転生者は平穏を望む   作:白山葵

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第25話 インターバルです

 音。

 

 弾く様に、流れる様に。時折音楽の様なモノも、ゆっくりと流れていた。

 …風乗って聞こえてきたその音に誘われる様に…誘導された様にこの場所へ。

 私達の後ろにある車…。普通乗用車ではない…少々古い型の…えぇ~…なんとい「 設備車。ベットフォードWHGって言うんだって 」

 

 ……。

 

 その設備車から伸びている、足場。その手摺りに腰掛けている御仁。もう一人いた、小さなおさげの可愛らしい御仁。その二人の会話が聞こえてきたのが切っ掛けだった。

 君達も一緒にどうだい? …と。

 一度だけの面識しかなかったが、それでも…だ。何か妙な絆を感じる御仁。

 その御仁もそう思ってくれているのか…。こう…快く同じ足場へと案内され…こうして、見晴らしの良い場所を確保できたと言う訳だ。

 

「…姫。それって…要は…」

 

 …だから、ここに迷い込んだわけではない。断じてない。音に誘われたと言うのだ。

 そら…ここからでも、観客席含め、大きなテレビジョンの映像がよく見える。

 もう一度言う。迷っていた訳ではない。

 

「はぁ…。変な所、意固地だよね…姫って」

 

 むっ。人聞きの悪い。

 

 しかし、この物静かな御仁。

 ここへと誘ってくれたのだが、だからといって特に声を掛けられる訳でもなく…ただ眼前で繰り広げられている試合をただ眺めている。

 どちらかといえば、松風さんとおさげの娘。この二人がいつの間にか、仲睦まじく会話を続けていた。

 

「エキシビジョンって、なんかかっこいいねぇ~」

 

「かっこいい…? かっこいい…かなぁ…?」

 

「うん、かっこいいよ。…イメージ的にだけど」

 

「格好良い。それは、戦車道にとって大切な事かな?」

 

「それは結構、大切な事だと思いますっ! エキシビジョンはよくわからないけど…」

 

 ふむ。松風さんが、思いの外食いついたな。

 格好…確かに、お味方様…もしくは自身を奮い立たせるのに、見た目を勇ましくするのは鼓舞する意味でも有効だと私も思うが…。

 

「えぇ? じゃあミカは、なんで戦車道やってんの?」

 

「戦車道は、人生の大切な全ての事が詰まっているんだよ? でも…殆どの人が、それに気づかないんだ」

 

「また、大げさな…」

「なによ、ソレ」

 

 松風さんの意見と同じく、おさげの娘が、心底分からないと言った表情。

 

 しかし…この場所ならば、本当によく見える。

 あの、ゴルフ場での攻防。

 私…いや、我が望むのは、戦車道ではないのだが、心動かされ…奮起させてくれたのもまた事実。

 その切っ掛けになる御仁が、あの中心にいる。

 

 ここから見える、少し離れた観客席から時折、歓声の様な声が何度も響き、聞こえてくる。

 会話をしながらも、画面より目を離さず見入っていると…突然その歓声が、一際大きく響いた。

 

「…変なの」

 

 …おさげの娘が小さく呟いた。

 砂場を陣取っていた、えぇ…と…青森チーム。それを包囲する、大波さんチーム。

 聖グロリアーナの車輌が一輛撃破…されるのを皮切りに、膠着状態が続くと思われていた試合が動き始めた。

 

「なんであそこで、突っ込んじゃうかなぁ」

 

 ふむ…確かに。

 

 知波単学園…だったな。その6輌の戦車が、砂場に陣取る青森チ…聖グロリアーナへと一斉に接近していった。

 全体的な戦略に疎い我でも、これは悪手だと気が付く。意味がない。確かに援軍を待つより、各個撃破…あの3輌を早々に潰しておきたいのは分かる。

 分かるが…。

 

「…功を焦ったか?」

 

 私も思わず呟いてしまった。

 その呟きとほぼ同時に、一斉に砲撃音が鳴り響き…青森チームの援軍が現れた。

 現れたきた戦車。…プラウダ高校。ふむ…隆史殿の古巣か。

 

「へぇ…脚の速いのがいるね」

 

「クルセイダー巡航戦車…だっけ? …っと…え…ティーガーⅡ!? えっ!? 黒森峰!? なんで!?」

 

「なんか…一人だけ追加で参加したみたいだよ? …どうせ、隆史さん絡みだろうけど」

 

「あぁ…あの男の子…子? ま…まぁいいや。でもなぁ…一輌だけ火力がダンチなんだけど…。それにクルセイダーが並列して…あの車輌の種類でチーム?」

 

「機動力…足回りの差が絶望的だよね…バランス悪いなぁ。あぁやっぱり即席チームかぁ」

 

