転生者は平穏を望む   作:白山葵

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第14 話~長い一日が明けました!~☆

「…おはようございます」

 

「おはよう! 隆史ちゃん!」

 

 大洗ホテルのレストラン。

 さっさと朝食を済ませようと、やって来たのだけど…そのレストランへ入室早々に、会長達と鉢合わせた。

 いつもの3人。

 一つのテーブルを囲んでいた。

 

 基本的に、大洗の生徒達は朝食とった後からは自由だ。

 10時までにチェックアウトすれば、そのまま帰るも良し…そのままどこかへ、遊びに行くも良し。

 各々、普通の休日を満喫すればいいだけの話。

 

 朝食はバイキング方式。

 どうも、俺が一番最後だったらしい。

 会場に入ると、会長の後ろ。

 皆がお盆なり皿を片手に、用意された料理の前で右往左往していた。

 

「俺が最後ですか?」

 

「そうだねぇ。あ、ここ座るかい?」

 

 入口付近のテーブルで、朝食をすでにとり始めていた3人。

 会長が、空いていた椅子を引いてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 促されるまま、その席へ着席。

 まぁ…見事に生徒会役員席みたいになってしまったな。

 

「どうだ~い。よく寝れた?」

 

「ぇ…はい」

 

「その割には、目の下のクマが取れてないねぇ…」

 

 おや。結構心配してくれた。

 会長の小さい指が、俺の目の下を指している。

 

「寝れる時に寝なくて、どうする」

 

「そうだよ? 隆史君。特に桃ちゃん、気にしてたからねぇ」

 

「気にしてない!!」

 

 柚子先輩と桃先輩。

 いつもの漫才みたいなやり取りを、苦笑しながら眺める。

 

 取り敢えず、杏会長の言葉を笑って誤魔化したけど…。

 3時間くらいか? 全然寝れなんだな…。

 酔っ払い来襲と共に、色々とあったからなぁ。

 ま、それでも大分楽になった。

 

 あぁ…そういえば、皆の私服って見るの初めてだな。

 あら、新鮮。

 

「先に何か、食う物でも取ってきます」

 

「あいあい~」

 

 あまりジロジロと見るのも失礼だし、会話をする前に行ってこよう。

 たまには、食うだけってのも良いだろう。

 今日からは、3人分作る事になりそうだしな。

 

 

 ……

 …………

 

 

 積まれたお盆を取り、料理が並んでいる場所に向かうと、また見知った顔達を見かける。

 というか、このレストランにいるのって、大洗の生徒ばかりだしな。

 見知った顔はそこら辺にいるわな。

 一応、朝の挨拶でもして回った方が、いいのかなぁ?

 

 ま、やめておこう。

 それもなんか変だしな。

 会った奴らだけにしておこう。

 今みたいに、目の前で鉢合わせた彼女らを無視するのも失礼だしな。

 

 ……。

 

 うん。

 

 すっごい挨拶し辛い…。

 じゅ…順番に行こうか…。

 

「おはようございます。今からですか?」

 

「あら、おはようございます。隆史さんも今から朝食ですね?」

 

「えぇ、華さん…朝から全力全開ですね…」

 

「そうですか?」

 

 イメージ通り、和食中心の料理を選んでいた…のだけど!

 なに!? その量!!

 ご飯! 山盛り! 皿! 底が見えねぇ!!

 一度に取らなくても…とは思うが、彼女の場合…この量でも完食できるしなぁ…。

 普通に…。

 スタッフの人の、多分残すんだろうなぁ…って顔が、驚愕に変わるのを簡単に予測できるくらいに。

 

 …まぁ…この後、おかわりを3回程繰り返すなんて、そんな未来までは予測できなかったけど…。

 

 あぁ…明日からの朝食どうしようか。

 

「おはよう、隆史君…」

 

「…ぅぅ…書記…」

 

「あぁ、おはようみほ…と、マコニャン。なんか、顔色がすごいけど大丈夫か?」

 

「「……」」

 

 みほは、なんか赤いし…マコニャンは、対象的になんか青い。

 マコニャンが、珍しく髪を結っていた。

 一本の長い三つ編み姿だった。

 

 いいな!!

