転生者は平穏を望む   作:白山葵

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一方その頃…。


第27話 面会 ~前編~

 カツン、カツン…と、無機質な廊下に響く足音。

 白く、灰色の廊下。薄い緑…ともいうのだろうか? 人に寄っては感じ方が違いでる特有の通路。

 

 まったく…珍しくヒールなんて履かせられたものだから、歩き辛くて仕方がない。

 いつものとは違うスーツ…というのも、また動き辛い。確かに服を用意してもらえたのはありがたいが、いつもの恰好で構わないと思うのだけれど?

 まぁ…色々と彼女は彼女で、面子というか、色々と柵があるだろうしね。黙って言われる通りに従った。

 

 …その彼女には、借りがある。

 ならばと、この頼み事…にも、二つ返事で了承した。まぁ私にもメリットはあったしね。

 

 そしてもう一人…。

 

 同じくして同じ様な頼み事をしてきた。

 すでに、その頼み事通りの事を、仕事として受けていたが…たまには? と、意地悪ついでに条件だして、引き受けてやった。

 まぁ…真面目に言ってきたから、真面目に聞いて…最後に冗談交じりに言ってやったから多少、アレも気が楽になったでしょうよ。

 

 前を先行している、歩く少女に目を落とす。

 

 本来ならば、遊びにでも行くつもりだったのかしらね。

 大学の制服ではなく、ゴリッゴリの…母親の趣味を全面に押し出した、黒いスカートが可愛いワンピース。

 同じく黒いリボンで、長い髪を左右でまとめた姿は、年相応に…いや…ちょっと幼く見える。

 歩く度に、まとめられた髪が、ぴょこぴょこ動く姿が非常に…いや、異常に可愛い。

 

 …。

 

 はぁ…。

 

 しみじみと…思いますわ…。こういう女の子が、欲しかったと…。

 

 歳も歳だから今更、子供なんてねぇ…。

 

 …。

 

 時々、私の顔を不安げに横眼で見てくる姿がまた…あぁぁ…。

 

 この娘、私にくれないかしら…。

 

「こちらです」

 

 更にその先を歩く警官の足が止まった。

 これまた、無機質な扉。その前でこちらを振り向き、ドアノブを掴むとそのまま開いた。

 どうぞ、お入りくださいってね…。

 

 某日、某場所、某時刻。

 

 あの男が収容されている場所。

 

「…はい」

 

 その少女が口を小さく開き、周りと同じく無機質な返事を警官に返す。

 

 …。

 

 頼まれた仕事…それがこのお嬢様の付き添い。

 殆ど護衛見たいなモノだけれど…ね。

 

 開かれた扉の中は、廊下と同じくして、無機質な飾りっ気のない狭い部屋。

 本当は倍の広さの部屋だろうに、その部屋の中央に透明な壁で引かれている仕切りが見える。

 目の前のお嬢様が、返事を警官にへと返しても、動かず…そんな部屋に入る事を躊躇している様だった。

 そりゃそうよね。普段普通に生活している善良な市民様だったら、こんな場所になんか、普通縁がない。

 飛び級して大学生といっても、まだ14歳の女の子。そんな子供がこんな場所に、足を踏み入れているのだ…仕方ない。

 

「隊長…」

 

 もう一人。

 

 心配そうに、少女の肩に手を置いた女性。

 3人いた彼女の知り合い。彼女達も少女に同行しようとしたが、面会できる人間は3人まで。

 私は確定しているので、彼女達の中から一人だけ同行を許した。…まぁ、この…アズミさん? だったからしらね。

 会話の中…他の二人と比べたら、比較的に冷静に対処できるだろうと思ったのだけれど…この娘に対しては、酷く過保護ねぇ…。

 

「……」

 

 一瞬…私の顔を見ようとでもしたのだろう。少女の髪が動いた。

 どんな言葉をかけて欲しいのか…。すがる様な目を私に向けてきた。

 

 

「私はただの付き添いです。ですから、貴女の指示に従います」

 

 

 その目を冷たく、突き放す。

 私に意見を求めるな…と、意味を込めた言葉。

 

 すると私の言葉に、小さい肩を小さく跳ねさせた。

 その少女の姿を見て、アズミさんが私に対して顔を向け、そんな言い方はあるかと…睨みつけてきた。

 あぁ…しくじったわ。この子を選ぶんじゃなかったわ。というか、残りの二人もこんな感じになりそうよねぇ…。

 

 まったく…。

 

「会いますか? 止めますか?」

 

「……」

 

 急かす様な言葉に、アズミさんの私を睨む目が強まった。

 まぁ、気にもならないけど。

 

「…親の…島田流家元の反対。どの様な会話をしたか存じませんが…それを押し切り、決めたのは貴女です」

 

「……」

 

「貴女が決め、人を巻き込み…大人の世界に足を踏み入れたのです。…これは貴女の責任」

 

「……」

 

 そう、責任。そしてもう一度言おうかね。

 

 彼女はまだ、14歳の女の子。

 

 飛び級していようが、大学生だからだろうが…彼女はまだ子供。

 後に聞いた話だが、複数いた犯人達の一人を確保したのは彼女だというではないか。

 なまじ、その成功があるから、こんな場所にまで来た…来れてしまった。

 天才だからこその判断力。そして行動力を持ち合わせている。故に…危ない。

 

 …危なすぎる。

 

 そして、この子の親は甘すぎる。

 戦車道に関しては厳しいかもしれんが、はっきり言ってバカが着くほどに甘い。

 というか、子供に押し切られてんじゃないわよ。

 まぁ…他所様からの言葉の方が、良いという事も知っている…から、今回私にこの仕事が回ってきたのだろう。

 それとは関係なく…私は私なりに彼女が心配だったからね…。

 

「今更、私に…大人に、意見を求めようとしないで頂きたい」

 

「…っ」

 

 …だから。

 

「貴女の我儘に、()()()()()を、巻き込んでいるのですから」

 

「…周り…の…」

 

「ですから最後まで自分で決め、自身の責任を果たしなさい」

 

「……」

 

 主犯に会う、会わない。たったそれだけの事だが…恐れ、目前でその選択を、私に求めようとした。

 尻込みするのも分かるけど、敢えて冷たく突き放す。

 頭の良い彼女だ…すぐに私が、何を言いたいか分かるだろう。

 

 私をまっすぐ見上げ…次にアズミさんを見上げる。

 

 ただ黙って、周りを見渡す。

 

「…貴女っ!」

 

「アズミ」

 

 そんな私に対して、即座に噛みつこうとしてきた彼女を制し、まっすぐ顔を上げた。

 そしてすぐに、それでも強く口にした。

 

「会う」

 

 …怖かったのだろう。

 

