転生者は平穏を望む   作:白山葵

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第05話~母娘 です!~

 熊本県 熊本港

 

 

 土曜日の休校日。

 我々は、着港し各自上陸の準備をしていた。

 本日は珍しく、土曜の訓練が中止と発表されていた。何人かの生徒から、帰郷願いが出ていたからである。

 

 港に家族の者が出迎えに来て帰って行く。

 隊長も今回、自宅…西住家本家へ帰ってゆく予定との事。

 

 しかし隊長の様子が、何かおかしい。

 

 昨日からソワソワしている。珍しく、朝練の集合時間に遅れそうになっていた。

「本当に来るつもりなのか…?」と、何かブツブツ言っていた。

 まさか、家元が迎えに来るとか?・・・ありえない事では無いが、それならば皆に知らせるはずだ。…謎だ。

 

 ・・・なんだ? あの車。

 

目立つ所に停車してる車。後部座席の無い軍用ジープ ウィリスMB 。特に珍しくも無いが、何か嫌な感じがする。

 一人男が乗っているな。こちらを見ている。

 誰かを待っているのだろうか? 大丈夫とは思うが、一応隊長にも声をかけておこう。

 

「隊ちょ…」

 

 隊長は、目を見開いて固まっていた。知り合いなのだろうか。

 

「本当に来た・・・」と小声で呟いていた。

 

 男が車を降りてくる。

 Tシャツにジーンズ。自衛隊員だろうか、体が大きく熊みたいな男だ。嫌な予感しかしない。

 男は愛想が良さそうな笑顔をし、手を挙げて小走りで声をかけてきた。

 

「まほちゃん! 久しぶり!」

 

 

 

 

 

 

 

 熊本港に黒森峰の学園艦が着港する時間はまほちゃんにあらかじめ聞いておいた。

 土曜日というのが都合が良い。

 熊本空港へは金曜日に到着。まずは、しほさんに連絡を入れアポを取っておかないと。

 電話口から懐かしい声がする。

 

 懐かしさと共に嬉しさも有り、長話をしてしまいそうなのを我慢し、予定を取りつけた。

 土日はめずらしく家にいるそうだ。ここで本題に入る訳にもいかないので明日、少し真面目な話があると伝え電話を切る。

 

 この世界ではどうも車の普通免許は16歳で取得可能なようだ。

 戦車道とかあるし、いろいろ高校生活で使うからかな?

 取得可能年齢になったら、すぐ取りに教習所へ通い取得をしておいた。

 レンタカーを借りて、翌日まほちゃんを迎えに行く為の準備を全て済ませておいた。

 

 準備は万端だ。さぁ行こうか。

 

 …早く着きすぎた。2時間前についてしまった。

 時間があまりまくったので、カチューシャとノンナに御礼の電話。青森の友人にも連絡しておく。

 

 良い時間潰しとなり、巨大な学園艦が遠くから近づいてくるのが見える。やっと到着した。

 

 制服の女の子が、ゾロゾロ出てくる。

 結構な人数がいるので、なかなか目的の人物が見つからない。

 さて、どうしたもか。電話で知らせて、こちらに来てもらおうかな?

 …まぁいいや、ここに来ることは知らせてあるし、気長に待つか。

 

 ボケーっと、多くの生徒を見送っていると、最後にやっと懐かしい顔を見つけた。

 相変わらず厳しそうな顔で無表情だねぇ。…でかくなってる。遠目でもわかるあの重量感。さすが、しほさんのご息女デス。

 

 ん? 並んで歩いている子がいるな。これはまた、キツそうな女の子だ。銀髪のどこか育ちが良さそうな子。

 あぁ…まほちゃんに聞いていたな。あの子が、みほの後任の副隊長殿か。確か名前なんだっけか。

 

「き…貴様! 何て馴れ馴れしい!!」

 

 いきなり随分ご立腹だ。

 

「エリカ、いい。彼は私の幼馴染だ」

 

「しかし!」

 

 ギロッと横目で睨まれると、エリカは黙ってしまった。うっわー…睨んでいる眼光がすっげー。

 

「…隆史。本当に来たのか」

 

「ああ。昨日の夕方に到着して、全て準備は済ませておいた。後は、帰るだけだな!」

 

