「…おはようございます」
「おはよう! 隆史ちゃん!」
大洗ホテルのレストラン。
さっさと朝食を済ませようと、やって来たのだけど…そのレストランへ入室早々に、会長達と鉢合わせた。
いつもの3人。
一つのテーブルを囲んでいた。
基本的に、大洗の生徒達は朝食とった後からは自由だ。
10時までにチェックアウトすれば、そのまま帰るも良し…そのままどこかへ、遊びに行くも良し。
各々、普通の休日を満喫すればいいだけの話。
朝食はバイキング方式。
どうも、俺が一番最後だったらしい。
会場に入ると、会長の後ろ。
皆がお盆なり皿を片手に、用意された料理の前で右往左往していた。
「俺が最後ですか?」
「そうだねぇ。あ、ここ座るかい?」
入口付近のテーブルで、朝食をすでにとり始めていた3人。
会長が、空いていた椅子を引いてくれた。
「ありがとうございます」
促されるまま、その席へ着席。
まぁ…見事に生徒会役員席みたいになってしまったな。
「どうだ~い。よく寝れた?」
「ぇ…はい」
「その割には、目の下のクマが取れてないねぇ…」
おや。結構心配してくれた。
会長の小さい指が、俺の目の下を指している。
「寝れる時に寝なくて、どうする」
「そうだよ? 隆史君。特に桃ちゃん、気にしてたからねぇ」
「気にしてない!!」
柚子先輩と桃先輩。
いつもの漫才みたいなやり取りを、苦笑しながら眺める。
取り敢えず、杏会長の言葉を笑って誤魔化したけど…。
3時間くらいか? 全然寝れなんだな…。
酔っ払い来襲と共に、色々とあったからなぁ。
ま、それでも大分楽になった。
あぁ…そういえば、皆の私服って見るの初めてだな。
あら、新鮮。
「先に何か、食う物でも取ってきます」
「あいあい~」
あまりジロジロと見るのも失礼だし、会話をする前に行ってこよう。
たまには、食うだけってのも良いだろう。
今日からは、3人分作る事になりそうだしな。
……
…………
積まれたお盆を取り、料理が並んでいる場所に向かうと、また見知った顔達を見かける。
というか、このレストランにいるのって、大洗の生徒ばかりだしな。
見知った顔はそこら辺にいるわな。
一応、朝の挨拶でもして回った方が、いいのかなぁ?
ま、やめておこう。
それもなんか変だしな。
会った奴らだけにしておこう。
今みたいに、目の前で鉢合わせた彼女らを無視するのも失礼だしな。
……。
うん。
すっごい挨拶し辛い…。
じゅ…順番に行こうか…。
「おはようございます。今からですか?」
「あら、おはようございます。隆史さんも今から朝食ですね?」
「えぇ、華さん…朝から全力全開ですね…」
「そうですか?」
イメージ通り、和食中心の料理を選んでいた…のだけど!
なに!? その量!!
ご飯! 山盛り! 皿! 底が見えねぇ!!
一度に取らなくても…とは思うが、彼女の場合…この量でも完食できるしなぁ…。
普通に…。
スタッフの人の、多分残すんだろうなぁ…って顔が、驚愕に変わるのを簡単に予測できるくらいに。
…まぁ…この後、おかわりを3回程繰り返すなんて、そんな未来までは予測できなかったけど…。
あぁ…明日からの朝食どうしようか。
「おはよう、隆史君…」
「…ぅぅ…書記…」
「あぁ、おはようみほ…と、マコニャン。なんか、顔色がすごいけど大丈夫か?」
「「……」」
みほは、なんか赤いし…マコニャンは、対象的になんか青い。
マコニャンが、珍しく髪を結っていた。
一本の長い三つ編み姿だった。
いいな!!