「ねぇ」

 

 ……。

 

 本当に仲良くなってるな。知識としては、正直彼女達の話についていけないから任せよう。うむ。

 話を聞く限りで、なんとなくだが、現状が見える。

 それに、隆史殿が言っていた。餅は餅屋。その場で分からないなら、後で知れば良い。専門家に任せ、分かる範囲で補い、後は任せよう。

 現状ダメでも後で追いつけば良いと…。

 

「…………」

 

 …しかしそれは、丸投げというのではないだろうか…。

 

 ま…まぁいい。

 

 あの…青いのがクルセイダー…。ふむ、その黄土色の戦車を置いて先攻していったな。

 しかし妙だ。大波さんチーム…接近し、先行した車輌は知波単の戦車のみ。大洗学園側は何も動かない。

 囮にした…? いや、それも意味がない。知波単の先行した6輌に釣られて…更に動き出した他の戦車も、ほぼ撃破されてしまった。

 

「うあぁ…瞬殺…。…一気に動いたね…」

 

「あらぁ~…包囲していた側が、逆に包囲されつつある…」

 

「他の援軍も、そろそろ到着する頃だろうしね」

 

 ……。

 

 それは大波さんチーム側も気がついているのだろう。

 旋回し…その場から撤退するようだった。…なるほど。

 

 あっさりとその包囲を解き、撤退を開始する大波さんチーム。確かに包囲は瓦解したが、判断が速い。

 

「もぉ~、せっかくのチャンスを不意してぇ。何やってんのよぉ」

 

「人は失敗する生き物だからね。大切なのはソコから何かを学ぶ事さ」

 

「…ふむ」

 

 なるほ…

 

「ミカさんって、なんか達観した様な事を言うね…」

 

「そーなのっ! たまに、なにを言いたいか分からないんだよ!?」

 

 ……。

 

 何故か…出鼻をくじかれた気がした。

 

 ん…?

 

 気が付くと…おさげの娘が、私をじっと見つめている。

 

「何か?」

 

「ん~…以外だなぁって思って。ミカって私達の他に知り合いいたんだなぁ」

「それはいるよ…ちょっと酷いね、アキ」

 

「でも、巻き髪お姉さん? ミカと大会の決勝戦で初めて会ったんでしょ?」

 

「いかにも。大洗のテント前でお会いしもうした」

 

「ふ~~ん」

 

 少々不思議そうな顔をして、私に聞いてくる。

 何をそんなに…。

 

「あ、そういえば、姫って人の顔とか覚えるの苦手だったよね。ミカさんの事は覚えてたんだ」

 

「まぁ、ミカって一度会うと忘れられないインパクととか有りそうだしね。訳わかんないこと言うし」

「そ…それは、普通に酷いね、アキ」

 

 …これは説教をされた仲だとは、言わない方が吉か…。

 

「……」

 

「…なんだい? アキ。突然黙って」

 

 む。

 

 ミカ殿が言われる通り、アキ殿が突如黙り…ジッ…と、真剣な眼差しで彼女を見上げていた。

 試合が映し出されている画面を見もせず…静かに…。

 

「…アキ?」

 

「はぁ~~…」

 

 息を止めているかの様に、静かに見つめ続けていた彼女が、今度は大きく息を吐き出した。

 そして手摺に肘を着き、その手に顎を乗せながら、今度はため息と共に言葉を吐き出した。

 

「その様子なら…ミカ、もう大丈夫そうだね」

 

「……」

 

 なにを言いたいかは、余所者の我々には分からぬが、その一言でミカ殿は察したのだろう。

 少し焦った様な顔を止め、静かに目を伏せ…その膝の上に乗せた弦楽器を少し…鳴り響かせた。

 

「はぁ~…あ…。大波さんチーム、あの様子だと…市街に移動してない?」

 

「…そうだね」

 

 余計な事は言わぬ方が良いだろう。

 今度は、今の話はソコまでだと…また会話を打ち切り、視線を試合へと向けた。

 釣られ、同じくその画面へと視線を向けると、市街へと続くアスファルトの上を、数輌の戦車が進む映像が映し出されていた。

 

 徐々に建物がいくつか目に入ってきた。上空より映し出されているその絵が…住宅街にへと近づいてきている。

 市街戦…か。

 

「…ねぇ、ミカ」

 

「なんだい?」

 

 その映像から目を離さず…アキ殿がまた…真剣な口調で口を開いた。

 

「…火事場泥棒は犯罪だからね?」

 

「……」

 

「……」ジ~

 

「人聞きの悪い事を言わないでおくれ? ほら、お客さんが2名、固まっちゃったじゃないか」

 

 ミカ殿の言葉を無視して…無人の住宅街を指差し…。

 

