転生者は平穏を望む   作:白山葵

85 / 141
第13話~沙織さんです!~ ☆

 みほ達の宿泊部屋がある3階。

 そのエレベーター前にて。

 

 押したばかりの、発光しているボタンをボケー…っと、眺めている。

 

 ふむ。

 

 どうも今日は、感覚がおかしい。

 いつの間に飲まされていたのか…あのポットのお茶モドキだけではないだろうな。

 感覚が、変に研ぎ澄まされている感じもあれば、変に鈍い感じもある。

 

 ……。

 

 ボケーと、自分のいる階に降りてくる箱を待ちながら、自分自身の状態を確認。

 中途半端に意識がある、酔っ払い。

 多分、それが今の俺だ……ろうか?

 

 タ ノ シ ミ ダ ネ ェ ?

 

 みほの最後の言葉を思い出す度に、背筋に冷たいモノが走る。

 …。

 なんだろう…なぜ、自分の母親を敵視した様な目をするのだろう…。

 変な関係ではないと、言ってあるはずなのに…。

 

 

 ん。

 

 

 小さなベルの音。

 呼び出していた箱が、漸く到着したようだ。

 

 ゆっくりと開く、鉄の扉。

 

 エレベーター内部の室内灯の明かりが、目に入るのと同時に、見知った顔が視界に入ってきた。

 

「あ…」

 

「あれ?」

 

 少しバツが悪そうにした顔。

 俺だと認識したと同時に、少し目を見開いた。

 

 ・・・。

 

 ここで俺、なんかしたっけ?

 こんな、バツが悪そうな顔をさせる程の事…したっけ!?

 など、一瞬思ってしまった辺り…自分自身を少し、情けなく感じてしまった…。

 

「…た、隆史君」

 

 沙織さんだった。

 そういえば、優花里を送っていった部屋からは、沙織さんは出てこなかったな。

 あぁ…。

 詩織ちゃんの所にでも、行っていたのだろう。

 

 …まぁ、身内が突然に来訪すれば…しかも、こんな状況下で同じ宿…もとい、ホテルだしな。

 今まさに、部屋に戻ろうとして、この階まで来た…そんな所か。

 

「あ…あの、詩織の所へ行っていたの…」

 

「え? あー…」

 

 予想通りだった。

 特に聞いてもいなかったが、疑問が顔に出ていたのだろう。

 向こうから、答えを言ってきた。

 

 しかし、相槌くらいしか、口から出てこない。

 

「一応、聞いておきたかったの。隆史君との経緯…」

 

 あぁ、決勝戦会場での事か。

 とっくに話していると思っていた。

 先程、変な初対面…らしきものをした後だからだろうなぁ。

 何か言い訳をする様に、目を伏せながら、そんな事を喋りだした。

 どうしたんだろう。

 

「そっか。とっくに、沙織さんには、話していると思っていたんだけどね」

 

 エレベーターに乗り込み、「開」のボタンを押した。

 彼女は、宿泊の部屋に戻ってきたのであろうから、そのまま降りるのを待とう。

 彼女にはこの後、宴会場で中断されたボコの説明を、みほから散々聞かされるであろう苦行が待っているだろうし…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 あれ?

 

 彼女がこの箱から降り、軽く挨拶を交わして終わり…そんな事を予想していたのに、一向に降りる気配がない。

 固まって動かない。

 こちらを目だけで振り向き…また前を見てしまう。

 それを何度か繰り返していた。

 

 5分も経っていないだろう。

 しかし、何かを迷っている様な素振りは、時間の経過をゆっくりに感じさせた。

 本当になんなのだろうか?

 

 階を知らせるランプが、3階から動かない…。

 

「隆史君」

 

「はい?」

 

「閉めていいよ。迷惑だろうし…」

 

 何か話したい事でもあるのだろうか?

 降りる気配も見せないで、扉を閉める様に指示をされた。

 ずっとこの階で、エレベーターを独占しておくわけにもいかないので、言われた通りに「閉」のボタンを押した。

 すぐに扉は締まり、ゆっくりとその俺達を乗せたエレベーターが、動き出した。

 

「…隆史君が、泊まる階って5階なの?」

 

「え? なんで知って…あぁ…」

 

 彼女は、俺自身が押した行き先の階の、光るボタンを眺めていた。

 なにか…いや、本当になんだろう…この張り詰めた空気!

