転生者は平穏を望む   作:白山葵

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はい! エターナってません!

…すいません、ここまで投稿開けたの初めてだ。

対馬観光、人斬り道中が面白すぎて、全クリするまで書けなかった…。




第29話 消えた未来

『〔 Ⅳ号、今のうちに回り込んでチャーチルの背後を突くという事は、ありませんか? 〕』

 

『〔 みほさんならありえますね、クラーラ 〕』

 

 ロシア語での会話が、無線機を通して聞こえてくる。

 あのプラウダの副隊長の会話だろうけど、態々オープンチャンネルを使ってする会話をしているのだろうか?

 それにしては、一部の人間にしか分からないだろう言葉を使っているのだから、意味が分からない。

 

「逸見先輩」

 

 エリリン先輩やら、エリたんやら、どこぞの誰かさんのせいで、余計な名称が増えていく中での普通の呼ばれ方。

 通信手としてその無線機の横に座る、見慣れない後輩から…普通に…久しぶりに普通に名前を呼ばれたような気がした。

 懐かしく感じてしまったので…私も毒され始めているのだろうな…。

 

「…なに? ツェスカ」

 

 呼ばれた方向へと、返事と共に普通に視線を向けたつもりだったのだけど、目があった瞬間、その後輩はたじろぐ様に目を少し逸らした。

 

 コレもまた懐かしい…。

 

 そう言えば、後輩…と呼ばれる黒森峰の1年は、私の目を余り見てくれない。

 私の言い方がキツく感じられてしまっているのだろう。西住隊長といる時が多いからか…隊長含め、二人揃って怖がられている節があるのを私は知っている。

 しかし隊長の場合は私と少し違う。厳しい方なので、あの眼光に萎縮してしまう後輩は多いのだけど…非常に人気が高い。…稀に見せる優しさに、気が付く者から隊長のファンになっていく。

 あの立場…実力。そしてあの、どんな時にでも動じ………戦車道に関してどんな時にも動じず、余裕を感じさせられる人柄にやられる後輩は少なくない…というか、多すぎる。

 正直に言ってしまうと、隆史と似たか寄ったかだと思えるのは、黙っている。あの人の場合…同性に対して無意識に、凄まじいタラシぶりを発揮しているのを、本人は気が付いていないのだろう。

 

 …。

 

 私とは違う。

 

 次期隊長として私が候補に挙がった時、まず初めに西住隊長と自分を嫌でも比べてしまった。

 …私の他に候補がいないあたり、それはもう…ほぼ確定事項。

 それは隊長として選ばれた嬉しさ…よりも不安が勝り、黒森峰隊長としての重圧を嫌でも感じさせる。

 

 …私とは…違う。

 

 見下ろす後輩の態度は、自身を写す鏡の様に感じてしまい…お腹の下辺りが…妙に痛む。

 

 そして見慣れた…ツェスカのその少し怯えた様な態度が、先程あの女に言われた事を思い出させる…。

 

 

『 エリさんは、ズケズケと言い過ぎですっ!! もう少し、人の気持ちを考えた発言をして下さい!! それで大体、他の人と衝突してたじゃないですかっ!! 』

 

 …。

 

 …うるさいわね。

 

 言いたくもなるわよ。アンタもその被害者だったじゃないの。

 

 人間、誰しも弱音は吐く。私は死んでも吐かなかったけどね。

 …自衛隊員の訓練じゃないの? と、錯覚させる程の1年生の授業の厳しさは、余裕を持たせなくなっていく。

 そしてそれは、入学したばかりの、黒森峰への憧れだけを持った1年の浮かれた気持ちをぶち壊し…徐々に追い込んでいく…。

 だから…自暴自棄からくる弱音だと、理解していた。弱音はいい…好きに吐けばいい…。

 

 だけどそれを、西住隊長のせいにするな。

 

 何があの人とは違うだ。何があの人の様になれないだ。

 それは、みほにも及ぶ。なんだかんだ…あの子は慣れているのか…普通に授業に着いてこれたからだろう。

 西住流家元の名前を言い訳に使い、…自分が諦める理由にする。

 

 それが腹が立った。怒りを感じた。だから言った。ハッキリと言ってやった。

 

 …。

 

 …だから頭にきただけ。

 

 その子の事は、別に嫌いな訳じゃなかった。少なくとも同じ世代…それで持ち直せば…と、思ってしていた事…言った事…。

 

「エリカさん?」

 

 …。

 

 突然赤星が、自分の眉と眉の間に人差し指を付けて、声を掛けてきた。

 

「…眉間に皺が寄ってますよ? ダメですよぉ? 後輩怖がらせちゃ」

 

「ぐっ…」

 

 …いけない。声を掛けられたというのに、少し…昔の事を思い出してしまった。

 少し負い目を感じ、顔に出てしまったのでしょうね…そんな私の顔を見て、赤星は笑った。

 

『 ちょっと貴女達! 日本語で話しなさいよっ!! 』

 

 …。

 

 

 妙に楽しそうな赤星の声のすぐあと…あのちびっこ隊長の何時もの文句が流れて来た。

 

『 ノンナッ! 先鋒!! 』

『 はい 』

 

 …どこかの誰かさんとの付き合いのお陰で、このやり取りも聞きなれてしまったわね…。

 

『〔 フラッグ車の護衛、よろしく 〕』

『〔 了解 〕』

 

 …。

 

 はぁ…もう…調子が狂う…。

 

「…で、何? ツェスカ」

 

 妙に気恥ずかしく顔が熱くなってくるのを感じ、誤魔化すようにもう一度…後輩の名前を呼ぶ。

 

「顔、赤いですよぉ?」

 

「うっさいわね!」

 

 だから、なんでそんなに楽しそうなのよ!

