「西住流に逃げるという道は無い」
廃校になった学校の廃墟。
その中庭の中心。
…みほと対峙する。
「こうなったら、ここで決着をつけるしか無いな」
Ⅳ号のハッチから、私を見据える妹は…黒森峰を去った時の顔ではなかった。
一呼吸置き、真っ直ぐな目ではっきりと言った。
「受けて立ちます」
私は、みほに向かって「逃げる」と言う言葉を、あまり使わなかった。
試合中、撤退や後退。
その様な言葉も、出来うる限り避けたかった。
それは、みほが黒森峰を去る時も…。
『隊長! 我々が行くまで待っていてください!』
エリカから無線が入る。
「……」
悪いが、待つ事はできない。
確かにここで援軍を待ち、物量で叩くのが定石だろう。
――が。
悪いが、私情を挟ませてもらう。
駆動音を響かせ、一度に動き出す。
旋回をしながら、距離を伺う。
……。
1、2回、旋回して、みほは校舎の間を走っていく。
……。
何故だろうか。
今…。
今、この時。
あの隆史がいた、最後の夏を思い出した。
あの夏祭りの夜の事は、お前には内緒だが…な。
今、その隆史は、お前の横にいる。
私が頼んだのもあるが、それは羨ましいなと、妬みにも近い感情があるな…。
みほ。
事件のトラウマは、お前だけではない。
私にもある。
隆史は過保護だと笑うが…考えてみれば、あいつに言われたくないな。
…まぁいい。
あの事件の後、お前を必要以上に…なんというのか、保護しなければと…守ってやらなければと…。
西住流としてではなく、姉として…ただ、姉として…。
お前を守ってやらなければ、ならなかったのに。
お前には言えないが、黒森峰の隊長として…西住流の次期家元として…。
私は、そのプレッシャーに潰れかけていた。
挙句、お前を追い出してしまった。
ただ…お前を守ってやらなければ、ならなかったのに。
そう思っていた。
疑問もなく、そう。
それが私の傷。
異常な程の過保護。
できうる限り、隠してきた傷。
それは、脅迫を受けているかの様な…必死になる程の…傷。
お前にも分かるだろう。
無意識にだが、漏らしてしまった私の弱音。
隆史との電話で、潰れかけた…いや、白状してしまえば、もう…潰れていたな。
そんな私が出してしまった一言。
タスケテ
それを拾い上げ、即日、駆けつけてくれた、熊本港で久しぶりに見た…隆史の顔。
……
…………
うれしかった。
ただ、うれしかった。
言えば、私の気持ちは分かるだろう。
言わないがな。
言えるはずがない。
「次弾、装填。急げ」
…
……
大洗での…例の男が関係している事件は、お母様より聞いていた。
深く、昔の傷を抉る様な事件。
それでも尚、お前は私の前にいる。
私と対峙している。
戦っている。
戦えている。
隆史だけじゃない。
お前はお前の友人を作り、もう一度、戦車に乗っている。
…隆史のお陰で、私はもう傷は癒えた。
お前はどうだろう?
はっ…。
我ながら、うまく言葉が繋がらない。
他人が聞けば、良く意味が分からないだろう。
結局の所、私が聞きたいのは一つだけだな。
もう一度、初めの場所。
廃学校の中庭に戻り、対峙する妹に聞きたい。
また戦車に乗り……潰れかけた妹に聞きたい。
みほ…。
お前の戦車道は見つかったか?
