転生者は平穏を望む   作:白山葵

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第49話の黒森峰サイドのお話です。


第50話~決勝戦が始まるわ!~

「…どうした、エリカ?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

無意識に顔を下に向けてしまっていた…。

試合前だというのに、集中できない。

言いようの無い不安感がある。

 

あんな元副隊長になんか…。

西住流の名を汚した奴になんかに、負けるはずが無い。

私の実力が、元副隊長なんかに劣っていないと…自信もある。

 

でも、なんだこの…。

 

「…」

 

………………気持ちが悪い。

 

今朝から、どうにも周囲が騒がしい。

何故か、私達に「護衛」という名目で、家元から派遣された方々。

普通に生活している分なら縁なんてない。

 

気持ちが悪い。

 

戦車整備用のガーレジに到着した辺りからだろうか。

複数の視線を感じた。

 

それは今も感じている。

もうすぐ試合開始だというのに…なんだといのだろう。

 

あ…そうか。

 

この不安感は試合に向けたモノじゃない。

その複数の視線から来るんだ。

 

それは、ただの見学者や通行人の視線では無い。

ベタつく様な視線…。

 

見られる事には、多少慣れている。

黒森峰の副隊長という、ポジションからすれば、当然だ。

 

だけど、あの視線は違った。

 

周りを見渡すと…何故だろうか?

顔を背ける男性が多かった。

あいつらだろうか。

 

…気持ち悪い。

 

まだ、見ている。

 

私だけを見ている。

 

特に話しかけられる事も無く、ただ遠くで私を見ている。

ニヤニヤとした、薄気味悪い顔をしている男性も多かった。

 

あれは、「黒森峰女学園・副隊長」として見ていない…。

 

護衛がついているという現状と照らし合せると、不安な感情が湧いてくる。

 

「…」

 

その視線から逃れる為か…。

それで無意識に、下を向いてしまったのだろうか。

 

「…あの連中か?」

 

「え?」

 

顔を向けずに、目線でその男達を指していた。

…隊長は気がついていた。

 

「今更…この程度の視線で、何を臆している」

 

「っ!」

 

隊長は何をするにも、世間様からの視線や注目を集める。

それは昔から…それこそ中学生になってからずっと見られていた人だ。

私もその、視線を送る一人だったから分かる。

 

周囲からの期待や羨望。

西住流…その時期後継者としても。

 

…しかし隊長。

 

私は別に、注目される事にプレッシャーを感じている訳では無いのです。

 

この視線は、気持ち悪い。

…ただ本当に気持ちが悪い。

 

 

 

「―と、普段ならば言うのだろうが…あの目は、異様だな」

 

「隊長?」

 

目を細め、睨みつける様に男達を見ている。

隊長と目が合うと、また顔を逸らし、ごまかそうとしていた。

 

「…試合前に、無用なトラブルは避けるべきなのだが……いくら何でも不快だ。大丈夫か? エリカ」

 

隊長は、私に視線が集まっているのも、気がついていてくれた。

何故だろうか?

普段見せない、少し優しい目をしているのが、ちょっと嬉しい…。

 

 

「護衛の方に対処してもらおう。少し…………まっ……」

 

…気遣ってくれた。

相変わらず戦車道には厳しい方だけど、それ以外では、隊長の性格が少し丸くなった。

 

以前、遠まわしに何となく、聞いてみた事があったな。

肩の荷が少し、軽くなった為だ。と、冗談めかして仰っていたけど…。

いや…元々、優しい人なのだ。

 

……多分、尾形は関係が無いな。

いや、絶対無い。うん無い。

 

隊長に心配をかけてしまった。

しかし、逆を言えば心配をしてくれた。

…無意識に顔がにやけてしまうのを自制し「エリカ」なければ。

 

いやいや。何故だろう。

もう男達の視線もどうでも「…エリカ」

 

「え!? あ、はい!!」

 

いけない、嬉しさのあまりボーッとしてしまった。

こんな事では、まだ『ゴシャ』

 

…ゴシャ?

 

「「……」」

 

先程から私を見ていた男の一人が。

 

…その。

 

空から降ってきた。

隊長と二人、ソレを見下ろしている。

 

「…エリカ」

 

「…………ハイ」

 

「人は空を飛べるものか?」

 

「……普通、飛べません」

 

降ってきた男は、白目を剥き、泡吹いて気絶している…。

 

人が気絶している所を、初めて見た。

生きてるわよね?