 …結局、私が余り飾らないで素で話せる…数少ない同級生になっているわね…この子。

 そんな私と赤星のやり取りを、少し戸惑った表情で見ている後輩が、恐る恐る口を開いた。

 

「あ…あの、ただ追いかけているだけで…その…良いんですか…?」

 

 その疑問に答えようと、見下ろすと彼女は…。

 

「あぁ、別に……って、貴女…なんでそんなに、怯えてんよ」

 

 私の顔を見ながら…ビビってた。

 

「エリリン先輩が怖いからですよねぇ~?」

 

「だからうっさいのよ赤星っ! …って…貴女普段、そんな性格だった?」

 

 何を思ったのか…操縦手で今回参加…。普段車長を務めている彼女からすれば、何を思っての参加なのかしらね。

 でも赤星…今日は変にテンション高いわね、この子…。真正面から、からかうタイプじゃなかったでしょうに。

 

「~♪」

 

 妙に機嫌も良いし…何なのかしら。

 

「はぁ…別に今は良いのよ。だから現に今も、こんな軽口を叩いている余裕があるんでしょ?」

 

 まぁいいわ…、今は赤星はおいときましょう。

 とりあえず、疑問を投げかけて来た後輩に答えて上げる。

 

「あ…はい、でも…その…フラッグ車が…目の前にいるのに…」

 

 

 …。

 

 

 私達の前方…今回の試合の、フラッグ車であるⅣ号戦車が一定の距離を保ちつつ走行中。

 

 その戦車から見知った顔が、戦車ハッチより上半身を見せ、横目でこちらの様子を窺う姿が見える。

 蛇行運転をしながらこちらを警戒し、睨むようなその目が…腹立たしというよりも…何故か妙に懐かしく感じてしまった。

 

 …みほ。

 

 相変わらず、二重人格を疑う程、戦車に搭乗すると目つきが変わる…。

 先程くだらない事を思い出してしまったお陰で…その顔は、黒森峰の時の彼女とダブって見えてしまった。

 

 クルセイダー巡行戦車…確かに脚が速い車輌。みほを発見した際、1番から3番で一気に取り囲もうとした所、あっさりと車輌の間を抜けられて逃げられた。

 そして現在、何時までも鬼ごっこをしているお陰で、気が付けば住宅街にへと迷い込んでいる様だった。

 迷い込んだ…とは違うか。…まぁ、あの子の場合、迷い込んだというよりかは誘い込んだって感じでしょうね。

 地図などで、知識としてはあるかもしれないけれど、土地勘がない私達。そんな相手ならば、地図上では知り得ない情報を有している自分達の方が有利…とでも思ってここに逃げ込んだのでしょうよ。

 まぁ…定石よね。自分達が有利な場所での戦闘は。

 そんな狭い住宅街の道路で、そんな戦車のお尻を追いかけまわしている()()の、私の采配に対しての疑問を、ツェスカは口にしたのだろう。

 私に対して、変に萎縮している様に見えるけど、ハッキリと自身の疑問を口に出せる彼女に…その姿勢に少し…好感を持てた。

 

「さっきから、一発も砲撃してませんし…何より、何故一番脚が遅い我々が、先頭を走っているんですか?」

 

 狭い住宅街。一本の道路に並んで走る戦車群。

 先頭は私達ティーガーⅡ。その後ろに1番から3番のクルセイダー達が追随してくるこの状況。

 いえ、追随していた…ね。

 

「発砲するだけ弾の無駄よ」

 

「え…無駄?」

 

 …ある程度小回りが利くⅣ号相手に、しかもこんな場所で、いたずらに発砲なんてできやしない。

 …下手に発砲して、外れた弾が建物にでも当たって見なさいよ。ただ障害物が出来上がるだけ。

 走るだけで道路幅が埋まってしまう程に大きいティーガーⅡじゃ、ちょっとした障害物が出来るだけで時間が掛かってしまう恐れがある。

 特にこの子は、足回りが不安だしね。そんなつまらない原因で、彼女を逃がしてしまう恐れが高い。

 

 せっかく大将首の後ろを取っているのに、冗談じゃない。

 それに…決勝戦とは同じ轍は踏まない。

 

 憎ったらしい、あのポルシェティーガーが、目に浮かぶようだわ…くそ。

 あの時とは違う…しっかりと冷静に…。頭に血が上りやすい私を、しっかりと律しなくては…。

 

「先頭を走っている私達は、盾の役割でもあるわ。…そして目隠し」

 

「盾? …目隠し?」

 

「そうよ。Ⅳ号も砲身をこちらに向けてこないでしょ? 走りながら適当に撃った所で、この装甲を抜けるはずないのをあの子が知らないはずがない」

 

 コンコンと軽く壁を叩く。

 そうよね…知らないはずがない。だから今も、着かず離れず戦車の走行速度を制限したかの様な走り方をしている。

 入り組んだ道を、まるで誘導するかの如く。

 様子を見て…私達の隙を伺い…装甲の薄い所を狙い撃ちする腹積りなんでしょうよ。行進間射撃じゃ難しいでしょうしね。

 

「それに…そろそろね」

 

「はい?」

 

 質問に答えながら、首元の咽頭マイクを押さえる。

 

『今、最後尾は何番?』

 

『 3番ですっ! 』

 

 私の無線に対して、すぐに返答が来た。

 彼女達には、少し車間距離を離して着いてくるように命令は出しておいた。

 

『では3番、次の路地を左折。大通りから回り込みなさい』

 

『 了解ですわ! エリリン隊長 』

 

『エリッ!? それはやめなさい! 0番って決めたでしょ!!』

 

 …。

 

『 ……… 』

 

 ……。

 

 これは無視!?

 

『 お…大通りから回り込んで。フラッグ車が横道にそれる様なら、その時再度指示するから… 』

 

『 はいっ! ですわ! エリリン隊長! 』

 

『 だからその呼び方は、やめろって言ってるでしょっ!? 』

 

『 ……… 』

 

 

 …。

 

 

 

 どぉ…いつもぉぉ……!

 

 はぁ…その無線でツェスカも解ったのでしょうね。もう口を開くこともなく、前を見ていた。

 敢えて車間の幅を広げて…道路幅を埋める程の大きさのこの車輛。追走してくる車輛数を減らすのを隠す為。

 

 みほならば、車輛が減っている事になんて、気が付くかもしれない。…が、時間は稼げるでしょ。

 こんな入り組んだ住宅街とは違って、あの車輛なら大通りを使い全速力で飛ばせば…間に合う。

 脚が速い車輌の機動力の活かし方は別に、遊撃だけじゃない。こういった使い方だって定石だ。

 

 この先の住宅街…その出口へ…。

 

 

 …挟み撃ちにしてやる。

 

 …。

 

 ………。

 

 今度こそ…今度こそ…っ。

 

 少しでも時間を稼ごうと、砲身を動かしながら…仕掛けるフリをし、こちらに注意を向けさせる。

 Ⅳ号も砲身を揺らし、回転をさせながらフェイントをかけてくる。

 

 そんな、やり取り。

 

 そんな、追いかけっこ。

 

 …。

 

 

 いつか、どこかで…こんな事…したような…。

 

 熱い日差しと、妙に耳につく蝉の鳴き声が…気になる…。

 

 

「…ん?」

 

 …。

 

 鬼ごっこを続ける中…妙な違和感を感じた。

 

 みほも、適度にスピードを落としている…の?

