転生者は平穏を望む   作:白山葵

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     ~  尾形 隆史  ~

 人集り

 

 

 現在、大会の表彰が行われてる時間。

 出店もあらかた片付けられて、会場全体から…祭りの終わりの寂しさ感じるような、少し寂れた風景。

 

 その中に人集り

 

 見つけた

 

 黒森峰の車の横…腰をつけて…座り込んでいるエリカを見つけた

 

 見つけた

 

 あの男を

 

 その男は、間接的に俺達を狙ってくる

 

 納涼祭の時といい

 愛里寿の事といい…

 

 一番癇に障る方法で

 

 いつまでも…心に残る方法で…

 

 

 沙織さんを思い出した

 

 愛里寿を思い出した

 

 

 被る

 

 

 ジープの横で、座り込み

 

 男を前に怯えきっている彼女を見た時

 

 

 あの時の姉妹と…被った

 

 

 左腕に衝撃が走る

 

 どこかで見たような、黒い棒

 

 鉄の棒

 

 間に合った

 

 目の前の男は、俺という乱入者をつまらないモノを見る目で見ていた

 そして何かに気が付いた様に…薄ら笑いを浮かべた

 

 

「……」

 

 

 お前…エリカにナニヲシタ?

 

 

 上手く思考が働かない

 

 もう一度、思い出す

 

 …沙織さんを思い出す

 

 骨が軋む。

 

 …愛里寿を思い出す

 

 歯を食いしばる。

 

 …まほを思い出す

 

 筋肉が膨張する。

 

 みほを思い出す

 

 

 

 殺意が沸く。

 

 

 

 その感情が支配する

 

 

 …殺してやる

 

 

 

「……」

 

 

 

 なるほど

 

 

 愛里寿が、言ってくれた通りだ

 

 少し形が変わったが、これがこいつの狙いか

 

 愛里寿の予測を聞いていたお陰だろう

 

 冷静になれた

 

 自分を取り戻せる

 

 その殺意を…強引に意識を胸に持っていく

 

 目の前の男を殴るように…自身の胸を殴る

 

 

『 やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!! 』

 

 

 もう一度

 

 

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

 

 これで、もう大丈夫だろう

 

 後は…いや…先に

 

 強引に左腕を動かし、鉄の棒を払いのける

 そのまま…右肩で思いっきり男を突き飛ばした

 

 男のやせ細った体は、派手に後ろに吹っ飛び、大の字になって倒れた

 またそれもワザとらしく…人を揶揄う様な仕草で

 

 お前は、後回しだ

 

 先にやる事がある

 

 振り向き、座りこみ…彼女の目線に合わせる

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

「あっ…ぁ…り…」

 

 お礼を言おうとしてくれているのだろう。

 しかし歯は鳴り、目を見開き…涙を浮かべて震えている。

 何かをしようと、手は胸の前だした所で、震えて止まっている。

 

 ……見た。

 

 昔見た…ショック症状。

 

 トラウマになる手前。

 

 試合後の事もあるだろう。

 直接的な暴力…殺されると…思ったんだろう。

 

 まずいな。

 

 呼吸がおかしい。

 

 過呼吸にでも、なりそうだ。

 

 ……。

 

「ぁ…っ?」

 

 両手で、彼女の顔を包む様に…手を挟んだ。

 一瞬、ビクついてしまったが…そのまま構わず、両手の親指で目を拭い…涙を拭ってやる。

 

 はっ。

 

 ちょっと変な声がでたな。

 

「…大丈夫か? エリ…リン」

 

 名前で呼ぶより…まぁ。

 この呼び方の方が、俺だとすぐに気がつくだろう。

 声をかけ…落ち着かせようか。

 

「…ぇっ」

 

 ので。

 

「お…おにぃ…ふぁっ!?」

 

 ムニムニと。

 

「ふぁっ!? ふぁにぃ!?」

 

 そのまま頬っぺたを、揉みしだく。

 

「ふぇ!? ふぉ!?」

 

 顔全体をマッサージする様に。

 

 あー……。

 

 ちょっと楽しい。

 

「何すんのよ!!!」

 

 内側から、手を払いのけられた。

 よし、少し表情が戻ったな。

 目にも、光が戻った。

 

 バンッバンッ! っと、音が出る様に、両肩を掌で叩き。

 両腕を体を挟む様に、また…叩く。

 

「ふっ!?」

 