 

微動だにしないし…。

 

横から、ザリッっと地面を擦る音がした。

周りの他の生徒が騒ぎだす声が聞こえる。

 

な…なに?

 

恐る恐る、音がする方向を見ると…。

 

 

熊がいた。

 

 

黄色い体に、青いマント。

近くの藪の中から、ガサガサと出てくる。

藪から出てくると、全体像がわかった…のだけどぉ…。

 

両手には、二人の男。

 

男の頭を掴み、引き摺りながらこちらに歩いてくる!?

男達は、降ってきてた男と同じで、私を見ていた奴ら。

 

 

そして同じく意識が無いのか、大人しく引きずられている。

 

 

 

……。

 

 

 

怖!!!

 

 

唖然としている私達の足元で、気絶している男の上に、両手の男達を放り投げた…。

それはもう…空き缶をゴミ箱に投げ捨てるように、軽々と放り投げた…。

そして鈍い音をたて、折り重なる男達。

 

……。

 

死体処理される男達にしか見えない…。

 

「…はぁ……」

 

横に居た隊長から、ため息が聞こえた。

 

……。

 

……ん? ため息?

 

あの隊長が、ため息!?

 

それどころか、こめかみを指で押さえてまでいる。

困ったような顔をしてはいるが、あの着ぐるみを警戒すらしていない。

どういうこと!? 私はできれば関わりたくないのですが!

 

着ぐるみは、こちらに歩きながら、頭を抑えて左右に回す。

グッっと上に持ち上げるような手の動き…。

ボコッっと音を立てて、頭部が取り外さた。

 

「…お久しぶりです。尾形師範」

 

「あら、小母さんでいいわよ! まほちゃん!!」

 

 

 

 

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「試合前にごめんねぇ、まほちゃん」

 

「……いえ」

 

尾形 弥生。

 

西住流師範にして…尾形 隆史の母親。

 

・・・・・。

 

知らなかった…。

 

西住隊長は、この師範。

社会人を主に教えている師範の為、私達黒森峰の生徒が知らないのは、無理もないと言っていた。

いや…もう、そういう問題ではなく…。

 

なによ! あの男!! 思いっきり関係者じゃない!!

 

え? それでなに? 島田家の娘とも偽装とはいえ、婚約までして!? はぁ!?

しかも島田家の血縁者って事だったわよね!?

なんかもう…色々ショッキングで…。

先程までの、気持ち悪い感覚とか…視線とか…もうどうでもいい。

 

…あれ?

 

なんで私がショック受けてるのよ。

 

「…あの、尾形師範」

 

「だから、小母さんでいいわよっ!」

 

「…」

 

それはそうと…えっと……。

なんでこの人は、…その。

 

「では、小母様。…一つお願いがあるのですが」

 

「あら、珍しい。何かしら!?」

 

 

隊長の胸を揉みしだいているのだろう…。

 

 

「……いい加減、会う度に私の胸を…その、やめて下さい」

 

 

出会い頭早々に、すっごいストレートに揉みだした。

そしてなんだろう…。

すっごい真顔で拒否した。

 

「…何というか……。流石、しほの娘……まだ成長している…だと!?」

 

………………ナルホド。あの男の母親だ。

 

「あ。みほちゃんと、ノンナちゃんの確認忘れた」

 

「……」

 

すっごい真顔で、揉みしだいている大の大人と、すっごい真顔で、揉みしだかられている高校生。

 

…どうしよう。

 

同性というのも有るが、その…西住流師範が、西住流家元次期後継者にセクハラしてるのって…。

もう、どうしたらいいか分からない。

 

「そもそも、何故昔から挨拶かの様に、私の胸を触るのですか?」

 

…先程の隊長のため息の理由が分かった。

これは、ため息も出る…。

 

「え? 息子の嫁候補の成長過程の確認だけど!?…ホントにでっかいわね。……チッ」

 

「「………」」

 

今なんて言った?

 

「お義母様」

 

隊長!?

 

「好きなだけどうぞ」

 

「あら、そ? いいの?」

 

「いいわけ無いでしょう!?」

 

私、間違って無いわよね!?

たまりかねて、叫びながら仲裁に入ってしまった。

 

「あら、この子は?」

 

「副隊長の逸見 エリカです」

 

「ふ~ん」

 

ヒッ!?

 

なに!? 

 

一瞬、殺気染みた視線を感じた!!