 視線を彼女の後頭部に移した瞬間、みほは、こちらに一瞬視線を向けた。

 

 目線は後ろ…今ので、車輛数が減ったのを知られてしまったと判断。

 私の狙いも解ったのか、私達との距離を離そうとでもしたのでしょうね。エンジン音が一瞬高く響くと、一気にスピードが上がった。

 

 その周りに映る流れる景色。

 家並み、街路樹……どこかで見かけたような……。

 

 

 …。

 

 

 …あ。

 

 みほが一瞬、こちらを見た。

 

 …その顔は…いえ。その目は…何度も見て来た…目。

 

 そして確信した。

 

 …ここで仕掛ける気だ。

 

『1番、2番、減速!』

 

 そう確信を得た瞬間、突然Ⅳ号戦車が目の前から消えた。

 反射的に、喉元に指を添え指示を飛ばす。

 

 …。

 

 顔を下へと向け、操縦手に叫ぶ。

 

「赤星、加速!!」

 

 私の狙いなんて、知る由もないだろうが、即座に反応してくれた赤星。

 急な加速で車体が少し揺れるなか、ハッチから体を隠す。

 

 …地図上では、知り得ない情報。

 地図表記は、区画や道路等を、線による記号により区切っているのが一般的だ。

 建物も線で囲っている四角や何やらで。だから大まかな表記のみ。

 だから地元の人や、見知った人間にしか分からない細かいスペースが存在するを…私達は知らない。

 

 何か飲食店の駐車場で旋回をするつもりだろう。手前の建物が陰になり、一瞬消えたかと思った…。

 小さな洋食店…個人経営のお店。それなりに広さのある駐車場のお陰で、楽に旋回する事ができるだろう。

 

 先行走行していたお陰もあるだろうし、そこまで深く考えていなかったかもしれないが、土地勘やこういった細かい事まで知らない私達には、この様な行動は虚を突かれる。

 一瞬でも良いから、停止射撃する機会でも窺っていたんでしょうが…。

 

 案の定、Ⅳ号の横っ腹が見えた。変なピンクのマークが妙に腹立たしい。

 反射的に言ってしまった加速指示。タイミングは微妙だった…。

 

 余り…こういった戦車の使い方はしないのだけれど、この際良しとする。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 あのタイミングじゃ、こちらも戦車を止めて、狙い撃つ…なんて暇もなかったしね。

 

 そして単純な思考…。ならば、ぶつけてしまえ…と。

 

 駐車場で旋回するⅣ号に向かって、車体を突撃させた。

 

 大きなブレーキ音と、ガリガリと車体同士が擦れ合う音が響き、火花が散る。少し車体が跳ね、ハッチの下…車内からも少し鉄の軋む音が聞こえる。

 チッ…少し失敗した。やはりタイミングが、少し遅かった。

 ぶつかった衝撃で大きく振動する車内で、各々が体を支えるのが見えた。

 

 旋回がすでに完了していたⅣ号。…の、右方を削る様に車体同士が交差する。

 正面衝突でも構わなかったが、みほも私の狙いが分かったのでしょうね…うまく避けられてしまったようだ。

 ブレーキのタイミングが早かった…ドリフトするかの様な半円描き、真正面からの衝突だけは回避させてしまった。

 やはり加速もあの距離では不十分だったお陰で、今は少しずれて…並ぶ様に停車してしまった私達。

 

 

 履帯を破損できれば動きも止められる。…後は減速指示を出し、後ろから遅れてくる2輌で、棒立ちになったフラッグ車を撃破できるだろう。

 

 …って、思ったんだけどね…。

 

 …。

 ………。

 

 

「情けないわね…。3輌で仕掛けて、シュルツェン1枚しか被害を与えられないなんて」

 

「こちらは一輌、やられてしまいましたね」

 

 ハッチから再び体を出して、少し手の焦げたような匂いが鼻を刺してくるが、とりあえず外観を軽く確認する。

 

 …チッ。完全に失敗した。

 

 ぶつけるまでは良いが、相手が旋回を完了させてしまっていたのがまずかった。

 遅れてやってきた後続車輌の先頭を走っていた2番が、正面を向き終えていたⅣ号にタイミング良く撃たれてしまった…。

 煙を吐き、鎮座する車輌…その横に伸びていた路地を使い、悠々とみほ達は走り去っていってしまった。

 

 こちらが与えた被害は、ぶつかった際に弾け飛んだ、シュルツェン装甲のみ。このティーガーⅡの機動性じゃ…もう、追いきれないわね。

 

「あ…後…履帯…が。あはは…ぶつかったショックで…でしょうけど」

 

 …。

 

 赤星が、苦笑しながら報告してきた…。

 

 やっぱり、こういった事に不向きよね…この車輌。…足回りに安定感がない。

 

 はぁ~…まぁいいわ。まだやられてた訳じゃない。

 再び車内へと戻ると、そのまま首元に指を添える。

 今は反省するよりもまずは…。

 

『…3番』

 

 別れてしまった車輌へと、無線を飛ばす。

 

『 あ、はいっ! もうそろそろ到着しますわっ! 』

 

 テンション高いわねぇ~…それでも、聖グロ特有の話し方ってのが…この隊の特徴なのかしら。

 

『…もう良いわ、失敗した。私達もすぐに動けそうにないから…近くの別動隊と合流しなさい』

 

『 えっ… 』

 

『作戦でも何でもなく、ただ孤立するくらいなら合流しなさいって言ってるの』

 

『 りょっ…了解! 』

 

 そこまで言うと、無線を切る。また不本意な名前で呼ばれて溜るモノですか。

 はぁー…ため息しかでないわ。

 

「んじゃ、さっさと履帯直すわよ」

 

 今腐っていてもしかたない。全員でやれば少しは早くできるでしょ。

 出口に一番近い私が、さっさと戦車を出ようとすると…。

 

「あの…い…逸見先輩」

 

 ツェスカがまた、小さく手を上げていた。

 

「…なに?」

 

「色々と聞きたい事はあるのですが…あのタイミングで良く分かりましたね…」

 

「は? なにがよ」

 

「いえ…フラッグ車の動きに対して、咄嗟に…」

 

