転生者は平穏を望む   作:白山葵

39 / 141
第31話~大洗での長い1日です!~ その3

「ば…罰金……」

 

「はぁー…戦車の駐車違反って罰金、高っいなぁ」

 

 2万って…普通自動車の約2倍かよ…。

 普段戦車なんぞ、一般道走ってないからかなぁ…。

 

「いちまんえんってなに? え? にまんえん?」

 

 違反切符を眺めながら、呆然としてるなぁ…。

 

「今更だけど、なんでお前らここにいるの?」

 

 放心しとるミッコさんを気遣いながら、唯一まともに会話ができる、アキに聞いてみた。

 

「あぁうん、近くにいたから、たまたまだよ。お祭りやってたから、来てみたの」

 

「…正直大洗だし、隆史いるかなぁってのもあったんだよ…ここ最近、ろくなもん食ってなかったから、なんか食わせてくれるかなぁって…」

 

 あ、復活した。

 

「……でも、にまんえん…」

 

 ダメだった。

 

「まぁ…普通に来れば、なんぞ飯くらい食わせてやったけど…ミッコ。それちゃんと払えよ?」

 

「金なんて無い! いちまんえんさつなんて、都市伝説だろ!? 見たこと無いよ!!」

 

 涙目で、訴えてきますけど。

 

「…こういう金は、貸してやらんぞ? というか、金の貸し借りはしない。一度、腰を落ち着けて、バイトでもしろ」

 

「ばいと?……どうしよう…」

 

「働け」

 

 簡単な事だ。無いなら稼げ。

 

「労働…それは、戦車道にとって必要な『戦車道にも人生にも必要だし、生活するのにも必要だ』」

 

 ふっ…と、カンテレを弾く指が途中で止まった。

 

「それは『労働の対価は金銭です。その金銭が無くて、今実際に困ってるよな?』」

 

「き『罰則金の滞納は、最終的に私物差押になるぞ? お前らなら、戦車持っていかれるな』」

 

「……」

 

「働け。協力ぐらいならしてやるから」

 

「……」

 

 余計な事は言わせません。

 

 バイトの申し込みとか、斡旋くらいならしてやるから。貴女は少し労働するということを学びなさい。

 はい、ミカさん。もう笑うしかないって感じで、カンテレ弾きながら微笑を浮かべている。

 

 ふむ。なるほど、ダージリンの格言潰しと同じ要領か。

 

 

 アキの頭を撫でながら、放心している二人を見ていると、町の広報のスピーカーからだろうか?

 広場に聴き慣れた声が響いた。

 

 

 

 

 

『こちら大洗納涼祭運営本部です。こちら大洗納涼祭運営本部です』

 

 …柚子先輩の声?

 

『只今より、大洗学園戦車道による、戦車の演習を行います』

 

 戦車演習? 二輌しか無いのに? というか、こんな時間から?

 放送によると、一時的にだけど、一般車道の交通規制が増え、通行できない場所ができるようだ。

 こういう事って、前もって警察に申請が必要じゃなかったか? 

 演習の件を、俺が聞いていなかっただけか?

 

「ねぇタカシさん。あれって大洗の生徒じゃない?」

 

 アキが指差した先、全力疾走しているマコニャンを見つけた。

 

 …なんだ? ちょっと様子がおかしい。

 

 そもそも、全力疾走とかそんなキャラでも無いだろうに。

 いつも眠そうに歩いて…というか、歩きもしないだろうに。

 

 声をかけてみよう。ちょっと尋常じゃない感じがする。

 

 丁度、こちらに向かって走ってきているから、軽く先回りして彼女の前に立ち塞がる。

 

「ハァハァ…」

 

 急に目の前に現れた、進路を邪魔する着ぐるみ対して、本当に疲れているのだろう。

 何か言うわけでもなく、ただ睨めつけている。

 

「俺だ。隆史だ。一体どうし…どうした!?」

 

 着ぐるみの口は、スライドして開けてあったので、名乗りながら顔が見える程度に腰を落とした。

 麻子は、急に止められたのも相まって、息を切らし辛そうている。

 俺に気がついたのか、目が少し見開かれた。

 

 …それ以前に泣きそうな…というか泣いていた。

 

「し…書記。おま……お前。…ここら辺に、……ずっと居たのか?」

 

「いた。2時間程そこで、仕事してた。…何があった?」

 

 息が少しは落ちつたようだ。

 

「…こ…ここら辺で、ライトがいっぱいついている、黒いワンボックスの車を見なかったか?…ライトは地面を照らしているタイプと…」

 

 車を探していたのか? 早口で、一気に特徴を言い並べてきた。

 なんだ? ライトって…LEDの事か?

 

「…見ていないな。そこまで派手な車は見ていない」

 

「そうか…完全に見失ってしまった……」

 

 両手を膝につけ、前屈みになり動かない。

 顔が青白く見える。

 

「…本当に何があった?」

 

 今度は、両肩を掴み顔を覗き込む…やっぱり泣いてるな。

 

「な…なんとかできるか!? お前なら…あの時みたいに…なんとか…自衛隊にでもなんでも頼んで!!」

 

「状況が分からない。…何があった?」

 

 彼女は、着ぐるみのマント部分を両手で掴み、うな垂れながら言った。

 

 一言こう言った。

 

「沙織が、誘拐された」

 

 …単純な一言だけれども、麻子がこういう事を冗談で言う娘では無い。

 事実実際にあった事なのだろう。

 

 誘拐……

 

「…」

 

「…急に二人組の男に、車に乗せられて走り去って行ってしまった……」

 

 …似たような事、前にも合ったな。

 こんな一通りの多い中、白昼堂々と。余程の馬鹿か……。

 

 

「尾形書記!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『西住隊長! 見つけました!!』

 

 みほさんの携帯へ、報告が入った。

 

 町内会の方達と、一斉に駐車場を捜索する。

 単純ですけど、有効な手段ですね。

 

 私達の乗ってきたヘリは、西から住宅地も含め、全体的に捜索。

 徒歩での捜索隊は、東から順に西方面へ。

 

「どこにいましたか!?」

 

『大洗ホテルの駐車場です! まだエンジンが、かかっているようです』

 

「ホテルの敷地…わかりました。応援がすぐに向います。あひるさんチームは、絶対に不用意に近づかないでください」

 

『了解です! 他のチームにも連絡しますか?』

 

「いえ、それはこちらでやりますので、車の様子を見張っていてください」

 

 携帯をスピーカーに変えているので、私達にも聞こえる。

 他県ナンバーを隠すなら、もってこいの場所…しかし、ナンバーは隠していたのでは?