「「 撃て!! 」」
◆
「なに、難しい顔してんのよ」
「……尾形さん。いい加減、気配消して背後を取るのやめて下さい」
観客席より少し離れた場所。
娘達が対峙する姿を大画面から眺めていた。
先輩…。
昔から私に気がつかない様に、背後を取るが好きだった。
それは、現在進行中で。
「あと、いい加減その着ぐるみ脱いだらどうですか?」
「いやぁ~ちょっと気に入っちゃって!!」
「…島田流の娘が、用意した物ですか」
「これいいわね! 見た目の割に動きやすいし!! もう不審者は、ほとんど狩り尽くしたわ!!!」
「…殺していないですね?」
「個々の生命力は知らないわ! 自己責任よ! 弱ければ死ぬんじゃない?」
「…恐ろしいことをサラッといいますね」
私の横に着ぐるみのまま座り、そんな事を宣う。
この人は、見た目とは違い、細かい手加減ができる人だから…まぁ大丈夫だろう。
……。
昔…言っていたわね。
手加減…どこまで壊せるか、分かって調整できる方が面白いと…。
拷問とか得意そうですね…昔から。
「いやぁ~…結局。あの3人、昔からずっと一緒よね」
「…隆史君は、一度転校してしまいましたけど」
「それでも、最後には一緒になってるしねぇ…感慨深いわね!」
着ぐるみの頭を外し、腕を組みながら私の横に座った。
汗一つかいていないその顔は、どこか懐かしそうだった。
建物という名の壁を使い、狭めた視界を利用し…右往左往、動き回っている。
決勝戦の全体的な流れを見ても、やはり改めて思う。
みほの戦い。
…やはり西住流ではない。
どちらかと言えば、島田流に近い動き。
それが余計に私を苛立たせていた。
…今までは。
すでにその苛立ちは無い。
素直にあの子達の試合を見る事が出来ている。
「やるわねぇ、みほちゃん。後手に回ってるけど……まほちゃんの動きに、ちゃんと着いていっている」
「……」
あの子が、川の上。
戦車の上を飛び続ける時、私は手を握り締めていた。
手の中は、汗で湿るほどに。
爪の跡がつくほどに。
そこで気がついた。
無意識に声が漏れる…
「…すでに私は、みほを…許してしまっていましたね」
「んぁ? あぁ、勘当するって言っていたわねぇ」
「勘当…その時一度、隆史君に怒られましてね…そのお陰かもしれませんね」
「隆史? あぁ!! あんたの所に乗り込んだって話ね!」
面白そうに笑っている先輩。
私に意見する…特に、隆史君が私に対して敵意を剥き出しにしたのが、余程愉快らしい。
後で、聞いた事を後悔していた。
私も見たかったと…趣味の悪い。
…ふっ。
彼のお陰で、勘当する事を、踏み止まる事ができた。
本当にあの時、みほを勘当をしてしまっていたら…大洗での、あの時…あの誘拐事件。
私はあの子に、会おうともしなかっただろう。
そもそも行く事も無かった。
…怯え切った娘に何もできなかっただろう。
気がつく事すら無かっただろう。
壊れかけた娘を…私が見捨ててしまう事になっていた。
あの時…あの場に行けて、本当によかった。
『 大洗学園、ポルシェティーガー、八九式中戦車、走行不能!! 』
あと一輌。
大きな音量のアナウンスが入る。
「…ま、正直に言うとね」
「……先輩?」
「あんたは、隆史に感謝してるって前に言ってたけどさ」
「えぇ…まさか転校までしてくれるとは…思ってもみませんでしたから」
「本当は私の方こそ、あんた達に感謝してんの…隆史を良い方向に変えてくれた」
「…え」
遠くを見つめる目で、私を見ないように…真面目な口調で話し始めた。
「あの馬鹿息子…ちっちゃい頃、まったく笑わない子だったの」
「…そうなのですか? 私は良く笑う子だと思っていましたけど」
「まほちゃんと、みほちゃん。あの子達と会ってから変わったのよ」
あの事件の後、変わっていったって事…でしょうか?
「物心が、付き始めた辺り…子供の振りをした子供みたいな感じが強かった。普段は泣かない、笑わない…子供らしく我侭すら言わない」
「……」
私と初めて会った時は、普通に笑っていたと思いますが…。
「一番気味が悪かったのが…理解していたのよ…大人の会話を。何より上下関係を」
「…上下関係?」
「人の立場というものを理解していた」
家族の中、子供としては、親が上に当たる。
そういったものを理解していたと、それらしい事も言っていたと嘆いている。
会話もなにも接客をするようだったと。