 その一言の問いの後、また黙って扉を見つめている。

 

 無言のまま少しすると、また小さなベルの音と共に、扉が開かれた。

 5階。

 目的の階に到着した…。

 

「……」

 

 動かない彼女を横目に、取り敢えずエレベーターを降りる。

 ……なんか…初めて見る彼女の雰囲気に、気圧されている。

 普段、明るく。よく笑い、よく喋る。

 そんな彼女が、どこか遠くを見つめて…ひどく大人しい…。

 

 箱を降り、振り向くと…すでに箱の中には彼女はいなかった。

 俺の後ろをついて来たのだろう。一緒に降りていた。

 

「…え…っと…? どうしたの? なんか用ですか?」

 

「……」

 

 彼女の目がとても真剣だった。

 なにか…なんだろう。決意した様な目というか…睨みつけてくる様な目というか…。

 唇を軽く噛みながら、こちらを真っ直ぐに見ている。

 その彼女の背後…エレベーターの扉は、すでに閉じられていた。

 

「た…隆史君」

 

「はい?」

 

「……」

 

「……?」

 

 無言。

 

 ひたすらの無言。

 

 この様子は、やはり何かあるのだろう。

 下手に急かす事もしないで、彼女の口が開かれるのを待つ。

 …いや…なんだろう。

 本当に俺は、気づかない内に、何かしてしまったのだろうか?

 

「あ…ぅぅ…」

 

「……」

 

 胸の前で手を握り、何かを言いかけ始めた。

 何度か、言葉を出そうとするのが分かるが…まぁいい。

 ゆっくりと待とう。

 

 ……。

 

「た…隆史君!」

 

「はい」

 

 

「話があるの。…すこし。時間くれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

『 ヘイ彼女、一緒にお昼どう? 』

 

 

 

 初めて声を掛けられたのが…この言葉。

 

 未だに覚えている。

 

 というか、そのまま私も使っちゃったから、忘れたくても忘れられないよねぇ。

 

 ……

 

 生まれて初めてナンパされた。

 

 まぁ? 着いて行く気なんて、全くなかったけどね。

 

 第一印象が、すごかったから。

 

 怖い。

 

 この一言だった。

 

 なんか仕方なくって感じで、それでも赤くなりながら…困りながら。

 

 しどろもどろに、声をかけて来てくれた。

 

 結局、私も舞い上がてしまい、少しお話して…会話内容忘れたけど…。

 

 まぁ…

 

 それが出会い。

 

 

 それから……

 

 それから…………

 

 

 

 

 

 

 

「で?」

 

「で? って…」

 

「なんで私は、お姉ちゃんの言い訳を、また最初から物語感覚で聞かされてるの?」

 

「…い…言い訳…」

 

「聞いたよ? 何度も聞いたよ! 聞かされたよ!! というか、5回目だよ! その話!!」

 

「…そ…そうだっけ?」

 

「大まかに聞いていたけどさぁ! 結局、その後の事でしょう!?」

 

「ぅ…」

 

「お姉ちゃんが、納涼祭で怖い目にあって! あの尾形さんに助けてもらって!!」

 

「……」

 

「助けてもらった後の、彼の気遣いで、完全にやられちゃった! ってのも、何度も聞いたよ!!」

 

「やっ! やられてない!!」

 

「嘘」

 

「…ぐ」

 

「はぁ…確かに私も、尾形さんと知り合ったのを黙っていたのは、悪かったと思っているよ…」

 

「そっ! そうよ!! そもそも何時、知り合ったのよ!」

 

「決勝戦」

 

「え……」

 

「お姉ちゃんを応援しに行った、決勝戦会場でね? 変なナンパ野郎から助けてくれたの。…ちょっと洒落にならない様な男から…」

 

「あぁ…」

 

「私もびっくりして、助けてくれたのに…あの着ぐるみ見て、最初は化物呼ばわりしちゃった…でも!!」

 

「なによ…」

 