 

 …すでにこのテントには、しほさんとみほさん。後、大洗学園の生徒会長さんしかいません。

 

「ここには私が残るから、西住ちゃんも行っておいで。警察が来たらそっちへ案内しとくよ」

 

「会長…ありがとうございます。…お母さん!」

 

「わかりました。私達も行きましょう」

 

「…そうですね」

 

 しほさんの私設部隊…まぁボディーガードですね。

 その方達が用意した車で、私としほさん…そして、みほさんが乗り込み出発。

 たしか、このマリンタワーから東へ行った、海沿いのホテルでしたか。

 

 応援。…この部隊の事ですね。まぁチンピラの3、4匹くらいなら、彼らで十分でしょうけど…。

 

 不安が一つ。

 

「千代さん? どうしました?」

 

「いえ…なんでも」

 

 車の中では、終始無言。

 

 しほさんも多分、気がついていると思いますけど……

 

 徒歩ではそれなりの距離はありましたが、車なら5分程度で到着できる場所。

 

 すぐに、私達も到着しました。

 

 すでに、大洗学園の生徒数人と、町内会の方。そして警察…。

 駐車場では、すでにホテルの従業員を交え、騒ぎになっていた。

 エンジンがつけっぱなしの、下品な青やら緑やらLEDが付けられている車。

 

 すぐに、しほさんの部隊が、注意深く車体の周りに張り付く。

 スモークガラスで、車内の中は伺えない。

 警察は現場には来ていましたが、警邏中の警察官。

 たった二人しかいない。応援を要請はしていましたが、たった二人ならば、私達でやったほうが速い。

 …まぁ後で怒られそうですね。私達は、警察にはあまり顔が広くないですし…。

 

 車に張り付いた、隊員が何か気がついたようでした。

 手で合図を送り、全員が一斉に動き出す。

 

 人の気配が無い。

 

 外から様子が伺えなくとも、車内で動いたりしていれば、ある程度気配は感じ取れるもの。

 その気配が全くなかった。

 

 確信が取れたのでしょうか?車のドアに手をかけ、後部座席のドアを一気に開ける。

 カギすらかかっていなかった。

 

 …中には誰もいない。

 

 私物も無い。

 

 こんな下品な装飾を施してあるにも関わらず、車内の中はまるで、レンタカーの様に何もない。

 

「そ…そんな……」

 

 みほさんが、呆然としています。

 

 唯一の手がかりが、無くなってしまいました。

 そう…私が危惧していた事は、コレですね。

 

 …もし犯人がいなかったら。

 

 …もしすでに誘拐された娘が、ひどい目にあっていたら。

 

 救出の為に、あの放心状態から立ち直った彼女です。

 …もし、救出に失敗してしまった際、また心が折れてしまうのでは?

 

 しほさんも無言で、ご自分の娘を眺めていますね。

 …やはり、分かっていましたかね。

 

「家元」

 

「…なんですか?」

 

 一人の隊員が話しかけてきました。

 

「恐らく、あの車は盗難車ですね。装飾も酷く適当につけられていました。…どこの車か今調べています」

 

「…他に何か、手がかりになるよな物はありましたか?」

 

「これが。座席の間に落ちていました」

 

 しほさんに渡されたのは、赤い携帯電話。

 

「……みほ」

 

 みほさんに、携帯電話の持ち主の確認しています。

 攫われた娘のでしょうね。両手にもって固まっています。

 

 …さて、現実を見ましょう。

 

 犯人達はいなかった。

 恐らくこの場所に、乗り換えようの車を用意してあったのでしょうか。

 どの車か特定出来なければ、探し用が無い。

 もしくは、車を乗り換えたのでは無く、どこかの屋内にでも入られたら…。

 

 

 

 突然、携帯の着信音が響いた。

 

 

 

 みほさんの携帯電話でしょう。先程から何度か聞いていますので、すぐにわかりました。

 

「…はい」

 

『みほさん、そちらはどうでしたか?』

 

 携帯のスピーカーを通して聞こえてきたのは、先程のロングの黒髪の娘ですかね?

 もう一人の癖毛の娘と、唯一の犯人の顔を見ているという事で、駐車場では無く、祭り会場を探しに行った様でしたけど…。

 ある程度の特徴は、皆さんに伝えて有りましたけど、見た本人が探すという事で、捜索に出ていましたね。

 

「……ダメでした。確かに犯人の車でしたが、中にはもう…」

 

『やはり…』

 

「やはり?」

 

『みほさん。犯人と思われる車を見つけました』

 

「見つけた!? え!? ど…どうやって!?」

 

 みほさんの会話内容。「見つけた」という言葉に周りが一斉に注目しました。

 静寂が流れています。

 

『先程も言いましたけど、私と秋山さんは、犯人の顔を見ています。その犯人と思われる人間が、運転している車を見ました』

 

『西住殿! 今、私の携帯で犯人の車の特徴を、皆さんの携帯に一斉送信します! 武部殿みたいに早く出来ませんけど…少し待っていてください!』

 

『最近、砲手として遠目で見ることが癖にでもなっているからでしょうか? すぐにわかりました』

 

『まぁあんな、顔にまで刺青しれてるような人なんて、そうはいませんからね!』

 

 一つの携帯で、交互に喋っているのか、声が入れ替わって聞こえてきました。

 彼女達は、シーサイドステーション前で犯人達の車とすれ違った。

 そのまま、すぐにみほさんに連絡を入れて来たのでしょうね。

 

 渋滞している車も一応と、運転席を眺めていいたら見つけたそうですけど…良くわかりましたね。

 一応、しほさんが特徴を記したメモを見直していますね。

 

「…まぁ確かに、一目見れば気がつきますね」

 

 癖毛の娘が言っていたように、頬の部分までタトゥーが入った男が一人いた。

 運転手を交代したのか、その男は、連れ去った二人組のうちの一人。

 

 しかし、なんでまたホテルの場所から、混雑している会場に戻る様な進路を取ったのか…。東に逃げれば、そのまま逃げ切れたのでは?