「私が怒ったりしたら、すぐに謝る。なにも言わない…全て受け入れる…一度、恐怖を感じたわ」
「恐怖?」
「…話す言葉が、初めから全て敬語だったの」
「……」
「テレビも見ない子だったから、どこで覚えたかしらないけど…私に対しての謝り方が…『すいません』だったわ」
「す…」
「私が耐え切れないで、一度手を挙げた事があったんだけど…」
躾としてではなく、そんな子供に先輩自身、追い詰められていた。
育児ノイローゼにまで、なりそうな時に一度感情的になってしまったと嘆いている。
「しほ。あんただったらどうする?」
「な、なにがですか?」
「殴られた子供が、その殴った母親に対して…………うすら笑いを浮かべたのよ?」
背筋に悪寒が走る。
その子供が、隆史君だと思うと余計に…。
「その私を見る目…下から上を目だけで見る…卑屈な人間の目だった。あれは、諦めた笑い」
「……」
「まいったわ…。本当にどうしていいか、分からなかった」
先輩が一度、意気消沈…鬱気味になっていた時期があったけど…その時か。
「成長するに従って、冗談を言ったり、愛想笑いは、する様になったのだけど。4、5歳の子供が…愛想笑いよ?」
それでも待望の男子。
殴ってしまった事を反省し、根気よく…手探りでも息子と向き合うと、多少は良い方向に変わってくれたと、少し寂しそうこちらを見る。
しばらくして、自分を鍛えたい。
そう言い、先輩を…母を頼って来た時は、泣くほど嬉しかったと、懐かしそうに言っている。
…母の様になりたいと言ってくれた時は、それはもう狂喜乱舞したそうだ。
「そんな子供。周りの大人も子供も…近づく事もしないわよね」
「……」
「ま、そんなんで、誰か他人と接してもらおうと…あんたの所に連れて行ったのよ。…あの事件の日にね」
同い年位の友達を作らせたかった…。
それは始まりだった。
娘達と知り合ったのが切っ掛けで、そこからは段々と、今の様な性格に変わっていった。
多少、過保護気味な性格になってしまったと、笑いながら言っている。
…この人も、子育てで苦労していたのか。
「…だから、本当に感謝してんのよ? 息子の初恋相手には」
「……」
その言葉は対応に困りますね。
カッと笑い、思い出話はここまでと、その着ぐるみは立ち上がった。
「ほら。決着、つくわよ」
「……」
二人の娘が、向かい合っている。
会場内…周りも見守るかの様に静かになっていた。
…
みほの号令と共に、Ⅳ号が動きだした。
距離を測る。
みほが…Ⅳ号戦車が、大きく旋回。
……
履帯が切れ、転輪もむき出し…。
火花を散らしながら、ティーガーの後部に最短で回り込……なるほど。
グロリアーナの時と同じか。
……。
二つの戦車が黒煙に包まれる。
その煙は中々、晴れない。
…………。
「さ、そろそろ私は行くわ」
「…はい」
熊の頭部を付け、背中を向ける。
しかし、なぜ先ほどの話を今したのだろう…。
「ま、私が今回…過去の犯人とやらを、見つけないように祈ってて」
「見つけないように?」
「ちょっと私も今回、感情的になっててね…」
背筋が凍る。
本気の先輩…尾形 弥生を見たのは…久しぶりだった。
この彼女を知っているのは…千代と私だけ。
だから分かる…この人は、本気で言っている。
「…みほちゃん達のこの試合に、ケチをつけたくないし……何より」
会場中に大きな音量のアナウンスがまた入る。
その直後、大きな歓声が会場内から溢れてきた…。
「……そいつに加減できそうにないしね」
◆
「お疲れ様でした!」
沙織さんがそう言って、お辞儀した相手…。
ボロボロになったⅣ号戦車。
今でもまだ信じられない。
…勝った。
お姉ちゃんに…勝てた。
必死だった。
終わってみれば、必死すぎて現実感があまりない。
………。
河嶋先輩に泣かれ…。
会長に抱きつかれ…。
遅刻データを消してもらった麻子さんも喜んでる。
……。
優勝…。
これで廃校は無くなり、まだ大洗にいられる。
日も傾き、見るもの全てがオレンジの色に染まっている。
なんだろう…やっぱりちょっとまだ、信じられないや。
切っ掛けは兎も角…。
友達も出来て……隆史君が来てくれて…。
…戦車道に復帰して…。
……。
思い起こせば、止まらない。
一緒に闘ってくれって、笑い合って並んでくれている皆を見て…。
色々合って、色々思って、色々喋って。
…一緒に戦車に乗ってくれて。
楽しかった。
もう楽しかった思い出しかない。