 あぁ…。

 

「別に…。み…いえ、フラッグ車の車長が、昔馴染みなの。それで……何となく分かったのよ」

 

「昔馴染み?」

 

「……」

 

 …昔馴染みという呼び方が…何故かすんなりと言えた自分に少し驚いた…。

 腐っても1年はチームを組んだのだ。それなりに彼女の癖は覚えている。…一瞬、こちらを確認する時に見せたあの顔は、何か行動を起こすサインだった。

 …それを私が覚えていた事が、すこし…腹立たしい…。

 

「あの店は駐車場が、それなりに広かったのを覚えていてね…。あの先に抜けれる道なんて当然ないし、あの場面で隠れる訳もないし…何かしらこちらに仕掛けてくるって思ったのよ」

 

 誤魔化す様に、早口で…言い訳をする様に言ってしまった。

 

 ……って、何よその目。

 

「この土地の事、知っていたんですか?」

 

「…え? …えぇ…まぁ…試合会場が指定された市街ですもの!? 下見するのが当然よね!?」

 

 ……。

 

 こ…声が上ずってしまった

 

「た…隊長自ら…」

 

 ………。

 

 や…。

 

「逸見先輩って、次期隊長候補っすよね!? そんな人が足で…自らでなんて…」

 

 や…やめなさいっ! 

 何がそんな気にさせたのか分からないけど、そんなキラキラした目で見ないで!!

 

「すげぇー…こっちのエースって、ちゃんと地道に…これが日本人…」

 

「いっ…いいから、さっさと履帯、直すわよ!? アンタも手伝いなさい!!」

 

「はいっ!! …履帯修理までするんだぁ…」

 

 ……。

 

 …………。

 

 い…言えない…。

 

 先日…喫茶店での帰り道…迷子になって散々迷った時に、たまたま通りがかったから…とか…今更言えない…。

 

 しかも? あの店の店先を見た時、ホワイトボードに書かれていた、当店のおすすめメニューに、ハンバーグステーキがあったから特に覚えていたとか……。

 

 …。

 

 情けなさ過ぎて言えない…。

 

「あ…エリカさん、今回は履帯修理手伝ってく……」

 

「うっさい、赤星! アンタも手伝いなさいよ! 他の連中もっ!!」

 

 

 …。

 

 逃げる様に戦車内から飛び出すと、一気に目に強い日差しが刺して来た。

 ジリジリと…装甲の上が熱を帯び、少し空気が、ゆらゆらと揺れている様にも見える。

 そしてまた胃が痛くなる…。

 

 こんな序盤…まだ始まってもいないのに…考えてしまう。これからコレが日常と化すのだろうか?

 

 強豪校、黒森峰女学園…その隊長。

 

 …隊長。

 

 後輩と同期達からの視線…期待。

 西住隊長に到底及ばないだろうが、同じようなモノを、あの人も感じていたんだろう…感じ続けていたんだろう。

 いや、私自身…その期待や憧れ…羨望の眼差しで見ていた一人。…加害者の様なモノだ。

 

 胃が…痛い。

 

 あの西住隊長だからこそ、耐えれたのかもしれない…いや…違う。

 あの人も我慢し…周りからのプレッシャーと日々戦い続けていたんだ。

 今…それを痛いほど、感じてしまっている。この真下にいる後輩の期待や憧れにも似た視線で…実感した。

 

 失敗できない…勝たなくてはならない…その脅迫にも似たプレッシャー。

 

 …そして…耐えられなかったんだろう。

 

 あの…決勝戦。連勝を止めてしまった、あの敗北で…壊れかけた。

 当然だろう…って、今は…思う。西住隊長も人の子なのだ…。

 ただ単純に言葉にすれば短い…が、それは複数から…全方位からくる視線。

 

 私は気が付かなかった…いや、誰も気が付かなかった…。

 

 たった一人を除いて。

 

 そこの所を、あの男は見抜いていた。何故見抜けたのか分からないが、突然熊本港へと姿を現したのは…。

 

 ……。

 

 もうすぐ…私は、隊長になる。

 

 もし…私が潰れかけたら…耐えきれず、壊れかけてしまったら…来てくれるだろうか?

 

 あの人は来てくれるのだろう…か? 

 

 私の為に…為だけに…。

 

 お兄ちゃんは…私を助けてくれるのかな…?

 

 

 …。

 

 そして…嫌でも比べてしまう…。

 

 本来ならば、この場所に…その椅子に座るはずだったであろう、あの女。

 悔しくて思いたくなかった想像…。それでも…嫌でも考えてしまう。もし黒森峰に残っていたのならば…と。

 それは確信めいた…そうなるのが、当然とばかりに解ってしまう。

 

 …みほ。

 

 アンタなら…貴女だったら…どうした?

 

 あの何も考えていないような顔で、のらりくらりとやっていけるの?

 

 …そうよ…あの子だって無理よね…。入学してから、姉の跡継ぎ…みたいな感じで、凄まじかったから…。

 

 でも、死んでも口に出さない。

 

 思っても出してやらない。

 

 あの子に逃げるなんて…絶対に嫌。

 

 期待なんてしない。

 

 もう、裏切られたくない。

 

 …そしてもう、それを考えるのをやめよう。

 

 

 だって…。

 

 …それは、消えた未来だから。

 

 

「…あ、先輩……見た目と違って、可愛い下着…」

 

 

 …。

 

 

 とりあえず、足を下に…突き出しておいた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 あ…危なかった…。

 

 殆ど勅勘、思わず声を上げてしまったのが幸いしたよ。

 はじけ飛んで無くなってしまい、裸になった右方履帯を見て、安堵のため息をつく。

 本当に紙一重だった…。まさか、エリカさんがあんな風に体当たりしてくるなんて、思いもしなかった…。

 

 …。

 

 ……何故だろう…。ちょっと懐かしく…ちょっと…楽しい。

 

「っ!」

 

 後方から大きな音が響いた。

 クルセイダーを見かけた時は、もう追い付いてきたの? …とも思ったけど、どうやらあの追いかけっこの最中、いなくなった車輌みたい。

 建物にぶつかりそうになったT-34/85の後ろに、勢いよく接触している…。

 あぁ…でも、今は先に…カチューシャさんと、ノンナさんに追われてる状況をなんとかしないと…。

 車体越しに、もの凄くプレッシャーを感じる…、明かに不利な状況…囲まれる前に…。

 街角を曲がり、相手の砲撃を何度か交わしているけど…ここら辺の道は、さっきの住宅街と違って、抜け道が良く通りも…。

 

 …。

 

 挟まれた。

 

 直線通りに入り、大きな鳥居が見えた瞬間、脇道から先ほどまで後ろを走っていたT-34/85に、前を奪われてしまった。

 この二人を相手に、この状況は怖い…。

 

「麻子さん」

 

「…?」

 

 …神社。

 

 妙に頭がスッキリしている…。

 さっきエリカさんと言い合ったからかな…久しぶりに大きな声出した…。だからかな?