 

隊長が私を紹介してくれたのと同時に、何こう…目が光って全身を舐めまわす様に見られている…。

なに!? なにぃ!? なんかすっごい目で見てくるんだけど!!

それでも、隊長の胸の上の手を動かす、その執念はなに!?

 

「大丈夫だ、エリカ」

 

「な…なんですか?」

 

ドヤ顔する隊長。

なんでこの状況で、そんなに冷静…というか、嬉しそうなんですか!!

 

 

「これも戦車道だ」キリッ

 

「絶対違います!!」

 

 

あぁ…なんか最近、私ツッコミしか入れていない気がする…。

うぅ…最近、西住隊長は戦車道意外だと、どうにも…あのグロリアーナの隊長臭がする…。

 

「あ…でも、あれか? まほちゃんやみほちゃんの場合…婿に出す事になるのかな?」

 

「」

 

「あぁ…でも、みほちゃんの場合なら、嫁になってくれるのかしら…」

 

「「 」」

 

とんでもない事を口走っている。

 

「まだ隊長は、高校生です! 何言ってるんですか!!」

 

「西住流後継者なら跡継ぎ確保の為に、学生結婚もありえるのよ? 事実、しほも早婚だったしねー………私より早く結婚しやがって……」チッ

 

「「…………」」

 

発する言葉の中に、私怨が見え隠れしてきた…。

 

やめよう…。

多分この人には、何を言っても敵わない気がしてならない…。

 

相手をするだけ無駄だろう。

………隊長が無言で顔を赤くしているのが、すっごい腹立たたしいけど。

強引に話題を変えよう…色々ともたない。

 

 

……。

 

 

「あの…尾形……師範。少しよろしいですか?」

 

「あら? 何? エリリン?」

 

 

「……」

 

 

親子揃ってぇ!!!

 

 

「…エリリンは、やめて下さい」

 

「あら残念。何かしら? エリカたん?」

 

「……」

 

なんか…もう疲れた…。

試合前だというのに…すっごい疲れた……。

 

「あら、これもご不満。じゃぁ、エリカちゃん?」

 

「……もう、それでいいです」

 

妥協というのも人生には必要よね…。

エリリンよりか数倍マシだし…一応、相手は年上だし…師範だし…。

 

「あぁ…ちょっと待ってね」

 

パッっと両手を西住隊長から離し…やっと離した……。

その手を振り、私達の護衛をしている方に指示を出し始めた。

 

…倒れている男達を連れて行かせた。

 

尾形師範が、着ぐるみを着ている事は、護衛をしている方々全員が知っていたらしく、特に気にする事もなかった…。

まぁ…いきなりこんなのが、護衛対象の私達に近づいてきても、なにもしなかったのはそういった理由か…。

 

「馬鹿よねぇ…現場で携帯で連絡するなんて。会話盗み聞きすれば、すぐにバレるのにねぇ…」

 

「……」

 

「…で? 何かしら?」

 

西住流師範は、基本的に皆、厳しい方が多い。それは表情にも現れる。

でもこの人、始終ニコニコしている。

 

どこにでもいる小母さんって感じで、世話が焼きたくて仕方が無いって顔だ。

今も笑顔で返してくれているのだけど…この状況で、それはかえって不自然だった…。

 

「……あの男の方達は一体…」

 

当然の疑問を口にする。

西住隊長は知っているのか、なにも言わない。

 

「あぁ、気にしないで…と、いっても無理よねぇ……う~ん」

 

言葉を選んでいる…。

どこまで言っていいか、考えているような気もする…。

そんな態度では、何かあると言っている様なもの。

 

「今回の護衛。アレらからの防犯・妨害対策の為なの」

 

「―え?」

 

普通に…話しだした。

 

「最初に捕まえた男から、大体の人数を聞き出して、把握はしてるの。後、数名で完全駆除できるんだけど…」

 

「……」

 

「戦車に細工できる連中じゃないし…後少しね。そう、貴女達を試合開始まで、護衛するのが私達の役目なの」

 

私達…。

この人護衛役という事なのか…。

 

「エリカ。西住師範の言っていることは正しい」

 

「隊長は、知っているんですね」

 

「…ああ。お母様から聞いている」

 

「……そうですか」

 

先程、男達を護衛の方に何とかしてもらおうとしたのも、事情を知っていて、それを私に知らせない為にした、軽い演技だったのだろうか?

