転生者は平穏を望む   作:白山葵

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はい。今回ちょっと恋愛部分多めです。

原作は籠城回ですね。
はい。メチャクチャシリアス回でしたね。

でも。ですから。だからこそ!








第38話~理由です~

「そうだよねぇ~。何故か追うと逃げるよね、男って♪」

 

「……」

 

 無線入りっ放しですよ、沙織さん。

 というか、わざと聞かせてるんでしょうか?

 故意にやらないと、入らないよね…そちらからの音声って…。

 

「私の知ってる男は、追わなくても逃げそうだけどね」

 

 ケイ姐さん…?

 

 テントの机に置かれている無線機から聞こえてくる、聴き慣れた声。

 うん…まさに今この状況で、言うセリフじゃないよね…。

 

 愛里寿さんが、全開になったお陰で、大体の殺気に満ちたテント前は、色々と解除された。

 やっとこさ、雰囲気が落ち着いた。

 ギャラリーも解散され、試合観戦に身が入り各学校への応援に繰り出す。

 試合開始には間に合わなかったけど、俺もテント内へ入り、いつもと同じくいつもの様に中村の解説を聞きながら試合観戦を開始。

 

 

 ……。

 

 …………はい。嘘です。

 

 

 希望です。ボクの妄想です。

 

 はい、では現実を見てみましょう。

 

 はい、今まさに大洗学園テントは、なんて言っていいか、よく分からない状態になっていますね。

 

 チーンとか、音が聞こえてきそうな程、放心しとる人達が見えますね。

 はい。家元ズと、ダー様と、チヨミンとペパロニさん。はい。目が死んでますねぇ。

 たまにブツブツと呟いています。

 

 次に、すっごい笑顔の人達がおりますね。

 はい。テント内の椅子に座ってますね。

 正確には、俺の右太股に愛里寿。左太股にオペ子が座ってます…なんで……?

 右横に中村が座っていた為、左横に座ってるカルパッ…ひなさん!!

 

 最後に、真っ黒いオーラをまとっている人達…というか、まほちゃん。

 はい。まほちゃんが、先程からエリリンを横からガン見してますね。

 

 目を見開いて、すっごい真顔で見てますね。いやぁー…近いなぁ…。

 傍から見ればホッペにchu! しちゃってる様に見えますねぇ…何故だろう…。

 

 …全然、微笑ましく見れねぇ。

 

 何を愛里寿に言われたんだろう…。カードの事じゃないだろうし。

 愛里寿に聞いても、「内緒」と可愛らしく言われて良し…だから、何回か聞いて遊んでいたら、オペ子が膝に座ってきたんだけど…。

 

 あーあ。エリリン完全に固まっちゃってるじゃないですか…。

 黒森峰コンビは、少しテントから離れて観戦している。その為全体像が見えるんだけど…ここからでも様子が分かるってヨッポドダヨネ!

 

 はい。現在も殺伐とした雰囲気が確率変動継続中!

 

 …なにこれ。

 

 それでも、大洗学園の生徒として試合は観戦している。

 俺の仕事をしないとね…まぁ、何にも無いのだけど…。

 しかしこんな状況で、頭に入ってくる訳もなく、小刻みに震えながら観戦しています。

 

 プラウダ側が、大洗に2輌撃破された…。

 歓声も湧き、右横の少し復活した自動翻訳機君が説明してくれたりする。

 

 ……ごめん、やっぱり試合内容が頭に入ってこない。

 完全にただの観客視点でしか見れねぇ…。

 

 あー2輌撃破したぁ…。あープラウダの戦車が、追われてるなぁ…とか簡単な感想しかわかない。

 うん。繰り返すけど、こんな状況だもの。無理無理。

 

 だってね?

 

 太股に座ってる二人が、何故か胸と背中に軽く手をまわして抱きつく形になっているんです。

 違う…形じゃなくて抱きつかれてる…。

 …はい。ギャラリーさんの視線が、殺気となって突き刺ささり体中が痛いっす。

 

 じゃあ降ろせば良いのでは? とお思いでしょう。

 でもね。

 

「あの…オペ子さんや…」

 

「はい! なんでしょう隆史様!!」

 

「なんで抱きついてるんですか…」

 

「膝の上って不安定じゃないですか? ですから、こうしないと危ないのですよ?」

 

「……いや、椅子いっぱい余ってるから…降『 は? 』」

 

 ……なんでも無いっす。

 無理っす。オペ子さんが睨むっす。

 

 なんでだろうか…オペ子が急にくっつく様になった。

 前は、ここまで露骨に来なかったんだけど。

 これも愛里寿に言われたからだろうか…。

 

「なぁ尾形」

 

「ナンデショウ」

 

 中村が横から、口をだす。

 

 …男と会話するのが、こんなにも心安らぐとは…。

 

「…写メ撮って、西住さんに見せていい?」

 

「……」

 

 前言撤回。

 

「……まぁ、お前の気持ちも、俺には分からんでも無いけど…でもさぁ……」

 

「……」

 

「お前「あんまり鈍感が過ぎると、いつか身を滅ぼすぞ」」

 

「……」

 

 サンダース戦の時のか!

 こいつに言ったセリフが、そのまま熨斗がついて帰って来やがった!

