雨の日だというのに、わざわざ先日の男に会いに行くと言う。
カチューシャが行くと言えば私はついて行くだけです。
そもそも場所は知っているのでしょうか?
ただ、市場で出会っただけ。
情報は、近くでバイトをしているだけだという事。
帰り際、「あそこでバイトしている」と指を指されましたが、アバウトすぎてよく分かりませんでしたし…。
先日の男がいる場所は、思いの外あっさりと見つかった。
カチューシャが、周りの市場で働く人達に聞くだけで、すぐに判明したからだ。
3人程に聞いてみましたが、特徴と年齢を言っただけで、即答気味に答えが返ってきた。
…カチューシャは、やはり知らなかったようですね。
情報を現地調達とは。
教えられた店。
そこは汚い店だった。
看板も潮の波風で汚れて黒ずんでいる。文字すらとても読み辛い。
店の明かりはついているが、本当に営業をしているのかと、疑ってしまう程の風体…。
…カチューシャは躊躇せず、店のドアを開けてしまった。
開けたドアの先。
その中であの男は、すぐ目の前の席に座っていた。
こちらを見て、呆けた様な顔をしていた。
「来たわ!」
「い…いらっしゃい」
間抜けな顔をして返事をする男。
カチューシャは特に気にもしない。
ただ、嬉しそうに話しかける。
「今日は、タカーシャに報告があるわ!」
「…」
私は、発言しない。
ただ横で黙っているだけいい。
特に話す事も無いし、何よりカチューシャが楽しそうだった。
邪魔はしない。……が、苛つく。
「取り敢えず中へお入りください。…雨だし、寒いだろ?」
「そうね! わかったわ!」
店内に案内された。
狭い寿司屋というか居酒屋というか…10人程で満員になる小さな店。
どちらかといえば寿司屋に近い内装だろうか。…まぁ、そんなに行った事もありませんが。
午前4時の開店から、午前6時までの2時間がピークで、行列もできるそれなりに評判の店。
そしてピークも過ぎた8時頃。短時間営業の為、一応客足も途絶えた為と、閉店して現在にいたる…と聞かされた。
「タカーシャの言った通りだったわ。実際に現場で見ていたら、ちゃんと出来る子が多かったの。結構驚く動きをする子もいたし…参考になったわ!」
「そっか、そりゃよかった」
「……」
カチューシャは、プラウダ高校戦車道の一戦車の車長。
事実色々と人間関係はスムーズになっている。
目上の者に認められ、悪い気をするものは少ない。反発する者も少なくなった。
ただ、この男より助言をもらった結果…というのが気に入らない。
……苛つく。
「ふっふーん! それに、ちゃんと来てあげたんだから、臆病なタカーシャは嬉しいわよね!? ねっ!?」
「まぁ、はい。嬉しいです。アリガトウ」
前回、別れ際の会話を思い出す。
…何が臆病だ。
ただの軽口を、カチューシャが本気にしたとも思えないが、何故またこいつに会いに来たのだろう。
この男に報告すると言っていたが、それは建前でしょうし…現に、すでに会話が終わってしまった。
それも感じ取ったのか、それともこの男は、何も考えていないだけなのだろうか?
普通にその疑問を口にした。
「えーと、何? 俺の顔を見に来ただけ?」
「そうよ! 悪い!?」
特に隠す事もなく、あっさりと本心を言ってしまいました。
……。
カチューシャが、普段起きない時間に起き、朝食も摂らないでこの雨の中、会いに来たというのに…。
何を間抜け面をしているのだ。
この男…、爪を剥いでやろうか?
「悪くは無いなぁ。…素直に嬉しい。ありがとな、カチューシャ」
「と…当然よね! 存分にありがたがるといいわ!!」
……その言葉から、見るからに機嫌を良くするカチューシャ。
……イラツク。
「あ、そういえば二人共、飯食った?」
「「?」」
何だ突然に。
「まだ食べてないけど、それが何?」
「あー…よし! ちょっと待っていてくれ」
座っていた客席から、カウンターの裏へ回った。
調理場に入り、包丁を取り出して、調理の為だろうか? 食材を出し始めた。
私達に朝食を振舞おうとでもいうのだろうか?
「……」
特に、目立つような調理方法では無い。
ただ魚を捌くだけ……その為か、すぐに目の前に、それは出された。
生魚を捌いて、切って乗せてだけ…?