 全国戦車道大会での録音を、彼女と合流する前に聞かせてもらった。

 彼女からすれば、アレは出会った事がなかった人種。

 汚い大人は、彼女は見て来ている。打算的な大人。欲望、野心。何にせよ…天才少女であるこの娘を利用しようとする輩なんて、いくらでも見て来ただろう。

 しかし…利害も何もない。ただ、人を傷つける為だけに動く人間に初めて出会ったのだろう。

 大人なら、あの会話の録音を聞いたらば、この少女とアレが会うのを反対するのは当然。

 しかし、彼女はそれを押し切り、アレの指名を…面会を受け…ここにいる。

 

「そうですか」

 

「…うん」

 

 彼女が初め、何をどう思い、この面会に踏み切ったかは分からない。

 正直私も、彼女が面会をする事には反対だった。しかし、この入口で躊躇した彼女に安心した。

 

 …それは、恐怖が見えたから。

 

 彼女がただ、一つの目的の為だけに、周りすら気にしない様になっていたらと…彼女が手段を択ばなくなってしまうのが、一番の怖い。それが不安で仕方がなかった。

 アレが捕まっていたとしても、彼女なら…と。

 本当に躊躇せず、もう一人の犯人を捕まえた時の、彼女のままだとしたら…。そんな彼女がアレとの面会で、本当に変わってしまったら…と。

 彼女の意思を尊重し、ここまでは来たが…最悪、力ずくで面会を中断させ様とも思っていたのだけれど…この様子ならば大丈夫だろう。

 

 目の前の事だけでなく、私達を見て、決めたというのなら…大丈夫。

 自分の行動で、多少なりとも人に影響すると、認識してもらえたのなら…。

 

 島田 愛里寿は、周りに意識を向けられた。

 

 ならば後は、私の方。

 

「なら…頑張りなさい」

 

 やさしく手で髪を滑らせると、少し…笑った。

 

 さて、それでも相手が相手。

 少しでも危ういと判断したら、即座に止めましょ。

 

 あぁ後、アズミさん。

 いい加減、鬱陶しいから睨みつけるの止めて欲しいのですが?

 ま、いいけど。

 

 

 あの決勝戦会場…今はもう戻っているとは言え…あの時は、周りすべてを敵だと思い込み始めていた、この娘。

 そんな不安定な状態で、携帯電話と通して話した…あの相手。

 

 

 さて、この荒療治…どうなるか…。

 

 

 …さ、お仕事しましょ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 狭い面会室。

 

 そこへ通されてから、どのくらい時間が経ったか…。

 アクリル板の仕切り。その前に用意されたパイプ椅子に座る隊長。…ただ静かに目を伏せている。

 

 そして…家元の要請か何か知らないけど…なに、この女性。

 

 家元と同じ位の年齢だろうけど、その恰好。

 スーツ姿で、髪を肩まで降ろしているその恰好が、妙にラフな格好に見える。

 特段、変な格好ではないのだけど…妙に胡散臭く感じる…というか、なんでサングラスなんて掛けてんのよ。

 隊長の後ろの壁。腕を組み、そこへもたれ掛かっているその女性が、この現場にいる事を楽しんでいる様に感じ、どうにも気にくわない。

 

 なんでこんな人が…。

 

 隊長の気持ちも知らないで、冷たく言い放った言葉。

 私達も詳細までは聞いていないけど、隊長の変わりようで大変な目にあった事は分かる。

 その隊長に対して、逃げ道を塞ぐ様な事をよくも…。

 

 何が頑張りなさい…よ。

 

 これが終わったら、家元に直々に報告…抗議してやる。

 

「…来た」

 

 その女性が口を開いたのと同時に、仕切りの反対側のドアが開いた音がした。

 隊長と私が、その方向へと顔を向けると…。

 

「……」

 

 妙に大人しい男。

 まぁ捕まっているのだから、当然だろうけど…。

 付き添いで来た警察官の方が、男を椅子に座らせると、そのまま部屋の脇にある椅子にへと座った。

 気のせい…? 何かすごく目が泳いでいる様に見えたのは、何故だろう。

 

 まぁいい。問題はこの男。

 

 隊長に面会の指名をしてきたという。

 

 囚人服…とでもいうのか、シンプルな服装。

 

 聞いていた話だと…歳は20代。少し俯いている為に、頭が見える。

 

 白髪…。

 

 黒い髪が一本もなく、染めていると思える程に、真っ白。

 

 ゆっくりと頭を上げると…見えたその…痩せこけた顔が見えた。

 頬骨がうっすらと浮かんでいる。

 細い目は虚ろで…どこを見ているか分からない。

 

 先ほどから一言も喋らないこの囚人は、どこか爬虫類を印象付ける。

 

 隊長に何の用か知らないけど…こんなのと、会話ができるのだろうか?

 

「…隊長?」

 

 隊長は顔を上げ、その囚人をまっすぐと見ている。

 睨みつける訳でもなく、普通に…。ただ、少し視線を落とすと…手が軽く震えている様に見えた…。

 

「…ご希望通りに来た。なんの用?」

 

 先に口を開いたのは隊長。

 

「……」

 

 男は顔を上げ、寝ぼけた様な…そんな顔で、コキッ…と、首を鳴らした。

 ただ…口は開かない。

 半開きな口のまま、目玉だけをグルグルと回しているだけ。

 

 …気持ち悪い。

 

 ただシンプルに、そんな嫌悪感を抱いた。

 

「……」

 

「………」

 

 そんな男に対して、隊長は動かず…男の発言を待っている。

 

 この男…喋る気があるの? ただ隊長を舐める様に見ているだけじゃないの。

 私はあくまで付き添い…同行してきただけ。私に発言権はないのでしょうが…言いたい。

 隊長に帰りましょうと、言いたい…。

 

 数分…。時計の針がただ鳴る音だけが響く。

 

 …。

 

 ……。

 

 そして、漸く男が口を開いた。

 

 

「…まぁ…いいやぁ…」

 

「え?」

 

 口を開いた瞬間、興味なさそうにギョロギョロと動かしていた眼球を、隊長に向け…止めた。

 

「ママと来ると思っていたんですけどぉ~…いやぁ? 敢えてこの場合…都合がいいかなぁ~?」

 

 ぶつぶつと一人言。

 

 絞りだした様な声。

 しかし、妙に甲高い声が不快ね…。

 ただ…喋りだした瞬間。先ほどまでと違い動く。大きく顔が…動く。

 

 ニタァ…と口を大きく歪ませたまま。

 

「やぁ~! 初めましてぇ、天才少女。覚えてますぅ? お電話のお相手ですよぉ?」

 

「……っ」

 

「後ろの方は、護衛の方ですかねぇ~? でも、大丈夫ですよぉ? ほらぁ~僕ぅ、ここから出られませんからぁ~~?」

 

「………」

 

「安心してくだちゃいねぇ~」

 

 小馬鹿にする様に、両腕を広げた。

 先ほど、入室してきた時と、同じ人間とは思えないほど、大きな声で叫ぶように…。

 そんな囚人に対して、後ろの警官は動か……はぁ!?

