転生者は平穏を望む   作:白山葵

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はい。
どうにでもな~れ☆彡の精神で今回はエリリンがお送りします


第39話~プラウダ戦です…そうだよね? 隆史君遊んでないよね?~

「…隊長」

 

「なんだエリカ」

 

「……今ほどあいつを、ぶん殴りたいと思った事ありません」

 

家元が、固まっている…。

尾形に思いっきり胸を鷲掴みにされ、固まっている…。

ただ、顔が真顔だ。

 

…二人揃って。

 

柄の悪いトラックの運転手は、蝶野さんに連行されていった。

蝶野さんは、尾形達にはノータッチだっけど、何というかすっごいヤベーって顔してたなぁ……。

ほぼこの場から、強制的にギャラリーは解散させられて、関係者以外しかここにはいない。

 

「エリカ」

 

隊長が、私の肩に手を置きながら、改めて忠告された。

 

「…気持ちは分かるが、今の隆史に近づくなよ。あぁ気持ちは、本当に良くわかる」

 

「あいつが酔っているからですか?」

 

「…少し違うな」

 

隊長が自嘲気味に笑う。

それでも動かない二人から、目を離さない。

空気が張り詰めている…。

 

「そう言えば、まほさん。先程何か言いかけましたわね。隆史さんがどうの…」

 

「…あぁ。その事が関係している」

 

「……何を悠長に会話を続けようと…家元はいいんですか!? 普通に事案発生ですよ!?」

 

隊長達二人は、至って真剣な目をして答える。

 

「今の隆史に近づきたくないはないな」

 

「巻き添えは、ゴメンでしてよ」

 

…なんなのだ。

立ち上がっていた二人は、椅子に腰を下ろした。

動く気は更々無いという事だろうか?

 

「―で?」

 

「ダージリン。まずお前達の前では、あいつは何をどのくらい飲んだ?」

 

「…私達の時は、ブランデー。「ちょっと濃い」ティーロワイヤルでしたわ。…量はビン1本くらいでしょうか?」

 

「……なるほどな。では、隆史はただ、実直に周りの言う事を聞いていただけ…。ただソレが酷かったというくらいか?」

 

「そうですわね。……本当に酷かったですけど」

 

「まぁ…何となく想像はつく。安斎、お前達は?」

 

本当に何が起こっているの?

お酒の種類がどうの…なんなのだろうか。

 

そんな隊長の問に、カタカタ震えながら…マントの両端を掴み答える。

いくらなんでも、人をここまで怯えさせるなんて…。

 

「……赤ワイン。ペパロニが調子に乗って5,6本ほど飲ませた…」

 

「なっ!?」

 

隊長が驚いている!?

滅多に動じない…あの隊長が……。

……違った。

先程、私がそこのお子様に指を指された時にも、同じような顔をしていたな。

 

「…………よく無事だったな」

 

「無事じゃない!! 無事なわけないだろぉ!?」

 

思い出しているのか、顔を赤くして叫んだ。

金髪の…アンツィオの副隊長も同じような顔をしているな。

 

「…そうだな。すまなかった。余計な事を聞いたな」

 

「うぅ…、お父さんにしか見られた事なかったのにぃ……」

 

…何をした尾形。

 

「…で? 量を大量に飲んだから…どうしたというのです?」

 

からかう様に喋る、聖グロの隊長。

しかし、その目は真剣そのものだ。

 

「…私が知りうる限り隆史が、一定の許容量を超えた飲み方をするとな…」

 

「な…なんですの?」

 

「…酔っていても、ある程度の自制が効いていたであろうモノが…その……」

 

隊長が言い淀んでいる…。

言っていいものか考えているのだろうか?

でも、今更…。

 

「……何を躊躇しているか分かりませんが…早く仰って頂けますか?」

 

 

「ちょと!! ちょっと待って!! ストップ、ストーップ!!」

 

 

暫く黙っていた、サンダースの隊長が割って入ってきた。

なによ…。

 

「ケイさんなんですか? 今ちょっと真面目な話をしているのですけど?」

 

「どこが!? ただタカシが、お酒飲んじゃって酔っ払って、挙句、西住流の家元にセクハラしてるってだけよね!?」

 

「そうだな。何を言っている」

 

「見て分かりませんの?」

 

至極当然、何言ってんだ? こいつ。みたいな目で見ている。

 

