転生者は平穏を望む   作:白山葵

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はい、お久しぶりです。
なんとか再度投稿できました。…漸く次回から本編が続けられる…。




【閑話】野郎達の挽歌 その5

 

 

「それじゃあね、兄さん」

 

 

「…本当に、送ってかなくていいのかい?」

 

 …いい加減、この扉…閉めたいんだけど。

 半分ほど閉じた部屋と間から顔を覗かせ…いや、体全体を使って閉めようとするのを阻止してる、この心配性な兄。

 

「だから…私ももう高校生なんだから、一人で帰れるよ」

 

「高校生というのだから、余計に心配なんでしょうっ!? 今ッ! 外! 真っ暗ッ!!」

 

「…はぁ…。このやり取りって何回目なのよ…いい加減、恥ずかしいんだけど…」

 

 ホテルの一室。その部屋の前に立ち竦んでいるみたいで、変に目立って嫌なんだけど。

 夏休みというだけあって、それなりにお客さんもいる様で、先程からチラチラ通行人に見られてなんか落ち着かない。

 部屋前で、言い合いでもしている様にでも見られているんだろうか? 

 後、いい加減に妹にまで対して敬語で話すのやめてくれないかなぁ…。そんなんだから、兄妹だというのに、痴話喧嘩に間違えられるんだよ。

 流石に何回も続くと嫌なんだけど…。

 

「………はぁ…」

 

 これもまた何度目のため息だろう。頭でも掻きたかったんだけど、両手が塞がっているから掻くことも出来ず…頭を下に項垂れるしかない。

 仕事の為に来られない両親の代わりに、後日行われる私達の保護者と呼べる人達の親睦会に参加するらしいのだけど……兄さんも大洗の学園艦に住んでいる癖に、なんで態々ホテルになんて宿泊してんだろ…。

 整備士の人達って、陸に戻るとこうやって、態々陸のホテルとかに宿泊するみたいだけど、そんな面倒な決まりでもあるのだろうか。

 

 ま…大人には大人の世界があるから、何とも言えないけどね。

 

「…変なのと出くわしたら、走って逃げるから大丈夫。私の脚に着いてこれるとは考えられないでしょ?」

 

「そういう問題じゃあないんですっ! そもそも、今っ!? 大洗には酷い変質者出没しているって聞きましたよっ!?」

 

「………」

 

「危ないじゃぁないですか!!」

 

 

 あぁ…そうだった。

 …噂に帯びれが付いて、結構な事になっているんだった…。

 

 …。

 

 変態…ねぇ…。それで誰を指しているか。…が、すぐに解る辺り私も毒されているのだろうか…?

 

 

「…ハッ」

 

「ん? どうしました?」

 

 …。

 

 ………。

 

「なら、余計に早く帰りたいんだけど…こうしてると更に遅くなりそうよね? お陰でソレと遭遇する確率が上がる訳だけど?」

 

「ぐっ…! あっ! なら、いっそ泊って行けば…そうですよっ! 昔みたいに兄妹仲良…「 却  下 」」

 

 冷たく言い放つと、泣きそうな程に顔を歪めた…。

 

「もういい歳なんだから、妹離れしてよシスコン」

 

「シスッ…!」

 

 …あ、崩れ落ちた。

 

 自覚はあるのだろうけど、いい加減に私もこの兄を相手にするのは面倒になってくる。

 そもそも、なんで今の言葉にソコまでダメージを受けるのよ。

 膝が崩れ落ち、項垂れている兄を見下ろして何時もの様に思ってしまう。…心配してくれるのは、ありがたいとは思うのだけど…小学生の時から扱いが変わっていない様に感じるのが、非常に面倒くさいなぁ…と。

 …私の事よりもさっさと、彼女をつくりなさいよ。

 それに、その変態が通学している高校にいるって知ったら、このシスコン兄はどうするつもりなんだろう…。

 

「じゃあね」

 

「はっ!! 待っ―― 」

 

 項垂れてくれたのをコレ幸いと、強めにドアを閉めた。

 ドアを押さえていた兄の手は離れていた為に、すんなりとそのドアは閉める事が出来た。…ちょっと、シスコンを挟んでしまったが元気に転げまわっていたので問題ないだろう。

 すぐにシスコンが私を追いかけて来そうだし、出入口が塞がれた部屋を背中に向け、さっさと絨毯廊下を歩き出した。

 

「……」

 

 

 …そうだ。

 

 下手にエレベーターから降りるより、階段の方が良いわね。

 あのシスコンが追いかけてきても、多分真っ先にエレベーターへと行くでしょうし…その場に居なかったら諦めるわよね。

 そうと決まれば、そのまま逃げるように、廊下の角を曲がり、階段がある方向へと体の方向を向けた。

 すぐに足音の代わりに、サクサクと絨毯が鳴る音が下から聞こえる。多少速足で歩いても、派手に音が響かないから丁度良い。

 

 サクサクと…。

 

 音が…。

 

「…………ッ」

 

 先程の兄さんの言葉が、どうにも耳に残っている。

 

 

 …結構な変態…ねぇ。まぁ、否定はしない。

 

 

 …。

 

 くそっ。

 

 …いい加減に忘れたい。

 

 一人になり、無言で廊下を歩いていると、どうしても考えてしまう。

 更に…妙に目蓋の裏にこびり付いて剥がれないあの映像。

 兄の言葉からすぐに誰の事を言っているか分かり、まず最初に…あの時の映像を思い出してしまった。…また。

 

 あの着ぐるみを、強引に剥がされ、脱がされる姿。立ち上がる水蒸気。

 

 そして祝勝会の後に見せられたあの映像。

 小山先輩は、アレが退室した後に、もう一度宴会場に集まる様にとみんなに指示していた。

 最初はなんの事だろうかとは思ったが…集まった私達に向けて、何時もの優しい口調には不釣り合いな、真剣な目をしていたのを覚えている。

 

 そして…『 どうせ後々、バレる事だから…先に皆に、見せておくね… 』と一言置き…動画を見せて来た。

 

 まぁ…そりゃ…あそこまで拡散されていれば、いずれ誰かが気が付くだろう。変な誤解を生まない様にってのは分かるけど…。

 

 …。

 

 ………。

 アノ時の宴会場の空気が…空間が凄かった。

 誰もが喋らず、ただ無言で流れたテレビの映像を眺めていた。

 

 真っ赤な…夕日の色から始まり…流れる悲鳴。

 

 揺れる画面。

 

「……チッ」

 

 知らない。

 

 知った事じゃない。

 

 アレが今、変にネット上でも有名になり始めてる「黄色い着ぐるみ」の中身。…と知れたら、世間はどんな反応すんのかしら。

 

 だからその事が、少し引っかかっただけ。それが理由。決勝戦の後の事も、自業自得。勝手にアレがしてる事。

 何故か、個人名や何やらは不明なままだけど…あそこまで派手にしてんだから自業自得。身からでた錆びだし、私の知った事ではないわ。

 だから連想して、また思い出してしまったのは、そういう事。それ以外に無い。あってたまるか。

 

 …。

 

 そ…そもそもがっ!! …皆、アレを過大評価しすぎなのよ。

 歳もたった一つしか違わない…だけなのに、右往左往して…みっともない。アレだって、世間様ではごく一般の男子高校生なんだから。

 ただ置かれている状況が少し特殊ってだけで…。

 

 

「 ありがとうございました 」

 

 

 ん…?