戦車が…やっぱり好きだったんだなと…実感できる。
「よし! んじゃあ、行くよぉ!」
あ、そっか。
会長の声で、我に帰った。
閉会式…でも…。
…でも、隆史君がまだ帰ってこない。
会場にはいると会長から、教えてもらっていたけど…まったく顔を見ないなぁ。
相変わらず携帯は電源を切っているみたいだし…。
それだけが、ちょっと寂しい。
「あっ! ちょっとだけ…すみません」
背中を向けている、お姉ちゃんの元に走る。
話したい…声を掛けておきたかった。
「ん? エリカがいないな」
「あ~…副隊長は、まぁ察してあげてください」
「…分かった」
撤収準備の最中。後ろをから声をかけると昔と変わらない、厳しい顔でこちらを振り向いてくれた。
「お姉ちゃん…」
向かい合ってみれば…言葉が出てこない…。
「……ぅぅ」
相変わらず真っ直ぐ私の目を見てくる。
「……」
…ど、どうしよう。
「…優勝おめでとう」
「え…」
「完敗だな」
笑った…お姉ちゃんが…。
黒森峰でもあまり笑う事が無かったお姉ちゃんが。
やさしく笑ってくれた。
差し出された右手を繋ぐ。
ちょっと…握手は気恥ずかしいけど…嬉しい。
「みほらしい戦いだったな…西住流とは、まるで違うが」
「そうかな?」
「そうだよ」
…お姉ちゃんの目が、私から私の横を見ていた。
「あ…」
後ろを見てみると、沙織さん達が心配そうに見守っていてくれた。
…戻ろう。
「じゃぁ、行くね」
「あぁ…」
一言二言。
それしか話さなかったけど…よかった。
お姉ちゃんと話せて…。
あ、これは言っておこう。
見つけたんだ。
見つける事ができた。
皆と一緒に。
「お姉ちゃん!」
振り向きながら、ちゃんと言っておこう。
「やっと見つけたよ! 私の戦車道!」
■■■
…負けた。
あの子に負けた…。
目から溢れてくる物を拭いながら、座り込み…車の横にもたれ掛かる。
まるで隠れる様に…。
止まらない。
溢れるモノが止まらない。
目が熱く…拭っても拭っても。
……。
なにも…なにも出来なかった!!
ただ、私は焦ってしまっただけ。
私情に駆られ、冷静な判断が出来なかった。
何ができた?
もっとできたはずだ。
後悔と自責の念で潰れそうだった。
結局試合後も…こうやって逃げ出してしまった。
隊長の顔を…見れなかった。
あの子の能力は、分かっていたはずだ。
何が、叩き潰すだ。
何が、叩き潰すだ!!!
…。
車を殴っても意味がない。
ただ、痛いだけ。
観客達も優勝校を見に…閉会式の会場に脚を運び始めている。
人もまばらになる中、そんな会場の隅で…そんな私は何をしている…。
隊長達は、撤収しただろうか。
…初めにいた、ガードの方達も…隊長達の方に行っているのか…見当たらない。
「……」
ジープのドアに手をかけ、立ち上がる。
目の周りが腫れた様な熱を帯びている。
…こんな顔で戻れるか。
しかし、いつまでもこんな所にいても仕方がない…。
まだ…目から溢れてくる…。
「みぃ~~~~~~つけたぁ」
「っ?」
車の正面から、声を掛けられた?
夕日が逆光になり、黒い影しか見えない。
…男?
「やぁ~やっと出てこれたよ。隠れているだけってのも、結構疲れるもんだねぇ…」
隠れる?
「お誂え向きに、一人になってくれて本当に助かるよぉ?」
…誰?
き…気持ち悪い。
嫌悪感が先走った。
なに!? こいつ!?
「あれぇ? ぁぁあ! そっかそっか。負けちゃったのが悔しくてぇ…こんな所にまで来たのかぁ」
「…誰ですか、貴方」
「あらあら、泣いちゃってまぁ…ソソルネ!!」
ぐっ。
手で目を拭う。
馴れ馴れしく喋りかけてくる男…。
私の言葉を無視し…ゆっくりと近づいてくる。
「まぁいいやぁ…ねぇ。逸見 エリカちゃぁん」
「…なんですか。近寄らないで…ください」
ケタケタと、笑っている男。
私が反応すると、一々嬉しそうに笑う。
…私の名前を喋る口が、気持ち悪い。
なぜ私の…あぁ…黒森峰の副隊長だしね…知っていても変じゃないか。
……ハッ、副隊長ね…。
何が副隊長よ…。
「君さぁ…せっかくガードしてくれている人達とぉ…離れちゃダメだよぉ?」
「!?」
こいつ!?
え!?
うまく思考が働かない。
自身の嘆きすら飛ばし、一気に現実に引き戻された。
「ばぁかだよねぇ? 本人達なんて、ガード固くて手なんて出せるわけねぇのにさぁ…」
何をいってるのよ。
なんで知ってるのよ!
