カツン、カツン…と、無機質な廊下に響く足音。
白く、灰色の廊下。薄い緑…ともいうのだろうか? 人に寄っては感じ方が違いでる特有の通路。
まったく…珍しくヒールなんて履かせられたものだから、歩き辛くて仕方がない。
いつものとは違うスーツ…というのも、また動き辛い。確かに服を用意してもらえたのはありがたいが、いつもの恰好で構わないと思うのだけれど?
まぁ…色々と彼女は彼女で、面子というか、色々と柵があるだろうしね。黙って言われる通りに従った。
…その彼女には、借りがある。
ならばと、この頼み事…にも、二つ返事で了承した。まぁ私にもメリットはあったしね。
そしてもう一人…。
同じくして同じ様な頼み事をしてきた。
すでに、その頼み事通りの事を、仕事として受けていたが…たまには? と、意地悪ついでに条件だして、引き受けてやった。
まぁ…真面目に言ってきたから、真面目に聞いて…最後に冗談交じりに言ってやったから多少、アレも気が楽になったでしょうよ。
前を先行している、歩く少女に目を落とす。
本来ならば、遊びにでも行くつもりだったのかしらね。
大学の制服ではなく、ゴリッゴリの…母親の趣味を全面に押し出した、黒いスカートが可愛いワンピース。
同じく黒いリボンで、長い髪を左右でまとめた姿は、年相応に…いや…ちょっと幼く見える。
歩く度に、まとめられた髪が、ぴょこぴょこ動く姿が非常に…いや、異常に可愛い。
…。
はぁ…。
しみじみと…思いますわ…。こういう女の子が、欲しかったと…。
歳も歳だから今更、子供なんてねぇ…。
…。
時々、私の顔を不安げに横眼で見てくる姿がまた…あぁぁ…。
この娘、私にくれないかしら…。
「こちらです」
更にその先を歩く警官の足が止まった。
これまた、無機質な扉。その前でこちらを振り向き、ドアノブを掴むとそのまま開いた。
どうぞ、お入りくださいってね…。
某日、某場所、某時刻。
あの男が収容されている場所。
「…はい」
その少女が口を小さく開き、周りと同じく無機質な返事を警官に返す。
…。
頼まれた仕事…それがこのお嬢様の付き添い。
殆ど護衛見たいなモノだけれど…ね。
開かれた扉の中は、廊下と同じくして、無機質な飾りっ気のない狭い部屋。
本当は倍の広さの部屋だろうに、その部屋の中央に透明な壁で引かれている仕切りが見える。
目の前のお嬢様が、返事を警官にへと返しても、動かず…そんな部屋に入る事を躊躇している様だった。
そりゃそうよね。普段普通に生活している善良な市民様だったら、こんな場所になんか、普通縁がない。
飛び級して大学生といっても、まだ14歳の女の子。そんな子供がこんな場所に、足を踏み入れているのだ…仕方ない。
「隊長…」
もう一人。
心配そうに、少女の肩に手を置いた女性。
3人いた彼女の知り合い。彼女達も少女に同行しようとしたが、面会できる人間は3人まで。
私は確定しているので、彼女達の中から一人だけ同行を許した。…まぁ、この…アズミさん? だったからしらね。
会話の中…他の二人と比べたら、比較的に冷静に対処できるだろうと思ったのだけれど…この娘に対しては、酷く過保護ねぇ…。
「……」
一瞬…私の顔を見ようとでもしたのだろう。少女の髪が動いた。
どんな言葉をかけて欲しいのか…。すがる様な目を私に向けてきた。
「私はただの付き添いです。ですから、貴女の指示に従います」
その目を冷たく、突き放す。
私に意見を求めるな…と、意味を込めた言葉。
すると私の言葉に、小さい肩を小さく跳ねさせた。
その少女の姿を見て、アズミさんが私に対して顔を向け、そんな言い方はあるかと…睨みつけてきた。
あぁ…しくじったわ。この子を選ぶんじゃなかったわ。というか、残りの二人もこんな感じになりそうよねぇ…。
まったく…。
「会いますか? 止めますか?」
「……」
急かす様な言葉に、アズミさんの私を睨む目が強まった。
まぁ、気にもならないけど。
「…親の…島田流家元の反対。どの様な会話をしたか存じませんが…それを押し切り、決めたのは貴女です」
「……」
「貴女が決め、人を巻き込み…大人の世界に足を踏み入れたのです。…これは貴女の責任」
「……」
そう、責任。そしてもう一度言おうかね。
彼女はまだ、14歳の女の子。
飛び級していようが、大学生だからだろうが…彼女はまだ子供。
後に聞いた話だが、複数いた犯人達の一人を確保したのは彼女だというではないか。
なまじ、その成功があるから、こんな場所にまで来た…来れてしまった。
天才だからこその判断力。そして行動力を持ち合わせている。故に…危ない。
…危なすぎる。
そして、この子の親は甘すぎる。
戦車道に関しては厳しいかもしれんが、はっきり言ってバカが着くほどに甘い。
というか、子供に押し切られてんじゃないわよ。
まぁ…他所様からの言葉の方が、良いという事も知っている…から、今回私にこの仕事が回ってきたのだろう。
それとは関係なく…私は私なりに彼女が心配だったからね…。
「今更、私に…大人に、意見を求めようとしないで頂きたい」
「…っ」
…だから。
「貴女の我儘に、
「…周り…の…」
「ですから最後まで自分で決め、自身の責任を果たしなさい」
「……」
主犯に会う、会わない。たったそれだけの事だが…恐れ、目前でその選択を、私に求めようとした。
尻込みするのも分かるけど、敢えて冷たく突き放す。
頭の良い彼女だ…すぐに私が、何を言いたいか分かるだろう。
私をまっすぐ見上げ…次にアズミさんを見上げる。
ただ黙って、周りを見渡す。
「…貴女っ!」
「アズミ」
そんな私に対して、即座に噛みつこうとしてきた彼女を制し、まっすぐ顔を上げた。
そしてすぐに、それでも強く口にした。
「会う」
…怖かったのだろう。
全国戦車道大会での録音を、彼女と合流する前に聞かせてもらった。
彼女からすれば、アレは出会った事がなかった人種。
汚い大人は、彼女は見て来ている。打算的な大人。欲望、野心。何にせよ…天才少女であるこの娘を利用しようとする輩なんて、いくらでも見て来ただろう。
しかし…利害も何もない。ただ、人を傷つける為だけに動く人間に初めて出会ったのだろう。
大人なら、あの会話の録音を聞いたらば、この少女とアレが会うのを反対するのは当然。
しかし、彼女はそれを押し切り、アレの指名を…面会を受け…ここにいる。
「そうですか」
「…うん」
彼女が初め、何をどう思い、この面会に踏み切ったかは分からない。
正直私も、彼女が面会をする事には反対だった。しかし、この入口で躊躇した彼女に安心した。
…それは、恐怖が見えたから。
彼女がただ、一つの目的の為だけに、周りすら気にしない様になっていたらと…彼女が手段を択ばなくなってしまうのが、一番の怖い。それが不安で仕方がなかった。
アレが捕まっていたとしても、彼女なら…と。
本当に躊躇せず、もう一人の犯人を捕まえた時の、彼女のままだとしたら…。そんな彼女がアレとの面会で、本当に変わってしまったら…と。
彼女の意思を尊重し、ここまでは来たが…最悪、力ずくで面会を中断させ様とも思っていたのだけれど…この様子ならば大丈夫だろう。
目の前の事だけでなく、私達を見て、決めたというのなら…大丈夫。
自分の行動で、多少なりとも人に影響すると、認識してもらえたのなら…。
島田 愛里寿は、周りに意識を向けられた。
ならば後は、私の方。
「なら…頑張りなさい」
やさしく手で髪を滑らせると、少し…笑った。
さて、それでも相手が相手。
少しでも危ういと判断したら、即座に止めましょ。
あぁ後、アズミさん。
いい加減、鬱陶しいから睨みつけるの止めて欲しいのですが?