 

 階段の小さな踊り場にまで来た所で、どうにも聞いた事のある声がした。

 静かな廊下なので、はっきりと聞こえた。

 

「…では、寄り道などせずに、真っ直ぐ自宅へ帰ってくださいね」

 

「小学生ですか、俺は…」

 

 …まさか。

 

「いえ…前例がいますので、少々心配になっただけです」

 

「前例って…」

 

 何故か即座に、壁の陰へと隠れる様に腰を落としてしまった。

 その壁の陰から、ゆっくりと顔を覗かせると…嫌でも目に入るあの巨体が見えた…。

 誰かの部屋の前…だろうね。いつもの様にヘラヘラしながら、あの男が立っていた。

 そして聞こえる一人の女性の声。

 

 ……。

 

 ここからでは陰になり、半身しか見えないが…その端から見える綺麗な黒髪…の、大人の女性。

 スラッと腰は締まり…横から見ている為だろうか、あからさまに強調されて見える、胸部が目に入っ……。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 チッ!!

 

 

 

 あのクソナンパ野郎!!

 

 

 そんなにデカいのが良いかっ!! 男ってのはこれだからっ!!!

 脂肪の塊だろうがあんなのっ!! 動く時に邪魔になって仕方がないでしょうよっ!!

 

 …私には無いから実際には解らないけどっ!!!!

 

 

 …。

 

 

 ……なんだろう…一瞬、誰かとシンパシーを感じた…。

 

 ですよねぇ~…とか、オレンジ色の、どこかで聞いたような声で賛同を受けた気が……

 

 

「何処にも寄りませんよ…ただでさえ、みほ達に内緒で家を抜け出してるのに…」

 

 

 …。

 

 ……ん?

 

 一瞬、この現場の全てを浮気の証拠として録音し、西住先輩に即座に報告してやろうかと頭を過ったけど、その西住先輩の名前が出た…。

 いや? そうすると、相手も西住先輩を知っている人…夜…内緒で家を抜け出して…って言ったわね。

 そう言えば、噂で聞いた事がある…まだ高校生だというのに、あのクソナンパ野郎は、寄りにも寄って西住先輩…基、女性と同居…。

 

 

「えぇ。ですから、コレ幸いにと如何わしいお店などには、行かないように」

 

「しほさん……未成年なんすけど、俺…」

 

 

 あっ、名前が出た。

 

 しほ…ん? どこかで聞いたような…。

 

 あっ! そうだっ!! 

 喫茶店と……納涼祭の時に一度会っている。

 あの時も確か…私達へ…学校で見せる顔とはあまりに違う、緩み切った顔を同じ様に見せていた。

 そして何より…あの凶悪な胸で、確信した…。

 

 あの女性…西住先輩のお母さんだ。

 

 

「夜、寝るフリして抜け出して誰かと密会している…と、知れたら? 浮気を疑われても、隆史君は何も言えませんよ?」

「…その場合…浮気相手って、しほさんになりますけど…」

「ふふ…ですから、私と会っていると知った時点で、その疑惑が晴れてしまいますから…少々面白味には欠けますよね」

「面白味って…。はぁ……貴女の娘さんに疑われた時点で、かなり俺の胃はダメージを受けるのですが…」

「そこは自業自得という事ですね」

「では…はい…。その…怒られない内に帰ります…。また…ぜひっ! お手柔らかに…ご教授お願い致します…本当に! お手柔らかにっ!!」

「それは…隆史君次第ですねぇ。今日のような体たらくでは、約束しかねます」

 

「は…………はい。精進します…」

 

「はい」

 

 

 

 …。

 

 西住先輩には申し訳ないけど…厳しく怖そう。そんな感想しか、あの女性から浮かばない。

 あのクソナンパ野郎はどうでもいい。急に真っ青になったけど、知った事ではない。…が、西住先輩のお母さんは、目を伏せ…冗談めいた事を口にして、小さく…そして柔らかく笑った。

 あの怖い女性も、あんな風に笑うんだ…。あのクソナンパ野郎と会話を楽しむ。どこか、そんな雰囲気を感じ取れた。

 そういう事を一切感じ取れないような人にしか見えなかったけどね。

 

 チッ…。

 

 昔からの知り合いらしいし…特段、不思議とも思えないし…何よりも…。

 

 …浮気じゃなかったか。

 

 さっきから舌打ちばかりでるわ…。

 

 決定的な証拠を押さえようと出していた携帯を、そのままそっと…ポケットにしまう。

 我ながら無意識に取り出していたわ…。

 

 はぁ~…。

 

 そもそも、なんで私が? こんな真似をしなくちゃいけないのよ。反射的に隠れてしまったが、隠れる必要なんてモノもない。

 堂々としていて何ら問題ない。…なにしてんのよ、私は。

 大分、こんな場所でこんな事をしていたお陰で、時間を盗られてしまった。

 はぁ…バカバカしい…。さっさと帰ろう…。

 舌打ちの次は、ため息か…。何度目かのため息を吐くと、これもまた…いつの間にか真下に垂れていた頭を上げる。

 壁に添えていた手に力を入れ、体を起こすと、そのまま階段に視線を移す。こんな所でまた顔を合わせてしまえば、また面倒な事になるので、さっさとその階段へと進むことにした。

 

 …。

 

 ……。

 

 とか思っていたら…。

 

 いや…もう、しくじった…。あの出くわしてしまった階から、私は階段…この変態はエレベーターで下ったという思うのだけど、階段を急ぎ駆け下りてしまった為…変にタイミング合ってしまい…。

 

「あれ…河西さん?」

 

 思いっきり鉢合わせしてしまった…。

 

「えっと…こんばん…わ?」

 

「…はい、こんばんわ」

 

 特に時間も時間。…普通ならばこんな場所で会ったというのに、私に対してこの男は、特に詮索するかの様な事もしないで、普通に挨拶をしてくる。

 むしろ、あからさまにバツが悪そうに挨拶を返してしまった私に対して、苦笑をしていた。

 

 そろそろ23時を回る。…流石にこんな時間だし、ロビーとはいえ人気が少ない。

 そんなロビーで同じ学校の高校生二人…。

 お陰でホテルロビー前で、相手は違うがまた変に誤解を生んでしまうような状況になってしまっている。

 こんな場面、先ほどの相手にでも見られたら、また面倒臭い事になってしまうわよ…はぁ…。

 

「あ~…どうすっかなぁ…」

 

 挨拶以上、特に会話をする事なく…ある意味でどうしていいか分からない状況。

 …この男もバツが悪いのか…外を見ながら一人事を呟いた。釣られ外を見ると…明るい玄関内から見えるその外は、ホテル向かいの海が夜の暗さを強調するかの様に黒一色だった。

 

「河西さん」

 

「…何でしょう、尾形先態。いえ、先輩」

 

 目の前の変態…先輩が、私にも聞こえる程強くガリガリと頭を掻きながら、声を掛けて来た。

 声を掛けられ、変に警戒心が出てしまったのか…少々失礼な言い間違いを、苦笑と共に聞き流された。

 …普段なら、絶句するか動揺するというのに、なんだろう…変に何時と雰囲気が違う様に取れる。

 

「俺…は、まぁ所用が合って此処に来て…今から学園艦へ帰るんだけど…」

 

 …所用ねぇ…えぇ存じておりますわ、このナンパ野郎。

 

「河西さんも…かな?」

 

 …。

 

「…そうですけど」

 

 あ。

 

 一瞬、そんな質問に警戒色を強めてしまったが、こんなホテルの、こんな時間に…手荷物を持ってロビーにいるのだから、そう取られても仕方がないか。

 だからと言って、それを聞いてくるのは、なんのつもりだろう。

 

「あ~…うん。河西さんが、俺を良く思っていない事を前提にお聞きしますが…」

 

「はい? …なんですか」

 

 敢えて否定もしないで返事をすると、また苦笑しながらもこう、口にした。

 

「…せめて学園艦の…明るい所までは、送りましょうか?」

 

「………」

 

 私がこの男に対して、良く思っていない…。それを前提に置いて聞いてきたのだから、この発言はただの善意だろう。

 