何かタレだろうか? 液体をかけていたが…。
海鮮丼?…と…味噌汁。
「これは?」
「タカーシャこれ」
「俺がさっき食ってた物と同じものを作った。今日客が少なかったから材料はあって…まぁ余り物で悪いけどな。俺なりの賄いってやつだ」
これは、お椀か?
一応スプーンも出してある。
私達の食事が、まだだということからなのだろうか?
しかし……。
「余り物? …つまり残飯ですか!? それをカチューシャに食べさせようというのですか!?」
客人に…カチューシャに対しての対応がこれかと……怒りを覚えた。
「ノンナ。これは賄いって言うんだって。前にタカーシャが言ってたわ。残飯とは違うわ!」
カチューシャが、自慢気にフォローを入れてきた。
何故この様な男に…疑問しか沸かない。いや、怒りも沸く。
「いいから食ってみろ」
店主だろうか? 奥の……フスマ? とやらを開け、顔と口を出してきた。
「何か騒がしいと思って来てみりゃ、なんだタカ坊。友達か? 彼女か?」
「彼女が出来るほど要領よくないっすよ。おやっさん」
これも軽口だろう。
彼女……。背丈からして私の事を指しているのだろうか。
「いくらバイトが作った物でも、うちの店の食い物を残飯呼ばわりされちゃー、黙っちゃらんねぇ。いいから食ってみろよ」
「……」
確かに失礼な話だったのかも知れない。
一応この男なりに、気を使ってくれたのだろう。
箸は苦手だった。
…なるほど。確かにスプーンも用意してくれている。
先程の発言は、一方的すぎて確かに失礼だったかもしれない。
無言で、出された物を口にする。
「……美味しい」
「美味しいわ!!」
…何故か悔しかった。
「礼を言うわ!」
カチューシャが讚辞を贈る。
これは珍しい…。
カチューシャが、素直にお礼を言うなんて。
「違うだろ? カチューシャ。なんつって教えた?」ペチ
そう言ってこの男は、カチューシャを軽くチョップした。
…コイツ、ブッコロシマショウ。
私が腰の後ろに手を回した辺りで、信じられない事が起こった。
「……わかったわよ。ぁ……ありがとう。とても…美味しかっチャ!///」
…最後噛んだ。
これは後で、日記に記しておこう。
いや違う。ソウジャナイ。
カチューシャの発言が、信じられなかった。…違う。
この男の言う事を、素直に聞いたカチューシャが信じられなかった。
「「 …… 」」
…どうした。
この男と、店主らしき男性が固まっていた。
「……タカ坊。真鯛が一本あったな?」
「……尾頭付きでいいっすね?」
何だ? この雰囲気は。
先程と違い真剣な顔をしだしたぞ?
店主が、調理道具をカチャカチャと出し始める。
「カチューシャ。もっと美味いもん食わせてやる…。おやっさん。明日用に、蟹の下拵えも済んでますんで、それ使っても?」
「よし使え。中トロも残ってたな。握ってやれ」
戸惑い始める。
何だこいつらは。
急に蟹だ、中トロだ、鯛だの。
「ノンナさん」
奴に急に呼ばれて、不覚にも驚いてしまった。
本当にこいつは、鯛を取り出し包丁を入れ、捌きはじめてしまった。
「ノンナさん、生魚ダメっすか?」
「いえ…。大丈夫ですが……」
狼狽える。
次々に出される「料理」を。
先程の賄いも生魚を使っていはいたが、そんなにまだ食べていなかった為か、気を使って聞いてきた。
聞いては来たが…。
日本食に詳しくない私でもわかる。これは高い。
刺身やら煮付けやら……。
「ふっ……金を心配してるのか? いらねぇよ……。これはただの「賄い」だ」
妙に格好をつけてた主が、自慢気な顔をする。
ドヤ顔と言うのだったか?
奴はそれに答えるかの様に、無言で親指を上げている。何だこのテンションは。
「いえ…あの……」
少し気圧されてしまった……カチューシャは、目をキラキラさせながらその調理をしている姿を見ている…。
突然スパーーン!と、住居側と思われるフスマ?を開けて、女将らしき方が出てきた。
突然の事で、視線が集中してしまう……が、ヌッと顔を出し…ただ一言。
「……あんたらの給料と小遣いから折半ね」
スパーーーン!と閉めて戻っていった。
「「……」」
二人の顔色がおかしい。
「ノンナさん」「嬢ちゃん」
「……何でしょう」
「「 好きなだけ食ってけ! 」」
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ここの所、私はおかしい。
情緒不安定というのだろうか?