 

「…貴方がそれを言うの?」

 

 あ。中村がビクッとした。

 

 はい。ケイ姐さん。

 テント内には入らないで、席の前でテントから出した上げた椅子に座っている。

 まぁ、目の前大画面だから、観戦には支障が無い。

 

 サンダースと聖グロリアーナ。それにアンツィオ。

 

 彼女達は、すでに戦車道大会を敗退している。

 その為、近づいてもルール違反にはならない様だ。

 なので逆に言えば、決勝進出がすでに確定してる黒森峰が、テントへの接近するのは、試合開始から許されていない。

 

 ただ、どうにもまほちゃんは、先程からエリリンへご執心の様で、こんな状態にも関わらず、いつもの熱い…いや、冷たい視線は感じられません。

 

「……」

 

 軽く横目で、ケイ姐さんは中村を睨んでいる。

 まぁ…うん。

 

「アリサの事は、まぁ…貴方が全面的に悪いわけじゃないけど…そんなセリフを、よく吐けるわね」

 

「……」

 

 裏でなんか進展があったのだろうか…アリサさんの名前が出た。

 でもぶっちゃけ、現在そんな事どうでもいい。

 中村を責めているつもりのケイ姐さん。はいスイマセン。俺の方がダメージでっかいです。

 

「あ。やっぱそう思います?」

 

「…思うわね。何考えてんの?」

 

 冷たい!! あのケイ姐さんの言い方が冷たい!!

 

「コレ、「尾形が」サンダース戦の時に「俺に」言ったんですよ」

 

 

 「「「「「 ……… 」」」」」

 

 

 痛い!! 各隊長達の視線が痛い!!!

 オペ子さんとひなさんの視線が超至近距離だから、尚更!!

 あ…愛里寿まで…。

 

 

「……よろしくて?」

 

「あら? もういいんですか? ダージリン様?」

 

 オペ子が、そろそろ標準でダペ子になりつつある…。

 はい、ダー様復活…とは、言い辛いか…。

 まだ、目が死んでる…。

 

「ペコォォ…」

 

「ウフフフ」

 

 …なんだろうか。俺の両足を占拠された状況にも、ツッコム余裕が無いのだろう。

 それでもいつもの様に優雅に振舞おうとしている。拍手したくなるヨ?

 

「…隆史さん」

 

「ナンデショウ?」

 

 正直、もうそろそろ吐血でもしそう…。

 

「…いいんですの? 遊んでいて。みほさん、大変な事になってますわよ?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私も周りに、少し流されてしまった。

 プラウダ車輌を2輌撃破。

 

 うまく行き過ぎていると思っていたのに。

 

 ただでさえ視界が極端に悪く…狭くなる、夜戦の雪上戦…。

 できるだけ慎重にと考えていたのに。

 

 やられた…。

 

 囮に見事に引っかかってしまった。

 

 廃村…なのかな? 

 そこにプラウダを追い詰めたと、皆が思っていたのだろうか。

 結局それは、罠だった。

 

 全車輌が、しかも一箇所に集合…させられた様なものだ。

 フラッグ車を囮に私達を足止め。

 皆の視線は、フラッグ車しか見ていない…。

 

「周り全部、敵だよぉ!?」

 

 気がついた時には、すでに取り囲まれていた。

 後はいい的になるしかない。

 

 唯一全車輌が、入れそうな大きな建物…元々は、教会か何かなのかな?

 今思えば、ここに誘導されてしまったのかと勘ぐってしまう。

 でも、ここに逃げ込むしか無かった。

 それでも、いつまでもつか…。

 

「あれ? 砲撃が止んだ…」

 

 何で…?

 

「みほさん、あれプラウダ高校の生徒さんじゃ」

 

 本当だ。

 華さんが言ったように、プラウダの生徒二人が、白旗を持って歩いてくる。

 

 戦車のハッチから体を出すと、ほかの戦車からも皆、顔を出す。

 ……何か、前に隆史君が言っていた様な気がする…。

 

 前にアパートで聞いた。

 昔の事。青森での事…。

 そこで話してくれた、プラウダ高校の隊長…カチューシャさんの話で。

 

「カチューシャ隊長の伝令を持って参りました」

 

「『降伏しなさい。全員、土下座すれば許してやる』…だ、そうです」

 

「なんだとぉ!?」

 

 河嶋先輩が、敵意を剥き出しで飛びかかりそう…。

 白旗上げてる相手に、何かしたら反則ですよ。

 

「隊長は心が広いので、『3時間は待ってやる』…と、仰っています。では」

 

 …休戦。

 休戦の申し込み。

 

 一礼をして、去っていくプラウダの生徒。

 

 その後ろ姿をも見て、思い出した。

 

 ただ普通に勝つのでは無く、相手に言わせたのだろうか? 負けましたと。

 だからすぐにでも、勝てそうな私達相手に、敢えて休戦を申し込んできたのかな。

 

「…ふ~ん。カチューシャ…挨拶の時の態度を見てて思ったんだけど…普通に言いそうだけどねぇ…」

 

「会長? 何がです?」

 

「……隆史ちゃん寄越せって」

 

「あー…言いそうですね」

 

 会長と小山先輩の会話が聞こえる。

 私もそう思うけど…さすがにそこまで公私混同しないとも思うけど…。

 

