って、2回目までと、決勝戦の会場での話だよね?」

 

「如何にも」

 

「3回目の時の話、飛ば「 隆史殿にも報告ができた故! 後は心置きなく、この戦に集中できるよな!? 」」

 

 ……姫が被せてきた。

 

 誤魔化すように叫んだネ。

 耳が少し、赤みが刺している…。

 くっそう…。姫もこんな顔するんだ…本人は、まだ上手く理解していないって感じだけど…恋だの戦だの…。

 聞きかじった言葉を言っているって感じもする。だから、さっき…参戦也って。

 無理やり、かじりつこうとでもしてるのかなぁ…。

 それでも…。

 

「あの、怖い人達の中に…割って入ろうとしたね…」

 

「…怖い人達?」

 

 一瞬、本気でわからないって顔をして、すぐに分かってくれたのか、表情が戻った。

 真っ赤になり始めた顔も、いつものお人形さん見たいな顔に…。

 

 でも…。

 

「怖いか…。確かにそうかもしれぬ…が、あの御仁達は、良い。…本当に良い」

 

「えっと…姫?」

 

 その一言が、姫の口から出た直後、また姫の顔つきが変わった。

 それは豹変…と、言っていい程の変わり様だった。

 口の端を上げ、本当に楽しそうに言った。

 

「松風さん。見たか? アレが強豪……猛者と言われる人物達だ」

 

「……猛者?」

 

「いざ戦を始めんと、心を決めたであろう、直後のあの者達の……気迫」

 

「…う、うん」

 

「浮ついた気持ちなぞ、即座に切り替え、己が相手に対してのみに意識を向けた顔付き…フッ……フフッ。武者震という奴かの? 未だ指先が震えている」

 

 ……。

 

 そう、変わった。言葉にはしなかったけど、一瞬にして肌を焼いてしまいそうな感覚が、全身を襲った。

 物腰柔らかだった、ダージリンさんも例外ではなかった。

 顔は笑い、目は座り…それでも現状を楽しむかの様な笑い。

 

 …あの伝説を打ち立てた人達と、戦うのが怖くないのだろうか?

 あれはそんな顔じゃなかった。

 エキシビジョンとはいえ…これから始まる試合が、楽しみで楽しみで仕方がない…そんな…笑顔。

 

 ……。

 

 それは…今のしずか姫と、同じような…笑顔…。

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

「失礼。お嬢さん方」

 

 

 

 …?

 

 

 突然、声をかけられた。

 

 姫は、これから赴く場所への邪魔をされた…そんな考えが手に取る様に分かるほどの…不機嫌な顔になった。

 観客席へと進む私達の前に、邪魔をする様に立ちふさがる。

 

「あぁ、申し訳ない。突然、声をおかけしてしまい…少々お尋ねしたい事がございまして…少しよろしいでしょうか?」

 

 ニコやかに、笑顔で声をかけられた。

 テンプレートの様なスーツ姿のサラリーマン風の男性。

 その男性の声に、無表情で…しかも無言で応対している姫。

 明らかに、邪魔された…といった感じの不満顔だ。

 …ちょっと…怖い。

 

「ほら…不審がられているじゃないですか。やっぱり、私の方が良かったでしょう?」

 

「そ…そうでしょうか?」

 

 あからさまに警戒心が、顔に出てしまったのか…少し、バツが悪そうにしている。

 

「女性には女性。大の大人が女子高生に…って、下手すると即座に通報されますよ?」

 

「至極普通に接したつもりでしたのに…声を掛けただけで通報ですか」

 

「このご時世ですから」

 

「世知辛いですねぇ…」

 

 スーツ姿の背の小さな女性に、窘められた男性。

 肩を落として、ハンカチを取り出して、額を拭い始めいた。

 

 …でも。

 

 

「さっき、君達…学校テント本部前で、何かおしゃべりしてたよねぇ?」

 

「あっ!?」

「ほらぁ…綾瀬君が、モタモタしてるからぁ…取られてしまったではないですか」

「…取られたって…そんなに若い娘と話したかったんですか? 通報しますよ?」

「…最近、君は僕に対して酷く冷淡じゃありません?」

「ソンナコトアリマセン」

 

