『聖グロリアーナ学院、フラッグ車走行不能!』
『よって、黒森峰女学院の勝利!!』
大きな歓声と共に大音量で流れる、我が校勝利のアナウンス。
勝った。勝利した。
だが、損失も大きかった。
最後に残ったのは、両校フラッグ車のみ。
まさかここまでの粘りを見せられるなんて…。
すべての戦車も回収し、港で隊長と迎えの船を待っている。
ただ待つ時間と言うのは、色々と考えてしまう。
今回の準決勝の試合。
…自然と口が開く。
「なによ、あのフラッグ車の装填スピード……」
試合終了の挨拶の為に、各車長が整列している。
隊長の横で、情けないけど呆然自失…と言うのだろうか。自然に呟いてしまう。
「いくら、チャーチルが重装甲だからって…あそこまで……」
守りに入った聖グロリアーナは厄介だった。とにかく重装甲な為、砲弾が生半可な命中をしてもあまり効果が無い。
それでも最終的に3対1の状況にもっていけたのだが、残ったチャーチルを包囲した時点で、一気に戦況が動いた。
一瞬だった。
まさか体当たりなんてしてくるなんて……とてもグロリアーナの戦いじゃなかった。
高所からの急加速。重装甲にモノを言わせた体当たり。アレは落ちてきたようなものだ。
それで、ティーガーⅡが1輌。文字どおり潰され…というか私だ。
後は単純な砲撃戦…だったのだけど、とにかく相手の装填スピードが異常だった。
連射だあれは…。
「私達にも改善点は、まだまだ残されているな」
「…隊長」
「聖グロリアーナ。特に今回は、執念のようなモノを感じた」
「執念ですか?」
「そうだ」
「勝利への執念…いや、少し違うな……」
何か引っかかる事でも、あったのだろうか?
隊長がここまで、そんな事に考え込むのは、初めて見る。
「……」
「隊長?」
「あぁ、すまない。…次は決勝戦だな」
「…プラウダ高校ですか? 去年の雪辱を晴らしませんとね」
「まだ、大洗学園との準決勝は、終わっていない」
「元副た…大洗学園が勝てるとも思えませんけど」
「…そう言われている中、サンダースは破れた。まだどうなるかは、分からない」
スッっと目が細くなる隊長。
「相手を必要以上に過大評価する必要は無いが、同じく過小評価する事もするな」
う…
「…はい」
隊長が目をそのまま瞑り、少々いい辛そうに口を開いた。
すでに顔は私の方向を向いていない。
遠くに見える、我が学園艦を眺めている。
「……時にエリカ」
「な…何でしょう?」
「みほと、少しは連絡を取り合ったのか?」
「え?」
「いや…隆史が、その…みほとの仲を取り持つと、エリカのメールアドレスを聞いてきたのでな。どうなったかと…。勝手に教えてしまったのは、すまなかった」
「…あ!」
来た!
たしかに、あのヘラヘラした男からは連絡は来た!
「い…いえ…。あの男から頻繁に連絡自体は来ますが、その事をあまり聞かれませんでしたので……」
…戦車道カードの事は、やはり黙っていた方が良さそうだ。
元副隊長との事も頻繁に聞かれたが、その事を私が、聞かれたくないものだから、無理やりカードの話に会話の流れを変えていた。
よって会話の内容は8割が、カードの交換方法の相談だった。
「そうか。まだ無理か……ん?」
「え?」
「…待て。では隆史は一体、何をエリカと頻繁に連絡を取る必要があるんだ?」
「」
しまった!
「……タカシ」
隊長はさすがに会話内容まで、探ったりする事はしなかった為、何も聞かれなかったけど…
私が少し、言い渋ってしまった為、何かを感じたのだろう…ちょっと空気が変わった。
そして少し目が怖い…。
「まさか、みほをダシにする様な事をするとも思えないが…エリカ」
「は、はい!」
「……」
「」
「どうした? 体が少々強ばっている様に見えるが?」
怖いんです! 隊長の目が怖いんですよ!
「次に隆史から連絡があったら、私に教えてくれ」
「え…」
「…エリカからは、隆史に電話なりかけて連絡を取ったりしているのか?」
してる…たまにしてる……。
「し…してません! あの男からのみです!」
「………………エリカ」
「は、はい!」
「隆史が、迷惑なら言ってくれ。軽々しくメールアドレスを教えてしまった、私にも落ち度はある」
「」
た…隊長が首を鳴らした。コキッっと音がこちらまで聞こえてきた…。
「責任をもって、ちゃんと対処する」
大洗町。
昨晩の内に学園艦は、大洗港に着港していた。
今回の滞在は2日だそうだ。
大洗マリンタワーのふもと。
芝生が広がる広場に立ち並ぶテント群。
朝の7時
その一つのテントに俺は、会長に手伝いを頼まれてそこにいた。
俺が到着する頃には、すでに会長達はいた。
何かの準備を進めているようだった…なにする気だ?