 丸くなっていった、背筋が伸びた。

 そのまま、胸で固まっている手を握ってやり声を掛ける。

 

「どうだ? 落ち着いたか?」

 

「…え」

 

 体の硬直状態が、治っていた。

 それに気がつたのだろう…、こちらを見上げてきた。

 まだ…怯えが見て取れる…。

 

 ふむ。

 

 いつまでも座り込ませている訳にも行かないが…下手に動かれるのも困る。

 

「エリカ」

 

「…なっ……何よ」

 

 目を逸らされ…また塞ぎ込む様に…下を向いた。

 

 …ふむ

 

「下向いて…どうした? 何? 漏らしたの?」

 

「はぁ!? 何言ってっ!? スカートをつまむな!!」

 

 あらま。

 また、手を払われちゃった。

 今度は、赤くなった顔で、睨まれ始めちゃったねぇ。

 

 ……

 

 …………

 

 エリカと話し、自身も冷静さを取り戻していく。

 目の前の睨む彼女も…また、冷静さを取り戻していく。

 

「おぉ、よしよし。いつもの調子だな!」

 

「…アンタは…少しは空気、読みなさいよ…」

 

 ま…大丈夫だろう。

 ここまで、叫べるなら。

 

 ……。

 

「…なんでいるのよ」

 

「……」

 

「…なんで助けるのよ! みほの所にいなさいよ!」

 

「……」

 

「散々、逃げたこと責めてた私が! こんな事で逃げ出した私を!!」

 

 俺と話す事で、安心…してくれたのだろう。

 再び泣き出した。

 

 感情が溢れ出す…そんな嗚咽にも似た叫び。

 

「選りに選って……なんで…アンタが…助けるのよ…」

 

 顔が…涙でグチャグチャになっている。

 まだ途切れと途切れの言葉で、何となくしか意味は分からないが…まぁ関係ないな。うん。

 

 彼女の頭に手を置く。

 

「ちょ!? 何!?」

 

 少しまた赤くなるが、特に手を払いのける事もしなかった。

 

 多分、柔らかいのだろう。手袋越しじゃ分からんな。

 その柔らかいであろう髪の上を、手袋越しの手を動かす。

 驚くエリカを無視し、頬までその手を滑らす様に撫でる。

 

 …昔、小さい頃に撫でてやった様に。

 

「エリちゃんだけ…見ていてやれなかったからな」

 

 昔の呼び名。

 

「…何の為に、馬鹿みたいに体を鍛えてたと思うんだよ」

 

 何度か撫でる内に、漸くこちらを見るようになった。

 

「体張ってでも、色んな事から守ってやる為だろうが」

 

 彼女の体が、硬直した。

 

「これからは、見ていてやる」

 

「…」

 

「ちゃんと…見ていてやる」

 

 ま、こんな着ぐるみ越しに言われても…どうとも思わないかもしれない。

 

「だから、そんな顔するな」

 

 けどな。

 

「…少し、待っていてくれ」

 

 呆気に取られている彼女を尻目に、立ち上がる。

 追い縋る様な目は…エリカには、似合わんなぁ…。

 

 エリカには背中を見せ…俺は、あの男を正面に見る。

 

 後は、目の前の笑い転げている男を…処理するだけだな。

 逃げる気は更々無いのだろう。

 

 時間も稼いだ。

 

 そろそろだろうしな。

 

 さて…と。

 

 

「ちょーと…お兄ちゃん。頑張っちゃうかな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

「カッ!! カヒャァァアハハハハ!! ソッカ、ソッカァァァ!!」

 

 脚をバタバタさせ…寝そべりながら、笑い転げている。

 

「イタネェェェ!! やっぱりいたかぁぁ!!」

 

 …殺意がまた蘇りそうだ。

 

「かぁぁぁぁぁぁぁぁこ!! いいねぇぇぇ!? 予定とはちっがうけどぉぉ!! まぁいいやぁぁ!!!」

 

 一頻り笑い転げ…ゆっくりと立ちがる。

 …一言も喋らないっで、処理しようと思ったが…まぁいい。

 少し、話してやる。

 

「よぉ、久しぶり…『 学ラン赤T 』」

 

「あぁ? なんの事ですかぁ……ぁぁ、そうだったねぇ…懐かしいねぇ」

 

 笑い疲れたのか…息を切らしている。

 前屈みなりながら、楽しそうにしているな。

 

「いやぁ…いいねぇ、コレ、覚えてるぅ? 懐かしいよねぇ?」

 

 片手に持った、鉄の棒を揺らしている。

 揺らしながら、見せつける様にこちらに向ける。

 

 …あぁ。そういう事か。

 

「お前の腕、叩き折った棒だねぇ。同じタイプ探すの苦労したよぉ?」

 

 トラウマにでもなってると思ったのか、態々俺を刺激させる為に用意したのか?

