転生者は平穏を望む   作:白山葵

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第21話~相談は無意味でした!~

 夜間病院の待合室ってのは、どうしてこう辛気臭いのだ。

 まったく、ここのヤブも儂をいつまで待たせる! 

 

「クソ!!」

 

 何故、儂がこんな目に合わなければならない! 

 全てが、裏目に出てしまった……。

 

 あの無能が! 儂の言うことを素直に聞いておれば、全て上手く言ったと言うのに! 

 監査だと? ふざけるな!!

 

 金のある人間が、金を自由に使って何が悪い! 

 今までこんな事は、無かったのだ。

 儂のすることは、全て正しかった。

 全てうまくいった。

 

 それに、あの女……。

 

 何が、全て目を瞑ってもいい……だ。何が、恩赦を与えるだ!! 

 

 儂が、島田家の人間だからだろうが。身内から犯罪者を出したく無いだけだろうが!! 

 資産の凍結? 遠方での隠居生活? 

 

 それで手を打つだと? 

 あんなクソ田舎にか? 離島だと!? ふざけるな!! 

 監視を付ける事を、条件に上げておいて何をいうか! 刑務所と何が違う!! 

 

 男に盾突くな! 

 

 島田の女? だからなんだ! 女なんぞ、黙って股を開いていれば、それで良い!

 

 クソ! 待っている時間、こうもやる事が無いと、余計にイライラする。

 

 ……どこで間違えた。どこで狂った? 

 

 どこで……。

 

 

 ……あの小僧か。

 

 

 

 思えば、あの小僧と出会ってからおかしくなった。

 それまでは、あの女もある程度は、言うことを聞いていたのに。

 あの小僧……。

 

 

 ズキズキと体中が痛い。顔が痛い、腹が痛い、腰が痛い、腕が痛い。

 

「あのチンピラめ……」

 

 病院の廊下の奥より、足音が聞こえてきた。

 

「理事長」

 

「チッ、……どうなったのだ? あの男は」

 

 七三分けの男が、立っていた。

 

 相変わらず表情を変えんな。気味悪い男だ。

 何が、お詫びをさせてくれだ。

 

「で? 儂に、こんな事をした奴の身元は? ……まぁ誰だろうと構わん。搾り取るだけ、搾り取れ」

 

「はい、私の秘書より連絡がきました。その秘書も、そろそろ警察より到着します」

 

 なんだ? 癪に障る、そのメガネの上げ方は。

 

「まず、理事長に暴行を働いた若者。……こちらから、警察への被害届けを取り下げて置きました」

 

「な!! ふざっ!!」

 

「勝手な事をしたのには、謝罪致しますが……。こちらをご覧下さい」

 

 なんだ、この紙切れは。

 

 この……。

 

 ……。

 

「あの若者の履歴書……の様なものです。犯罪歴を詳細に記載しておきました。……妙な縁ですな」

 

 これは……。

 

「……なるほど」

 

「お分かり頂けましたか? 条件付きで被害届けを取り下げましたので、あとは理事長のお好きにして下さい。こちら連絡先です」

 

「島田さーん。お入りください」

 

 連絡先をもらった所で、看護師からやっと呼ばれた。

 しかし今は、痛みよりもこちらの方が気になる。

 

 ……・確かにコイツは使える。

 使える、使えるなぁ。

 

「では、島田理事長。これで私は失礼します」

 

 

 仰々しいお辞儀なんぞしよって。嫌味にしか見えんわ。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「あ、辻局長! 只今戻りました」

 

「いやいや、ご苦労様でした。夜中に申し訳ないですね」

 

「いえ。しかしあの男も馬鹿ですねぇ……。今回も酔っ払って、店先の通行人に八つ当たりしただけでしょ? 」

 

「そうですね。でもまさか、あんな見た目の若者に絡むとは、思いもしませんでしたよ」

 

「……でも局長? あいつもう終わりでしょ? 何でワザワザ高級クラブまで使って、接待なんてしたんですか? 」

 

「手切れには、お金を惜しんではいけませんよ? 後を残します。どうせなら恩を売って終わらせたほうがいい」

 

「そういうものですか」

 

「そういうものです」

 

「しっかし、島田流の家元も、あんなのに恩赦なんて与えなきゃいいのに。ブタ箱にぶち込んどけばいいのに! 」

 

「……こらこら。一応貴女も、もう私の秘書なんですから。言葉使いをもうちょっと……」

 

「でも、あの野郎、私の腰とか、お尻とか普通に触ってきましたよ! 死ねばいいのに! 」

 

「まぁまぁ。……一つ、君は勘違いをしてますねぇ。島田流家元は恩赦なんて与えてませんよ? 」

 

「え、ですけど……。隠居とか言っていませんでした? 」

 

「……島田 千代さんと最後に会った時、私も聞いてみましたが……こう言っておられました。「刑務所なんて入られたら、もしもの時……」」

 

「もしもの時? 」

 

「「処理できませんから」と、笑顔で言われました。……もう彼女は、あの男を家畜以下にしか見ていないようですね。処理って言われましたよ」

 

「……」

 

「特に、金が大好きなあの男です。金は持っていますし、初犯でしょうし、すぐに刑務所なんて出てくるでしょうね。……それならば、いっそ飼い殺しにしたいと。

 娘に危害をあたえる素振りをしようものなら……って所でしょうね。 肩書き大好きな、あの男の事です。前科なんてつけたく無いでしょうね」

 

「……」

 

「いいですか? 貴女も私の秘書ですので、これだけは、言っておきますよ? 」

 

「……なんでしょう? 」

 

「西住流、島田流。この両家元だけは、できるだけ敵に回さないように。まぁ西住流は島田流と違い、絡め手では無く、もっと物理的に、真っ向から来ますけどね」

 

「……は、はい」

 

「はぁー……やっとあの男とも、手を切れますね」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「……なにココ」

 

 千代さんに案内されたのは、超が付きそうな高価そうな料亭。

 目が丸くなったヨ。

 大きい日本庭園を抜けて、独立して建てられていた、離れ座敷に通された。

 

 その離れの建物に近づく度に、徐々に不安になっていった。

 ……なにこの店。

 多分、生涯で二度と入る事はもう無いだろうな。

 大学生チームもビビっている。まぁ……そうだろな。大学生とはいえ学生だ。

 

 洋風全開な千代さんだから、意外って言えば意外だった。

 要人用の為なのだろうか、なんというか一目で秘匿感漂う、離れの座敷。

 襖を開け、部屋の中に入ると、すでに料理は、運ばれていた状態だった。

 

 御膳が二列、四膳ずつ向かい合って並んでいる。

 ……すでに置かれている料理が高そうなんですけど。

 取り敢えず、部屋には最後に入室したのに、誰も座っていないので座れない。

 その内に座るように促された。いや……俺が先に座っていいものだろうか? 