 

『西住殿の指示が幸いしました! 戦車演習の為と交通規制を強化して正解でしたね。西向きの道路、殆ど動きませんよ』

 

「では、まだ犯人と思われる車は、見えますか?」

 

『いえ。…相当気が短いのか、渋滞に差し掛かって少ししたら、脇道に逃げて行きました。しかしそれならば、上空のヘリの方から見つける事ができませんか?』

 

「はい、優花里さんのメールが届き次第、頼んでみます」

 

『え…あ、はい! お待たせしました! 五十鈴殿、ちゃんと、ナンバーまで見えていましたよ! すぐに送ります!』

 

 直後、周りの大洗学園の生徒達の携帯から、一斉にメール受信の音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くそ! 時間が掛かってしまった。何だってこんな公園の外れまで来ていたのだ、こいつは!

 私が尾形書記の元に到着した時、冷泉 麻子も一緒にいた。

 

 確か、武部が攫われた際、一早く駆け出して誘拐犯を追っていったと聞いていた。

 尾形書記と合流していたのか。

 

「…桃センパイ。沙織さんの事ですか?」

 

 しかも、そんな格好をして…まぁそこはいい。

 この暑い中、全力で走った結果だろうか。汗が止まらん。

 そんな中、尾形書記の格好を見ていると更に暑く感じる。

 

「…まず冷泉。携帯を確認しろ。秋山から連絡が来ているはずだ」

 

「……」

 

 無言で、スカートのポケットを弄り、携帯を取り出した。

 

「…尾形書記。時間が惜しい。今起こってる事を掻い摘んで説明する。いいか…」

 

 武部が誘拐され、西住達の前に現れた男。

 西住が取り乱した際、現れた西住の母親。

 そして西住は持ち直し、武部捜索の為に指示を出し、全員が動き出した事。

 

 初めは、大人しく冷泉と現在状況を聞いていた。

 ただ、西住の前に現れた男の話になった途端、着ぐるみ越しにも分かった。

 

 …雰囲気が変わった。

 

「…では、桃センパイ。さっきの放送もその為ですか?」

 

「そ…そうだ。1年の戦車が動きやすい様にのと言うのと、犯人を車で逃がさない為だと言っていたな」

 

 何故だろうか。…こいつが怖い。

 

「…私は、戻った方がいいのか?」

 

「いや、Ⅳ号は動かさないようだ。西住は、本部で指示を出している。お前もそれに従え」

 

「…わかった。西住さんの指示に従う」

 

 本当は、まだ自身で探したいのだろう。

 …気持ちは分かる。

 

 

「…………桃センパイ」

 

「なんだ? お前も…」

 

「みほの前に現れた男。…特徴を教えてください」

 

 かなり掻い摘んで言った為だろうか? しかし何故そんな事を?

 今はそんな事よりも、武部の事を優先するべきだとは思うのだが、尾形書記の絞り出した様な…何かを我慢するような声に答えるしか無かった。

 

「いや…私も聞いた話だけどな…。五十鈴によると、爬虫類見たいな目と顔と言っていたけども…」

 

「…みほは?」

 

「……酷かった。会長の呼びかけにも答えず、ただひたすら「助けないと」と、呟いていた」

 

「……」

 

「先程も言ったが、西住の母親が来ていてな。…なんとか呼びかけに応えて、いつもの西住に持ち直した」

 

「…そっか。しほさん来ていたんだ。みほとちゃんと話せたんだ…」

 

 少し、穏やかな口調に戻った。

 

「でも、西住さんが、そこまで取り乱すなんてな…」

 

「冷泉の意見も最もだな。パニックといった感じでは無かったのだが…追い詰められた感じというか……最後に男に言われた一言から、おかしくなったそうだ」

 

「一言? たった一言で、西住さんが、取り乱したのか?」

 

「そうだ。たしか…『また見殺しにするのか?』とか言ったそうだ…なんの事だろうか?」

 

 

「………………」

 

 

「「また」という事は、西住さんと面識が有るのか? 書記。何か知って…い……」

 

 いつの間にか、尾形書記の着ている着ぐるみの口部分。唯一、外から中の人間の顔が覗ける部分が閉まっていた。

 手は完全に握り締めていて…な…なんだ!? 

 冷泉も何かを感じ取ったのか、ただ黙って、熊の着ぐるみを眺めていた。

 

「と…取り敢えず、私は西住さんの所へ戻…ん?」

 

 私と冷泉の携帯がまとめて鳴った。

 メールの一斉送信だろうか。

 

「どうしました?」

 

 着ぐるみの口部分を開け、メール内容を聞いてきた。

 メールの内容を確認している最中、もう一通のメールが届いた。

 

 二通目には、新しい西住よりの指示だった。

 

 

「!」

 

「…犯人は、どうも車を乗り換えたそうだ。はじめの車の中には、武部はいなかったそうだ」

 

「……では、手がかり無しですか?」

 

「いや、五十鈴達が犯人の顔を見ていたそうでな。そいつが運転している車を発見したそうだ。このメールは、特徴を記したものだ」

 

「すいません。ちょっと読み上げて下さい」

 

「わかった。まず白のワゴンタイプで…ナンバーが……」

 

 そんなに車に詳しくないのだろう。結構抽象的な表現をしてある。まぁ、私も全く分からんが。

 ピカピカした新車っぽいだの、ヘッドライト部分が青い色になってたとか……。

 一応全部言ってみたけども、正直よくわからん!

 

「……」

 

「……」

 

「これで、全部だ。どうした?」

 

 尾形書記と冷泉の目線が、同じ方角を見ていた。

 

 目線の先を見てみると……

 

 

 いた。

 

 ……いた!!

 

 対象車が、眼前の車道にいた!