「……すまない」

 

「まほちゃん。言ったろ? すぐに行くってさ」

 

 エリカが完全に蚊帳の外状態。「まほちゃん」って呼び方に、えらく反応してくれるのが少し面白くなってきた。

 呼ぶ度にピクッっとする。

 しかし隊長本人が許可している以上、何も言えず睨むしかなかった。

 

「だがお母様は、話を聞いてくれるだろうか…。ただ隆史が、家に遊びに来るというだけではダメなのか?」

 

 少し顔が俯き、不安しかない。…という顔を見せている。

 

「……」

 

 ダメだ。まほちゃんは、完全に怖気づいてる。

 

 はっはー。しかしもう昔の俺じゃない。人の行来が多いバイト先で、コミュ力と行動力に自信がついた。ありがとう海の男達。

 さて、ここは強引に行かせてもらおうか。

 ここで、初めてエリカに声をかける。

 

「初めてまして。貴方が「逸見エリカ」さんですか?」

 

 砕けた喋り方はしない。初対面。ましてやこういうタイプは、そういった喋り方はマイナス印象しか与えない。

 

「は…初めまして……」

 

 まだ警戒は強いが、こちらも笑顔で喋りかけている分、対応に困っているようだ。

 

「まほちゃ……西住隊長から聞いていましたよ。頼りになる副隊長だと」

 

「そ…そう。どうも…」

 

 躊躇するエリカさん。

 

 まほちゃんの名前を出して褒めておく。社交辞令と思うだろうが、悪い気はしまい。

 まほちゃんが、俺を睨む。……あぁ西住隊長と呼んだからだろうか。

 相変わらず苗字で呼ぶと怒るなあ…。

 

「で、ですね。早速で申し訳ないんですが…」

 

 素早く、向かいにいたまほちゃんの肩を片手で抱き、一気に引き寄せる。

 

 「「 !? 」」

 

「隊長さん。借りますね」

 

 刈り取る様に、彼女の足をまとめて腕で掬い上げ、抱き上げる。お姫様抱っこというやつだな。

 そのまま、ジープのタイヤに足をかけ、運転席に飛び込む。わざわざ屋根のないジープを借りたのは、こういう時の為だ。

 俺の膝の上に彼女を乗せたまま、シフトレバーを操作、アクセルを全開。

 

 ギャリギャリギャリと、音を立てて急発進して行った我車。

 

「なっ!? ふざけるあ!!」

 

 はっはー。今更慌てても無駄ですよ。無駄無駄ァー。

 

「じゃーねー。エリリーン」

 

 何か遠くで叫んでるが、もう聞こえなーい。

 

 

 ……まほちゃんの反応が無い。ビックリさせちゃったか。ワー…顔が真っ赤だよ。そんな怒らないでよ。後で謝りますので。

 

「さぁ! 行きますか! しほさんに喧嘩を売りに!!」

 

 

 

 

 

 

 

 な…なんだ、あいつは!? なんだったんだ!?

 

「え? なに?…は?」

 

 混乱して立ちつくす私に、一部始終を見ていたであろう、周りの生徒から呟きが聞こえる。

 

「隊長が拉致られた…」 「アハハハハ! 何あの人。スッゴーイ!」

 

「隊長の彼氏かなぁ?」 「幼馴染っていってたよぉ?」

 

 くっ! 適当な事を!! と叫ぼうとしたら、気になる発言があった。

 隊長と同じ中学出身の同級生達の発言だった。

 

「あー…あの人、多分『西住キラー』だ」

 

「私は『対西住家:人型決戦兵器』って聞いていたよ?」

 

 何だ! そのふざけた名前は!