「あの腕はずるい!!」

 

「!?」

 

「あの腕で、お姫様抱っこはずるいぃ…」

 

「分かる!! 着ぐるみ越しだけど、あの腕はずるい!」

 

「なに!? あの安定感と安心感!!!」

 

「そうそう! ガッチリしてるから、余計にすごいのぉ!!」

 

「「 …… 」」

 

 ホテル支給の浴衣を着て、詩織の宿泊部屋のベットに座り、向き合っている。

 みぽりん達とお風呂から出て、一度詩織を部屋に連行し、余計な事をするなと釘を刺していた。

 

 ……はずなのに。

 

 よくよく昔から、姉妹だけで話していると…よく話が脱線するんだよね。

 脈絡もない所から、いきなり別の話題に飛ぶ…なんて事、よくある事だった。

 

 

「…姉妹揃って…腕筋フェチとか…嫌すぎる…」

 

「……」

 

「というか、姉妹揃って抱かれてるとか…」

 

「その言い方やめなさい!」

 

 人に聞かれたら洒落にならいないでしょ!

 特に一部の人達に!

 

「まぁ、いいわ。本題。あんた何しに来たの!」

 

「え? お姉様に会いに…」

 

「………お父さんに確認する」

 

「あぁ! やめて!!」

 

 携帯を取り出すと、追いすがる様に抱きついてきた。

 あんたもう、体付きがいいんだから離れなさいよ! 重いのよ!

 

「うぅ…今日の尾形さんの予定知っていたから…」

 

「…なんで知ってんのよ…」

 

「…今日ここで、うまくアプローチできたらなぁ…。ついでに明日、お姉ちゃんの様子見に行けば、お父さん達には、大義名分ができるかなぁ…って…」

 

「……」

 

 携帯電話で、連絡を取り合っていたのは知っていたけど…そんな事まで話したのだろうか? 隆史君は…。

 いや…でも、決勝戦が終わって、二日しか経っていない…。

 まさか、この子。

 昨日の今日で、ここに来る事を思いついたの!?

 

「今日は、お姉ちゃんのアパートに泊まる事にしてあるの…」

 

「…あんた……」

 

「なに?」

 

「私に散々っ! 彼氏できたって、鬼の首取ったみたいに報告してくるくせに……なにいきなり、人の友達の彼氏、狙ってるのよ…」

 

 そう。

 この子はモテる。

 モテる……モテるんだ……私と違って…。

 それを毎回、彼氏ができる度に報告してくるものだから、この子のメールが一通一通、恐ろしい…。

 

「え~…大体、1週間もたないんだもん」

 

「はぁ!? もう別れたの!? また!?」

 

 な…何人目だろう…。

 中学三年に上がってから…聞いてるだけで…6人だ…。

 

「大体、みんな私の胸ばっか見るし!! 私の胸と会話してるみたいで、本当に嫌になるの!」

 

「……」

 

「バレてないとか、思ってる所がまた…」

 

「……」

 

「だからね? 今度は少し、年上を狙ってみようかなぁ…って!」

 

「は?」

 

 なんでそうなるの。

 脈絡も何も、あったものじゃない。

 

「同級生の子とか、たまに社会人とか大学生とかと、付き合ってるって子もいるけどぉ」

 

「いるの!? ちゅ…え!? いるのぉ!?」

 

 中学生!!

 目の前の妹! 中 学 生!!

 

 その同級生が…って……。

 

「……」

 

 なんだろう…。

 さっきから私のHPとやらが、ガリガリ削られている気がしてならないよ…。

 数字にしたら、後いくつ位残っているんだろうなぁ…。

 

 ア ハ ハ ハ

 

 はぁ…。

 

「ただねぇ…年上に憧れるのは、分かんなくもないんだけどさぁ。私は、中学生と付き合うような、ロリコン共なんて嫌だしぃ」

 

「……」

 

「でも、高校生くらいなら、まあOKかなぁーって!」

 

「詩織!!」

 

 冗談めかして笑ってはいるけど、笑えない冗談はやめて。

 この子、交際経験は何度かあるけど…キスとかは、まだだって言っていたっけ。

 