 はっ…。

 

 左腕を上げ、同じようにフラフラと、見せつける様にして言ってやる。

 

「…今度は、叩き折れなかったな。ご苦労さん」

 

「……」

 

 平然と喋り返してくる俺が不思議なのか…癇に障るのか…男の表情が消えた。

 

 ま。

 

 いいや。

 

 徐に…普通に歩きながら近づく。

 

 不用意すぎると思ったのか、後ろでエリカの声が聞こえた。

 なるほど。もう片方の手に持っている、黒い機械が気になるのか。

 

 問題にもならん。

 

 近づく俺に警戒したのか、男は腰を落とした。

 自身の武器を見せつけるように…両手を前に出す。

 

 …馬鹿だろ?

 

 出した瞬間…スタンガンを持っている手を、その手ごと掴んだ。

 

 そのまま…握り潰す。

 

「…………ぁ?」

 

 本気で力を出したんだ。

 そりゃ、ひしゃげるだろ。

 はっ。

 ダージリンと初めて会った時を思い出した。

 

 まぁリンゴを握り潰すのとは訳が違うが…安物だったのだろう。

 男の指と共に、スタンガンは接続部分から音を出して…壊れた。

 

「…悪かったな。使う機会を奪って」

 

 痛くないのだろうか?

 呆然と手を離してやったら、呆然と自身の手を眺めて……笑いだした。

 

「カッ!! うふふぁぁぁぁ! いいねぇ!! でぇ!? 今度はぁ!? どうするのかなぁ!?」

 

「……」

 

「こっちはぁ?? こっちの棒はどうするのぉぉ!?」

 

 アピールするかの様に、残った手を俺の目の前に出して来た。

 一々、癇に障る喋り方をするな。

 

 冷静になると分かる。

 でも…挑発が、俺から言わせれば…下手くそだ。

 でかい声で、狂ったかの様に言えば良いとでも思ってるのか?

 

 一心不乱にベコの頭部を殴り始める。

 耳は壊れ、目割れて…。

 だからなんだ?

 

「痛みなんてもう感じねぇんだよぉ!!?? どうするよ!? どうするのぉぉ!?」

 

 お前の事は聞いていない。

 

「やれやぁ!!!」

 

 誰に言ったのだろう?

 狂ったセリフ…の、つもりだろうか?

 

 見ていたギャラリーから、悲鳴が起きた。

 

 近くに停めてあった、車の影から別の男が…ナイフを翳してこちらに突っ込んでくる。

 

 …だから?

 

「…ひっ! やった…やっちまった…」

 

 青くなった顔の、男の顔が見えた。

 なんだ。

 まだ仲間がいたのか。

 

 俺の脇腹辺りに体当たりをした男。

 伸ばした腕をそのままに、青くなって震えている。

 

 ま。いいや。

 

 空いたもう片方の手で、もう一人の男の頭を鷲掴みにする。

 後は、悲鳴が響くだけ。

 

 …男の子だろう? 我慢しろ。

 

 すぐにその場に、力無く崩れ落ちる男。

 なんだよ。これしきの事で意識が落ちるのか。

 

 脇腹付近に刺さったナイフを抜き出す。

 血は着いていない。

 

 …愛里寿様様だな。

 

 投げる様に地面に突き刺したナイフを、そのまま強く踏み込み…完全に地面に埋めた。

 

 お前らの事なんて、長々と語りたくも無い。

 

 なんだ? 何を驚いている。

 

 さっきまでの威勢はどうした?