「誰が土下座なんか!」

 

「全員自分より、身長低くしたいんだな」

 

「会長が、肩車で張り合ったからでしょうか?」

 

 華さん、それはさすがに違うと思う…。

 

「徹底交戦だ!」

 

「戦い抜きましょう!」

 

「……」

 

 …負けない。私も負けたくない。

 特に、このプラウダ高校には負けたくない。

 去年の事も…隆史君の事も……。

 先程のプラウダの副隊長さんを見て、更にその思いが強まっていたけど…。

 

「でも…こんなに囲まれていては…」

 

 負けたくなかったけど…。

 

「一斉に攻撃されたら怪我人がでるかも……」

 

 隊長の私が、決める。

 負けを認める。降伏をする。

 

 …それは、皆の気持ちを裏切る行為かもしれない。

 このまま負けたく無い気持ちを蔑ろにする行為だ…。

 …でも、私達には来年がある。次がある。

 

 今ここで無理をして、それこそ取り返しのつかない怪我なんてしたら。

 させてしまったら…。

 

「みほさんの指示に従います」

 

 あ…華さん。

 

「私も! 土下座くらいしたっていいよ!! やり方も、隆史君の見てたから分かるし!」

 

 えっと…沙織さん?

 

「私もです!…隆史殿の間近で見ましたし」

 

 優花里さん!?

 

「準決勝まで来ただけでも上出来だ。無理はするな…どうせなら、見本の書記も呼んでやれ」

 

 麻子さんまで!?

 

「時に、隆史さんの土下座は怖いと感じる時もありますし…どうせなら、ソレを真似してみましょうか?」

 

「……怖い土下座ってなんだ?」

 

「私の時も、困りましたけど別段怖くは……」

 

「あ、そうかぁ。優花里も麻子も生徒会室でのアレ、見ていないもんね」

 

「……隆史さんの転校初日でしたね」

 

 また気を使わせてしまったのだろうか…。

 

 ……。

 

 

 ありがとう。

 

 

「駄目だ!!」

 

 河嶋先輩?

 外に身体の正面を向け…震えている。

 突然の叫びに、皆が彼女の背中を見ている。

 

「絶対に負ける訳にはいかん…徹底交戦だ!!」

 

「でも…」

 

「勝つんだ! 絶対に勝つんだ!! 勝たないとダメなんだ!!」

 

「どうしてそんなに…。初めて出場して、ここまで来ただけでも、すごいと思います」

 

 河嶋先輩が、下を向き必死に叫んでいる。

 なんでそこまで…。

 

「戦車道は戦争じゃありません。勝ち負けより、大事な事があるはずです!」

 

「勝つ以外の、何が大事なんだ!!」

 

「私…この学校に来て、皆と出会って…初めて戦車道の楽しみを知りました…」

「この学校も戦車道も、大好きになりました。だからこの気持ちを大事にしたまま、この大会を終わりたいんです!」

 

 河嶋先輩の靴の音が響く。

 泣きそうな…そんな顔で、私を信じられないものを見る顔で。絞り出す様な声で…。

 

「何を言っている……」

 

 …え?

 

「負けたら我が校は、無くなるんだぞ!! 尾形書記から何も聞いていないのか!?」

 

 

「え…」

 

 知らない…。

 隆史君は何も言ってない…。何も聞かされていない…。

 

「学校が…無くなる?」

 

「河嶋の言う通りだ」

 

 会長…。

 今までに無い様な真剣な顔で、はっきりと言い切った。

 

 

「この全国大会で優勝しなければ……我が校は、廃校になる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無謀だったかもしれないけどさぁ。後一年、泣いて学校生活送るより、希望を持ちたかったんだよ」

 

 その会長の笑顔は、どこか寂しそうでした。

 

 今までの廃校になる経緯。

 戦車道を始めた理由。

 脅迫紛いの事までして、みほさんを戦車道に引き入れた理由。

 それが、生徒会役員達から語られました。

 

「皆…黙っていてごめんなさい…」

 

 小山先輩は、申し訳なさそうに謝罪をしました。

 周りからは、ポツポツと残念そうな呟きが聞こえます。

 

「そんな理由があったなんて…」

 

 あ…。

 

「この学校が無くなったら私達、バラバラになるんでしょうか?」

 

「そんなのやだよぉ!!」

 

 そうです。今更転校…皆さんとお別れな……あ!

 

「そうか…それで。プラウダ高校の隊長が、私に「何も知らないの?」って……」

 

 隆史さんは、この学校が無くなってしまったら、御実家のある青森に戻られてしまうのでしょうか?

 それはまた、プラウダ高校の…。

 

「…うん。 まだ試合は終わってません」

 

 みほさん?

 先程の口調と変わり、明るい声で皆さんに聞かせるように。

 

「まだ負けたわけじゃありませんから」

 

「西住ちゃん?」

 

「がんばるしか無いです。だって、また来年もこの学校で戦車道をやりたいから!……みんなと」

 

 周りを見渡し、皆さんの目を見てハッキリといいました。

 ただ…呆然と皆さんは黙っていました…。

 フフッ。口が皆さん、半開きですよ?