 

「…ぁあ、そこのビッチ」

 

 ビッ!!??

 

 私の目線で気が付いたのか…ゴキゴキと首を鳴らしながら、とんでもない事を言い放った。

 目線の先…。その警官の耳にはイヤホン。こちらの会話を聞く気がない。それどころか、これは…。

 

「そこのお巡りさん。買収されてんだよねぇ~~まぁ、したのは俺じゃないですけどぉ~~」

 

「なっ…」

 

「まっっあっ!? チクっても良いよぉ? 俺には痛くも痒くもないですからぁ~~でもねぇ? 警官買収できる奴ってのが、相手ってのはぁ~~覚えておいてねぇ?」

 

「……」

 

「えっとぉ、監視カメラも、会話録音もぉ~機能してないから、よろしくどーぞぉ」

 

 い…いきなり…これ? 隊長が相手にするの…って、誰を…え?

 軽く言っているけど、どういう事…?

 

「だぁぁか~ら~ですねぇ? ……お前は口開くな。黙ってダッチワイフにでもなって転がってろ、糞ビッチ」

 

「…こ…の…」

 

「あぁ! 部外者様は風船の置物にでもなってろっ!! って、事ですからねぇ~~?」

 

 ヘラヘラと…さっきから…隊長の耳に入れたくない単語を…それに…。

 

「もういい。で、何の用?」

 

 思わず立ち上がってしまいそうになったのを、隊長が止めた…止められてしまった。

 

「おや、天才少女」

 

「…何度も言わせないで。要件を早く言って」

 

「つれないねぇ~~。まぁ、いいですけっどぉ。要件ね、要件。お手紙に記載してあったと思いますがぁ?」

 

「謝罪したい? そんな気、全くない癖に」

 

「本当にですよぉ? 嘘ついてごめんねぇってね。それにぃ、外に宛ててのお手紙って、全部読まれちゃうからねぇ? 僕、嘘書けないの」

 

「……」

 

「ですから誠心誠意、嘘偽りない言葉です。ですから…謝罪の意味を込めて、一つ…良い事を教えて差し上げようと思った次第でございます」

 

「…良い事?」

 

 この男…先ほどから、口調が一切安定しない。

 ふざけて話したり、乱暴な口調になったり…急に真面目に話したり…。

 …人に対して、ここまでの嫌悪感を感じた事なんてない。

 

「あぁ、えっとぉ…あ~…。いっぱいお喋りしてぇ~…なんかもう、面倒くさくなった…」

 

「…は?」

 

「あぁーあー。いいよいいよ。駆け引きなし。本題を言おうか?」

 

 手の平をヒラヒラと…振り、そんな事を宣く。そして…。

 

「尾形 隆史」

 

「…っ!?」

 

「西住 まほ」

 

「……」

 

「西住 みほ」

 

 一人一人…人物の名前を急に呼び出した。西住姉妹は有名…大学に上がった私達の耳にも入ってくる程に…。後は、あの男の子の名前。

 その名前を出し始めた男に対して、隊長が黙ってしまった。

 それが、こいつの言う「良い事」…に、繋がると容易に想像できるから…。

 

「よかったねぇ~…あの姉妹が襲われた…というか、俺が襲ったんですけどね? その事ですガァ。知ってる? 知ってるよねぇ? だぁい好きなお兄ちゃんの事ですからねぇ?」

 

「…それがなに?」

 

「その真相ってのを、教えてあっげるぅ! 当時とっ捕まった時にもゲロしなかった、貴重な体験談ですよぉ?」

 

「真相?」

 

 ここまで冷たい隊長の声は…初めて聞いた。

 隊長は返事で肯定し、早く次を話せと催促をする。

 

「アレっさぁ…実はぁぁ………頼まれてした事なんですぅぅ」

 

「…は…? 頼ま…れた?」

 

「そうそう。お金貰ってお願いされちゃったのぉ。当時捕まった時、言わなかったけどぉ」

 

「……そう。それが? それはもう過去の事。そんな真相…私にはどうでもいい」

 

 だるそうに話す男。

 

 隊長の言葉を聞くと…また…笑った。

 

 そして…。

 

 

「依頼元が、西住流だけど?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 …嫌で嫌で仕方がない感情が、胸の奥で膨らみ…どうしようもなくなっていた私。

 

 決勝戦会場で、お兄ちゃんに言われ、一か所に集めだ女性達。

 

 邪魔だった。

 

 邪魔で邪魔で邪魔で…どうしようもなく…憎い。

 

 不思議と…その理由が、思い浮かばない。

 

 でも邪魔だった。憎かった。邪魔だった。憎かった。

 

 でも理由なんてない。ただ…嫌悪感だけしか感じない。

 

 正直、喋るだけでも嫌だった。

 お兄ちゃんの性格上、彼女達に対して行う事には納得がいく。

 でも、納得ができなかった。

 自分でも肯定否定が曖昧に…意味が分からない。

 口を開くと、そんな彼女達に対して、何を言ってしまうか分からなかった…だから、必要最低限の事以外は喋らなかった。

 

 その時…誰かが言った。

 

 私を、天才少女だと。

 

 …嫌になるほど聞いた言葉。

 そして、その呼ばれ方が2度目だと。気が付き…その時点でこの感情に納得がいった。

 あぁ…この人達も今までの人間と変わらないのか…と。

 そんな事、今まで何度も感じ、何度も思った感想。…何度も呼ばれてきたのに、なんで今更気にしたのか。

 

 そして…あの電話。

 

 お兄ちゃんと同じ事を、別の意味で言われた、あの言葉。

 嫌悪感しか感じないあの言葉。

 

 同じ言葉で、同じ様に…違う意味を私を突き刺した。

 

 

 〈 化物 〉

 

 

 真っ黒い感情が、私を押し潰しす。

 真っ黒い思考が、私を突き動かす。

 

 何が天才少女だ。

 

 何が化物だ。

 

 オマエ達は、他の大人と変わらない。

 

 オマエ達は、他の奴らと変わらない。

 

 オマエ達が、お兄ちゃんの名前を呼ぶな。

 

 オマエ達が、声にするな。出すな。見るな。

 

 周りと私は違う。

 

 そんな事は分かっている。

 

 私は他の人達が、できない事ができる。

 

 同世代の人達が、できない事がやれる。

 

 でも私は、そんな事で周りを見下したり…馬鹿にしたりする事なんて、今までなかった。

 

 する必要もなかった。

 

 …だってそれが、普通の事だったから。

 

 ごく自然な事。

 知っていたから。

 それが普通だと教えてくれたから。

 お兄ちゃんが、教えてくれたから。

 …私よりできない人は、私よりできる事があるかもしれない。

 私が感じ取れなかった事を、他の人は感じ…それを形にできるかもしれない。

 私は子供。…飛び級や、天才少女と言われたと…大人の世界を垣間見ていたとしても……子供。

 同然な事…それを私は理解していた。

 

 理解していたはずなのに…。

 

 

 …この時私は…初めて人を見下した。

 

 

 中継映像に映るあの女!

