転生者は平穏を望む   作:白山葵

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第29話~大洗での長い1日です!~ その1

『聖グロリアーナ学院、フラッグ車走行不能!』

 

『よって、黒森峰女学院の勝利!!』

 

 

 大きな歓声と共に大音量で流れる、我が校勝利のアナウンス。

 

 

 勝った。勝利した。

 

 だが、損失も大きかった。

 

 最後に残ったのは、両校フラッグ車のみ。

 まさかここまでの粘りを見せられるなんて…。

 

 すべての戦車も回収し、港で隊長と迎えの船を待っている。

 ただ待つ時間と言うのは、色々と考えてしまう。

 今回の準決勝の試合。

 …自然と口が開く。

 

「なによ、あのフラッグ車の装填スピード……」

 

 試合終了の挨拶の為に、各車長が整列している。

 隊長の横で、情けないけど呆然自失…と言うのだろうか。自然に呟いてしまう。

 

「いくら、チャーチルが重装甲だからって…あそこまで……」

 

 守りに入った聖グロリアーナは厄介だった。とにかく重装甲な為、砲弾が生半可な命中をしてもあまり効果が無い。

 それでも最終的に3対1の状況にもっていけたのだが、残ったチャーチルを包囲した時点で、一気に戦況が動いた。

 

 一瞬だった。

 

 まさか体当たりなんてしてくるなんて……とてもグロリアーナの戦いじゃなかった。

 高所からの急加速。重装甲にモノを言わせた体当たり。アレは落ちてきたようなものだ。

 それで、ティーガーⅡが1輌。文字どおり潰され…というか私だ。

 後は単純な砲撃戦…だったのだけど、とにかく相手の装填スピードが異常だった。

 

 連射だあれは…。

 

「私達にも改善点は、まだまだ残されているな」

 

「…隊長」

 

「聖グロリアーナ。特に今回は、執念のようなモノを感じた」

 

「執念ですか?」

 

「そうだ」

 

「勝利への執念…いや、少し違うな……」

 

 何か引っかかる事でも、あったのだろうか?

 隊長がここまで、そんな事に考え込むのは、初めて見る。

 

「……」

 

「隊長?」

 

「あぁ、すまない。…次は決勝戦だな」

 

「…プラウダ高校ですか? 去年の雪辱を晴らしませんとね」

 

「まだ、大洗学園との準決勝は、終わっていない」

 

「元副た…大洗学園が勝てるとも思えませんけど」

 

「…そう言われている中、サンダースは破れた。まだどうなるかは、分からない」

 

 スッっと目が細くなる隊長。

 

「相手を必要以上に過大評価する必要は無いが、同じく過小評価する事もするな」

 

 う…

 

「…はい」

 

 隊長が目をそのまま瞑り、少々いい辛そうに口を開いた。

 すでに顔は私の方向を向いていない。

 遠くに見える、我が学園艦を眺めている。

 

 

 

「……時にエリカ」

 

「な…何でしょう?」

 

「みほと、少しは連絡を取り合ったのか?」

 

「え?」

 

「いや…隆史が、その…みほとの仲を取り持つと、エリカのメールアドレスを聞いてきたのでな。どうなったかと…。勝手に教えてしまったのは、すまなかった」

 

「…あ!」

 

 来た!

 たしかに、あのヘラヘラした男からは連絡は来た!

 

「い…いえ…。あの男から頻繁に連絡自体は来ますが、その事をあまり聞かれませんでしたので……」

 

 …戦車道カードの事は、やはり黙っていた方が良さそうだ。

 元副隊長との事も頻繁に聞かれたが、その事を私が、聞かれたくないものだから、無理やりカードの話に会話の流れを変えていた。

 よって会話の内容は8割が、カードの交換方法の相談だった。

 

「そうか。まだ無理か……ん?」

 

「え?」

 

「…待て。では隆史は一体、何をエリカと頻繁に連絡を取る必要があるんだ?」

 

 

「」

 

 

 しまった!