 

「右にフェイント入れてから、左の道に入ってください」

 

「ほ~い…」

 

 私の声と共に、車体と共に体が揺れる。

 前方のカチューシャさんは、フェイントにうまく引っかかってくれた。曲がり角に隠れたので、下の道に取り残せた。けど…やっぱり後方からは見えやすかったよう。

 神社へと昇る長い坂に入ると、ノンナさんもまた、私達後ろから着いてきた。

 エンジンに少し高く響く。…何とか挟み撃ちの状況は打破できる事が出来た様だ…後は…。

 

「…西住さん」

 

 上がり始めた時に、下から私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 少しの間は大丈夫…かな?

 

「はい? 呼びました?」

 

 …麻子さん?

 

「実はな、今朝からギアの調子がおかしい」

 

「おかしい?」

 

「うん。ちょっと硬いというか…違和感がある。坂道を上る時に切り替えたら…確信した」

 

 確かに麻子さんが、ギアを動かす仕草に違和感が見えた。

 何かに引っかかるというか、ぎこちない動きに見える時がある。

 整備不良…は、自動車部の方達からすれば、信じられないし…さっきの衝突の衝撃のせいかな?

 

 直前に言うよりかは良いか…な?

 

「はい、解りました。そうですね…麻子さん」

 

「…?」

 

「この後、神社の参道…石階段をこのまま降りてほしんですけど…できますか? いけそうですか?」

 

「階段っ!?」

 

 優花里さんが驚いた様に声を上げた。

 麻子さんの操縦技術なら、大丈夫だと確信しての提案だけど…どうかな?

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「麻子…本当に大丈夫なの? この子の調子、変なんでしょ?」

 

「…なんとかする」

 

 殆ど即答での返事を聞くと…妙に安心感が芽生えた。

 …そっか。簡単でも…すこしでも良いから、初めから聞いておけばよかった…。

 エリカさんが激怒する顔を何度も思い出しちゃった…。

 

 初めからお姉ちゃんに言う事を諦め…自分で何とかしないとって…気負っていた私。

 大洗に転校してきても…どこかでソコは、変わらないまま…。むしろ、唯一の経験者の私が、なんとかしないとって、気負いすぎていたかも。

 できるできないじゃなくて…一度、ただ聞くだけで、ここまで安心感が生まれるなんて思いもしなかった。

 沙織さん、優花里さん、華さん、麻子さん。こんな狭い車内にいて、距離が近くたってそうだよ。

 

 話さなくちゃ分からない。

 

 …そうだよ。

 

 大丈夫…。

 

 誰だってそうだ。

 

 言葉にしなくちゃ、分からない事は多い。

 

 あの…隆史君だってそうだ。

 

 …そうだった。

 

 話してくれたから、解った事。

 話してくれないと、解らない事

 誰もが思って、誰もが怖い事。

 

 アノ時の辛そうな…別人にも見えた彼の顔を思い出してしまう。

 

「……」

 

 彼の事を、少し理解できた…気がする。

 

 うん…私もそう。

 誰に対してだって、誰だってそう。

 だから…どんな簡単な事だって良い。

 

 …話そう。

 

 いろんな事を話そう。

 

 エリカさんとだって…ちゃんと…話そう。今度は喧嘩じゃなくて…あの時の喫茶店の時みたくにならないように。

 

 言わなくちゃ分からない事だらけだもん。

 

 だから…少しずつ変えていこう。

 こんな些細な事…数分先の事を言う。これからの事を言う。

 簡単な事に過ぎない事を、今更こんな時に、こんな場所で思うなんて…。

 …私に一番、抜けていた部分が、今…分かった気がした。

 

「現地で無理そうだと思ったら、言ってください。別の手を考えます」

 

「了解」

 

 前を見ながら返事を返してくれる麻子さん。

 そんな…なんでもないやり取り。何時ものやり取り…。

 良く分からない…良く分からないけど…何故だろう…楽しい。

 

 とても…楽しい。

 

 …やっぱり…楽しい。

 

 さっきは勢いも手伝って、出した事もないような大きな声だしちゃった。

 思い出すと恥ずかしくなるけど…そんな私を間近で見ていたはずの皆は、何も言わないでいてくれる。

 ただ微笑いながら、目を合わせてくれて…顔を合わせてくれて…背中を軽く叩いてくれた。

 話してくれないと、解らない事もあるけど…これは別だよね? 彼女達からの私へ無言のメッセージ。それが解る事が……解る事が出来た事が、とても嬉しかった。

 

「…そろそろ境内…麻子、ほんとに大丈夫?」

 

「知らん。…やれるだけやる」

 

「もー!」

 

 思わず笑っちゃいそうな程に、いつも通りな二人…やっぱり仲良いよね。

 そんな二人を見て…ちょっとまた、こんな時なのに考えてしまう。

 うん…大洗学園に転校してきて…もうどれくらい経ったんだろって。

 全国戦車道大会前だから…ほんの数か月のはずなんだけど、随分と前からいるような感覚になってしまう。

 

 こんな友達が、できるなんて想像すらつかなかった。

 

 こんな日々は、私には無理だって…諦めていたのに。

 

 

 …。

 

 …

 

 諦めていた。私は諦めてしまっていた。

 

 友達…か。

 

 …エリカさん。

 

 そういえば…彼女だけ…だったな。

 

「…っ!」

 

 耳の奥に冷たい感触が刺す。それと同時に思い出す…言葉。

 

 

「西住 まほ」の妹。

 

 次期黒森峰隊長、有力候補。

 

 …西住流家元の娘。

 

 姉と競う…次期家元候補。

 

 レッテルだらけだった。

 

 私がお姉ちゃんの作戦の、小さな隙間に別の作戦を挟んだりしても、誰も何も言わなかった。

 本当は…規律違反で処罰される程の事なんだけど…誰も言わない。あのお姉ちゃんが、気が付かないはずないのに…黙っていた。

 後になれば分かってしまう事なのに…何も言わない、誰も言わない。

 