 はぁ…まぁ、アレね。私に対してまでナンパですか? 見境ないんですか? 頭おかしいんですか? …とか、色々言いたくなったがすぐに飲み込んだ。

 その善意に対してそれらの言葉を吐いてしまったら、私はただの嫌な奴だ。

 …えぇ解っている。本当に見境いがない男だったら、妙子がアソコまでこの男に固執しないだろうしね。

 

「ぇあ~…う~ん。まぁ警戒するに越した事ぁないか…」

 

 だから、黙ってしまった私に対し、また苦笑を浮かべているこの男。

 

「あ~…なんだ…。余り心配にさせるような事を言うのは心苦しいけどね? 最近、学園艦で変な輩が出没しだしたって聞いていてね?」

 

「…変質者ですか?」

 

「まぁ…」

 

 自己紹介? 大体噂の真相はアンタなんですけどねぇ~。

 

 …はぁ。兄といい…どうしてこう…。

 言い辛そうにしているが、どうにもどこかズレている。これもまぁ何時もの事と言えば…何時もの…

 

「数件、生徒会にも報告が上がってきていてなぁ…」

 

「…え!?」

 

 思わず声が出てしまった。

 意外…この男だと思っていたら、本当に変質者と呼ばれるような輩が出没していた…の?

 

 

 …。

 

 

 外を見ると…やはり、さっきと変わらないで真っ暗のままだった…。

 

「杏生徒会長が、真顔で対応していたのを見てるから、あぁ…こりゃマジモンだってな。さすがに心配になる訳ですよ」

 

「………」

 

「そんな訳で…一応、君の先輩としては、帰宅へ同行させてもらえると、助かるんだけど…」

 

 悪魔で下手な対応で…しかし目は真剣なままで、私を見てくる。

 

 そしてもう一度聞かれた。

 

 

「どうだろう?」

 

 

 

 ◆

 

 …。

 

 

 ………。

 

 

「…ねぇ、妙子」

 

「ん? な、なに?」

 

 さっきまで何もする事なく、ただひたすらに尾形先輩を睨んでいただけだったのに…突然名前を呼ばれたので、少し驚いてしまった。

 …いえ、そうじゃない。なんだろう…特に珍しい事でもないのに、この時ばかりは何故か慌てる様に返事を返してしまった。

 だって…変にこう…お腹の底から絞り出すような声だったんだもの。

 此方に話しかけているのに、顔を動かさず…前方に首を固定したまま…。

 握る様に合わせている両手に、うっすらと血管が浮かび上がっている様に見えるのは、多分目の錯覚だろうと思うの、うん。

 

「バレー部、復活の件…ほぼ確実になったのって…聞いてる?」

 

「「「えっ!?」」」

 

 復活!? なんで今言うのだとうとか、色々と思う所はあるんだけど…何よりも気になるのが…。

 

「ま、正確にはまだ、保留になっているって言っていたけど…」

 

 …尾形先輩を睨みながら言っているのが、一番気になる。

 それに言っていたって…その視線の先の人が…?

 

「ど…どういう事!?」

 

「…キャプテンも知らなかったんですか」

 

 …キャプテンも知らなかったのか…ある意味で一番驚いていた。

 あけびちゃんも、素直にその言葉を受け取れば、喜んでも良いと思うのだけど…やっぱり驚きの方が勝っていたんだろう。…眼…見開いちゃってるよ。

 

 …。

 

 ……。

 

 一通りの設備、バレーに必要な物は揃っているのだからすぐに復興する事自体は問題ない。

 でもバレー部は、一度廃部になっているから、人数集めるだけじゃ厳しい…らしい。

 現在の体育館の利用時間や、他の部活との折り合い。小さい問題だけれど、結構な量の調整が必要になってくる。

 何よりも…顧問の先生。

 同好会ならば特に問題らしいのだけど、正式に試合に出たり、部活動を続けていくって事を考えると、素人の先生が顧問に就くよりも、経験者を顧問に置く方が現実的になる。

 …それが無理な場合、外から招くのがセオリーなんだけど、そうそう都合良くいるはずもなく…。

 それに妥協したとして、その素人の先生だとしても、簡単に見つからない。そもそも顧問に就く事を非常に嫌がられるっていうのが一番大きい…。

 バレー部復活は、非常に厳しい物になるって事は…ある程度の事情を含め理解はしていた。だからキャプテンは…取り合えずまずは、人数を集めなきゃ始まらないって事で、諸々問題を置いておいんだだけど…。

 

「…必要書類等は全て済ませてあるって。時間の調整も……顧問の問題も…なんとかなりそうだって言ってた」

 

 なんか…悔しそうに、それらの問題は、殆どクリアしていると、忍ちゃんは言う。うん…言っていたって…。

 

「ですからキャプテン…後は、本当に部員数を揃えれば、いつでもバレー部は復活する……らしいですよ?」

 

「河西…え…? えっと…え?」

 

 驚くキャプテンを他所に…初めて自身の胸元へ目線を落とし…自分自身へと言う様に…呟いた。

 

「はっ…いつの間にか、私達が初めの目標にしていた部員数の確保…それが最終的な問題に変わっていたわ…」

 

 それは喜ばしい事だと思う。何歩も、何歩もバレー部復活へと近づいていたんだから…うん、いつの間にか…。

 

 

 …いきなりすぎて現実感が湧かない。

 

 呆然と…ただ忍ちゃんを眺めるしかなかった。

 

 

「ちょっと、待って河西。言っていたって…生徒会長がそう言ってたの? 直接聞いたのっ!?」

 

「…違いますよ」

 

「なら、本当かどうかなんて…というか、誰に聞いたの!」

 

「……」

 

 無理もないと思う…信じられないと、キャプテンが忍ちゃんに詰め寄った。

 そして、忍ちゃん…。落としていた目線を上げ…真正面を向き直して…吐き捨てる様に言った。

 

「アソコのクソナン…生徒会役員にです」

 

 …。

 

 全員…その言葉と同時に砂浜に正座をしている彼を見る。

 

「尾形君…から?」

 

「えぇそうです。決勝戦が終わった後、すぐに諸々の手配を済ませたって言ってました」

 

「…決勝戦終わってから…一週間しか経ってないけど…」

 

「ですね」

 

「…祝勝会とか…後なんか、よくわからない会合とかに呼ばれてなかった? …彼、結構忙しかったと思うけど…」

 

「でしょうね。ここ数日間、まともに寝てないみたいですよ? 見て下さいよあの目の下の隈」

 

 淡々と、感情のない声でキャプテンの問いに答えている忍ちゃん。

 

「確かに、戦車道で優秀な成績を収めたらバレー部の復活を認める…って会長と約束したけど…こんなに早く?」

 

「…帰って来てから、空いた時間で? 話を進めてくれていたみたいです」

 

「へ…へぇ…」

 

「へっ。私達は? ガンバッテ条件をクリアしたそうですから? 今度はコッチの番だ…とか言ってましたよぉ?」

 

「…」

 

「…何なの? 本当に訳わかんない。んな事してくる位なら、西住先輩を…くそっ!」

 

 最後のキャプテンの言葉には返さず…一人事の様に呟く。

 先輩の全てのスケジュールなんて勿論知らない…知らないけど…学校が夏休み中でも。登校日から含めてずっと活動をしていたらしいし…。

 …先輩…かなり無理したのかなぁ…。例の祝勝会隠し芸優勝賞品の件の時だって、朝から学校にいたし…。

 

「アレがあのナンパ野郎の手口って訳っ!?」

 

「なっ、何の事っ!?」

 

 静かに…というか、何かを溜め込む様に喋っていたと思ったら、急に叫ばれた…。

 さっきからどうしたの忍ちゃん…情緒不安定なの?