「いやいや! なんで私が、おかしいみたいに言ってるのよ! 止めましょうよ!! まず! アレを!!」

 

……正直、私も空気に呑まれてしまっていた。

サンダースの隊長が言う事が正しい…。

まだ硬直している尾形達を指差して喚いている。

 

「そもそも、その会話と雰囲気はなによ! タカシが化物になっちゃったみたいに!! 私はパニック映画見に来たわけじゃないのよ!!」

 

私も変に真剣な空気に呑まれてしまったから、何も言えない…。

すいません隊長。

 

「…ハッ、化物か…言いえて妙だが、しっくりくるな」

 

「上手い事をおっしゃいますわね」

 

「上手くない!! おかしいの私!?」

 

いえ。大丈夫です。

貴女が正しいです…。おかしいのは隊長達です…。

ここまで指摘されているのに、崩れない空気というのも凄いけど。

 

「所でまほさん。お話の続きを仰って。隆史さんが一定量のアルコールを摂取するとどうなるんですの?」

 

「聞いて! 私の話を!! 先にタカシを離さな『セクハラ行為に、一切の躊躇もしなくなる』」

 

 

……

…………

 

「は?」

 

「つまりは普段、押さえ込んでいるであろう性欲というもの…だろうか? それが全面にでてくる。いいか? 前面じゃない、全体だ」

 

「あの…まほさん。性欲って…まぁ随分と生々しくおっしゃるのね…」

 

「しかも恐ろしい事にな、日本酒はどうにもあいつの体質的に合わないみたいでな。酷く悪酔いをする。普段の倍は酷いぞ」

 

「……今回、樽酒丸々飲んでしまったみたいですわよ?」

 

「ハッ、そうだな。量が量だからな。多分明日まで、あの調子になっているぞ?」

 

「」

 

その一言で、青ざめていただけの聖グロの隊長まで、震えだした…。

 

「ケイ。隆史を止めたいと言ったな。なら止めに逝けばいい。私は過去に懲りているからな。今の隆史に近づきたくない」

 

「私も遠慮しますわ。私も逝きたくありません」

 

……隊長。多分字が違ってます。

そもそもヤケ気味に、サンダースの隊長を挑発するなんて、本当に隊長らしくない…。

 

「いいわよ! 貴女達がそうやって自分が可愛いって言うなら、私が行くわよ!! ……なによ! タカシになら、少しくらいセクハラされても別にいいじゃない」

 

隊長達に啖呵切り、最後ブツブツ言いながら、尾形の元に歩いて行ってしまった。

…私も行ってみようか。

 

「少しで済みますかねぇ…」

 

…今まで黙ていた、聖グロの副隊長がボソっと呟いた。

この子も、青ざめた隊長達と同じ顔をしていた…。

 

「ちなみにな。中学生の頃、地元の夏祭りでな、「間違えたフリ」をさせて、隆史に日本酒を飲ませた事がある」

 

「まほさん…貴女なにやってるんですか」

 

「散々アプローチしても、余りにも反応が無かったのでな。私も焦っていたのだろう。卒業してしまったら、暫くは会えないと思ったからな……結局、隆史は転校してしまって、それどころではなかったが…」

 

「……で、何されましたの」

 

 

されるの前提!?

 

 

「……詳しくは言えないが、まぁ……初めてだったな……貞操の危機を感じたのは…」

 

 

「「「「 」」」」

 

 

「雑誌に書いてある事を、鵜呑みにするものでは無いな…………少し隆史が怖った」

 

「何されましたの!!?? というか、貴女本当に何してるんですか!!」

 

「しかもその場面を、みほに見られてなぁ…」

 

「「「「 」」」」

 

「みほが本気で怒ると、お母様より怖いと知ったよ。…まぁその場で、酒のせいだと誤解は解けたが、…隆史に禁酒令が出た」

 

何を…何をやってるのよ、あの男……。というか隊長も!