 

 ま…何にせよ……

 

 

 

「 終わりだな 」

 

「あぁ?」

 

 

 後ろから、男の頭が掴まれた。

 

 青い手袋の手に。

 

 その手とは別に…。

 

 腕が。

 

 脚が。

 

 体が。

 

 無数の手に掴まれる。

 

 青い手に顔事、地面に叩きつけられる男。

 一瞬で、何人かの…熊の着ぐるみに、俺の足元に押さえ込められた。

 

 男の背中の上に、青いモヒカンの熊。

 

 各、部位に各種、着ぐるみ改造された、色んな職業の黄色い熊の着ぐるみ。

 

 

 

「はぁ!? なんだ!? ぐっ!!」

 

 取り敢えず…。

 

「そこどいて」

 

「……」

 

 男の背中の上にいた、青いモヒカンのベコ。

 目の部分が、明らかに発光してるし…。

 

「……」

 

「…もう、いい年なんだから…いい加減、子離れしてくれ」

 

 というか…ちょっと、雰囲気が危うかった。

 完全に背骨…その人体急所の一部を、押さえていた。

 

「……」

 

「なんか、喋れ。怖いから」

 

 そのまま、無言でその場を離れた。

 少し距離を置き、座って…というか、いつでも飛びかかれる様にしているなぁ…。

 

「…はぁ!?」

 

 男は、混乱しているのか、周りで取り押さえている着ぐるみを、顔を動かしながら見ている。

 

 …胸のマークを2回。

 連続で押すことで、GPSを起動、居場所を教える。

 ベコは仲間を呼んだ!! って事になるそうだ。

 愛里寿さん。

 一日で、こんな着ぐるみ作らないでください。

 

「ぁぁああ!? ふざけんなよ!? てめぇ!!!」

 

 騒いでるなぁ。

 

 うるさいなぁ。

 

「こんな事でいいのか!? あぁ!? こいつら、西住の奴らだろ!?」

 

 さてと。

 

「結局、てめぇは、あのババァに頼りきりかぁ!? あのババァの犬のまんまかぁ!? あぁ!?」

 

 一気に余裕が無くなったな。

 挑発が…短絡的になってる。

 

 男の顔の前に、持ってきた鉄の棒が転がっている。

 …それを拾い上げてみた。

 その姿を見て、男の顔が笑顔に変わった。

 

 …やっぱりか。

 

 俺が挑発に乗ったと、思ったのか…嬉しそうに喋りだした。

 

 

「そうだよなぁ!? 特にてめぇは、べったりだからなぁ!? あのババァのバター『 黙れ 』」

 

 

 手で顔を掴む。

 喋らせない様に…頬骨さら握り潰す様に…。

 

殺気を込めて。

 

殺意を込めて。

 

分かるか?

 

俺は我慢しているだけだ。

 

お前の思い通りにならない為じゃない。

 

あの二人の…。

 

あの姉妹の為だけに…。

 

それだけだ。

 

 

 

 

 目だけ…こちらを睨むように見ているな。

 その特殊警棒を持つ手を…楽しそうに見てくる。

 

 …だから。

 

「はい、物的証拠」

 

 隣の別のベコさん渡してみた。

 

 男の目の色が、変わった。

 

 …………。

 

 さて。

 

 合図を送る。

 離してくれと。

 取り押さえてくれていた、他のベコ達がゆっくり…躊躇しながらも離れてくれた。

 申し訳ないが…この男が逃げられない状況で…何もできない状況で…。

 

 一番の嫌がらせをしたいんだ。

 

 

「お前は、もう喋るな」

 

 

 

「 」

 

 息が苦しいのだろう。

 痛みが感じない? 呼吸はしてんだろ?

 これなら苦しいだろう?

 

 案の定…俺の手を両手で掴んできた。

 

 散々、喋らせてやっただろ?

 

 だから…今度は俺の番だ。

 

 

 こいつの狙いは、傷を付ける事。

 この大会で、エリカを傷つけ…大怪我を負わせ…もしくは殺害。

 一生戦車道に関係するであろう…俺。西住姉妹…いや、親子に対しての傷。

 戦車を見る度、思い出す様に…。

 

 まぁ…分かりやすいが、一番効果的だろう。

 本当にそんな事になってしまっていたら…と、想像すらしたくない。

 

 

 

「いいか? よく聞け」

 

 

 

 …愛里寿曰く。

 

 これは予備プラン。

 あの事件で、こいつらが捕まった原因。

 まぁ…俺だな。

 

 

 

「お前の恨みなんて知らん。自業自得だ、自分で何とかしろ」

 

 

 

 その俺を、殺すのではなく。

 西住流でも揉み消しが出来ないような…犯罪を犯させる事。

 

 

 

「お前の事なんぞ、もうどうでもいい」

 

 

 

 自身を、俺に殺させる。

 

 自分自身と同じにさせる事。

 この大会で、俺が実際にそんな事をしてしまったら…。

 ま、想像は容易い。

 

 

 

「お前は『俺達』の『特別』なんかじゃ無い」

 

 

 

 …だから、大洗の納涼祭の事件も…愛里寿の事も、遠巻きに俺を挑発してきたのだろうな。

 その挑発も、成功したらしたで…再起不能の傷となる。

 エリカの事も…だ。

 挑発を繰り返し、恨みを持たせる事…だと言っていたな。

 

 態々、昔と同じ様な警棒まで用意して。

 

 例え、先ほどの男が、俺を刺して殺したしても構わなかったのだろう。

 どう転んでも…俺達を傷つけたかったのだろ?