 

 そう言いながら力ずよく腕を前に突き出し…その前方の尾形先輩を指さした。

 あ、うん。いつもの様に…でもないか。

 西住隊長のお家の方の前で、青い顔しながら正座をしているね。その横に…うん。会話の流れからすれば、秋山先輩のお母さん…だよね?

 お父さんの間に立って、困った顔で…いえ、違う…満面の笑みで秋山さんのお父さんを尾形先輩とまとめて見下ろしてる。

 

「やってる事、毎回毎回、誰に対しても同じじゃないのっ!」

 

「えっと…なにが?」

 

 赤い顔して、どうしたんだろ。

 

「今回マジでナンパしてるしっ! だから訳わっかんない関係が出来上がってくのよっ!!」

 

 し…忍ちゃん?

 

「…なんなのよ…くそっ!」

 

 ……。

 

 ……………。

 

「河西」

 

「なんですか、キャプテン」

 

 ……。

 

「尾形君に、お礼…言った? 絶対に苦労したと思うよ?」

 

「…言ってる暇なんてありませんでしたよ。そ…そりゃ、一言くらい言った方が良いとは思いましたが…」

 

「そうだね。一応、会長との約束事とはいえ、実際に動いてくれたのは彼だしね」

 

「そうですよ…」

 

「……うん」

 

 ……。

 

 …………。

 

「…あの…た…妙子ちゃん?」

 

 ……。

 

「ちゃんと言わないとね…。まぁ…今度私から言っておくけど」

 

「いいですよ、聞いた私がちゃんと言っておきますから」

 

「いや、そこはキャプテンとして私が…ちゃんと内情も聞いておきたいし…」

 

 

 …。

 

 

「妙子ちゃん? 妙子ちゃーん!? どうしたの!?」

 

 ……。

 

 ………。

 

「佐々木、さっきからどうしたの」

 

「そうよ」

 

 ………。

 

「いえっ!! 妙子ちゃんの目が死んで…って…!?」

 

 ……………。

 

 

「…二人はなんでそんなに光輝いて…」

 

 ……。

 

 

 …………チッ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「あら、先ほどはどうもぉ」

 

 

 …。

 

 ……。

 

 優花里さんのお母さんが、現れて早々()()()、と…気になる一言を入れ、菊代さんに軽く会釈した。

 そしてその娘さんの目からは、光が去っている…。

 

「あ、いえいえ」

 

 じょ…情報量が多すぎる…っっ! 何をどう…いや、どこからどう対処して良いか全く分からないっ!!

 会釈に対して会釈で返す菊代さんは、すでにもう見慣れた優しい笑顔なのだが……先程からの対応を想像すると、ここから何を言い出すかが、余計に分からず恐怖以外の感情が湧かない。

 …先程は…と、言ったのだから既にもう、外堀は埋められているのだろう…。

 この分だと華さんのお母さんとも既に、挨拶は済ませてあると思って間違いはないだろうよっ!

 

「アナタッ!」

 

「っっ!!」

 

 …そんな挨拶を交す奥さんを尻目に…いや、四つん這いで尻を向けて這いながらその場を去ろうとする、ゆかりんお父さん…。

 あっさりとバレて、捕まってしまった。

 

「急にいなくなったと思ったら…こんな所で何をして…あ、お酒っ! アレほどダメだって言ったのに、隠れ飲んでたのっ!?」

 

 彼の座っていた砂浜に転がっている空き缶を見て、即座にそう判断したんだろうね。

 

「はぁ~…それで突然、優花里から連絡が来たのね…」

 

 そしてその現場を押さえた娘さんから連絡が来た…と、一連の流れを把握したようだ。

 こめかみを押さえながら大きくため息を吐いて、呟いた。

 …しかしその娘さん…。

 

 

 …表情が無い。

 

 

 

「子供の前で良い大人が何をしているのっ!! 海水浴場での飲酒は禁止でしょう!?」

 

「はいっ!? …はいっ!!」

 

「西住さんも…って、五十鈴さんも…全く…」

 

「うんっ! 今回ばかりは僕達が悪かったっ!!」

「そ…そうだなぁ! 奥さんすまんね! 俺らも悪乗りしちまってなっ!」

「申し訳ないっ!」

 

「…え? …そ…そうね」

 

 あ……うん…。

 

 ゆかりんパパは気が付いた様だ…。勘違いしていると…。

 

 …こんな状況、場所で、飲酒をしていたから怒られている……と。

 

 だから変に言い訳しないで即座に謝った。

 他の…常夫さんやら華パパさんも「勘違い」に気が付いたのだろう。即座にゆかりんパパに援護射撃…と。

 自然と正座になって、一緒にゆかりんママさんの説教を受けている…と、いった形になっている。

 

「そっ! そうだねっ!! 僕たちもソロソロ皆さんの所に戻ろうかなっ!!」

「お…おぉ! 賛成だっ! 何時までも子供達と一緒にいるってのも気が引けてきたしなっ!!!!」

 

 

 

 このまま誤魔化す気満々の親父達。

 

 

 

「「「「「「 …………… 」」」」」」

 

 

 

 …そして…すでにそんな父親達の考えが解っている娘さん達。

 

 

 全員…無表情で見下ろしてるな……。

 

 

 …お父さんって、大変っすね…。

 

「…みほさん」

「あ、はい。色々と思う所は、多々…えぇ…いっぱいありますが…」

「そうだな。…この場での危険分子が、このまま去ってくれる流れだ。…みほの友人には悪いとは思うが」

「構いません。この際、目を瞑ります。さっさと父達を連行していってくれさえすれば…もうドウデモイイデス」

「英断だな。書記は気が付いていないようだし…」

「み…皆、さすがに神経質になりすぎじゃ…」

「はっ…武部殿も当事者になれば理解できますよ…」

「…Why? 貴女達なにを言っているの?」

 

 

 …はい、プチ女子会が開かれております。

 いつの間にかケイさんも加わり…解放された中村が、ぜぇぜぇ息を吐いていますね。

 そして俺は、今現在もニッコニコしている菊代さんが怖くて仕方ない。

 

「…えっと…。優花里のお友達に迷惑かけて…」

「はいっ!! そうだねっ! 僕たちが全面的に全体的に悪かったっ!!」

「さぁ! もう行こう! すぐに行こう!」

「ほらっ秋山さんの奥さんっ!!」

 

 

「………」

 

 ひ…必死過ぎるだろ…オッサン共…。

 

 まぁ…娘さん達の視線で、色々な物が、ソロソロ致死量に達しそうなのは理解はするが…。

 余りに必死過ぎて、ゆかりんママさん…すげぇ怪しそうに貴方達の事、見てるけど…。

 

「じゃ…じゃあ、私達はもう行くけど…皆さんにもご迷惑おかけして…」

 

 訝し気な感じではあるが、少し困った様な笑顔で、こちらに顔を向けたゆかりんママ。

 この…あまりに見苦しい父親達…。こんな状況を何時までも作って置きたくないのだろう。

 軽い会釈を俺達にした…うん。このまま連行してこの場をお開きにするつもりだ。

 

「あ、はいっ! 大丈夫ですっ!」

「問題ない。そこの…ソレを、できれば吊るしてくれると有難いのですが」

 

 みほさん、まほちゃん…何で俺の前に立つの?

 

「だっ…大丈夫っ!! だからお母さん速く!」

「そうだな、問題ない」

「はぁい」

「あ…うん。じゃあ私も一応…というか、貴女達なんでそんなに必死なの?」

 

 …だから何で、俺の前に立つの…。

 空気読んでケイさんまで俺の前に立つし…。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 あ、いや。だからという訳じゃないのですが、正座してるから目線が自然と…。

 いや直線状になるから嫌でも目に入る訳でしてね?