「……行っちゃダメだからね?」

 

「…………」

 

 弦楽器の音が止んだ…。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「…1輌撃破。まずまずね」

 

 ハッチから上半身を出し、戦車周辺…現状を確認する。

 聴き慣れた重い音を繰り返し鳴らしながら、現場へと少し遅れながら到着…と。

 ゴルフ場、バンカー周辺に放置された知波単の戦車見て思う。

 

 …相変わず意味がわからない。

 

 弱いのなら弱いで、それなりに問題点が分かるものだけど、この学校の連中に関しては理解が不能だ。

 …なんで無策で突っ込んでくるのよ…。ただの的じゃないの。

 

「……」

 

 巡航戦車…クルセイダーMkⅢ。

 …なるほど。この戦車…確かに脚は早いわね。ただ、火力が少々心許ない。

 火力、装甲が高い私達のティーガーⅡとは対照的ね。

 

 ……ふ~ん。

 しかし、思っていたよりも素直に、彼女達は言う事を聞いてくれる。

 現に今も、私達の戦車の周りで、聖グロリアーナの戦車が止まり次の私の指示を待っている。

 先程は、スペックだけじゃなくて、実際の戦力を把握したいという事で先攻させてみたけど…結構、良い仕事をしてくれた。

 …首元の咽頭マイクを抑える。

 

『 ご苦労様。大体は把握できたわ。引き続き追撃する。貴女達の大将に続くわよ 』

 

『『『 了解です! 』』』

 

 ……。

 

 本当に素直ね…。

 

『 0番っ! すごいです!! 』

 

『 え? 何がよ、1番 』

 

 …0番。それが私の名称。

 少なくとも隊を任された小隊長。司令塔の意味を込めての0番。

 …そう、名前も何もない。ただの即席チームだ。即席でチームワークも何もない…ならば下手に名前で呼び合うよりも、番号で呼び合った方が効率が良いと判断した。

 各々番号で呼び合い、ただそれに従う…それで今はいい。

 

『 そうですよっ!! 流石黒森峰ですわ! 』

 

『 …3番まで…。だから何がよ。私はただ… 』

 

 

『『『 私達取り残されていませんっ!! 』』』

 

 ……。

 

『 彼処まで連携取れたのは、初めてですわ! 』

『 更には撃破まで!! 』

『 勉強になります…お紅茶も溢れてませんわ! 』

 

 あ…頭が痛くなってきた。

 

 軽く、この隊のデータを見てみたけど…部隊長が独断先攻…というか、暴走して突っ込む癖がある様で、殆ど散り散りで彼女達は普段動いている様だった。

 今回、連携なんて取る必要もない指示をだしたのだけど…? 

 …ていうか、本当だったのね…。この喜び様なら、疑う余地はない…。

 何故かツェスカが、目を輝かせながら無線を聞いているけど…なんなのかしら…。

 

『 ドリフト…しなくてよかったの…初めてかも… 』

『 無傷ですわっ! 快挙ですわよっ!? 』

 

 …知波単みたいな事、言わないでよ…まったく。

 

『 いい? これから指示が有るまで、基本的には隊列を組んで進むわよ? 』

 

『『『 はいっ! 』』』

 

 …基本中の基本なんですけど?

 

 

『 独断は許さない。隊を任されている以上、貴女達も不本意でしょうけど、私に足並を揃えて頂戴 』

 

『 リミッターはっ!? リミッター! 』

 

『 …解除する意味が、市街戦じゃほぼ意味がないから、しないで頂戴 』

 

『『『 はいっ! 』』』

 

 はぁ…そこで、なんで嬉しそうな声を出すのよ…。

 

 ……。

 

 取り残されたゴルフ場。

 他の連中が残した、履帯の足跡を見て思う。

 

 みほ…。

 

 私達は、最後尾を行く。今回の私には…焦りはない。

 認めたくないけど私は今、挑戦者の立場よ。

 だから、油断もない。驕りもない。…あの決勝戦とは違う。

 

 

 そして、西住隊長もいない…。

 

 

 だから…私の力で今度こそ…。

 

 ……。

 

 …不思議と肩の力が抜けているのは、なんでだろう?

 彼女が私の事を覚えていた…。それは分かった。…ただそれだけの事。

 だからと言って…。

 

「……」

 

 ま…いいわ。今は目の前に事に集中…。

 

『 それじゃ、行くわよ? 』

 

 もう一度強く、咽頭マイクを押さえて指示を出す。

 普段、彼女達がなんて言っているかはわからないけど、私は私のやり方で…。

 

 

『 パンツァー・フォー! 』

 

 

『『『 はいっ! エリリン隊長!! 』』』

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

『 は? 』

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

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