 

 

 

「ただの犯罪者として処理されろ。俺達は、お前の事なんて忘れてやる」

 

 

 

 だから言っておいてやる。

 

 お前は、邪魔だ。

 

 

 

「俺は、お前が期待する事は、何一つ叶えてやらない」

 

 

 

 手を離し、男を解放する。

 その場に崩れ落ちた男を見下ろす。

 

 もう、誰も傷つかない。

 もう、あの姉妹の人生にお前は絡ませない。

 

 

 

「最後に俺、個人としてお前に一言」

 

 

 

 酸欠状態なのか、目が虚ろになっているな。

 …死にはしないだろ。知ったことじゃない。

 両手で胸ぐらを掴み、無理やり立たせる。

 

 …納涼祭のみほを思い出す。

 

 お前とのなんかのドラマはいらない。

 

 …次に意識を取り戻す時は、もうお前は…俺達の人生に関係ない。

 

 だから。

 有象無象として消えていけ。

 

 

 

「人の女、泣かせてんじゃねぇよ」

 

 

 

 

 全力で、力の限り…抱きしめてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

「…熊だ」

 

 ……。

 

「熊が、副隊長を鹵獲してる!!」

 

 …………。

 

 もう、ベコは着ていない。

 

 着てないよ!?

 

 久しぶりに露骨に熊呼ばわりされた!!

 

 腰が抜けていたエリリンを抱き上げ、まだ駐屯していた黒森峰までやってきた。

 お嬢様をお連れしましたよ…と。

 

 すでに夕日も沈みかけ、暗くなりかけている時…だったのが、余計悪かったのか…。

 

「……試合後に、副隊長が逢引してた…」

 

「……」

 

 腰が抜けている為に立てませんからね。

 お姫様抱っこ状態で、動けませんからね!

 好き勝手言われてますね!!

 

 なんで、エリリンなんも言わないの!?

 

 …あれ? なんか…天パの子は、キラキラした目で見てる…。

 

「…っ!?」

 

 悪寒がした…。

 

 あ…あれ?

 

「 タ カ シ 」

 

「ま…まほちゃん…」

 

 人集の一番奥…腕を組んで真っ直ぐ見てくる隊長様がおりました……。

 

「…なんだ? 浮気か? 寄りにもよって、こんな時に浮気か?」

 

「…チャウネン」

 

「……」

 

 不用意な発言は、誤解を生みましてよ?

 なんだろう…ダージリンの言葉を思い出した。

 浮気の一言に…その……周りの黒森峰の生徒達から、一斉にざわめきが起こった…。

 

 エリリン!? さっきから、なんで黙ってるの!?

 フォロー!! フォローして!!

 

「あ! あの人、西住キラーだ!!」

「…あれが、西住キラー」

「……へぇ…隊長、副隊長と、二股って…」

 

 違う!! 違います!!

 

「まほちゃん! 誤解!! 誤解が広まっていく!!」

 

「……」

 

「なんで否定しないの!?」

 

「……ん? なんだ? キイテナカッタ」

 

「」

 

 シレッとした顔で、思いっきりエリリンを見ている。

 目の焦点が合っていない…なんか、非常に大人しいエリリン!!

 どうしたの!!??

 

 

 …。

 

 ……。

 

 

「す…すみません、隊長」

 

 腰が抜けているのが分かった為、エリリンに肩を貸してくれた。

 …その、まほちゃんの表情が…無い…。

 

「…うぅ…情けない」

 

「……所で、エリカ」

 

「な…なんでしょう?」

 

「なぜ腰が抜けている? …隆史のオカゲカ?」

 

「…まぁ…」

 

 否定しない!?

 否定しないの!!??

 

 今度は、ノンナさんを思い出した。

 ぶりざー…どぉ…。

 

 ほら! ほかの生徒! 逃げて誰もいなくなってるよ!!