 眼前に色取り取りの…桃っと。あ、うん。流石に悪いので顔を背けた…。

 

「……林田。おめぇ…なんで此処にいるんだよ」

 

 …背けた顔の視線の先…。

 しれっ…と、林田が、俺の横で正座していた…。

 

「バレー部連中の場所が、なんか雰囲気が凄くてな。…非常に居づらくなって戻って来た」

「逃げるの速いな、お前…」

「いや…これはコレで…いっぱい並んで…成程、成程。おっぱい派の俺だったかが…先に尾形が記した、西住さんの戦闘力の値を……俺は今っ! 漸く理解した!」

「…………」

「俺はもう…ひと夏の出会いから眼の保養にと、今回は捧げようと切り替えただけだだだっ!!!!!!」

「………」

 

 …。

 

 一応アイアンクローをしておいた。

 

「…尾形」

 

 あ、中村も復活した。

 

「そして何故当然の如く俺の横に座る?」

「俺も一応、男の子だ」

「…」

 

 …なんか…俺と中村と林田。そろって並んで正座しているって状況が…変に落ち着く様になってしまった…。

 

「うむ。素晴らしい」

「おっさん臭いな、お前。人の事言えねぇだろうが」

「しっかしなぁ…この状況で林田の頭握り潰さなくて良いんか?」

「そういや、頭蓋骨はまだ握りつぶした事ないな」

「怖い事言うなよっ!!! 尾形も何ソノ気になり始めてんだっ!!」

 

 …まぁ林田の視線の事だろうが…中村が言わんとしている事は解る。

 

「いやまぁ…彼女達、水着でいるからなぁ…見るなと怒るのも…なんか…無粋で違うと思うが…」

「…だからお前、カード選考の時もそうだったけど…変に理解あるな。彼女さん達がエロい目で見られている訳ですよ? 尾形君」

「ですからこう…あからさまな害悪な視線は潰そうと、こうして落ち着いている訳なのだよ、中村君」

「成程、お前が特殊性癖って訳じゃないんだな」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あら? 尾形くん?」

 

 

 …あ、はい。

 

 優花里のママさん。

 

 そんな俺と中村のやり取り…というか、騒ぎで俺気が付いた様です。

 中村? 中村は俺の手の中で悶えてます。

 両手に頭蓋骨を掲げている俺を、みほ達の体の横から、体を少し「くの字」に曲げて、顔を覗き込む様に此方へと視線を投げてくれた。

 そんな仕草が少し可愛らしい。

 

《 …………チッ!!!!!!! 》

 

 …そして何故か…一斉に鳴り響く舌打ち…。

 

「ほっ…ほらっ! お母さん、速くっ!!」

「優花里、ちょっと待ちなさい。さすがに挨拶くらい…」

「速くっ!!」

「待ちなさいってばっ」

 

 背中を押すように…両手を前にだして、母親を急かす娘さん。

 流石に目線も合って、黙っているのもなんですので…。

 

「あ…ど…どうも…コンチニワ…」

 

 立ち上がり、軽く会釈。

 何故だろう…普通に挨拶しただけ…いや、つもりなのにどもってしまった。

 

「…書記と遂に出会ってしまた…」

「だから、貴女達は一体…。はぁ…もう…タカシの体格で、気が付かないはずないでしょ?」

「だ…大丈夫! まだ私のお母さんが、いないだけまだマシ!」

「みほ…恐ろしい事を呟くな。言霊という言葉を知らんのか?」

「……マホまで…。貴女達、タカシを何だと思ってるの…その子のお母さんなんでしょ? 何を心配してるの…ダージリン達とかなら兎も角…」

「え…みぽりん達、まさかアレ…本気で思ってたの?」

 

《 …………ハァ 》

 

「何も解っていないって、哀れみの目はやめてくれないかしら…」

 

 

 ですから君たちは一体何と戦っているんですか?

 そういや…ミカは……。

 

「……」

 

 気が付けばアンツィオ連中と飯食ってるし…。

 アレ? ………カルパッチョさんが…いない。

 

「こんにちは、尾形君」

「お久しぶりです」

「最近、顔を見せてくれないから、優花里と喧嘩でもしたのかと思ってたわぁ」

 

 な…何故だ…。

 ゆかりん、絶望顔で前に出した両手をワキワキしているし…。

 脇にいるみほ達は、すっげぇジト目で見てくるし…あ、ケイさんと沙織さん以外は…か。

 普通に…ごく普通に社交辞令を重ねているだけなんですが…?

 

「…流石にいきなりは、口説かないか」

「みほさん、まだ分かりませんよ? 隆史さん、素でやらかしますから…」

「気が休まらないな」

「絶対にロクな事考えてない。なんだあの締まりのない顔は」

「アレを店前で…」

 

「ふ~~~ん…」

「はぁ…みぽりんに信用無いなぁ…隆史君…あれ、ケイさん?」

「………」

 

 し…しかしっ!

 

「あ、でも一緒に遊びに来てるって事は、そんな事もなかったのかしら?」

「え…えぇ、それはもう…」

 

 水着姿というだけで、目の毒だというのに、更には汗やら何やらで、うなじに掛かる髪の毛…が…。

 ため息交じりで安堵し、肩に掛かるタオルを握りながら、もう片方の手を頬に添える姿とか。この人…一々仕草がすげぇな。

 話をすると、普通の大人の女性なんだけど…なんつーーか。フェロモンがすげぇ…。

 正直、一々そういった目で見ていた訳じゃないけど、いつもの店先のエプロン姿からこの姿だからなぁ…うん。一言で言うと。

 

 

 ザ・人妻って感じです。

 

 

「…中村」

「なんだ林田」

「ちょっと…新発見が多いな。尾形が言わんとしていた事を、徐々に色々と理解し始めてきた」

「お前は一体、どこへ行こうとしてんだ…気持ちは分からんでもないが…」

 

 イカン。ちょっと目線を逸ら……親父共。…おまら、何で逃げようとしてんだ。

 さっき居た場所から、徐々に遠ざかってるぞ。

 

 

「………………」

 

 

「……優花里さん? あの…」

 

「………………」

 

 

 

 挨拶もそこそこに…という所で、誰か近づいて来てると思っていたら、優花里さんが気が付けば横に…。

 

 

「お母さん」

「ん? 優花里、なに?」

 

 

 あの……優花里さん? あの…ハイライトさんが無い目で、満面の笑みは正直どうかとおも…。

 

 

「お父さん、ナンパしてた」

 

「「「 」」」

 

 優花里さんっ!!??

 

「…………は?」

 

 おっさん連中、完全に固まっちゃったじゃないか!!

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

「ゆ…優花里さん?」

「もう…形振り構ってないな…秋山さん…」

「あ、でも? この場では最適の答えかと…」

「ソウダナ。…菊代さんが笑みを浮かべて頷いてる…な」

 

「…………」

 

「ケイさん?」

「成程成程。OK、理解した」

「…ケイ?」

 

 あ…優花里ママさんの目に陰が…。

 先程、妙に素直に謝った親父連中に対して、納得した…といった顔だな。あ~…って小さく言ってるしっ!

 

「尾形くん」

 

「はいっ!?」

 

 とか思ったら…妙に…いや、露骨に普通な顔で…否、笑顔っ! 余りに普通の笑顔っ!!

 知ってる! この顔知ってる! 社交辞令で事務的な笑顔だ!