 

 集められているオマエ達!

 

 オマエ達が一体何をした!? 何ができる!?

 

 お兄ちゃんの邪魔になっているだけじゃないか!!

 

 何も知らないなら、黙っていろ。

 

 何もできないなら、邪魔をするな。

 

 我慢できない。

 

 そんな有象無象…今までの人間と同じ様な奴らが、お兄ちゃんに近づくのが…守られてるのが…。

 

 …。

 

 ……。

 

 分かっている。

 

 肯定と否定。

 

 否定と肯定。

 

 幾度も繰り返す思考の中で、彼女達が…お兄ちゃんが選んだ人達なのだと…。

 

 だから嫌。

 

 絶対に嫌。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃなって…訳が分からない。

 

 

 …呼ぶな。

 

 

 私を天才少女と呼ぶな。

 

 私を異物と見るな。

 

 私は私のできる事を、ただお兄ちゃんの為にしていただけ。

 

 できる事しか、私はできない。

 

 オマエ達だって、やれる事はするはずだ。

 

 貴女達だって…彼の為に…何かできるはず…。

 

 だから呼ぶな…。

 

 私を化物と…呼ぶな…。

 

 やれる事をやってるのに…それだけなのに…。

 

 そんな目で見ないで…。

 

 違う。

 

 嫌だ。

 

 やだ…。

 

 何も…変わらない…。

 

 

 

 

 …。

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

「…チーズ臭い。離れて…」

 

「酷いっ!?」

 

 個性…。

 

 当たり前で、簡単な言葉。

 

 ただ言われるだけ…ではなく、誰に言われるか…それもあるんだろう。

 

 ぐっちゃぐちゃに混ざり合い、何が何だか分からない感情が、一瞬で晴れてしまった。

 嫉妬…も、もちろんあるのだけど…それでも、なんだったのだろう、あの感情は。

 

 化物でも良い…そう思って、そう考えていたのに…。

 

 だから、私は私のできる事…驚かれたって、怖がられたって構わない。

 お兄ちゃんの為に…って、頑張ってきたのに…なんでそれを後悔したのだろう…。

 

 お兄ちゃんがテント前から去った後、集められたお兄ちゃんの知り合い。

 

 …そう、知り合いの方々にもみくちゃにされた。

 

 ケイさん…には、特に…。なんでだろう…? ずっと抱きしめられてしまっていた。

 私…ぬいぐるみじゃない。

 

 アンチョビさん…には、やたらと頬ずりされたから、正直…嫌だった。される事は嫌ではなかったけど…兎に角、チーズ臭がヤダ。

 あ、チーズ臭って言い方は、本気の涙目でやめてくれと言われたから訂正。…臭い。…で。

 

 カチューシャさん…は、何故か初めおびえた目で見られたけど…しばらく話したら治ってくれた。ノンナさんへの肩車要請がスムーズ。

 

 ノンナさん。…。……。なるほど。これが化物と呼ばれた由来だろう。影の大きさが凄い。

 

 ダーさん。やたらと格言とか、ことわざとか言って来たけど…全部知ってると、言い終わる前に言ってみたら顔をちょっと引きつらせていた。

 …何故か気分が晴れた。

 

 オレンジペコさん。 …何故だろう…魂の共鳴を感じる…。

 

 巻き髪さん…は、気が付いたらいなくなってた。…どうしたんだろう。

 

 あ…あと、もう一人…は。

 

 ……。

 

 そこでずっと、正座してカスタネットでも叩いてたらいい。

 逃げたら、お兄ちゃんに即報告。

 母…お母様には、黙っていてあげる。…武士の情け。

 

 …。

 

 楽しかった。

 

 戦車道抜きで…人と話すのが、ここまで楽しかったの…初めて。

 すぐに分かった。簡単な事…。

 私が意固地になっていた。ただそれだけ。

 

 天才少女? …化物?

 

 周りから言われ、それを意識し…一番特別扱いしていたのは、私…。私自身。

 

 …大丈夫。

 

 お兄ちゃん抜きで、考えてみれば良かった。

 

 だから、大丈夫…。

 

 彼女だって…西住 みほさんにだって大丈夫…。

 

 会ってみればいい…。

 

 話してみればいい…。

 

 心の底から思う…。今度こそ思う。

 

 ばけもの。

 

 私は化物。

 

 お兄ちゃんのモンスター。

 

 それだけ。

 

 …他の人なんてどうでもいい。

 

 こればかりは譲らない。

 

 …こればかりは…私以外に…なれる人はいない。

 

 

 …。

 

 

 ……。

 

 あの男と会うと決めた時に覚悟はできた。

 

 私は揺るがない。

 

 付き添いに来てくれた二人の為にも、私は冷静でいられる。

 

 私だけの問題じゃ…ないもの。

 

 だから…。

 

 だ…から。

 

 大丈…夫……。

 

 

 

「あっるぇ~!? どうしたのぉ? 大丈夫ぅ?」

 

 

 

 …。

 

 ……だい…。

 

「…そ」

 

 喉元から声を絞り出す。

 違う…普通に出す。

 

「そ?」

 

「それがどうしたの」

 

「いやいやいやいやいやぁぁ…。いいよぉ? べっつにぃ、気にならないなら、ならないでぇ?」

 

 …。

 

 ……。

 

「天才少女だものぉ。すぐに色々と、推測してるでしょぉ? 多分、それで合ってる合ってるぅ」

 

 すいそ…く。

 

「あの家元様の糞ババァがぁ、アレにご執心なの分かってるよねぇ?」

 

 この男の言葉が…パズルのピースになる…。

 嫌な推測しか浮かばない…。

 

 コレが嘘だと、簡単に判別できるのに、なぜか…耳に残る…。

 

「すっごいよねぇ、自分の娘使ってまでぇ…欲しい物かね? あんなの」

 

「…あんなの?」

 

「あぁ、あんなの呼ばわり、ごめんねぇ? それでもねぇ? 実際問題どうよ。俺に大金渡してまでする事かねぇ?」

 

 切り替える…。

 

 気持ちを切り替える…。

 

 冷静に…あの時の様に…。

 

「…それはない。あり得ない。嘘を吐かないで」

 

「ありえない? うそ?」

 

「そう…。事件の事は聞いた。調べた。推測もできた。幼児に対して、そこまでするメリットもない」

 

「おにいちゃん欲しかっただけじゃね?」

 

「…まだ、子供。そこまでする程に、おに…彼に、価値は無い」

 

「あらあらあら、大事なお兄ちゃんの事ぉ、価値がないとか言っちゃったねぇ?」

 

 …安い挑発。

 

「事実は事実。…特別扱いする理由はない」

 

「いやいやぁ、なんか忘れてね?」

 