 

「あの……尾形は後で殺るとして、どうしたんです隊長。ちょっと自嘲気味というか…ヤケというか…」

 

「は…はは…エリカ。ヤケにもなるさ…。いいか? 暫く会えなかった想い人の口から、いきなり妹と付き合っていると言われ…」

「……まほさん、今ハッキリ想い人と言いましたわね…まぁ今更、隠す事でもありませんけど…」

 

ま、まずい…隊長の目に光が無い…。

 

「妹に寝取られたと思った矢先、隆史を狙っている同じような女共がワラワラ現れ、いきなり眼前であの光景だ…」

「寝取られって……意味わかっていらっしゃるのかしら……しかも女共って……」

 

……多分隊長、意味知らないで言ってるなぁ……目が怖いなぁ……

聖グロの隊長が、突っ込みしか入れてないなぁ…。

 

「で、最後に極めつけが、アレだよエリカ。好いた男の初恋が、私の実の母だぞ? しかも更には、下の名前で呼び合っているんだぞ? そして今、目の前で、その母の胸を、鷲掴みにしてるんだぞ?」

 

「た…隊長?」

 

「ハハ…どうだ? 面白いだろう?」

 

面白く無いです…笑えないです…。

 

そこまで言って、急に隊長の目がまた真剣な目に戻った。

自分に言い聞かせるように、はっきりと…。

 

「…しかし、そうだな。……逆に今、隆史とお母様を二人にさせる方が、危険かもしれないな……」

 

「危険って…家元相手にですか?」

 

「ハッキリ言うと…今の状態の隆史なら、お母様すら口説きかねん……」

 

「!?」

 

まさか…いくらなんでも、一回りも年上の女性に…。

あの…隊長? 本気で笑えないのですけど…

 

「そうだな。仕方ない、私も行くか…。それに比べれば遥かにマシだろう…」

 

そう言って、項垂れて座っていたパイプ椅子から腰を上げる。

 

「エリカ…お前はどうする?」

 

どうするって…まぁ隊長が行くと言うならば、着いて行くだけだ。

 

 

 

 

 

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軽く小走りで、家元達の場所に急いだ。

すでにサンダースの隊長は到着していたのだけど、余りの雰囲気で、二人に介入できないのであろう。

携帯で、どこかに連絡をしていたくらいだ。

 

私と隊長が、まず目に入ったのが、空になって転がている樽酒…。

 

「「……」」

 

9L程の内容量…それをほぼ飲み干したということか…。

隊長が顔を青くして、それをただ呆然と眺めていた。

 

私達が来た事で、家元の目が軽くこちらを向いた。

まぁ…いつまでも掴ませておく事も無いでしょうよ…。

 

近づいてみて分かったのだけど…尾形……なんで真顔なのよ…。

 

……目が怖い。

 

正直、感情が読めない目というものが、ここまで怖いと思ったのは初めてだった。

 

そしてやっとこの硬直状態が解ける。

家元が喋りだした…。

 

「隆史君…貴方一体、何をしているのですか?」

 

「しほさんの胸を掴んでいます」

 

……ハッキリ言いったわね、この男。

 

「……どういうつもりでしょうか?」

「え? 掴んで良いとお仰りましたので」

「手を差し出しているのだから、普通手を掴むでしょうよ…」

「しほさんの胸に目が行っていたので、気がつきませんでした」

 

「「「「「 …… 」」」」」

 

こいつ…。

 

「しほさんが前屈みになると、男に取ってそれは、視界の暴力です。見るなと言う方が拷問です」

「……確かに、普段も目線を感じる時はありますけど」

 

しかも会話の最中も、しっかりと手は胸を掴んでいる…。

家元もなんで納得してるの!? なに満更でもない顔してるの!?

 

「エリカ…ケイ、これはいかん…まずいぞ」

 

「隊長?」

 

「まほ?」

 

「アレだけ飲んで、流暢な口調になってる…第二段階だ……」

 

「本格的にタカシ、化物扱いしてるわね…」

 

「……今にわかる」

 

第二段階って…。

ただ尾形の喋り方は、内容はふざけているが、なんというのか…抑揚が無い。

機械が喋てっていると思える程に。

 

「…いい加減、離して下さい」

「はい」

 

…そこに来てようやく胸から、手を離した。

 

「タカシ、えらい素直に従ったわね…酔ってるならもっとゴネると思ってたのに」

 

「酔ってる隆史は、基本なんでも言う事聞くぞ? …それを面白がって、大体皆、調子に乗って酷い目にあうのだけどな」

 

「……」

 

なんでも…。

 

「エリカ?」

 

「ひゃい!? なんでもないです!!」

 

「?」

 

胸から手を離した尾形は、その場から自力で立ち上がった。

ふらつく事もなく、至極普通に。

…こいつ本当に酔っているのか? ただ酔ったフリして家元の胸を触りたかっただけじゃないのか?