 

「すぐ追いかける!! 誰か車を用意して!!」

 

「…副隊長。使える車両がありません」

 

「え……」

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしい和風家屋。……西住家へ到着した。

 

 うん、懐かしい。

 

 完全に硬直しているまほちゃんを仕方がないので、またお姫様だっこで玄関までお連れする。

 

 到着時間を一応連絡をしておいた為か、玄関先で家政婦の菊代さんが待っていてくれていた。

 ご息女様を抱き上げているという凄まじい状態の俺を、とてもニヤニヤした良い笑顔で出迎えてくれましたね。

 

 そして出会いの事件の日。あの時、みほが抱いていた子犬らしき犬もいた。

 いや~…すっかり成犬になっているね! 相変わらず俺の顔を見るとウゥゥゥと唸ってくるね!……全然、懐いてクレナイ。

 試しに、頭を撫でてやろうと手を出すと、身構えて噛み付く用意をする…様に見えたので諦めた……何故だ。何故なついてくれない……。

  

 菊代さんが、しほさんがいる部屋まで案内をしてくれた。

 相変わらずでかくて、迷いそうになる家だな。

 完全に硬直していたまほちゃんも、部屋の前まで着いたらさすがに元に戻った。

 そしてまた抱っこされている状態に慌てていた。

 はい、降りてくださ~い。ここから本番ですよ~。

 

「……」

 

 さぁて…行くか。

 

 

 

 

「失礼します」

 

『どうぞ』

 

 襖を明けたら広がる広い和室。

 その上座に、しほさんは鎮座していた。

 

「只今戻りました。お母様」

 

「お久しぶりです。しほさん」

 

 黙って頷く、彼女の顔を見て思った。

 暫く顔を見ていなかった為だろうか、思い出の顔と現在のしほさんの顔が違う。まったく違った。

 

 ……昔の俺の顔に似ている。

 

 そう感じた。

 疲れきった顔、追い詰められていたのか、この人も。

 ……そうだ。まほちゃんと一緒だ。いや、それ以上だ。多分、規模全然違うのだろう。

 

「さて、お久しぶりですね、隆史君。見違えました」

 

 少し嬉しそうに、笑ってくれるのがうれしい。だがその笑顔は、疲れた笑顔だった。

 二人揃って真正面に座った。

 

「さて、この度の要件とは、一体どのような事でしょうか? 遊びに来た訳でも無いでしょう?」

 

「はい。今日はしほさんにお願いがあってきました」

 

 みほの事だろうとは、思っていたのだろうな。「お願い」の言葉に真剣な…完全武装したような顔になる。

 ピリピリした空気が漂う。

 覚悟はしていたけど…正直めちゃくちゃ怖い。

 

「みほの事でしょう…か?」

 

「…はい。俺は、みほの状況と今現在、何処にいるか。戦車道大会後の足取りは、既に知っていました。ですが、彼女から何も言ってこない内は、俺も何も聞けませんでした。ただのガキの俺が出来る事は、高々知れています。だけど出来る事はしようと、準備だけは進めてきました。で、今回お伺いしたのは、今まで準備していた事が、必要になったと判断したからです。みほ、まほ。そしてしほさん。貴方方、親子が瓦解寸前の危機的状況だと判断した為です。その為、俺は今ここに来ました」

 

……

 

「・・・随分と上から目線ですね」

 

「生意気言ってすいません。ですが、はっきり申し上げます。俺は怒ってます。ここまでの怒りは、あの事件以来です」

 

 しほさんを睨みつける。現場の空気が、段々と張り詰めて行く。

 

「簡潔に述べなさい。つまり何が言いたいのですか?」

 

 

 

「みほに謝れって言ってんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっと着いた。西住流本家。

 タクシーを手配し、すぐに追いかけた。

 

 何だあのふざけた男は。奴の車が玄関横に停まっているのが見える。

 

「ご…ごめんください」

 

 何度か来た事はあったが、毎回緊張する。

 おかしい。いつもなら菊代さんが、出てきてくれるのだけど…。

 

 玄関先、男物の靴と隊長の靴が、仲良く並んでいる。

 

「……」

 

 ……足で男の靴をどかす。邪魔だ。

 

「あらあら、逸見さん。お嬢様に御用ですか?」

 

 奥から、菊代さんが出てきてくれた。助かった。

 

「はい。あの…変な、熊みたいな男と一緒に先に来ていると思うのですが? どうでしょう」

 

 熊という表現がおかしかったのか、クスクス笑っていた。

 

「隆史君ですね。いらしていますが、今奥様と何か、随分と立て込んだお話をしているみたいで…」

 

 あの男が家元と何の話を? 男と隊長が、揃って親元に挨拶…。……け…結…こ…!?