ま、いいけど。
あの決勝戦会場…今はもう戻っているとは言え…あの時は、周りすべてを敵だと思い込み始めていた、この娘。
そんな不安定な状態で、携帯電話と通して話した…あの相手。
さて、この荒療治…どうなるか…。
…さ、お仕事しましょ。
◆
狭い面会室。
そこへ通されてから、どのくらい時間が経ったか…。
アクリル板の仕切り。その前に用意されたパイプ椅子に座る隊長。…ただ静かに目を伏せている。
そして…家元の要請か何か知らないけど…なに、この女性。
家元と同じ位の年齢だろうけど、その恰好。
スーツ姿で、髪を肩まで降ろしているその恰好が、妙にラフな格好に見える。
特段、変な格好ではないのだけど…妙に胡散臭く感じる…というか、なんでサングラスなんて掛けてんのよ。
隊長の後ろの壁。腕を組み、そこへもたれ掛かっているその女性が、この現場にいる事を楽しんでいる様に感じ、どうにも気にくわない。
なんでこんな人が…。
隊長の気持ちも知らないで、冷たく言い放った言葉。
私達も詳細までは聞いていないけど、隊長の変わりようで大変な目にあった事は分かる。
その隊長に対して、逃げ道を塞ぐ様な事をよくも…。
何が頑張りなさい…よ。
これが終わったら、家元に直々に報告…抗議してやる。
「…来た」
その女性が口を開いたのと同時に、仕切りの反対側のドアが開いた音がした。
隊長と私が、その方向へと顔を向けると…。
「……」
妙に大人しい男。
まぁ捕まっているのだから、当然だろうけど…。
付き添いで来た警察官の方が、男を椅子に座らせると、そのまま部屋の脇にある椅子にへと座った。
気のせい…? 何かすごく目が泳いでいる様に見えたのは、何故だろう。
まぁいい。問題はこの男。
隊長に面会の指名をしてきたという。
囚人服…とでもいうのか、シンプルな服装。
聞いていた話だと…歳は20代。少し俯いている為に、頭が見える。
白髪…。
黒い髪が一本もなく、染めていると思える程に、真っ白。
ゆっくりと頭を上げると…見えたその…痩せこけた顔が見えた。
頬骨がうっすらと浮かんでいる。
細い目は虚ろで…どこを見ているか分からない。
先ほどから一言も喋らないこの囚人は、どこか爬虫類を印象付ける。
隊長に何の用か知らないけど…こんなのと、会話ができるのだろうか?
「…隊長?」
隊長は顔を上げ、その囚人をまっすぐと見ている。
睨みつける訳でもなく、普通に…。ただ、少し視線を落とすと…手が軽く震えている様に見えた…。
「…ご希望通りに来た。なんの用?」
先に口を開いたのは隊長。
「……」
男は顔を上げ、寝ぼけた様な…そんな顔で、コキッ…と、首を鳴らした。
ただ…口は開かない。
半開きな口のまま、目玉だけをグルグルと回しているだけ。
…気持ち悪い。
ただシンプルに、そんな嫌悪感を抱いた。
「……」
「………」
そんな男に対して、隊長は動かず…男の発言を待っている。
この男…喋る気があるの? ただ隊長を舐める様に見ているだけじゃないの。
私はあくまで付き添い…同行してきただけ。私に発言権はないのでしょうが…言いたい。
隊長に帰りましょうと、言いたい…。
数分…。時計の針がただ鳴る音だけが響く。
…。
……。
そして、漸く男が口を開いた。
「…まぁ…いいやぁ…」
「え?」
口を開いた瞬間、興味なさそうにギョロギョロと動かしていた眼球を、隊長に向け…止めた。
「ママと来ると思っていたんですけどぉ~…いやぁ? 敢えてこの場合…都合がいいかなぁ~?」
ぶつぶつと一人言。
絞りだした様な声。
しかし、妙に甲高い声が不快ね…。
ただ…喋りだした瞬間。先ほどまでと違い動く。大きく顔が…動く。
ニタァ…と口を大きく歪ませたまま。
「やぁ~! 初めましてぇ、天才少女。覚えてますぅ? お電話のお相手ですよぉ?」
「……っ」
「後ろの方は、護衛の方ですかねぇ~? でも、大丈夫ですよぉ? ほらぁ~僕ぅ、ここから出られませんからぁ~~?」
「………」
「安心してくだちゃいねぇ~」
小馬鹿にする様に、両腕を広げた。
先ほど、入室してきた時と、同じ人間とは思えないほど、大きな声で叫ぶように…。
そんな囚人に対して、後ろの警官は動か……はぁ!?