 

「取り敢えず、隆史君が座らないと、皆さんどこにも座れませんので」

 

 ……なんで? 

 ま、まぁいいや。とにかく座ろう。……どこに座ろうか。

 そうだ。取り敢えず逃げやすそうな、出入口に一番近い席に……。

 角席なら……。

 

 あ。

 

 スッっと笑顔で千代さんが、俺の横に腰を下ろした。

 

「あら」

 

 続いて、座布団ごと俺をズズズっと、千代さんとまとめて横に引きずらされた。しほさん! ? 

 開いた元俺がいた席に、座布団を持ってきて、普通に何事も無かったように座られました。

 

「」

 

「……」

 

「……」

 

 ……両サイドに家元が、来たのだけど。

 

「あの……家元様達は、上座にお座りになられたら如何でしょうか? 」

 

「私は、ここで結構です」

 

「私も、ここでいいですよ? 」

 

「」

 

 すいません。貴女達仲いいの? 悪いの? どっちですか? 

 

「……お母さ……母上。それは、ずるいです」

 

 愛里寿が何故か、ずるいとぐずっている。何が? 

 亜美姉ちゃん、なに肩を震わせていやがる。

 

「あら。愛里寿は、隆史君の膝にでも座らせてもらえば? 」

 

「……もう、そんな子供じゃないです」

 

 むすっとして、結局俺の対面に座った。

 半開きの目で、千代さんを見ていた。あぁこれが、ジト目と言うのか。なるほど。

 

「母上。大人気ないです」

 

 そんな隊長殿の左右には、例の大学生が座っている。

 余った席の上座には、亜美姉ちゃんが。

 結局、左席並びには、上座から順に、亜美姉ちゃん、千代さん、俺、しほさん。

 右席には、上座から順にルミさん、アズミさん、愛里寿、メグミさん。

 

 ……嫌な予感しかしねぇ。

 

 全員が席に着いた所で、飲み物が運ばれてきた。

 

 ……あの。

 

 ビールと一緒に運ばれてきたの、それって日本酒ですよね? 

 なんで樽酒さら、持ってきてんすか。

 それ祝い事とかで、パカーンって割る奴ですよね? 

 あ、すでに割れてる? いや、そういうことでは無いです。

 しかも、それあるなら、一升瓶の方はいらないですよね! ? 何で並んでんの? 

 

 ……そして、並々と目の前に、中居さんから注がれるビール。

 

「……」

 

 ソフトドリンクとやらが、愛里寿の前にしか無いんですけど……。

 

 ……。

 

「あの、中居さん。俺、高校生です。未成年ですので……烏龍茶とか下さい」

 

「あ! 失礼しました。大人の方かと……。お下げしますねぇ」

 

「……いえ、慣れてますので……」

 

 老け顔なのは自覚していますけどね? こうはっきりされると……。

 

 ……しかし。すげぇ量の酒が、運ばれてきたんだけど。

 

 酒は怖い。みほにバレたら、また何を言われるか……。

 酒が回収されていくのをボケーと眺めていたら、名残惜しいとでも思われたのだろうか? 

 

「隆史君、未成年だからダメよ? 」

 

「……亜美姉ちゃん。故意で、飲んだこと何て無いよ。それにな……」

 

「なに? 」

 

「飲酒とかの不祥事が原因で、大洗学園が、大会出場停止……なんて事になったら洒落にならん」

 

 選手でもない俺のせいで、そんな事になったら冗談抜きで首を括る事態だろうが。

 土下座じゃすまん。

 

「大丈夫ですよ? 隆史君。ここは、要人密会などでも使われている料亭です。情報が外に漏れるなんてありえませんよ? ……例え殺人とかでもねぇ」

 

「……」

 

 聞かなかったことにしよう。うん、不祥事は意識して警戒しよう。

 

 千代さんの挨拶もそこそこに、食事会が開始された。

 千代さん自身のお疲れ様会、みたいな感じだった。

 もう笑顔が、とにかくものすごかった、なにそのヤケクソ気味の挨拶。

 

 敢えて言わない。だって長いから。

 最初に、ブツブツずーーーと言っていた。

 聞こえない。怨嗟の声は聞こえません。

 ……とか思っていたら、いきなり「お疲れ様です! 」ってキラッキラした笑顔で言っていた。

 

 溜まってたなぁ~……としか言えなかった。

 ……お疲れ様でした。

 

 

 

 

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「あ、しほさんは、飲まないのですね? 」

 

「一応、相談を受ける身ですし……何より千代さんが、あのペースでしょう? 」

 

「そうですね……」

 

 キラキラ笑顔で、すでに一升開けていた。……30分経ってませんよ? 

 あの、樽酒も飲んでいませんでした? 

 

「私まで酔ってしまったら、アレを誰が止められると? 」

 

「……ですねぇ」

 

 大学生達も結構なハイペースで、飲んでいる。

 絡まれている、愛里寿が迷惑そうにしているなぁ……。やだなぁ酔っ払い。

 あの酔っ払い3人組に、千代さんを止められるとは思えないな。うん。

 

「では、隆史君。話をお聞きしましょう」

 

 早速本題と、しほさんから切り出してきた。

 ……今更だけど色々と心配になってきたな。

 

「えーと……、まずですね……」

 

 一応、ケイさんの名前を伏せ、携帯でのやり取りと、ダージリン達との事を大まかに説明した。

 ……さすがに土下座行脚の原因は話さなかったが、プラウダ高校との間も、話の流れ的に話す事になった。

 

 しほさんは、俺の青森での事は知らない。

 大学生のお姉様方も、やはり女性だということか。

 初めは、興味が無い様だったけど、次第に話を聞き始めていたのだろう。黙っていた。

 

 大洗学園に転校して、現在に至る所まで話したら、全員より一斉にタメ息がでた。

 

 ハァー……って、ハモったよ? 

 

 愛里寿まで、タメ息しましたよ! ? 

 

 ……では、亜美姉ちゃんから順番に。ありがたいお返事。

 

 

「うっわ、引くわー……。あんた一体何人に粉かけてんのよ……」

 

 ……あの亜美姉ちゃんに、ドン引きされた。

 

「隆史さん。……さすがに、それはどうかと思う」

 

 愛里寿さん! ? 

 

「鈍感とかの問題じゃないでしょ。……貴方、どっか壊れてんの? 」

 

「意識してやってるなら、ただのクズだけどねぇ」

 

「なに? ハーレムでも作る気? 頭おかしいとしか思えないわよ? 」

 

 ……お姉様方も酷かった。

 

「隆史君は、結構モテるのですねぇ」

 

 ……千代さんの目だけが、笑っていなかった。

 

「ふむ」

 

 しほさんだけ、何か考えてこんでいた。逆にコワイっす。

 

「いやいや、俺だって好意はある程度、感じてはいたんですよ! ? ですけどね! 男からの立場で言うわせてもらうとですね! 」

 

「……なんでしょう」

 

 あぁ……愛里寿さんまで、ジト目で見てくる!! 