 

「し、失礼します!」

 

 強引に上がり込む。まさかと思うが冗談じゃない!! 奥座敷だろう想像が着いたので、急いで向かう。

 少し長い廊下を進み、到着した部屋。

 襖の奥から声が聞こえる。やはりここか! あの男!!!

 襖が少し空いている。ちょうどいい! なんの会話を……

 

 動けなくなった。

 

 部屋の空気が尋常じゃない。

 ただでさえ家元の前に出れば、萎縮してしまう者が大半なのに…本当に何なんだ? 何なのだあの男は。

 

 部屋の中では殺気すら篭る目線で、睨み合う二人が対座していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「……」」

 

 しほさんと睨み合ったのは初めてだな。

 さて、どのくらいたったのだろうか?

 

「私からは謝る事は、何もありません。あの子が西住流から…戦車道から逃げ出しただけの話しです」

 

「……決勝戦の事ですか? まさか西住流がどうの言って、頭ごなしに叱責してませんよね?」

 

 しほさんは、黙っている。

 

「今更、西住流がどうの問答はしませんよ。あれは、みほのトラウマが原因だと、気づかなかったんですか?」

 

「トラウマ…?」

 

 怪訝な顔をする。オイ。マジか? ふざけんなよ!

 

「……出会いの事件の事、忘れたんですか? 何で みほが泣いて、俺に謝ったのか」

 

 目を少し見開き、静かに閉じるしほさん。

 

「例え、そうだとしても強く自分を持たない みほが弱いのです。あの子も西住流の家訓は『問答はしないと俺は言いました』」

 

 キレそうになるのを必死に我慢する。

 

「…無様な試合をしたのは事実です。転校先には戦車道がありませんが…万が一これ以上みほが、戦車道を続けて西住流の名に泥を塗るような事が有れば…」

 

閉じていた目を見開き、はっきりと宣言した。

 

「勘当もやむ無し。それで既に結論は出ています」

 

……冷たく憤怒を押し殺せ。

 

「しほさん。あんた、みほを「壊す気」か?」

 

「みほは、戦車が好きだ。それは、しほさんもわかっているでしょう?」

「もう一度、戦車道に進めば勘当する?」

「そりゃいい! みほを勘当すれば、あんたは楽だ。問題児を処分すれば後は、あんたに関係ないからな!」

「その後、どうなろうと知ったこと無いって事か?」

「あんた、壊れた人間を見た事あるか? 弱いから? 名に泥を塗った? ふざけんな。関係あるか!!」

「女が壊れた後は酷いぞ? 誰かに依存するか、誰かに騙され楽な方へ逃げていく。薬だろうが、風俗だろうが溺れてく」

「しかも、親元離れて自由気ままに止める奴もいねぇ」

「女子高生なんていいカモだ」

「最悪、ボロボロに壊れた後、最後に行き着く先は自殺かね?」

 

 早口で捲し立てる。順序なんて知らない。知っている事だけをまくしたてる。

 

 俺が言っている事は極端な例かもしれない。しかしありえる事だ。あった事だ。ソレを俺は過去見ていた。

 

 しほは黙って聞いていた。時々目を閉じる。

 

「随分と…知ったような口を『嫌ってほど見て来たんだよ!!』」

 

 無理。あぁ無理だ! もう無理だ!! 喋っている内に感情が昂ぶり爆発してしまう。

 

「もうたくさんなんだよ!! いいか!? 悲惨なのはその後だ!」

 

怒号で黙らせる。黙っていろ。もしみほが壊れてしまったらオマエノセイダ。

 

「片親はまだマシだ! 責任は自分だと、抱え込んで終わりだ! 死んだとしてもな! だがな、両親兄弟いる奴はな、最悪押し付けあう!

 擦り付け合いだ…自分が少しでも関与していると少しでも思えば……。自分を責め続ける。死ぬまでな!!!」

 

 そう。過去自分が騙す側だった。

 

 営業、サービス業、非合法スレスレのグレーゾーンと、ヤクザな商売だった。

 知らなかったとはいえ、俺自身が人様の家庭を崩壊する一旦を背負ってたかと思うと、自分自身を殺したくなる。

 クソ。息が苦しい。酸素が欲しい。

 

「貴方に…一体何が……」

 

「それ」を見てきたと言ってしまった。

だが、そんな事はどうでもいい。

 