 アクリル製の仕切りに…顔をべったりとつけて…バンバンと音を出しながら、喋る為に叩いてくる。

 先ほどから、この囚人の話す事は、断片的。それを私を呼び出しておいて、態々言う意味もない。

 

 …まだ、私には関係のない話。

 

「島田の血が欲しかったんじゃねぇのぉ?」

 

「…」

 

 血…? なんでコイツが、そんな事を…。

 

「あぁ~戦車…道? とやらに関してぇ、あの真っ黒ばんばぁ、容赦ないみたいじゃん?」

 

 …。

 

「計画的だよねぇ。自分の娘には軽傷…あのお兄ちゃんには…まぁ、大怪我させちゃったのは、誤算だったろうねぇ? 僕の頭に血が上っちゃったってだけぇ」

 

 ……。

 

 ゴドンッ…と。

 

 机に体を乗り上げ、仕切りにへと額を強く打ち付けてきた。

 目を見開き…眼球すら壁に接触させている様に…。

 

「薄々、感づいているんじゃなぁ~ぁい?」

 

「人工製のきずなぁ? あの姉妹、どっちかとくっつきゃ良いとか思ってるんじゃね?」

 

「よく知らねぇけどぉ…どっちみち、決められてた見たいだねぇ。ひっどいねぇ~。人の人生なんだと思ってんだろうねぇ?」

 

「戦車道って、そんなに大切? 人様の人生ぶっ壊す程のモノォ? お前ら家元とやらって、どんだけ偉いのかねぇ? 尾形 隆史には、同情するよ実際っっ!!」

 

 …。

 

 ………。

 

 早口でまくし立てる。

 何度も何度も、仕切り板にへと鈍い音を立てながら…。

 私の口を挟む事すらさせない。

 

 大丈夫。やはり、私は大丈夫。

 

 正直白状してしまえば驚いた…と、思うが私は冷静。

 周りに誰か…味方がいるというのは、ここまで心強いとは思わなかった。

 私が一人で突き走ってしまえば、誰かに迷惑をかける…そういう事も考える余裕もある。

 分かりやすい…。

 

 分析すらする必要を感じない。

 

 これは分かりやすい…

 

「 嘘 」

 

 はっきりと言えた。

 

「嘘ぉ~?」

 

 

 私はもう…真っ黒い感情に潰されない。

 

 

 

「話が支離滅裂。すべて貴方の想像に過ぎない」

 

「ん~~?」

 

「…これじゃ、態々足を運んだ意味がない。そんな事を言いたくて呼んだの?」

 

 そう…敢えて、思考を誘導しようとしているのが目に見えて分かる。

 うん…やっぱり、私は大丈夫。

 この男が私に、何をどう思わしたいのか分からないけど…コイツに、お兄ちゃんが小さい頃に襲われた事が、誰かに依頼されたというのも、正直眉唾。

 鵜呑みにしない…何が西住流が…コイツの言う事をする程、馬鹿じゃない。

 それにあの、家も…

 

「んっっじゃぁ、ここで俺が言う「良い事」って奴の本ぁぁ題」

 

「…何?」

 

 私はコレから、大学にへと送られてきた手紙にしるされた、典型的な謝罪文。

 そして直接、謝罪をしたいという内容すら、信じていなかった。だからここに来たのも、すべてはお兄ちゃんの為…。

 何か…何か、有る。だからここに来た。

 これが話す内容に、何か役に立つ情報があるのと踏んだから。

 …何か…あるのだろう。

 

「まずは前置きぃぃ。僕さぁ…知っての通り、あの会場にいたんだよねぇ」

 

 本題…と、言っておきながら前置き…。

 

 面倒臭くなってきた…。

 本題と言われて、思わず身構えてしまったのだけれど…まぁいい。

 

「はぁ…なに?」

 

 全国戦車道大会の会場の事だろう。ずっと、コレは隠れていたのだから、当然。

 そんな事を態々初めに…。

 小さく溜息を吐いて、少し肩の力が抜けた。

 面倒…なに? なんで今、笑ったんだろう?

 

「そこぉでぇ…見かけたんだけどぉぉ…」

 

 仕切りに顔を張り付けたまま…ニタニタと口を歪ませている顔。

 そして…。

 

「…なんで、お前。他の女共といたの?」

 

「…は?」

 

 他の女共?

 

「聖グロ、サンダース」

 

 ツラツラと、読み上げる様に…抑揚のない声が響く。

 

「アンツィオ、プラウダ…」

 

 …だからなに。

 

「お前、馬鹿だろ。俺にはわっっかんね。お兄ちゃん掻っ攫う可能性ある奴と、なん~で…仲良しこよしって…できるんでしょ~~~か?」

 

 叩く。

 

「……」

 

「言ってやったろ? 教えてやったろ? わっざわざ、手間暇掛けて、危ない橋渡って? 携帯渡して、お話ししたよねぇ???」

 

 叩く。

 

「い…一々まわりくどい。…何が言いたいの?」

 

「潰せって言ったろ? 奪えって言ったよね? え? 馬鹿なの? 仲良くなってどうすんの?」

 

 叩く。

 

「……」

 

 喋る度に、バンバンと仕切りを叩く。

 音と共に、あの時の会話…妙に耳に残る、声がもう一度…。

 

「…貴方には、関係ない。それは私の…」

 

 バンッ!!! …と私の声を、音で潰した。

 

「あ~…ごめんねぇ…君みたいな、天才少女に対して、馬鹿はないよねぇ~…化物だもんねぇ~~?」

 

 …。

 

 ……。

 

 大丈夫…。私は大丈夫。

 

 殺し文句の様に、ただ化物と私に言えば、取り乱すとでも思っているのだろう。

 安い…安い挑発。

 

「アレかぁ…仲良くなったフリだったんだねぇ~ごめんねぇ。ワタクシィ…勘違いしてたみたいですっ!!」

 

「…違う。また勝手な妄想しないで」

 

「いいっ! いいよぉ~。ここは今、撮影、録音。何もされてないからぁ。下手したら、俺との面会記録すら消されるかもしれないよぉ? だから、隠さなくてよいよぃ」

 

 ドンッ!! …と、拳を作り…仕切りを殴った。

 

「…後ろから刺すつもりだったんだねぇぇぇ…」

 

 …。

 

 …話にならない。

 

「はぁ…だから違う。的外れも大概にして」

 

 誘導尋問にしか聞こえない。

 

 何が、良い事…だ。もういい。

 時間の無駄と判断。

 これ以上の会話は不要。無意味。…時間の無駄。

 私がもう一度、呆れた溜息を吐き、立ち上がろうした瞬間…。

 

 

「  なぁぁらさぁぁ!!!!!  」

 

 

 …大声で怒鳴る。

 それは嬉しそうに…まぁ、これもどうせ、歪んだ妄想…だろう。

 

 

「なんで、お前が家から追い出した!! …「 お 姉 ち ゃ ん 」がぁ! …あそこにいたんですかねぇ???」

 

 

 …。

 

 ……。

 

 ……な…ぇ?