 

「…………隆史君」

 

「んぁ? 千代さん?」

 

…いつの間に。

目を離した隙に、いつの間にか尾形と家元の間に立っていた。

…すごいオーラを出しながら。

 

「貴方、凄い事しましたね…。他の男なら、しほさんにあんな事すれば、首と胴が、すでにお別れしてもおかしくありませんのに」

「そうですか? しほさん基本的に優しい人ですよ?」ユビヘシオルクライジャ?

「……ぐっ」

「フフ…」

 

あ。普通にフォロー入れた。

島田流家元が、くやしそう…。

 

駄目だあいつ。やっぱり酔ってるな。

普段なら、大概怯えるだろう。怯える所か、褒めながらフォロー入れている辺り、おかしい。

というか、島田流家元のプレッシャーを普通に往なしてる。

 

どこの達人だ。

家元が、尾形のフォローに微笑んでるし…なんか勝ち誇ってるし……。

 

……

 

……………イラッ

 

「まぁ…千代さんなら、戦車召喚なり何なりして、物理的にもお家断絶まで、追い込みそうですけど…私はしませんよ」ユビヘシオルクライデスネ

「……」

 

あ、矛先が変わった。

家元同士の言争いになりそうだ。

……まさか尾形、そこまで計算してないだろうな…。

 

「まぁ? どうにも私は、隆史君の初恋らしいですし? 少々「私の胸」を「触りたい」という、気持ちは分からなくともありません。特に怒ってはいませんよ?」

「……グ」

「それに「私」の「娘」と、お付き合いしていますので、そこは多少?倫理的に、如何なものかとは思いますけどねぇぇ? どう思いますか? 島田流(笑)家元さん?」

「…オノレ西住流…」

 

……。

 

何が?え? なに? なんで家元が、島田流家元を挑発してるの?

話が変わってないですか? というかキャラ変わってませんか!?

 

「お母様は島田流家元と話すと、どうにもムキになるな…。島田流家元より優位に立つと、あぁも変わるものか…」

 

「oh...」

 

止めに入った、私達3人は、結局その場から動けずに、ただのギャラリーと化している。

尾形…あいつこの二人の間にずっと、挟まれて生活して来たのか……。

なるほど…それは嫌でも鍛えられる。

 

「…ふっ。べ、別に胸を掴まれただけ…。ご息女とお付き合いしていても、年増のしほさんが、口説かれた訳も無し。そこまで勝ち誇られましてもねぇ」

「……遠吠えですか? 負け犬の。……それにお前とは同い年だと言っているだろうがぁ」

 

時空乱流が発生しそうな、睨み合いの真ん中で、それでも尾形は、ボケーっとしてる。

電源が切れたロボットみたいに動かない。

 

なんか、あの顔殴りたい…。

 

ただ、口説かれて~の節で、動き出した。

 

「あ、別に普通に口説けますよ? 俺。しほさん、普通にストライクゾーンですよ?」

 

「「「「「  」」」」」」

 

空気が凍った…。

 

あ…隊長の目から、光が無くなった…。

 

 

「……隆史君。もうフォローは結構ですよ? 年増(しほさん)相手に、無理しなくとも…いいのですよ?」

「オイ、千代。なにを不憫な子を見る目で見ている」

 

「んぁ? 結構本気で言ってますよ?」

 

 

「「!?」」

 

 

あ。隊長が、膝から崩れ落ちた。

 

 

「…ですから、島田流。 貴女とは同い年だと言っているでしょう?」

「違いますぅ。肌年齢は私の方が10歳ほど若いですぅ」

「何だその喋り方は!! 若作りしてる時点で同じだろうが!!」

「あー…実際、口説いていいなら試しにやってみますけど?」

「ほら! 隆史君も口説けると言っているでは無いですか!!」

「気を使って無理してるに決まってるじゃないですかぁ? そういう事は、口説かれてから仰って頂けますぅ??」 「わかりました」

「倫理観というものが、あるでしょうが!! 貴女も娘の前で、何言ってるんですか!!」  「確か、掴んでよかったっけ…」

「愛里寿は、今いませんよぉ? どこか行きましたぁ!!」

「まず、その腹立つ口調をやめろ!!」

 

 

……なにこの、カオス。

 

家元達同士のプレッシャーのぶつかり合いに、少し集まってきたギャラリーも無言で退散した。

周りには、雪なんてない。全て溶けて蒸発した……と思わせるくらいの熱気が篭ってきた…。

 

家元達も暑くなったのか、スーツの上着を脱ぎ、横のトラックの荷台へかけるのだけど、その際も目を睨み合い怒鳴り合う。

ワイシャツ姿の家元達は、こんな雪が降ってる中でも寒くないのだろうな。

汗までかいてるし…。

 

「……私はここまで、自分を見失う事は無いようにしないとな…」

 

……家元。

西住流家元後継者に、反面教師にされてますよ?