 

「また、遊びに来てね? あ、勿論お客様としても歓迎よ? ウフフ」

 

「あ、はい…」

 

 …感情を殺して、取り合えず今は乗り切ろうって大人の顔だ…。

 会話を終わらせる気、満々だな…。

 

「では…私達はこの辺で戻るわ……ねぇ?」

 

「「「 」」」

 

 

 い…一瞬見せた…えっと…。

 

 何ソノ…すげぇ眼光…。親父共を流し目で見た時の目が…一瞬青白く光った。

 見た…この…眼光もどこかで見た…。

 俺が陰になって見えないだろうみほ達は、なんかすげぇ安堵してるんだけど、その眼光の先の親父共が……白目になった。

 

「五十鈴さん」

「おっ…おう!? いえ、なんでしょうっ!? あ、いえねっ!? コレにはっ! 俺達…いえ、私達にも事情が…」

 

「奥さんに報告しますね?」

 

「  」

 

 う…有無を言わせねぇ…。簡潔に一言、言い放った…。

 温和な笑顔のまま…首を動かし…常夫さんに目線を落とした。

 

 …。

 

 しかし…常夫、多少余裕の表情。

 そうだね…しほさん、此処にはいないようだからね。あの菊代さんの様子では、本当にこのビーチには居なさそう。

 菊代さんから、後で報告が行くと思われるが、そんな考えすら思い浮かばないんだろうね…。

 

「そうですっ! タイミングもバッチリでしたよぉ?」

「…必死でしたから…ハァ…ハァ…」

「怒りを殺して、実を取る事が一番です。切り札は、初手で使うのも有効でしょう?」

「でも…結構…しんどいです…」

「慣れますよっ」

 

 その菊代さんは、優花里に近づいて褒めちぎっている…何故?

 

「西住さん」

「はいっ!!」

 

 あ、いかん。今はこっちだ。

 少し薄ら笑いを浮かべている常夫が少しだけイラッとしたが…まぁ、アレは恐怖からくる笑みだろうな…。

 しほさんの事抜かしても、さっきの眼光は怖かった…うん。

 

 しかし…本当に何処かで…特有な感じの…。

 

 

「 しほさんに連絡しておきます 」

 

「「………え」」

 

 …。

 

 えっと…え?

 

 思わず、常夫さんとハモっちゃった…。

 そして…思い出した…あの眼光…。

 ブチ切れたしほさんと同じだ…。

 

「えっ!? ちょっと待ってくださいっ!? 貴女、しほ…いや、妻…」

 

「で、アナタ」

 

「ん~…違うわね。貴方達」

 

「「「 」」」

 

 常夫さんの問いかけを無視し、旦那さんに視線を移して…真顔になって一言。

 

 

 

「 Aufstehen 」

 

 

 

 …。

 

 

 英語じゃない…ロシア語でもない…。

 一言…立った一言だったんだけど…意味は分からんが理解した。

 尻もち付いてるオッサン連中が、一斉に直立した…。

 

「…立てって」

 

 …ボソっとみほが呟いたね…。どこの言葉とかもうドウデモイイネ。

 俺もしほさんとの繋がりを聞きたかったけど…そんな雰囲気じゃねぇ…。

 優花里も、あんな母親見た事なかったのか、明らかに驚いた顔してるし…。

 

 そのママン…。

 

 

 一瞬、菊代さんに会釈して…そのまま軍隊行進の様に…去って行ってしまった。

 

 …うん。

 

 一気に最後持って行った…。

 

 

 一言で言うならば、嵐が過ぎ去っていった…。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 はぁ…常々コイツの女性関係に? 多少なりとも嫉妬をしていた。…というのは認めよう。

 だけど今回の件は、それとは別。

 

 というか…戦車道してる女子って執念地味ていて、最近じゃぁ恐怖を覚えて来たしたな…。愛してるゲームの時なんか、何度か背筋に走るモノがあったし…。

 まぁ…徐々にその嫉妬も同情に変わり…コイツの性格上、普段の生活から西住さんの為にかなり無理をしているのも知っていた。

 だってよぉ…大会辺りのコイツの行動聞いてたら、この肉ダルマ、いつ寝てんだよ…って生活してんだ。寝てない自慢、うぜぇとか最初思っただろ? でもよコイツの場合…マジの嘆きだと気が付いた時は、この馬鹿、死ぬんじゃねぇかとも思った。

 西住さん以外にも知り合いの関係とかも、何でも噛んでも首突っ込んで…挙句には俺の家の問題もだ。…馬鹿だろ。

 

 あっちゃこっちゃ、他県にまで飛び回って、高校生のガキが取れる行動じゃねぇ。思いついたって、普通やるか?

 ただなぁ…寝た時間なんぞ、言ったと所で俺らと同じく、寝てない自慢ですか? ハイハイ。とか、思われるだけだろうけど、西住さん達には言わんといてくれと釘を刺された。

 この事を喋ったのは俺と中村だけだろう。生徒会長もその事は知らないだろうなぁ…じゃなきゃ祝勝会とかも? あんな無茶させんだろうし。

 …まぁ…ある程度、信頼してくれてると思えたから、正直それはソレで嬉しくも思った。野郎同士で気持ちは悪いがな。

 

 そもそもなぁ…。

 

 普通、尾形に彼女が出来たとか聞きゃ、その時点で諦めるなり、なんなりするもんんじゃねぇの? コワイヨ。キョウフダヨ。諦めきれないとか色々あるだろうが…変わらず尾形に接しているのが…正直気色悪い。

 ケイさんの事を尾形に言った事もあったが、それと同じで…戦車道は戦車道って事で、割り切って西住さんと接しているんかね? そこら辺は正直分からん。

 愛してるゲームの時。…最後に、一言西住さんに対してのフォローをしておいてやったけど…尾形にだけじゃなくて、他の人達に対して言ってやったのに、皆気が付いてねぇなアリャ。

 戦車道乙女とか言われてるが、中村が恋愛対象に見ねぇって言ってたの何となく理解する。

 ただ、あぁそうそう。逸見エリカさん。あの人だけ、この関係性の中で唯一納得いくんだよなぁ……西住さんに敵意むき出し、奪う気満々。

 

「楽しいんじゃねぇの?」

 

 …楽しい?

 

「まぁ…俺りゃ何となく理解してる。西住さんの人柄含めて…今のこのゴタゴタが、なんだかんだ…楽しいんだよ」

 

 モテ男さんのお考えは、俺にゃ分からん。

 

「ある意味で非日常なんじゃねぇのか? 普段の鉄臭い生活からすりゃ、息抜きになってんだろ」

 

 ドロッドロの関係になってるのにか? まぁ非日常っちゃそうだが。

 

「強豪校と呼ばれる彼女達の一日なんぞ、ほぼ学校の授業以外、軍隊みたいなもんだぞ? 聖グロだって、その息抜きでのお茶会だろ?」

 

 そういうもんか?

 

「そういうもんだろ。恋愛を息抜きになんて、俺にゃ無理だが」

 

 経験がナイノデワカリマセン。

 

「…お前…結構、人を見てるのになぁ…。その欲望押さえりゃ、彼女もできるだろうに…」

 

 おっぱいは譲れないっ!

 

「……そこはぶれねぇな…」

 

 …。

 

 ……。

 

 で…その尾形は…。

 

 

 

 

「はぁい。では、次のイベントを消化しましょう」

 

「…………」

 

 秋山さんのお母さんと…えぇと、その他…保護者の方々がご撤退した後、菊代…さん? という方は、とても…あぁ、とても良い笑顔でそう宣言した。

 そう、尾形に向かって…。その尾形と言うと…もう、覚悟を決めたのか、遥か遠くの景色を眺めている。………ような目をしていた。

 こりゃ、覚悟を決めたっていうか、考えるのを止めたんだな…。

 

「そりゃさっきまでの事を、イベントの一言で片付けられ…次とか言われちゃな…」

 

 …。

 

「後、お前そろそろ、その変な喋り方止めろ。俺が一人で喋ってるみたいだろ」

 

「尾形の真似してみた」

 

「…それの何が楽しい…っっ!?」

 

 

 

 

「Hey 貴方たち、さっきから隅っこで何をしてるの?」

 

 

 待て。

 

 即座に逃げるな中村。俺を一人にしないでくれ。

 取り合えず海パン掴んでホールドする。

 菊代さんを取り囲んでいた人並から、ケイさんが抜け、こちらに歩いてきた。

 

 いやぁ…相変わらず戦闘力高いっすねぇ。嫌味無くビキニ着こなせる女子高生…って素敵!