 

 

「島田 ミカちゃん。お姉様、おねぇちゃん、なんでもいいけどぉ!?」

 

「…ぁ」

 

「お前が優秀すぎて!? 居場所すべてをぶっ壊してぇ!? 可愛そうに勘当までされちゃったお姉ちゃんっ!!」

 

 …。

 

「妹がお姉ちゃんの居場所を取っちゃったんだねぇ!? すごいね、天才少女!! 西住ちゃん達とは正反対だねぇ~~!!! あ~~あ、お姉ちゃん!! お家、追い出されちゃったぁ!!!」

 

「ち…」

 

 喉が…乾く。

 

 ……思考が…追いつかない。

 

 何故知っている。なんで…え…?

 

「そんなお姉ちゃんがぁ…だぁいじな、お兄ちゃんの傍にいるのが許せない。うんうん、わっかるよぉ~ぼかぁ分かる!!」

 

 …こ…この男。

 

「…待って」

 

 漸く…絞り出した、そんな言葉。

 

「カッ…ヒッ! ヒヒヒッ!! ッハハハァアア!!! すげぇわ、お前!! 流石、規格外!! さっすがぁぁ化物!!!」

 

 呼吸が…うまくできない…。

 

 椅子から立ち上がり…机に力の限り、手を打ち付ける。

 

「はぁはぁ言っちゃって…どしたの? 興奮した? でも僕、ノーマルなんですぅ。幼女がハァハァ言っててもねぇ」

 

「……何で知ってるの」

 

 どうでもいい事は…無視…。

 何を言っているかよくわからない…。

 

「はぁぁ? 何がぁ? あぁ、君のお姉様のことぉ? 君が優秀すぎて、お姉ちゃん逃げ出しちゃった事ぉ? お前が追い出した様なモンだろ? なんで知らねえぇのデスカネ?」

 

「…違う」

 

 胸のリボンを掴み…力を入れる。

 

 西住流…島田流…お…お母様…。

 

 知らない…島田の私が知らない情報を、何故コイツが知っている…。

 

「あっっあ~~!! お母様、親しいねぇ…そこは、黙ってて上げたんだぁぁ」

 

「違う!!」

 

「違わねぇよぉ!! えぇ!? 天才少女!! お前、化物だろ!!?? 化物だよなぁぁぁ!! んなら、容易に想像つくだろうよ!!」

 

 

 

 ば…け…。

 

 

 

「お前が島田の全てを! 可愛そうなお姉ちゃんから奪って!! 追い出してっ!! んでもってお兄ちゃんも取り上げちゃうんだろぉぉ!! すげぇなバケモン!!」

 

 

「アレはもう島田は名乗れない! …要は!!」

 

 …。

 

「お前が、島田!! …ミカを殺したんだろぉ!!!」

 

 ……。

 

 

 

「あっるぇ~? どしたの、黙っちゃって身内殺し。あぁそうそう、俺にみたいなのが、なんで知ってるって事だよね? うん、うん。 …んなん、決まってんだろうが」

 

 先程から、喋る度に強く手と、額をぶつけているこの男…。

 急に頭を離し…ゆっくりとまた…密着させた。

 

 

「俺に依頼した、西住流の野郎が言ってたんだよ」

 

 

「…西住…流…」

 

「捕まってしまった僕ちゃんに? 最後にぃぃ…って、嬉しそうに勝ち誇って言ってたよ? いるよねぇ~あぁいう奴。まぁ、俺がお前に、バラしちゃうとか考えなかったんかねぇ?」

 

「……」

 

「ま・ぁ? ここの公務員さん買収してるのも、さすがにもう分かるつくよねぇ? お金持ちだものねぇ??」

 

 

 ……。

 

 

「だっからぁ!! 西()()()()は、こう思ってんじゃね? お前が…化物が…。化物如きがぁぁ!!」

 

 

【 尾形 隆史に、近付くなって 】

 

 

 

「…………」

 

 

 近付くな?

 

 私が?

 

 私が、化物ダカラ?

 

「そりゃそうだろ化物。一般人からすりゃ、迷惑だろうよぉ? 迷惑この上ないよねぇ!? 当然だよねぇ!!?? 当たり前だよねぇ!!!」

 

 な…ん…

 

「 害 悪ぅ 」

 

 なんで?

 

「 邪 魔ぁ 」

 

 ナゼ?

 

「 見るな 」

 

 ドウシテ?

 

「 話かけるな、喋り掛けるな、近寄るな、視界に入るな、いれるな 」

 

 

 ワタシハ……

 

 

「 お前は、いらなぁぁ~い 」

 

 

 西住…流…。

 

 

 西…住…み……

 

 

「ぁ…」

 

 

 あぁ…

 

 

「ぁ…あ…」

 

 

 あアああああアアア!!!!

 

 

「た…隊長…? 隊長っ!!」

 

 

 邪魔っ!! 害悪っ!!

 

 なんで? 

 

 なんでっ!?

 

 ただ、ただっ!! 私はっっ!!!

 

 

「止めてください、…ダメですっ!! たいち…えっ…!?」

 

 

 ゴツゴツと!!

 

 何度も、何度も何度も何度もっ!! 男が額を、仕切りに打ち付ける音が耳から離れない!!

 こいつが言っている事なんて、真実じゃない!!

 

 嘘!!

 

 ウソバカリ、ウソっ!!

 

 でも!? なんでっ!? お姉様の事を知っていた!! 知っていた…知っていた。

 

 全部知ってるっ!? 知ってる!!

 

 なんで笑うのっ!? なぜ笑うっ!!

 

 笑うな!

 

 笑わないでっ!!

 

 何がおかしいっ!!!

 

 ナニガッ…!!

 

 

 

「あ~…もういいわ」

 

 

 

 …真後ろから声がした。

 

「愛里寿ちゃん、動かないでね?」

 

 瞬間…風が吹いた…。

 パンッ…と乾いた音が響き…。

 目の前の男が、視界から消えた。

 

 そして仕切りの板が、小さく細かく振動していた。

 

「…え」

 

 でもすぐにその男は、また視界に入る。

 ただ…先ほどまでと違い、黙り…力なく…一番奥…。

 

 椅子から床に落ち…壁にもたれ落ちていた…。

 

「…アンタさぁ」

 

 ひどく懐かしと思える声がした。

 先程までの、感情を殺した声じゃなくて、厳しい声じゃなくて…。

 

「 少 し 黙 れ 」

 

 髪を後ろでまとめ…手を上げ…。

 聞きなれた声で、いつもの、おば様が後ろに立っていた。

 

 

 

 

 ▼▼

 

 

 

 

「なっ…え…何した…の?」

 

 取り乱した…。

 

 うん、私は取り乱していた。

 声を出してくれた事で、横で私の肩に手を添えていてくれたアズミに、今更ながら気が付いてしまった。

 

 私も驚いている…のだろう。

 呆然と…先程まで目の前で、嬉しそうに、楽しそうにした歪んだ笑顔の男が…ベッタリと顔を着けていた、その仕切りを眺めるしかなかった。

 その奥で、その男が、へたり込んでいる。

 あまりの衝撃で、私は我に返った。…変える事が出来た。

 

 できたけど…別のショックが…大きい…。

 

「もうちょいっと、普通に喋れんかね? 最近の若いのは。というか、人の話を聞きなさいよ」

 

 上げた右手をプラプラとさせながら、私の頭に手を置いた。

 

「やっぱ、愛里寿ちゃんも、まだまだねぇ~。相手の術中に嵌っちゃって。まぁ…仕方ないか。経験が足りないのねぇ」

 

 前置きと言っておいて、本題ぶっこんでくるとか、良く分からない言葉を次々に言ってくる…。

 ぶっこむ…て、なに?