 

 ひどい!! さっきまでとの温度差がひどい!!

 

「……まほちゃん」

 

「なんだ、浮気者」

 

「」

 

 神妙な顔つきで、今回の事を説明しようとした。

 …無理やり、シリアスに持っていこうと思ったけど…失敗…。

 

「…冗談だ」

 

 一瞬の殺気は、冗談に感じなかったけど…。

 

「エリカ」

 

「え!? あ、はい!!!」

 

 ほら…気がついたのか…突然のまほちゃんの殺気を浴びて…怯えてるし…。

 

「…迷惑をかけた。お母様から…連絡を受けた」

 

「隊長…」

 

「隆史も、大丈夫だったのか?」

 

 簡単だけど、今回の経緯を聞いていたそうだ。

 

「あ~…俺は大丈夫だったけど…」

 

「けど? なんだ?」

 

「…本気になっていた、母さん止めるの苦労した」

 

「なるほどな…」

 

 微笑ましく笑わないでよ…、こっちも命懸けだったんですけど…。

 ずっと無言で、気絶したあの男見てたし…。

 

「まほちゃんも…事情が分かっていたんだったら、腰が抜けているエリリンを察してくれよ…。寿命が少し…多分蒸発した…」

 

「……」

 

「まほちゃん?」

 

「吊り橋効果…と、いうものがあってだな」

 

「……」

 

「一時の感情に任せて…特に、隆史が暴走しないとも限らなかったのでな…」アカボシガ、イッテイタガ

 

 信用が…無い!!

 

「まぁいい。ここに居ても仕方がない。帰るぞ、エリカ」

 

「…は、はい」

 

「そっか。じゃあ俺も戻るかな。やっと皆と合流できる…決勝終わっちゃったけど…」

 

「何を言っている? お母様から聞いていないのか? 隆史、お前も来い」

 

「…は?」

 

「大洗学園は、しばらく前に撤収したぞ? もうここ、富士にはいない」

 

「……」

 

 お…置いて行かれた…。

 

「その件は、お母様からみほに、メールで伝えたと聞いている。だから気にするな」

 

「……」

 

 外堀を埋められてる…。

 

「…お母様も…そろそろみほと、普通に話せる様になればいいのだが…」

 

 みほの話題を出すと、エリリンの表情が曇った。

 まぁ…追々、改善していくかね。

 

「まぁいい。取り敢えず明日、お母様がお前を、大洗に送っていくと言っていたからな。大丈夫だろう」

 

 な…何を焦っているのだろうか?

 随分と急かす様にしている…。

 少し、早足で先行して歩き出す。

 

「ちょっと待って…行くのは良いんだけどさ…荷物も有るし…集まって貰った…他の学校の連中に、一度挨拶を……」

 

「大丈夫だ、問題無い」

 

「問題ない? なにが?」

 

「ダージリン達だろう? もう言っておいた」

 

「…ぇ。言っておいた…? な…何言ったの!?」

 

 笑った…すっごい笑顔で笑った…。

 エリリンも、見た事が無かったのか…横で驚いている…というか、怯えている!!

 

「隆史は、私が貰ったと」

 

「…は?」

 

 

「なに…決勝も終わったのでな…みほともう一度話せて…決心がついたのでな」

 

「なにが!?」

 

 憑き物が落ちた…そんな顔……なんでそんな爽やかな顔!?

 

 

「まぁ…、奴らは騒がしかったがな…みほを相手にするよりかは、遥かに気安い。問題無い」

 

「問題あるよ!? 貰った!? なんでそんな事言ったの!?」

 

 

「なんで? …決まっているだろう」

 

「た…隊長?」

 

 ゆっくりと振り向き…俺の目を見て…微笑みながら、はっきりと言った。

 

 

 

「私も隆史が、好きだからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終話 ~ 転生者は平穏を望む ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶり…。

 

 本当に久しぶりに感じた、大洗の学園艦。

 

 戦車を学校の車庫に戻し、また皆で集まる。

 

 私達の凱旋を、多くの人達が喜んで迎えてくれた。

 

 大洗の町の人達。

 あんな大勢の人達が、私達の帰りを待っていてくれた。

 

 学園艦に戻れば、また艦内の多くの人達が…。

 

 学校に戻れば、学校の生徒達が…。

 

 みんな嬉しそう…。

 