 

「……タカシ」

 

 隊長はさすがに会話内容まで、探ったりする事はしなかった為、何も聞かれなかったけど…

 私が少し、言い渋ってしまった為、何かを感じたのだろう…ちょっと空気が変わった。

 

 そして少し目が怖い…。

 

「まさか、みほをダシにする様な事をするとも思えないが…エリカ」

 

「は、はい!」

 

「……」

 

「」

 

「どうした? 体が少々強ばっている様に見えるが?」

 

 怖いんです! 隊長の目が怖いんですよ!

 

「次に隆史から連絡があったら、私に教えてくれ」

 

「え…」

 

「…エリカからは、隆史に電話なりかけて連絡を取ったりしているのか?」

 

 してる…たまにしてる……。

 

「し…してません! あの男からのみです!」

 

「………………エリカ」

 

「は、はい!」

 

「隆史が、迷惑なら言ってくれ。軽々しくメールアドレスを教えてしまった、私にも落ち度はある」

 

「」

 

 た…隊長が首を鳴らした。コキッっと音がこちらまで聞こえてきた…。

 

「責任をもって、ちゃんと対処する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大洗町。

 

 昨晩の内に学園艦は、大洗港に着港していた。

 今回の滞在は2日だそうだ。

 

 大洗マリンタワーのふもと。

 芝生が広がる広場に立ち並ぶテント群。

 

 朝の7時

 

 その一つのテントに俺は、会長に手伝いを頼まれてそこにいた。

 俺が到着する頃には、すでに会長達はいた。

 何かの準備を進めているようだった…なにする気だ?

 

「やぁや、おはよう隆史ちゃん。時間通りだねぇ」

 

「おはようございます会長」

 

「朝からご苦労、尾形書記」

 

「隆史君、おはよ~」

 

「おはようございます。一体何をする気ですか…」

 

 多分、大洗学園のテントなんだろう。

 テントに「大洗学園 戦車道大会 準決勝出場!」ってのぼが立っていた。

 昨日の今日で用意したのかよ…。

 テントの中にいた、会長達に順に挨拶をしていく。

 

 なんだろう? 店? 机と椅子とその他モロモロ置かれている。

 

 いろいろと見覚えもある、備品も置かれていた。

 見慣れない、でっかいダンボール箱が中央に鎮座してるけど。

 

「今日なんか納涼祭をやるって聞いていたもんだからさ、エントリーしといたのさ」

 

「そうなの。本当はこんなにすぐ参加出来ないんだけどね。前のグロリアーナとの練習試合の時に、ダメ元で問い合わせてみたらOK貰えちゃったの」

 

 会長では無く、柚子先輩が珍しく嬉しそうに説明をしてくれた。

 テンション高いなぁ。

 まぁ…こう言った息抜きも必要だろうな。

 

「なんでまた。まぁこういう事は、会長好きそうですけど」

 

「我々の知名度を上げる為だ!」

 

「そーそ。まぁ結構、お金が掛かる競技だからねぇ。ここで宣伝して、スポンサーを募るってのが、本当の目的ぃ。まぁお祭り好きなのもあるけどねぇ」

 

 スポンサーねぇ。高校の部活ってか、授業に?

 あぁ、前世でも高校野球の強豪校とかには、スポンサーとかいたっけか。

 なるほどね。

 

「地元の方も、戦車道復活が嬉しいみたいでね? 結構乗り気で協力してくれてるの」

 

「そういう事。んで、隆史ちゃんには、第一号のスポンサーさんの協力要請を早速、聞いてもらおうかなぁって思ってね」

 

「…もういるんですか? スポンサーサイドの宣伝も同時にやっていこうって事ですか…同時にできるものなんです?」

 

「ふっふっふ。隆史ちゃん、そこのダンボール開けてみ」

 

「はぁ」

 

 言われるがまま、中央に鎮座していたクソでっかいダンボールを開けてみる。

 ダンボールの中には、大きな毛玉が入っていた。……なんだこれ。

 

「…着ぐるみ?」

 

「そそ。それを着て、ちっちゃい子に風船でも配ってもらおうかなぁって」

 

 …それなんか意味あるのか?