 

「え…あの…」

 

「あぁ、アレ?」

 

 親指で、吹き飛んで動かない男を指さした。

 

「鎧通し…遠く当てとか? まぁ色々名称はあるけど…その応用ね!! この仕切りで振動ついて、倍率ドンッ! 気持ち良いくらいに吹っ飛んだわねぇ」

 

「いえ…そうではなく…て」

 

 そして…入室する時みたく、やさしく撫でてくれる…。

 でも…

 

「ちょっと、待ちなさいよ!!」

 

「あら、取られちゃった」

 

 アズミが、おば様の前から、私を抱きしめる様に胸元に引き寄せた。

 その行動が、心配しての行動だとすぐに分かったから…ちょっと嬉しく…ちょっと…く…苦しい。

 

「あ…貴女…今、何したの…」

 

「え? 何って、魔法」

 

「…は?」

 

「私ぃ。魔法少女なの♪」

 

「ふっ…ふざけないで! 武術っぽい事今、言ってたじゃない!!」

 

 両手をパッと開きながら、満面の笑みで答えるおば様…。

 うん…流石に落差がすごい…別人見たい。

 

「…なに、この人…雰囲気がさっきと全然違う…」

 

 おば様。

 

 尾形 弥生。

 

 お仕事する時は比較的に真面目になるってお母様が言っていた。

 その真面目…が、常に怒っているような雰囲気だったから、この何時もの彼女を見ると…なんだろう。

 

 この…ものすごい安心感は…。

 

「いくら囚人とはいっても…殴って怪我させて…どんな事になると思ってるの? …これが、隊長にどれだけ迷惑を掛けると…っ!!」

 

「殴ってないわよぉ? 怪我もしてない。魔法よ、魔法」

 

「このっ…」

 

 両手をまたヒラヒラさせて、軽く言い放った…。

 呆然と見上げる私に、笑顔を向けてくれるおば様。

 

「…この部屋はまず、監視されていない」

 

「…は?」

 

「録音すられていない…とか? アレが言ってたでしょ? それに…どうやら面会記録すらつけられてないみたいだしねぇ」

 

「あの男が、嘘を…あ、いえ…」

 

「そうそう。アレの会話の内容聞けば、それが真実って分かるわよね? それに…どうやら買収されてる警官…まだいそうでしょ? たった一人でそこ迄は、できないわよ」

 

「……」

 

「あら、不思議。仕切りの向こうで、囚人が勝手に吹き飛んだ。私は、アレに触れてもいない」

 

「……」

 

「ね? 魔法でしょ?」

 

 …も…ものすごい理屈を…いや、理屈ですらない。とんでもない事を、平気で言っている。

 だからと言って、これが問題行動にならない訳じゃない…おば様…どうするつもり…。

 

 ドンッ…と、また大きな音がした。

 

「がぶっ…ぱっ…ぁぁあ!!!」

 

「ひっ…!」

 

 血走った目と…顔を真っ赤に染めてながら、また仕切りに顔を密着させている男がいた。

 お…思わず変な声がでちゃった…。

 うまく喋れないのか…それでも、どこかギラギラとした目をおば様に向けている…。

 その姿を見て、アズミも少し腰が引けてしまったようだ。。

 それでもおば様は、そんな男に目もくれないで、アズミに抱きしめられている私をずっと見ている。

 

「ごめんね、愛里寿ちゃん。もうちょっと、早く止めてやろうかとも思ったんだけど…」

 

 男を親指で指差し…世間話をするかの様に話しかけてくる。

 

「えっとね? ミカちゃんの事。ありゃ、天性の風来坊だからねぇ…。逃げたってのは間違いないけど…ただ単に、家元業が嫌なだけよ」

 

「…え」

 

「ちなみに、ミカちゃん勘当されてないわよ?」

 

「はっ!?」

 

「表向き、世間体的によね? いや…まぁ、家元継ぐのが嫌で、妹に押し付けたとか? 普通に言えないわよね…だから、千代と愛里寿ちゃんから逃げ回ってるのよ? まぁ、私はあの子嫌いじゃないけど!!」

 

 じょ…情報量…というか、新事実をここで聞くとは思わなかった…。

 

「あ、ちなみにコレ。隆史も知ってるわよ? というか、一昨日言った。まぁた、アレの変な部分に、火が付いたっぽいから覚悟しててね?」

 

「  」

 

「…よし、目の色戻ったわね…。んじゃ次」

 

 し…思考が…気持ちが追い付かない…。

 次々と飛び出す、知らぬ情報…というか、真実…。

 今までお姉様の事を聞いても、お母様がはぐらかしてきたのって…え?

 

「えっと…アズミさん? だったかしらね?」

 

「…はっ!! なっ…何よ」

 

 横で騒いでいる男を無視して、普通に話すおば様…。

 文字通り、一撃でこの部屋の流れを掌握した彼女に対して、ものすごい警戒心を出しているアズミ。

 

「貴女が心配する事も分かる。コレ、確かに直接ぶん殴ったら、問題よね? でも、これは魔法よ? …魔法」

 

「……」

 

「あら、また仕切りにへばり付いているわねぇ~…どうする?」

 

「…も」

 

「も? 何?」

 

 どうする。…その一言が妙に冷たく…、一瞬先ほどのおば様と重なった。

 そんな雰囲気に戻ったおば様に対して…アズミが少し考え…。

 

 

「 もう一発、お願いします!!! 」

 

「あら、そ?」

 

 

 …え?

 

 

 ………。

 

 

 今度は大きな音がして…また男が吹き飛んだ。

 

 えっと…お兄ちゃん。

 

 助けて、お兄ちゃん。

 

 世の中良く分からない…。

 

 物理法則ってなんだっけ…仕切りを無視して、大の男性が簡単に体ごと吹き飛ぶものなの?