 

「例えば、「君は俺の事好き? 」とか本人に聞けないじゃないですか! んな事したら、ただの思い上がりの激しい馬鹿ですよ! ? 」

 

 「「「「ストレートに聞く馬鹿が、何処にいるの。」」」」

 

「」

 

 ……まぁそうなんですけどね。

 

「……いや。あの俺こんなんですし、……正直、自分がそういう目で見られるって思えないんすよ」

 

「あー……まぁ気持ちは分からないでも無いかなぁ……でもさ、普通、海外旅行に男誘う? 明らかに、友達以上の好意はあるわよね? 」

 

 ルミさんと言ったか。メガネの人。

 

「……どうしてそれを知ってるんですか? 」

 

 ちょっとバツが悪そうな顔をしたけども、あっさりと吐いた。

 

「あー……。第一回戦で、君に声かけたスタッフって、あれ私達だから」

 

「はぁ! ? 」

 

「ルミは男装していたけどねぇ。あのやり取りも全部見ていたわよ? そして報告済みぃ」

 

 ……なにしてんの、この人達。

 それで無線のやり取りを、千代さんが知っていたのか。

 

 その横で愛里寿が、黙々と料理を食べているかと思ったら「インプット」って顔をしていた。

 何故だろう、軽く悪寒を感じる。

 

「そうですねぇ……。隆史君。少なくとも、友達以上の感情を持っている娘。断言できるのは、最低6人はいますね」

 

「6人!!??」

 

 千代さんの言葉に絶句した。

 嘘だろ……。

 

「まぁ、話を聞いた限りですけどね。……まだ増えそうですね」

 

 ……モテ期とうらーい。とか言ってる場合じゃねぇ。マジで? 

 

「あの時、ヘリ借用を頼みに来た時の子は、どうなのよ。あんたの事だから、あの子とは、ただの友達とかでしょ? 」

 

 亜美姉ちゃん。酒が入っている為か、ただ単に俺に呆れているのか、段々と言い方が乱暴になってきてますよ? 

 

「あーあの時ね」

 

 アズミさんが食いついた。食いついたって事は、そこまで見てたのかよ。

 

「んー……貴方。他の子にも、あんな事までするの? 」

 

「あんな事? 」

 

「いや、土下座したり必死に食い下がったりとか」

 

 ……するな。

 

 みほの時もしたし、まほちゃんの時は……ちょっと違うけども、条件が合えば同じようにするなぁ。

 カチューシャや、ノンナさんとか……ダージリンとかオペ子とかにも、間違いなくするなぁ。

 

「し……しますね。というか、してますね」

 

「あーらま、呆れた」

 

 呆れられた。……なんでだろう。

 

「女の視点からするとね。近しい男が、そこまで自分の為にしてくれるのよ? 普通、なにコイツって、ドン引きするか、別の意味で勘違いするわよねぇ。後は……あぁそれでか」

 

「な……なんですか? なに納得してるんですか」

 

 一人で納得されてもの困りますがな。

 

「隆史さん」

 

 今まで、一切喋らなかった愛里寿が、少し不安そうに聞いてきた。

 

「な……なんだろう愛里寿」

 

「今回の件も、そうなんですか? 私との偽装婚約の事も」

 

 ……なるほど。

 

「そうだよ」

 

 即答した。まぁそうだったし。

 

「もし失敗して、本当に結婚する事になっても良かったのですか? 」

 

「……うーん。失敗した時の事は、考えてはいたんだけどねぇ」

 

「けど? 」

 

「……真面目に答えようか。そもそも自分の行動の責任は、取るつもりではあったんだ。その後の事は、愛里寿の感情次第だと思った」

 

「母上に逆らってですか? 」

 

「そうだね。千代さんを、敵にまわしてもだね」

 

 相変わらず千代さんは、微笑みながら……・ちょっと待て。

 空になった瓶が、2つに増えてる! ? あ……目が座ってる。薄目で、俺の顔をジーと見てる! 

 み……見なかった事にしよう。

 

「……私が、了承したらどうしたのですか? 」

 

「うん。だから感情次第だと言ったんだ。俺の事を好いていてくれるなら、それでも良かった。好意に応えようと思ったよ。

 ただ、好いてもいないのに、家の為だと言うならば、何とか愛里寿とガマ蛙の件がほとぼり冷めた辺りに、婚約破棄の為に動こうと思っていたけどな」

 

「……そうですか。責任……」

 

 複雑そうな顔で、少し俯いてしまった。

 

「……あくまで責任。私に対して、思う所は……何も無かったのですね」

 

 あ、事務的に話しすぎた。

 冷たく感じてしまったのだろうか。いかん。涙目になってる! 

 

「愛里寿」

 

「……はい」

 

「思う所が、無いわけ無いだろう。普通に愛里寿の事、好きだけど? 」

 

「!!?? 」

 

 目を見開いて、赤くなってこっちを見直した。

 あーやっぱ涙目だ。

 「「「コイツホントウニ、コロシテヤロウカ? 」」」と、大学生チームが、マジな殺気を出し始めた!! 

 

「いやいや、だってそうでもなきゃ、婚約話に乗らないし、千代さんにも喧嘩売ろうなんて思わないヨ。……怖いし」

 

「あ……アゥ」

 

 「「「 」」」

 

 何故大学生達が呆然としている。

 あー……また俯いちゃった……。

 

「ちょ……ちょっと」

 

 そのまま赤い状態で立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。

 お手洗いかな? 

 

「この男が、何となくわかった」

「……ある意味天然よね」

「何今のテクニック。落として上げる……。すっごい自然に口説いたわよ」

「あんな隊長初めて見た……。あの男やっぱり消すしか……」

 

 ……。

 

「お姉様方。物騒な事言わんで下さい。別に口説いていません」

 

「隆史くーん」

 

「は……はい。なんでしょう千代さん」

 

「娘を口説くの2回目ですねぇ」

 

 嬉しそうに何言ってんだ、この酔っ払い。

 

「さて、隆史君」

 

 今度は、考え込んでいて喋らなかったしほさんが、口を開いた。

 至極冷静に、戦車道に関わっている時と、同じ感じで言ってきた。

 

「今までの話を聞いていて、思いましたが……。

 

「はい」

 

「貴方には「自分」というものが、あまり無いのですね」

 

「……自分? 」

 

「まほの時もそうですね。蝶野一尉との事も。今回の件にしても。他人を優先する」

 

「……そんな事、無いと思いますけど」

 

「誰も彼も、助けようとして……今までは上手くいっていたかもしれませんが、この先どうなるかわかりませんよ? 