まだ家元達の言争いは続いている。

年齢の言い争いは止めるに止め辛い…というか、あそこに割って入りたくない。

 

「ひゃう!?」

 

何だ?

家元の変な声がした。

 

尾形が、家元の背中を人差し指で、下から上へ、なぞっていた。

何やってるのアイツ…。というかいつの間に。

 

「……アレだ。エリカ。ケイ」

 

「な…何がよ」

 

「何がですか?」

 

「普段、隆史なら絶対にやらない。酔った状態で全開放された、最悪の化物だ」

 

あ…ついに、隊長が化物って言っちゃった。

 

 

「……た、隆史君? いつの間に、しほさんの背後へ? 私でも難しいのに…」

「たかっ!? 隆史君!? なにをしてるんですか!!??」

「あ。あった」

 

パチンッ

 

「!?」

 

!!??

 

「なっ!? え!!??」

 

……アイツ、何やっての。怒りが沸くという次元では無い。

何と言うか…引いた。

 

家元の背中の真ん中付近を、片指で摘んだと思ったら、家元が前かがみになった。

うん…多分、女性なら誰でもわかる…。

片手で、普通にアレを外せる尾形が若干不気味だ。

慣れてなきゃ普通できないでしょうに…。

 

「隆史君!!??」

「えっと、掴んでよかったんですよね?」

「!?」

 

……。

 

うわぁ……。

 

「…どうだ? わかったか? アレは、私もやられた」

 

「」

 

「……一度、蝶野教官には、お母様から本気で叱って頂かないとな…」

 

「……遅いと思いますけど」

 

「」

 

サンダースの隊長は、完全に固まってしまっている。

先程どこかに携帯で連絡をしていたようだっけど、目線を戻したら「コレ」だしね…。

 

「」

 

尾形が、後ろから家元に抱きついている。

両手が完全に前に回ってるなぁ……。こちらからは良く見えないけど…あれは。

片手で肩を掴んでようで、家元を前かがみにさせないようにしていた。

そのまま、顎で肩を抑え完全に……なんだ……うん……ちょっと泣けてきた……。

 

「ちょっと隆史君!? …本気で、何を!?」

「……」

「耳元で囁かないでくだっ!? ちょ!? フッ!?」

「……」

 

 

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「会長? どうしました?」

「…いや、ちょっと悪寒が……」

「……実は私もなんです」

「何故だろうな……尾形書記の歓迎会の時の事を、少し思い出した……」

「……私も」

 

 

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尾形が、そのまま耳元に口を近づけ、何か言っている。

さすがにここまで聞こえない。

島田流家元は……固まってしまっている…。

あ、ちょっと目が輝いてる…。

 

家元が真っ赤になっている…やだ。あんな家元初めて見た…。

身体を悶えさせながら、なんか……もう。

 

あの尾形を見て思った。

隊長と聖グロリアーナの隊長の言ったことは正しかったと。

 

しかも、多分あいつに悪気は無い。

 

 

「いや、でもですねっ!」

「…」

「あのっちょっと人前ではっ!?」

 

耳を噛んだ。

 

「…」

「……さすがに、それはぁ…みほに悪…い…」

「……」

「…………夫の事は、今…言うのは…卑怯……かと……」

「……」

「その……それなら……別に……」

「……」

「…隆史君が……それで……いいなら……」

 

 

返事の内容が、怪しくなってきた…。

 

 

「ちょっと待って!! ストップ! ストーップ!! タカシ! やめなさい!! 離れなさい!!」

 

 

あ、サンダースの隊長が、顔を真っ赤にして止めに入った。

そしていつの間にか、隊長が尾形の襟首を掴んで引いていた。

 

それに対して、気持ち悪いくらいに素直に従う尾形…。

それと同時に、サンダース所有の軍用キャンピングカーが、目の前に入って来た。

 