 

「よしっ!!」

 

 アズミがガッツポーズを取った…。

 

「あっ! よし! …じゃないっ!!」

 

 …お兄ちゃん。

 

 今日は…混乱する事ばかり…。

 今の会話の流れで…どう…何故それに繋がるのか…えっと…。

 アズミ…さっき、反対してたような…。

 

「ね? 私、魔法少女♪」

 

 訳が分からない…。

 

 なんで、ウインクしたの? なんで、ポーズ取ったの?

 

 支離滅裂。

 

 また…その言葉を思い出した…。

 

「愛里寿ちゃん」

 

「…え、あ…うん?」

 

「化物呼ばわりを気にしない…なんて事、無理でしょ?」

 

「……」

 

「それも何年も何年も、気にしてたのに、すぐに消化なんてできやしないわよ。隆史が言っていた事なんて、お薬程度に考えて起きなさい」

 

「み…見ていた様に言う…」

 

「いやいやっ! どうせ、愛里寿ちゃん口説いただけでしょ? 何となく分かるわよぉ!! 何年母親やってると思ってんの!?」

 

 カラカラと笑うおば様…。

 アズミが、一瞬驚いた顔をしていたけど…それでも、この人の言う事は…変に安心できる。

 

「ゆっくり…消化していけばいいの。…言われて傷ついたら、怒ればいい。怒るってのも、大事な事よ?」

 

「…うん」

 

「ただし、自分は保ちながらね。…我慢できなかったら、ぶん殴ってやんなさい。自衛の為の暴力は正義よ?」

 

「…う…ん??」

 

「なんなら、今の教えたげましょうか? アレを眉間にでも、ぶち込んでやれば、二度と喋れなくなるわよ!?」

 

「え…喋れなく…?」

 

「隊長に変な事、教えないで!!」

 

 …。

 

 …あれ?

 

 さっきまでの…ゴチャゴチャになってた感情が…いつの間にか治ってる…。

 ずっと笑っているおば様が、今度は髪をかき混ぜる様に…撫でてくれる。

 こんな時でも、冗談を言ってくれる…。

 

「あ、どうせなら私ん所に入門する!? だぁじょうぶ! 護身だから、西住流とは関係ないからっ!!」

 

「あの…えっと…」

 

「前から思ってたのよぉ! でもねぇ…千代が、すっごい反対してきやがってね!? 個人的になら問題ないわよね!?」

 

 …あ。コレ、冗談じゃない…。

 

 目が本気だ…。

 

 ちょっと、怖い…。

 

「…と、いけない」

 

 おば様の顔がすぐに引き締まった。

 そして…。

 

「そうそう…我存ぜぬって、他人事みたいな顔してる、そこの警官」

 

 顔…というが、実際は、机に背を丸めて座っているお巡りさん。

 おば様の一言に、肩が大きく跳ねた。

 

「応援、呼ばなくていいの?」

 

「……」

 

 目の前の、とんでもない出来事ですら、振り向きもしないで固まっていたお巡りさんが…こちらに初めて顔を向けた。

 顔は青冷め、脂汗…だろうか? 額がテカテカと光っている。

 その下で、苦しいのか…楽しいのか…。笑い声の様な息を吐き続けている男。

 

「早く呼んだら? でも、貴方。…どう言い訳するのかしらねぇ?」

 

「っっ!?」

 

「監視機能の故意での停止。面談記録の隠蔽。…賄賂の受託。さて…これが明るみにでたら、面白い事になりそうねぇ~?」

 

 目に見えて狼狽えるお巡りさん。

 下に座り込む男とおば様を、交互に視線を往復させている。

 

 あ…。

 

「…は…はは…。そっかぁ…オマエ、尾形 隆史の…」

 

「あら、思ったより根性あるのね。意識飛ばしたつもりだったけど?」

 

 ゆっくりと顔を上げて、こちらに男が視線を向けてきた。

 苦しそうな顔…ではなく…楽しそうに…心底楽しそうな顔…。

 

「訴え…ませんよぉ?? これはぁ…僕が、顔を壁に押し付けて勝手に怪我しただけですぅぅ」

 

「…なんのつもり?」

 

「だって、つまんねぇ…つまんねぇよねぇ?」

 

「…」

 

 ペチペチと…床に手を叩きながら、小さく声を上げている。

 

「これからが、面白くなりそうなのにぉぉああ!! こんなんでリタイアは、ねぇヨなぁ!?」

 

 顔を拭い…大きく叫ぶ。

 

 そして…その男をおば様は、無視して…私に対して体を向けた。

 スッ…とすぐにしゃがみ、目線を合わせてくれた。

 

「さて、愛里寿ちゃん。どうする? 私が変わろうか?」

 

「……」

 

「ある意味でこの面談は、愛里寿ちゃんのトラウマ回復を目指した荒療治だったんだけど…まぁ、だからこそ千代も黙認したんだけどねぇ~…でも、もう無理? 止める?」

 

「…なんで、今更…部屋に入る時と、ちょっと言ってる事が違う…」

 

「私は、貴女の意思を尊重しているだけっよ~?」

 

 おば様…意地が悪い…。

 

 …。

 

 ……。

 

 うん…逃げない。

 

「いい…私が最後まで話す」

 

「…そ?」

 

 ただ単純なショック…物理的インパクト。ここまでありがたく感じたのは事は初めて。

 別方向に向いていた意識が、ゆっくりと戻ってきているのを感じる…。

 

 トラウマ回復と、おば様は仰った。

 

 …トラウマ…やっぱり、どこかで…この男が私は怖かった。

 

 …認める。

 

 私は大丈夫じゃない。

 

 喉は乾くし、顔も熱い。

 

 心臓の鼓動も早くなっているし…手の指先まで震えている。

 

 何をどう言っても、この男からシンプルな悪意を向けられる。

 それは私に対してというだけじゃないのが、怖かった。

 

 この人は、私なんて本当はどうでもいい。利用する為。通過点。触媒。

 本当の目的の為に、他人を傷つける事を厭わない。迷わない…そして、それを楽しめる最低の男。

 娯楽…ただの娯楽。

 

 だから…負けない。

 

 負けてやらない。

 

 もう、取り乱さない。

 

 そんな私を見て…おば様が…。

 

「なら…頑張りなさい」

 

 また…やさしく頭を撫でてくれた。

 

 先程もそう…昔から、背中を押してくれる。促してくれる。

 特別扱いしないで、私をちゃんと正面から…後ろから見守ってくれている。

 だから…安心できるんだ。

 

 …。

 

 お兄ちゃんに対しては、崖とか…ヘリコプターから背中を蹴飛ばして、強引に押している様に見えるけど…。

 

 お…おば様もまた、お兄ちゃんと同じように…私の知っている人達の中で…数少ない心を許せる人。

 

 だから…。

 

 …頑張る。

 

 焦らない…急がない。

 

 ゆっくりと考えて、…アレと対峙しよう。

 

 そう…コレだけあれば十分。

 

 

「30秒ください」

 

 

 




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