 うっ…。

 

「あれ、大洗学園の…生徒さんだったのかなぁ?」

 

 漫才みたいなやり取りを余所に、声を掛けてきたもう一人の男性。

 失礼な話だけど、顔を顰めそうになってしまう。

 

 香水…なんだろうけど、刺激臭とでも言いそうになる程の匂いが鼻を突く。

 たまにこういった男性いるけど…ちょっと苦手だ。

 

「いやいや! ほらぁ! 今はもう、関係者以外、あそこ近づけないでしょぉ? ちょー…と、知り合い探していてねぇ?」

 

 馴れ馴れし口調。

 片手を上げ、ニヤニヤとした顔で近づいてくる。

 うっ…匂いが強くなる。

 

「遠目で見るしかなくてねぇ? どお? 君達が話していた男って、知り合いと、同じような体格だったものでねぇ?」

 

「……」

 

「大洗学園の男子生徒なんだけどね? …そこに居たのかなぁって、確認なんだぁ」

 

 先程のサラリーマン風の男性と…同僚だろうか? 少し背の低い…少々幼い印象を持つ顔立ちの女性。

 同じくスーツ姿なのだが、このニヤケた男性から見えないと位置にいる為に、ハッキリとその顔を顰めていた。

 …これ、私達に近づいて来るのを見てるのだろうけど、彼女も近づきたくないのか…一定の距離をキープしている様に見える。

 

 うぅ…でもどうしようか。

 この人達が言う、知り合いって…誰の事だろう。

 

「違いますよぉ?」

 

 姫っ!?

 

 黙っていた彼女が、突然…聞いた事も無い、普段の彼女から想像も出来ない、猫撫声を突然出した。

 にこやかに笑い…なんか…キャッキャしてるというか、なんというか…。

 え…え…? どうしちゃったの…別人みたいだよ?

 早口でペラペラと、状況を説明し始めたけど…なにその口調。

 両手の指を胸の前で、交差させながら…。

 

「実はぁ、私達も大洗の男子学生を探していましてぇ。ご存知ありませんかぁ? たまぁに雑誌にも取り合えげられてるぅ…」

 

 ここで、スッ…と。口調を崩す訳もでもないのだけど…横に居る私まで怯えちゃいそうな程の迫力で。

 

「大洗の「尾形 隆史」という、()()()を…」

 

 …と、そのニヤニヤした男性を睨みつけた。

 あ…うん。何となく姫が何をしたいか分かったけど…なんだろう、ちょっと言葉に刺が…。

 

「…あの背の高い…君達が話していた男は、違ったのかい?」

 

「違いますよぉ…アノ男性が「尾形 隆史」なら…」

 

「なら?」

 

「…五体満足で、あそこにいるはず…ないじゃないですかぁ」

 

「……」

 

 ひ…姫の迫力がすごい…。

 笑顔は崩さないのだけど…崩さないって、だけだよね?

 逆に恐怖感がましていく!?

 

 臭い男の人の顔が、一瞬で凍りついたよ!?

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

『…不愉快だ。非常に不愉快だ』

 

 先程、別れたばかりのしずかより、すぐに着信があった。

 その着信音を鳴らす携帯にでると、即座にその一言が聞こえた。

 どうやら、しずか達はあの分家と接触があったようだ。

 何やら、俺を嗅ぎまわっていると感じた為、即座に誤魔化したと…すっげぇ不機嫌な声でのご報告。

 

『折角の気分を害された…チッ。台無しだ…』

 

 聖グロ側のテント内。

 やたらと豪華なパイプ椅子に座り、黙ってその報告をお聞きしている最中です。

 豪華なパイプ椅子ってなんだろう…自分で言っておいて、首を傾げそうになるな。

 まぁ…実際、クッション部分とか…脚回りとか…色々イジってあるんだけどね…。

 

 …まぁ、そんな事はどうでもいい。

 

 どうにもあの七三メガネ、秘書子ちゃんを連れて、この会場に来ているみたいだった。

 

『隆史殿が、珍妙…いや? 面妖な格好と偽名を使われているのは、あの者達のせいだろうか?』

 

「まぁな。ちょっと面倒臭い事になってるんだよ」

 