「……私も見入ってしまったが…いい加減にしろ隆史」

 

「はい」

 

家元は、尾形が離れた隙に距離を取った。

今は樽酒が積まれたトラックに手をかけ、息を切らしている。

 

「あ…危なかった……まほから酔った隆史君は、危険だと聞いてはいましたが……ここまでとは……」

 

いや、すでに結構アウトな気もします。

 

聞こえてきた返事の内容がヤバスギマス。

 

「しほさん…」

「……なんですか?」

「スミマセンデシタ」

「イエ、こちらこそ…」

「……正直、隆史君に飲ませれば、既成事実も簡単に作れそう……と思ったのですけど……」

「……おい千代」

「…………しかし、これはちょっといけませんね。扱い切れません…。食事会で飲ませなくて本当に良かった……」

「…全くです…」

 

 

「タカシ!! いくら酔ったからといって、セクハラはセクハラよ!?」

「?」

 

「アレは、流石に言い逃れできないわよ!! 訴えられたら、普通に終わるわよ!! 何やってるのよ!!」

「はい。ご希望でしたので、しほさんを口説いてみました」

 

「そういう事、言ってるんじゃないの!!」

「?」

 

…サンダースの隊長が、顔を赤くして説教をしているけど…駄目だな、アレは。

 

「…隆史。お前なんで怒られているか分かっていないな」

 

でしょうね…頭にクエッションマークが見える。

 

本当に家元口説くとか…。

普通ありえないのだけど。

 

「はぁ……もう。貴方、お酒被ってビショビショなんだから…シャワー浴びてきなさい。貸してあげるから。風邪引くわよ?」

 

サンダースの隊長が、親指で後ろの軍用キャンピングカーを指した。

先程電話していたのは、この為か?

多分、これに乗って会場まで来たのだろう。

まぁこれなら、普通にシャワーもついているだろうけど…嫌な予感しかしない…。

 

ナオミ? だったかしら? 運転していたと思われるサンダースの副隊長が、こちらに向かって歩いてきた。

 

「隊長」

 

「あ、ナオミ。ありがとね」

 

「いえ…この男ですか」

 

「……まぁ、電話で話した通りよ」

 

ボケーと立っている、尾形に対して怪訝な表情を見せている。

まぁパッと見、そう思うだろ。

 

「…本当に酔ってるんですか?」

 

「…………そうね。最悪よ。まほや、ダージリン達が、化物扱いしたのが、納得いったわ」

 

家元を口説こうなんて普通思わないしね。

というか、あそこまでセクハラするなんて、普段のこいつからは考えられないのだろう…。

普通に捕まる事したような気がする…。

 

「まほ。参ったわ。まるで電撃戦ね…速攻だったわ…」

 

「…いや、私も迂闊だった…止めに来たはずだったのだが…お母様を口説きそうだとは思ったのだが……」

 

「……にしても普段のタカシからは、考えられないわね…。女性に触れる事に、躊躇なんて微塵も無かったわよ…」

 

……ん?

 

「…いいか。飲んだ量を考えると……あの状態の隆史は、明日まで続くぞ…」

 

「……拘束して、動けなくしておいたほうがいいかしら?」

 

「賢明だな…。人権の範囲内で拘束するか。みほには私から言っておこう。即了承だろうしな」

 

結構酷い事を言ってませんか? しかし納得するしか無いだろうな…。

 

「今の所、被害者はお母様だけ……隆史っ!?」

 

「タ、タカシ!? ど…どうしたの? 早く行ってきたら…?」

 

気がついたら尾形が、サンダース隊長の真後ろに立って見下ろしていた。

こいつ…隊長にすら気配を感じさせないとは…。

 

見下ろしていた顔を上げたと思ったら、目先の大画面を見て止まった。

本当になんか機械音でも聞こえてきそう…。

 

釣られて見た画面では……なんで?

大洗学園の生徒が、なにか全員で踊っていた…。

そんな画面を見て一言。

 

「…制服であんこう踊りって……なんかエロいな」

 

ダメだこいつ!!

 

「まぁいいや。…ナオミさんから、ケイさんに気を使ってやってくれと言われまして」

 

「ナオミ!?」

 

私達が振り向いた先、サンダースの副隊長が親指を立てて、ウィンクして『 good luck! 』って顔をしていた…。

まさか!!