みほは、洋食中心。
パンとか、スクランブルエッグとか…。
基本俺作るの、和食ばかりだしな。
今度から洋食も考えてみるか。
さて。
「…ピーマンが、無いな」
「ここまできて!?」
視界を巡らせ、どこかにないかと探すが…チッ。
無い。
食材として使っているものは、探せばあるだろうが…メインが無い。
「ま…今日はいいか」
「…ホッ」
あからさまに、安堵をした表情をしたな。
うん…。
大分食える様になってきたから、若干の寂しさを感じる…。
なんか、別のメニュー考えるか。
マコニャンは…おぉ。
和食…あまり朝は食べないのか、ご飯と味噌汁…後、焼き魚…。
旅館の朝食の様な感じですな。
…どこか安心したのはなんでだろう…。
「書記…お前、沙織に何かしたか?」
「………なんで?」
いきなり疑うような目で、いきなり疑われた。
何かした覚えはないが、された覚えはあった…。
告白サレマシタ。
しかし、非常に青ざめた顔をしていた。
マコニャン呼びにも反応しないし…なんかもう…。
「…今日、たまたま…本当にたまたま、朝目が覚めたんだが…」
朝には目が覚めないみたいに言わないの…。
「目が覚めて、初めに見たのが…布団から体を起こしてボケーっとしてる沙織だったんだ…」
「…うん? そりゃ寝起きなら…」
「そしたらな!!??」
「…ぉお…」
鬼気迫る表情に、若干の不安を感じた…。
何かあったのだろうか…
「ニヤけるんだ…」
「……」
「ニヤけたと思ったら! 赤くなったり、青くなったり!! 挙句!!」
「な…なに?」
「布団に突っ伏し…気持ちの悪い……絞め殺された七面鳥の様な声を上げ出すんだ…」
聞いた事あるんですか?
「怖くて!! 怖くてぇ!! ずっと笑っていて…何か奇病にでも殺られたのかと思うくらいだ!!」
「…………」
やられたって…多分…字が違う。
「それとも…寄生虫か? ……呪いか……?」
「…あの…それは、いくらなんでも…ひど…」
「私と話したと思ったら! 今度はずっと、私の髪の毛で遊んでるんだぞ!? 髪型8回は、今朝変えられたんだぞ!?」
「ほう…」
「結っている間も、後ろから気味の悪い声が響いてくるし…」
…マコニャンが結構ひどい。
カチャカチャと、持っているお盆から音が聞こえてきた。
小刻みに震えてるよ…。
まぁ…うん。
状態はなんとなく想像できる…。
俺の方がどうにかなりそうですけどね。
まぁ、誤魔化しておくか。
「…三つ編みは頭が重くなるんだ…」
「いいじゃなの? 似合ってるし。可愛い可愛い」
「……」
あ、固まった。
音の止まったお盆をそのままに、なぜか上目使いで睨んできた。
「…お前…よくそういった事、言えるな…」
「何が? 新鮮で可愛いぞ? とてもメガネをかけて欲しくなるくらい」
「……なんだその基準は!」
「…隆史君」
「みほ?」
何か、目を見開いた顔で、こちらを見てますね。はい。
えっと…なに?
「……」
無言だなぁ…。
本当になんだろ…。
まぁいいや。
「ふむ。みほも三つ編み似合いそうだよな。マコニャンと同じで、一本のやつ」
「…ぇ……!?」
あれ?
マゴマゴし始めた。
変な事、言ったか?
「た…隆史君は、髪…長い方がいい?」
「…いや、特にこだわりは、ないけど…でも、みほなら長いのも似合いそうだから、見てみたいというのはあるな」
「……」
「逆に、ショートのマコニャンも見てみたくもあるな!」
「!?」
いかん…変なエンジンかかってきた…。
酒、少し残ってるか?
「めっ! 目の前でイチャつき出したかと思ったら…なんなんだ! 本当に、朝っぱらから!!」
「いちゃついたつもりは、まったくありませんけど…」
ブツブツなんか、呟きだしたマコニャンと…持っている朝食に目を落として動かなくなったみぽりん。
どうした? 聞かれたから答えただけなんだけど?