原因はわかってはいる。
…あの男だ。
カチューシャは、気に入った人物、認めた者にしか「あだ名」をつけない。
特に自分の名を入れた「あだ名」をつけるのは滅多に無い。
会ってから数時間程しか一緒にいなかった奴に、その「あだ名」を与えたのが信じられなかった。
いくつか助言をもらった様だったが、それを何かは教えてもらえなかった。
その助言のおかげだろうか?
…たった一週間で我が部隊が目に見えて変わった。
今まで目立たなかった者。使えないと判断した者すら、再度取り立て編成を見直した。
カチューシャは、そんな事は今までしなかった。考えすらしなかっただろう。
しかし、たった一週間。
たった一週間で、一部記録を塗り替えていった。
そこからだろうか。
カチューシャのあの男に対する、信頼度が跳ね上がったのは。
奴には頻繁に会いに行くようになっていった。
ヘリまで使い、着港日以外もたまに出向いていった。
カチューシャは、戦車道の話まで奴にしていた。
相談していた。
その答えが、また結果を生む。
部隊内からは特に不満は出ていない。
適材適所に人員を配置。出かける度に新たな案を持ち帰る。
記録も新たに塗り替え、しかも部隊員のストレスケアまでやってのけた。
部隊内、部隊外でもカチューシャの人気が上がっていく。
それは良い。それは良いのだが……。
カチューシャが奴に、依存し始めていると思った。
苛つく。
ただイラツク。
私の立つ瀬がない。
奴がわからない。何者だ。あいつは。
数ヶ月後、青森港の現場の人間との交流関係すら生み出した。
青森港は、プラウダ高校学園艦の停泊地ではある。…が、地元の人間達とは特に交流は無かった。
寧ろ、疎まれていたのではないかとさえ思われる。
食品を扱う様な職場付近を、戦車で移動していれば…まぁ、良い顔はしまい。
しかし、奴はカチューシャと共に私まで近隣に紹介し始めた。
私達は目立つ。
よく顔を出していれば必然と覚えられる。歩いているだけで挨拶までされ始めた。
行く度に金銭も無いのに、ご馳走をしてくれる店もあった。
カチューシャの…いや。あの男から「助言をもらって変わったカチューシャ」の人気が凄かった。
ファンクラブとやらも、できたそうだ。それは納得しよう。ウン
……何故か私にもあるそうだ。
その会員とやらには「睨んで罵って下さい」だの「踏んで下さい」だの言われる。
それは気持ち悪かった。冷たくあしらうと何故か、そいつらは喜ぶ。どうしたらいいのだろう……。
……今の生活。
青森港の行来と交流。悔しい事に私も楽しんでいた。
そう…楽しいのだ。
カチューシャが喜べば私はうれしい。
それだけだと思っていたのに、その気持ちに気がついた。
……私は今の生活が楽しい。
そんな気持ちの中…今年度の戦車道大会は、順調に勝ち進んでいる。
順調すぎる。こちらの被害は、ほぼ無い。
そして次は決勝戦。
これも、あの男のお陰なのだろうか?
あの男は、港の連中を引き連れて応援にも来ていた。
またそれが、カチューシャと部隊の士気が上げる。
あの男は今、ある意味参謀の立ち位置と同じだろう。
部隊員の管理を裏でしている様なものだった。
カチューシャからあの男への相談が「人」の扱い方だ。
…また、それに的確に奴は答える。
特に不平不満の解消が上手かった。
しかし、作戦等には一切口を出さない。
そう、余計な口出しはしない。「後は、カチューシャの領分だろう?」「当然ね!」と、この会話のやり取りは、何度も聞いた。
…そうしてプラウダ高校は、更に強化されていった。
カチューシャの奴への信頼と共に。
私の何がダメだったのだろう。副隊長は私だ。あいつではない。
あの男にできて、私には出来なかった。
もうすぐ決勝戦だ。
この気持ちのままでは、カチューシャに迷惑をかけてしまう。
戦場で迷いはいらない。
特に相手は、あの…黒森峰学園。
排除…。
そうだ…。
問題を排除しよう。
奴を調べさせよう。
どんな些細な事でも良い。
諜報部を呼び命令を下す。
当然、不審に思うだろう。
調査対象が、ただの男子高校生。
港でバイトで働いているだけの男……何を調べろと?