 聞いた…大体の経緯を。

 初めは知らない電話番号からの着信だった為に、出るのを躊躇していたのだが、思い切って出てみれば、しずかの声がした。

 連れていた友達の携帯電話で、俺に電話をくれたみようだ。

 なんでそんな事を? …とも思ったのだが、それよりも…。

 

 あの分家……七三と繋がってやがった。

 

 初対面の時、官僚とも付き合いがあるって言っていやがったが、あの七三との事だったのか。

 いや、それ以外にもいるのかもしれない。

 

『…西住さん。まぁもう、いいじゃないですか。今回の目的は済ませたのでしょう』

『ん~…もうちょっとかなぁ』

『……』

 

 会話を録音…していた様だ。

 その音声を電話越しに聞かせてくれている。

 

 …録音データを送ってくれれば…とも思ったのだが…ダメだ。

 しずかの携帯は、未だガラケーだったのを思い出した。

 だから、おとなしく聞くことにした。

 

『私達は、そろそろ出ないと仕事に間に合いませんので……局長。もう行きますよ?』

『綾瀬君? いや…まだ少し、時間はあ……はい、睨まないでください』

『お仕事、大好きなんでしょう? この後も一杯ありますから。良かったですね』

『……冷たいなぁ。しかし…彼も大変ですねぇ…。あ、君達? 一応僕は、教育する側の立場ですから、一応言っておきますよ? 暴力はダメです』

 

 あ…これ、しずかに対して言ってるな。

 空返事をする、しずかの声が聞こえてきた…。

 

『…西住サンも。例の方々の接待が残っているのでしょう?』

『まぁね。いやぁ…しかし君は、どうにも僕が嫌いみたいだねぇ』

 

『 は い 』

 

『はっきり言ったねぇ…』

『…基本的に、若い男は嫌いです。しかし、仕事は仕事。割り切ってますからご安心を』

『親父趣味か…すごいね、その年で。今から会う連中、紹介しようか?』

 

『 セクハラで、訴えますよ? 』

 

『お~け~、分かった、やめよう。君は、目がマジだから…本気でやりかねんからねぇ』

『……まったく。子供の前で、なんて事口走るんですか』

 

 …いや、本当に。

 ある意味で、子供だと舐めているという感じが、凄まじく感じる。

 それも含めて、しずか様がご機嫌斜めなのか…な?

 しかし…秘書子ちゃんの声が、七三に対しても終始冷たい。

 事務的…とでも言うのか、なんなのか…。前は…特にボイスレコーダーを俺に渡した時とは別人だと思える程に、声に熱がない。

 少なくとも、あの七三に対しては、もっとこう…。

 

『…隆史殿?』

 

「あ、すまん」

 

『いや…大体は、ここまでだ。後は、私達に礼を伸べ…行ってしまった』

 

「…そうか」

 

『役に…たったであろうか?』

 

「…あぁ、大助かりだ」

 

『なら良いが…これ…盗聴…』

 

「しずか、いいか? 相手が…特に不審者と思われる奴らと接触した場合、会話内容を録音しておくのは自己防衛と同じだ。何かあった場合…こういった音声データは証拠になる」

 

『う…うむ』

 

「今は裁判でも有効だしな。更には公共の場での会話だし…もう一度言うがソレは、自己防衛だ、気にするな」

 

『承知した…』

 

「ゆるい喋り方する、しずかも新鮮だったので、俺としても満足だ。ありがとう」

 

『!?』

 

「あ、後…しずかの友達の……松風さん? だったか?」

 

『いや、ちょっと待て。隆史殿はどうしてそう…「電話変わってくれるか?」』

 

 

 

『……』

 

 

 ……。

 

 あれ?

 黙っちゃったぞ…どうした?