 昔から貴方は、自分を必要以上に下に見る癖があります。その為でしょうか? 自身が頭を下げる事も、他人の盾になる事も、一切躊躇しない」

 

 目がスッっと細くなった。

 

「危ういですね。……貴方は一体、何を必死に……何を恐れているのですか? 」

 

「……」

 

 恐れる……ね。

 

 原因は分かっている。

 他人には絶対に言えないし、理解できないだろう。

 

 多分、今俺は、幸せなんだろう。いや、幸せだ。

 

 今のこの現状。

 大変な事ばかり起きているけど……。

 それでも、相談できる人もいる。頼れる人達がいる。

 一人でいる事が、ほとんど無くなった。

 この生活。今の生活。

 

 2周目の俺には、手放したく無い現状。

 

 だから不安なのだ。現状を変えてしまう事が。破綻してしまう事が。

 八方美人になってしまっているのだろうな。でもダメだ。無理だ。

 今の現実の為なら、何だってやってしまう。もうこれは、感情じゃどうしようもない。

 それに……色恋沙汰なんて、贅沢な悩みすぎて、理解できないだけであろう事も。

 

「……まぁその事は、次回でいいでしょう。どうも貴方の行動は、ひどすぎます。女性を口説いて回ってるのと変わりません」

 

「あ……あれ? 」

 

 真面目な話は? さっきまでの雰囲気は? あれ? 

 

「サンダースの隊長が、言っていた事も一理ありますね」

 

「……あの電話の相手の事は、言ってなかったと思いますけど……」

 

「聞かなくとも察しがつきます。……これでは、みほもまほも苦労するはずですね。まったく」

 

 ……しほさん? 

 

「そうですね……まず、貴方の現状を、少し変えてみなさい。対象を絞りなさい」

 

「……え。な……何の……・? 」

 

「はぁ……それも私に言わせるのですか? ……そうでした。貴方は、親の前で娘を口説いてる事にも、気付かない子でしたね……。

 あれでは島田の娘も可哀想ですね」

 

 あ、久しぶりに見たなぁ。しほさんのゴミを見る様な目。

 

「あっはっは! いいわね! 家元はっきり言ったわねぇ。察しが悪い、あんたが悪いわ」

 

 亜美姉ちゃんが、バンバン肩を叩く。

 ……大人しいと思ったら黙々と飲んでいたのか。

 

「とっとと、彼女でも作れって言ってんのよ。誰かと一度、そういう関係になるのもいいんじゃない? 」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

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「あのしほさん。正直な所、どうしたらいいかわかりません」

 

 両手を上げて、降参のポーズをする。

 

「……まぁ私も、夫としか経験ありませんし……。詳しくはなんとも言えませんが……兎に角。

 貴方は、どうも保守的過ぎます。思い切る事も大切です。……これは貴方が熊本に来て、私とまほに教えてくれた事ですよ? 」

 

 あー……しほさんに喧嘩売りに行った時か……。

 膠着状態を壊した時かぁ……。なるほど。

 

「まぁ……相手の気持ちも有りますし、誰かとそう言う関係になるかどうかわかりませんけど……。前向きに検討してみなさい」

 

「私も、しほさんに賛成ですね」

 

 千代さんが普通に……ごく普通に話しかけてきた。貴女すっげー量の酒飲んでるでしょうが! なんでシラフみたいなの! ? 

 

「貴方には、実戦経験というか……そういったモノが足りませんね。普通、初恋から小学校、中学校と重ねる度に、何となく覚えるものですのに。

 隆史君には、それが無かったのかしら? 」

 

 あー……思春期、遥か昔に終わってますからねぇ……。

 

「そうですね。そういう付き合いをすれば、自然と覚えるでしょう。まほかみほ……決まったら報告してください」

 

「はぁ!!??」

 

 ナチュラルに選択肢を制限された。

 

「ダメですよ。隆史君。もうそろそろ愛里寿も戻ってきますし。ほら! 思い切って! 」

 

「」

 

「あら? 他に選択肢があるとでも? 」

 

「いやいやいや! あいつらの気持ちもあるでしょうよ! なに、決定事項のように言ってんですか!? 」

 

「それに隆史君の初恋は、私ですからね。特にまほは、段々と私に似てきてますし……まほでしょうか? 」

 

「」

 

 ……無視だよ、無視。

 しかも、千代さんにあっさりバラすし。

 

「……隆史君? 本当ですか? こんな年……っとっ!? 」

 

 勝ち誇った言い方に、若干イラつきを見せ始めた千代さん。やっぱこの人酔ってるわ。うん。

 

「エェ……ソウデスネ」

 

 真面目な雰囲気は、既に無い。

 また俺、この二人に挟まれてるよ。逃げ場ねぇよ。

 

「そんな! ダメですよ隆史君! こんな目の下のシワを、気にし始めている年増に!!」

 

「」

 

「……アンタと私は、同い年ダロウガ!? 」

 

「しほさん口調! 口調!!」

 

 咳払いを一つして、また勝ち誇ったように言い放ったよ。

 

「ゴホン! ……千代さんは、人の事はともかく、先程や現在に至るまで、隆史君や娘達に疲労の色を見せるのは、甘えだと思いますけど? もう家元でしょう? 貴女もしっかりなさい」

 

「ぐ……」

 

 ……いかん。

 

 この流れは非常にまずい。

 睨み合ってる!! 貴女達、パワーバランス考えてくださいよ! 

 大学生達の目に、怯えが出てきてる! 

 

 なにより、俺を間に挟んで睨み合うのやめて下さいヨ……。

 

「し、しほさん! 」

 

「……何でしょうか? 」

 

 返事をしても、千代さんと睨み合っている。

 

「大丈夫ですよ!! 喫茶店でも言いましたけど、俺は全然大丈夫だと思いますよ!!??」

 

「……そうでしょうか?」

 

「そういう事気にする辺り、しほさんって結構カワイイと思いますよ!?」

 

「かゎ!?」

 

 ……なりふり構っていられるか! 

 

「……可愛いなんて言われたの、何年ぶりでしょうか……」

 

 ボソボソと何か呟いてるけど、聞こえないのは言ってないのと同じだ! 次!! 

 

「千代さん!」

 

「なんでしょう?」

 

「多少甘えたっていいでしょう! 普段隙が無い分、今回みたいな千代さん見れて、俺はウレシイですよ!?」

 

「……そうでしょうか?」

 

「俺みたいなガキですけど、俺で良かったら、いくらでも甘えてくださって結構ですから!」

 

「あま!? こんな若い子に甘える……」

 

 なんかこっちもボソボソ言っているけど知らん! 

 

 よし! 殺気が消えた!! 