 

 渋滞にはまっているので、停車している状態だった。

 特徴は、メール文からは今一分からなかったが、ナンバープレートに表記してある数字が、一致していた。

 確かに西へ向かったとは、メールには記してあったのだが…ここは確かに、一番西だけども!

 こんなメインの道路に来るなんて、犯人とやらは馬鹿なのか!?

 

 …あぁ。ひょっとして我々を出し抜いていると思っているから、油断しているのか?

 

 ゴテゴテしい、装飾はしてないが、確かに新車の様に真新しい感じの車だった。

 

「あっ!」

 

 渋滞が少し動き、前の車との車間が開いたと同時に、車はUターンをし、反対方向を向いた。

 今度は東に向かうきか?

 

 特にスピードを出すわけもなく、普通に走り出した。

 

「麻子!」

 

 尾形書記が、叫ぶのと同時に冷泉の腕を掴んだ。

 

「離せ! あそこに沙織がいるんだろ!? 邪魔をするな!」

 

 尾形書記は、走り出そうとした冷泉の腕を掴み、止めたようだ。

 

「さっきと同じだろ! 走ったって追いつかない!」

 

「うるさい!」

 

 それでも走り出そうとする冷泉だが、力では全く叶わないのだろう。

 尾形書記の手を振りほどけない。

 

「離せ…頼むから……」

 

 段々と涙声になっていく冷泉の頭に、尾形書記が手を置いた。

 

 

「ミッコ!!」

 

 

 突然聞きなれない名前を叫んだ。

 

「あいよ!」

 

 返事が聞こえた方向を向くと、髪を左右に短く結った少女が、腕を組んで戦車と共に立っていた……戦車!?

 

「頼む!」

 

 そういえば、先程から近くに3人程いたな…。

 尾形書記の知り合いだったのか。

 

「任せろ!!」

 

 彼女達は先程からの話を聞いていたようで、分かっているとばかりに、すぐに自分達の戦車を用意してくれた。

 なんだこの戦車は。履帯無しで走ってくるぞ!?

 

 尾形書記は、戦車に乗り込む訳でもなく、車体の上に登って開いたハッチ付近を掴んでいる。

 

「あれ? ミカ、今回は弄れた事、言わないんだね?」

 

「アキ。人には語らない時の方が、良い時もあるんだよ」

 

 残りの二人も乗り込もうとしているが……しかし。

 

「…いくらなんでも、戦車のスピードじゃ車に追いつけないだろ」

 

「走って追いつこうとした奴に言われたかない。それになこの戦車、最高70キロ程スピードが出るんだよ!」

 

「タカシ! もういいか!? 見失っちまう!」

 

 長い直線の先、まだ先ほどの白い車は見えていた。

 しかしもう、小さい。

 

「…書記」

 

「なんだ? ちょっと距離があって聞き取り辛いんだ」

 

「頼む…」

 

「……出してくれ!」

 

 冷泉の嘆願に片手を上げて応える。

 その後発進の合図を、車体を2、3回軽く蹴りながら叫ぶ。

 

「……」

 

 この後輩達を見て思う。

 

 …相変わらずこいつは、よくわからんな。だが…私にはここまで、できない。

 知り合いに頼むとは言え、即戦車を用意した。

 

 それに、冷泉は武部を探す為に、ここら辺を走り回ったのだろう…。

 

 …………私は、何をした。

 

 ただ、尾形書記の携帯代わりなだけか?

 

「…なら」

 

 エンジンに火が入り、戦車が動き出す…のに真正面から砲身前に飛び乗った。

 

 私が!

 

「桃センパイ!?」

 

 後は、砲身を掴み、振り落とされない様にするだけだ!

 動き出した戦車は、そのまま冷泉だけその場に残し、急スピードで走り出した。

 

「何やってるんですか!? 危ないですよ!!」

 

「お前は現に、その危ない事をやっているではないか!」

 

「あぁもう!! アキ! 砲身は回さないでくれよ!? 後、ミッコ! 聞こえるか!?」

 

 もう、すでに40キロは出ているのだろうか? …怖い。風が顔に当たるのが、ちょっと怖い。

 

「なに!? っていってるよ?」

 

 アキと呼ばれていた娘が、ハッチから顔を出した。

 

「今、さっきの放送で戦車演習をするって流れたな!?」

 

 着ぐるみの中からなので、尾形書記は叫んでいる。

 段々と、白い車に近づいて来た。律儀に信号を守っているおかけだな。

 逃げているという自覚が無いからだろうか?

 

 

「ひゃぁ!! どこを触っている!!」

 

 そう言って、尾形書記が私を掴み、目の前に強引に引張てきた。

 右手で視覚用ハッチの隙間。左手で砲身の稼働部分の付け根を掴んでいる。

 その真ん中の三角地帯のスペースに私を入れた…真正面で。

 

「もう、中に入れる余裕がありませんので、そのまま俺に両腕で、しっかり抱きついていて下さい」

 

「なぁ!?」

 

「…冗談でも何でもなく、しっかり掴んで振り落とされない様にしないと……死にますよ」

 

「…え」

 

「アキも絶対、砲身周りを動かさないでくれよ!! 俺の指が比喩でも何でもなく、ちぎれるかもしれんから!」

 

「」

 

「人がいない所なら、ショートカットだろと、片輪走行だろうと好きにやれ! 追いついてくれれば、なんでもいい!」

 

「あいよ!! っていってるよ?」

 

 そこまで言って、今度は足を踏ん張る様に力を込めていた。

 

 …ちょっと待て。

 怪しい単語が出たぞ!?