「俺の事はどうでもいい! 答えてくれ、しほさん。自分の口から、言葉にしてはっきり言ってくれ!」

 

「あんた母親じゃ無いのか!? 西住流? 知った事か!!」

 

「『娘が心配じゃないのか!? 助けてやりたく無いのか!?』」

 

……

 

………………

 

 フザケルナ…

 

声が聞こえた。

 

下を向き、手を握り締めている彼女から声が聞こえた。

 

「ふざけるな!」

 

「心配に決まっているでしょ! 娘を心配しない親なんて、いるわけが無いでしょ!?」

「子供が、偉そうに大人に説教? ふざけないで!! 全部わかってるわよ!!!」

「近くに居てやりたくても『西住』が邪魔をする!! それでも助けたいに決まってるでしょ!!!」

 

 しほさんが感情を出した。ハーハー言っている。

 

「だから、家は関係ないって言ってるでしょ? 近くにいて、守ってやりたいのも知っている」

 

「しほさんもダメ。当然後継者で有るまほもダメ。『西住』が邪魔をする。みほの近くに居てやれない」

 

 確認するように口にする。

 しほさん、まほも黙って聞いている。息遣いがまだ聞こえる。「だから何だ? わかっている」って、顔で俺を睨んでいる。

 

 

「だから俺がいる。俺が行く」

 

 

 「「!?」」

 

「大洗学園には、既に転校の手続きは取ってあります。来週から大洗の生徒です、俺」

 

 しほさんが、あ然としている。あら、口半開きですよ?

 

 まぁ高校生の…しかも何年も前の知り合いが、取る行動じゃあ無いだろうね。

 実は下準備は全て終わっている。

 みほの転校先がわかった時点で用意していた。

 ストーカーみたいだな。

 まぁ、それがストーカーならそれでいい。

 

「俺にとっては、西住家の人は恩人なんです。その家族が壊れようとしている。ですから助ける。それだけです」

「最後にしほさんが、みほに一言でも謝罪の言葉があれば、大丈夫…。後は何とかするし、何とかなりますよ」

 

 言い切った。

 

 この親子は「西住家」にこだわり過ぎて、「普通の家族」を忘れている。誰かが、間にさえ入ってやれさえすればよかっただけなんだ。

 その役割が、俺にできるなら喜んでやってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。申し訳ありませんでした。…ナマ言いました。スイマセンデシタ」

 

「いえ、私も取り乱しました。……まったく、大人気ない」

 

 喧嘩両成敗。お互いに謝罪をする。

 菊代さんが、持ってきてくれたお茶がうまい。

 

「本気ですか?……その、大洗の話」

 

「え? はい。本気っす」

 

 もはや取り繕うまいて。

 

 お茶を啜りながら、しほさんは聞いてくる。

 

「しかし、本当なのですか? 壊れてしまったという女性の話。そもそも大洗学園は女子高でしょう?

 どうやって、貴方が入学できるのですか? 女子高ですので変な虫もつかないと、うまく誘導したのですが」

 

「…誘導したんですか。どこまで不器用なんですか? まったく…。それに大洗は、何年か前に生徒増員目的で共学ですよ?」

 

……おい。

 

 オロオロしだしたよこの人。悪い虫が…輩が…みほが…みほがぁ…とかブツブツ言ってるし。

 

「奥様。ですから隆史さんが、みほお嬢様を守るナイト役で行かれるって事でしょう? あぁ、お茶のおかわり如何ですか?」

 

 ……菊代さんまで何か言い出した。

 

「あー…あと問題が一つ。みほが、俺の電話に出てくれないんですよ。メールも返信無いし」

 

「隆史がダメだとすると当然、私の電話も出てくれまい。…お母様は論外だしな」

 

 唸っていると、菊代さんが「仲良く3人で写真を取って仲直りしましたーって、メールで送れば一発ですよ!」と、とんでもなこと言い出した。

 

「わかりました」

 

 ……家元即答したぞ。どんだけ淋しいの我慢してたんだヨ。

 

 何度か、菊代さんに俺の携帯で撮ってもらったが表情が硬い。硬いなぁー…

 

 しかし、しほさんはどこか楽しそうだった。

 

「奥様とまほお嬢様は、表情が硬すぎますよ。そうだ! 隆史さんの顔に、顔をもっと近づけて下さいませ」エ…?