 

目を離した一瞬。

 

…尾形は、すでにサンダースの隊長を担ぎ上げた…というかお姫様だっこしていた。

相変わらず…なんというか…。

 

 

「ひゃァ!? え? 何!? どういうこと!?」

 

「いや…ナオミさんに「一緒に入ってきてやれ」って言われまして」

 

「ナオミ!!??」

 

「なんかケイさんは、出遅れているからなんとか、かんとか……よくわかりませんでしたけど」

 

「いらない!! この状態で余計な気遣いいらない!!」

 

「では、お連れします」

 

「ちょっと待って!! やめて! 降ろして!!」

 

「……あぁ。なるほど」

 

やめてくれ、降ろしてくれの一言にも反応しないで、ただボケーと感情のない目で、見下ろしていた。

そして何か納得していた。

 

「なんで!? まほ!! なんでも言う事、聞くんじゃ無かったの!?」

 

「……隆史。お前、何をナオミとやらから言われた?」

 

「え? 何って…ケイさんが、赤くなって否定するのは、照れ隠しだから、男なら強引に行け。気にするなって言われた」

 

「「「 」」」」

 

隊長とも一度、サンダース副隊長を見るとすでにそこには姿は無かった。

逃げた!?

なんのつもり!? やっと事態が収まりかけたのに!

 

「待て! たか…し…」

 

もう一度、目線を戻したら、今度は尾形達が消えていた……。

ほぼ一瞬しか目を離してないのに…。

 

忍者かアイツは!!

 

「まずい……今のあいつは、事前情報が優先される……」

 

「…事前情報って…ロボットかなにかですか、あいつは……」

 

人攫い再び…。

 

「いかん、これは本当にまずいぞ。追いかけるぞエリカ!」

 

「は、はい!」

 

崩れ落ちている家元達を後にして、私達はそれこそ全力で走りだした。

 

 

 

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サンダースの軍用キャンピングカー。

軍用と言うだけあって、長期滞在用になんでも揃っている。

鉄の扉を開け、誰もいない少し狭い車内を進む。

 

「あの…隊長…シャワー室ないんですけど…」

 

「外の連結されていた方か!」

 

…普通考えれば分かる事だったのだけど、私もどこか焦っていた様だ。

真正面の車に乗り込んでしまったようだ…。

時間ロスが痛い。

 

急いで、車内から出て後方に連結されていたシャワー車の方へ急ぐ。

 

「なぁエリカ…私も迂闊だったのだが…車体に温のマークがついているのに…なぜ気がつかなかったのだろうか…」

 

「……大丈夫です。私も気がつきませんでしたから…」

 

やめましょうよ…ヘコむだけですから…。

入口に入り、後は脱衣所らしき扉を開けるだけ。

二人が消えてから、5分程しか経っていない。

 

「人の気配がするな……、まだ大丈夫そうだ」

 

「水音も聞こえませんし…」

 

「では……行こう」

 

「はい!」

 

こういった施設の扉には鍵はついていないのか、すんなりと音を立ててドアが空いた。

これはコレで無用心では無いのだろうか…。

私ならできるだけ、使用は控えたい…。

開く扉を前にして…そんな事を思っていた…。

 

すぐにぶっ飛んだけど。

 

 

「「  」」

 

 

……全裸の尾形…「だけ」がいた。

 

 

「……まほちゃん。エリリン。なんか用?」

 

 

「「  」」

 

 

 

 

 

 

 

……ハッ!

完全に思考が止まった!!

 

「どうした?」

 

か…

 

「隠せーー!!!!」

 

「?」

 

「疑問に思うな!! まずっ!! なぁっー!! かっ!! もう!!!! こっち向くな!! 」

 

目線を逸らす!

よし!! サンダースの隊長はいない!!!

シャワー室らしき部屋にも人気は無い!!!

 

隣にいた隊長が完全に固まっていた。

顔が真っ赤にして、動けないでいるのか…。

 

しかし目は、爛々と輝いて…って!

 

「隊長!! えっと!! 出ましょう!!」

 

出ようとした私の肩を、隊長にガッと掴まれた。

 

「……隆史」

 

「んぁ? 何?」

 

「サンダースの隊長はどうした? 一緒に入るとかでは無かったのか?」

 

隊長の質問に、腰に手を当て仁王立ちに…ってぁあぁあああ!!!