よろよろと、肩を左右にふらつかせて近寄ってくる…。
「…初めから狙いは、エリカちゃんだったのにさぁぁぁ。ばぁぁかだよねぇ?」
今回の騒ぎ…こ…こいつから…!?
な…なんで、私?
「周りの無能のセイデェ? 可哀想にねぇ?」
ビニール袋から…棒状の物と…なにか、機械の様な物を取り出した。
…目が慣れてきた。
男の顔が分かった。
…気持ち悪い。
爬虫類のような目…。
ニヤついた口。
やせ細り、頬骨が少し…浮いている。
「近づかないで!! 人を呼ぶわよ!?」
まだ周りに人がいる。
助けを呼ぶのも簡単だ。
「呼べばぁぁ?」
「…え」
走ってきた。
そのまま棒状の様な物を振り上げ、車のサイドミラーを叩き落とした。
鈍い音がして、地面に転がる…。
少し…掠ったのか…髪に触れた感触があった…。
いきなりの事に、呆然としてしまう…。
「ほら? 呼べば? 命の危険だよ? 呼べよ!? ほらぁぁ!」
フロントガラスを今度は、叩く。
蜘蛛の巣上のヒビが広がった…。
「…なっ」
「ね? 人なんてこんなもんだよぉ? いっぱい人が見てるよね?」
周りを見渡す…。
何があったかと、数人の人が見ている…が、誰もこちらに来ない。
通報してくれているのか…携帯をかけている人が何人かいるだけ。
「凶器を持った奴になんてさぁ…誰も近づかないよ? ほらね?」
地面に座り込む…。
違う…腰が抜けた…。
本気の殺意…本気の男の暴力。
……。
なんで……?
なんで私?
最初から、私を狙っていたと言っていた。
怖い…。
「いいよぉ? あんま時間無いけど、答えてあげるぅ…」
私の思考を読み取ったかと思うほど、軽い調子で返答があった…。
カチカチと歯が…なり始めた。
「ヒッ!?」
座り込んだ私の顔の横に、その棒状の物を当ててきた。
殴るわけでもない…。
だけど…冷たい感触が…怖い。
「みほちゃんとまほちゃん」
「…え」
「それと、君の大好きなぁお兄ちゃんのせいだよ?」
「……なっ…」
その呼び方は…なんで…え?
「簡単に言うとね? その3人の代わりなの。可哀想にねぇ?」
「…代わり…え?」
「当てつけだよ? アテツケェ!!」
ガツンと…私の横の…車体を殴った。
金属音がぶつかる音が…耳を刺す。
「あの三人のだぁぁいじな、君がさぁ。どうにかなっちゃったらさぁ…すっごく気持ちがイイトオモウノォ」
ケタケタと笑っている。
コンコンと、車体を叩きながら。
「こんなぁ…大事な日にさぁ…。みほちゃんの優勝記念!! この…忘れられない日にさぁ…どうにかなっちゃったらぁヵか!」
振り上げた。
「一生…のぉ…記念になるとぉ…思うのぉ?」
ニヤついた顔で。
「ごめんねぇ。一般人なんぞ、どうでもいいけどさぁ…ガードしてくれていた人達が戻ってきたら面倒だからさぁ…ちょっと早いけど…まぁいいや」
気がついたら、一定の距離を取った人に囲まれている。
でも…誰も助けてくれない。
ただ、見ているだけ。
ま、そうか…親子連れもいる…。
普通なら…通報するか…逃げるか…。
私も逃げればいいのに…。
そんな考えが頭を過るが、現実は違う。
体が強張り、歯が鳴り…目の周りが熱いく…痛いと思う程に見開いてしまっている。
完全な硬直状態…。
熱い目に…その視界に男の振り上げた…黒い棒が映る。
「はい、サ ヨ ウ ナ ラ」
男が笑いながら呟いた瞬間。
…視界が、赤に染まった。
その赤が、波をうって揺れている。
私と男の間に割って入った、大きな影。
その影は、大きく動く。
息を切らしているのが分かる。
私の視界を遮り、夕陽の色と重なり…赤一色。
その影が動く。
…ドンッと、力任せに何かを叩く音。
同時に…機械音が聞こえてきた。
『 やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!! 』
閲覧ありがとうございました
思いの他、重い内容…シリアスすぎちゃった。
決勝最後は、大洗視点ではなく、別視点で書きたかったので、名セリフとか言わせれなかった…。
そんな訳で……
次回 最終回