 

「私も! 西住殿と同じ気持ちです!!」

 

「そうだよ! トコトンやろうよ!! 諦めたら終わりじゃん! 戦車も…恋も!!」

 

 ……力強く発言しましたけど、沙織さん。

 この雰囲気で、胃が痛くなる発言は、やめて下さい沙織さん。

 お願いしますから沙織さん…。

 

「ま、まだ戦えます!」

 

「うん」

 

「降伏は、しません! 最後まで戦い抜きます!」

「ただし、皆が怪我をしない様、冷静に判断しながら!」

 

「あ! みぽりん」

 

「はい、なんですか?」

 

「この休戦中?って、隆史君に伝えていた方がいいのかな?」

 

「あ…そうですね。休戦中は、本部テントから出て良かったっけ。では沙織さんは、本部に無線で伝えて下さい」

 

「おっけ~」

 

 皆さん各自、みほさんの指示で修理を開始しました。

 戦う意思が出てきたのでしょうか?

 皆さんの元気が戻りましたね。

 

「あ、会長」

 

「何?」

 

「…隆史君は、廃校の件を…知ってたんですね」

 

「知ってたね。まぁ…会長の私が、口にしない事を勝手に言うのは、まずいって言っていたから…意地悪とかじゃないよ。多分、私にも気を使ってくれたんだと思うよ」

 

「…そうですか」

 

「……でも最初の口ぶりだと、転校前から知っていたっぽいけどね…」

 

「え……」

 

「ま。気にしないでいいと思うよ? なんか知らないけど、そういった事、変に律儀なのが隆史ちゃんだし」

 

「そうですか…」

 

 あれ?

 沙織さんが、戦車ハッチから顔出し、手招きしてますね。

 

「…みぽりん。ちょっと」

 

「え? あ、はい!」

 

「…本部の無線が、またスイッチ入りっぱなしになってるの。…音声ダダ漏れ」

 

「もう、隆史君は…」

 

 またですか…あの方は毎回どこか抜けてるというか…それで大体酷い目に合っている気がするのですけど…。

 思った事を口に出すとか…。

 

「……何人か、女の子の声が聞こえるの」

 

 

 「「「「「 …… 」」」」」

 

 

 胃が…。

 

 その言葉で、あんこうチームと…会長? あれ? 近藤さんも…ですか?

 

 

 

 

 

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『オペ子も。二人共そろそろ降りてください』

『……エー』

 

 

 無線から聞こえてきたのは……なんですか、この人数…。

 少し会話内容を聞いていて皆さんわかったのでしょうか?

 

 隆史さんに、現状を説明している…というか解説役の方が、多すぎませんか?

 

「みほさん…これ」

 

「はい、聖グロリアーナの二人…サンダースのケイさん…アンツィオの……ん? 知らない声が…一人」

 

「書記は、この大変な時に何をしている」

 

 …本当にそう思います。

 

 

『まぁ正直…あまりくっつくのは、やめて下さい。死んでしまいます…俺の胃が』

 

 

 「「「「「「「 …… 」」」」」」」

 

 くっつくって…本当に何をしているのですか!

 ご自分の胃より、私の胃を心配してください!!

 

『…「西住 みほ」さんと、お付き合いしだしたからですか?』

 

 今のは、オレンジペコさん…の声でしょうか?

 一瞬、みほさんの身体がピクッとしましたね。

 

『………何でフルネーム…そうですね。そうだよ…』

 

 …ちょっと今、舌打ちが聞こえましたよ?

 というか、何故グロリアーナが、その事を知っているのでしょう?

 プラウダの方もそうでしたね…。

 

『…みほが怖い…違う。まぁコレからは、浮気と取られそうな事を回避していこうかと…』

「…そうですか……でも嫌です!」

『』

 

 

「弱いな書記。すでに押し切られているな」

 

「……」

 

 みほさん! 先頭で無線を聞いていますので、表情が分かりません!

 

『そもそもですね…何故、隆史様は、「西住 みほ」さんを選ばれたんですか?』

 

 …。

 

 戦車内に、すごい緊張感が充満しました…。

 あの…よく見たら戦車の外から、覗いているのが数人いますけど…。

 

 

『それは、私も気になりますわね』

『普通、気になるわよね!!』

『私も気になるな』

『ダージリン!? ケイさん!? まほちゃんまで!?……チヨミンとペパロニは、なんで手を挙げてんの?』

 

 

「…お姉ちゃんまでいる……あ…これ結構、隆史君大変な状況じゃ…?」

 

 今までご縁があった、各学校の方が…なんですか? コレ。総動員してます?

 

「そうですねぇ…隆史殿の表情が、なんとなく想像出来てしまうくらいには大変ですよねぇ」

 

 ……私もなんとなく、分かってしまいましたけど…。

 

「あー西住ちゃん」

 

「なんです?」

 

「私も気になる♪」

 

「……」

 

 みほさん?