 私も嬉しい。

 

 嬉しけど…。

 

 隆史君は結局、私達の前には戻ってこなかった。

 

「おっかしいなぁー…。かーしま? 確かに隆史ちゃん、いたんだよね?」

 

「いました!! いましたから、いい加減睨むのやめてよ柚子ちゃん!!」

 

「睨んでないよ? ミテルダケダヨ?」

 

「」

 

 会長達からは、隆史君が決勝戦の会場に来ていた事は聞いていた。

 お母さんからも、電報の様なメールで、戻るって聞いていたんだけど…。

 

「みぽりん、取り敢えず家に行ってみよ? 家には帰ってるかもしれないから」

 

 沙織さんの一言で、あんこうチーム全員で隆史君の家。

 私の家でもある、アパートに行ってみる事になった。

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 いなかった。

 

 隆史君は、いなかった。

 

 いない所か…。

 

「あら? …隆史さんのベンチが無いですね」

 

 隆史君の部屋の前。

 筋トレ用の器具も一切合切が、なにも無かった。

 

 嫌な予感がした。

 

 嫌な予感がする。

 

 合鍵を使い、隆史君の部屋に飛び込む様に入った…。

 

 

 暗い部屋。

 

 

 無い。

 

 

 何も無い。

 

 ベットも。

 

 テーブルも。

 

 大切にしていた包丁も。

 

 何もかも…無い。

 

 呆然とする。

 

「みぽりん!?」

 

 地面が無い様だった。

 

 足元から、崩れ落ちる。

 

 まだ、言えてないのに…。

 

 試合から帰ったら言おうと思っていた言葉があったのに…。

 

 目の前から…当たり前だった、隆史君の生活の匂いが…消えていた。

 

 

 なんで?

 

「みぽりん!! 携帯は!?」

 

 機械音声が流れる。

 

 なんでいなくなったんだろ…。

 

 もう…私は大丈夫だと思ったから?

 

 大洗が優勝したから?

 

 ……。

 

 私は、大丈夫なんかじゃない。

 

 隆史君がいたから…。

 

 いてくれたから……。

 

 訳が分からない。

 

 どうして…いないの?

 

「西住さん」

 

 ……。

 

 …………。

 

「西住さん!」

 

「……ぇ?」

 

「…これが、あった」

 

 麻子さんが見つけてくれた、一枚の紙。

 

 備え付けの勉強机の上に置かれていたモノだと言っている。

 

 なんだろ……。

 

 最後の……。

 

 

 ……

 

 …………

 

「…ん? これって…みぽりん!」

 

「みほさん!」

 

「西住殿!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 一枚の紙には、住所が記載されていた。

 どこかで見た文字。

 

 見慣れた文字。

 

 これは…お母さん?

 

 指定された住所に…皆で来た。

 

 それは、一軒の2階建ての和風家屋。

 

 カバさんチームの皆が住んでいた家に似ている。

 

 その玄関先。

 

 一台のトラックが止められていた。

 

「……」

 

 玄関先には…ボコ?

 

 なんで? え?

 

 どこかで見た様な…ぬいぐるみ。

 

 積まれたダンボールの上に、チョコンと座っている。

 

 呆然と…それを眺める、私達。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 

『 何考えてるんですか!!!! 』

 

 

 

 大きな怒号が聞こえてきた。

 どこかで…違う。

 

 聞いた事の有る…声。

 

 聞こえた先、多分庭先だろう。

 

 恐る恐る、皆で移動したみた。

 

 

 

『 一体全体!! どう説明するつもりですか!!!! 』

 

 

 

 聴こえてくる怒号…。

 

 綺麗に掃除されている、和風家屋の軒先を周り…移動してみた先…。

 

 縁側の奥、日が差している和室に…。

 

 

 

 

『 しほさん!!!! 』

 

 

 

 

 仁王立ちになっている。

 

 …いた!

 

 隆史君がいた!

 

 …正座しているお母さんと一緒に。

 

「しかも!! 俺に一切の説明無しに!! 普通に不法侵入でしょうが!!」

 

「いえ…これは、家賃ありますし…将来の……」

 

「みほに、何て説明するんですか!!??」

 

 

 ……。

 

 

 …………え?

 

 

 どういう状況?

 

 

「あ…あのぉ~…隆史殿?」

 

「んぁ? 優花里? あ! 来たか!」

 

 私達の顔を見て、見慣れた笑顔になった。

 机も何も無い和室で、腕を組んでいた隆史君。

 

 …でも、なんでお母さんも?