「…ぁあ、そこのビッチ」
ビッ!!??
私の目線で気が付いたのか…ゴキゴキと首を鳴らしながら、とんでもない事を言い放った。
目線の先…。その警官の耳にはイヤホン。こちらの会話を聞く気がない。それどころか、これは…。
「そこのお巡りさん。買収されてんだよねぇ~~まぁ、したのは俺じゃないですけどぉ~~」
「なっ…」
「まっっあっ!? チクっても良いよぉ? 俺には痛くも痒くもないですからぁ~~でもねぇ? 警官買収できる奴ってのが、相手ってのはぁ~~覚えておいてねぇ?」
「……」
「えっとぉ、監視カメラも、会話録音もぉ~機能してないから、よろしくどーぞぉ」
い…いきなり…これ? 隊長が相手にするの…って、誰を…え?
軽く言っているけど、どういう事…?
「だぁぁか~ら~ですねぇ? ……お前は口開くな。黙ってダッチワイフにでもなって転がってろ、糞ビッチ」
「…こ…の…」
「あぁ! 部外者様は風船の置物にでもなってろっ!! って、事ですからねぇ~~?」
ヘラヘラと…さっきから…隊長の耳に入れたくない単語を…それに…。
「もういい。で、何の用?」
思わず立ち上がってしまいそうになったのを、隊長が止めた…止められてしまった。
「おや、天才少女」
「…何度も言わせないで。要件を早く言って」
「つれないねぇ~~。まぁ、いいですけっどぉ。要件ね、要件。お手紙に記載してあったと思いますがぁ?」
「謝罪したい? そんな気、全くない癖に」
「本当にですよぉ? 嘘ついてごめんねぇってね。それにぃ、外に宛ててのお手紙って、全部読まれちゃうからねぇ? 僕、嘘書けないの」
「……」
「ですから誠心誠意、嘘偽りない言葉です。ですから…謝罪の意味を込めて、一つ…良い事を教えて差し上げようと思った次第でございます」
「…良い事?」
この男…先ほどから、口調が一切安定しない。
ふざけて話したり、乱暴な口調になったり…急に真面目に話したり…。
…人に対して、ここまでの嫌悪感を感じた事なんてない。
「あぁ、えっとぉ…あ~…。いっぱいお喋りしてぇ~…なんかもう、面倒くさくなった…」
「…は?」
「あぁーあー。いいよいいよ。駆け引きなし。本題を言おうか?」
手の平をヒラヒラと…振り、そんな事を宣く。そして…。
「尾形 隆史」
「…っ!?」
「西住 まほ」
「……」
「西住 みほ」
一人一人…人物の名前を急に呼び出した。西住姉妹は有名…大学に上がった私達の耳にも入ってくる程に…。後は、あの男の子の名前。
その名前を出し始めた男に対して、隊長が黙ってしまった。
それが、こいつの言う「良い事」…に、繋がると容易に想像できるから…。
「よかったねぇ~…あの姉妹が襲われた…というか、俺が襲ったんですけどね? その事ですガァ。知ってる? 知ってるよねぇ? だぁい好きなお兄ちゃんの事ですからねぇ?」
「…それがなに?」
「その真相ってのを、教えてあっげるぅ! 当時とっ捕まった時にもゲロしなかった、貴重な体験談ですよぉ?」
「真相?」
ここまで冷たい隊長の声は…初めて聞いた。
隊長は返事で肯定し、早く次を話せと催促をする。
「アレっさぁ…実はぁぁ………頼まれてした事なんですぅぅ」
「…は…? 頼ま…れた?」
「そうそう。お金貰ってお願いされちゃったのぉ。当時捕まった時、言わなかったけどぉ」
「……そう。それが? それはもう過去の事。そんな真相…私にはどうでもいい」
だるそうに話す男。
隊長の言葉を聞くと…また…笑った。
そして…。
「依頼元が、西住流だけど?」
◆
…嫌で嫌で仕方がない感情が、胸の奥で膨らみ…どうしようもなくなっていた私。
決勝戦会場で、お兄ちゃんに言われ、一か所に集めだ女性達。
邪魔だった。
邪魔で邪魔で邪魔で…どうしようもなく…憎い。
不思議と…その理由が、思い浮かばない。
でも邪魔だった。憎かった。邪魔だった。憎かった。
でも理由なんてない。ただ…嫌悪感だけしか感じない。
正直、喋るだけでも嫌だった。
お兄ちゃんの性格上、彼女達に対して行う事には納得がいく。
でも、納得ができなかった。
自分でも肯定否定が曖昧に…意味が分からない。
口を開くと、そんな彼女達に対して、何を言ってしまうか分からなかった…だから、必要最低限の事以外は喋らなかった。
その時…誰かが言った。
私を、天才少女だと。
…嫌になるほど聞いた言葉。
そして、その呼ばれ方が2度目だと。気が付き…その時点でこの感情に納得がいった。
あぁ…この人達も今までの人間と変わらないのか…と。
そんな事、今まで何度も感じ、何度も思った感想。…何度も呼ばれてきたのに、なんで今更気にしたのか。
そして…あの電話。
お兄ちゃんと同じ事を、別の意味で言われた、あの言葉。
嫌悪感しか感じないあの言葉。
同じ言葉で、同じ様に…違う意味を私を突き刺した。
〈 化物 〉
真っ黒い感情が、私を押し潰しす。
真っ黒い思考が、私を突き動かす。
何が天才少女だ。
何が化物だ。
オマエ達は、他の大人と変わらない。
オマエ達は、他の奴らと変わらない。
オマエ達が、お兄ちゃんの名前を呼ぶな。
オマエ達が、声にするな。出すな。見るな。
周りと私は違う。
そんな事は分かっている。
私は他の人達が、できない事ができる。
同世代の人達が、できない事がやれる。
でも私は、そんな事で周りを見下したり…馬鹿にしたりする事なんて、今までなかった。
する必要もなかった。
…だってそれが、普通の事だったから。
ごく自然な事。
知っていたから。
それが普通だと教えてくれたから。
お兄ちゃんが、教えてくれたから。
…私よりできない人は、私よりできる事があるかもしれない。
私が感じ取れなかった事を、他の人は感じ…それを形にできるかもしれない。
私は子供。…飛び級や、天才少女と言われたと…大人の世界を垣間見ていたとしても……子供。
同然な事…それを私は理解していた。
理解していたはずなのに…。
…この時私は…初めて人を見下した。
中継映像に映るあの女!