 

「実は…」

 

「ん?」

 

「私も気になります……何も聞いて無かったから…。ずっといなかったし…」

 

「あぁ~…フラフラしてたからねぇ」

 

 

『いや…あの、まほちゃん……テントに近づいちゃダメなんじゃないの……?』

『今は休戦中。だから入らなければ問題無い。だから大丈夫だ』

『そっすかぁ…えーと…何? これ言わないと……駄目だよなぁ…』

『そうですね。少なくとも私達には、聞く権利が有ると思いますわよ?』

『あー…オペ子……も、そうだよなぁ』

『そうですね。ここで言わずに逃げたら…多分、本気で恨みますよ?』

『……笑顔で言わないでくれ』

 

 

 …私もこういったお話は、嫌いではありませんけど…ちょっとなんというか、特殊すぎると言いますか…。

 車内の空気が重いです…。

 

『わかった。んじゃ…真面目に答えようかね』

 

 誰一人、発言しなくなりましたわ…。

 

 

『…まぁ……一言で言えば……』

 

 

 あ、ちゃんと答えるのですね。

 少し意外です。しかし…。

 この緊張感は、嫌です……胃が痛いです。

 発言する度に、空気の重量が増していく気がします…。

 

 

『 何と無く…かなぁ 』

 

 

【 ……………… 】

 

 

 はい。空気が凍りました。

 

 いえ、死にました。

 

 はい。隆史さん。貴方、最低です。

 

「ちょっ!! 西住ちゃん!?」

「あぁっ!! 西住殿!!」

 

 あぁ!! みほさんが、本気で泣き出しました!!

 無言で泣いちゃってますよ!?

 

「わ…私は……私なりに勇気振り絞ったんだけどなぁ……隆史君はぁぁ……」

 

 ボロボロ涙、流してますけど…。

 

 

「何それぇ!!」

「先輩、最低!!!」

「うわぁ…尾形殿……」

 

 

 車外からも、ブーイングの嵐が聞こえてきますね。

 というか、全員集まってますよ…。まぁ…皆さん気になるのでしょうかね…。

 何にせよ…無線の向こうからも非難が、すごいですね…。

 といいますか、いつの間にかこの避難場所が、恋話会場になってますね…。

 

「……こちらと、書記のいる場所の雰囲気の落差が酷いな…。というか書記。死ね」

 

 麻子さんにも言われましたね。と、いうか怒ってますね。

 

 …私は…正直に言葉通り、受け取っていいか迷ってます。

 言い方は最低ですけど。

 だって、隆史さんですよ?

 

 

『……隆史さん、それは……さすがに無いです』

『…ちょっと酷いですわよ?』

『…隆史。……私でも怒るぞ…』

『…う~ん』

 

『そうか? 結構、大事な事だと思うぞ?』

『え?』

 

 ……やはり、相変わらず言葉が足りないだけでしょう…。

 

『いやな、結構……それこそ、吐くまで悩んだんだよ…誰とそういった関係なりたいか~っての』

『…そもそも、何で俺なんかを…って考えが、初めに来ちゃうから誰が対象か分からなかったんだ』

 

『え…隆史さん……お馬鹿さんですか? あそこまで分かりやすかったのに? え?』

『ダー…さん、ちょっと黙ってて…普通にヘコむから。ただ、確信が取れなかったの!』

 

『まぁ、結局全員考えてみて、確信が取れたのが…みほが、俺のアパートにと…』

『…と?』

 

『…取り敢えずいつもの様に、飯食いに来た時な……』

『『『  !?  』』』

『ん?』

 

『どういう事だ隆史!! 飯って……え!?』

『いや…同じアパートだし…朝昼晩…大体、俺が飯作って食ってたけど…?』

 

『……みほさん。それ半同棲状態ではないですか…』

『…チッ』

『…どういう事だ!! 私は聞いてな…お母様!!』

 

『あれ…知らなかったの? 住んでるアパートの1階俺、みほ上の階…』

『というか、隆史は料理ができたのか…』

『あら、知りませんでしたの? 結構な腕前でしてよ?』

『スイーツとかも作れますよね♪』

『……取り敢えず、お前達の勝ち誇った顔が、腹立たしい……』

 

『まぁ…後で……あぁ。あれ食わせてやるか……』

『本当か!? 何かあるのか!?』

『……まほちゃんが、見たことない顔してる…』

 

 

 話が脱線し始めましたけど…。

 早く戻してください。みほさんが可愛そうですよ…。

 

 

『なんだろうな? 二人きりで部屋に居ても、緊張しないんだよ』

『みほさんと…ですか?』

『そうそう。そりゃ勿論、異性としては意識してるよ? 俺だって男だし……って、何言ってんだ俺…』

『あぁ! この際、そういった事はもういいです! で!?』

『でって…。まぁ……緊張しないなんて言ったら、みほには悪いけどね』

 

 みほさんが、固まってますね。

 はい。色々複雑なのでしょうか?