 

 何する気だ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐かった。

 

 ただ恐かった。

 

 その感情しかわかない。

 

 車の後部座席。

 二人の軽薄そうな男の人達に左右に座られ、肩に腕を回されている。

 背もたれはない。

 なんでこの車、座席を全て倒しているんだろう…。

 

 こわい

 

 特に拘束されているワケじゃないけど、ニヤニヤとしたタバコ臭い顔が左右横にある。

 正面には、座席が倒されたスペースを、ベットの様に寝転がり、こちらを嫌な目で眺めてくる男の人がいる。

 

 こわい

 

 公園の出口。

 

 気がついたら、体を持ち上げられて車に入れられた。

 

 一度どこかの駐車場で、車を載せ換えられた。

 

 隙を見て逃げようかと思ったけど、足が震えて無理だった。

 

 腕に無駄に力が入っているのか、震えるだけでうまく動かない。

 

 こわいよ…。

 

 私、どうなっちゃうんだろ……。

 

「お前ら、先に手だすなよ」

 

 前の運転している、顔の頬に黒い炎の先っぽ…見たいなタトゥーが入った男の人が、不機嫌そうに喋りかけている。

 

「今回一番の功労者ってのは、俺だからな。車パクったり…なんだり、用意したのは全部俺だ。だからお前らは、俺の次だ。じゃなきゃやってらんねぇ。分け前もやらねぇ。…あと俺の車汚したら、テメェら殺すからな」

 

「はいはい、わかってんよ。何度も言うなや。でもよぉ、テメェもなんで、わざわざこっちに戻ったんだよ。さっさと沙織ちゃんと遊びたいんだけど?」

 

 …名前を呼ばれる度に体がビクつく。

 なんで知ってるのか分からない。

 分からないからこそ、余計に恐怖を感じる。

 

「最後の指示だったんだよ。まぁこんな楽な仕事で前金までもらって、遊び相手まで用意されているんだ。しかも成功報酬、前金の四倍だぞ? 今のうちは機嫌とってやってんだよ」

 

 先程から終始、この男の人は上機嫌だった。何度かチラチラ私を見るのだけど…目が嫌だ。

 

「…しかしイラつくなこの渋滞。お前もさっきからなんで、チンタラ走ってんだよ。もっとスピードだせや」

 

「沙織ちゃんのお友達が、警察でも呼んだんだろ。さっきからパトカーとやたらとすれ違うんだよ。…つまらん事で、目をつけられたら終わりだろうがよ」

 

「まぁ警察共にあんなに分かりやすく、使った車置いといてやったんだ。んで、車も乗り換えてる…見つかんねぇよ。ハッ!」

 

 喋りながら、足の手が回ってきたり、胸を触ろうとしてくる。

 体を丸めて、抵抗する事くらいしかできない。…でも抵抗すると何故か、この人達は喜ぶ。楽しそうに…。

 

 こわい

 

「チッ。さすがにイラつてきたな。ちょっと戻るわ。住宅街なら通れるだろ」

 

 そう言って、運転している男の人はハンドルを大きく回した。

 車をUターンでもさせたのか、体にGがかかった。

 

 そのまま少し進んだ先、赤信号で止まった時。正面のフロントガラスから、マリンタワーが見えた。

 

 私さっきまで、あそこにいたんだけどな…。

 

「おぉーえらいえらい。ちゃんと信号守ってまちゅね~」

 

「…殺すぞ」

 

 ……殺されちゃうのかなぁ。

 まだ恋もして無いのに…彼氏もできた事無いのに……。

 

 恋なんて…。

 

 みぽりんが、昨日の件…隆史君に対して答えを決めたと…そんな話を聞いたばかりだったのに…。

 

 いいなぁ…。

 

 ちょっと羨ましかったなぁ。

 

 隆史君かぁ…最近いろいろとおかしかったけど。

 

 ……。

 

 そういえば、隆史君。転校初日に言ってくれてたっけ。

 

 体ぐらい張ってくれるって。

 

 …ちょっとその時、正直ときめいちゃったんだけどね。みぽりんには言えないけど。

 

 でもなぁ…あの後……隆史君結構、気が多いように見えて、いつの間にか冷めちゃったんだよねぇ…。

 

 乾いた笑いが出そうだった。

 

 本気じゃない。本気じゃないけど…。

 

 あぁ…そうかこれが、現実逃避ってやつかなぁ…。本当は今、考える事じゃないのに…。

 

 目頭熱くなる。

 

 こわい。

 

「なんか、後ろから変なの来てっけど。なんだあれ? 戦車?」

 

「なぁあれ、沙織ちゃんとこの戦車?」

 

 力ずくで、腕の付け根辺りを持ち上げられ、強引に確認させられる。

 

 …違う。見た事ない。大洗の戦車じゃない。

 

 一瞬誰か助けに来てくれたと思ったけど、違った。

 

「ち…違います……高校のマークもついてない…です」

 

「あぁ…そっか。そうだねぇ」

 

 下手に嘘をついてバレたら、余計にひどい事されそうで、素直に応じるしか無かった…。

 

「まぁいいや。また曲がってみっから。ついて来たら言ってくれや」

 

 そう言った直後、また体にGが掛かる。

 追いかけてこれば追手、来なければ良し…そんな事言ってる。

 

 結局戦車は追いかけてこなかった。

 

 やっぱり違ったか…。

 

「……」

 

 先程から、腕の付け根を掴んだ男の人が、こちらを黙って見ている。

 

 ……気持ち悪い。

 

「す…」

 

 なに? なに!? 目が嫌だ!

 

「すっげー!! 何!? 沙織ちゃんって、結構着やせするタイプ!?」

 

「え…」

 

「でけぇでけぇとは、思ってたけど、何!? 沙織ちゃん胸すんげぇね!」

 

 ダイレクトに言われた……。

 

「なぁ! おい! 運転手さーん」

 

「次、運転手呼ばわりしたらテメェをここから放り出す」

 

「はいはい! まぁ最初はテメェに譲っけど、ちょっと見るくらいイイよな!?」

 

「は?……汚すなよ」

 

 そう言った直後、背もたれの無い椅子に私の上半身を押し倒した。

 

 なに…なに!?

 

「ヒッ!」

 

 男の人はナイフを持っていた。

 …やっぱり殺されちゃうのかな…やだ…やだ!!

 

 刺されてしまうと思ったのに、少し違った…でも。

 制服の下側から、逆刃にしてナイフを入れてきた。

 

 そのまま音を立てて真ん中から、ゆっくり制服が切り破られて行く。

 

 私を殺すわけでもなく、ただ服を破いていく。

 …やっぱり。

 

「まぁこれぐらい、先行してもいいよねぇ? あれ? 沙織ちゃんまだ良く分かってない?」

 

 ……

 

「でもちょっとかわいそうかなぁ? 君、「西住 みほ」って子の代わり見たいなモノだよね?」

 

 ……みぽりんの代わり?