だが念の為だ。
何かないか?
生立ち、犯罪歴、何でもいい。
あの男に、カチューシャを……トラレナイタメニ。
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後日、諜報部が喜々として報告に来た。
「何故この男を調査対象に選ばれたのですか?」など、「良く見破られましたね!」
そんな事を言われたが、そんな事はどうでもいい。
「いいから、報告書を見せてください」
結果が早く知りたい。
何故、諜報部が喜ぶのかと。
「…っ!」
調査の結果…あの男は「西住流」の関係者だった。
血は繋がってはいない。
いないが、西住流本家の娘。あの有名な「黒森峰の西住姉妹」との幼馴染だった。
今も頻繁に連絡はとっているとの事。
……幼少より戦車道も男ながらに学んでいたという事だろう。
親も戦車道「西住流師範」…この親の事は、意外だった。
なる程、戦車道に詳しいはずだ。
ナルホド納得した。
見つけた。
見つけた。見つけた。
「ミツケタ」
これが、何か突破口にならないかとほくそ笑む。
「西住流関係者」「黒森峰の関係者」「黒森峰の西住姉妹の内通者」……十分だ。
すぐに行動に出よう。他にも情報はあったが、これだけで何とかなるだろう。
カチューシャを取り戻せる。
「……」
……少し待て。
不自然すぎる。
『なぜカチューシャに近づいた? 我が学園の情報を得る為?』
『黒森峰側のスパイだろう。西住姉妹と連絡を取り合っていた』
『しかし、あの男の行動や成果は、寧ろ黒森峰にはマイナスなのでは? 我が学園に、確実に利益をもたらしていた』
調べさせた結果……あの男が更に分からなくなった。
チグハグだ。
利益が黒森峰には無い。
では、あいつは……今までの事は、ただの善意だと?
「……」
気持ち悪い。
そして…怖い。
あの男が段々と怖くなっていった。
このままカチューシャが、本当に取られてしまう気がして、仕方がなかった。
今のカチューシャは、あの男の言う事には、多分なにも疑問も持たないで、聞いてしまうだろう。
ステラレル?
「……」
…直接カチューシャに報告しよう。
ありのままを。
それで多少なりとも、不信感をもって頂ければそれで良い。
それで十分な成果だろう。
…そう思った。
それが間違いだった。
「知ってるわよ?」
「……」
なんですって?
「タカーシャと『黒森峰の西住姉妹』との関係でしょ? ちょこちょこ聞かれたわ。あいつらは、私から見てどうなのか〜? とかね」
「わ……我らの部隊編成や、そういった内部情報等を聞かれた事は……」
……
「無いわね。戦車の名前すら良くわからないみたい」
……
「タカーシャは、あの姉妹が心配だって言ってたけど…。あの悪魔みたいな奴らの何を心配するってのよ……」
……
「連絡を取り合ってるのも知ってるわよ? 勿論。そもそも昔の知り合いと、連絡取ることの何がおかしいのよ」
……
「ただ決勝戦の相手だからって、この時期は暫く連絡を控えるって言ってたわね。気にすること無いのにね」
……
「ノンナ? ちょっとノンナ? どうしたの?」
そのまま返事もしないで部屋を出て行く。
自室に戻り、携帯を取り出す。
もういい。
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『バイトが終わった後でもいいですか?』
「構いません。そちらの都合に合わせます。少々お聞きしたい事があるだけですので」
あの男の携帯番号は教えてもらっていた。
次の日のアポを取り付ける。
分からない。
もう分からない。
……直接本人に聞いてやる。
停泊中の学園艦から抜け出す。
勿論カチューシャには内密に。
早朝、早めに支度をする。カチューシャはまだ寝ているだろう。
艦内を通り、そのまま陸へ続く階段へ。
その階段下に、あの男を見つけた。
おかしい。
まだ、あの男は働いている時間なのでは?
不審に思いつつも、階段を下り陸へ上がる。
……すでに見慣れた風景になってしまった。
「早いですね」
「まぁ、そういう日もあるんですよ。魚が取れなければ、客足も途絶えるってね」
いつもの軽口だ。
この男は、見た目と違い愛想がいい。その愛想もただ苛つく。
特に急いだ様子もない。本当に早めに終わったので、ここで待っていただけなのか?