集められているオマエ達!
オマエ達が一体何をした!? 何ができる!?
お兄ちゃんの邪魔になっているだけじゃないか!!
何も知らないなら、黙っていろ。
何もできないなら、邪魔をするな。
我慢できない。
そんな有象無象…今までの人間と同じ様な奴らが、お兄ちゃんに近づくのが…守られてるのが…。
…。
……。
分かっている。
肯定と否定。
否定と肯定。
幾度も繰り返す思考の中で、彼女達が…お兄ちゃんが選んだ人達なのだと…。
だから嫌。
絶対に嫌。
頭の中がぐちゃぐちゃなって…訳が分からない。
…呼ぶな。
私を天才少女と呼ぶな。
私を異物と見るな。
私は私のできる事を、ただお兄ちゃんの為にしていただけ。
できる事しか、私はできない。
オマエ達だって、やれる事はするはずだ。
貴女達だって…彼の為に…何かできるはず…。
だから呼ぶな…。
私を化物と…呼ぶな…。
やれる事をやってるのに…それだけなのに…。
そんな目で見ないで…。
違う。
嫌だ。
やだ…。
何も…変わらない…。
…。
……。
「…チーズ臭い。離れて…」
「酷いっ!?」
個性…。
当たり前で、簡単な言葉。
ただ言われるだけ…ではなく、誰に言われるか…それもあるんだろう。
ぐっちゃぐちゃに混ざり合い、何が何だか分からない感情が、一瞬で晴れてしまった。
嫉妬…も、もちろんあるのだけど…それでも、なんだったのだろう、あの感情は。
化物でも良い…そう思って、そう考えていたのに…。
だから、私は私のできる事…驚かれたって、怖がられたって構わない。
お兄ちゃんの為に…って、頑張ってきたのに…なんでそれを後悔したのだろう…。
お兄ちゃんがテント前から去った後、集められたお兄ちゃんの知り合い。
…そう、知り合いの方々にもみくちゃにされた。
ケイさん…には、特に…。なんでだろう…? ずっと抱きしめられてしまっていた。
私…ぬいぐるみじゃない。
アンチョビさん…には、やたらと頬ずりされたから、正直…嫌だった。される事は嫌ではなかったけど…兎に角、チーズ臭がヤダ。
あ、チーズ臭って言い方は、本気の涙目でやめてくれと言われたから訂正。…臭い。…で。
カチューシャさん…は、何故か初めおびえた目で見られたけど…しばらく話したら治ってくれた。ノンナさんへの肩車要請がスムーズ。
ノンナさん。…。……。なるほど。これが化物と呼ばれた由来だろう。影の大きさが凄い。
ダーさん。やたらと格言とか、ことわざとか言って来たけど…全部知ってると、言い終わる前に言ってみたら顔をちょっと引きつらせていた。
…何故か気分が晴れた。
オレンジペコさん。 …何故だろう…魂の共鳴を感じる…。
巻き髪さん…は、気が付いたらいなくなってた。…どうしたんだろう。
あ…あと、もう一人…は。
……。
そこでずっと、正座してカスタネットでも叩いてたらいい。
逃げたら、お兄ちゃんに即報告。
母…お母様には、黙っていてあげる。…武士の情け。
…。
楽しかった。
戦車道抜きで…人と話すのが、ここまで楽しかったの…初めて。
すぐに分かった。簡単な事…。
私が意固地になっていた。ただそれだけ。
天才少女? …化物?
周りから言われ、それを意識し…一番特別扱いしていたのは、私…。私自身。
…大丈夫。
お兄ちゃん抜きで、考えてみれば良かった。
だから、大丈夫…。
彼女だって…西住 みほさんにだって大丈夫…。
会ってみればいい…。
話してみればいい…。
心の底から思う…。今度こそ思う。
ばけもの。
私は化物。
お兄ちゃんのモンスター。
それだけ。
…他の人なんてどうでもいい。
こればかりは譲らない。
…こればかりは…私以外に…なれる人はいない。
…。
……。
あの男と会うと決めた時に覚悟はできた。
私は揺るがない。
付き添いに来てくれた二人の為にも、私は冷静でいられる。
私だけの問題じゃ…ないもの。
だから…。
だ…から。
大丈…夫……。
「あっるぇ~!? どうしたのぉ? 大丈夫ぅ?」
…。
……だい…。
「…そ」
喉元から声を絞り出す。
違う…普通に出す。
「そ?」
「それがどうしたの」
「いやいやいやいやいやぁぁ…。いいよぉ? べっつにぃ、気にならないなら、ならないでぇ?」
…。
……。
「天才少女だものぉ。すぐに色々と、推測してるでしょぉ? 多分、それで合ってる合ってるぅ」
すいそ…く。
「あの家元様の糞ババァがぁ、アレにご執心なの分かってるよねぇ?」
この男の言葉が…パズルのピースになる…。
嫌な推測しか浮かばない…。
コレが嘘だと、簡単に判別できるのに、なぜか…耳に残る…。
「すっごいよねぇ、自分の娘使ってまでぇ…欲しい物かね? あんなの」
「…あんなの?」
「あぁ、あんなの呼ばわり、ごめんねぇ? それでもねぇ? 実際問題どうよ。俺に大金渡してまでする事かねぇ?」
切り替える…。
気持ちを切り替える…。
冷静に…あの時の様に…。
「…それはない。あり得ない。嘘を吐かないで」
「ありえない? うそ?」
「そう…。事件の事は聞いた。調べた。推測もできた。幼児に対して、そこまでするメリットもない」
「おにいちゃん欲しかっただけじゃね?」
「…まだ、子供。そこまでする程に、おに…彼に、価値は無い」
「あらあらあら、大事なお兄ちゃんの事ぉ、価値がないとか言っちゃったねぇ?」
…安い挑発。
「事実は事実。…特別扱いする理由はない」
「いやいやぁ、なんか忘れてね?」
アクリル製の仕切りに…顔をべったりとつけて…バンバンと音を出しながら、喋る為に叩いてくる。
先ほどから、この囚人の話す事は、断片的。それを私を呼び出しておいて、態々言う意味もない。
