ダンジョンに白い兎がいるのは間違っているだろうか 作:さははさ
アーニャさんの後ろから現れた団体客は先にこの店に居た客の視線を集めていた。
一番前を赤髪の後ろ髪をくくる女性。その後ろを小さい男性と小さく巨大な男が付いて行き、その後ろを緑の髪に綺麗な女性が付いていく。そして後ろにetc…。
その中の一人の女性の方にどこか見に覚えがあった。
その団体客は先に着くと酒とその肴を頼んだ。人数分になるとかなりの数になるはずだ。ならさっさと食べて仕事に戻らなければ。
皿を手に持ち、残りの料理を全て口に入れる。そしてそれを水で流し込む。
「ごちそうさま!」
席を立ち、お金を空いた皿の横に置く。このお金は後々僕の手元には帰ってくる。一応、周りから見れば客としてこの店に来ている為、お金を払わずに帰るのは可笑しいのでこう言った形をとっている。
店を出て、店の裏に行き、厨房に入る。
「休憩終わりました!」
「よしベル!皿洗い頼むよ!」
「はい!」
ルノアさんにそう言われた僕はすぐ様、袖をまくりスポンジに洗剤をつけ皿を洗い始める。慌ただしくなる厨房はきっとさっきの団体客が来たからだろう。酒を入れるためのジョッキが泡の様に消えて、水道に湧き水の様に出てくる。
こんなに皿洗いが終わらないのは初めてだな。そう思いながらも手は休まず皿洗いを続ける。でもこの量は流石に一人じゃきついな…。
「クラネルさん。手伝います」
「ありがとうございます。リューさん」
それに最初に気づいてくれたリューさんがヘルプに入ってくれた。正直有難い。僕とは比べ物にならないくらいの速さで皿やジョッキが現れていく。此処でも無駄のない動きをしているなぁ。
それにしてもうるさいな。あの団体客、他の客のことも考えろよ。たしかにこのお店は夜になると酒に飢えた冒険者どもが現れてうるさくないとは言えないけど、あの団体客は度を過ぎた煩さだ。
ガシャーン!
何やら物の割れた音が聞こえた。
「ニャー!やっちまったニャー!」
どうやらアーニャさんが割った様だ。僕は反射的に動いてしまった。
「クラネルさん!」
リューさんが僕の事を呼んだけどこの時の僕には聞こえていなかった。あのアーニャさんの事だからきっと割れたものを素手で回収しようとする。
店の表に向かう。カウンターの中の方でアーニャさんはジョッキを一つ落としてしまった様だ。
店の表に出て、アーニャさんが欠けたジョッキを拾おうとした手を僕は握った。
一瞬ビクッとなったアーニャさんはこちらを向いて僕の名前を呼んだ。
「危ないですから僕が拾います」
「ニャ、別に大丈夫だニャ」
「いえ、怪我をされたら困りますから」
「ニャ!ベル坊、女の子の前だからカッコつけてるニャ!」
少し頬を赤く染め、わざとらしくそう言ったアーニャさん。それでも僕は欠けたジョッキを拾う。
「そう思われても構いません。傷つくのは痛いですから…」
目の前のバラバラになったジョッキを拾う前に持ってきた紙袋に入れる。
どんなに人が頑丈でも、怪我はする。そしてどんなに些細な怪我であっても痛いものは痛い。
昔、おじいちゃんに女の子の肌は柔らかい事を聞いた。その通りだった。アーニャさんの手はとても柔らかかった。ジョッキの破片で簡単に肌が切れると思った。
「ニャ、ニャ〜…」
横でそう小さく鳴いたアーニャさん。引かれたかもしれないな。粋がったガキとしか思ってなさそうだ。仕方ないか、出すぎた真似をしたかもしれないから。
紙袋に破片を入れ終わり、立ち上がる。未だアーニャさんは座っている。何をしているのだろうか、と考えていると視線を感じた。
こちらのカウンター側から奥、カウンター席に座る客やテーブル席に座る客の視線だ。それと此処の従業員の方達の視線も。
…あ。
僕は此処でバイトをさせてもらっている。けど条件としてやらせてもらえるバイトには制限があった。それは表に出ない仕事だ。何故なら此処の従業員は女性限定。店の名前にもあるように女の方しか働けない。
そして僕は男だ。これが意味するには。
「なんで男がこの店で働いてやがる…」
どこからともなくそんな言葉が耳に届く。当たり前のことだった。いきなりの事で対処しようがない。入り混じった視線を浴びながらこの状況をどう打破するか考えていると、肩に重みが増した。
「全く、何してんだい」
ミア母さんが僕の肩に手を乗せたのだ。僕を見るその目に怒りはない。それを僕はわかった。
「こいつはうちの知り合いの子でね。最近忙しいから手伝いに貸してもらってるのさ」
ミア母さんが僕の事を庇ってくれた。そして周りもそれで納得してくれた。ミア母さんのや影響力は絶大である。僕は小声で。
「ありがとうございます」
「…店の中で騒がれたくないだけさ。わかったならさっさと持ち場につきな」
「はい」
そして持ち場に着こうとする。するとアーニャさんにお礼を言われた。多分一応言ってくれたのかな?顔赤くして怒ってるし。まぁ僕が無理やりやったからお礼なんていらなかったのにな。
「どういたしまして。怪我がないようで良かったです」
と、持ち場に戻ろうとしたが再び止められることとなる。
背中側から、聞いたことのない声。でも僕を呼んでいることがわかった。
「ねぇ、白髪の少年…」
先程、店の中を見た限り、僕以外白髪の少年はいなかった。僕は此処で働いているため、名前を知っているのは此処で働いている人のみ。故に少年と呼ぶ。だから僕だと思い、後ろを向いた。
金髪の女性の方。とても綺麗な顔立ちをしている。そして先程見たことがあるなと感じたことが確信に変わった。
「貴方はダンジョンでぶつかりかけた人ですか?」
「うん。覚えてたんだ」
「はい。とても綺麗な髪をしていたので印象に残っていました」
ざわ、と周りが騒ついた。可笑しな事を言ったつもりはない。思った事を言っただけだ。けどそれが気に障ったのか、あの団体客の一人である狼のような男がジョッキを壊さんばかりにテーブルに叩きつけ僕の事を睨んだ。
「私はアイズ・ヴァレンシュタイン君の名前はなんて言うの?」
「ベル・クラネルです。ヴァレンシュタインさん」
「皆、私の事はアイズと呼ぶ。私もベルと呼ぶからアイズと呼んでほしい」
「わかりました。今後はアイズさんと呼ばせてもらいます」
なんかこの人と話すと和むな。綺麗な方だから緊張すると思ったけどふわふわとした感じで無駄に緊張しなくていい。
「それでアイズさん。何か御用でしょうか?」
「うん。ちょっと聞きたいことがあって」
真剣な表情で…とは言えない。何を話しても表情を一切変えずに話している。
「昨日、ミノタウロスを倒した?」
「はい。倒しましたよ」
「そう、わかった。引き止めてごめんね」
「いえいえ。では楽しんでください」
此処で彼女との会話は終わった。なので仕事に戻ろうとしたが…。
「ちょっと待ってほしい」
三度止められる。流石に戻らないと怒られるのだが…。と、ミア母さんを見ると。
相手してやれ。
そう目で訴えてくれた。
僕は再びミア母さんに感謝して振り向く。先程アイズさんがいた場所に僕より小さい人が立っていた。