 

『……まぁそれが、決めてかなぁ…』

『え…? ちょっと良く分からない…のですけど?』

 

『自然体で居れる異性って、何と言うか…そんなにいないんだ。…………本当に何言ってんの俺。普通に恥ずかしい…』

『……』

『一緒にいて安心できるってのかなぁ? 平穏無事が一番だし……最近怖いけど…』

 

『……』

 

『あの…』

『ちゃんと理由が、あるじゃないですか』

『そ…そう?』

 

『……それに、誰と付き合ったとしても、これからどうなるか何て分からないだろ?』

『どういう事ですか?』

 

『…まだ高校生なんて、世界が狭いんだよ。高校卒業したら…就職なり進学なりするだろ?』

『……』

『…そうだな』

『みほとだってそうだよ。あいつが進学なり就職なり…社会に出て、視野が広まったら…アッサリ俺なんて、振られるかもしれないし』

『…それは、隆史にも言えるのではないのか?』

 

『そりゃそうだけど、幸か不幸か……嫌ってほど社会見てきたからなぁ…今更なぁ』

『……17歳の高校生が、何を言っている』

 

『まぁ…青森でもそうだし……遭難したり……樹海に放り込まれたり………詳しくは、内緒♪』

『……ん?』

『ま。みほも、こんな俺を選んでくれたんだ。……最後まで、付き合う気で決めたよ。まぁ後は、それまで振られないように頑張るさ』

 

『なっ!? 最後だと!?』

『……隆史様』

『』

 

 …最後までって……それって結局…。

 あ…みほさんが、小刻みに震え始めました。

 耳が真っ赤になってます!

 

 周りの皆さんも、真っ赤です!!

 会長は、目が死んでます!!

 近藤さんも目が死んでます!!

 沙織さん……その寂しい笑顔はやめて…やめて下さいぃぃ…胃……いぃ……。

 

 ……ここにいれば、取り敢えず暫くは、暖を取れるのではないでしょうか?

 すっごい暑いです……。

 隆史さん…気がついて無いかもしれませんけど……貴方今、凄い事おっしゃいましたよ!?

 

『隆史君!!!』

『わぁ!! なんですか!! 急に復活しないで下さいよ!!』

『…お母様』

 

『聞きました! 聞きましたよ!! 本気ですか!? 本気ですね!!!』

『怖いっすよ! しほさん!!』

 

『最後まで!! 最後までですね!? それはゴールですね!!』

『…このテンションのしほさん、初めて見る…』

『お母様。ジチョウシロ』

 

『まぁどこがゴールか…分かんないですけど…、実際、男女何て付き合ってからが大変ですし…』

『そんなセリフが出れば、大丈夫でしょう!?』

『……それに俺の場合、誰と付き合おうが、最後まで付き合うつもりでないと、相手に失礼でしょ?』

 

『よぉぉぉしぃ!!! 千代キチ!! 千代きちぃ!! 見たか島田流!!!』

『くっ……!! おのれ西住流!! おのれぇぇぇ!!』

 

『千代さん口調! 口調!! 二人共、何言ってんですか!?』

 

 ……どうしましょう?

 どうしましょうこの空気!!

 隆史さん…貴方ご自身への想い人を、根こそぎ薙ぎ払った様な気がしますよ!?

 

 

 

 ― しかし、たった一言で、空気が一変する。

 

『お兄ちゃんは、お馬鹿。余計なことを言った』

 

 

 

 え? 誰!? 誰ですか!? お兄ちゃん!? 妹さんでもいたのですか!?

 みほさん!! 浮かれて聞いていないのですか!? あぁダメです!! 完全に目の奥が、ハートです!!

 はわぁぁとか、なんとか言ってますし!!

 

『お兄ちゃんは『誰と付き合おうが、最後まで付き合うつもりでないと、相手に失礼』と言った』

『……ハイ、発言させて頂きました……コワイヨ? ドシタノ!?』

『お兄ちゃんと付き合うとは、「そういう事」…という事を「言って」しまった』

『え…』

『周りを良く見て』

『』

 

 あぁ!! もう!! 隆史さんと一回、本気で話さなくては!!

 

『な…なんで!? なんで、皆さんそんな…獲物を狙う目で、俺を見るのでしょうか!? 近い!! まほちゃん近い!!』

『……今日は収穫がとても多かった』

『何が!?』

『多分、これから全員。「西住 みほ」さんのポジションを本気で狙いに行く』

 

 …あ!! そういう事ですか!! 

 

『勿論私も…覚悟して』

『なんの!!??』

 

 ……どうしましょう。

 会長も近藤さんも……沙織さんも……完全に復活してますね。

 

『だから、貴女も覚悟して。「西住 みほ」…さん』

 

 ブツッ

 

 む…無線が切れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なぁ尾形」

 

「……なんだよ」

 

「なにこれ」

 

「今、画面上で皆が食ってるのと同じもの」

 

「……なんで俺の分あんの?」

 

 というか、カチューシャの性格上、この様に休戦とかして、こちらのプライドへし折りに来ると思っていた。

 そういう失礼な事は、やめろって言ったんだけどなぁ。

 

 一応長期戦を見越して、簡単な……それでも身体が温まるものを作って、試合前に優花里に渡しておいた。

 まぁ各戦車に積み込んだの俺だけどね。雑用は、俺の仕事。…水が一番重かった…。

 

 こういう事に慣れている、優花里に任せるのが一番だった。

 道具とレシピを渡しておいたら、意図を分かってくれた

 半調理したものを、野営用の調理器具で、料理として完成させたものを皆に振舞っていた。

 

「そもそもコレ何?」

 

「ハンバーグ・カレーリゾット」

 

 スパイス系で身体を暖め、食いごたえもあるものを乗せて…腹持ちもいい。

 最適だった。

 