…まだ、私には関係のない話。
「島田の血が欲しかったんじゃねぇのぉ?」
「…」
血…? なんでコイツが、そんな事を…。
「あぁ~戦車…道? とやらに関してぇ、あの真っ黒ばんばぁ、容赦ないみたいじゃん?」
…。
「計画的だよねぇ。自分の娘には軽傷…あのお兄ちゃんには…まぁ、大怪我させちゃったのは、誤算だったろうねぇ? 僕の頭に血が上っちゃったってだけぇ」
……。
ゴドンッ…と。
机に体を乗り上げ、仕切りにへと額を強く打ち付けてきた。
目を見開き…眼球すら壁に接触させている様に…。
「薄々、感づいているんじゃなぁ~ぁい?」
「人工製のきずなぁ? あの姉妹、どっちかとくっつきゃ良いとか思ってるんじゃね?」
「よく知らねぇけどぉ…どっちみち、決められてた見たいだねぇ。ひっどいねぇ~。人の人生なんだと思ってんだろうねぇ?」
「戦車道って、そんなに大切? 人様の人生ぶっ壊す程のモノォ? お前ら家元とやらって、どんだけ偉いのかねぇ? 尾形 隆史には、同情するよ実際っっ!!」
…。
………。
早口でまくし立てる。
何度も何度も、仕切り板にへと鈍い音を立てながら…。
私の口を挟む事すらさせない。
大丈夫。やはり、私は大丈夫。
正直白状してしまえば驚いた…と、思うが私は冷静。
周りに誰か…味方がいるというのは、ここまで心強いとは思わなかった。
私が一人で突き走ってしまえば、誰かに迷惑をかける…そういう事も考える余裕もある。
分かりやすい…。
分析すらする必要を感じない。
これは分かりやすい…
「 嘘 」
はっきりと言えた。
「嘘ぉ~?」
私はもう…真っ黒い感情に潰されない。
「話が支離滅裂。すべて貴方の想像に過ぎない」
「ん~~?」
「…これじゃ、態々足を運んだ意味がない。そんな事を言いたくて呼んだの?」
そう…敢えて、思考を誘導しようとしているのが目に見えて分かる。
うん…やっぱり、私は大丈夫。
この男が私に、何をどう思わしたいのか分からないけど…コイツに、お兄ちゃんが小さい頃に襲われた事が、誰かに依頼されたというのも、正直眉唾。
鵜呑みにしない…何が西住流が…コイツの言う事をする程、馬鹿じゃない。
それにあの、家も…
「んっっじゃぁ、ここで俺が言う「良い事」って奴の本ぁぁ題」
「…何?」
私はコレから、大学にへと送られてきた手紙にしるされた、典型的な謝罪文。
そして直接、謝罪をしたいという内容すら、信じていなかった。だからここに来たのも、すべてはお兄ちゃんの為…。
何か…何か、有る。だからここに来た。
これが話す内容に、何か役に立つ情報があるのと踏んだから。
…何か…あるのだろう。
「まずは前置きぃぃ。僕さぁ…知っての通り、あの会場にいたんだよねぇ」
本題…と、言っておきながら前置き…。
面倒臭くなってきた…。
本題と言われて、思わず身構えてしまったのだけれど…まぁいい。
「はぁ…なに?」
全国戦車道大会の会場の事だろう。ずっと、コレは隠れていたのだから、当然。
そんな事を態々初めに…。
小さく溜息を吐いて、少し肩の力が抜けた。
面倒…なに? なんで今、笑ったんだろう?
「そこぉでぇ…見かけたんだけどぉぉ…」
仕切りに顔を張り付けたまま…ニタニタと口を歪ませている顔。
そして…。
「…なんで、お前。他の女共といたの?」
「…は?」
他の女共?
「聖グロ、サンダース」
ツラツラと、読み上げる様に…抑揚のない声が響く。
「アンツィオ、プラウダ…」
…だからなに。
「お前、馬鹿だろ。俺にはわっっかんね。お兄ちゃん掻っ攫う可能性ある奴と、なん~で…仲良しこよしって…できるんでしょ~~~か?」
叩く。
「……」
「言ってやったろ? 教えてやったろ? わっざわざ、手間暇掛けて、危ない橋渡って? 携帯渡して、お話ししたよねぇ???」
叩く。
「い…一々まわりくどい。…何が言いたいの?」
「潰せって言ったろ? 奪えって言ったよね? え? 馬鹿なの? 仲良くなってどうすんの?」
叩く。
「……」
喋る度に、バンバンと仕切りを叩く。
音と共に、あの時の会話…妙に耳に残る、声がもう一度…。
「…貴方には、関係ない。それは私の…」
バンッ!!! …と私の声を、音で潰した。
「あ~…ごめんねぇ…君みたいな、天才少女に対して、馬鹿はないよねぇ~…化物だもんねぇ~~?」
…。
……。
大丈夫…。私は大丈夫。
殺し文句の様に、ただ化物と私に言えば、取り乱すとでも思っているのだろう。
安い…安い挑発。
「アレかぁ…仲良くなったフリだったんだねぇ~ごめんねぇ。ワタクシィ…勘違いしてたみたいですっ!!」
「…違う。また勝手な妄想しないで」
「いいっ! いいよぉ~。ここは今、撮影、録音。何もされてないからぁ。下手したら、俺との面会記録すら消されるかもしれないよぉ? だから、隠さなくてよいよぃ」
ドンッ!! …と、拳を作り…仕切りを殴った。
「…後ろから刺すつもりだったんだねぇぇぇ…」
…。
…話にならない。
「はぁ…だから違う。的外れも大概にして」
誘導尋問にしか聞こえない。
何が、良い事…だ。もういい。
時間の無駄と判断。
これ以上の会話は不要。無意味。…時間の無駄。
私がもう一度、呆れた溜息を吐き、立ち上がろうした瞬間…。
「 なぁぁらさぁぁ!!!!! 」
…大声で怒鳴る。
それは嬉しそうに…まぁ、これもどうせ、歪んだ妄想…だろう。
「なんで、お前が家から追い出した!! …「 お 姉 ち ゃ ん 」がぁ! …あそこにいたんですかねぇ???」
…。
……。
……な…ぇ?