 

「まぁいいや。その方が面白いかも。たまにはウブ過ぎるのもいいよねぇ」

 

 …………

 

「…全員相手するんだから、コレくらい別にいいよね?」

 

 ………………もう涙しか出なかった。

 

 

「うぉ!?」

 

 

 いきなり車に急ブレーキがかかった。

 

 ナイフを持っていた人も、危ないと思ったのか。ナイフを制服から抜いた。

 …と言っても、殆ど全部切れちゃってるけどね……。

 

「…あぁ? なんだあいつ」

 

「んだよ!? 危ねぇな!!」

 

「前に変なのが、突っ立てんだよ!」

 

 後部座席にいた全員が、前方に注目しだした。

 今のうちに体を起こし、無駄だと思うけどはだけた身なりを整えた。

 

 体を起こしてた時、私にも運転席の座先と男の人達の間から見えた。

 

 彼が言っていた「変なの」の正体。

 

 それは道路のど真ん中。

 

 この車の進路を塞ぐように、仁王立ちで立っていた。

 

「おじさん?」

 

 …熊の着ぐるみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タカシ! 前方の車、左に曲がったぞ!! どうする!? このまま追いかけるか!?」

 

 前方の車が、私達の戦車に気がついたのか、路地からまた公園へ繋がる道に曲がった。

 さっきから、あいつらはグルグル回っている。

 

 抜ける道を探してでもいるのだろうか。結果的に逃がさないように追いかけられているが。

 

「……科学館の方向へ進路をとったな」

 

 町内会の人達のお陰で、住宅街へ入る道は、殆ど封鎖されていた。

 西住の指示だろうか。所々に「この先、道路規制有り、通行できません」の看板が立っていた。

 練習試合をこの大洗町で行ったお陰か、比較的にすんなり私達の大洗学園戦車道は浸透していた。

 それも関係しているのだろうか。なんかすごい協力的な方々だな。

 

 後、この戦車の上に、尾形書記が着ぐるみのまま乗っているせいか、たまに子供に手を振られた。

 

 要は……目立つ。

 

「ミッコ!」

 

「あいよ!」

 

「突っ切れ!!」

 

 え…。

 

 今なんて言った!!

 

 尾形書記の合図と共に、戦車がとった進路は街路樹の方向…。

 

 松並木の間を入り、何本かバキバキと音を立てて木が折れた…。

 私達は、戦車の上に乗って為、何本か折れた小枝が飛んできた。

 

「うわぁぁ!!」

 

 私しか声を上げていなかった。

 

 …こいつら慣れてる。

 

 尾形書記が、どうも私の前に体の重心を寄せた為か、あまり飛来物は当たらなかった。

 …庇ったのか?

 

 街路樹が抜けた先、2車線の道路。

 街路樹側の車線。東向きに車は、殆ど走っていなかったが、反対車線の西向きは渋滞している…。

 そもそも、車線間に縁石がある為、横断できない。というか、危ない。更にメチャクチャ怖い!!

 

 街路樹を抜けてUターンで強引に曲がった。

 そのまま縁石にぶつかり、ガリガリ音を立てて、装輪から火花が散っている…まさか…。

 

「ミッコ。 前方6台目、赤い車の間」

 

「今ならな歩行者もいない。……いけ!」

 

 ハッチから体を出していた、帽子を被った女性。

 …何か指示を出していたが、外にいるので良く聞こえなかった。直後、身柄装輪が縁石に乗り上げた。

 

「振り落とされんなよ!!」

 

 急ブレーキと同時に更にまたUターン。…違う。

 

 まさか。

 

 右装輪の部分を起点に縁石を乗り上げ、火花を上げて、ドリフトというのだろうか…半円を描き、左装輪も縁石にぶつかる。

 ガチンとすごい音を立て、ガリガリと石を削る音と共に車体が上がる。

 

 真っ直ぐに縁石を乗り上げ、反対車線を横断、科学館の公園フェンスに突撃、フェンスを突き破る。

 

 渋滞中の車の間を通り過ぎたぞ……。

 

 そのまま公園の中を突き進み、さらにその向こうの車線を目指す。

 

 ショートカット。

 

 あっと言う間の事だったので、軽く呆然としてしまったが…お陰で、近くに先ほどの車が見える。

 

「先回りできそうだ」

 

 独り言になってしまったが、呟いた直後……戦車が止まった。

 

「なんだ!? どうした!?」

 

「…隆史」

 

 ハッチから、先程の帽子を被った女性が顔をだした。

 

「すまない…この子もすでに、空腹だったようだ」

 

 車体を軽くポンポン叩いている。…空腹、つまりはガス欠か!?

 

 

 

 

 直後、尾形書記は戦車を飛び降り、その先の車線へ走り出した。

 

「すまない。協力感謝する! 後で、タワー下のテントに来てくれ!」

 

 私も追いかけよう。

 

「ご武運を…」

 

 帽子の女性に急いで声を掛け、尾形書記を追う。

 先行されてしまったが、彼は着ぐるみを着ている。そんなに早く走れる訳も無く、すぐに追いついた。

 無言で走る、私と着ぐるみ。

 

 反対側のフェンスをよじ登り、なんとか先回りに成功…やったぞ! 追いついた!