「ショート……切るのは…いや、でも……」
「…どうしよう…うん……お姉ちゃんも……そうだね…伸ばそう…かなぁ…」
あ…あれ?
そのまま呟きながら、どこかに歩き出し始めた…。
前見ないと危ないぞ?
おーい…。
あーらま。
そのまま自分達が取っていたであろう、テーブル席まで歩いて行っちゃったよ。
そのテーブル席は、華さんとみほ。それとマコニャンの3名。
…うん。
残りは3名だな。
…非常に話辛いが…。
まずは…。
「おはようございます、優花里サン」
「あ、はい。おはようございます」
「……」
「ん? どうかしました?」
あれ? 普通だ。
てっきり避けられるかもしれないと思っていたのに…。
あぁ! そうか。優花里はアレだ!
酒飲むと、記憶が飛ぶタイプか!!
ある意味その方が良かったのかもな…。
「……」カタカタ
ん?
優花里の持っているお盆が、音をたてだした。
食器が揺れる音…。
口を真一文字で結び…無言で、ボーッと見てますけど…。
「…………」カチャカチャカチャ!
あ…顔が赤くなってきた…。
「ど…どうした優花里」
「……………………」ガチャガチャガチャ!!
微振動を繰り返し始めた!?
赤い! 顔がすげぇ赤い!!
耳まで真っ赤になってる!!
「お…おい」
「にゃ!! にゃんでもござらん!!」
…ござらんって…。
そのままフラフラと…逃げる様に、みほ達が座っているテーブルへ歩いて行ってしまった。
こ…声がかけられない…。
ありゃ、我慢していただけか…完璧に覚えてるなぁ…。
ろくに話もできなかった…。
どうしよう…。
「おはようございます! 尾形さん!」
「え? あぁ、おはよう詩織ちゃん」
見送るしかなかった俺の後ろから、声をかけられた。
はい、昨日ぶりですね!
「お…おはよう、隆史君」
「あ~…あぁ、おはようございます」
その横に立っていた、もう一人のなんて話しをしていいか分からない人。
沙織さんからも、挨拶を頂きました。
ボーっとした様な…そんな顔をしている。
き…気まずい!!
「尾形さん!」
「え? あ、なに?」
「一緒に朝食、食べませんか!?」
そんな空気を無視して、めちゃくちゃいい笑顔で、朝食のお誘い。
この子は、良く笑う子だな…。
「あぁ、ありがとう。でも、ごめんな。席、取ってもらってるから」
「そうですか…」
う…。
顔を伏せて、あからさまに残念そうに落ち込んだ…。
先程までの明るい笑顔が、一気に暗い顔になった。
ぐ…。
ちょっと胃に来る…。
あ…席、移動した方がいいかな!?
「あ、いいよ、隆史君。気にしないで。コレも詩織の演技だから」
「ちょ!? お姉ちゃん!?」
バッサリと横から切りましたね、お姉さん。
信じられないモノを見る目で、沙織さんを見上げている。
「詩織? 隆史君が、レストランへ入ってきた時から、目で追っていたの知ってるからね?」
「…」
「ここまでくるやり取りも、ずっと見ていたのも知っているからね?」
「……」
「あまり隆史君に迷惑かけないの!」
「……」チッ
あ…今度はあからさまに、悔しそうな顔した…。
「ま…まぁまぁ、沙織さん。俺は別に迷惑じゃ…」
「だ~め!! いい!? 隆史君!」
「はい!?」
「今の許したら、押しの弱い隆史君に漬け込んで、今日! 隆史君家に泊まるって言い出しかねないよ!!? 今、夏休みだし!」
えー…。
少し上を向き、そんな事を言い出した。
なんで今のやり取りだけで、話をそこまで持っていく事が可能になるんだろ…。
「基本的に強引な詩織だし…特に隆史君、年下に甘いからね!」
相性が悪すぎる! って、したり顔で言う、沙織さん。
お姉さん顔とでも言うのか…ちょっと今まで見た事のない顔だな。
まぁ、お陰で気まずさが消えた…か?