「島田 ミカちゃん。お姉様、おねぇちゃん、なんでもいいけどぉ!?」
「…ぁ」
「お前が優秀すぎて!? 居場所すべてをぶっ壊してぇ!? 可愛そうに勘当までされちゃったお姉ちゃんっ!!」
…。
「妹がお姉ちゃんの居場所を取っちゃったんだねぇ!? すごいね、天才少女!! 西住ちゃん達とは正反対だねぇ~~!!! あ~~あ、お姉ちゃん!! お家、追い出されちゃったぁ!!!」
「ち…」
喉が…乾く。
……思考が…追いつかない。
何故知っている。なんで…え…?
「そんなお姉ちゃんがぁ…だぁいじな、お兄ちゃんの傍にいるのが許せない。うんうん、わっかるよぉ~ぼかぁ分かる!!」
…こ…この男。
「…待って」
漸く…絞り出した、そんな言葉。
「カッ…ヒッ! ヒヒヒッ!! ッハハハァアア!!! すげぇわ、お前!! 流石、規格外!! さっすがぁぁ化物!!!」
呼吸が…うまくできない…。
椅子から立ち上がり…机に力の限り、手を打ち付ける。
「はぁはぁ言っちゃって…どしたの? 興奮した? でも僕、ノーマルなんですぅ。幼女がハァハァ言っててもねぇ」
「……何で知ってるの」
どうでもいい事は…無視…。
何を言っているかよくわからない…。
「はぁぁ? 何がぁ? あぁ、君のお姉様のことぉ? 君が優秀すぎて、お姉ちゃん逃げ出しちゃった事ぉ? お前が追い出した様なモンだろ? なんで知らねえぇのデスカネ?」
「…違う」
胸のリボンを掴み…力を入れる。
西住流…島田流…お…お母様…。
知らない…島田の私が知らない情報を、何故コイツが知っている…。
「あっっあ~~!! お母様、親しいねぇ…そこは、黙ってて上げたんだぁぁ」
「違う!!」
「違わねぇよぉ!! えぇ!? 天才少女!! お前、化物だろ!!?? 化物だよなぁぁぁ!! んなら、容易に想像つくだろうよ!!」
ば…け…。
「お前が島田の全てを! 可愛そうなお姉ちゃんから奪って!! 追い出してっ!! んでもってお兄ちゃんも取り上げちゃうんだろぉぉ!! すげぇなバケモン!!」
「アレはもう島田は名乗れない! …要は!!」
…。
「お前が、島田!! …ミカを殺したんだろぉ!!!」
……。
「あっるぇ~? どしたの、黙っちゃって身内殺し。あぁそうそう、俺にみたいなのが、なんで知ってるって事だよね? うん、うん。 …んなん、決まってんだろうが」
先程から、喋る度に強く手と、額をぶつけているこの男…。
急に頭を離し…ゆっくりとまた…密着させた。
「俺に依頼した、西住流の野郎が言ってたんだよ」
「…西住…流…」
「捕まってしまった僕ちゃんに? 最後にぃぃ…って、嬉しそうに勝ち誇って言ってたよ? いるよねぇ~あぁいう奴。まぁ、俺がお前に、バラしちゃうとか考えなかったんかねぇ?」
「……」
「ま・ぁ? ここの公務員さん買収してるのも、さすがにもう分かるつくよねぇ? お金持ちだものねぇ??」
……。
「だっからぁ!!
【 尾形 隆史に、近付くなって 】
「…………」
近付くな?
私が?
私が、化物ダカラ?
「そりゃそうだろ化物。一般人からすりゃ、迷惑だろうよぉ? 迷惑この上ないよねぇ!? 当然だよねぇ!!?? 当たり前だよねぇ!!!」
な…ん…
「 害 悪ぅ 」
なんで?
「 邪 魔ぁ 」
ナゼ?
「 見るな 」
ドウシテ?
「 話かけるな、喋り掛けるな、近寄るな、視界に入るな、いれるな 」
ワタシハ……
「 お前は、いらなぁぁ~い 」
西住…流…。
西…住…み……
「ぁ…」
あぁ…
「ぁ…あ…」
あアああああアアア!!!!
「た…隊長…? 隊長っ!!」
邪魔っ!! 害悪っ!!
なんで?
なんでっ!?
ただ、ただっ!! 私はっっ!!!
「止めてください、…ダメですっ!! たいち…えっ…!?」
ゴツゴツと!!
何度も、何度も何度も何度もっ!! 男が額を、仕切りに打ち付ける音が耳から離れない!!
こいつが言っている事なんて、真実じゃない!!
嘘!!
ウソバカリ、ウソっ!!
でも!? なんでっ!? お姉様の事を知っていた!! 知っていた…知っていた。
全部知ってるっ!? 知ってる!!
なんで笑うのっ!? なぜ笑うっ!!
笑うな!
笑わないでっ!!
何がおかしいっ!!!
ナニガッ…!!
「あ~…もういいわ」
…真後ろから声がした。
「愛里寿ちゃん、動かないでね?」
瞬間…風が吹いた…。
パンッ…と乾いた音が響き…。
目の前の男が、視界から消えた。
そして仕切りの板が、小さく細かく振動していた。
「…え」
でもすぐにその男は、また視界に入る。
ただ…先ほどまでと違い、黙り…力なく…一番奥…。
椅子から床に落ち…壁にもたれ落ちていた…。
「…アンタさぁ」
ひどく懐かしと思える声がした。
先程までの、感情を殺した声じゃなくて、厳しい声じゃなくて…。
「 少 し 黙 れ 」
髪を後ろでまとめ…手を上げ…。
聞きなれた声で、いつもの、おば様が後ろに立っていた。
▼▼
「なっ…え…何した…の?」
取り乱した…。
うん、私は取り乱していた。
声を出してくれた事で、横で私の肩に手を添えていてくれたアズミに、今更ながら気が付いてしまった。
私も驚いている…のだろう。
呆然と…先程まで目の前で、嬉しそうに、楽しそうにした歪んだ笑顔の男が…ベッタリと顔を着けていた、その仕切りを眺めるしかなかった。
その奥で、その男が、へたり込んでいる。
あまりの衝撃で、私は我に返った。…変える事が出来た。
できたけど…別のショックが…大きい…。
「もうちょいっと、普通に喋れんかね? 最近の若いのは。というか、人の話を聞きなさいよ」
上げた右手をプラプラとさせながら、私の頭に手を置いた。
「やっぱ、愛里寿ちゃんも、まだまだねぇ~。相手の術中に嵌っちゃって。まぁ…仕方ないか。経験が足りないのねぇ」
前置きと言っておいて、本題ぶっこんでくるとか、良く分からない言葉を次々に言ってくる…。
ぶっこむ…て、なに?