 

「うん、不安なのは分かるけど、事実もう終わる話なの。裏事情は、正直に言ってしまえばあるけど……」

 

「小母様!」

 

隊長は、それも知っているのか…喋ってしまいそうな、尾形師範を止めようとしている。

 

「大人の事情が、思いっきり絡んでるから、知らないほうがいいわ!」

 

ここで、止められた。

中途半端に事情を聞くと…余計に全容が知りたくなる…。

それに多分、これは私だけの問題では無いのだろう。

 

「……しかし、他の生徒にも危険が『 エリカちゃん 』」

 

 

 

 

「この案件はね? 西住流家元と島田流家元。2大流派の家元が絡んでるの」

「あ、じゃあ、いいです」

 

 

 

即座に、食い下がるのをやめた。

 

えぇ、両手を上げて目を逸らして降参。

手の平を返した。はい。

 

スッっと笑顔が無くなり、雰囲気が変わった師範も有るが、あの二人の家元絡みなら関わりたくない。

もう厄介事は、もう嫌。

 

家元達が関わっているとは予想がついたけど、はっきり分かったからもういい。

多分、他の生徒達の安全を確保した上での事なのだろう。

だから余計な事は知りたくない。絶対変な事になるから!

 

「……あらぁ、随分あっさり引き下がったわねぇ」

 

「エリカ。…私も今の変わり様は少し驚いたぞ」

 

「ちょっと、拍子抜けねぇ」

 

拍子抜けって…。

 

「大洗の準決勝で学習しました。家元に関わると碌な事ありません」

 

「……エリカ」

 

複雑そうな顔してもダメです隊長。

テント前での事を考えれば、戦車道以外で家元達に関わりたくナイデス。

……あぁそうだ。

ここ最近の隊長見て納得した……この人、あの家元の娘だ…。

 

「尾形師範は、もう終わる話だと仰っていましたし、試合に向けてそろそろ集中したいです」

 

「…面白い子ねぇ」

 

なにが面白かったか知らないけど、コロコロ笑いだした。

 

「まぁ、本当にもう終わりそうなの。あまりに簡単すぎて、疑っているくらいなのよ」

「30分くらい前に、大洗のガレージ前にも行ったけどね、そこから数えても……私だけで16人ほど捕縛したし…あと少しね!」

 

「」

 

捕まった連中の人数にも驚いたが、30分で大の男を16人捕まえた!?

は!?

 

「エリカ」

 

「へ!? はい!?」

 

「あの人は、実際に首の後ろに手刀を打ち込んで、相手の意識を刈り取る事ができる人だ」

 

「……」

 

そんな、漫画見たいな事出来る人が存在してるのか…。

大の男を、片手で放り投げる様な人だし…無駄に納得できてしまった。

 

「いやねぇ! そんな面倒くさい事しないわよ! あれ、油断してる相手じゃないと効果が薄いのよ?」

 

面倒くさいって…やはり出来るのか…。

 

「警戒していても、人体急所に打ち込めば簡単だしね!」

 

…急所って…それ下手したら死にませんか?

 

「あぁ大丈夫よ!? ……男なんて、急所むき出しにしている様なモノだから」

 

なぜこの人は、私が思っている事に返答してくれるのだろう。

 

「えっとね? 人体急所ってのは、人体の中心を縦に線を引く様に、集中していてね? 特に男の場合、下半身に『 いいです! 聞きたくないです!!』」

 

 

……この人に逆らうのは、やめておこう。

素人の私にも分かる、男の急所に躊躇なく攻撃できる人には特に。

 

…早く試合始まらないかしら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふ~ん♪」

 

「…あんた」

 

車の後部座席で、助手席に足をかける。

少し遠回りだが、会場付近までは道以外を走行している。

道では無い所を走っているお陰で、乗り心地は最悪だ。

 

しかし気分はいい。

晴れやかな心地のいい気分ですよ?

 

これからの事を考えると、胸が高鳴るねぇ。

 

「おい、あんた!」

 

運転手さんがうるさい為、運転席を蹴飛ばす。

せっかくのいい気分を、壊さないで頂けますかぁ?