 

 みほは、洋食中心。

 パンとか、スクランブルエッグとか…。

 基本俺作るの、和食ばかりだしな。

 今度から洋食も考えてみるか。

 

 さて。

 

「…ピーマンが、無いな」

 

「ここまできて!?」

 

 視界を巡らせ、どこかにないかと探すが…チッ。

 

 無い。

 

 食材として使っているものは、探せばあるだろうが…メインが無い。

 

「ま…今日はいいか」

 

「…ホッ」

 

 あからさまに、安堵をした表情をしたな。

 うん…。

 大分食える様になってきたから、若干の寂しさを感じる…。

 なんか、別のメニュー考えるか。

 

 マコニャンは…おぉ。

 和食…あまり朝は食べないのか、ご飯と味噌汁…後、焼き魚…。

 旅館の朝食の様な感じですな。

 …どこか安心したのはなんでだろう…。

 

「書記…お前、沙織に何かしたか?」

 

「………なんで?」

 

 いきなり疑うような目で、いきなり疑われた。

 何かした覚えはないが、された覚えはあった…。

 

 告白サレマシタ。

 

 しかし、非常に青ざめた顔をしていた。

 マコニャン呼びにも反応しないし…なんかもう…。

 

「…今日、たまたま…本当にたまたま、朝目が覚めたんだが…」

 

 朝には目が覚めないみたいに言わないの…。

 

「目が覚めて、初めに見たのが…布団から体を起こしてボケーっとしてる沙織だったんだ…」

 

「…うん? そりゃ寝起きなら…」

 

「そしたらな!!??」

 

「…ぉお…」

 

 鬼気迫る表情に、若干の不安を感じた…。

 何かあったのだろうか…

 

「ニヤけるんだ…」

 

「……」

 

「ニヤけたと思ったら! 赤くなったり、青くなったり!! 挙句!!」

 

「な…なに?」

 

「布団に突っ伏し…気持ちの悪い……絞め殺された七面鳥の様な声を上げ出すんだ…」

 

 聞いた事あるんですか?

 

「怖くて!! 怖くてぇ!! ずっと笑っていて…何か奇病にでも殺られたのかと思うくらいだ!!」

 

「…………」

 

 やられたって…多分…字が違う。

 

「それとも…寄生虫か? ……呪いか……?」

 

「…あの…それは、いくらなんでも…ひど…」

 

「私と話したと思ったら! 今度はずっと、私の髪の毛で遊んでるんだぞ!? 髪型8回は、今朝変えられたんだぞ!?」

 

「ほう…」

 

「結っている間も、後ろから気味の悪い声が響いてくるし…」

 

 …マコニャンが結構ひどい。

 カチャカチャと、持っているお盆から音が聞こえてきた。

 小刻みに震えてるよ…。

 まぁ…うん。

 状態はなんとなく想像できる…。

 俺の方がどうにかなりそうですけどね。

 まぁ、誤魔化しておくか。

 

「…三つ編みは頭が重くなるんだ…」

 

「いいじゃなの? 似合ってるし。可愛い可愛い」

 

「……」

 

 あ、固まった。

 音の止まったお盆をそのままに、なぜか上目使いで睨んできた。

 

「…お前…よくそういった事、言えるな…」

 

「何が? 新鮮で可愛いぞ? とてもメガネをかけて欲しくなるくらい」

 

「……なんだその基準は!」

 

「…隆史君」

 

「みほ?」

 

 何か、目を見開いた顔で、こちらを見てますね。はい。

 えっと…なに?

 

「……」

 

 無言だなぁ…。

 本当になんだろ…。

 まぁいいや。

 

「ふむ。みほも三つ編み似合いそうだよな。マコニャンと同じで、一本のやつ」

 

「…ぇ……!?」

 

 あれ?

 マゴマゴし始めた。

 変な事、言ったか?

 

「た…隆史君は、髪…長い方がいい?」

 

「…いや、特にこだわりは、ないけど…でも、みほなら長いのも似合いそうだから、見てみたいというのはあるな」

 

「……」

 

「逆に、ショートのマコニャンも見てみたくもあるな!」

 

「!?」

 

 いかん…変なエンジンかかってきた…。

 酒、少し残ってるか?

 

「めっ! 目の前でイチャつき出したかと思ったら…なんなんだ! 本当に、朝っぱらから!!」

 

「いちゃついたつもりは、まったくありませんけど…」

 

 ブツブツなんか、呟きだしたマコニャンと…持っている朝食に目を落として動かなくなったみぽりん。

 どうした? 聞かれたから答えただけなんだけど?