「ファッション感覚なんかで、男の子達と付き合ってると…その内いつか、酷い目にあうわよ?」

 

 はいはいって、手をヒラヒラしているけど…絶対に分かってないわよね…。

 

「お姉ちゃんの事、初めは応援しようかなぁって、思っていたんだけどねぇ。でも、なんか? 諦めてるみたいだし、もう別にいいやぁって」

 

「なっ!?」

 

「…違うの?」

 

「…ぃ」

 

「まぁ、振られるの前提でも? 気持ちも伝えないで、勝手に自分の中で終わらせてるような…」

 

「……」

 

「そんな人に、何も言われたくないんですけどぉ?」

 

「……」

 

「私もちょっと、今回本気だしね。そんなお姉ちゃんに、兎や角言われたくありません」

 

 何故だろうか。

 何も言えない…。

 

 あ。

 

 ひょっとして…。

 

「あ…あんた、ひょっとして…隆史君に送ったメールって…」

 

「あ、あれ?」

 

「隆史君は、暗号みたいで何書いてるか分からないって言っていたけど…まさか…私の事…」

 

 冗談じゃない…。

 憶測でモノを言っているけど…まさか、そんな事を隆史君本人にも言ってないわよね!?

 

「あぁ、あのメールは、本当にただの絵文字。意味なんて無いよ?」

 

「は?」

 

「意味わからないメール…ちゃんとした知り合いから送られてきたら、電話の一つでも返すでしょ?」

 

「……」

 

「初めはちゃんと、会話しないとねぇ? 思ったとおり、尾形さん電話派の人だったし!」

 

「…ぉぉ…」

 

「なに呆けた顔してんの?」

 

 本当に何を考えているのだろうか?

 妹の謀略が、思ったよりアレがアレで…呆然としてしまう。

 そんな私を見て、何かを察したのか、勝ち誇った顔で…。

 

「お姉ちゃん…そんな事だと、何時まで経っても彼氏できないよ?」

 

「…ぐっ」

 

「お姉ちゃんの場合はさ。まずは伝える事からじゃないの?」

 

「…なにが」

 

「今なんか、尾形さん巡って争奪戦ってのをまだやってんでしょ? 西住さんと付き合っていたとしてもぉ」

 

「……」

 

 詩織は知っている。

 現在の状況を…というか、私が話しちゃったんだだけど…。

 

 現状を事細かく…ではないけど、こういった事に変に敏感な妹だ。

 大方の予測はついているのだろう。

 

 ついているからこそ…。

 

「参戦すればぁ?」

 

「なっ!?」

 

 あっさりと言ってきた。

 

「ま。友達の彼氏だろうが、なんだろうが…さ。今のままの待ち一辺倒だとねぇ…」

 

「どうにもお姉ちゃんは、変な所メルヘンだしなぁ」

 

「メルヘン言うな…」

 

 参加しろと。

 

 バッサリと。

 

「待っているだけじゃ、王子様は現れないよぉ?」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 気持ち。

 

 ……

 

 

 

 その本人と、数分後にエレベーターで鉢合わせる事を、この時の私はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 話ねぇ…。

 

 なんだろう。

 

 沙織さんの…普段とは雰囲気が違うのを目の当たりにしているから、結構真剣だというのが何となく分かった。

 無碍にする事もできないので、取り敢えず話だけは聞く…と、返事をしておいた。

 

 ただ! 場所!!

 

 部屋に連れ込む訳にもいかない。

 そう言って、優花里を連れ込んでしまったという前科があるので、今度ばかりはと、しっかり場所を考えた。

 しかし今はもう、夜の9時過ぎ…。

 1階には確か…カフェラウンジだか何かあったな。

 しかし、ここのホテルには知り合いが仰山おんねん。

 

 特に! 家元達!!

 

 あそこのカフェラウンジ! 酒もたしか飲めるから、鉢合わせる可能性が、かなり高い!!

 バーっぽいのもあったから、そっちに行ってるかもしれないけど…不確定要素は怖い!