 

「…依頼主様は、丁重に扱ってくださいねぇ。報酬減らしますよぉ?」

 

「……チッ」

 

西住流の奴らは、絶対に俺に警戒してくる。

スタッフ含め、必ず関係者には人をつけてくるだろうねぇ。

 

厳戒態勢で迎えられたら、俺が動けない。

見つかってしまえば、多勢に無勢。どうしようも無いしねぇ。

 

だから人がいる。

せっせと人集めをしてくれそうな奴は、前回捕まっちまったしねぇ。

寝床もバレると思って、早々に撤去した。

 

あの糞ジジィが、よりにもよって、部屋を後にする時に来るとは思わなかったけどねぇ。

まぁ、あのジジィがあそこで発見されれば、多少時間稼ぎにでもなるかなぁって、適当に転がしておいたけど…金以外にも役に立っていただきました!

 

まず最初にした事。

 

どこぞの街で、ヒマそうにしていた奴らに声をかける。

 

人手が欲しい。

 

囮になる馬鹿共が。

 

まぁ簡単に見つかった。

 

街中で屯っている、馬鹿共。

 

金ってのは、いいねぇ。

餌にすれば簡単に釣れる。

 

なんか、ちーむぅ? だかなにか。そのよくわからない連中だ。

いい年をして、厨二病全開の奴らに声をかけた。

 

リーダーだか、頭だか色んな呼び方されている小僧と話を通してみた。

いやぁ…すっげぇ楽に話がついたねぇ。

 

こういった奴らは、金が無い。

簡単に稼げて、ちょーと危ない匂いを演出してやったら、簡単に食いついた。

 

前金として200万。

報酬額は、500万。

 

それと別に、各兵隊さん連中に3万づつ。

 

…まぁ無いけどなぁ!

 

嘘ですよぉ? 嘘!!

 

あのジジィからは、もう取れるだけで取った金。

前金で全てくれてやった。

 

報酬は、倍以上くれてやる。

そう言っときゃ、その場で取り囲まれてボコられる事もないだろうと、適当ぶっこいた。

前金を現金で、その場でくれてやった為だろう、まぁ歪んだ信用は、勝ち取った。

 

予想外の大金の場合、馬鹿共でも分かるだろう。

…絶対に法外の案件だと。

 

 

何人集めてもいいって言っておいたら、まさか50人も来るとは思わなかったねぇ。

金に目が眩んだ馬鹿共が。

まぁ…囮は多い方がいいから不満はありませんがねぇ?

 

それに俺はもう、戻る気も無いからねぇ…精々使い潰してやる。

俺と一緒に潰れようねぇ?

俺の話に乗った時点で、お前ら様の未来は俺の一緒になりましたァ!

 

 

「んでぇ? 何かなぁ?」

 

「…今、現場にいる奴らから連絡が入った」

 

「ほぉほぉ」

 

「半数以上、捕まった」

 

「……ふーん」

 

まぁ、そうだろうな。

ど素人のチンピラが、護衛目的で警戒している集団に、しかも分散して突っ込めばそうなるだろ。

 

俺の指示は簡単だった。

 

戦車道選手達の周りを彷徨け。

これだけ。

大洗学園以外の他校も含ませた。

 

まぁ、それだけじゃ不自然だろうと、様子を逐一教えろと伝えてあった。

に、しても…いくら何でも早すぎるねぇ…。

 

「…黄色の熊の着ぐるみを着た奴に、半数以上が捕まったらしい」

 

信じられないって声だねぇ。

どうにも、ほぼ出会い頭に一発殴られ、気絶をさせられたそうだねぇ。

その骸を無言で引きずって、連れて行くんだってぇ。

 

怖いねぇ!!

それ見た子供、泣くんじゃねぇの?

変な笑いが出た。

 

熊の着ぐるみねぇ。

 

尾形 隆史。

 

やっぱり邪魔するかねぇ。

 

大人しく、試合に従事してりゃいいのに。

黄色の熊の着ぐるみダァ?

大洗で沙織ちゃん、拉致った時に着ていた奴かね。

 

新聞やネットには、中身の男の事は記載されていなかった。

誘拐犯捕まえたのだから、少しは出てくると思ったのにねぇ、情報規制でもしたか?

 

…まぁ、現場にいた俺には、意味ないけどぉぉ。

 

「ふ~ん。それで? その着ぐるみ男は、現在どこにいるか分かりますぅ?」

 

「男? いや、そいつの中身は女だと。…だから現場の奴らが少し混乱している」

 

「女ぁ?」

 

「あぁ、確認している。場所は…脱いじまったのか、もう会場には見当たらないらしい」

 

……?

 

「尾形 隆史」じゃない?