「え…あの…」
「あぁ、アレ?」
親指で、吹き飛んで動かない男を指さした。
「鎧通し…遠く当てとか? まぁ色々名称はあるけど…その応用ね!! この仕切りで振動ついて、倍率ドンッ! 気持ち良いくらいに吹っ飛んだわねぇ」
「いえ…そうではなく…て」
そして…入室する時みたく、やさしく撫でてくれる…。
でも…
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
「あら、取られちゃった」
アズミが、おば様の前から、私を抱きしめる様に胸元に引き寄せた。
その行動が、心配しての行動だとすぐに分かったから…ちょっと嬉しく…ちょっと…く…苦しい。
「あ…貴女…今、何したの…」
「え? 何って、魔法」
「…は?」
「私ぃ。魔法少女なの♪」
「ふっ…ふざけないで! 武術っぽい事今、言ってたじゃない!!」
両手をパッと開きながら、満面の笑みで答えるおば様…。
うん…流石に落差がすごい…別人見たい。
「…なに、この人…雰囲気がさっきと全然違う…」
おば様。
尾形 弥生。
お仕事する時は比較的に真面目になるってお母様が言っていた。
その真面目…が、常に怒っているような雰囲気だったから、この何時もの彼女を見ると…なんだろう。
この…ものすごい安心感は…。
「いくら囚人とはいっても…殴って怪我させて…どんな事になると思ってるの? …これが、隊長にどれだけ迷惑を掛けると…っ!!」
「殴ってないわよぉ? 怪我もしてない。魔法よ、魔法」
「このっ…」
両手をまたヒラヒラさせて、軽く言い放った…。
呆然と見上げる私に、笑顔を向けてくれるおば様。
「…この部屋はまず、監視されていない」
「…は?」
「録音すられていない…とか? アレが言ってたでしょ? それに…どうやら面会記録すらつけられてないみたいだしねぇ」
「あの男が、嘘を…あ、いえ…」
「そうそう。アレの会話の内容聞けば、それが真実って分かるわよね? それに…どうやら買収されてる警官…まだいそうでしょ? たった一人でそこ迄は、できないわよ」
「……」
「あら、不思議。仕切りの向こうで、囚人が勝手に吹き飛んだ。私は、アレに触れてもいない」
「……」
「ね? 魔法でしょ?」
…も…ものすごい理屈を…いや、理屈ですらない。とんでもない事を、平気で言っている。
だからと言って、これが問題行動にならない訳じゃない…おば様…どうするつもり…。
ドンッ…と、また大きな音がした。
「がぶっ…ぱっ…ぁぁあ!!!」
「ひっ…!」
血走った目と…顔を真っ赤に染めてながら、また仕切りに顔を密着させている男がいた。
お…思わず変な声がでちゃった…。
うまく喋れないのか…それでも、どこかギラギラとした目をおば様に向けている…。
その姿を見て、アズミも少し腰が引けてしまったようだ。。
それでもおば様は、そんな男に目もくれないで、アズミに抱きしめられている私をずっと見ている。
「ごめんね、愛里寿ちゃん。もうちょっと、早く止めてやろうかとも思ったんだけど…」
男を親指で指差し…世間話をするかの様に話しかけてくる。
「えっとね? ミカちゃんの事。ありゃ、天性の風来坊だからねぇ…。逃げたってのは間違いないけど…ただ単に、家元業が嫌なだけよ」
「…え」
「ちなみに、ミカちゃん勘当されてないわよ?」
「はっ!?」
「表向き、世間体的によね? いや…まぁ、家元継ぐのが嫌で、妹に押し付けたとか? 普通に言えないわよね…だから、千代と愛里寿ちゃんから逃げ回ってるのよ? まぁ、私はあの子嫌いじゃないけど!!」
じょ…情報量…というか、新事実をここで聞くとは思わなかった…。
「あ、ちなみにコレ。隆史も知ってるわよ? というか、一昨日言った。まぁた、アレの変な部分に、火が付いたっぽいから覚悟しててね?」
「 」
「…よし、目の色戻ったわね…。んじゃ次」
し…思考が…気持ちが追い付かない…。
次々と飛び出す、知らぬ情報…というか、真実…。
今までお姉様の事を聞いても、お母様がはぐらかしてきたのって…え?
「えっと…アズミさん? だったかしらね?」
「…はっ!! なっ…何よ」
横で騒いでいる男を無視して、普通に話すおば様…。
文字通り、一撃でこの部屋の流れを掌握した彼女に対して、ものすごい警戒心を出しているアズミ。
「貴女が心配する事も分かる。コレ、確かに直接ぶん殴ったら、問題よね? でも、これは魔法よ? …魔法」
「……」
「あら、また仕切りにへばり付いているわねぇ~…どうする?」
「…も」
「も? 何?」
どうする。…その一言が妙に冷たく…、一瞬先ほどのおば様と重なった。
そんな雰囲気に戻ったおば様に対して…アズミが少し考え…。
「 もう一発、お願いします!!! 」
「あら、そ?」
…え?
………。
今度は大きな音がして…また男が吹き飛んだ。
えっと…お兄ちゃん。
助けて、お兄ちゃん。
世の中良く分からない…。
物理法則ってなんだっけ…仕切りを無視して、大の男性が簡単に体ごと吹き飛ぶものなの?