 好待遇、特別扱い、特権階級。

 

 だんだんと増えていく、レッテ…あはは…これは、陰口か。

 

 …。

 

『 だから!!! まずは、隊長に打診してからにしろって、毎回毎回言ってたでしょうが!! 後先考えないで行動に移すなバカ!!』

 

 うん…エリカさんだけだった。

 私に対して、遠慮なく言ってくれたのは…彼女のだけ。

 軽くげんこつとか…されて怒られた時もあったっけ…。

 

 それでも毎回…ちゃんと突然の私の作戦に付き合ってくれた。

 

 …まだ少し、髪が短かった彼女を思い出す。

 

「……」

 

 黒森峰の最後の日を思い出す。

 その短かった髪が、肩を隠す程に伸びた彼女を思い出す。

 私が、黒森峰から…に……逃げ出した…忘れたかった思い出。

 

『 アンタっ!! なんで残って、周りを見返してやろうと思わないの!? 』

 

 お母さんは、表情すら変えなかった。

 

『 このままじゃ、ただの負け犬よ!? 』

 

 お姉ちゃんは、少し悲しそうな顔をしてくれたけど…特に何も言わなかった。

 

『 こんな…こんな事くらいで、逃げるのっ!!?? 』

 

 唯一怒ったのは…怒ってくれたのは、彼女だけだったよ…。

 

『 目を…こっちを…ちゃんと私を見なさいっ!! 』

 

 …。

 

 ただ顔を隠して泣くだけの私に、彼女は…。

 

 …。

 ……。

 

 うん…話そう。

 

 エリちゃんと、しっかりと…話そう。

 

 今度は感情的にならないで…あの時の事も含めて話そう。

 

 唯一の…黒森峰の友達…だったと言っていいのかもしれない、彼女と。

 

「西住殿?」

 

 パツンと、両手で頬を挟む様に叩く。

 

「みぽりん?」

 

 …思ったより強くやっちゃった…。

 ヒリヒリ痛む頬を、思わず摩ってしまう程に痛い…。

 

「…」

 

 私は大洗学園が好き。

 だから、ちょっとした…浮気なのかもしれない。

 

 だから一瞬…想像しちゃったのが、ちょっと心苦しいな。

 

 もう少し私が強かったら…。

 

 もしあの時…私が、黒森峰に残っていたら…。

 

 …彼女の事をしっかりと見ていたら…って。

 

 隊長と副隊長。

 

 お姉ちゃんが引退した黒森峰を、彼女と…。

 

 そんな未来もあったかもしれない…。

 

 さっきみたいに、大声で言い合うって事が日常になっていたかも…。

 

 そう…思ってしまうと、少し顔が綻んでしま『 …そ…そうよっ!! だから何!? 悪い!? 悔しかったら、アンタもすればいいじゃない!! 』

 

「…………」

 

 

 …。

 

 ……。

 

 

「…沙織さん、ヘアゴムって持ってます?」

 

「え? あ…あるけど…」

 

「よかったら貸してもらえますか?」

 

「…あ…はい」

 

 

《 ………… 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼▲▼▲

 

 

 

 

 

 

 

「…んっ」

 

 喉元を、冷たく苦いだけの液体が通り過ぎていく。

 誰もいないとはいえ、こういった休憩所に来るのは…本当に久しぶりね。

 ホント…こんな場所でゆっくりするのは…それこそ学生の頃以来。

 

 カコンと、小さな音が響く。

 

 空になった缶を、ゴミ箱に捨てた時に、漸く一心地付けた。

 今は缶コーヒー独特の、香りが少ない苦みしか口の中に残っていない。

 

 微糖にしとけばよかった…。

 

「…はっ」

 

 そんなどうでもいい感想と後悔。

 

 …なんてね。

 

 自身を笑う様な声が、自然に零れてしまう。

 そんなどうでも良い後悔では、こんな不安を塗りつぶす事なんて無理だった。

 

 怖い。

 

 怖くて仕方がない。

 

 そりゃ…私だってもう子供じゃない。

 綺麗事じゃない事も、世の中にはあるとは思っていた。

 思っていた…が、まさか自分自身が、その当事者になりそうになっている、その事実が…怖い。

 

 …今更過ぎる、今更な後悔。

 

 遠くから歓声が聞こえ、思わずそちらへと顔を上げた。…こんな学園艦の上だというのに聞こえる、熱狂的な声。

 砲撃と砲弾の音が、何度も聞こえると、彼女達をたたえる様に何度も、何度も…。

 

「……」

 

 生徒は誰もいない、大洗高校の小さな休憩所。

 

 自販機とベンチがあるだけの、そんな場所。

 

 居たたまれない。

 

 この場所にいる事が、どうしようもなく申し訳なく…。

 

 どうしようもなく…怖い。

 

「………」

 

 別に犯罪を犯した訳じゃない。

 

 今回、ただ…少し…汚れ仕事ってだけだ。

 

《 ワァァァァァ!! 》

 

 また聞こえて来る…丘からの歓声…。

 距離が在り、良く聞いていないと分らない程に小さく聞こえる…声。

 

「…………」

 

 胸が締め付けられる…。

 

 …。

 

 こ…。

 

 こういう時は、仕事!!

 

 そう仕事よ!!

 

 何も考えないで、ガンバッテ…。

 

 そうね。そうそう! 自分の仕事に集中すればいい。

 

 休憩所のベンチを立ち上がり、自分の仕事場へと勇んで向かう。

 そうよ。理想と現実のギャップ何て、社会に出てから嫌になるくらいに見て来た。

 それを今さら、何を迷うの。

 

 余計な事を考えなければいい。

 

 …ただ脚を進めれば良いのよ。

 

 局長だって、別段これは犯罪じゃないって言っていたじゃないの。

 

 大丈夫…うん。

 

 どうせ戻れば、否が応でもクタクタになるまで働くだけ。

 

 いつもの事…帰ってお酒飲んで…一日が終わるだけの…。

 

 だけの…。

 

 

 

 

 仕事…。

 

 

 ……。

 

 渡り廊下が作る、その木陰に差し当った時…。

 

 どうしようもなく…顔が熱くなって来た。

 

 なんで…。

 

 

 なんで…私、ここにいるんだろう…。

 