「貴方に、お聞きした事があります」
階段を下り、早々に話を始める。
極めて冷静に、話しを切り出したつもりだった。
「貴方の目的はなんですか? 何故カチューシャを…プラウダ学園に有益な事ばかりするのでしょうか? 貴方は黒森峰の人間では無いのですか? 西住姉妹に情報を渡す為でしょうか? しかし、貴方のお陰でプラウダは強くなりました。黒森峰に有益な事は何も無いのでは? 貴方の助言もおかしい! あそこまで的確に、見てもいない隊員のメンタルすら、ある程度把握した助言は異常でした! 何がしたいのですか!? カ…カチューシャをどうしたいのですか!!??」
言葉が溢れてくる。
会話の順序も曖昧だ。
しかし聞かなければ、私の心が持たない。
「ちょっ! ちょっと待ってください! まくし立てないで下さい! …何が言いたいのですか?」
気がついたら男の胸ぐらを掴んでいた。
私の両肩に男の手がある。
「…私は貴方が嫌いだ。…気味が悪い」
もはや顔すら見ていない。
自分の手元に、自分自身の顔がある。
声すら上手くでない。
そして…やっと絞り出した言葉が……。
「カチューシャを……私から奪わないで…下さい……」
涙声になってしまった。
男は動かない。
困っているのか、固まっている。
「まず俺に、特別な目的なんてありませんよ。カチューシャが頑張っている。だから応援する。それだけですよ? 後、俺は別に黒森峰の人間じゃありませんよ。そもそもあそこは女子高でしょう?」
「しかし、貴方は西住姉妹の!」
男は黙る。
カチューシャは関係を知っていた。
だから何だ。
「あー……これは、真面目に答えないとダメだな……。場所を変えていいですか? こんな場所でする話じゃないんで」
……やはり何かあるのか?
何でもいい…何処へでも行ってやる。
この男の言う通りに、場所を人気の無い所へ移した。
港の外れ。荷物や資材が置かれている場所。
溜息をし、仕方がないとばかりに、話し出す。
「まず、西住姉妹との関係……。まぁ…俺らの出会いからですが」
出会いなんてどうでもいい。
この男の目的さえ分りさえすれば……そう思っていた。
黙って聞いた。
黙るしかなかった。
この男が熊本へ引っ越し、西住流本家へ挨拶へ行った時の話。
初めての土地で迷い、姉妹に出会う。
暴漢との対峙、結末。
小学生から中学へ上がり、ここ青森へ越してくる迄の経緯。
「……」
異常だ。
この男は異常だ。
その話が本当だとするのならば、小学生で取る行動ではない。
何故そこまで出来る。
見知らぬ子供の為に。自己犠牲もそこまで来ると恐ろしい。
この男の根底がソレか…。
「あんまり人に喋る内容ではないのですけど、包み隠さず話さないとノンナさん怒りそうですしね。まぁこんな所ですよ」
「……」
「俺はただ…あいつらが心配なだけですよ。みほ……妹の方ですけど、特にメンタル部分がちょっと心配でしてね。事件後のトラウマというか……ある部分に異常に反応するんですよ。だから、カチューシャに戦車道の試合とかで会ったり、見聞きした事があったら様子を教えて欲しかっただけです」
「メンタル…そう言えば、部隊員の扱いが異様にうまかったのは?」
男は苦笑して答える。
まるで思い出したく無い事を思い出すみたいに。
「あれは……。まぁ、昔の俺の立ち位置に似ているなと思っただけですよ。不平不満を持つ者は、最悪態度が腐ってくる。カチューシャから部隊員の態度の愚痴を聞いていて分かったのですけど、そこからアドバイスしただけです。能力が評価されない。まともに見もしないで見切りをつけられて飼い殺しにされる……そりゃ不満も持つのも当然だろってね。結構、第三者から見ればわかりやすい物ですよ。そんな大した事してません」
おかしい。
こんな答えを聞きたいわけではない。
ヤメロ。
「これは戦争じゃない。戦車道の試合です。スポーツ? とは違うのかな……。ただ純粋にカチューシャを応援してやりたかっただけですよ」
ヤメロ。
「港の連中と応援に行ったのだってそうですよ。すっごいですよ? カチューシャ人気。まるでアイドルだ」
ヤメテ。
「だから…別にカチューシャを取ったり、奪ったりする気なんて毛頭無いですよ。ですから……」
……何が言いたい。
放っておけと? カチューシャは貴様に惹かれている。
何も出来ない。結局この男に奪われてしま……。
「そんなに「嫉妬」しないで下さい。カチューシャは、ノンナさんにある意味、ベタ惚れですよ?」
……
…………
嫉妬?