 

 

「……なにあの子。家元達、同時に口説いてるけど……」

「二人共、呆然としちゃってるじゃない」

「わざわざ弱い所突く辺り、あの子。……相当だわ」

「いやぁ私の教えを、忠実に守ってるわあの子。えらい、えらい」

 

 

 ボソボソ聞こえてるよ! 

 うるせぇよ! 口説いてねぇよ! なだめてるだけだよ!! 

 なんとかできるなら、この立ち位置変わってくれよ!! 

 

「母上?」

 

 いつの間にか帰ってきていた愛里寿が、怪訝な顔で、麩の外から見ていた。

 そりゃまぁ、帰ってきたら真っ赤になってる母親見れば、おかしいと思うだろうな。

 ……あれ? なんで赤くなってんの? 

 

「御免なさい愛里寿。もういいから席、を変わりましょうか? 」

 

「え!? いいのですか!?」

 

「えぇ……今度は貴女の番ですね。(私はいつでも甘えていいそうですから。)」

 

 

 

 ザワッ! 

 

 

 

 な……何だ! 今の過去最大級の悪寒!!?? 

 

 誰かから電話でも来たのか、愛里寿と入れ替わりで、しほさんが携帯を取り出しながら退室していった。

 

 それにしても……千代さんが、えらい熱っぽい視線で見てくるのがコワイ。

 しかしスッと、その目線が外れた。

 

「では、貴女達は、暫く私とお話しましょうか?」

 

 「「「ヒィ!」」」

 

 千代さんの矛先が、大学生に向いた。

 よし! 平和が戻った!! 

 

 

 

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 横に腰を下ろした愛里寿は、先ほどと違い、色々近状を語ってくれた。

 大学に入ってからの事。大学選抜に選ばれた事。

 

 彼女は、彼女なりに頑張って、そして色々と溜め込んでいたのだろう。

 言うだけ言って、グラスを仰ぎ暫く黙っていた。

 まぁたまには、愚痴を聞くだけなのもいいだろう。

 

 その内、コトンと横で音がした。

 

 愛里寿の前の、お膳の上に、横になったグラスが転がっている。

 

 そして愛里寿が、俺に寄りかかってグッタリしている……まさか。

 

「あ……愛里寿!? これ飲んだのか!?」

 

 ここは元々、千代さんの席……ってことは。

 

「あぅ。世界がグルグルする……。変なお水……」

 

 水じゃねぇー!! 千代さんの飲み残しを、間違って飲んだのか。

 随分と大人しいと思ったら……。

 

「おいおい、大丈夫か愛里寿。ちょっと横になってな」

 

 あぁシラフ衆がいなくなっていく……。

 目の焦点が合っていない。水でも貰ってくるか? 

 

「あーたかしおにいちゃんだぁぁ」

 

「」

 

 懐かしい呼び方をされた。むにむに顔を掴まれる。

 

「あはぁ……おにいちゃんだぁ……。ありすちゃんと、やくそくどおりにぃ……おにいちゃんの、かわいいもんすたぁでいるよぉぉ」

 

「……」

 

 首に腕を回して抱きついてきた。出会った頃の話を言い出していた。

 よしよしと、取り敢えず背中を軽く叩く。

 

「そうか、そうか。頑張ってるな。ウレシィヨォ? 」

 

「うーんー。がんばったぁ。がんばったよぉ」

 

 今度はペチペチ顔を触りだした。……酔ってるなぁ。

 頭を撫でた辺りで、気がついた。反対席の4人の目線が痛い。

 

「だから、おにぃちゃん。こんどボコランドつれってってぇ……」

 

「わかった、わかった。今度一緒に行こうな」

 

「やく……そ……」

 

 そのまま寝てしまった。

 耳元で、寝息が聞こえる。

 やっぱりまだ、酒は早すぎたな。二十歳になってからだ。うん。

 

 抱き抱えて、酔っ払いに絡まれない所に運んで、寝かしておいた。

 

「ずるいわ! 隆史君! 愛里寿、私にもそんな甘え方してこないのに!! してこないのにぃ!!」

 

 ……なにいってんすか千代さん。

 あ、大学生達の怨嗟の声は聞こえません。シネとかコロスとか聞こえません。

 

 自分の席に戻った時に気がついた。

 今この部屋の中、シラフが俺以外いねぇ……。

 大学生は、千代さんに飲まされ続けている。「あら? 私のお酌じゃ不満かしら? 」とか真顔で言ってるし……。

 そりゃ、大学生達も逃げれまい。その分、先程の事もあり、視線が俺を離さない……。

 

「千代さん……アルハラって知ってます? 」

 

「知ってますよぉ? それが? 」

 

「いえ……何でも無いっす……」

 

 大学生を見捨てた。後は、頑張ってください。

 まぁあの人達も、相当酒に強いのだろう。

 グビグビ結局、飲んでるし。無理して飲んでいるって感じじゃない。

 

 

 

「つか、亜美姉ちゃんは、樽酒の前をさっきから独占してるな」

 

「ふっふー。これ結構良いお酒なのよ。それに今回は……傍観している方が面白いのよぉ」

 

「今の所、無害な亜美姉ちゃんが若干不気味だ」

 

「……なに失礼な事いってんのよ」

 

「……でもなんだ。結局、有効なアドバイスもらってない気がする」

 

「何、贅沢いってのぉ。ある程度、背中押しておいてもらって」

 

「あれで? 」

 

「そうよ! あんた一人だったら、絶対有耶無耶にして、ごまかしてるわよ」

 

「そうかなぁ……ふぉ! ? 」

 

 スパーン! といきなり襖が開いた。びっくりしたぁ……。

 あれ? しほさん? 

 

 しほさんが、そこに立っていた。

 眉間にシワがよってますよ……? 

 

 そのまま黙って自分の席に戻り、ごく自然に正座をした。

 黒いスーツの上着を脱ぎ、首元のボタンを一つ開けて、袖を捲った……。あの……? 

 近くにある一升瓶を手に取り、ズドンとお膳の横に突き立てた。

 

「し……しほさん? 」

 

「……フゥゥ」

 

 あ……知ってる……この眼知ってる。

 これはあれだ。ナンパ野郎に、若作りって言われた時の眼だ。

 

「んぐっ! 」

 

 スポンと蓋を抜き……一升瓶をそのままラッパ飲みしはじめた……。

 

「」

 

 しほさんの喉を鳴らす音しか聞こえない。

 ズドンッっと、畳の上に空になった一升瓶を叩きつける。

 ……一気に飲んじゃったの? 