 

「ショート……切るのは…いや、でも……」

「…どうしよう…うん……お姉ちゃんも……そうだね…伸ばそう…かなぁ…」

 

 あ…あれ?

 そのまま呟きながら、どこかに歩き出し始めた…。

 前見ないと危ないぞ?

 

 おーい…。

 

 あーらま。

 そのまま自分達が取っていたであろう、テーブル席まで歩いて行っちゃったよ。

 そのテーブル席は、華さんとみほ。それとマコニャンの3名。

 …うん。

 

 残りは3名だな。

 

 …非常に話辛いが…。

 まずは…。

 

「おはようございます、優花里サン」

 

「あ、はい。おはようございます」

 

「……」

 

「ん? どうかしました?」

 

 あれ? 普通だ。

 てっきり避けられるかもしれないと思っていたのに…。

 

 あぁ! そうか。優花里はアレだ!

 酒飲むと、記憶が飛ぶタイプか!!

 ある意味その方が良かったのかもな…。

 

「……」カタカタ

 

 ん?

 

 優花里の持っているお盆が、音をたてだした。

 食器が揺れる音…。

 口を真一文字で結び…無言で、ボーッと見てますけど…。

 

「…………」カチャカチャカチャ!

 

 あ…顔が赤くなってきた…。

 

「ど…どうした優花里」

 

「……………………」ガチャガチャガチャ!!

 

 微振動を繰り返し始めた!?

 赤い! 顔がすげぇ赤い!!

 耳まで真っ赤になってる!!

 

「お…おい」

 

「にゃ!! にゃんでもござらん!!」

 

 …ござらんって…。

 

 そのままフラフラと…逃げる様に、みほ達が座っているテーブルへ歩いて行ってしまった。

 こ…声がかけられない…。

 ありゃ、我慢していただけか…完璧に覚えてるなぁ…。

 ろくに話もできなかった…。

 どうしよう…。

 

「おはようございます! 尾形さん!」

 

「え? あぁ、おはよう詩織ちゃん」

 

 見送るしかなかった俺の後ろから、声をかけられた。

 はい、昨日ぶりですね!

 

「お…おはよう、隆史君」

 

「あ~…あぁ、おはようございます」

 

 その横に立っていた、もう一人のなんて話しをしていいか分からない人。

 沙織さんからも、挨拶を頂きました。

 ボーっとした様な…そんな顔をしている。

 

 き…気まずい!!

 

「尾形さん!」

 

「え? あ、なに?」

 

「一緒に朝食、食べませんか!?」

 

 そんな空気を無視して、めちゃくちゃいい笑顔で、朝食のお誘い。

 この子は、良く笑う子だな…。

 

「あぁ、ありがとう。でも、ごめんな。席、取ってもらってるから」

 

「そうですか…」

 

 う…。

 

 顔を伏せて、あからさまに残念そうに落ち込んだ…。

 先程までの明るい笑顔が、一気に暗い顔になった。

 

 ぐ…。

 

 ちょっと胃に来る…。

 あ…席、移動した方がいいかな!?

 

「あ、いいよ、隆史君。気にしないで。コレも詩織の演技だから」

 

「ちょ!? お姉ちゃん!?」

 

 バッサリと横から切りましたね、お姉さん。

 信じられないモノを見る目で、沙織さんを見上げている。

 

「詩織? 隆史君が、レストランへ入ってきた時から、目で追っていたの知ってるからね?」

 

「…」

 

「ここまでくるやり取りも、ずっと見ていたのも知っているからね?」

 

「……」

 

「あまり隆史君に迷惑かけないの!」

 

「……」チッ

 

 あ…今度はあからさまに、悔しそうな顔した…。

 

「ま…まぁまぁ、沙織さん。俺は別に迷惑じゃ…」

 

「だ~め!! いい!? 隆史君!」

 

「はい!?」

 

「今の許したら、押しの弱い隆史君に漬け込んで、今日! 隆史君家に泊まるって言い出しかねないよ!!? 今、夏休みだし!」

 

 えー…。

 

 少し上を向き、そんな事を言い出した。

 なんで今のやり取りだけで、話をそこまで持っていく事が可能になるんだろ…。

 

「基本的に強引な詩織だし…特に隆史君、年下に甘いからね!」

 

 相性が悪すぎる! って、したり顔で言う、沙織さん。

 お姉さん顔とでも言うのか…ちょっと今まで見た事のない顔だな。

 まぁ、お陰で気まずさが消えた…か?