 

「」

 

 いや、フランクとは聞いていたが…そのまま普通に中村の横に座った…。

 尾形だけじゃなかったんすね。

 

 そして…

 

「…中村。起動停止…」

 

「はぁ…sorry! 私も変に威圧掛けちゃって悪かったわ」

 

 少し眉を上げ、呆れ気味に…相変わらず動きを停止する中村に対して、素直に詫びを入れた。

 まぁ、毎回これじゃ会話もできないっすからねぇ。

 そのまま膝に手をついて、少し真面目な顔で尾形達を眺め始めた。

 

「ねぇ、今回の件って貴方が発端なんでしょ?」

 

 此方を見ず、さっそくと口を開いた。

 

 …。

 

 ………アレ? これって俺に言ってるのか?

 

「タカシをナンパに誘ったの…」

 

「」

 

 ワー……めっちゃ、眼を見開いてこっち見たぁぁ…。

 中村っ! 中村っ! 何とかしてくれっ!!

 

「…ハヤシダ? だっけ?」

 

「ハイ!」

 

「私…正直に言えば、貴方そこまで愚かではないと思ってるの」

 

「な…何がでしょう? つか、その眼止めて貰っていっすか!?」

 

 そこで俺の態度を見て…少し笑って、また尾形に視線を移した。

 

「ハヤシダ。タカシの知り合いと出くわさないとも限らないビーチへナンパ…」

 

「」

 

「少し貴方達の会話が聞こえてたんだけど…貴方、タカシの状況を理解しているんでしょ? どにも態々こんな事をイタズラ半分でしたとは思えないの」

 

「…えっと?」

 

「だってぇー! ナンパ成功してたら、タカシ……ミホに刺されてたわよぉ?」

 

「「 そうですね!! 」」

 

 …あ、いかん。尾形に話すノリで、中村と一緒に同意してしまった。

 冗談言うタイミング…この人うめぇな。…そんな俺らの同意に、心底楽しそうに笑っている。

 

 

「……で?」

 

 

 …と一緒に、本題を聞いてくる時の目は死ぬほどマジだ。

 ……なるほど。尾形と中村がこの人は怒らせちゃダメだと言っていたのが分かった。

 良い意味でも悪い意味でも常識人。あぁ…こりゃ結構マジで聞いてきてるなぁ…。若干、ナンパと言い出した俺に対しても、怒っちゃいるんだろう。

 で…コレね。うん…こえぇ…。

 

「お…怒りません?」

 

「ふっふっ~♪ 内容によるかなぁ」

 

 …あ~。

 中村…小声で早くお答えしろって耳元で言うな。

 お前、得意分野と不得意分の明暗がはっきりしすぎだ。

 

 

「いや…あの…ですね」

 

「なに?」

 

 頬杖ついて、心底楽しそうに…しかし眼はマジだ…。

 

 …はぁ。

 

「…楽しいからですよ」

 

「んん~…?」

 

「その…俺が」

 

「………」

 

 …。

 

 

 怖い怖い怖いっ!! 眼が更に見開いたよっ!?

 尾形なら口八丁で躱せるだろうが、俺には無理っ!!! 正直に吐くしかねぇ!!

 

「いやね…尾形、西住さん居るし、ここんとこ生徒会で忙しそうでしたし…中村、戦車の事ばっかりでしたし…」

「ん?」

「おぁ? 俺?」

 

「そりゃ、あわよくば…運良ければ彼女できたらいいなぁ! とか思っちゃいましたが、それは結果的にと言う事で、ソレとは別でして…」

「what?」

「何言ってんだ、お前」

 

「夏休み終わるし、結局今年、兄ちゃんの結婚やら何やらでコッチもゴタゴタしてて…こいつらはコイツらで、帰ってこりゃ試合見に他県行ってるし…で…」

「………」

「…何が言いたいんだ、林田」

 

「尾形にゃ悪いと思ったけど、いつもの事だし、息抜きにもなるかなぁ~…って…」

「……ん?」

「……つまりなんだ。ハッキリ言え」

 

 ……。

 

 

「や…野郎同士で、つるんで馬鹿できたらなぁ……っって…」

「………」

「………」

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 だ…段々顔が熱くなってきた…。

 

「……林田、つまりお前」

 

「……なんだよ」

 

「寂しかったんだな」

 

「ブフッッ!!!」

 

 くっそっ!! ケイさんがおもいっきり噴出したし!!

 俺だって言いたくなかったわ!! くっそっっ!!

 手を叩いて声を殺して爆笑し始めた!!

 

「…良かったな林田。ケイさんに、受けたぞ」

「うれしかねぇわっ!!!」

 

 

「…林田。尾形と一緒のポーズ取るな。orzのポーズなんて、リアルでできるのお前らだけだ」

 

 

「はずっ!! なんだこれっ!! 恥っっず!! 性癖暴露するよりキッッッツっっ!!!」

「比較対象がお前らしいな。…まぁー…なんつかーか…俺も悪かったな」

 

「謝んじゃねぇぇよ!!!! 余計に俺が、ただ本当に寂しかっただけみたいだろうがっ!!!」

 

「いいよ、いいよ。明日から毎日遊ぼうな!!」

「良い笑顔してんじゃねぇ!! ブチ殺すぞっ!!」

 

 耳があっっついっっ!!!

 

 あー…もう…。

 

「フー…Hey、ハヤシダ」

「なんすかっ!?」

「笑っちゃって悪かったわね…馬鹿にしたわけじゃないのよ?」

「………くっ…」

 

 その割には、涙目になってんのは何故でしょうかねぇ!?

 泣きたいのはこっちなんすけど!?

 

「良いわ、貴方達…。タカシと3人。すっごく良い感じよ?」

「……なんか気色悪い事言われた気がする…」

「大丈夫、大丈夫。なんていうか…バランスが取れてるっていうか…」

「三馬鹿とか言われてますけど…」

 

「ぶふっ!!!!」

 

 あ…また変なツボに入ったのか…めちゃくちゃ噴出した。

 今度はヒーヒー言いながら笑ってるし…。

 

「はぁ…もう、いいんですか? なんかアッチで凄い事になってますけど…」

 

「ハー…ハー…what?」

 

 そうだよ。この人も一応はアッチ側だろ?

 尾形の方向を指さすと、相変わらず色取り取りのおし…否。方々が、完全に目が死んでいる尾形を取り囲んでいる。

 なんだ? その尾形の前、西住さんちのお姉さんと…チューリップハットを被った戦闘力が素敵なお姉さんが並んで立っている。

 

「あ~…なんかさっき言ってたな…。西住選手と継続の隊長さん…どっちの膝枕か選ばせるって…」

「…というか、あの菊代さんって人…マジで選ばせてるのか…贅沢な選択だな」

「どうした。その割には大人しいな林田」

「…いやもう…正直あの状態の尾形を、微塵も羨ましくねぇと思えるのは、俺も成長したってことだろうか?」

「それは成長とは言わねぇ」

 

 …。

 

 ケイさんはあいかわらず、俺と中村とのやり取りを聞いて爆笑を続けている。

 何が楽しいんだ、こんな会話…。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「笑いすぎです。…というか、本当にいいんですか? 参加しなくて」

「はぁ~…え、えぇ。私は遠慮しておくわ。アレはマホとミカの戦いだから」

「…そういうもんすか?」

「えぇそう。ミホだって黙って見てるでしょ?」

「……あの位置に居る西住さんが不憫でならねぇ…」

 

「………」

 

「ケイさん?」

 

「どうにも…ミホの様子が変わった様に見えるのは何故かしら…う~ん…ちょっと前なら…」

 

 …やっぱりこの人も例外じゃねぇな。淡々となんか分析してるし。

 スッ…と露骨に態度が変わったのが薄気味悪いなぁ…。

 

「まっ! いいわ!」

 

 パンッと膝を叩くと、その場に立ち上がった。

 脚から砂浜の砂を軽く叩き落とすと、座り込んでいる俺達を見下ろした。

 

「私、そろそろアリサ達の所戻るわね」

 

「…えっと、アレは本当にいいんですか?」

 

 あさっりとした態度に、むしろ不安を覚えたのだろう。中村がもう一度尾形を指さした。

 その場所を見て苦笑して…ケイさんが言った。

 

「えぇ。もう私は満足したから」

 

 …おー…本当にあっさりしてるなぁ…。

 でも何に満足したんだろう…。この人、あんまり尾形に今回絡んでないよな?