「やぁや、おはよう隆史ちゃん。時間通りだねぇ」
「おはようございます会長」
「朝からご苦労、尾形書記」
「隆史君、おはよ~」
「おはようございます。一体何をする気ですか…」
多分、大洗学園のテントなんだろう。
テントに「大洗学園 戦車道大会 準決勝出場!」ってのぼが立っていた。
昨日の今日で用意したのかよ…。
テントの中にいた、会長達に順に挨拶をしていく。
なんだろう? 店? 机と椅子とその他モロモロ置かれている。
いろいろと見覚えもある、備品も置かれていた。
見慣れない、でっかいダンボール箱が中央に鎮座してるけど。
「今日なんか納涼祭をやるって聞いていたもんだからさ、エントリーしといたのさ」
「そうなの。本当はこんなにすぐ参加出来ないんだけどね。前のグロリアーナとの練習試合の時に、ダメ元で問い合わせてみたらOK貰えちゃったの」
会長では無く、柚子先輩が珍しく嬉しそうに説明をしてくれた。
テンション高いなぁ。
まぁ…こう言った息抜きも必要だろうな。
「なんでまた。まぁこういう事は、会長好きそうですけど」
「我々の知名度を上げる為だ!」
「そーそ。まぁ結構、お金が掛かる競技だからねぇ。ここで宣伝して、スポンサーを募るってのが、本当の目的ぃ。まぁお祭り好きなのもあるけどねぇ」
スポンサーねぇ。高校の部活ってか、授業に?
あぁ、前世でも高校野球の強豪校とかには、スポンサーとかいたっけか。
なるほどね。
「地元の方も、戦車道復活が嬉しいみたいでね? 結構乗り気で協力してくれてるの」
「そういう事。んで、隆史ちゃんには、第一号のスポンサーさんの協力要請を早速、聞いてもらおうかなぁって思ってね」
「…もういるんですか? スポンサーサイドの宣伝も同時にやっていこうって事ですか…同時にできるものなんです?」
「ふっふっふ。隆史ちゃん、そこのダンボール開けてみ」
「はぁ」
言われるがまま、中央に鎮座していたクソでっかいダンボールを開けてみる。
ダンボールの中には、大きな毛玉が入っていた。……なんだこれ。
「…着ぐるみ?」
「そそ。それを着て、ちっちゃい子に風船でも配ってもらおうかなぁって」
…それなんか意味あるのか?
よくわからん毛玉の塊だぞ? これが何の宣伝になるんだろう。
「聞いて驚け! 第一号のスポンサー様は、お医者さんだよ!!」
「医者?」
「そうなの。個人病院の内科の先生なの。そのスポンサーになってくれたお医者さんが、キャラクターを独自にデザインして、グッズ販売とかを目論んでるらしくて…」
「…金持ってんなぁ」
まぁ…たまにいるな。ゆるキャラブームに乗っかって商売しようとする人。
というか、もうそのブームも終わってるだろ…。
「まぁーそのキャラクターの知名度も、一緒に上げて~って事なんだよね」
要は、この着ぐるみ着てテントの前で、このキャラクターと大洗学園 戦車道を宣伝してくれってことね…。
このクソ暑い真夏の炎天下の中で……。
着ぐるみ一式を取り敢えず、箱の中から取り出して全体を確認…。
「…なんだコレ?」
顔はクマ。ただし怪我はない。包帯もしていない。代わりに、耳の間に髪の毛が少しある。ソフトモヒカンって奴かね。
体は…スマートだ。手は指は無いけど、なんだろうか、剣道の防具の篭手みたいに親指の部分が別れている。
…胸にこの熊のマーク。何故かマント付き。その割に服は着ていない。……人間だったら変態紳士だな。
それにシルエットが、完全に自分の頭をちぎって食わす、某菓子パンマンだ。
…版権大丈夫なのか? コレ。あぁ…この世界には菓子パンマンが存在してなかったっけ…。
まぁ…取り敢えず着てみよう。今更断れないしな…。
用意されていた、着ぐるみ用のインナー。
といってもTシャツにスパッツみたいモノだった。トイレで着替えてきて、早速着ぐるみも着てみる。
つか、コレ重!!