「…いいじゃん別にぃ。お姉ちゃんなんにもしないならさぁ」
ボソっと不貞腐れた様に呟いた。
それも結構、聞こえる普通の声で。
…なんにもしないって…。
いや…ちょっと、とんでもない事されましたけど…。
あ。
沙織さんの体が固まった…。
「お姉ちゃん?」
「……」
「…お姉ちゃん。なんで赤くなってるの?」
「…………っ!!」
涙目で俺の顔を見てきた!?
こっち見ちゃダメですって!!
あぁ! 優花里と同じく、微振動を繰り返し始めた!!
「いっ…いいから! 皆の所に行くよ!!」
「……お姉ちゃん。まさか…」
持っていたお盆で、詩織ちゃんの体をつつき、歩くように促している。
誤魔化し方が、強引だ…。
何かあったって、言っているようなモノですよ!?
しかし、それに素直に従い、詩織ちゃんは歩き出した。
基本的に沙織さんの言う事は、素直に聞くんだな…彼女。
まぁ…すげぇこっちをチラチラ見てくるけど…。
だから、前見て歩きなさい…。
「ごめんね。隆史君」
「え!? あ…あー…うん、大丈『 昨日の事っ! …だけど 』」
言葉を遮り…一言だけ…。
「私も華と一緒だから!」
それだけ言って、今度は俺の顔も見ないで、詩織ちゃんの後に続いて行ってしまった。
……。
…華さんと一緒…。
どういった意味だろう…。
どの事を言っているのだろう…。
「……」
沙織さん達も合流した、あんこうチーム席…。
なんか…非常に変な空気が包んでいる。
なんだあの光景…。
赤くなってモソモソと食べている4人。
詩織ちゃんは、手と口は動かしているが、沙織さんをガン見しているし…。
朝食を食べてる華さんだけが、非常に幸せそうで…逆に異彩を放っていた…。
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「隆史ちゃんの朝食チョイスって…なんかすごいね…」
「あ~いや…」
腹膨れりゃいいや! 程度で持ってきた朝食を食べ終わった辺りで、杏会長からそんな事を言われた。
まぁ…うん。今回はバランスなんて考えなかったからねぇ。
よく言えば、和洋折衷です。
悪く言えば、雑。
考えている余裕が、今回ありませんでしたから!!
「まっ! いいや。でね? 隆史ちゃん」
「…なんでしょ?」
「隆史ちゃんが、暇な時にでもって感じでね? 頼みたい事があるんだぁ」
「頼みたい事?」
「そーそ! か~しまからね」
「桃先輩が?」
少し意外だ…。
なんだろう…書類整理かな?
「…なんだ。意外そうに見るな」
あ~。すいません。
ガン見しちゃいました。
「あれ? 私それ聞いてないなぁ…。桃ちゃん…なに? 書類処理? またぁ?」
「ちっ…違う! 違うから!!」
あぁ…柚子先輩も、似たような事を思っていたみたいだ。
そうだよなぁ…桃先輩って、俺には基本的に頼み事ってしないからな。
正直、嫌われてるかもって思っていたし…。
なんだろ? 想像がつかないや。
「んんっ!! 尾形書記」
「あぁ、はい。なんですか?」
わざとらしく咳払いをして、少し真剣な顔でこちらに視線を投げてきた。
しかし、テーブルの上のケーキやら何やらのデザート類が、その真剣さをかき消している!
「後日な、風紀委員に同行してもらいたい」
「風紀委員って…園さん?」
「そうだ」
壁際に座っていた園さんに視線を投げると、いつもの風紀委員の二人と一緒に、朝食をとっていた。
あの三人と…なんだろ?