 

「そもそもタカシとは今回偶然会っただけだし…あんまりあの娘達またしてるのも悪いしね」

 

「そ…そっすか」

 

「…いろいろ情報も手に入ったしね…」

 

 …。

 

 なんかボソッと呟いたね…。

 

「んじゃ、タカシ忙しそうだし…私は行くわ。宜しく言っといて……っと、そうそう。ハヤシダ」

 

 …え、俺っすか? 中村じゃなくていいんですか? …とか言おうとしたら中村が余計な事を言うなと…俺に耳打ちはやめろ。

 男に耳打ちされても嬉しくねぇ。つかキメェ。

 

「貴方、そっちのタカシと私は同意見。ちゃんと人様を見てるって思ったの」

 

「はぁ…」

 

 いや…普通にしているだけなんすけど…ってっ!?

 体を倒し、顔を俺に近づけた!? 前屈みっ!!?? 女の子に、ここまで接近されるのって初めなんすけど!?

 

「…もっと誠実になれば、本当に彼女くらいできるわよ?」

 

「………」

 

「いい? 誠実さよ?」

 

 ケイさんの体が、陰になって俺に掛かる距離…っっ!!

 体が硬直して動かねぇ…さっきまで怖いと思っていた真っ青な目を、見どうしても見入ってしまう…。

 

「そうだぞ? お前に一番無いものだ」

「うっせぇなっ!!!」

「帰りにコンビニ寄ってみるか? 売ってるかもしれねぇぞ?」

「売ってたら苦労しねぇわっ!!」

 

 俺と中村のやり取りを、また声を押さえながら笑うと…スッ…と体を離した。

 

「素直に寂しいと言った貴方、結構可愛かったわよ?」

 

「っっ!! …い、言ってませんよっ!?」

 

 こっちはコッチで…ノリ良いなこの人…。

 そのまま後ろ向いて、本当に最後にと言い逃げみたいに…。

 

 

「そんじゃぁねぇ~~♪」

 

 

 

 後ろ手に手を振りながら…この場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

「なんか、痩せたな尾形」

 

 …これは痩せたんじゃない…多分、やつれたんだよ…。

 あの地獄の様なビーチから…漸く学園艦の艦内にまでは来れた…。

 家でみほ達にどういう顔していいか分からん…。

 

「…帰りたくねぇ」

 

「そのセリフは、海からの帰り道に男から一番聞きたくねぇな」

 

 …俺も言っていてそう思った…。

 

「そういやよ、尾形」

 

 中村が心底疲れたように声を掛けて来た。

 

「…お前、結局どっちの膝枕選んだんだ?」

 

 ………。

 

 菊代さん……確実に俺を逃がす気はなかったな…。

 中途半端に誤魔化そうと思ったが…眼が「ワカッテンダロウナ?」って言っていたからな…。

 両方とか…どちらも選べませんとか言っていたら、多分…俺の命はなかっただろう…。だから…。

 

「ま…まほちゃん」

 

「ほーー!!! 逃げずにちゃんと選んだのかっ!! すげぇな尾形……大丈夫だったか?」

 

「……………胃が…」

 

 選んだ瞬間…まほちゃんが、今まで見た事ねぇ程の笑顔になった…のは、良いんだけど…ミカが…。

 あのミカが…超真顔になった…。

 怒る訳でもなく何でもなく…何時も微笑を浮かべていたミカが…眼を開いて真顔だ…。一応フォローをしようとは思ったんだけど…。

 菊代さんがソレを許してくれなかった…。あの人…本当に何しに来たんだ…。今夜、しほさんとこ行くの滅茶苦茶怖い…。

 

 絶対にいるよあの人…。

 

「…ミカの最後の言葉もなぁ…何する気だ…」

 

「…何言ったんだ?」

 

「…言えねぇ…」

 

『 何事も待てば良いってモノじゃないね。その結果がコレ…なら、次は少し過激に行こうか 』

 

 過激ってなんだよっ!!!

 どうにも…まほちゃん、ミカに対してだけ…ちょっと様子がおかしいんだよな…。

 ミカもミカで、どうにもまほちゃんに対しては多少、挑発的というかなんというか…。

 

 はぁ…。

 

「…ま…まぁいいわ。そういや、その後だっけか? 西住さん、なんか全力疾走でどっか走って行ったけど…どうしたんだ?」

 

 …あぁ…アレか。

 

「き…菊代さんに…」

 

「…あの人か…」

 

「みほにだけ…その…水着の感想言ってないから、ちゃんと言えって…」

 

「………色々すげぇなあの人。完全にお前を逃がす気ねぇな」

 

 誤魔化させる気もな…。

 

「だからもう…色々と諦めてな…もう正直に…」

 

「正直に…?」

 

「『俺の彼女超可愛い』って、どストレートに…」

 

「………お前、普段「超」とか、「俺の」…とか、言わねぇのに…」

 

「…もうな…恥ずかしいとか、そういう感情はなかったんだ」

 

「…だから余計にか…具体的にとかどうの…とかじゃなくてだなそりゃ。西住さんその事知ってるから、余計に会心の一撃だったって訳か」

 

 まぁ、みほが逃走したからソレを追いかけて、その場は解散…となったので、なんとかあの無限ループしそうな空間が終わりを告げてくれたのだが…。

 カルパッチョさんが戻ってこなかったのが滅茶苦茶気になる。

 

 あぁ…あと、なんか…バレー部連中が妙に俺によそよそしくなったな…。逃げる様にどっか行っちゃったし。

 …。

 

 軽蔑されてしまった…とかではないとは思うんだけど…ちょっと寂しかった…。

 

 

 はぁぁぁぁ!!!! もうっ!!

 

「…帰りたくねぇ…今になって恥ずかしくなってきた…」

 

 ……。

 

 野郎同士の車内が、本当に安らぐ…。

 

「そういや…林田が妙に大人しいな…。いつもならすげぇ食いついてくるのに…」

 

「……」

 

 …なんだ? 頭抱えてるな。

 

「…しまった…」

 

「んぁ?」

 

「せっかくケイさんが、俺の目の前で…眼の前でっ!! ……前屈みになってくれたのに…」

 

「あぁ…あの時の……」

 

 

「谷間を凝視するの忘れた……」

 

 

 …。

 

 ………。

 

「あ、うん…それがお前だ」

 

「ちょっと安心したぞ?」

 

「…………」

 

「…林田?」

 

「なぁ、尾形、中村」

 

 

 

 

「…ケイさんのSRカード持ってたよな?」

 

 

 

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました。

いや、本当に久しぶりに文章書いたら…もう。
次は…本編よりPINKの方かなぁ…大分放置していましたし…。

ちなみに更新頻度か高くなってる、ピクシブの方は、完全にこちらの小説とは設定も何もカモが違います。ただエロ特化なだけですので、そちらはそちらで楽しんでいただけると幸いです。

ありがとうございました。

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