 

…もう試合開始時間を超えているし…いなくなるのも分かるが…。

 

俺が考え込んでしまった為か、それとも無言の空間が寂しいのか、運転手さんが先程から喋りかけてきますねぇ。

うぜぇなぁ。

…まぁいい。相手してやるか。

 

「…あんた、こんな車持っていたり…ポンポン金だしたり…何者なんだよ」

 

車? あぁ。

 

「この車て…軍用のジープだろ? 一般人がホイホイ買える代物じゃねぇだろ?」

 

「これ? 俺のじゃ無いよ?」

 

「…何?」

 

「いやいやぁ…ほらぁ、これから行く会場に、持っている女の子が、い~ぱい…いるじゃないのぉ」

 

「は?」

 

「ああいう子達ってぇ、一度全員集まってから出かけるみたいでぇ…まぁなんだ。パクった」

 

説明するのが途中で面倒になり、最後だけ完結に言った。

レンタカーなんぞ借りれるか?

無理でしょう?

んじゃ、パクるしかないじゃない?

 

ほらほらぁ。女の子って、しかも何だかんだでケツの青いガキ共だしぃ。

エンジンつけっぱなしで、駄弁ってる子多いの。

 

いやぁ…簡単だったわぁ。

ごめんねぇ? サンダースの子。

 

「……」

 

検問もあるかも知れないしぃ。

警察に通報なんて、絶対にされてるしぃ…。

だからですぅ。

 

「…こんな辺鄙な所を走る理由…分かって頂きましたァ?」

 

「…………」

 

分かったら、連絡が来るまで黙ってろ。

 

もう話したくないので、態度で示しましょうねぇ?

視線を横に投げ、ダラけたように体をズラす。

走行の振動で、ケツが痛ぇんだよ。

 

……。

 

流れる風景を見て、胃が痛くなる。

久しぶりにお天道様の下に出たからかなぁ?

人工物が少ない、雑木林しか見えない殺風景な場所を走る…ので、いい加減飽きてきた。

 

捨石君達からは、報告来ないしねぇ…。

 

 

 

…………。

 

 

あ?

 

なんだあれ?

 

なんで、こんな所に大人数がいるんだ?

 

キャンプか何かしていたのか、テントまで張って集まっている奴らが見えた。

大層な人数いるねぇ。焚き火跡かね? ありゃ。

昨日からいた…という雰囲気が漂っていますねぇ。

 

何台かの車も、少し離れた場所に停まっているのも見えた。

 

あぁ…決勝戦でも見に来たのかね?

 

「おい、止まれ」

 

すぐに車を止めさせた。

少し気になるマークが見えたからだ。

雑木林が間に入っている為、上手く隠れるように車を停車させた。

 

「……」

 

向こうの停車している車の横、ピザを切ったかの様な絵のマークがあった。

今は、テントやら何やら片付けっているようだ。

ここまで聞こえてくる、やかましい声。

 

「…アンツィオ」

 

何やってるんでしょうか? こんなところで。

ツインテールの娘さんが、中央でなんか黒い棒を振っているな。

 

アレも確か…あいつらのオトモダチ…だったよねぇ?

 

「……ヒィッ!」

 

…。

 

変な笑いが出る。

 

 

イイコト思いつた。

 

 

いいことオモイツイタ。

 

 

イイコトオモイツイタァ!!

 

 

こっちは二人しかいない。

二人しかいない…がぁ!!

 

 

こんな辺鄙な場所だ。

 

助けを呼ぶ? どこに? 大会本部? まだ少し離れているよねぇ?

追いかけてくる? すぐに反応できるかねぇ? はしゃいでいる雌ガキ共が。

 

試合が終わるまでの暇つぶしを、一人くらい確保しておくかね。

後々、楽になるかも知れないしぃ。

保険になるしぃ!

 

まほちゃんとみほちゃん。

それと「尾形 隆史」にも繋がりのある人間。

 

今回の「逸見 エリカ」ちゃんと竸った程の逸材ですしねぇ!

 

「オイ。あの中心に立っている、ツインテールのガキの所まで、車を全速力で飛ばせ」

 

「…は?」

 

座席の下に置いた、コンビニ袋から、用意してきたモノを取り出す。

この状況なら、最適なモノ。

 

ナイフや何かで脅す? いやいや。

時間ロスがあるし、捕まえた後、面倒くさい。

 

「…お前、何する気だ」

 

「攫う」

 

簡潔に言う。

 

取り出した機械に電源を入れる。

スイッチを押すとバチバチいって青白い光が、目に入った。

ちゃんと正常に動作したな。ヨシヨシ。

 

 

「おい、何してる。早く行けよ」

 

…なにこいつビビってんだ?