「同行って…どこにでしょ?」
「…この学園艦の最深部」
「最深部…って、船の?」
「実はそこは、不良共の溜まり場になっていてな。そこを取り締まると、風紀委員長が暫く前から言っているんだ」
「不良の溜まり場…」
「昔は兎も角…今は、男子生徒もいるようでな…女子生徒達だけでは…如何せん危ない」
「あぁ…なるほど」
女の子達だけで行く所じゃないと、俺に同行を依頼してきているのか。
というか、そんな所があったんだな。
比較的に大洗学園って、素行不良の生徒って、いないと感じていたのにな。
いるんだ。ヤンキー。
「その…不良と言っても、悪い奴らじゃないんだが…風紀委員長もなんというか…結構血の気が多いというか…」
言葉を濁しているが、概ね理解する。
すげぇ喧嘩腰で、喋る子だしね…園さんって。
取り敢えず、俺に対しても基本的に睨んでくるしな、うん。
俺、品行方正ナノニナァ。
「桃ちゃん。それって船舶科の子達?」
「そうだ」
「あぁ…去年だったよね? その子達が退学になりそうな時に、庇ってあげたんだよね?」
「まっ…まぁ! それも私の仕事の一環だ!」
少し照れながら、柚子先輩の視線を交わしている。
へぇ…桃先輩がねぇ…。
沙織さんが拉致された時も、「自分達の生徒を守れないで、どうして学園が守れる!!」って言ってくれたしな。
基本的にこの人って、いい人って奴だ。
だからだろう。
その不良生徒達も心配なのだろうな。
「いいですよ。俺が暇な時じゃなく、いつでも構いません」
「そうか。助かる…」
「行く時が決まったら、言ってください」
それも俺の仕事なんだろう。
男手ってのは、そういった事にも使えるしな。
どこか安心した様に、コーヒーを口にした。
しっかしこの人って、そういった仕草は絵になるなぁ。
ヒステリーさえ起こさなきゃ「できる人」ってのに見えるのに…。
不良とやらの溜まり場。
園さん達が危険だからと、俺を派遣するんだ。
その事に関して、柚子先輩は何も言わなかったから、まぁ…大丈夫だろ。
命の危険性はないのだろう。
「あ、そういや隆史ちゃん」
「はい?」
「さっきロビーで、隆史ちゃんのお客さんと会ったよ?」
「あぁ、いましたね」
「……またですか…あのハゲですか?」
「違う違う! 一度会った事ある人だよ。朝食が終わった後でもいいから、ロビーに来て欲しいってさ」
この会長の警戒心がない言い方…。
ロビーのソファーで待ってるって、言っていたらしいけど…誰だ?
一度会った事がある?
柚子先輩と桃先輩は、少し困った顔をしている。
会長の悪巧み…とも違う様だけど…。
「…誰だ?」
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そんな訳で、ロビーまで足を運んでみた。
一度会った事があるって事は、見りゃ分かるだろうとは思うけど…杏会長も人が悪い。
誰か知っているなら、教えてくれてもいいものじゃないだろうか?
頭を掻きながら、適当に視線を投げる。
朝の朝食時間と言う事で、それなりに人はいるけど…みんな知らない顔だ。
そういや、しほさん達に連絡を入れないと…。
この後の予定を伝えておかなきゃな。
結局、朝食のレストランには現れなかったしな。
「!?」
…急に肩が重くなった。
真横から、どうやら肩を組まれた様だ。
太い腕が、視界にいきなり入ってきた。
誰か分かった…。
「よぉ! 小僧!!」
よぉ、クソ親父。
耳元で叫ぶな。
「なんだぁ? 久しぶりに顔を合わせたのに、不景気な面しやがって! もっと喜べ!!」
「どうしたんすか…なんの用ですか…」
太い腕。
浪人の様な着物…。
頭脳は脳筋。体はスジ者。
華パパさん、襲来。
「それに久しぶりって…先週会ったばかりでしょ…」
「細かい事気にすんな! な!!」
何がそんなに楽しいのか…。
うわぁ…本当になんの様だろ…こんな朝っぱらから。
「小僧、どうだ? 華と、どこまでいった?」
「あんた、いきなりなんちゅう事、言ってんだ!!」
「なんだよ~いいじゃねぇかぁ~教えろよ~」
「内緒にしてる訳じゃねぇよ!! なんにもねぇよ!!」
うるせぇ!