顔を上げる。
この男の顔を、初めてしっかり見た気がする。
その男は笑っていた。
困った顔をして笑っていた。
「カチューシャは、貴方をちゃんと見ていますよ。貴方の前だから言わないだけです。電話で話す時、8割は貴方の自慢ですよ。ノンナはすごい。ここが俺とは違うって、得意げにね」
……嫉妬。
これが嫉妬。
……そうだ。私はこの人に嫉妬をしていただけだ。
こんな感情は初めてだった。
嫉妬……。
普段なら反発していたかもしれない。
関係無いと。誤魔化すなと。
だけども……納得してしまった。
それまでの彼の行動が、ソレを証明していた。
そう・・この人は、本当に善意で動いていただけだ。
黒森峰も関係ない。カチューシャを見ていてくれていた。
励ましてくれた……支えてくれていた。
「……ッ」
急に恥ずかしくなってきた。
ここまで思いつめて、呼び出してまで詰め寄って。
冷静に考えれば分かった話ではないのか?
いや待て、ここで冷静になると余計に恥ずかしくなる。
余程の詐欺師でもない限り、二心ある人があそこまで親身にするだろうか?
わざわざ他県にまで試合の応援に。しかも団体を引き連れて……。
顔が熱くなる。
何をしているのだろう私は。
この人はいつも味方だった。
この人は恩人だった。
カチューシャを……プラウダ学園を強くしてくれた。
「あぁ後、すいません」
なにを謝る?
この場合、謝るのは私の方なのに。
「先程俺の事、嫌いと仰りましたが……」
しまった。
素直に言葉にしてしまっていた。
しかし今となっては、どうすることもできない。
「ですから、すいません。俺は結構好きですよ? ノンナさんの事」
「……」
……何を言っているんだ。
私はただ憎しみのみで、この人を見ていた。
何をするにも、裏があると決めつけて……。
そんな私の何が良いのか。
「カチューシャにベタ惚れなのは目に見えてわかるし、間違ったらちゃんと嗜める。しっかりしてますしね」
やめて……。
「カチューシャからかったり、チョイチョイ黒い部分も見えますけどね?」
やめて下さい。
耳まで熱くなってきた。
「いいんじゃないんですか? それはそれで可愛くて」
……もう駄目だった。
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「ご迷惑をおかけしました…」
「いえいえ。誤解が解けて何よりです」
多分、私は耳まで赤くなっているだろう。
素直に謝罪しよう。
後、一つ聞いておきたい事ができた。
「タカシさん。一つ、お聞きしてよろしいですか?」
「何でしょうか?」
「今度、戦車道大会決勝戦が行われます。ご存知かと存じますが、決勝はあの…黒森峰学園です」
「…はい」
「貴方は、どちらを応援するのでしょうか?」
「……」
そう。これを聞いておかなければ。
まもなく行われる決勝戦。
蟠りもなく、ただ疑問に思った。
隆史さんの判断を聞きたかった。
「あー……卑怯な言い方かもしれませんが、どっちの応援もしますよ」
やはりそうか。
「何事も無く、無事に終わればそれで良いです。プラウダが勝てば一緒に喜び、黒森峰が勝てば讚辞を送る……」
「フフ……卑怯者ですね」
カチューシャが、この人を気に入った理由が、何となくわかった。
あの方はさすがだ。
ただ私が、至らなかっただけだ。
\Выходила на берег Катюша~♪/
私の携帯から着信音が流れてきた。
画面を確認すると、カチューシャからだった。
もう起床されたのかと思ったら、あれから結構な時間が経過していた。
「出ても?」
「はい。どうぞ」
『ノンナァ! 今どこ!?』
「はい? 港におりますが」
『やっぱり……。そこにタカーシャいる!?』
「え? はい。いますが?」
『何やってんのよ、あんた達!! すごい噂聞いたわよ!?』
……。
「すみません。良く聞こえなかったので、もう一度お願いします」
通話をスピーカーに切り替える。
『何やってんのあんた達!!すごい噂聞いたわよ!?』