 

「よし、なんとか追いついたな! これからどうするつもり…尾形書記?」

 

 肩で息をしていた。

 着ぐるみを着ていても分かるぐらい大きく。

 

「…ひょっとしてお前、ソレ朝から着っぱなしか!?」

 

 軽く手を上げられた。そうだと言う意味だろうか。

 

「ハァー…ハァー……」

 

 口元から小さく、苦しそうな呼吸が聞こえる。

 …この炎天下の中何時間も? 更に今、全力で走ったばかりだろうに…。

 

「よ…よし、今、頭部のロックを外してやる。一度脱げ」

 

「い…いや…このままでいいです」

 

「何を言っている! すでに苦しそうではないか!」

 

「……ハァ…ハァ…、沙織さんは…この着ぐるみは、俺じゃないと…思っているんですよ」

 

「だ…だからなんだ…」

 

「……最悪の場合…その方がいい…」

 

 なんだ? 意味が良く分からない…。

 

「……桃センパイ」

 

「な、なんだ!?」

 

 車が近づいてくる。

 すでに尾形書記は道路のど真ん中で仁王立ちになっている。

 

「…俺はあいつらに暴力を振るってしまうかもしれません」

 

「……」

 

「ですから、俺が問題になりそうだと…皆に迷惑が掛かりそうだと判断したら、俺をすぐに切り捨てて下さい」

 

「な…どういう事だ!」

 

「今後の戦車道大会に、影響する事になりそうですしね」

 

 在校生徒の問題で、大会出場停止。それは、学園廃校に直結する。

 …廃校。ここまで来て廃校……。

 

「……最悪、退学にでもして下さい。…あの会長なら、退学の日付弄るくらいの裏操作なんて簡単でしょ?」

 

 退学!?

 

「…ぼ…暴力を振るわなければいい話だ『無理ですね』」

 

「あの手の輩に対して、俺一人じゃもう…力ずくで行くしかない。時間稼ぎも多分…無駄でしょうし…」

 

「待て! 今、全員に連絡を入れるから!!」

 

「また逃がすだけですよ。…沙織さん助ける為だし…まぁ仕方ないかと思うので…」

 

 尾形書記は、ゆっくりと車に近づいて行く。

 

 退学…。

 

 気味の悪いくらい、あっさり自分を捨てろと言ってきた。

 なんなのだこいつは…

 

 これでは、会長に合わせる顔が無い。

 

 後輩に、そこまで言わせて…。

 

「ふ、ふざけるな! 尾形書記!!」

 

「桃センパイ?」

 

 急な大声にこちらを振り向いた。

 

 車に指をさす。

 手が震えるし、足も震える…。

 多分声も裏返った。

 

「い…いいか!! 今回の事が問題になったとして、誘拐された武部を助ける為だろうが!」

「廃校!? 自分達の生徒を守れないで、どうして学園が守れる!!」

 

「桃センパイ…」

 

「行け! 好きにやれ! 後は何とでもしてやる!!」

 

「……」

 

「……」

 

「……ハッ! 分かりましたよ。桃先輩」

 

「…尾形書記?」

 

「んじゃ、桃先輩は、離れていて下さい」

 

 ブレーキの音が聞こえた。

 

 

 

 

 --------

 -----

 ---

 

 

 

 

 白い大きな車。

 近くで見ると分かる。新車だろうか…。

 所々、車をいじっている用で、普通の一般車と比べると…なんだろう…イカツイとでも言うのだろうか……。

 

 フロントガラス部分によくわかない看板やらなにやら置いてある。

 なんて読むかわからん…当て字で読むのか?

 

 メールで来た特徴通りの車。運転席には、確かに犯人と思われる顔に刺青が入った男…。

 

「いた……」

 

 止まった車の奥に、武部の顔が見えた…。

 暗くて見え辛いが、確かに見つけた。

 

 尾形書記も気がついたのか、車の前に密着している。

 車に軽く手を置いた時、運転席の窓ガラスが開いた。

 

「おい! 俺の車に触んな!」

 

 車に触ったというだけで、酷く怒っている。

 クラクションをけたたましく鳴らし、どけと怒鳴っている。

 

 …こういう人種には初めて会った。

 正直怖い。

 

「…テメェ。殺すぞ」

 

 ただ、尾形書記は何も喋らず、今度はサイドミラーを掴んだ。

 なぜ、こいつらは車を触られたというだけで、ここまで怒るのか…。

 強引に動き出せば、サイドミラーが壊れると思ったのか、車は止まったまま。

 

 反対車線は今だに渋滞中の為、騒がしい我らを何事かと車内から眺めている。

 

 サイドミラーを掴んだまま、運転席横まで来た所で、怒鳴り声が大きくなった。

 強引に走り出せないのだろう。

 

 突然、車内の男が光る棒状の物を取り出し、着ぐるみの頭部を殴りだした。

 あれはスパナ?

 

「離せっつってんだろーが!!」

 

 確かに着ぐるみの頭だから、怪我をするわけでも無いが…あそこまで躊躇なく殴れるものか…。

 

 …情けない事に、その時にはもう私は怖くて動けなかった。

 男性の怒号というのを初めて聞いた…。

 周りの車からは、小さな悲鳴らしき声と、携帯を取り出して、電話をしている運転手もいた。

 挙句、写真まで撮り出す輩もいた。

 

 …野次馬化していた。

 

 

 ただ、尾形書記は黙って動かない。

 

 ―が

 

 ― 助けて ―

 

 中から、武部の声が聞こえた気がする。

 車の車内の音楽が酷くうるさい為、よく聞き取り辛かった。

 

「うるせぇな! もういいから、そいつ一回ぶん殴れ! それで大人しくさせ『 バキッ 』」

 

 …後ろに乗っている男達に声を飛ばした。

 その男の声を遮て、何かが折れる音がした。

 

 尾形書記が何かを持っている。

 

 着ぐるみの手にある、太陽光を反射して光る物体。

 

 …尾形書記が、サイドミラーをへし折っていた。

 ブチブチと車体から出ている配線を、強引に引き伸ばし引きちぎる。

 

 その惨状を見て、完全に刺青の男が固まっていた。

 

「」

 

 へし折って、破線を引きちぎり、完全に単体になったサイドミラーだったモノを、開いた運転席に投げ捨てた。

 …挑発でもしているのか……というか、尾形書記は大丈夫なのか?

 あいつそう言えば、バカみたいに鍛えてるのに、喧嘩の一つもやった事ないとか言ってなかったか!?