 よくわからん毛玉の塊だぞ? これが何の宣伝になるんだろう。

 

「聞いて驚け! 第一号のスポンサー様は、お医者さんだよ!!」

 

「医者?」

 

「そうなの。個人病院の内科の先生なの。そのスポンサーになってくれたお医者さんが、キャラクターを独自にデザインして、グッズ販売とかを目論んでるらしくて…」

 

「…金持ってんなぁ」

 

 まぁ…たまにいるな。ゆるキャラブームに乗っかって商売しようとする人。

 というか、もうそのブームも終わってるだろ…。

 

「まぁーそのキャラクターの知名度も、一緒に上げて~って事なんだよね」

 

 要は、この着ぐるみ着てテントの前で、このキャラクターと大洗学園 戦車道を宣伝してくれってことね…。

 このクソ暑い真夏の炎天下の中で……。

 

 着ぐるみ一式を取り敢えず、箱の中から取り出して全体を確認…。

 

「…なんだコレ?」

 

 顔はクマ。ただし怪我はない。包帯もしていない。代わりに、耳の間に髪の毛が少しある。ソフトモヒカンって奴かね。

 体は…スマートだ。手は指は無いけど、なんだろうか、剣道の防具の篭手みたいに親指の部分が別れている。

 …胸にこの熊のマーク。何故かマント付き。その割に服は着ていない。……人間だったら変態紳士だな。

 それにシルエットが、完全に自分の頭をちぎって食わす、某菓子パンマンだ。

 

 …版権大丈夫なのか? コレ。あぁ…この世界には菓子パンマンが存在してなかったっけ…。

 まぁ…取り敢えず着てみよう。今更断れないしな…。

 

 用意されていた、着ぐるみ用のインナー。

 といってもTシャツにスパッツみたいモノだった。トイレで着替えてきて、早速着ぐるみも着てみる。

 つか、コレ重!!

 

 …着ぐるみの足底。靴底みたいに目立たない様に厚底になってる。

 胴体部分も…腕部分も…軽く密着型で、綿か何かでそれなりの厚み。それでいて動きやすい。

 

 柚子先輩に手伝ってもらって、頭部分も装着。

 カチっと首元で音がした。ロックされた音だろうか?

 目の正面が、口と鼻部分に当たるのだろう。…マジックミラー使用で出来ているらしく、視界がメチャクチャいい。

 

 …しかし、クソ暑い。

 

「隆史ちゃーん、胸のマーク押してみ」

 

 説明書を見ながら、会長から指示が飛ぶ。

 胸のマーク? ここら辺だったか。

 胸元はさすがに見れないので、手探りで適当に押してみた。

 ……ボタンになってる。

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

 ……。

 

 もう一回押してみる。

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 …もう一回。

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

「……」

 

 おい、なんか物騒な事言い出したぞ…。

 胸部分から、あらかじめ録音されていたであろう音声が流れた。

 繰り返しで、同じ音声が流れる仕様のようだ。

 

 …このキャラって、子供向けじゃないの?

 

「…なんかすっごい事言ってるね」

 

 これって、ボコのパクリじゃないか? …よくアレをパクろうと思ったな…顔が完全にボコだろ…。

 しっかしこれ、みほが見たら怒りそう…。

 

 シルエットも変にスマートで、プロ野球とかのマスコット着ぐるみのようだ。

 着ぐるみの耳部分が、目立たないように空洞になっていて、外の音も良く聞こえる。

 

「…会長。これ個人で作った割には、妙にデキが良すぎて…若干怖いんですけど」

 

 主に値段が。

 

「ん? 何だって? えっと、隆史ちゃん。口の部分下にスライドしてみて」

 

 あ、言われたと通りいじってみたら、口部分が下にスライドされて、熊が口を開けているみたいになった。

 なるほど。ここから会話なり飲食なりしろと…。

 

「…会長。この着ぐるみ機能的すぎて、値段とか作った人とかが、若干怖いのですけど?」

 

「あー壊さないようにって言われてるよ。察しの通り、結構いい値段するからね」

 

「……脱いでいいですか」

 

 値段を聞くのが怖い。

 つか、高価なもの扱った仕事なんて嫌だ。

 

「あ、その着ぐるみ呪われてるから、一度着ると脱げないよ?」

 

「…は?」

 

 何を馬鹿な…取り敢えず頭部の部分を外そうとしたけど、動かない…。

 

「あれ!? マジで脱げない! というか、頭が取れない!?」

 