 道を示してくれた恩師の様になりたくて、教員免許を取ろうと思った。

 でも、私の性格上、教師になんて向いていない…そう、教育実習の時、思い知ってしまった。

 でも…それでも、子供達の為になりたくて…どうせならその恩師を超えたくて…がんばって…がんばって…がんばってガンバッテバンバッテ…。

 教師がダメでも…子供達の為に…そう思って、教師ではなく、この道に進んだというのに…。

 

 少し離れた場所から、こんな学校とは不釣り合いの声が聞こえてくる。

 仰々しい業者の方達を遠目に見て…もう一度思う。

 

 何故、私は…こんな場所にいるんだろう…。

 

 …。

 

 初め…局長が言った事は、ただの趣味の悪い…何時もの冗談だと思っていた。

 

 もう一人の尊敬に値する人の、知らない面をこの一月で…嫌という程。見せられた気がする。

 

 約束は約束。

 

 そう言ったのに…。

 

 一回は仕事だと、無理やり自分を納得させるしかなかった。

 

 この学校の様子が、どんどん変わっていく。

 

 まるで差し押さえられた様に、各入り口に張られていく黄色い線。

 

 健気に…必死でがんばった…あの子達をあざ笑う様に…本当に…本当に、ただ現実になっていく。

 

 無くなる現実に。

 

 …。

 

 ………。

 

 私は、手を握り絞めるしかない。

 

 …こんな残酷な事に一旦に…加担してしまっている。

 

 その現実にも…

 

 

 

『 でも僕は、今回ばかりは仕方ないと思うんですよねぇ~ 』

 

 

 っっ!!!

 

 先程までいた休憩所から、突然耳障りな声が聞こえた。

 

『 随分と都合が良い話じゃありませんか? 』

 

 西住 歩と、局長の声…。

 

 あの男…接待かなにかと、あの会場より何処か行ったはず…なんでこの場所に?

 それと、局長は戻ってきた戦車を、差し押さえする為にって…戦車倉庫に向かったはずじゃ?

 二人の声に驚き、思わず校舎影に隠れてしまった…。

 

『 まぁ? 僕は家元と違って、臨機応変に柔軟に対処できますからねぇ…だから今回は大目に見ますよ 』

 

 ガタン…と、自販機から物が落ちる、独特な音がした。

 そしてもう一つ、ガタンとした音…。

 

『 貴方も、そういった物を購入するのですねェ…、あぁどうも 』

『 まぁ、この炎天下じゃ贅沢は言ってられませんよ 』

 

 …。

 

 缶を開封する音がすると同時に、ベンチの足が地面を少し擦った音。…腰掛けたようだ。

 

 …って! …私、何を盗み聞きしてるの…。

 

『 随分と機嫌良さそうですねぇ…面会は、うまく行ったようですね 』

『 えっ? そうですね。僕の話に気持ち良く食いついてくれましたよ、あの髭 』

『 あの髭…ねぇ 』

 

 …髭?

 あの男が会っていた人だろうけど…髭…。

 盗み聞きは趣味が悪すぎるけど、止める為にどこかに行く…という選択肢は端から浮かばなかった。

 

 …この男もそうだけど、局長もそうだ。

 不審…その言葉しか浮かばない。

 

『 あぁそうそう、先ほどの話ですが、今行われいる試合での勝敗が非常に重要なんですよねぇ~ 』

『 勝敗が重要…。それはそうと、こんな場所で話して大丈夫なんですか? 』

『 構いませんよ。別に聞かれても困る話じゃないですしねぇ。あくまで僕の希望…的な話ですから。聞かれた所で、困る事じゃない 』

 

 壁に背中を付け、彼らからすれば陰になって見えないだろうけど…隠れる事に集中し始めてしまった。

 …もうこうなったら…毒を食らうなら、皿まで…よね。

 

『 そんな訳で…今回の試合、大洗には負けて貰わないと困るんですよ 』

『 ふむ…それですと、彼女を家元にしたいという貴方の思惑から外れるのでは? 』

『 西住流は常勝しなくてはならない。でもそれはケースバイケース。今回、公式じゃありませんし、僕は僕の為になるのでしたらなんでもいい。ですからこの試合は僕の為には重要なんです 』

『 こんなただの、バカ騒ぎの試合ですのに? そんな重要な試合だとは思えませんが… 』

 

 …。

 

 最後の思い出に、黙っててあげますよ…とか…嬉しそうに言っていたのに、バカ騒ぎの試合って…。

 

『 電話口でも言いましたよねぇ~~? 今回は、彼女を崩すのに打って付けなタイミングなんですよ 』

『 ふむ? 確かにこのタイミグ好ましい様な事を言ってしたが… 』

『 廃校確定の話。それが大前提。…ってな感じですねぇ~ 』

『 …まぁそれは良いとして…今回、彼女達が負けるとは限りませんよね? 』

『 負けますよ 』

『 その確信の理由は? 』

 

 …何をあの男は言って…

 

『 彼女のⅣ号戦車ってね? ギア周りに難点が、多々あるんですよねぇ~ 』

『 ……… 』

『 故障が多いんです。聞いた事ありません? 』

『 ま。私はあいにく、戦車には疎く…まぁ? 西住の方が言うのでしたら、その通りなんでしょう 』

『 そうですよぉ 』

 

 …。

 

 ………。

 

 確かにこの学校…余りそちら方面の設備が無いけど…この男…まさか…。

 

『 まぁ? その後は此方でしますんで、ご心配なく。ご迷惑はかけませんよ 』

『 それだけで、あの髭…失礼。あの大先生様が良く納得しましたね。うまく行くとは思えませんが… 』

『 あの髭、昔から…それこそ若い頃から、家元にご執心でしてねぇ~。昔、セクハラ紛いの事をしようとして? 指へし折られたんですよね? 』

『 いきなりなんですか? …まぁ、それは有名な話ですね。…あの家元、若い頃から過激だったようですね 』

『 それで益々ご執心になった話ですよねぇ~どうやら屈服させたくて仕方ないみたいじゃないですかぁ 』

『 まぁ、その事件が切っ掛けで、戦車道界隈のそちら方面が、大分クリーンになりましたけどね。島田流家元と根絶を今現在も目指しているようですね 』

 

『 それを餌にしました♪ 』

 

『 …はい? 』

『 古き良き時代ってのを、復活させようって話ですよぉ~。僕の計画がうまく行けば、戦車道界を、また男がしっかりと運営管理できる時代到来って訳です。あぁ選手から、何もかもね 』