 

「…いいじゃん別にぃ。お姉ちゃんなんにもしないならさぁ」

 

 ボソっと不貞腐れた様に呟いた。

 それも結構、聞こえる普通の声で。

 

 …なんにもしないって…。

 いや…ちょっと、とんでもない事されましたけど…。

 

 

 

 あ。

 

 

 沙織さんの体が固まった…。

 

「お姉ちゃん?」

 

「……」

 

「…お姉ちゃん。なんで赤くなってるの?」

 

「…………っ!!」

 

 涙目で俺の顔を見てきた!?

 こっち見ちゃダメですって!!

 

 あぁ! 優花里と同じく、微振動を繰り返し始めた!!

 

「いっ…いいから! 皆の所に行くよ!!」

 

「……お姉ちゃん。まさか…」

 

 持っていたお盆で、詩織ちゃんの体をつつき、歩くように促している。

 誤魔化し方が、強引だ…。

 何かあったって、言っているようなモノですよ!?

 

 しかし、それに素直に従い、詩織ちゃんは歩き出した。

 基本的に沙織さんの言う事は、素直に聞くんだな…彼女。

 

 まぁ…すげぇこっちをチラチラ見てくるけど…。

 だから、前見て歩きなさい…。

 

「ごめんね。隆史君」

 

「え!? あ…あー…うん、大丈『 昨日の事っ! …だけど 』」

 

 言葉を遮り…一言だけ…。

 

「私も華と一緒だから!」

 

 それだけ言って、今度は俺の顔も見ないで、詩織ちゃんの後に続いて行ってしまった。

 

 ……。

 

 …華さんと一緒…。

 

 どういった意味だろう…。

 どの事を言っているのだろう…。

 

「……」

 

 沙織さん達も合流した、あんこうチーム席…。

 なんか…非常に変な空気が包んでいる。

 なんだあの光景…。

 赤くなってモソモソと食べている4人。

 詩織ちゃんは、手と口は動かしているが、沙織さんをガン見しているし…。

 

 朝食を食べてる華さんだけが、非常に幸せそうで…逆に異彩を放っていた…。

 

 

 

 

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「隆史ちゃんの朝食チョイスって…なんかすごいね…」

 

「あ~いや…」

 

 

 腹膨れりゃいいや! 程度で持ってきた朝食を食べ終わった辺りで、杏会長からそんな事を言われた。

 まぁ…うん。今回はバランスなんて考えなかったからねぇ。

 よく言えば、和洋折衷です。

 悪く言えば、雑。

 考えている余裕が、今回ありませんでしたから!!

 

「まっ! いいや。でね? 隆史ちゃん」

 

「…なんでしょ?」

 

「隆史ちゃんが、暇な時にでもって感じでね? 頼みたい事があるんだぁ」

 

「頼みたい事?」

 

「そーそ! か~しまからね」

 

「桃先輩が?」

 

 少し意外だ…。

 なんだろう…書類整理かな?

 

「…なんだ。意外そうに見るな」

 

 あ~。すいません。

 ガン見しちゃいました。

 

「あれ? 私それ聞いてないなぁ…。桃ちゃん…なに? 書類処理? またぁ?」

 

「ちっ…違う! 違うから!!」

 

 あぁ…柚子先輩も、似たような事を思っていたみたいだ。

 そうだよなぁ…桃先輩って、俺には基本的に頼み事ってしないからな。

 正直、嫌われてるかもって思っていたし…。

 なんだろ? 想像がつかないや。

 

「んんっ!! 尾形書記」

 

「あぁ、はい。なんですか?」

 

 わざとらしく咳払いをして、少し真剣な顔でこちらに視線を投げてきた。

 しかし、テーブルの上のケーキやら何やらのデザート類が、その真剣さをかき消している!

 

「後日な、風紀委員に同行してもらいたい」

 

「風紀委員って…園さん?」

 

「そうだ」

 

 壁際に座っていた園さんに視線を投げると、いつもの風紀委員の二人と一緒に、朝食をとっていた。

 あの三人と…なんだろ?