「会長…何を馬鹿なこといってるんですか? 隆史君、それ一度付けるとロックがかかるみたいで、外からしか外れないようなの」

 

「頭部部分が一番お金かかっているみたいでねぇ、落ちて壊れないようにする為なんだって」

 

「なんちゅー無駄なこだわりだ…取り敢えず、外して下さいよ。始まるまではコレ着てるの、さすがに暑すぎて嫌ですよ」

 

「そうだね。まだ風船膨らませる仕事残ってるし。隆史君も手伝ってくれる?」

 

 着ぐるみの頭部ロックを柚子先輩に外してもらって、上半身だけ着ぐるみを脱ぐ。

 

 …この短時間なのに、脱いだ後がすごく涼しく感じた。

 コレ長時間来ていると、マジで干からびそうだ。

 

 

 

 

 

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「そういえば、西住さん達遅いなぁ…」

 

「え? みほですか?っていうか達?」

 

 会長が、ちょっと町内会の人達に挨拶にいってくる~って大洗学園テントを離れて、10分ほど過ぎた。

 今は、テント内で柚子先輩と風船を膨らませる作業が終わって、もうすぐ9時になりそうな頃、柚先輩が呟いた。

 すでに俺は、いつでも仕事ができるようにスタンバっている。…暑い。

 

「桃ちゃん、昨日ちゃんと言っておいてくれた?」

 

「昨日、西住には、メールを送っておいたのだが…」

 

 …あ。昨日すごいゴタゴタしていた為、みほの奴メールに、気がついていないかもしれない。

 軽い出店でも開くのだろうか、料理出来そうなスペースを桃センパイが用意していた。

 コンロなり準備している中、携帯を取り出し確認している。

 

「ふむ。返信は来ていないな。ひょっとして見ていないのでは無いか?」

 

「ダメだよ、桃ちゃん! ちゃんとソコは確認しておかないと! 戦車道の宣伝なのに戦車が無いなんて!」

 

「…どういう事です?」

 

「うん、西住さん達に頼んで戦車を1輌か2輌、アピールの為に持って来てもらおうかと思っていたんだけど…」

 

「あぁ…なる程。今からでもいいから、電話してみたらどうです? さすがにもう起きてると思いますけど」

 

 すでに俺は、は着ぐるみを来ているから、よって俺は携帯を使えない。

 

「あ、うん…桃ちゃん、ダメだよ? ちゃんと返信まで確認して置かないと。」

 

「む…」

 

 渋々といった感じで、柚子先輩が携帯を取り出した。

 

「あ、柚子先輩。俺がここにいる事は、みほ達には言わない方が、いいかもしれません。多分来づらいと思いますので」

 

「え? なんで? 喧嘩でもしたの?」

 

 そうか。

 昨日の俺がみほ達と合流した時、すでに皆帰った後だったな。

 状況は知らないか。

 

「あー…。昨日俺が、みほに「付き合わないか?」と言ったら、非常に気まずくなりましてね」

 

 

 「「  」」

 

 

 携帯が落ちた音がした。

 あれ? 二人共、なんか目を見開いて固まっている。

 

 

 「「  」」

 

 

「あ…あの?」

 

「…隆史君……今すごくサラっと、とんでもない事言ったよね? え? 本当に!?」

 

「」

 

「えぇまぁ。どうにもハッキリしとこうかなぁっと思いまして…なんで固まってるんですか?」

 

 完全に硬直している。携帯を耳に当てようとしていた手のまま動かない。

 

「びっくりしてるんだよ! すっごいびっくりしてるんだよ!!」

 

「えー…固まるほどですか?」

 

「固まるほどだよ!!」

 

「そ…それで、尾形書記! どうなったんだ!?」

 

 ひどく食い気味で、桃センパイに問い詰められだした。

 そんなに気になりますか?