「よしっ!!」
アズミがガッツポーズを取った…。
「あっ! よし! …じゃないっ!!」
…お兄ちゃん。
今日は…混乱する事ばかり…。
今の会話の流れで…どう…何故それに繋がるのか…えっと…。
アズミ…さっき、反対してたような…。
「ね? 私、魔法少女♪」
訳が分からない…。
なんで、ウインクしたの? なんで、ポーズ取ったの?
支離滅裂。
また…その言葉を思い出した…。
「愛里寿ちゃん」
「…え、あ…うん?」
「化物呼ばわりを気にしない…なんて事、無理でしょ?」
「……」
「それも何年も何年も、気にしてたのに、すぐに消化なんてできやしないわよ。隆史が言っていた事なんて、お薬程度に考えて起きなさい」
「み…見ていた様に言う…」
「いやいやっ! どうせ、愛里寿ちゃん口説いただけでしょ? 何となく分かるわよぉ!! 何年母親やってると思ってんの!?」
カラカラと笑うおば様…。
アズミが、一瞬驚いた顔をしていたけど…それでも、この人の言う事は…変に安心できる。
「ゆっくり…消化していけばいいの。…言われて傷ついたら、怒ればいい。怒るってのも、大事な事よ?」
「…うん」
「ただし、自分は保ちながらね。…我慢できなかったら、ぶん殴ってやんなさい。自衛の為の暴力は正義よ?」
「…う…ん??」
「なんなら、今の教えたげましょうか? アレを眉間にでも、ぶち込んでやれば、二度と喋れなくなるわよ!?」
「え…喋れなく…?」
「隊長に変な事、教えないで!!」
…。
…あれ?
さっきまでの…ゴチャゴチャになってた感情が…いつの間にか治ってる…。
ずっと笑っているおば様が、今度は髪をかき混ぜる様に…撫でてくれる。
こんな時でも、冗談を言ってくれる…。
「あ、どうせなら私ん所に入門する!? だぁじょうぶ! 護身だから、西住流とは関係ないからっ!!」
「あの…えっと…」
「前から思ってたのよぉ! でもねぇ…千代が、すっごい反対してきやがってね!? 個人的になら問題ないわよね!?」
…あ。コレ、冗談じゃない…。
目が本気だ…。
ちょっと、怖い…。
「…と、いけない」
おば様の顔がすぐに引き締まった。
そして…。
「そうそう…我存ぜぬって、他人事みたいな顔してる、そこの警官」
顔…というが、実際は、机に背を丸めて座っているお巡りさん。
おば様の一言に、肩が大きく跳ねた。
「応援、呼ばなくていいの?」
「……」
目の前の、とんでもない出来事ですら、振り向きもしないで固まっていたお巡りさんが…こちらに初めて顔を向けた。
顔は青冷め、脂汗…だろうか? 額がテカテカと光っている。
その下で、苦しいのか…楽しいのか…。笑い声の様な息を吐き続けている男。
「早く呼んだら? でも、貴方。…どう言い訳するのかしらねぇ?」
「っっ!?」
「監視機能の故意での停止。面談記録の隠蔽。…賄賂の受託。さて…これが明るみにでたら、面白い事になりそうねぇ~?」
目に見えて狼狽えるお巡りさん。
下に座り込む男とおば様を、交互に視線を往復させている。
あ…。
「…は…はは…。そっかぁ…オマエ、尾形 隆史の…」
「あら、思ったより根性あるのね。意識飛ばしたつもりだったけど?」
ゆっくりと顔を上げて、こちらに男が視線を向けてきた。
苦しそうな顔…ではなく…楽しそうに…心底楽しそうな顔…。
「訴え…ませんよぉ?? これはぁ…僕が、顔を壁に押し付けて勝手に怪我しただけですぅぅ」
「…なんのつもり?」
「だって、つまんねぇ…つまんねぇよねぇ?」
「…」
ペチペチと…床に手を叩きながら、小さく声を上げている。
「これからが、面白くなりそうなのにぉぉああ!! こんなんでリタイアは、ねぇヨなぁ!?」
顔を拭い…大きく叫ぶ。
そして…その男をおば様は、無視して…私に対して体を向けた。
スッ…とすぐにしゃがみ、目線を合わせてくれた。
「さて、愛里寿ちゃん。どうする? 私が変わろうか?」
「……」
「ある意味でこの面談は、愛里寿ちゃんのトラウマ回復を目指した荒療治だったんだけど…まぁ、だからこそ千代も黙認したんだけどねぇ~…でも、もう無理? 止める?」
「…なんで、今更…部屋に入る時と、ちょっと言ってる事が違う…」
「私は、貴女の意思を尊重しているだけっよ~?」
おば様…意地が悪い…。
…。
……。
うん…逃げない。
「いい…私が最後まで話す」
「…そ?」
ただ単純なショック…物理的インパクト。ここまでありがたく感じたのは事は初めて。
別方向に向いていた意識が、ゆっくりと戻ってきているのを感じる…。
トラウマ回復と、おば様は仰った。
…トラウマ…やっぱり、どこかで…この男が私は怖かった。
…認める。
私は大丈夫じゃない。
喉は乾くし、顔も熱い。
心臓の鼓動も早くなっているし…手の指先まで震えている。
何をどう言っても、この男からシンプルな悪意を向けられる。
それは私に対してというだけじゃないのが、怖かった。
この人は、私なんて本当はどうでもいい。利用する為。通過点。触媒。
本当の目的の為に、他人を傷つける事を厭わない。迷わない…そして、それを楽しめる最低の男。
娯楽…ただの娯楽。
だから…負けない。
負けてやらない。
もう、取り乱さない。
そんな私を見て…おば様が…。
「なら…頑張りなさい」
また…やさしく頭を撫でてくれた。
先程もそう…昔から、背中を押してくれる。促してくれる。
特別扱いしないで、私をちゃんと正面から…後ろから見守ってくれている。
だから…安心できるんだ。
…。
お兄ちゃんに対しては、崖とか…ヘリコプターから背中を蹴飛ばして、強引に押している様に見えるけど…。
お…おば様もまた、お兄ちゃんと同じように…私の知っている人達の中で…数少ない心を許せる人。
だから…。
…頑張る。
焦らない…急がない。
ゆっくりと考えて、…アレと対峙しよう。
そう…コレだけあれば十分。
「30秒ください」
閲覧ありがとうございました