 あの大学生達もいるし…。

 

 てな訳で…。

 

 

「よ…夜の海って、真っ黒で結構、怖いね…」

 

 地平線を眺め、風に流される髪を抑えながら、そんな事をつぶやいていた。

 

 ホテルの裏手。

 プールが設置されている前の、海岸に来てみました。

 

 日も落ちて暗い。

 完全な夜ですね。

 ホテルの灯りで、近くにいれば顔は、はっきりと認識できるが、遠目には人影にしか見えないだろう。

 これなら、まぁ……例え上の部屋から見下ろしている人がいたとしても、俺達とは認識できない。

 

 …。

 

 なんか…浮気現場。

 密会しているみたいで嫌だなぁ…。

 

 腕を組んで、俺も同じくボケーっと地平線を眺めている。

 遠くに船か何かの、赤やら黄色やら…小さな光が点滅を繰り返しているのが見える。

 ぐ…。

 …風、強いなぁ…思いっきり潮風に当たっている。

 こりゃ後で、もう一度風呂にでも入るか。

 

 ……部屋にあるし。

 

「なんか、学園艦の近くでも…こういうホテルに皆とお泊り~って…修学旅行みたいで楽しいね」

 

「あぁ…変な特別感とかあるよね」

 

「そうそう!」

 

 ふむ。

 すこし笑顔になったな。

 

 短く笑い…そしてまた、黙ってしまった。

 

 な…なんだろう、本当に。

 怒っているって訳ではなさそうだけど…。

 

 なんだ? 

 

 大きな息遣いが聞こえた。

 横を見ると、沙織さんが少し顎をあげ、深呼吸を繰り返していた。

 しばらくそれを眺めていると、俺の視線に気がついたのか、こちらに体を向けてきた。

 

 そのまま名前を、真剣な声で呼んだ。

 

「隆史君…」

 

「はい?」

 

「ありがとう!!」

 

「……」

 

 深々とお辞儀をされてしまった。

 手を前に出し、かけているメガネが飛んでくるのではないかと思う程、勢いよく…。

 これは、多分…。

 

「納涼祭の時! 危ない目に合ってまで! その…ありがとうございました!」

 

 やはりその事か。

 ベコの中の人…まぁ、俺だけど。

 結局、沙織さんには当日からバレていた様だ。

 昨日の生徒会室でのやり取りの時、確認は取れていた。

 

 正体を知っていると。

 

 頭を上げた彼女の顔は、変に不安げな表情。

 …目を泳がせていた。

 

「色々気を使わせちゃって…その、今までお礼も言えなくて…」

 

「あぁ…沙織さんには、知らないフリをずっと、させちゃっていたみたいだよね」

 

「……」

 

「逆に気を使われるとか…まぁ。うん。今更ですけど、無事で良かったよ」

 

「!」

 

 頭を下げてもらっているのに、腕を組んだままとか有り得ない。

 でもそうすると、変に小恥ずかしい気持もあり…その感情を誤魔化す様に、頭を掻きながら…そんな言葉を返した。

 

 取り敢えず、気にするなとか、もういいとか…下手に言葉を返し誤魔化すより、素直にお礼を頂こう。

 その方が、彼女も楽だろうしな。

 

「隆史君。怖くなかったの?」

 

「何が?」

 

「その…怖い男の人が一杯いたのに…あんな車を止めてまで…」

 

「怖かったよ?」

 

「……」

 

「そりゃ、多勢に無勢だと思うし、あからさまにガラが悪い奴らだったしねぇ」

 

「その割には、言い方が軽いよぉ…」

 

「はっはー…。ま、それ以上に」

 

「…以上に?」

 

「沙織さんを、早く助けてやりたかったしね…」

 

「……」

 

「どうにも俺は、知り合いの事になると…その、頭に血が上りやすいというか、なんというか…」

 

「……うん」

 

「まぁ、ぶっちゃけた話…あの時は、ブチギレてましてね…」

 

「…」

 

「俺の事なんて、二の次だったんだ」

 

「それは…」

 

「まぁ! それが行き過ぎて!? 今回の決勝戦での事で、柚子先輩怒らせちゃったんだけどね!」

 

「……」

 

「ま、思い出したら…改めて思いました。うん、本当に沙織さんが無事で良かった!」

 