 

「同行って…どこにでしょ?」

 

「…この学園艦の最深部」

 

「最深部…って、船の?」

 

「実はそこは、不良共の溜まり場になっていてな。そこを取り締まると、風紀委員長が暫く前から言っているんだ」

 

「不良の溜まり場…」

 

「昔は兎も角…今は、男子生徒もいるようでな…女子生徒達だけでは…如何せん危ない」

 

「あぁ…なるほど」

 

 女の子達だけで行く所じゃないと、俺に同行を依頼してきているのか。

 というか、そんな所があったんだな。

 比較的に大洗学園って、素行不良の生徒って、いないと感じていたのにな。

 いるんだ。ヤンキー。

 

「その…不良と言っても、悪い奴らじゃないんだが…風紀委員長もなんというか…結構血の気が多いというか…」

 

 言葉を濁しているが、概ね理解する。

 すげぇ喧嘩腰で、喋る子だしね…園さんって。

 取り敢えず、俺に対しても基本的に睨んでくるしな、うん。

 

 俺、品行方正ナノニナァ。

 

「桃ちゃん。それって船舶科の子達?」

 

「そうだ」

 

「あぁ…去年だったよね? その子達が退学になりそうな時に、庇ってあげたんだよね?」

 

「まっ…まぁ! それも私の仕事の一環だ!」

 

 少し照れながら、柚子先輩の視線を交わしている。

 へぇ…桃先輩がねぇ…。

 沙織さんが拉致された時も、「自分達の生徒を守れないで、どうして学園が守れる!!」って言ってくれたしな。

 基本的にこの人って、いい人って奴だ。

 だからだろう。

 その不良生徒達も心配なのだろうな。

 

「いいですよ。俺が暇な時じゃなく、いつでも構いません」

 

「そうか。助かる…」

 

「行く時が決まったら、言ってください」

 

 それも俺の仕事なんだろう。

 男手ってのは、そういった事にも使えるしな。

 

 どこか安心した様に、コーヒーを口にした。

 しっかしこの人って、そういった仕草は絵になるなぁ。

 ヒステリーさえ起こさなきゃ「できる人」ってのに見えるのに…。

 

 不良とやらの溜まり場。

 園さん達が危険だからと、俺を派遣するんだ。

 その事に関して、柚子先輩は何も言わなかったから、まぁ…大丈夫だろ。

 命の危険性はないのだろう。

 

「あ、そういや隆史ちゃん」

 

「はい?」

 

「さっきロビーで、隆史ちゃんのお客さんと会ったよ?」

 

「あぁ、いましたね」

 

「……またですか…あのハゲですか?」

 

「違う違う! 一度会った事ある人だよ。朝食が終わった後でもいいから、ロビーに来て欲しいってさ」

 

 この会長の警戒心がない言い方…。

 ロビーのソファーで待ってるって、言っていたらしいけど…誰だ?

 一度会った事がある?

 

 柚子先輩と桃先輩は、少し困った顔をしている。

 会長の悪巧み…とも違う様だけど…。

 

「…誰だ?」

 

 

 

 

 

 

 

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 そんな訳で、ロビーまで足を運んでみた。

 一度会った事があるって事は、見りゃ分かるだろうとは思うけど…杏会長も人が悪い。

 誰か知っているなら、教えてくれてもいいものじゃないだろうか?

 

 頭を掻きながら、適当に視線を投げる。

 朝の朝食時間と言う事で、それなりに人はいるけど…みんな知らない顔だ。

 

 そういや、しほさん達に連絡を入れないと…。

 この後の予定を伝えておかなきゃな。

 結局、朝食のレストランには現れなかったしな。

 

 

「!?」

 

 …急に肩が重くなった。

 

 真横から、どうやら肩を組まれた様だ。

 太い腕が、視界にいきなり入ってきた。

 

 誰か分かった…。

 

 

 

「よぉ! 小僧!!」

 

 

 

 よぉ、クソ親父。

 耳元で叫ぶな。

 

「なんだぁ? 久しぶりに顔を合わせたのに、不景気な面しやがって! もっと喜べ!!」

 

「どうしたんすか…なんの用ですか…」

 

 太い腕。

 浪人の様な着物…。

 頭脳は脳筋。体はスジ者。

 

 華パパさん、襲来。

 

「それに久しぶりって…先週会ったばかりでしょ…」

 

「細かい事気にすんな! な!!」

 

 何がそんなに楽しいのか…。

 うわぁ…本当になんの様だろ…こんな朝っぱらから。

 

「小僧、どうだ? 華と、どこまでいった?」

 

「あんた、いきなりなんちゅう事、言ってんだ!!」

 

「なんだよ~いいじゃねぇかぁ~教えろよ~」

 

「内緒にしてる訳じゃねぇよ!! なんにもねぇよ!!」

 

 うるせぇ!