 

「フゥゥゥゥ…………………隆史君」

 

「ハイ!」

 

「そこに置いてあるのも下さい。……ハヤク」

 

「」

 

 逆らえるはずもなく、黙って渡すと即座に封を開け、また一気に飲み干そうとした。

 

「や……やめてください!!」

 

「……なんですか? 隆史君」

 

 軽く睨まれたが、なんていうか……。

 

「しほさん! ラッパ飲みはやめて下さい!! そんな姿のしほさん、見たくないです!! せめてグラスか何かにして!! お願いですから!」

 

「……そ……そうですか? ふむ。蝶野一尉」

 

 結構必死に止めたし、その姿って言葉で、自分の姿を顧みたのか。少しバツが悪そうな顔をしてくれた。

 

「中居の方に、ジョッキを持ってくるよう頼んでください」

 

「」

 

 ジョッキで日本酒飲む気かよ……。ラッパ飲みよりましだけど……。

 

「どうしたんですか? しほさん。今日は、飲まないんじゃ無かったんですか」

 

「……」

 

 席の開いたグラスに、先程渡した酒を注ぎ飲み続けている。

 正直コワイ。飲み方が、完全にヤケ酒じゃないですか。

 

「……先程、夫から着信があったのですけど……」

 

「あー……はい、退室して行きましたね」

 

「……あの野郎…………浮気してやがった…………」

 

 

「」

 

 

 

 常夫ーー!! 何してんだ!! 

 しほさんの目が、完全にやばい事になってるよ!

 千代さんの目はキラキラしてるけど!!!

 

「……携帯のどこかに当たったのでしょうね。誤発信だったようで、声だけ聞こえて来たのですけどね……」

 

「うわぁ……」

 

 浮気現場の音声とか、最悪のパターンじゃねぇか。

 

 というか、高校生の俺にそれ聞かせるの? 

 ……あぁこの人、既に一升飲んでましたね……。

 

「どうも、多分キャバクラ? ……とかいう所にいたようで……」

 

「……キャバ?」

 

 なんだ……そういう事か。キャバクラで浮気とか、しほさんも嫉妬深いのかね。

 浮気現場の音声とか思ったから……まぁさすがにそれはフォローできなかったヨ。

 

「後ろからの音声や音とか……そんな感じでした。指名がどうのこうの、騒がしかったですし……」

 

「じゃ……じゃあ、大丈夫じゃないでしょうか!? ほ……ほら、仕事の付き合いとか有りますし!! 接待とか!!」

 

 なんで俺が、他人のフォローしてるんだろ……。

 

「……私もそのくらい理解は、有ります。でもですね……」

 

 スッと携帯を操作して、ある画面を出して差し出してきた。

 

「怪しいと思って即座に録音しておきました。聞いてみて下さい」

 

 ……録音されたのですね。即座に証拠を取っておくとは……。

 ま……まぁ聞けと言うのであれば……。

 

 録音を再生し、聞いてみた。

 

 

 

「……」

 

 

 

「……………………………………」

 

 

 

 何してんの? あのおっさん。

 

 ダメだ。最悪だ。

 

 再生された音声からは、確かに特有の音楽と会話が聞こえてきた。

 夜の店って感じだ。……正直懐かしく感じる。接待場所の定番だからね。

 

 だらしなく、酔ってる感じの会話が続いている。

 まず、明らかに一人でいる。……自重しろよおっさん。

 一人の嬢に、どうもご執心のようで、指名をしているようだった。

 まぁここまではいい。

 

 多分、冗談だろうな。会話内容の言い方が、冗談だ。

 でもな? 例え冗談でも、アフターに誘う意気込みをしている夫の声を聞いていた、しほさんの気持ちを考えれば……怒るのもまぁ当然だろう。

 ホテルに誘うとか、言っていない分セーフだろう。食事に誘うのも、どうかと思うけど……。

 

 俺は冗談だと分かるから、フォローしてやってもいい。冗談ですよーって。営業トークみたいなモノですよーって。

 でもな。無理だ。これは最悪だ。最後に聞こえて来た、指名した子からの声。

 

『いつもご指名ありがとうございます、美穂でーす♪』

 

 ……常夫ヨォ。

 

「しほさん。浮気がどうの、とかの問題じゃないです。……これはダメですね」

 

 携帯を返却しました。フォローのしようがねぇ。

 

 娘と同じ名前の娘を指名して、口説いてんじゃねぇよ。

 

「でしょう!? 学園艦には、そういったお店はないから、わざわざ陸に上がってまで通ってるってことでしょ!? どうなの!?」

 

「ど……どうでしょう?」

 

 しらねぇよ!

 

「隆史君! 貴方は、そんなフラフラしないようにね! みほかまほと付き合ったら、一生面倒見てくださいね!!」

 

「……さっきと言ってる事、違いますけど……」

 

 というか、重い。

 

「……しほさん。口調がおかしいですよ。……あの再生時間そんなに無かったですよね? 一升瓶の空ビンが追加されてますけど……」

 

 聞いている間に、畳に置かれた空ビンが一つ増えていた。

 

「そりゃ、飲めばお酒は無くなるでしょうよ!! ほら! ちよキチ!! こっちこい!」

 

「はいはい」

 

 あかん。急ピッチで飲んだから、一気に出来上がってる。

 また先ほどの様に、家元に囲まれてしまった。……違う。出来上がった家元に囲まれた。

 

 コワイ。

 

 何が怖いって、この酔っ払いの巣窟の中で、唯一シラフなのが俺だけになってしまった事が。

 先程までの相談していた時のしほさんは、もういない。死んでしまった。もういない。うん。

 

「家元ー。ジョッキ来ましたけど、どうします? 」

 

「あぁ、樽のお酒入れて持ってきて下さい。あ、私の分もくださいね」

 

 亜美姉ちゃんの問いかけに、千代さんが答える。

 了承したと、樽酒を入れたジョッキを2つ。まとめて運んできた。

 

「あ、蝶野さん。アシモトニハ、キヲツケテクダサイネェ」

 

「え? あ! 」

 

 

 ……。

 

 

「……亜美姉ちゃん」

 

「ご……ごめんなさい隆史君。西住師範。さすがにわざとじゃないわよ」

 

 頭に酒が降ってきた。

 酒臭い。ビショビショになっていしまたのいだが、横に居たしほさんまで、えらい事になってる。

 ……千代さんは、ちゃっかり距離をとっていた。

 

「……千代さん。今、亜美姉ちゃんの足をかけませんでしたか? 普通の転び方しませんでしたよ? 」

 

「いえ? 知りませんよ? ……それより隆史君。風邪ひきますよ? 」

 

 ほらほらと、俺の制服のボタンを外し始めた。

 

 ……。

 

「あの……。なぜ俺の服を脱がそうとするのでしょうか? 」

 

「え? だって風邪引くでしょ? 」

 

「……なに言ってんだ? って顔でボタンを外さないで下さい」

 

「でも、隆史君って結構……いえ、かなりガッチリしてますね」

 

「いや、聞いてくださいよ。もう! 」

 

 お膳の上のおしぼりか、自前のハンカチで拭おうとしたら、両手が動かなかった。

 右腕は、千代さんがギリギリと掴んでいる。

 

 そして、しほさんが左腕を掴んでいた。……結構、力入れて振りほどこうとしたけど動かねぇ。

 目線はこちらに向けてはいるが、しっかり酒飲んでる……。

 

「隆史君、風邪ひきますよ? 」

 

「……じゃあ腕離してくださいよ。なんですか、そのコンビネーション! 」

 

 あんたらやっぱり仲いいでしょ! ? 