いい大人が、耳元ではしゃぐな!!
肩に回している腕に力をいれて、俺の首をロックして左右に振り回し始めた!
傍目からすると、完全にヤクザに絡まれてる様にしか見えねぇ!
ほら! ホテルのスタッフさんもオロオロし始めただろ!!
「…なにをしているのですか?」
ゾワッ!
なに!?
なんなの!?
すっげぇ殺気!?
それはこのクソ親父も感じた様で、顔色が悪い。
体の動きを止めて、じっと動かなくなった…。
その感じた先に顔を向けると…。
「…あら。五十鈴流の…」
「ぉ…おぉ! 島田の奥様!!」
その殺気は、しほさんが発していた。
その横であっけらかんと、このクソ親父を見ている千代さん。
「千代さん? なんですか? この男と知り合いですか?」
「えぇ。お華の師範ですよ。ちゃんとした家の方ですから、大丈夫ですよ?」
「…そうですか」
こ…怖ぁぁ…。
大丈夫と言った千代さんの言葉を聞いても…鋭い目つきで華パパンを睨んでいる…。
朝食をとる為に、部屋から降りてきた家元達。
ロビーから回ろうと、ここに来た所…俺の身長すら抜く大男が、俺にヘッドロックをかけている所を目撃。
…俺がどうも絡まれていると思ったらしいです。
…大学生達は、見当たらない。
しほさん達、家元だけだ…。
「しかし、隆史君。五十鈴さんとお知り合いだったのですねぇ…あぁ。そういえば…」
「あ、はい。と…友達の親御さんです…ですから、しほさん! 気持ちはとても嬉しいのですけど! 絡まれてる訳ではないので!!」
いや? 絡まれてるな。
俺の言葉で漸く警戒を解いたしほさん。
いや…まだ少し警戒色があるな…。
「お母さん!?」
みほの声がした…。
朝食を終えて、しほさん達と同じくロビーから戻ろうとしたのだろう…。
こんな現場に遭遇したって所だな!
ここに来て、あんこうチームも来襲!!
視線をまた、声がした方に向けると…ぉぉおおおお!!
しほさんを見て、驚いているみほ。
何がなんだか分からないといった顔をしている、優花里さん。沙織さん。詩織ちゃん。
眠そうなマコニャン。というか、半分寝てるだろ。
それと…。
……超…無表情な華さん。
あ。
親父様がすげぇバツ悪そうな顔してる。
片手をあげて…。
「よぉ! は…華ぁ!!」
はい、親父のターン。
できるだけニコやかに話しかけた。
はい、華さんのターン。
「 ど ち ら 様 で し ょ う ? 」
凄まじい笑顔で、 社 交 辞 令!
あ。
親父様が泣きそう…。
みほ達が、完全に固まってしまった。
そりゃそうだろう…。
この華さん…あの時の五十鈴家でしか、俺も見たことねぇ…。
「た…隆史君?」
「こ…小僧…」
みほが助けを求めてきた。
…小僧呼ばわりするおっさんは、無視だな。無視。
「こ…こちら、華さんの親父様」
その紹介に華さんと、親父を右往左往…。
顔をキョロキョロと動かしている…みんな!!