 

「返事待ちの状態ですけど…考えさせてって言われました」

 

「そうなの? 西住さんなら二つ返事で…あぁ昨日のアレの後かぁ……」

 

「…グロリアーナの娘か」

 

 硬直状態を解除して、二人して相談って感じで密着している。

 オペ子が、怒った所をこの二人も見ていたようだった。

 

 

「では、まだ返事はもらっていないという事だな!?」

 

「そうですけど…」

 

 俺の返事を聞いたら、二人して密着してボソボソ相談しだした…何なんだろう……。

 

「……尾形書記」

 

「な…なんすか?」

 

「西住から返事を貰うまでは、その話。会長には絶対に言うな!」

 

「会長に?」

 

「そうだ!」

 

「え、えぇまぁいいですけど…」

 

「絶対にだぞ!!」

 

「はい…」

 

 桃センパイが、今までにないくらい真剣な顔で迫ってくる。

 

「よし! では、風船もって行け!!」

 

 今度は、仕事にさっさと行けと言う…。まだ少し早くないか?

 指は、広場の方を指し、顔は俺の方を向いて睨んでいる…え? なんで睨んでいるの?

 

「うん。隆史君。後の事は私達がやっておくから行ってきて」

 

「了解ですけど…まぁいいや。んじゃ行ってきます」

 

 

 追い出されている気がしないでもないけど。

 風船一式と、立て看板をもって言われた定位置へ歩き出した。

 

 軽く後ろを振り向くと…こちらを睨んでいる桃センパイと、携帯で電話をしている柚子先輩が見える。

 …会長に言うなか。なんでだろ?

 あんまり影響ないかと思って、みほとの事を言ってしまったけど…。

 

 芝生を重い着ぐるみを着て、軽い荷物を持ちながらちょっと昨日の事を思い出してみた。

 結局返事って、いつもらえるのだろうか。

 

 …言っていたな他の人はどうするのか? と。

 

 

『……他の娘どうするの?』

『他の娘?』

『…オレンジペコさんとか、ダージリンさんとか、会ち…プラウダ高校の人とか、…………お姉ちゃんとか』

『かいち?』

『それはいいの』

『?』

 

 

 んな事いってたなぁ。

 まぁみほがダメだったら、次に別の誰かに…って気は無いのだけど…。

 そもそも、かいちって誰だよって話…だ……

 

 …あ。

 

 …………かいち

 

 

「会長!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「びっくりしたぁ…」

 

「……」

 

「……」

 

 隆史君がいなくなって、テントには桃ちゃんと二人だけ。

 

 電話には、西住さんは出てくれた。

 やはり、電源を切っていたようで今朝メールに気がついたようだった。

 思いのほか声のトーンは明るかった。というかいつもどおりの、ちょっとほんわかしたような喋り方。

 

 今、あんこうチームに声をかけて、学校から戦車でこちらに向かって来てくれているそうだった。

 よかった…なんとか間に合いそう。

 

 あんこうチーム以外は、みんな普通の休日にあたる。

 隊長のチームとはいえ、来てもらうのは、ちょっと申し訳ないかなぁ。

 

「柚子ちゃん」

 

「なぁに?」

 

「…これで、良かったのだろうか?」

 

「隆史君の事?」

 

「うん。あの男が来てから、どうもにも会長の機嫌がすこぶる良くてな。まぁ、そういう事なのだろうか? とは思っていたんだ」

 

「…そうだねぇ。いつかは、バレちゃうだろうけどね。どうなるかは…私も経験無いし、良く分からないけど」

 

「……」

 

「あ」

 

 少し遠くから、戦車の駆動音が聞こえてきた。

 結構大きい音なんだなと改めて思う。

 

「柚子ちゃんは、よかった…の?」

 

「…まぁ私の場合、周りに男の子が殆どいなかったから……熱に浮かされただけ~って感じもするからいいの」

 

「……」

 

「まぁ、ちょっと残念だけどね」

 

「……」

 

 正直、第一回戦後のあの時は、ビックリしちゃったけど。

 初めて男性に抱きしめられちゃったし。

 それだけじゃないけど…我ながら簡単な理由だったなぁ…。

 

「でも桃ちゃんが、あんな気の使い方するなんて思わなかったよ!」

 

「…比較的に会長は分かりやす過ぎる! 気が付いていないのは尾形書記だけではないのか?」

 

「はは…そうかも」

 

 だから余計にビックリした。

 でもやっぱり、西住さんだったかぁ。

 

「やっぱ西住ちゃんだったかぁ」

 

 「「会長!?」」

 