 

「あら、胸板広いわぁ」

 

「あれ! ? 服!?」

 

 上半身が裸になっている。……剥かれた。

 

「どうやって……。俺の服どこ! ? 」

 

「これぞ、島田流! 」

「さすが、師範! 」

「あの子、高校生の体じゃないわねぇ」

 

 向かい席で、完全に鑑賞モードに入ってる、ギャラリーの合いの手がうるせぇ。

 

 

「……しほさん。なぜ体が、俺の方向いてるんですか。服返してください」

 

「嫌です! 」

 

「」

 

 ……力強く拒否された。

 

「……千代さん。全身撫で回すのやめて下さい。普通にくすぐったいです」

 

「嫌よ? 」

 

「」

 

 ……笑顔で拒否された。

 

「な……何なんですか! ? マジでやめて下さいよ! いくらなんでも、セクハラですよ! 」

 

「違いますよ。体を拭いているんです」

 

「違いますね。それを見守っているだけです」

 

「……」

 

「さて。次はズボンですね。しぽりん手伝ってもらえる? 」

 

「」

 

 

 ……逃げよう。本気で逃げよう。

 なぜ誰も止めないの! ? 

 

「隆史君! ジタバタしないで下さい! 」

 

「何言ってんだ千代さん!! ベルト外さないで!!」

 

 ダメだ。

 大学生達と亜美姉ちゃんは、完全に俺を酒の肴に見守っている。

 男剥いてなにが、楽しいの!? 助けろよ! 

 

「千代さん! あんた娘の前で何やってんの!?」

 

 視線の先に、いつの間にか目を覚まし、目を輝かせた愛里寿が正座してた。

 ……目の焦点が合って無いから、多分まだ酔ってるなぁ……。

 

「おにぃちゃん。わたしもさわってみたい……」

 

 愛里寿!! 

 

「あらあら、愛里寿はおませさんねぇ。誰に似たのかしら」

 

「あんただ!!!」

 

 二人相手は分が悪すぎる! しかも家元相手だ。

 片手で、二人相手の攻撃は捌きづらく、徐々にジリ貧になっていく。

 腕は、俺の方が太いから、手首を掴ませなければ、そうそうに拘束されない。

 後は、ズボンに手をかけさせなければ! 

 

 ……何言ってんだ俺。

 

「というか、しほさん!!」

 

「なんでしょうか!? ……往生際が悪いですね!!」

 

「しほさんも、びしょ濡れでしょうが!」

 

「私は、大丈夫ですよ! お酒好きですので!」

 

「そういう事、言ってんじゃないです!!」

 

 会話をしながら、バシバシ攻防を繰り返してる。

 

 あ。しまった。手首を掴まれた。

 

「ふっ! 後は!」

 

「しほさん。いい加減気がついて! 酒で濡れて、貴女のワイシャツえらい事になってんすよ! さすがに……」

 

「は?」

 

 自身で身体を確認した。やっと現状に気がついてくれました。

 

 まぁその、なんだ。透けてエロい事になってました。

 

 それで上半身と腕だけで、つかみ合いの攻防を繰り返していたものだからね? 

 

 もうね。揺れる揺れる。

 

 ……黒ですね。

 

 はい。その黒いのが、良く揺れていました。

 

 

 

「……!!!」

 

 

 

 

 ひゃぁっと、ビックリしたのか変な叫びを上げて、引っ張られた。

 貴女、俺の手首掴んだままでしょ!? 

 

 バランスが悪い中、いきなり引っ張られたので、引き寄せられる形になってしまい……。

 

「あら、隆史君。いくらなんでも、面前で押し倒すのはちょっと……」

 

「押し倒してないでしょ!! なんでそんなに楽しげなんですか!?」

 

 俺が四つん這いの状態で真正面から、覆いかぶさってしまった為、傍から見ればそう見えますけどね! 

 しかも半裸状態だよ! 

 

 

 パシャ! 

 

 

「……亜美姉ちゃん。何やった今! 」

 

「うぇ? ……記念?」

 

 ……人に殺意を覚えたのは、久しぶりだ。

 

「あ……あの隆史君」

 

「あ! すいません、どきます!」

 

「あの、なんというか……夫に浮気された所にこれは……ちょっと卑怯じゃないかと思うのですが……。いや……でも」

 

「あんた何言ってんだ!!」

 

 実際、ワイシャツのボタンも飛んでしまい、大きく胸元がはだけて、ひどくエロい映像が目の前に広がってます……。

 久しぶりに社会的に死ぬんじゃないかと思ったよ!! 

 

「うっわー。あの子すっげーわ」

「弱ってる女性につけこんで落とすって……」

「クズね、クズ」

 

 楽しそうにしてんじゃねぇ……。

 

「別に常夫さん、浮気してるワケじゃないでしょうに……どきます」

 

 体を起こそうとしたら、腕を掴まれた……。

 

「あ……でも、いや。もったい無いというか……まほやみほにも悪いし……。場所も悪いし……」

 

「だから、あんた何言ってんだ!!」

 

 酒怖ぇぇぇ! 

 

 普段なら絶対、こんな事言わないよこの人! 

 

「隆史君! 次私! わたし!」

 

「おにぃちゃん。よくわからないけど、わたしも!」

 

 切実に思う。

 

 帰りたい。

 

 逃げ帰って、脊柱起立筋を鍛えたい。

 

「!」

 

 都合よく、俺の携帯から着信音が流れた。

 よし! 逃げ出すチャンス!! 