「華さん、そうなの?」
あまりの空気の違いに、一応確認と…華さんに語りかけるみぽりん。
そんなみほに、いつもの笑顔で、ゆっくりと…。
はい、華さんのターン。
「 知 ら な い 方 で す ♪ 」
ば…バッサリ…。
「は…華っ! おじさん、泣きそうだよ?」
あ、そうか。
沙織さんと華さんは、昔からの付き合いだって言っていたっけ。
華パパを知っていてもおかしくないか。
「沙織嬢ちゃん!!」
やっぱり知ってるのか。
……。
しかし、おっさん。
マジ泣きしそうにすんな。
「はぁ…で? おっさん、マジで何しに来たんっすか?」
フォローしたくねぇけど、話が進まんから、一応話を進めてこの空気を濁してやる。
チッ。
おお! と、笑顔になって、俺に顔を向けた。
嬉しそうな顔すんな。
「明日から、俺もまた出かけなきゃなんねぇからよぉ…」
そういやなんか華さん言っていたな…。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、昔からそんだったって。
「…またですか。どうせまた、女性の所でしょうに…」
華さん!
周りに聞こえる呟きは呟きじゃありません!!
みほ達が、驚いてるよ!?
都合のいい耳だなおっさん!
まったく聞こえないのか、1週間でもう大洗を離れる事になったって、楽しそうに耳元で叫んでる。
う る せ え
「…まったく」
その呟きは、しほさんにも聞こえていたらしく、侮蔑の目でこのオヤジを見ている。
…なんでだろう。
俺も一緒に見られている気がする…。
「…なぁ、小僧」
「なんですか…」
「あの黒い女性って、西住流の家元だよな?」
「…そうですけど…なんで知ってるんですか」
「まぁ、島田流宅に何度か仕事しに行ってるとな、嫌でも耳に入って来るんだよ」
「あぁ…」
まぁ…なんとなく想像はつくな。
だからって、なんで俺にそれを確認すんだよ。
「それでな、仕事場で話題に出していいかとか、色々と調べたりしたんだがなぁ…なるほど」
敵対している様な感じがしたからと、そんな事を言っているな。
敵相手だったら、その話題は気を使うからとか言っている。
まぁ…うん、それは何となく理解はするが…
「実物見ると…うん、思ったより…」
「…なんだよ」
なんだ? しほさんの実物見てって…。
思ったよりって…。
「なんかすげぇ、可愛い人だな!」
…この親父……。
「でしょ!? しほさん可愛いっすよね!!」
「綺麗系とか、美人系とかじゃねぇよな! 可愛いよな!!」
「内面知ると、余計にそう思うんっすよ!!」
ちゃんと解ってる人だった!!
「お…お母さんを可愛いって言う人…隆史君以外に、初めて見た…」
「…西住殿が、怒るのを通り越して…引いてる…」
「 …… 」
「華!?」
「…しほさん。顔が真っ赤ですけど」
「き…気のせいです」
「あぁ! そうそう! 脱線したな! 小僧に、渡しておく物があってだな。それで今日来たんだよ」
「渡す物? なんすか? プロテインっすか?」
「なんだ? 欲しいのか? 国内産の結構良いのあるぞ?」
「…ほぉ?」
「やっぱり国内産の方が、日本人の筋肉に合わせた成分で作ってあるから、結構いい感じだ!」
「あぁ、味もそうっすね。当たり外れあるけど…味覚も合わせてくれているから、飲みやすいんっすよね」
「そうそう! 値段は結構するがな! 外れ買って、鍛える時間を無駄にする位なら、多少高くてもそっち買った方がいいんだよな!」
楽しい!!
筋肉の話、超楽しい!!
「た…隆史君が二人いる…」
みほが何か呟いてるけど聞こえない。
しほさん達すら置いてきぼりにして、プロテインで盛り上がった!