「ハンバーグは、平べったいパティ状にした物。リゾットのご飯は…まぁコンビニの物と炊いた物と混ぜてあるけどな。ちょっと辛いか?」

 

「……いや普通にうまいけど…」

 

「少し、スープリゾット系だけどな。辛味強めで、味は薄めにしてあんの。ハンバーグ割ってみ」

 

「……さらにカレーが出てきた」

 

「キーマカレーの冷ました奴を、真ん中にいれてあんの。味付け濃いから、スープリゾットと合わさると丁度いい様にしてある。ハンバーグ焼く時余熱で溶けて、丁度良くなるって寸法よ!」

 

「…」

 

「ハンバーグの肉の中に、砕いた軟骨を混ぜたから、歯ごたえも…どうした?」

 

「いや…だから、なんで俺の分……良くこんな手の込んだもの…」

 

「お前…戦車道の試合、見に行きまくったせいで、ろくに飯食ってなかったろ? どうせ今回もここに来ると思ってな。飯はしっかり食え」

 

「…お母さん!!」

 

「……やめろ。拝むな。キラキラした目で見るな! お母さんと呼ぶな!!」

 

 

 現在、アンツィオの移動式屋台を借りて、クーラーボックスに入れておいた、予備の材料で皆さんに飯を振舞っています。

 はい。画面上で食事を開始した大洗学園。

 何故か、一定の距離を取って牽制しあっていた、各学校の隊長達の空気を変える為に、こんな事してますね。はい。

 

 …なんか俺悪いことしたのかなぁ…今回は、俺何もしてないと思うのだけど…。

 

「!!」

 

「…チッ!」

 

 まほちゃんが、キラキラした顔で食しておりますね。

 作り手としては嬉しい限りです。

 エリリンが、一口食べる毎に舌打ちをする……なんで?

 

「あー…エリリン。口に合わないか?」

 

「……おいしいわよ。後、エリリン言うな…」

 

 何故くやしがる…。

 そしてちょっと元気ない。

 

「愛里寿は……あ~…ちょっと待ってろ。ペパロニ、材料少し貰うぞー」

 

 やはり少し、辛いか。食べ辛そうにしている愛里寿。

 備え付けの冷蔵庫から、皿と卵を取り出す。

 残ったパティを再度焼き上げ、火の着いた、別のフライパンに卵を落とす。

 レタス…でいいや。

 簡単に盛り付けをして、その一皿を愛里寿の前に出してやる。

 

「ほれ」

 

「目玉焼きはんばーぐ!」

 

 おーおー。目を輝かせてまぁ…。

 作り甲斐があるなぁ…。

 

 …何故か、エリリンと目が合った。

 

「あ…でもこっちの…」

 

「俺が食べるからいい…『いただきます!!』」

 

「……」

 

 そういった直後に、愛里寿の食べかけを掻き込む…というか何してんの。

 

「何をしに来た、亜美姉ちゃん」

 

「わふぁひとしたふぉとか、ふぉんなふぉもしろそうなふぉと、みのふぁひひゃうなんふぇ!!」

 

「……取らねぇから、食ってから喋ってくれ」

 

「…私とした事が、こんな面白そうな事、見逃しちゃうなんて!!」

 

「……」

 

 食うのは早えーな。

 

「……愛里寿。先程、千代さん達に言った事。もう一度この人に言ってやってくれ」

 

 …。

 

 駄目だ。ハンバーグに夢中だ。

 モコモコ食べてる…。

 可愛いからよし!!

 んじゃまぁ…

 

「仕事しろよ!!」

 

「してるわよ!! ……あれを取り締まってたのよ」

 

 亜美姉ちゃんが、顎で顎で俺の後方を指す。

 …品がありませんわよ?

 

 指された先を見ると……。

 

「おやっさん……」

 

「タカ坊!! 助けてくれ!!」

 

 見知った顔が、樽酒を大量に積載したトラックの前で、運営スタッフに怒られてた。

 何やった…。飲酒運転とか洒落にならんぞ。

 しかも樽酒、包装されてねぇ…。

 小さめの人の頭サイズの樽酒が、大量に積まれ紐で固定されていた。

 

 一瞬見捨てて、女将さんにチクってやろうかとも思ったが…まぁしょうがない。

 

 

 

「すいません…このオヤジ、何しやがったんですか?」

 

一緒にいるスタッフに声をかける。

 

「知り合いの方ですか?」

 

「…はぁ……まぁ。昔の知り合いですけど…何やったんすか? 飲酒運転でもしました?」

 

「違う!! 洒落にならんだろ!!」

 

「……それは違いましたが。ただ高校生の大会に、こんなにお酒を持ち込むなと注意していただけですよ」

 

「…正論ですね!! しょっ引いちゃってください!」

 

「タカ坊ぉ!!」

 

 泣きそうな顔してるなぁ…変な所、弱気になるおっさんだな…。

 

「まったく…こんな包装もしてない樽酒を、こんな積み上げてたらそりゃ怒られるだろ!!」

 

「だってよぉ…試合に勝ったら宴会だろ!? 負けたら残念会するだろ!? 包装されていない方が安いんだよ!!」

 

「アンツィオみたいな事を言うなよ!!」

 

「…隆史君? どうかしましたか?」

 

 俺とおやっさんが、言い合っていたように見えたのだろうか? 