攫うの一言で、目が泳ぎ、中心にいるガキと俺を見比べている。

…正直、この馬鹿説得させるのも面倒くさい。

 

 

「…捕まった連中。どうせ出てこれねぇだろうからねぇ? そいつら分の報酬は、お前にボーナスとしてくれてやるからさぁ」

 

「!?」

 

「あぁ。後攫ったアイツは、試合が終わるまでなら、好きにしていいからヨォ。俺はあいつの…「アンツィオの隊長」さんの身柄だけが欲しいんだぁよねぇ?」

 

ん?

 

おやおや。

目の色変わったねぇ。

少し前屈みになり、ハンドルを握り締めている。

まぁそうだねぇ。こんな事で、大金が手に入るだしぃ。俺は持ってねぇけどねぇ?

設定上の話ですよぉ?

 

はっ!

 

…金の方か。女の方か。

 

どちらにしろ、早く行けよ。

 

「…報酬守れよ?」

 

「今まで俺は、生きてきて嘘をついた事が無いってのが、唯一の自慢なんですぅ。だから安心して突っ込んでねぇ!」

 

その言葉で、ようやく決心したのか、車のシフトレバーを握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…待て」

 

雑林を突っ切ろうとさせた直後、止めさせた。

アクセルを踏む前だったが、急ブレーキの様に前のめりになった。

タイミングが悪かったか? まぁいい。

 

 

…増えた。

 

一人増えた。

 

ただの雌ガキなら問題無いのだが…あれはダメだ。

運転手も、気が付いた様だねぇ…腕が固まっていた。

 

「…黄色…熊の着ぐるみ」

 

一つのテントから、この場所に気持ちのいいくらいに、似合わない物体が出てきた。

そのテントの入口。

金具か何かに引っかかったのか、その引っかかったであろう、赤いマントを引っ張っている。

それに気がついたか、ガキ共がその黄色い物体に群がりだした。

でかい声を出しながら、マントを外すのを手伝っている。

 

チッ。

 

「……やめだ。中止」

 

「え…」

 

「今後、俺の指示に即従うのなら、報酬上乗せは確約してやるから…さっさとこの場を離れろ」

 

疑問に思ったのか、少し固まったが、「俺の指示に即従う」という条件。

その一言のお陰で、すぐにシフトレバーをバックに入れ、方向転換をしてその場を走り去る。

アレがいるのなら、長居をすると危険だ。

 

ふむ。

 

…着ぐるみの中身は女。

 

 

試合が始まっているというのに、こんな場所に「尾形 隆史」が、居るはずが無い。

とすると、捨石君達を捕まえている着ぐるみの中身は…自衛隊員か何かだろう。

 

西住流家元なら、協力要請なんて簡単に通るだろうしな。

あの着ぐるみは、あの3人のオトモダチ連中の様子を見て回っている…って所か?

 

大洗学園が対戦した学校に、捨石君達を何人か様子を見るように指示を出したが…ナルホド。

それで、一網打尽にでもされていたのか。

 

…そんな捨石君達も、曲がりなりにも男だ。

 

そんな連中を即座に無力化する程の人間なら、女といえこんな所で相手にしたくない。

まだ一日は始まったばかりだ。

リスクは負えない。

例え、あのガキを上手く拐えたとしても、あの黄色いのには、各所に連絡手段もあるだろうしなぁ。

 

チッ。まぁいい。

今回のは、おまけだしな。

さっさと諦めよう。

ダメだと思ったら即引く。長生きの秘訣だね!

 

…さてと。切り替えようねぇ。

 

まぁ、仕方ないからどこかに隠れるか。

暇つぶしは、捨石君達を観察で我慢するかぁねぇ。

 

ギャーギャーと、女特有の甲高い声は気分を削ぐ。

何を言ったのか分からないが、最後にアンツィオの隊長さんの声だろうか?

断末魔の様な声は、少し耳の奥を刺激した…。

 

うるせぇ…。

 

 

 

 

 

 

『髪を回すなぁ! 可愛いとか言うなぁぁ!! チヨミンと呼ぶなぁぁぁ!!! 終いには泣くぞぉぉ!!!』

 

 

 




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