「ですから! 親子か何かですか!! 貴方達は!!」
「「!!??」」
「いい加減にして下さい! 私にも我慢の限界というものがあります!!」
「は…華さん!?」
「元お父様!! なんの御用か存じませんが、さっさと帰ってください!!」
「華!?」
「…不愉快です…えぇ! とても不愉快です!!」
「「 」」
何かを溜め込む様に、下を向き…上目使いで思いっきり睨んできてる!!
華パパは、何かを俺の手に握らせた。
あんた…そんな図体して、娘にマジ怯えすんなよ…。
手が思いっきり震えてたぞ…。
「小僧! いいか!? 暗証番号は、華の誕生日だ!」
暗証番号…?
一体なにを渡した…ん……。
手の感触は硬い。
四角い…。
は!?
キャッシュカード!?
「仕送り送っても、受け取りそうにないからな! 小僧に渡しておくわ! 食費の足しにでもしてくれ!」
しょく…っ!?
「じゃ! 娘が怖いからお家帰るね!!」
「は!? ふざけんなクソ親父!!」
逃げやがった!! マジで逃げやがった!! あの親父!!
手に握らせた瞬間、んな事のたまわって走って逃げやがった!!
暗証番号が、非常に安易すぎるのも、突っ込めなかったよ!!
「はぁーー……はぁーーーー……」
華さんが肩で息をしている…。
こちらを真っ直ぐ見てくるっ!!
はっ!!
スッ
パーーーン!!
……。
「 隆史君 」
「…はい」
し…しほさんの手が…肩に…。
「撮影の前に……お話ができましたね?」
「…え……」
みほへ視線を逃がした!!
すげぇ笑顔で、首を左右に振っている!
まさか、華さんの事話してないの!?
……
えっと…えっとぉ!!
「し…しほさんが、可愛いって件ですか?」
「……」
「……」
「ち…違います」
顔を背けた…。
やべぇ! しほさんマジ可愛い!!
スッ
パーーーン!!
……。
「 隆史君 」
「千代さん!?」
「撮影の前に、お話ができましたね?」
「」
逃げ場が…無い!!
しほさん褒めると、千代さんが機嫌を悪くするの!!
愛里寿!! 助けて!!
助けて!! 天才少女!!
「じゃあ、隆史君」
みほ!?
「午後には、帰ってきてね?」
「」
すげぇ笑顔で、んな事言われました!!
あぁ!! あんこうチームが笑顔に包まれてる!!
どこ行くの!?
「…尾形さん」
「詩織ちゃん!?」
「尾形さんって…」
なに!? なに!? 笑顔で俺の顔を見上げてきてる!!
その前に、命の危険を感じる!!
なんも俺悪いことしてないよな!!
「…年増が好きなんですか?」
「」
感じる。
時が止まったのを…。
はっきりとオッシャイマシタネ……。
怒気…もとい、殺気を感じる…。
強大な二つの大魔王の…。
「」
…俺に詩織ちゃんを庇いきれるのだろうか…?
「大丈夫ですよ?」
「何が!? それ以前に逃げて!!」
「私が尾形さんを、正気に戻して上げますから!!」
「しょ…」
「若い方が良いに決まってます!! 楽しみにしていて下さいねぇ!!」
……。
そこまで言って…走って沙織さんの後を追っていった…。
言い逃げぇぇ……。
「そうですか…隆史君」
「今度はまた……随分と若い娘、捕まえましたねぇ…。…あの若い小娘が、正気に戻すんですってぇ……?」
「」
「楽しみにしていて下さい……ですかぁ…」
「何をするつもりでしょうかねぇ?」
無理
振り向けない。
すでに俺の両肩は、二人の大魔王に占拠されている…。
「「 タ ノ シ ミ デ ス ネ ェ ? 」」
閲覧ありがとうございました
次回、ようやく家元撮影会
あ、第12話~個人撮影~に挿絵追加。
秋山殿が描きたかったんじゃ。
次はPINK更新予定です。