 

「……死んだわ、テメェ」

 

 中の男が、運転席を開けた。

 逃げているという事を考えていないのか? それとも、自分達はまだ追われていると気が付いていないのか。

 

 顔を真っ赤にした男が、スパナを持って車をおり…

 

 

 

 今、すごい音がしたぞ…。

 

 尾形書記が今度は、開いたドアをぶん殴った。

 衝撃でドアは閉まり、刺青男はドアと車体に挟まれ、声を上げていた。

 

 挟まれた反動で、運転席のドアが再び開く…今度はドアの端を掴み、力任せに投げる様に閉めた…。

 

 鈍い音が響く。

 

 短時間に2回もドアに挟まれた、刺青男が崩れ落ちた。

 

「……」

 

 

 

 

 崩れ落ちた男の胸ぐらを両手で掴み、無理やり起こし…立ち上がったと思ったら、すぐに殴りかかってきた刺青男を腕ごと抱きしめた。

 何をやってるんだ!?

 男の顔は完全に、着ぐるみ間に隠れ見えない。

 バタバタ暴れてはいるのだが、一切の声が聞こえない。

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 …突然、音声が聞こえた。

 

 聞こえた瞬間…抱きしめられていた男が、ドサっと地面に落とされた。

 

 …動かない。

 

 終始無言の尾形書記が恐かった……。

 

 あぁ、そう言えばあの着ぐるみ胸の中心を押すと、声が流れる仕掛けが合ったな…。

 今の行為で壊れでもしたのか?…一定間を開け、繰り返し機械音声流れている。

 

 地面に落とされた刺青男は動かない…あろう事か、失禁までしている……。

 

 だ…大丈夫なのか? コレ!

 

 尾形書記は、男のズボンのポケットをあさり、キーケースらしきものを取り出した。

 そのまま外から、車のエンジンを切り、動かなくなった男の襟首を持って、引きずりながら車を回り込んだ。

 

 相変わず機械音声だけが流れている……。

 

 

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 多分俺はもう冷静じゃいられない。

 

 ここの所、俺はキレやすくなってでもいるのだろうか?

 

 周りの人間に害が及ぶと、年甲斐もなく周りが見えなくなる時が出てきた。

 

 後で反省はするのだけど、今回もやはりダメだった。

 

 沙織さんが、車内に見えた辺りからだろうか…。

 

 男の「殴れ」の声で、我慢の限界が来た。

 

 

 男から奪った鍵で車のロックを解除する。

 引きずってきた男を適当に歩道に捨てて置く。

 

 ただ力任せに抱きしめた。

 こんな着ぐるみを着ているせいもあり、抱きしめられた方は、呼吸すらし辛いのだろうな。

 挙句、絞められる痛みもあるだろう。腕の関節部分も押さえればなお痛い。…ただ殴るよりこっちの方が痛いし苦しい。

 

 初めコレを…亜美姉ちゃんに教えられた時、なんつーエグイもん教えるんだよと思ったが…何が役に立つか分からないモンだな。

 

 ドアのロックは外した。ちゃんと音がした。

 

 しかし開かない。

 

 力任せにおもいっきりドアを動かしてみた。

 

 …少し開いた。

 

 なるほど。

 

 中から押さえつけているのか。…反対側にはドアは無かったな。

 

 ならここから開けるしかないか。

 

 少しずつだがドアを開けていいく。

 

 ドアの端に手を入れ変え、足ひとつ分開けば、足を入れた。

 

 …着ぐるみの頭部。口部分が開きっぱなしの為、車内の匂いが分かった。

 

 タバコ臭い。

 

 声も聞こえる。

 

 なにやら怒鳴っている様だが、お前らの声は聞きたくない。黙れ。

 

 頭一つ程開いた。

 

 徐々に開いていく。

 

 体一つ分開いた。

 

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 

 先程どうも、胸のスイッチが壊れた。繰り返し自己紹介を繰り返している機械音声。

 …うるさい。

 

 ドアが閉まらない様に体を滑り込ませる。

 

 …見えた。

 

 奥にいた。

 

 酷く久しぶりに思えった。

 

 先程会ったばかりなのにな。

 

 …あの特有の匂いは、しなかった。

 

 衣服は乱れてはいたが、最悪な事にはなっていないようだ。

 

 人によっては、殺されるより辛いかもしれない。

 

 だが大丈夫だろう。

 

 怯えてはいる。怖かったのだろう。俺を真っ直ぐ見てくる。

 

「……」

 

 まだ男達はドアを押さえ込んで閉めようとしている。

 

 沙織さんの制服は、正面から真っ二つに切られていた。

 

 反対から腕を抑えられていた為、隠す事も出来ずにいる。

 

 

 

 

 

 頭の奥で何かオトガシタ

 

 

 

 

 

 大きな音を立てて、一気にドアが開いた。

 どこか腕の中でプツプツ音がしたが、筋トレしてればよく聞こえる音だからモンダイナイ。

 

 モンダイナイ

 

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

 

 そのまま開いたドアを少し戻し、内側より外側に思いっきり蹴飛ばす。

 

 金属が壊れる音がした。

 

 コレで閉まらない。

 

 沙織さんを人質にでも取ろうとしたのか、ナイフの男が詰め寄ろうとしていた。

 

 即座に男の腕を掴む。

 

 握り潰してやるくらいの握力を込める。

 

 

 …なるほど。それで切ったのか。

 

 ……それで制服が綺麗に切れているのか…。

 

 それで、胸元までバックリはだけているのか。

 

 

 ナイフを落とした瞬間、一気に距離を縮め手をそいつの頭に持ち変える。

 

 車内に男の悲鳴。

 

 俺の腕を掴む男。

 

 締め付ける様に力を込めるのでは無く、最初から潰すくらいの力を一気に込める。

 

 

 お前ら…よりにもよって、みほの恩人に手を出したな…

 

 

 男の悲鳴が大声に変わる。

 

 先程から、こいつらがうるさい。なんだテメェとか誰だテメェだとかうるさい。

 

 さっきから言っているだろうが。

 

 

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 

 

 




はい。ありがとうございました

前中後と、3部にしようとしたんですけど、文字数が多すぎて4部にしました。

暴力表現もありましたが、何よりこの状況。
ギャラリーが多くいる状況となります。これが後でどう影響がくるか。

ありがとうございました

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。