 ここで愛里寿とかだったら、頭の一つでも撫でてやるんだけど、流石に同級生が相手ではダメだろうな。

 だから腰に手を置き、普段の様に話しかけてやろう。

 無意識にだろうが、当時の事を思い出した為だろう。

 …あの時と同じく安堵した様な、そんな笑みを彼女に贈った。

 

 その俺の顔を、すこし寂しそうに見てきた。

 

 

「…なんで、そんな風に笑ってられるの?」

 

「え…?」

 

「なっ! なんでもない…」

 

 …なんだろう。

 今度は、目を合わせてくれなくなった。

 あぁ…そうだ。

 丁度いい機会だから、俺からも聞いておこうか。

 

「…ちなみにさ、いつ知ったんですかね? ベコの…その中身」

 

「た…隆史君が、着ぐるみから出されている時…見ちゃった」

 

「あぁ…熱中症でやられていた時か…」

 

 すでにあそこに、彼女はいたのか…。

 

「いつかお礼言わなきゃって、思っていたんだけど…みんながいる前だと、隆史君にも迷惑かなぁって、思っていて…」

 

「ふむ」

 

「それに、私も言い辛いし…。だから今さっき、隆史君が一人でいたから、丁度いいかなぁって…」

 

「うん」

 

 エレベーター内で、固まってしまった時の事を思い出した。

 …なるほど、決めかねいたのか? それで、固まってしまっていたのかなぁ…。

 

 何故だろう。

 彼女は、彼女自身に言い訳をするかの様に喋っている。

 両手を握り締めながら、胸の前で合わせ、上目使いでこちらを見ていた。

 

「うん、まぁ。お礼はちゃんと頂きました。夏の夜っても…海沿いじゃちょっと冷えるし…そろそろ戻ろうか?」

 

 浴衣だしね…。

 ホテルの横だから別にいいかと思って舐めてた。

 夏も、すでにもう後半……潮風が、ちょっと肌寒く感じる。

 

 暗い中、流石にいつまでも、こんな所にいさせる訳にもいかない。

 移動しようと、行動で示すように彼女に背中を向けた。

 ザリッと音。

 彼女の足が、俺についてくるかの様に、一歩前に出たのを音で確認し、俺も歩き始める…。

 

 ん。

 

「別にお礼を言う事が、ついでとか…そういう事じゃないのだけど……」

 

 歩き始められなかった。

 

 

「…本当は、ここからが本題」

 

 

 袖口を引っ張られた。

 もう一度彼女を見ると、顔を俯かせていた。

 

空いたもう片方の手は、まだ握り締め胸の前。

 暗くてよくわからないが、彼女の顔色がすこし変だった。

 

「…私も、妹に発破かけられて決心するとかどうかと思うし…」

 

 妹? 詩織ちゃん?

 

「…みぽりんの事を応援してたし…。だから、このままの関係でもいいとか…思っていた…でも…」

 

 また、なにか言い訳をするかの様に、自分自身へ話すように呟いていた。

 

 ―が。

 

 それもすぐにやめ、俯いた顔を上げて、こちらを真っ直ぐに見てきた。

 違う…なにか…なんていうのか。

 いつもの彼女の顔じゃない。

 

「隆史君」

 

「…は、はい?」

 

 そんな雰囲気に気圧されてしまった。

 引っ張っている俺の袖口を握り締めている。

 

「納涼祭の次の日から、私が変わったの覚えてる?」

 

 変わった?

 

 …あぁ。

 

「眼鏡の事?」

 

 納涼祭の次の日から、彼女はコンタクトをやめて日頃から眼鏡をかける様になった。

 理由を聞けば、気分転換だと言っていたけど…。

 そのくらいしか、分からない。

 後は、なんか俺に対してよそよそしくなったくらいか。

 

「…私、相手に合わせるタイプなの」

 

「え…あぁ…なんか前に言ってたね」

 

「…隆史君、メガネ女子って好きだよね」

 

「好きですね…」

 

 な…何が言いたいんだろう…

 脳内でなにかが、警報を鳴らしている。

 なぜだろう。

 

「……はぁ…鈍感だと思っていたけど……ここまでとは……」

 

 混乱して固まっていると、なぜか呆れられた…。

 本当に分からないって顔でも、していたのだろう。

 まぁ実際に分からないけど…。

 そんな俺を見て、少しいつもの彼女に戻った。

 

「…華から聞いた」

 

 華さん? 