 

「こうか?」「こうですか?」

 

 近い。近い近い近い!!! いい匂いがする!!!!

 

「はい! 後は、笑って~ピース」

 

 カシャ

 

「いい感じですよ~」

 

 写真を見せてもらった。幾分マシになったと思うけど…コレ見る人が見たら俺、殺されるんじゃなかろうか?

 

「あぁ、そういえば、本日いらした時にお嬢様は随分と隆史様と仲睦まじかったですね? まさかお姫様抱っことは~」

 

ギャー

 

 しほさんが食いつく。やめてください。シンデシマイマス。

 家についても硬直していたので、仕方ないかやっただけなんですけど。

 

「お姫様抱っこ? それはどういう抱っこなんでしょうか?」

 

「あの…真顔で聞いてこないでください」

 

「それはですねぇ…」

 

よりにもよって、菊代さんがしほさんに説明している。

 

「ふむ。興味深い…」

 

 何故か食いつく家元。

 そして菊代さんは、俺に死ねと言っているのでしょうか?

 

「やってみますか!?」

 

 ヤケクソ気味に、冗談半分で言ってみたのが間違いだった。

 

 

 

「お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隆史が何故か、お母様をお姫様抱っこをしている。

 何を素直にやっているのだ? この馬鹿者は。

 

「しほさん! 近い近い!」イラッ

「ふむ。これは中々に良いものですね」イライラ

 

 お母様が、腕を隆史の首に回す。イライライラ

 

「しほさん! 胸! 胸がぁ!!」イライライライラ

「なんですか? こんな、おばさんに照れてどうするんですか?♪」

 

ブチッ

 

 隆史の携帯で、何枚か連写する。カシャカシャカシャ

 

「まほちゃん!? なんで撮ったの今!?」

 

「何故? みほにメールを送るのだろう?」

 

決定事項を口に出して言ってやる。

 

「まぁ…その状況は、隆史にとっては嬉しいのでは無いか? なんせ初恋の女性が腕の中だ」

 

「!!??」

 

「なんだ。知らないと思ったか? ちなみに、みほにもバレバレだ。馬鹿者」

 

「」

 

 何故だろう。

 今なら単騎で戦車道大会を突破出来そうな気がする。

 

「それは中々うれしい事を聞きました。うれしいですね。若いツバメというのも・・・」

 

 

 

「お母様。次は私の番です」

 

「」

 

「エー。アトモウスコシー」

 

 ナニイッテヤガル、コノババァ

 

 

「この写真。お父様に送りますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とぼとぼ、和室に向かっている。

 

 正確には戻っている。

 正直あの場面は、耐え切れなかった。無言の圧力に逃げ出してしまった。

 こんなことでは、隊長を支えられない。

 

 しかし、あの男は何者だ? 家元のあの圧力と真っ向からぶつかれるとは……。

 結婚の挨拶とかではなかったので、まぁ良しとしよう。

 

 到着した和室の前では、先ほどのプレッシャーとは変わり、別の言い合いをしている様だった。

 

 今度は逃げ出さない。

 

 覚悟を決め襖を開ける。

 

「……隊長?」

 

 飛び込んで来たのは、真っ赤になって胸を押し付けて、男の首に腕を回しているお姫様抱っこされた、我が黒森峰学園の隊長だった。

 そして、それを携帯で連写している家元。

 

 ヨシ。コロソウ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 疲れきって憔悴しきってる俺は、メールは次の日にしようと思いました。

 

 しかし、その俺の携帯が無い。

 

 …菊代さん。何してんすか? すっげぇ楽しそうな、その目は何ですか?

 

 そもそも何で俺の携帯を持って、流暢にスマホ操作してんっすか。

 

「明日楽しみですね~。あぁ本日は宿泊するようにと、奥様からの言伝です♪」ソウシン~

 

 アァー……

 

 そして、決戦の日曜日早朝。

 

携帯の画面には、懐かしい文字が浮かび上がっていた。

 

…ウレシクナイ

 

 着信 西住 みほ 

 

「……はい」

 

『 チョット、レイセイニハナシアオウカ? 』

 

 




閲覧ありがとうございます。

次回 大洗学園生活開始です!


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