 

「あの…しずか?」

 

『…何故だ?』

 

 …いや、なんでそんなに声冷たいの。

 

「いや、迷惑かけたみたいだし…一度、謝っとこうかなと…」

 

『ふむ…では、息をする様に、女子を口説く隆史殿?』

 

 ……オイ

 

「……なぜ、フルネームの如く俺の名前を呼んだ」

 

『すまぬが、電池が切れそうだ。流石に人様の電話故、長話も悪い。…すまぬが切るぞ』

 

「え…あ、いや──ブッ

 

 ……と、切ると言った直後に、宣言通りに一方的に電話を切ってしまった。

 ツー…ツーと、電子音が耳の奥に流れる…。

 はぁ…後で、また電話を掛けてみるか…流石に試合開始だ。

 何時までも、私用の為の電話を、このテント内でしているのもどうかと思うしな…。

 

「……」

 

 七さん達はこれから、仕事…ね。

 まぁ…これで、あいつらの事は、取り敢えず今日は大丈夫だろう。

 流石に気にしない訳には、いかなかったしな…一つ、心配事の種が減ったので良しとしよう。

 決勝戦から、まだそんなに立っていないが…動きは早い方が良いだろうさ。この試合の話を土産に…やはり、しほさんに会いに行こう。

 七三は兎も角、あの分家の事なら、彼女に聞くのが一番だろうよ。

 

「…………」

 

 ま、取り敢えず…今は目の前の事に、集中しようか。

 だから…な。

 

 

「おっっっ茶が、入りましたわ!!!」

 

 

「あ、うん…ありがとう…でもな? それはソレとして…」

 

 そう、テントの中には、椅子とセットで…また、無駄に豪華な机がある。

 その机の上に、ドンッ!!! …と、ティーカップが割れそうな勢いで…あぁもう…今回は、酒は入ってないだろうな。

 

「なぜ此処にいる………ローズヒップ」

 

 そう…いた。

 

 赤髪のお嬢様候補生様が…。

 

 そのまま自分用のティーカップを持ったまま、俺の椅子の横に座った。

 いやな…。

 

「隆史さんは、おかしな事をおっしゃりますのね? この場所でのお仕事は、本来2名で行いますのよ?」

 

「いや…俺の聞きたい事は…」

 

「あ、そうでございました! 大洗学園は、人手が足りない! ですから今までは、隆史さん一人で…あぁ! 今回もそうでございますですね!!」

 

「いやいや!! お前、何やってんの? 試合、出ないのか?」

 

「出れる訳ないでございましょう? 試合に使う戦車台数は決められてるんですのよ?」

 

 ……会話…してくれ…。

 すこし、ズレてる返しが…ローズヒップらしいけど…。

 

「ダージリン様から、今回はここで、隆史さんを見張ってるのが私の仕事だと、お聞きしてますわ!!」

 

 …見張り…。

 いや、ダージリンよぉ…後輩には経験積ませてやれよ。

 本人は楽しそうにしてるから、別に良いけどさ…でもなぁ。

 

「なぁ、ローズヒップ」

 

「何でございましょう!?」

 

 …いやぁ…返事からして元気良いな、相変わらず。

 

「いや…お前、一応は車長なんだろ? …出なくて良かったのか?」

 

「まぁ…私も後学の為に、参加したかったのですが…まぁ、仕方ありませんわ!!」

 

「……」

 

「年下の私に、頭まで下げて、お願いされては…」

 

「お願い? はい? ダージリ…ん…がぁ!!??」

 

 何気なく顔を前に向けると、設置されていた大画面が目に入る。

 各、試合開始位置へと向かう、各高校の戦車達が走り…流れて行く映像。

 大洗…知波単……プラウダ高校…そして、聖グロリアーナ。

 

「えっ……いや、確かに今朝いたけど…」

 

「急に立ち上がらないでくださいまし!! …って、どうしたんですの?」

 

 戦車に疎い俺でも、一目で分かる程に…異色…というか、違う戦車が一輌紛れていた。

 

 …嘘だろ。

 

「あら、ダージリン様から何も聞いていませんの?」

 

「聞いてないっ!!」

 

 不思議そうに俺を見上げるローズヒップを余所に、先程しまった携帯電話を取り出した。

 これも私用だけど…悪いが、んな事気にしてられんっ!!

 

『んっ…どうした、隆史』

 

「まほちゃんっ!!」

 

『何を焦った声を……あぁ…見たか』

 

「俺、聞いてないぞ!?」

 

『言ってないからな』

 

 がっ…。

 

 俺のコールに即出てもらえたが、俺の焦った様な声を涼し気な声で流している。

 このテント前にも来ないから、どこぞの観客席で見るつもりだとは、思っていたけど!!