…着ぐるみの足底。靴底みたいに目立たない様に厚底になってる。
胴体部分も…腕部分も…軽く密着型で、綿か何かでそれなりの厚み。それでいて動きやすい。
柚子先輩に手伝ってもらって、頭部分も装着。
カチっと首元で音がした。ロックされた音だろうか?
目の正面が、口と鼻部分に当たるのだろう。…マジックミラー使用で出来ているらしく、視界がメチャクチャいい。
…しかし、クソ暑い。
「隆史ちゃーん、胸のマーク押してみ」
説明書を見ながら、会長から指示が飛ぶ。
胸のマーク? ここら辺だったか。
胸元はさすがに見れないので、手探りで適当に押してみた。
……ボタンになってる。
『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』
……。
もう一回押してみる。
『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』
…もう一回。
『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』
「……」
おい、なんか物騒な事言い出したぞ…。
胸部分から、あらかじめ録音されていたであろう音声が流れた。
繰り返しで、同じ音声が流れる仕様のようだ。
…このキャラって、子供向けじゃないの?
「…なんかすっごい事言ってるね」
これって、ボコのパクリじゃないか? …よくアレをパクろうと思ったな…顔が完全にボコだろ…。
しっかしこれ、みほが見たら怒りそう…。
シルエットも変にスマートで、プロ野球とかのマスコット着ぐるみのようだ。
着ぐるみの耳部分が、目立たないように空洞になっていて、外の音も良く聞こえる。
「…会長。これ個人で作った割には、妙にデキが良すぎて…若干怖いんですけど」
主に値段が。
「ん? 何だって? えっと、隆史ちゃん。口の部分下にスライドしてみて」
あ、言われたと通りいじってみたら、口部分が下にスライドされて、熊が口を開けているみたいになった。
なるほど。ここから会話なり飲食なりしろと…。
「…会長。この着ぐるみ機能的すぎて、値段とか作った人とかが、若干怖いのですけど?」
「あー壊さないようにって言われてるよ。察しの通り、結構いい値段するからね」
「……脱いでいいですか」
値段を聞くのが怖い。
つか、高価なもの扱った仕事なんて嫌だ。
「あ、その着ぐるみ呪われてるから、一度着ると脱げないよ?」
「…は?」
何を馬鹿な…取り敢えず頭部の部分を外そうとしたけど、動かない…。
「あれ!? マジで脱げない! というか、頭が取れない!?」
「会長…何を馬鹿なこといってるんですか? 隆史君、それ一度付けるとロックがかかるみたいで、外からしか外れないようなの」
「頭部部分が一番お金かかっているみたいでねぇ、落ちて壊れないようにする為なんだって」
「なんちゅー無駄なこだわりだ…取り敢えず、外して下さいよ。始まるまではコレ着てるの、さすがに暑すぎて嫌ですよ」
「そうだね。まだ風船膨らませる仕事残ってるし。隆史君も手伝ってくれる?」
着ぐるみの頭部ロックを柚子先輩に外してもらって、上半身だけ着ぐるみを脱ぐ。
…この短時間なのに、脱いだ後がすごく涼しく感じた。
コレ長時間来ていると、マジで干からびそうだ。
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「そういえば、西住さん達遅いなぁ…」
「え? みほですか?っていうか達?」
会長が、ちょっと町内会の人達に挨拶にいってくる~って大洗学園テントを離れて、10分ほど過ぎた。
今は、テント内で柚子先輩と風船を膨らませる作業が終わって、もうすぐ9時になりそうな頃、柚先輩が呟いた。
すでに俺は、いつでも仕事ができるようにスタンバっている。…暑い。
「桃ちゃん、昨日ちゃんと言っておいてくれた?」
「昨日、西住には、メールを送っておいたのだが…」
…あ。昨日すごいゴタゴタしていた為、みほの奴メールに、気がついていないかもしれない。
軽い出店でも開くのだろうか、料理出来そうなスペースを桃センパイが用意していた。
コンロなり準備している中、携帯を取り出し確認している。