 

「いやぁ…みほに悪いと思わないのか? とか、立場を逆転して考えて見て?とか言われたらねぇ…。だから、丁重にお断りしたよ? んで今、なんか俺の着替え探しに行ってくれてる」

 

まぁ…付き合ってる人いるのに、普通に風呂なりシャワーなり入ったら、それはもう、普通に浮気だろう。

…腹筋……。

言い逃れ不可だろうな…。

…………腹筋。

 

 

「な…なんだと!? お前はそれで納得したのか!?」

 

「……え? 納得も何も、みほに悪いし」

 

「…」

 

今日は、よく隊長が驚く日だなぁ…。

信じられない事が起こった…という顔をしている。

……腹筋…。

 

「ケイ……信じられん…この状態の隆史を制御した……だと?」

 

「ですから! もうそういうのはいいですから!! 出ましょうよ!! というか、何普通に話しているんですか!!」

 

私の顔も赤いのだろう。顔があっつい!

……結構しっかり見てしまったってのもあるのだけど…。

う…ぅ……。

 

「出ましょうよ!! というか離してください!!」

 

「……お母様を口説くのは、それいいのか? みほに悪くないのか?」

 

「え? だってあれ口説くだけで、実際浮気なんてする気ナイヨ? 本人に口説けって言われているんだから。本人からして見ても冗談で受け取ってるよ」

 

「……」

 

「杏会長の時もそうだったなぁ……」

 

こいつ、淡々と……もう酔いも覚めているんじゃないのか!?

というか。

 

「そうか…お前は酷い奴だな。周りの女その気にさせておいて、後は放置か?」

 

「…あ、そんな見方もありますね。というか本当に離して下さい!! 多分これ、傍から見れば私達が悪いですよ!! 出ましょうよ!!」

 

「フッ…みほは、凄いな。酔った隆史のストッパーにもなってしまってるのか…」

 

…隊長。しんみり言ってますけど…顔赤くして、すっごいマジマジ見てますよね?

 

「なぁ…エリカ」

 

「なんですか!?」

 

「…みほは……本当に…すごいなぁ……私はちょっと怖い…」

 

「どこ見て言ってるんですか!!」

 

この中で慌てているの私だけじゃないですか!!

出たい!! 本当にこっから出たい!!

 

「そもそも! 最近の隊長おかしいですよ!! あいつの腕、急に組むようになったり! さっきも寝盗られるとか!」

 

「ん?」

 

「どこで、そんな事覚えたんですか!!??」

 

後輩に教えて貰ったとかなんとか前に聞いた気がするけど!!

 

「ン?……赤星に教えてもらったが?」

 

「」

 

「隆史が、みほを心配して転校したのも「何故か」知っていたし……そこからか。色んな事を教えてもらいだしたのは」

 

「」

 

「みほと隆史が、付き合いだしのも知っていたようだったな。結構大胆な事を実行してみようとか何とか…その時に言って来たな。その寝盗るとかなんとかも」

 

「」

 

あの子そんな娘だっけ!?

え? 何!? なんで、私も知らない情報だったのを、あの子が知ってるの!? え!?

なんか怖っ!

 

「あぁそうそう、エリリン」

 

「全裸で近づくな!!」

 

「気がついていた様だから言っとくね?」

 

「聞け!! 私の話を!!」

 

いやぁ!! 筋肉ダルマが近づいて来る!! 私の両肩に手を置くな!!!

隊長は真面目な目で尾形を見つめっぱなしだし!!

 

「お兄ちゃん呼びは、懐かしかったなぁ」

 

「!?」

 

このタイミング!!??

 

「俺が思い出したのは、まほちゃんとしほさんとこに喧嘩売りに行った夜だったんでね」

 

やめろ!! 最悪だ!! 全裸でくるなぁ!!

 

「まほちゃんに写真見せて貰って思い出したんだァ。昔ちょっと調べて知った内容も思い出してね。確信したんだ」

 

なっ!!??

 

「思い出したんなら、一言言っときたくてねぇ。いやいやフリフリの可愛い服着ていたイメージが強くって」

 

…最悪だ。本当に最悪だ。

こんな全裸の状態で、言うな。

 

隊長が気がついた様だ。目を見開いて、完全に私を見ている…。

 

 

「あんなに小さかったのにね。いやぁ…綺麗になったもんだ」

 

 

……言い方がまるで、久し振りに会ったおじさんだ。嬉しくない。

 

…嬉しくない。

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました

そして被害者は拡大する

ありがとうございました

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