 いつの間にか会長が、テーブルの隅っこで干し芋をかじっていた。

 いつも通り、いつもの顔で、いつもの雰囲気で。

 

「あ…あの、会長? いつから…」

 

「ん? かーしまが、連絡確認を怠った付近の会話からかなぁ~」

 

「」

 

 隆史君含めて、誰も気がつかなかった…。

 

「いやぁ~でもビックリだねぇ。私も結構わかりやすかったみたいだねぇ。まさか川島にすらバレてるなんてね」

 

 相変わらずの飄々とした表情。ただ目だけが、すごい真剣だった。

 もごもご口は動いているけど…。

 

「あ…あの。いいのですか?」

 

「なにがぁ? 隆史ちゃんの事?」

 

「そりゃそうですよ!」

 

「ん~まぁ、何となく気がついてたしね。隆史ちゃんが転校してきた経緯考えれば余計にね。口では、西住ちゃんの事恩人だからって言ってたけど、普通そこまでやんないっしょ」

 

「…まぁ正直、常軌を逸しているとは思っていましたけど」

 

 転校初日、生徒会長室での土下座してきた時の事よね。

 あの時は、隆史君の事、恐かったなぁ。

 

「そうかい? 私はただ、気がついていない振りをしているようにしか見えなかったけどね。なーんか我慢してるなぁって」

 

「…そうですか」

 

「なんとか、気が付く前に隙を突いてやろうとは、思っていたんだけどなぁ…まぁしょうがないか!」

 

「会長……」

 

「なに? 泣いてしおらしくしていた方が良かった?」

 

「会ち…杏、本当に大丈夫?」

 

 もうここは、ただの友人として話そう。

 いつもと変わらないのが、逆に見ていて辛い。

 

「本当に大丈夫だよ。…ただ今は、隆史ちゃんの気持ちしか分かっていないからねぇ」

 

「え?」

 

「西住ちゃんに、前に言ったことがあったんだぁ。返事は貰ってないけど」

 

 こちらを向いて、ニヤッっと笑った。

 

「私が諦める理由には、ならないんだよねぇ」

 

「あ…杏? 何を言ってるの? ちょっと…いえ、かなり……」

 

「まぁ。西住ちゃんの事も好きだし、「今は」優勝しないといけないから我慢するけどねぇ」

 

 桃ちゃんも少し気圧されている。

 

「か、会長。西住に一体何を言ったのですか?」

 

「いやいや。大した事じゃ無いよ。ただ一言、こう言っただけだよ?」

 

 初めて見る…この杏は。

 私達の付き合いは長い。それは桃ちゃんも一緒だ。

 何か吹っ切れた感じがするのだけど…。

 西住さん達だろう。近づいてくる戦車の音が聞こえる。

 むしろそれ以外が聞こえない。

 

 

「『彼。私にくれない?』って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■▼▲▼■

 

 

 

 

 

 

 

 

「来た来た~!!」

 

 見える。

 

 遠くに見えるねぇ。

 

 一般道をゆっくりと走行する1輌の戦車。

 

 今回もらった資料に入っていた、一枚のチラシ。

 

 大洗町納涼祭と銘打たれたチラシ。

 

 その中に大洗学園 戦車道と名前が入っていた。

 出店まで出すのだから、絶対に誰かしら関係者が来るだろうとは思っていたんだァ。

 隊長さんやっているんだから、そのチームも一緒に来る可能性はかなり高かったんだよね。

 まぁ来なかったら、来なかったで、別の娘に代役を頼むだけの話だね。

 

 わざわざこんなチラシを同封してきたくらいだから、あのジジィは多分全部分かっているんだろうよ。

 

 まぁ…今の内だけ乗っかってやるか。利害は一致してるしねぇ。

 

『お前、本当に大洗にいるのか?』

 

「いるいる。今、遠目だけど、みほちゃんの戦車を確認したところだよぉ?」

 

『…監視はどうしたんだ』

 

「パトロンの糞じじぃが、わざわざ代役立ててくれたんだぁ。西住側の人間にも、金で買える奴は居るみたいだねぇ」

 

 監視役なんざ、下っ端も駆り出されるだろうし、そこを狙ったんだろうかね。

 