綺麗に言い直しましたね。タカシさんが、何事かと近づいて来ました。
一緒に聞きましょうか? 何やらあったようですし。
『ノンナ! 学園艦降りた先で、いきなり男に寄りかかって、そのまま肩抱かれて、人気の無い所に一緒に行ったって、噂が立ってるわよ!!』
……先程の件ですね。
そう見えたかもしれませんね。下船元であれは誰かに見られてもおかしくないですね。
迂闊でした。
胸ぐら掴む…が、寄りかかる。
胸ぐら掴んだ私の肩に手を置くタカシさんが…肩を抱かれる。
なる程、少し誇張されてますが。
『男ってタカーシャの事でしょ!? 何やってんのーーー!? どういう事ーーーー!!??』
「……あれかぁ。ノンナさん、色々情報が間違ってますが……誤解を解きましょうよ」
『タカーシャ、携帯の電源切ってるし!! 出ないの!! 貴女が説明しなさいよ!!』
「あ、忘れてた!」と、自身の携帯を確認されてますね。
……ふむ。
「カチューシャ」
『何よ!』
「大人には、色々と秘事と言うものがあるのですよ」
『「!?」』
「カチューシャには、まだ早いかもしれませんが…詮索は無粋ですよ? ねぇタカシさん?」
「うぇ!?」
『タカーシャ!? 声聞こえたわ!! 代わりなさい!! 説明ーー!!』
「ではカチューシャ。私はもう少しここに、タカシさんと居りますので。До свидания~」
『ちょっ! ノンナ!? ノン』ブッ
「……あの、ノンナさんや」
タカシさんが青くなってますね。
貴方は、黒い私も可愛いと仰ってくれました。
では……
可愛い私を見てもらいましょう。
◆
全国戦車道大会 決勝戦。優勝校は「プラウダ高校」
そう。
カチューシャ達の勝利に終わった。
フラッグ車を仕留めたカチューシャが、MVPとして取り上げられていた。
……あれは、みほの戦車だったな。
みほはフラッグ車に乗っていた。車長か~。出世したもんだね。
……崖を移動中、川に落ちてしまった同部隊の車両を、救出に飛び出してしまった。
車長が戦車を飛び出してしまい、棒立ちになったフラッグ車。
それをカチューシャが撃破……勝利した。
カチューシャ達にはお祝いの電話。こういう事は、直接言ったほうがいい。
興奮して「当然よ!」って燥いでた。絶対ドヤ顔だったな、ありゃ。
しかし、みほには連絡がつかない。
電話とメールのどちらも音信不通だった。
まほちゃんは、連絡がつくにはついたが、話がまともにできない状態だった。
どうしたものかね……。
ノンナさんには、難しい顔をされた。事情を知っているからだろうか。気を使わせてしまった。
カチューシャでさえ、俺の前では黒森峰の話は出さない。あの雑誌を見たからだろうか。
月刊戦車道の臨時刊。
今回の試合の経緯が書かれていた。
……酷かった。
みほに対する記事も載っていたが、中傷しか書かれていない。
しほさんのインタビュー記事。
……久しぶりに本気でキレてしまった。
本を破り、燃やして捨てた。
俺にとって後味の悪い大会になってしまった。
優勝ムードがすごく、港で軽いお祭り騒ぎになっていた。
各店セールや割引合戦が起こったが、バイト先では事情を知っているおやっさんは、それに参加しなかった。
色々気を使わせてしまっている。本当に申し訳ない。
それから何ヶ月か経過。俺の学年も一つ上がって高校2年生。
みほと…まだ連絡が取れない。
「……」
いつもの様にバイトも一段落つき、店先の掃除をしていた。
競りが終わり、片付けをしている競売所。
ボケーとそれを眺めていた。
どっかで見た光景だなーって思っていましたよ。
なんせ2回目だもの。
「……またか」
オレンジがかった髪が綺麗な女の子。
中学生くらいかな? 多少幼く見える。
だがマグロはいない。
ただ業者が右往左往しているだけだ。
えらくオロオロしてるけど……どこかのお嬢様っぽいな。
しょうがない……。
「お嬢さんどうした? 迷子か? ここ結構、危ないぞ?」
カチューシャの時と同じセリフを吐く。
さぁて、また睨まれるか?