 いい大人が、耳元ではしゃぐな!!

 

 肩に回している腕に力をいれて、俺の首をロックして左右に振り回し始めた!

 傍目からすると、完全にヤクザに絡まれてる様にしか見えねぇ!

 ほら! ホテルのスタッフさんもオロオロし始めただろ!!

 

 

 

「…なにをしているのですか?」

 

 ゾワッ!

 

 なに!?

 

 なんなの!?

 

 すっげぇ殺気!?

 

 それはこのクソ親父も感じた様で、顔色が悪い。

 体の動きを止めて、じっと動かなくなった…。

 その感じた先に顔を向けると…。

 

「…あら。五十鈴流の…」

 

「ぉ…おぉ! 島田の奥様!!」

 

 その殺気は、しほさんが発していた。

 その横であっけらかんと、このクソ親父を見ている千代さん。

 

「千代さん? なんですか? この男と知り合いですか?」

 

「えぇ。お華の師範ですよ。ちゃんとした家の方ですから、大丈夫ですよ?」

 

「…そうですか」

 

 こ…怖ぁぁ…。

 

 大丈夫と言った千代さんの言葉を聞いても…鋭い目つきで華パパンを睨んでいる…。

 朝食をとる為に、部屋から降りてきた家元達。

 ロビーから回ろうと、ここに来た所…俺の身長すら抜く大男が、俺にヘッドロックをかけている所を目撃。

 …俺がどうも絡まれていると思ったらしいです。

 

 …大学生達は、見当たらない。

 しほさん達、家元だけだ…。

 

「しかし、隆史君。五十鈴さんとお知り合いだったのですねぇ…あぁ。そういえば…」

 

「あ、はい。と…友達の親御さんです…ですから、しほさん! 気持ちはとても嬉しいのですけど! 絡まれてる訳ではないので!!」

 

 いや? 絡まれてるな。

 

 俺の言葉で漸く警戒を解いたしほさん。

 いや…まだ少し警戒色があるな…。

 

「お母さん!?」

 

 みほの声がした…。

 朝食を終えて、しほさん達と同じくロビーから戻ろうとしたのだろう…。

 こんな現場に遭遇したって所だな!

 

 ここに来て、あんこうチームも来襲!!

 

 視線をまた、声がした方に向けると…ぉぉおおおお!!

 

 しほさんを見て、驚いているみほ。

 何がなんだか分からないといった顔をしている、優花里さん。沙織さん。詩織ちゃん。

 眠そうなマコニャン。というか、半分寝てるだろ。

 

 それと…。

 

 ……超…無表情な華さん。

 

 あ。

 

 親父様がすげぇバツ悪そうな顔してる。

 

 片手をあげて…。

 

「よぉ! は…華ぁ!!」

 

 はい、親父のターン。

 できるだけニコやかに話しかけた。

 はい、華さんのターン。

 

 

 

「 ど ち ら 様 で し ょ う ? 」

 

 

 

 凄まじい笑顔で、 社 交 辞 令!

 

 あ。

 

 親父様が泣きそう…。

 

 みほ達が、完全に固まってしまった。

 そりゃそうだろう…。

 この華さん…あの時の五十鈴家でしか、俺も見たことねぇ…。

 

「た…隆史君?」

 

「こ…小僧…」

 

 みほが助けを求めてきた。

 …小僧呼ばわりするおっさんは、無視だな。無視。

 

「こ…こちら、華さんの親父様」

 

 その紹介に華さんと、親父を右往左往…。

 顔をキョロキョロと動かしている…みんな!!