「まぁいいや。沙織ちゃんも多分あの様子じゃいるだろ。もしいなかったら、近くにいる他のお友達でもいいよぉって、雇った馬鹿共に伝えといてね」

 

『分かった。指示は出しておくが…わざわざ目立った所でやると言ったな?』

 

「いったねぇ」

 

『つまり、足がついてもいいと言う事か?』

 

「…めんどくせぇから、一度しか言わねぇぞ。わざと目立つ所で攫え。「西住 みほ」の眼前が好ましい。俺は「西住 みほ」のせいで攫われたという事実が欲しいだけだ」

「殺さない限り、雇った馬鹿共が「武部 沙織」に何をしても構わねぇよ。輪姦して山にでも捨てろってのは、おまけだ。馬鹿共に金の他にくれてやる、おまけ。まぁその後の起こるイベントは、俺にとってのおまけだけどな」

「ただし、攫う奴は「武部 沙織」1名のみだ。失敗した場合、関係者なら誰でもいいが、1名に絞れ。いいか? 必ず1名だ。……馬鹿共に、余計な欲を出すなと伝えておけ」

 

『…』

 

「…………分かったかなぁ?」

 

『…わ、分かった』

 

 大真面目に喋らせんじゃねぇよ、疲れるだけだろうが。

 

「んじゃ俺は近くで見てるからさ。適当に後はヨロシクねぇ」

 

 返事を待たないで、携帯をきる。

 さてと、どこまで近づけるかなぁ?

 

 まぁ事が起こるまで、次に備えるかなぁ…。

 

 しかし…すげぇなこの豚。

 

 昔の「あの場」にいた、昔馴染みの奴らの顔写真を各々送ってもらった。

 

 連絡が着いたのは、3名。その一人の女がひどく変わってしまっていた。

 昔は、中坊の癖にケバい化粧を駆使して、粋がっていたのにねぇ…さすがに引くよねぇ…でもまぁ協力してくれるって言うのだからまぁいい。

 しかし何かに使えるのかねぇ…。

 

 今は本当に中年太りでもしたかのような体型。

 髪もプリン頭ですらない、自毛の色の真っ黒。引きこもってでもいたのかねぇ?

 

 しかしまぁ…戦車道ってのは、女の競技だ。

 協力者に女がいるってのは、いいかもしれないねぇ。しかもこの見た目だ。

 パッと見、人畜無害にしか見えない…。

 

 もう一人の昔馴染み…といっても、当時は後輩だったか?

 正直、名前も顔も覚えていねぇ。まぁ…見てくれは普通のサラリーマンって感じだな。つまらん。

 ただ、まぁ…俺より年下だったのに……まぁ頭は先輩になってるな。

 がんばれ! 毛根!!

 

 まぁこいつも、普通の一般人に見えるから何かに使えるだろ。

 

 しかし、テントの間に立ってる、あの訳わからん着ぐるみは何だぁ?

 邪魔でテント見辛いんですけどぉ?

 

 そういえば、例の「尾形 隆史」が見ねぇな。顔写真しか確認取れてねぇから判別つきづらいなぁ。

 

 まぁいい。今回はあいつは、いらねぇ。あくまで、みほちゃんの為だけに出張って来たんだもんねぇ。

 

 ん? メールが来た。

 

 携帯には、雇った奴らと、そいつらの車の写真が送られてきた。

 

 …いかにもって感じのチンピラだな。

 

 近くの駐車場にとめてあるのね? あっそう。

 

 まぁ午前中は無理かなぁ?……ん?

 

 ……

 

 …………あれは。

 

 くそ!

 

 くっそ!!!

 

 あのクソババァ! なんでこんな所にいやがる!!

 

 あいつは今の俺の顔を知っているだろうな。定期的に顔写真を撮られていたからな…。

 

 

 

「家元のババァ……」

 

 

 




はい。閲覧ありがとうございました

メールなり、活動報告のアンケートなどでご意見頂き、概ね構想が完了しました。
前回感想らんでも頂きましたけど、今回かなり暴力表現が出てくるかもしれません。
マイルドに抑えていかないとも思うのですけど、中途半端に抑えるくらいならってのも有ります。

苦手な方すいません……。

次回更新が少し遅れるかもしれないです。

ありがとうございました

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