 

「ん……この状態で、携帯を取り出すのはちょっと……」

 

 ……やべぇ、その気になり始めてるよこの人。

 無視して、ポケットから、取り出し相手を見る。

 

「……みほだ」

 

「」

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

『隆史君、今大丈夫?』

 

 しほさんは、着信相手が、みほからだと告げたら為か、正気に戻った。……そそくさと座り直した。

 ……その後、横目でこちらを見るのを、やめてほしかった。

 そのまま上半身は裸だったが、とにかく逃げ出したかった為、退室をして携帯で話している。

 

「みほさん」

 

『なに? 大丈夫なの?』

 

「いいタイミングで、お電話頂きまして、大変助かりました」

 

『な……なに?』

 

「怖かった! マジで怖かった!! 助けてくれてありがとう、みほ! 大好きです、みほ! 愛してるよ、みほ!」

 

『ブッ!!』

 

 あ、吹き出した。

 

『な! なななにを言ってるの!?』

 

 焦っている姿が目に浮かぶ。わかりやすい。

 

「……お酒って怖いねぇ」

 

『……何? あれだけ言って、また飲んだの?』

 

 あ……声が冷たくなった。

 

「飲んでません。この大事な時に不祥事は起こしま……起こしません!」

 

 下手すると危なかった気がするけど……

 

「……ホントウニ?」

 

「声が冷たい……。いや、本当に。亜美姉ちゃんもいるから、何してくるか分からないと思って、飲み物に一切、手をつけていないのよ。そろそろ喉が痛い」

 

『亜美さん? ……何やってるの?』

 

「まぁ……親睦会みたいな事を今している。詳しくは帰った後話すよ」

 

 まぁ偽装婚約の事は、終わった事だしわざわざ話さなくともいいかな。

 

『うん、わかった。』

 

「で? なんか用か?」

 

『うん……実は隆史君からもらった、ボコの腕が取れちゃって……。壊れちゃったの……。ごめんね』

 

 あぁ……あのプラモか。

 

「どうした? 折れちゃったか?」

 

『え? 折れる?』

 

「えっと、胴体から伸びている棒。腕があった場所だけど、どうなってる? 腕側の根元は?」

 

『えっと……棒は、先が丸くなってるよ? 根元? なんか黒い穴があるけど……』

 

 なるほど。ポリキャップが外れただけか。

 

「わかった。直せるから、帰ったら直すよ」

 

『ほんと? よかったぁ……』

 

「そんだけか?」

 

『……』

 

「どうした? 」

 

『今って大学戦車道連盟の人達といるの?』

 

「そうだな。まぁ親睦会の相手が、その人達だから」

 

『そう。……おかしいなぁ。あのね、放課後に私宛に電話がきたの。その……大学連盟の人から』

 

 ……みほ宛に? 

 

「……それで? あぁ、俺との関係性でも聞かれたか?」

 

『え! ? ……なんでわかったの?』

 

「あぁ、大丈夫。……聞いているから。わかってる。……ちなみになんて答えた?」

 

『あ、そうなんだ。よかった。えっと、幼馴染ですって答えておいたけど』

 

「……そっか。大丈夫。……連絡の行き違いでもあったかな? 俺の家の事と、関係しているから気にすんな。ありがとな」

 

『うん。ごめんね? 邪魔しちゃって』

 

 ……気味が悪くなってきた。同じ大洗学園所属の人間に、何を聞くんだ? しかも、みほ宛? 

 

『隆史君?』

 

「あ! あぁ大丈夫だよ。気を使わせて悪かったな。……明日か明後日には、帰れると思うから」

 

『そっか。……もう一度言っておくけどダメだよ? 飲んじゃ』

 

「……クッ」

 

『何を笑ってるの! ダメだよ!?』

 

「いやいや、会話がね?」

 

『会話? それが?』

 

「帰る日言ったり、飲むなとか言われたり……」

 

『だから、なんなの?』

 

「夫婦の会話みたい」

 

『!!』

 

 ブツッ! 

 

 あ、切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■▼▲▼▲▼▲▼■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カリカリカリ

 カリカリカリカリカリカリ

 

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 部屋に響く音。

 

 4畳半間の賃貸の部屋からは、その音しか聞こえない。

 

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 ガリガリガリガリガリガリガリ

 ガリガリガリガリ

 

 雑誌の切り抜きの写真。

 そのコピー。

 一枚だけでは足りないからだ。

 そんなに写真自体無いからな。

 

 一人のガキの顔が、段々と黒くなって塗りつぶされていく。

 ボールペンの細い先端で、徐々に塗りつぶされて行くから意味がある。

 徐々に。徐々に。

 

 ぐるぐると。

 ぐるぐるぐる塗りつぶす。

 

「ヒッ! 」

 

 無意識に声が出た。

 楽しい。楽しい楽しい。

 

 やっとだ。去年はダメだった。

 一番の絶頂時、叩き落としてやろうと計画を立てた。

 資金面に無理があったが、なんとか準備をしたのに。

 

 失敗した。

 失敗した失敗した。

 

「あいつら」は、失敗した。

 

 お陰で「あいつら」に何もできなかった。

 

 ガリガリ

 

 ガリガリガリゴリゴリゴリゴリ

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

 

 紙の厚みが無くなってきたのだろう。

 書く音から、削る音に変わった。

 

 既に、写真は枠いっぱいまで真っ黒になっていた。

 

 いや? 赤かな? 

 最近どうも色彩が、曖昧になってきた。

 

 ……まぁどうでもいいし、もういいだろう。

 

 真っ黒になった写真だったモノを、丁寧に。

 

 丁寧に折りたたんで、口の中に放り込んだ。

 

 飲み込んだ後、いつも気持ちがいい。

 

 開放感だろうか? 征服感だろうか? 

 

 いい気分になる。

 

 今月号を見て、歓喜したね。

 いなくなった、もう一匹を見つけた。

 

 見つけたァ。

 

 机の上に置いてある、ダーツの矢を手に取り、壁に向かって……あのガキの顔に向かって投げつける。

 

 ……外した。

 

 めんどくさいが、仕方がない。まぁこの作業も気持ちがいい。

 

 外した矢を壁から抜き、ガキの顔に突き刺す。

 何度も。

 何度も何度も何度も。

 

 あ? 

 

 この写真はもう古いな。

 

 今月号の雑誌の写真の切り出し、もう一人のガキの顔写真を貼り直す。

 

 ……。

 

 くはっ! 

 

 掲載されなくなったと思ったら、ここにいやがった。

 

 まぁそうだよな。

 

 さて。

 

 一通り、日課を終えたら気分も晴れた。

 

 ……。

 

 なんだ? 

 

 珍しく携帯がお呼びだ。

 

 ……知らない番号だな。……あぁ。

 

 この前の七三分けか? 

 

 我ながら早まった。

 今捕まってしまったら、このガキ共に何もできなくなる所だった。

 

 今年が、多分最後の機会だ。

 

 部屋を見渡す。

 

 壁一面に貼られた、二人の雌ガキ。

 

 何枚貼っただろう。

 

 隙間の方が目立つくらいだな。

 

 やっと来た。

 

 やっと来たのに、今年が最後だ。

 

 別に攫って、輪姦してもよかった。

 薬漬けにしてもよかった。

 

 

 

 ソンナノ……ツマラナイ。

 

 絶頂の瞬間に、絶望で塗りつぶすのが一番だろ? 

 

 俺の人生潰したんだ。

 

「お前らの人生潰しても文句はないだろ? 」

 

 




ハイ、閲覧ありがとうございました。

唯シラフでした・・・オリ主。

家元がヒロインかと思えてきました。


ここまでは、予定通り。
次回から本編復帰予定です。

ありがとうございました。

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