 

「華さん、そうなの?」

 

 あまりの空気の違いに、一応確認と…華さんに語りかけるみぽりん。

 そんなみほに、いつもの笑顔で、ゆっくりと…。

 はい、華さんのターン。

 

 

「 知 ら な い 方 で す ♪ 」

 

 

 ば…バッサリ…。

 

「は…華っ! おじさん、泣きそうだよ?」

 

 あ、そうか。

 沙織さんと華さんは、昔からの付き合いだって言っていたっけ。

 華パパを知っていてもおかしくないか。

 

「沙織嬢ちゃん!!」

 

 

 やっぱり知ってるのか。

 

 ……。

 

 しかし、おっさん。

 マジ泣きしそうにすんな。

 

「はぁ…で? おっさん、マジで何しに来たんっすか?」

 

 フォローしたくねぇけど、話が進まんから、一応話を進めてこの空気を濁してやる。

 

 チッ。

 

 おお! と、笑顔になって、俺に顔を向けた。

 嬉しそうな顔すんな。

 

「明日から、俺もまた出かけなきゃなんねぇからよぉ…」

 

 そういやなんか華さん言っていたな…。

 あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、昔からそんだったって。

 

「…またですか。どうせまた、女性の所でしょうに…」

 

 華さん! 

 周りに聞こえる呟きは呟きじゃありません!!

 みほ達が、驚いてるよ!?

 

 都合のいい耳だなおっさん!

 まったく聞こえないのか、1週間でもう大洗を離れる事になったって、楽しそうに耳元で叫んでる。

 

 う る せ え 

 

「…まったく」

 

 その呟きは、しほさんにも聞こえていたらしく、侮蔑の目でこのオヤジを見ている。

 

 …なんでだろう。

 

 俺も一緒に見られている気がする…。

 

「…なぁ、小僧」

 

「なんですか…」

 

「あの黒い女性って、西住流の家元だよな?」

 

「…そうですけど…なんで知ってるんですか」

 

「まぁ、島田流宅に何度か仕事しに行ってるとな、嫌でも耳に入って来るんだよ」

 

「あぁ…」

 

 まぁ…なんとなく想像はつくな。

 だからって、なんで俺にそれを確認すんだよ。

 

「それでな、仕事場で話題に出していいかとか、色々と調べたりしたんだがなぁ…なるほど」

 

 敵対している様な感じがしたからと、そんな事を言っているな。

 敵相手だったら、その話題は気を使うからとか言っている。

 まぁ…うん、それは何となく理解はするが…

 

「実物見ると…うん、思ったより…」

 

「…なんだよ」

 

 なんだ? しほさんの実物見てって…。

 思ったよりって…。

 

 

 

「なんかすげぇ、可愛い人だな!」

 

 

 

 …この親父……。

 

 

「でしょ!? しほさん可愛いっすよね!!」

 

「綺麗系とか、美人系とかじゃねぇよな! 可愛いよな!!」

 

「内面知ると、余計にそう思うんっすよ!!」

 

 

 

 ちゃんと解ってる人だった!!

 

 

 

「お…お母さんを可愛いって言う人…隆史君以外に、初めて見た…」

「…西住殿が、怒るのを通り越して…引いてる…」

「  ……  」

「華!?」

 

「…しほさん。顔が真っ赤ですけど」

「き…気のせいです」

 

 

「あぁ! そうそう! 脱線したな! 小僧に、渡しておく物があってだな。それで今日来たんだよ」

 

「渡す物? なんすか? プロテインっすか?」

 

「なんだ? 欲しいのか? 国内産の結構良いのあるぞ?」

 

「…ほぉ?」

 

「やっぱり国内産の方が、日本人の筋肉に合わせた成分で作ってあるから、結構いい感じだ!」

 

「あぁ、味もそうっすね。当たり外れあるけど…味覚も合わせてくれているから、飲みやすいんっすよね」

 

「そうそう! 値段は結構するがな! 外れ買って、鍛える時間を無駄にする位なら、多少高くてもそっち買った方がいいんだよな!」

 

 

 楽しい!!

 

 筋肉の話、超楽しい!!

 

 

 

「た…隆史君が二人いる…」

 

 

 

 みほが何か呟いてるけど聞こえない。

 しほさん達すら置いてきぼりにして、プロテインで盛り上がった!

 

 

 

 

「ですから! 親子か何かですか!! 貴方達は!!」

 

 

 

「「!!??」」

 

「いい加減にして下さい! 私にも我慢の限界というものがあります!!」

 

「は…華さん!?」

 

「元お父様!! なんの御用か存じませんが、さっさと帰ってください!!」

 

「華!?」

 

「…不愉快です…えぇ! とても不愉快です!!」

 

「「 」」

 

 何かを溜め込む様に、下を向き…上目使いで思いっきり睨んできてる!!