 呟くように、華さんの名前を出した。

 

 なぜ今…。

 

 そして何を?

 

「華は、みぽりんと隆史君の事、邪魔する気は無いみたい。それは私も同じ…だけど…」

 

「…ぇ」

 

「それでも、私の気持ちを…ちゃんと伝えておきたい」

 

 まさか…華さんの言った事って…。

 いやいや! え? 沙織さん!?

 

「きっかけは、初めの生徒会室…。決め手が、納涼祭…助けてくれた事より…その後に気遣かってくれて…もう、ダメでした!」

 

 目に入る手元。

 俺の浴衣を握っている手が、震えていた。

 

「……自分より、私の事なんて…ダメだよ…」

 

 絞り出す様な声で呟いた。

 異常に静かだ。

 

 聴こえてくるのは、心音のみ。

 聞こえているであろう、波の音も分からない程の…音。

 

 俯いた顔を上げ、久しぶりに見たと思える顔は、今にも泣きそうだった。

 

 その顔を笑顔に変え、はっきりと言った。

 

 

 

「 私は、隆史君が好きです 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室のベット。

 大の字に寝転がり、天井を眺めている。

 

 頭の中が、真っ白だった。

 

 優花里に引き続き…。

 

「……」

 

 俺、明日にでも死ぬんじゃないのだろうか?

 

 参った…。

 

 はっきりと気持ちをまた告げられた。

 

 ……。

 

 気持ちの整理がつかない…。

 

 どうしたらいいのだろうか。

 

 沙織さんは、俺に気持ちを告げると、すぐに走ってホテル内へ戻っていった。

 

 俺の返事を待つ事もしないで…。

 

 ……。

 

 みほに…言った方が、良いのだろうか?

 

 いや…多分、それはダメだろう。

 

 優花里は酔った勢いというのもあるだろうから、まぁ…仕方がないにしても。

 華さんと沙織さん。

 

 彼女達は、みほとの事をもちろん知っている。

 それで…あれか…。

 

 女は…分からん…。

 

 だけど…こんな俺を好いてくれたんだ。

 ちゃんと…誠実に…。

 

 …。

 

 ん?

 

 なにか、ドアを叩く音が聞こえる。

 誰か来たのだろうか?

 

 この部屋の事を知っているのは、優花里だけ…。

 でも、彼女はもうすでに寝てしまっているのだろうし…。

 

 彼女達の事もあり、思考が袋小路。

 …一向に寝れるとは思えない。

 

 そもそも今、何時だ?

 時間を確認しようと、携帯を見てみると、メールが届いてた。

 みほからか…。

 5分程前…って、今1時!?

 まだ起きてるのか!?

 

 そのメールを確認すると、一言簡潔に……。

 

『 起きてる? 部屋…どこ? 』

 

「……」

 

 こ…これは…。

 

 どうしよう…寝たフリでもした方がいいのか…な?

 教えるのは良いのだけど…今から来る気か?

 それとも、朝にでも来る気だろうか?

 

 ……。

 

 う…うるせぇ…。

 

 ドンドンと、まだドアを強くノックする音…。

 

 ……。

 

 非常にそれが苛立たせる…。

 八つ当たりだろうけどな…。

 

「…誰だ?」

 

 寝ていたベットから、ドアスコープを覗きに体を起こす。

 

 みほへの返信は、その後でもいいだろう。

 

 ……。

 

 …………。

 

「・・・・」

 

 

 ドアを開けた。

 

 

 

 

「…うるせぇな。なんですかこんな夜更けに…非常識でしょうが」

 

「あぁ! 起きてたぁ…」

「ぅぅ…」

「」

 

 大学生達が、へべれけになって訪問してきた…。

 三人共、フラフラと体を揺らせながら…。

 約二名、半分死んでるよな…。

 メグミさんだけ、かろうじて…って感じだった。

 

「あ、ごめんなさいね。隆史君…」

 