『 その為に彼女を家元にすると? 飛躍しすぎでは? それでよく、あの疑り深いあの男を納得させられましたね 』

『 あぁ、あの手の男はね? 身内を差し出すと、結構信頼してくれるもんなんですよ 』

『 身内を…差し出す? 』

『 まぁ? コレは貴方お得意の「口約束」ってだけですけどねぇ~ 』

『 …… 』

『 学生だから許されてますけどね? 島田の男との婚姻なんて、家の老害共が黙って許すハズないでしょ? 』

『 あぁ…彼ですか。あのお家の娘とですと、まだ高校生だというのに、そう言った話も現実性を帯びてしまうのが…少々気の毒ですね 』

 

 …思ってもいない事を…。

 

『 それなりの年齢の男は、そんなに西住には、いませんからねぇ~……僕に話が来ています 』

『 言い切りましたね 』

『 えぇ、簡単だったしね 』

『 ……簡単()()()…ですか 』

『 だから……今回はその為に、身内になる…いえ、彼女に「何でも言う事聞かせる理由」ってのを、今回作るって話をしたら納得して頂きました 』

 

 …。

 

『 家元との親子関係を鑑みれば、大いに食いついてきました。弱みが無ければ作ればいい。ビジネスにて、ライバル会社を負かす定番ですよねぇ~ 』

『 深くは聞きたくありませんが…まぁ…成程 』

『 性格上、その後の彼女の舵取りは、簡単でしょうし? 後は…プロリーグへの先人として、学生デビューでもさせれば良い 』

『 …話題性も凄そうですね 』

 

 …き…聞くに堪えなくなってきた…。

 あの男…。

 

『 確かに現在、利権争いに躍起なお偉方は、廃校後の彼女を、どう確保するかを必死になって模索していますからね 』

『 ね? その彼女が、自ら…ネギしょってやって来るんですから、食いつくはずでしょ? 』

『 でも良いのですか? 』

『 はい? 』

『 貴方の言い分ですと、妻になるはずの女性に…ですよ? 』

 

『 だ か ら ? 』

 

『 ……… 』

 

 一人の女の子…女性を商品としてしか見ていない…。

 

 辻局長は…そんな男に対して何も言わない。

 

 …。

 

 

『 では…貴方のメリットって、なんでしょう? 貴方は家元の夫になる。そんな事が目的じゃないでしょう? 』

『 … 』

『 西住さん? 』

『 辻局長…僕はね? お金が大好きなんですよ 』

『 …はい? 』

『 あぁ、別に金自体って訳じゃないですよ? お金は力です 』

『 今までの話じゃ…確かにあの髭先生から、いくらかは融通してもらえるでしょうが… 』

『 面白い冗談ですね! そんな、はした金じゃ勿論ないですよ! 』

『 では…? 』

『 古今東西、どの時代も、何が原因で、何の商売が一番儲かったと思いますか? 』

『 ……貴方 』

『 はい、ワカリマスヨネ? それは戦争…武器商人ですよ 』

『 …… 』

 

 携帯を取り出して、見慣れた番号画面にへと携帯を操作する。

 

 そして思う…思い出す。

 

 一人ではしゃいでいる、いい歳の男の声が聞こえてくる。

 

 戦車道…ね。

 

 …尊敬した恩師は、経験者だった。

 この件が無ければ、昔から余り興味はなかったので、その時は詳しく聞かなかった。

 そんな事を、今になって思い出すなんてね。

 私も…あの子達に感化されてでもいるのかしらね…。

 

『 戦車道 』

 

 そのままその場を、バレない様にゆっくりと離れる…それでも、馬鹿みたいに大声で話している為、嫌でも聞こえて来る。

 そして、妙に心に…そして耳に残っている言葉を思い出した。

 

『 人殺しの道具で、戦争の真似事をしている馬鹿な女共と、それに群がる連中…それに対して売ってやるって、話ですよぉ 』

『 …戦車道連盟が、現在そちらを管理しているではないですか。運営、管理、販売権の全てを 』

 

 

『 武器は、兵器だけじゃないでしょぉ? 』

 

 

 最後に聞いた言葉に、それに付き合う辻局長にも…これで踏ん切りが付ける事ができた…。

 何より…その言葉が信じられなかった。

 どの道を通ったかも覚えていない…。すれ違う人もいない校庭を通り、離れ…校門の前付近になって、漸く画面の発信を押すことができた。

 

『 はい 』

 

 数コールの後、数回聞いただけの声が、耳元に聞こえた。

 たまには此方から仕掛けてみる…か? もし聞かれたとしても、それがフェイクにもなるだろうし。

 

 ま…もう、この学校には私達以外、誰もいないけどね…。

 

「…あ、誰か解る? 適齢期にリーチを掛けている、お姉ちゃんですよぉ?」

 

『 ………該当する方が複数いまして、特定できません。後、当店は泥酔された方はお断りしておりまして… 』

 

 あ~ら、相変わらず小生意気…。私に対して、こう冗談めかして挑発してくる人間って少ないのよね。

 見た目から舐められたくなかったら…出来るだけ威嚇して人と接してきたから…ね。

 2度目以降…何時までも態度を変えない人間は、正直珍しい…。

 

 でも…可愛くないわ。

 

「…手短に言う。家元に会わせて」

 

『 はい…? 』

 

 先程の聞いた内容。

 

 …数日前に、彼から突然電話が来た時の事を思い出す。

 

 初めは鼻で笑って終わりだった。

 

 少し同情もしていたといのもあり、今回だけなら聞かなかった事にしてあげると電話を切った。

 

 …やはり、私も感化されている。

 

 …大洗が初戦を突破した時だったな。

 

 すぐに負けると思って、観戦していたから…特に印象に残っている。

 

 …。

 

 最後…サンダースの娘が言ってたわよね…。

 

 戦車道は戦争じゃない…だっけ。

 

 …ある意味で戦車道の…道としての根本。

 

 その言葉を…よりにもよって、あの立場の人間が否定した。

 

 暗に戦車道は戦争だと…はっきり断言した。

 

 ……胸糞悪い。

 

 だから、あのふざけた話の返事を…してあげる。

 

 

「貴方の話…乗るわ」

 

 

 




閲覧ありがとうございました。

本気の屑を書けたかどうか…まだヌルいだろうか…。

あ、はい。

PINK編の挿絵、2話分を先月更新してありますので、見てない方はどぞ~。

ありがとうございました

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