ビクッ「ヒッ!」
……怯えられた。
大丈夫だよ~、おっちゃん怖くないよ~。
「……あの、俺が怖いなら誰か、女の人連れてこようか? 嬢ちゃん迷子だろ?」
「あ…。いえ、すみません。場所を探してまして。…ここら辺に「魚の目」ってお店が、あるはずなんですが……」
あら。どこかで聞いた名前のお店ですね。
「それ、俺の働いている店だよ。ほれあそこ」
指を指す先に出ている看板。
ごめん…汚くて読めなかったか?
「あ……気づかなかった……」
「でも、もう閉店してるよ。また明日来てくれ」
「いえ、人に会いに来たんです。え~と「尾形 隆史」さんという人に。ご存知ですか?」
こんないいトコのお嬢様の知り合いはいない。あ、西住姉妹も一応、いいトコのお嬢様か。
「……俺ですけど」
隠す意味もないので、素直にそれにお答えしましょうか?
「えぇ!? あの高校生ってお聞きしたんですが……」
この子は純粋に、俺の心を抉ってくるな……。
「はい。そろそろ私17歳になります」
はっと、彼女の顔が赤くなり、何度も頭を下げられた。
「もう慣れてるから気にしないで。んで? 俺に用件って何でしょう?」
「あ、はい。これを……」
「……」
何だろう。
すごい豪華な便箋だけど、本当にわからん。なんだこれ。
「ダージリン様よりお茶会の招待状です」
誰? 知らない。え?
「誰ですか。知らない人について行っちゃいけませんって言われてるんだけど。こんな顔だけどね」
良かった少し笑ってくれた。
緊張がこちらに伝わるほどガチガチだったものな、この子。
「まぁいいや、ここで話す話じゃなさそうだ。店の中で話そう」
「あ、はい。すみません」
…ホイホイ素直についてきたけど…危うすぎる……。
俺が人拐いならどうするつもりだ。
というか、市場っていつから幼女拾える場所になったんだ……。
店に案内する。
ガラっとドアを開け、真ん中の席に座らせる。
さてと、どうしたもんかね。この店の雰囲気に合わなすぎるよ、この子。
んー…。
取り敢えず餌付けでもしとくかね。
「お嬢ちゃん、もうすぐ昼飯時だけど食った?」
「え? あ、いえ」
「じゃあ、ついでに何か食ってきな」
「あ、いえ結構ですよ! お金も持っていませんし!」
「賄いで好きに食っていいんだよ。自分で作る分なら、一人も二人も手間は変わらないから。奢るってのも変だけど、何か作るよ?」
「でも……」
どうしよう。相手はお嬢様っぽいし。時間も無いかも知れない。
んー。
「じゃあさ、これでも食べてって」
彼女の前に小さなカップとスプーンを置く。
手作りのプリンだ。
おやっさんに何か新しいメニューを考えろって言われてた時
何かアンバランスなものを、ジョーク商品で作ってやろうと拵えてみた。
甘いものが出るのが珍しいのか、一番人気になってしまった商品だ。
「プリン……」
「あー、俺が作った。試しに売りだしたら人気が出てね……俺が作ってるのがわかったら、それが珍しいのか雑誌の取材まで来てさ。すぐ売り切れる人気商品になってしまったプリンです」
「尾形さんが、このプリンを?」
「気持ち悪いかも知れませんが、味は保証します。どうぞご賞味あれ」
恐る恐る食べ始めるお嬢様。
「……美味しい」
「だろ?」ドヤァ
やはり女の子だ。甘いものはすっごい集中して食べている。
暫く黙っていよう。ニヤニヤ見つめてやろう。
不審者みたいに。
ニヤニヤ
「あ、あの何でしょうか……?」
気持ち悪がれらた。スンマセン。
「こう自分が、作ったものを旨いって食べてもらえるのは、うれしいもんだよ。お嬢さん、食べてる時が何か、小動物見たいで可愛いし」
「じょ…女性の食事を見つめるなんて、失礼ですよ!///」
赤くなって抗議してくる。
あー…いなかった。
ここまで癒してくれる女の子。
俺の周りにはいなかった。
癒されるわー。
「それに、お嬢さんはやめてください。私高校1年生です」
……見えねぇ。
「あ、失礼しました。そう言えば、自己紹介もしていませんでした」
食べ終わったカップを置き、姿勢を正す。
「私、オレンジペコと申します」
はい。閲覧ありがとうございました。
ノンナさんは、希に熱いクーデレデス。
あぁ誤字が怖い。
※追伸※
次回、過去【青森編】終了予定でしたが、雰囲気と尺の関係上後2回としました。