 まぁこのオヤジ、ガラ悪いからなぁ…。心配したのかしほさんが、声をかけてきてくれた。

 

 

「タカ坊! 誰だ!? 学校の先生か!?」

 

「…違いますよ。みほの『すげぇ美人だな!!』」

 

「でしょ!!」

 

 

 あ…。

 

 一斉に睨まれた。

 

 

 

 ……一応事情は説明しておくけど…この人固いからなぁ…。

 

「…ま…まぁ確かに、褒められた事ではありませんね」

 

 しほさんが満更でもない顔をしている…。

 今日は、いろんなしほさん見れるなぁ。

 

「…固定していた紐も緩んでいますよ?」

 

「なに? さっき確認したばか…タカ坊!!」

 

 ボケーと緩んだ紐を、指で軽く触っていた、しほさんを眺めていたら。

 

 視界が、いきなりブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オニイ…違う。

 

 あの男…尾形の知り合いだと思われる、ガラの悪い大人と家元が喋っている時。

 幾つにも積まれた、樽酒の一つが、転げ落ちてきた。

 

 ただ妙だった。

 

 初め見た時、確かに固定された紐は、ピンっと直線を保っていた。

 

 しかしいつの間にか、解けたようにダラーンと垂れ下がっている。

 その為だろうか? 樽酒が落ちたのは。

 まぁ…そんなに高く積み上げているわけでもないし…落ちたと言ってもただ逆さまになって、尾形の頭にハマっただけだ。

 

 ……。

 

 うわぁ…

 

 小さめだった為か、重心もずれたのもある。

 周りは雪が積もっている。

 

 ようは、ハマったショックで、足を滑らせて転んでしまった。

 綺麗にハマってしまったようで、中身の酒は勢いよく出てこない。

 

 樽の中はまだ酒で満たされているのだろう。息ができないようで、バタバタと足を動かしている。

 

 この男は…。

 

 正直この無神経男は、少し痛い目を見た方が良いと、先程までいたギャラリーも思っていた事だろう…。

 ただし、この状態は……ウワァ…としか思えなかった。

 

 うわぁ…。

 

「まったく…何をやってるの」

 

 そのまま寝かせていたら、あんな間抜けな格好で死ぬんじゃないか?

 仕方ないけど、起こしてやろうと近づこうとした時、隊長が珍しく焦った声を発した。

 

「駄目だエリカ!! 近づくな!!」

 

 え…え!?

 

 おかしい…。

 サンダース以外の各学校の隊長達の表情が、緊張感に溢れている…なに? 一体!?

 

「…まほさん。どう思います?」

 

「……あれは…飲んでしまっただろうな…」

 

「で…ですわね……」

 

 先程までの険悪な雰囲気が消えてしまっていた。

 なぜだ…連携を取ろうとしてない?

 

「いや……まだ、あそこにお母様がいる…なんとかなるかもしれん…自信は無いが……」

 

「…」

 

 なに? なに!? アンツィオの連中まで青い顔になってる!?

 

 視線を尾形に戻した時……外された樽酒から…何も出てこなかった。

 普通なら中に入っていた酒が、バシャバシャ落ちてくるものでは、無いのか?

 

 樽酒が外され、出てきたびしょ濡れになった、頭と顔が見える。

 …ただ動かない。

 

「いいか? エリカ」

 

「…なんですか?」

 

「いつでも逃げる、準備をしておけ」

 

「は?」

 

 意味がわからない。

 何から逃げるというのだろう。

 

 ボーとしている尾形に家元が声をかけている。

 ……というか、あの男。そのまま家元の胸見てないか?

 確かに体勢的には、胸が真正面に来てはいるが……。

 

 …男という奴は……。

 

 

「隆史君、大丈夫ですか?」

「……え? あ、はい」

 

 

「……まほさん」

 

「なんだ? ダージリン」

 

「あれ…隆史さん……大丈夫なんでしょうか?」

 

「今のは事故だ。この件で、大会運営本部から責められる事は、無いだろう。目撃者もいるしな」

 

「ち…違いますよぉ!」

 

 オレンジペコ…だったかしら? 

 何かを訴える様に言った…というか叫んだ。

 

「隆史さん酔っても、大体見た目、気持ち悪いくらい普通じゃないですか!? 今回ちょっと違いますよ!?」

 

「……そうか、お前達は知らないのか…いいか。隆史はな…」

 

「あ!!」

 

 隊長が何か言いかけた時、家元が動いた!

 

 

「ほら。立てますか? 掴まりなさい」

 

 そう言って、尾形に中腰になって手を差し伸べた。

 差し伸べたのだけど…どうにも尾形との距離が近い…。

 

 

「つか…つかま る? い いんです   か?」

「何を言ってるのですか? 地面も濡れているでしょうし…早く掴まりなさい。」

 

「エー…ハ イ    デハ」

 

 

 「「「「「  」」」」」

 

 

 そう言って、伸ばした腕…というかその手。それは差し出された手を通り過ぎ…。

 

 

 …家元の胸を鷲掴みにした。

 

 




はい、閲覧ありがとうございました

はい。隆史の恋愛観は軽いのか…重いのか…。
まぁ何はともあれ

はい。避難勧告発令。


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