「……はぁ…千代さんまで…いや、しほさんも…」

 

 ドアの横、壁にもたれ掛かっている家元ズ。

 死角になって分からなかった…。

 大の大人5人が、高校生の部屋に…これは怒っていいだろう。

 

「…なんで俺の部屋知ってんですか」

 

「あぁ! ハゲから聞いてたの! 私達の部屋、すぐそこだから! 挨拶にねぇ! 来たの!!」

 

 このクソ酔っ払い共…。

 沙織さんの事もあって、正直心に余裕がない。

 

 ぶっちゃけ…すげぇキレそう。

 

「しほさん…千代さん…なんの用ですか? 正直、すげぇ迷惑なんですけど?」

 

「ちょっとねぇ…部屋の鍵どこかに落としちゃったみたいでぇ…隆史君、知らない?」

 

 

 …………がぁ……。

 

 完全に思考が酔っ払いだった。

 紛失物を、知り合いなら持っていそうって、そんなシラフなら考えられない思考…。

 いるんだ…たまに…こういう酔っ払い…。

 

 確信した。

 

 本当に、意味なくここに来たみたいだ!!

 

「知るわけないでしょう。そもそも、千代さん達がどこの部屋かも知らないのに…」

 

 キレそうになるのを我慢する…。

 この手の手合いに、本気で相手にするとマジで泥沼化する。

 さっさとお引取り願おう…。

 

「私とぉ…しほさんは、そこのスイートねぇ…この子達は、横のぉ…和室ぅ…」

 

 ……まぁ、うん…同じ階かよ…。

 二人の家元は、最高ランクの部屋ね…。

 乾いた笑いしか出やしねぇ…。

 

「はぁ…今、フロントへ電話して上げますから…ちょっと待っていてください…」

 

 鍵を探す事もしない。

 さっさとホテルのスタッフへ、助けを求めた方が楽だし、早い。

 カードキーだし、弁償もないだろうし…。

 

「隆史君!」

 

「…なんすか、しほさん」

 

「部屋にっ! 女の子をっ! 連れ込んだりしてませんね!!」

 

「黙っていたと思ったら…してませんよ」

 

「あ。みほなら、いいですよ!?」

 

「……」

 

 目が座りっぱなしの大人5人組。

 唯一まともだろうと思っていたしほさんも…出来上がってた。

 

 ……。

 

 ………うん。

 

 

「…しほさん?」

 

「なんですっ! か…」

 

 

…もう一度。

 

「シホサン?」

 

 

「……は…はい」

 

 まっすぐ目を見たら、縦横無尽にしほさんの眼球が動き出した。

 

「千代さんも…」

 

「…な…何かしら?」

 

 千代さん、同上。

 

「今俺は、すこぶる機嫌が悪いです」

 

「「……」」

 

 

「どうですか? このまま、この3人連れて帰るなら良し…まだ何かあるなら…」

 

 

「「 」」

 

 

「俺の部屋に泊まっていきますか? ね?」

 

 

「…ふ…普段なら…そんな事いいませんよね? 隆史君…」

 

 普段なら、絶対にしない提案に…完全に後退をし始めた、二人…。

 

 

「えぇ。不謹慎すぎますからね? デモネ? 明日の撮影まで、ずっと正座させておく分なら問題無いと思うのですよ」

 

 

「「 」」

 

 

 

 

 

「 それが嫌なら、スタッフが来るまで…大人しく自室前で待っていてクダサイネ? 」

 

 

 絶句していた酔っ払い達を散らせ、フロントへ電話する為に自室に戻る。

 さっさと寝てしまおう。

 ある意味、今の酔っ払い来襲で、頭が冷えた…。

 

 フロントへ内線電話をかけ、そのままさっさと布団に潜り込む…。

 

 電気を消し、暗くなった部屋の中。

 やっと実感する…。

 こうして、漸く…長い一日が終わると…。

 

 あぁ一応、みほに返事だけ返しておこう…。

 

 ・・・。

 

 はい、送信。

 

 

 

 

『 寝ろ 』

 

 

 




閲覧ありがとうございました

はい! 泥沼化してまいりました!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。