 

「…みほ」

 

「……お母さん」

 

 

「…隆史君が、怖いです…助けてください」

 

 久しぶりにあったお母さんが…情けない声を出した…。

 

「は? どっち向いてんですか? こっち向きなさい」

 

「」

 

 お母さんの頭を鷲掴みにして、無理やり正面を向かせた…。

 これ…多分、隆史君にしかできないなぁ…。

 

「あの…隆史君、これってどういう…状況?」

 

「……」

 

「…隆史君?」

 

 なにか、困った顔をして、また腕を組んだ。

 

「…みほ」

 

「はい」

 

「玄関先に、荷物…ボコもあったろ」

 

「あ…うん、あった」

 

「あれ、みほの部屋の私物だ」

 

「えっ!?」

 

「みほの部屋の荷物も、根こそぎ此処に運ばれてる」

 

「はぇ!!??」

 

「…つまりは、ここにまとめて引っ越せとさ!! しほさんが!!」

 

「」

 

 

 え…は? ……え!?

 

 

「まったく!! 全て部屋を引き払った後だとよ!! 選択肢は、無いんだと!!」

 

「」

 

「しほさん!!」

 

「…はい」

 

「年頃の娘を!! 強制的に男と同居させるなんて、何考えてるんですか!!!」

 

「いえ…ですから…将来の事を思って…ですね?」

 

「限度があるでしょうが!! 」

 

 ……お母さんが…何も言えないで、正座してる……。

 

「常夫さんにどう説明するんですか!! 下手すると俺、殺されますよ!!」

 

「…はっ。風俗通いの夫になど…「しほさん」」

 

 

 あ。また、頭を掴んだ。

 

 

「た…隆史君?」

 

「みほ…いるんですよ? ね? 娘の前で位…言葉……選べや。……ねっ?」

 

「」

 

 

 あ~…隆史君……本気で怒ってるなぁ…。

 

 あ~…お母さんが、青くなってるの初めて見たなぁ…。

 

 あ~……思考が追いつかないなぁ……。

 

 

「みほ!」

 

「はっ、はい!?」

 

 私を呼んで、軒先のサンダルを履いた。

 正座させた、お母さんを放置して…。

 

「ちょっと俺、学校行って、会長達に報告する事あるから…」

 

「…え? なら私も…」

 

「いい。沙織さん達と行くから」

 

 

 え…。

 

 呆然とする皆…。

 そそくさと、出かけようとする隆史君。

 

 …アパートで、呆然としていたのが、懐かしいと思うくらい。

 

 それは何時もの様に話掛けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背筋を伸ばし、体を伸ばした後。

 真面目な顔で…私の目を真っ直ぐ見てきた。

 

 

「話してこい」

 

 

「え?」

 

 

「もう、大丈夫だろ?」

 

 

 …みほには、事後報告だけでいい。

 それは後でもいい事。

 

 あの男はもういない。

 

 

 後は、親子の問題が残ってる位だ。

 

 

「行ってこい。 …あ、できれば華さんの事、話しといて…俺には無理でした…」

 

 

 相変わらず、変な所で弱気になるなぁ…。

 

 部屋はあるからどうにでもなるって言っているけど…。

 

 押される背中。

 

 頭を抑えて、顔色が悪いお母さんを見つめる。

 

 

「あぁ……そうそう、言い忘れてた。皆にも言わなきゃな!」

 

 

 まだ不安の種は有る。

 

 だけども、それはそれだ。

 

 ただ今は、素直に彼女達を祝福しよう。

 

 俺は、見ているだけだったけども。

 

 これだけは言っておこう。

 

 

「優勝、おめでとさん!」

 

 

 色んな思いがある。

 

 これからの事もあるけど、今までの事も。

 

 何もかも! 万感の気持ちを込めて!

 

 

 

 

 

「隆史君! ありがとう!!」

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

今回で、TV原作が終了となります。

楽しんで読んで頂いて、ありがとうございました。

この小説は、皆様の誤字修正等、暖かな気持ちで、成り立ちました……。
いや、情けないやら、申し訳ないやら…。
本当にありがとうございました。

次回より、劇場版に向けての執筆と相成ります。
しばらく日常会が続きますが…その前に「乙女の戦車道チョコ編」となります。

シリアスは、もう暫くは……いらない…。



ありがとうございました

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