「ふむ。返信は来ていないな。ひょっとして見ていないのでは無いか?」
「ダメだよ、桃ちゃん! ちゃんとソコは確認しておかないと! 戦車道の宣伝なのに戦車が無いなんて!」
「…どういう事です?」
「うん、西住さん達に頼んで戦車を1輌か2輌、アピールの為に持って来てもらおうかと思っていたんだけど…」
「あぁ…なる程。今からでもいいから、電話してみたらどうです? さすがにもう起きてると思いますけど」
すでに俺は、は着ぐるみを来ているから、よって俺は携帯を使えない。
「あ、うん…桃ちゃん、ダメだよ? ちゃんと返信まで確認して置かないと。」
「む…」
渋々といった感じで、柚子先輩が携帯を取り出した。
「あ、柚子先輩。俺がここにいる事は、みほ達には言わない方が、いいかもしれません。多分来づらいと思いますので」
「え? なんで? 喧嘩でもしたの?」
そうか。
昨日の俺がみほ達と合流した時、すでに皆帰った後だったな。
状況は知らないか。
「あー…。昨日俺が、みほに「付き合わないか?」と言ったら、非常に気まずくなりましてね」
「「 」」
携帯が落ちた音がした。
あれ? 二人共、なんか目を見開いて固まっている。
「「 」」
「あ…あの?」
「…隆史君……今すごくサラっと、とんでもない事言ったよね? え? 本当に!?」
「」
「えぇまぁ。どうにもハッキリしとこうかなぁっと思いまして…なんで固まってるんですか?」
完全に硬直している。携帯を耳に当てようとしていた手のまま動かない。
「びっくりしてるんだよ! すっごいびっくりしてるんだよ!!」
「えー…固まるほどですか?」
「固まるほどだよ!!」
「そ…それで、尾形書記! どうなったんだ!?」
ひどく食い気味で、桃センパイに問い詰められだした。
そんなに気になりますか?
「返事待ちの状態ですけど…考えさせてって言われました」
「そうなの? 西住さんなら二つ返事で…あぁ昨日のアレの後かぁ……」
「…グロリアーナの娘か」
硬直状態を解除して、二人して相談って感じで密着している。
オペ子が、怒った所をこの二人も見ていたようだった。
「では、まだ返事はもらっていないという事だな!?」
「そうですけど…」
俺の返事を聞いたら、二人して密着してボソボソ相談しだした…何なんだろう……。
「……尾形書記」
「な…なんすか?」
「西住から返事を貰うまでは、その話。会長には絶対に言うな!」
「会長に?」
「そうだ!」
「え、えぇまぁいいですけど…」
「絶対にだぞ!!」
「はい…」
桃センパイが、今までにないくらい真剣な顔で迫ってくる。
「よし! では、風船もって行け!!」
今度は、仕事にさっさと行けと言う…。まだ少し早くないか?
指は、広場の方を指し、顔は俺の方を向いて睨んでいる…え? なんで睨んでいるの?
「うん。隆史君。後の事は私達がやっておくから行ってきて」
「了解ですけど…まぁいいや。んじゃ行ってきます」
追い出されている気がしないでもないけど。
風船一式と、立て看板をもって言われた定位置へ歩き出した。
軽く後ろを振り向くと…こちらを睨んでいる桃センパイと、携帯で電話をしている柚子先輩が見える。
…会長に言うなか。なんでだろ?
あんまり影響ないかと思って、みほとの事を言ってしまったけど…。
芝生を重い着ぐるみを着て、軽い荷物を持ちながらちょっと昨日の事を思い出してみた。
結局返事って、いつもらえるのだろうか。
…言っていたな他の人はどうするのか? と。
『……他の娘どうするの?』
『他の娘?』
『…オレンジペコさんとか、ダージリンさんとか、会ち…プラウダ高校の人とか、…………お姉ちゃんとか』
『かいち?』
『それはいいの』
『?』
んな事いってたなぁ。
まぁみほがダメだったら、次に別の誰かに…って気は無いのだけど…。
そもそも、かいちって誰だよって話…だ……
…あ。
…………かいち
「会長!!??」
「びっくりしたぁ…」
「……」
「……」
隆史君がいなくなって、テントには桃ちゃんと二人だけ。
電話には、西住さんは出てくれた。
やはり、電源を切っていたようで今朝メールに気がついたようだった。
思いのほか声のトーンは明るかった。というかいつもどおりの、ちょっとほんわかしたような喋り方。