 華パパは、何かを俺の手に握らせた。

 あんた…そんな図体して、娘にマジ怯えすんなよ…。

 手が思いっきり震えてたぞ…。

 

「小僧! いいか!? 暗証番号は、華の誕生日だ!」

 

 暗証番号…?

 一体なにを渡した…ん……。

 手の感触は硬い。

 

 四角い…。

 

 は!?

 

 キャッシュカード!?

 

「仕送り送っても、受け取りそうにないからな! 小僧に渡しておくわ! 食費の足しにでもしてくれ!」

 

 しょく…っ!?

 

「じゃ! 娘が怖いからお家帰るね!!」

 

「は!? ふざけんなクソ親父!!」

 

 

 逃げやがった!! マジで逃げやがった!! あの親父!!

 手に握らせた瞬間、んな事のたまわって走って逃げやがった!!

 暗証番号が、非常に安易すぎるのも、突っ込めなかったよ!!

 

「はぁーー……はぁーーーー……」

 

 華さんが肩で息をしている…。

 こちらを真っ直ぐ見てくるっ!!

 

 

 

 はっ!!

 

 

 スッ

 

 

 パーーーン!!

 

 

 ……。

 

 

 

「  隆史君  」

 

 

「…はい」

 

 し…しほさんの手が…肩に…。

 

 

 

「撮影の前に……お話ができましたね?」

 

「…え……」

 

 みほへ視線を逃がした!!

 すげぇ笑顔で、首を左右に振っている!

 

 まさか、華さんの事話してないの!?

 

 ……

 

 えっと…えっとぉ!!

 

「し…しほさんが、可愛いって件ですか?」

 

「……」

 

「……」

 

「ち…違います」

 

 顔を背けた…。

 

 やべぇ! しほさんマジ可愛い!!

 

 

 

 スッ

 

 

 パーーーン!!

 

 

 ……。

 

 

「  隆史君  」

 

「千代さん!?」

 

「撮影の前に、お話ができましたね?」

 

「」

 

 

 逃げ場が…無い!!

 しほさん褒めると、千代さんが機嫌を悪くするの!!

 愛里寿!! 助けて!!

 

 助けて!! 天才少女!!

 

 

「じゃあ、隆史君」

 

 みほ!?

 

「午後には、帰ってきてね?」

 

「」

 

 すげぇ笑顔で、んな事言われました!!

 あぁ!! あんこうチームが笑顔に包まれてる!!

 どこ行くの!? 

 

「…尾形さん」

 

「詩織ちゃん!?」

 

「尾形さんって…」

 

 なに!? なに!? 笑顔で俺の顔を見上げてきてる!!

 

 その前に、命の危険を感じる!!

 なんも俺悪いことしてないよな!!

 

 

 

「…年増が好きなんですか?」

 

 

 

 

「」

 

 

 

 

 感じる。

 

 時が止まったのを…。

 

 はっきりとオッシャイマシタネ……。

 

 怒気…もとい、殺気を感じる…。

 

 強大な二つの大魔王の…。

 

 

「」

 

 

 …俺に詩織ちゃんを庇いきれるのだろうか…?

 

 

「大丈夫ですよ?」

 

「何が!? それ以前に逃げて!!」

 

「私が尾形さんを、正気に戻して上げますから!!」

 

「しょ…」

 

 

「若い方が良いに決まってます!! 楽しみにしていて下さいねぇ!!」

 

 

 ……。

 

 そこまで言って…走って沙織さんの後を追っていった…。

 

 言い逃げぇぇ……。

 

 

 

「そうですか…隆史君」

 

「今度はまた……随分と若い娘、捕まえましたねぇ…。…あの若い小娘が、正気に戻すんですってぇ……?」

 

「」

 

「楽しみにしていて下さい……ですかぁ…」

 

「何をするつもりでしょうかねぇ?」

 

 無理

 

 振り向けない。

 

 

 

 すでに俺の両肩は、二人の大魔王に占拠されている…。

 

 

 

 

 

 

 「「 タ ノ シ ミ デ ス ネ ェ ? 」」

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

次回、ようやく家元撮影会

あ、第12話~個人撮影~に挿絵追加。
秋山殿が描きたかったんじゃ。

次はPINK更新予定です。

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