 いや…いいんだ。別に彼女達の世界の事だから、俺が口を出すつもりは一切ない。

 

 …ないが…。

 

『…いいか、隆史。今回のフラッグ戦、規定の戦車車輌数を守っていれば、特に今回の事は問題ではない』

 

「そりゃ…まぁ、今さっき聞いたけど…だからってさ、まぁ…俺も悪いんだけど…様子が、ちょっとおかしかったんだぞ?」

 

『無論知っている。…私を誰だと思っているんだ?』

 

 黒森峰の学園艦も、近くに停泊している…すぐに用意できたとしても、おかしくはない。

 …おかしくはないけど…。

 

『聖グロリアーナとしての参加だ。…なに、ダージリンも承諾している』

 

 走る戦車…。

 

『だから…聖グロリアーナのパンツァージャケットまで、しっかりと着ているだろう?』

 

 カメラもその車輌を映している。いや、映し続けている。

 この場所にも、会場からのざわめきが聞こえてくる位に、観客も意外だったのだろう。

 

 …黒森峰の…確か、名前は…。

 

 

 VI号戦車ティーガーⅡ。

 

 

 その車輌のハッチから、聖グロの…真っ赤なパンツァージャケットを着た体を出し、その戦車の行き先を真っ直ぐに睨んでいた。

 

 

「…エリカ」

 

 

 自然とその名前が、口から出てしまった。

 

『ふむ…少々寂しくは思うが…ちゃんと似合ってるだろう?』

 

「 うん。可愛い 」

 

 

『……』

 

 

「……」

 

 

『………………は?』

 

「あ、ゴメンナサイ」

 

 あ、いかん…また自然と、声が出てしまった

 そして、反射的に謝ってしまった…。

 あ…変な視線を感じて下を見ると…ローズヒップ。お前もジト目って出来るんだな…。

 

『まったく…まぁいい。…隆史』

 

「なんだよ…」

 

『みほとエリカの事、私がお前に丸投げで、何もしていないとでも思ったか?』

 

「い…いや」

 

『私とて、今の関係が良しとは思わない。だからお前には、思いつかない方法で…だ』

 

「だからって…」

 

『完全な相互理解は、無理かもしれない…しれないが、あの子達なら何か感じられるかもしれない』

 

「……」

 

 まほちゃんは、彼女なりに考えての事だろう。

 事だろうけど…。

 

「でもな!? 一度…『 お前は、みほとエリカの事を、舐めすぎだ 』」

 

「…な『腫れモノを扱う様にして、どうにかなったか?』」

 

 …こ…言葉もない…。

 

『いいか? 隆史。多少…いや、本気で一度やり合わせた方が良い。ソレであの子達が、どうにかなるとでも思っているのか?』

 

 言い返そうとしても、結局何も進んでいない様に感じていたので、何も言えない…。

 みほの様子では…デートは失敗に終わったと思っていたからな。

 

『ふふっ…お前には分からないだろう…がな?』

 

「……」

 

『隆史。…結局の所、私達はコレで話すのが一番だ。私達だからこそとも言える』

 

 結局、決勝戦では直接対決は叶わなかった…私が取ってしまったからなと、まほちゃんは言う。

 楽しそうに……いや、楽しいのだろう。

 そしてハッキリと…俺に向かって…だけではないのだろう。

 

『…いいか?』

 

 彼女達二人に対しても言っている様に、俺は感じた。

 

 

 

『 これも戦車道だ 』

 

 




閲覧ありがとうございました

…誤算でした。
リボン編の序章っぽい感じで書きたかったんですが…ヤイカも出そうとか思っていたんです…が!!
……書き終わる直前で、リボンの武者13巻出てたんで買って読んだんです。
ネタバレになるので、内容書きませんが…あかん、話オカシクナル…って事で、中盤から全て書き直しました…。
遅くなりました、すんません。

あ、聖グロ:エリカさんの挿絵も描こうかなぁとか、思ってたんですが…先に話を上げようと思い、やめました。…気が向いたら描きます。

ありがとうございました


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