今、あんこうチームに声をかけて、学校から戦車でこちらに向かって来てくれているそうだった。
よかった…なんとか間に合いそう。
あんこうチーム以外は、みんな普通の休日にあたる。
隊長のチームとはいえ、来てもらうのは、ちょっと申し訳ないかなぁ。
「柚子ちゃん」
「なぁに?」
「…これで、良かったのだろうか?」
「隆史君の事?」
「うん。あの男が来てから、どうもにも会長の機嫌がすこぶる良くてな。まぁ、そういう事なのだろうか? とは思っていたんだ」
「…そうだねぇ。いつかは、バレちゃうだろうけどね。どうなるかは…私も経験無いし、良く分からないけど」
「……」
「あ」
少し遠くから、戦車の駆動音が聞こえてきた。
結構大きい音なんだなと改めて思う。
「柚子ちゃんは、よかった…の?」
「…まぁ私の場合、周りに男の子が殆どいなかったから……熱に浮かされただけ~って感じもするからいいの」
「……」
「まぁ、ちょっと残念だけどね」
「……」
正直、第一回戦後のあの時は、ビックリしちゃったけど。
初めて男性に抱きしめられちゃったし。
それだけじゃないけど…我ながら簡単な理由だったなぁ…。
「でも桃ちゃんが、あんな気の使い方するなんて思わなかったよ!」
「…比較的に会長は分かりやす過ぎる! 気が付いていないのは尾形書記だけではないのか?」
「はは…そうかも」
だから余計にビックリした。
でもやっぱり、西住さんだったかぁ。
「やっぱ西住ちゃんだったかぁ」
「「会長!?」」
いつの間にか会長が、テーブルの隅っこで干し芋をかじっていた。
いつも通り、いつもの顔で、いつもの雰囲気で。
「あ…あの、会長? いつから…」
「ん? かーしまが、連絡確認を怠った付近の会話からかなぁ~」
「」
隆史君含めて、誰も気がつかなかった…。
「いやぁ~でもビックリだねぇ。私も結構わかりやすかったみたいだねぇ。まさか川島にすらバレてるなんてね」
相変わらずの飄々とした表情。ただ目だけが、すごい真剣だった。
もごもご口は動いているけど…。
「あ…あの。いいのですか?」
「なにがぁ? 隆史ちゃんの事?」
「そりゃそうですよ!」
「ん~まぁ、何となく気がついてたしね。隆史ちゃんが転校してきた経緯考えれば余計にね。口では、西住ちゃんの事恩人だからって言ってたけど、普通そこまでやんないっしょ」
「…まぁ正直、常軌を逸しているとは思っていましたけど」
転校初日、生徒会長室での土下座してきた時の事よね。
あの時は、隆史君の事、恐かったなぁ。
「そうかい? 私はただ、気がついていない振りをしているようにしか見えなかったけどね。なーんか我慢してるなぁって」
「…そうですか」
「なんとか、気が付く前に隙を突いてやろうとは、思っていたんだけどなぁ…まぁしょうがないか!」
「会長……」
「なに? 泣いてしおらしくしていた方が良かった?」
「会ち…杏、本当に大丈夫?」
もうここは、ただの友人として話そう。
いつもと変わらないのが、逆に見ていて辛い。
「本当に大丈夫だよ。…ただ今は、隆史ちゃんの気持ちしか分かっていないからねぇ」
「え?」
「西住ちゃんに、前に言ったことがあったんだぁ。返事は貰ってないけど」
こちらを向いて、ニヤッっと笑った。
「私が諦める理由には、ならないんだよねぇ」
「あ…杏? 何を言ってるの? ちょっと…いえ、かなり……」
「まぁ。西住ちゃんの事も好きだし、「今は」優勝しないといけないから我慢するけどねぇ」
桃ちゃんも少し気圧されている。
「か、会長。西住に一体何を言ったのですか?」
「いやいや。大した事じゃ無いよ。ただ一言、こう言っただけだよ?」
初めて見る…この杏は。
私達の付き合いは長い。それは桃ちゃんも一緒だ。
何か吹っ切れた感じがするのだけど…。
西住さん達だろう。近づいてくる戦車の音が聞こえる。
むしろそれ以外が聞こえない。
「『彼。私にくれない?』って」
「来た来た~!!」
見える。
遠くに見えるねぇ。
一般道をゆっくりと走行する1輌の戦車。
今回もらった資料に入っていた、一枚のチラシ。
大洗町納涼祭と銘打たれたチラシ。
その中に大洗学園 戦車道と名前が入っていた。
出店まで出すのだから、絶対に誰かしら関係者が来るだろうとは思っていたんだァ。
隊長さんやっているんだから、そのチームも一緒に来る可能性はかなり高かったんだよね。
まぁ来なかったら、来なかったで、別の娘に代役を頼むだけの話だね。
わざわざこんなチラシを同封してきたくらいだから、あのジジィは多分全部分かっているんだろうよ。
まぁ…今の内だけ乗っかってやるか。利害は一致してるしねぇ。
『お前、本当に大洗にいるのか?』
「いるいる。今、遠目だけど、みほちゃんの戦車を確認したところだよぉ?」
『…監視はどうしたんだ』
「パトロンの糞じじぃが、わざわざ代役立ててくれたんだぁ。西住側の人間にも、金で買える奴は居るみたいだねぇ」
監視役なんざ、下っ端も駆り出されるだろうし、そこを狙ったんだろうかね。
「まぁいいや。沙織ちゃんも多分あの様子じゃいるだろ。もしいなかったら、近くにいる他のお友達でもいいよぉって、雇った馬鹿共に伝えといてね」
『分かった。指示は出しておくが…わざわざ目立った所でやると言ったな?』
「いったねぇ」
『つまり、足がついてもいいと言う事か?』
「…めんどくせぇから、一度しか言わねぇぞ。わざと目立つ所で攫え。「西住 みほ」の眼前が好ましい。俺は「西住 みほ」のせいで攫われたという事実が欲しいだけだ」
「殺さない限り、雇った馬鹿共が「武部 沙織」に何をしても構わねぇよ。輪姦して山にでも捨てろってのは、おまけだ。馬鹿共に金の他にくれてやる、おまけ。まぁその後の起こるイベントは、俺にとってのおまけだけどな」
「ただし、攫う奴は「武部 沙織」1名のみだ。失敗した場合、関係者なら誰でもいいが、1名に絞れ。いいか? 必ず1名だ。……馬鹿共に、余計な欲を出すなと伝えておけ」
『…』
「…………分かったかなぁ?」
『…わ、分かった』
大真面目に喋らせんじゃねぇよ、疲れるだけだろうが。
「んじゃ俺は近くで見てるからさ。適当に後はヨロシクねぇ」
返事を待たないで、携帯をきる。
さてと、どこまで近づけるかなぁ?
まぁ事が起こるまで、次に備えるかなぁ…。
しかし…すげぇなこの豚。
昔の「あの場」にいた、昔馴染みの奴らの顔写真を各々送ってもらった。
連絡が着いたのは、3名。その一人の女がひどく変わってしまっていた。
昔は、中坊の癖にケバい化粧を駆使して、粋がっていたのにねぇ…さすがに引くよねぇ…でもまぁ協力してくれるって言うのだからまぁいい。
しかし何かに使えるのかねぇ…。
今は本当に中年太りでもしたかのような体型。
髪もプリン頭ですらない、自毛の色の真っ黒。引きこもってでもいたのかねぇ?
しかしまぁ…戦車道ってのは、女の競技だ。
協力者に女がいるってのは、いいかもしれないねぇ。しかもこの見た目だ。
パッと見、人畜無害にしか見えない…。
もう一人の昔馴染み…といっても、当時は後輩だったか?
正直、名前も顔も覚えていねぇ。まぁ…見てくれは普通のサラリーマンって感じだな。つまらん。
ただ、まぁ…俺より年下だったのに……まぁ頭は先輩になってるな。
がんばれ! 毛根!!
まぁこいつも、普通の一般人に見えるから何かに使えるだろ。
しかし、テントの間に立ってる、あの訳わからん着ぐるみは何だぁ?
邪魔でテント見辛いんですけどぉ?
そういえば、例の「尾形 隆史」が見ねぇな。顔写真しか確認取れてねぇから判別つきづらいなぁ。
まぁいい。今回はあいつは、いらねぇ。あくまで、みほちゃんの為だけに出張って来たんだもんねぇ。
ん? メールが来た。
携帯には、雇った奴らと、そいつらの車の写真が送られてきた。
…いかにもって感じのチンピラだな。
近くの駐車場にとめてあるのね? あっそう。
まぁ午前中は無理かなぁ?……ん?
……
…………あれは。
くそ!
くっそ!!!
あのクソババァ! なんでこんな所にいやがる!!
あいつは今の俺の顔を知っているだろうな。定期的に顔写真を撮られていたからな…。
「家元のババァ……」
はい。閲覧ありがとうございました
メールなり、活動報告のアンケートなどでご意見頂き、概ね構想が完了しました。
前回感想らんでも頂きましたけど、今回かなり暴力表現が出てくるかもしれません。
マイルドに抑えていかないとも思うのですけど、中途半端に抑えるくらいならってのも有ります。
苦手な方すいません……。
次回更新が少し遅れるかもしれないです。
ありがとうございました