ダンジョンに白い兎がいるのは間違っているだろうか 作:さははさ
女の子を傷つけてはいけないと言われた僕は今、女の子を傷つける事をしてしまう。
けど目の前に立つ女性はやわとか弱いで片がつく様な方ではない。
身の丈と同じぐらいの長さの木刀を手に取る彼女。稽古用のもので先はあまり尖ってはいない事を目の前にして思う。
周りには誰もいない。
この時間帯は僕たち以外起きている人は少ない。
魔法は禁止。己の実力が全てを物語る。
僕は今日のこの日の為に昨日、急いで作った木の短剣を敵対するエルフの女性に向ける。
対峙してからも顔色一つ変えない彼女。柔い風の音だけが耳を通る空間。
互いの出方を覗いていた。
僕はいつもダンジョンに行く際に使用している短剣を象った木製の短剣。彼女は稽古用に使用している木刀。
リーチの差は圧倒的に不利な状況下。こちらから出たとしても攻撃が当たるとは到底思えないが…。
僕は彼女よりも先に動いた。
利き足に力を入れて地面を蹴る様に前へ進む。
彼女の武器は見た目で言うと長さが長所であり短所である。懐に侵入して仕舞えばそれは最早邪魔でしかない。
が、その武器を使っているからこそ彼女はその事を充分に理解している。
僕が動いた直後彼女は後ろへ下がる。簡単には懐には入れさせてもらえなそうだ。
僕が前に進んだ距離に比べて彼女が下がった距離は短かった。
そしてこの瞬間もまだ動きは止まっていない。
彼女は木刀を僕の左足の方向へと下げる。
彼女に近づいて行く中、その木刀の先が僕の顔に重なった。
顔の目の前を通る木刀。軌道は地面から天空へと、僕の顎を狙った攻撃は紙一重で躱したが腰が上がってしまった。
それを狙っていたのか一気に距離を詰めながら木刀を再び地面の方へと下げていく。
今度は勢いを付けて、風を切る悍ましい音が耳を掠める様に。
「あっぶなっ!!」
今度は背後へと僕が下がる。かなりの勢いを付けながらも体制を整えつつ。その際にも彼女を視線から外さなかったが、それは彼女も同じだった。
最初からずっと彼女とは目があったまま。これが仕事中に偶々目があってしまったなら『恥ずかしいっ!』と言う感情で目をそらすだけで終わるが…。
「中々…速いですね」
「毎日足腰は鍛えられてますからね」
雑用に次ぐ雑用。物を持って走ることなど日常茶飯事。けどそれは僕の糧になっている。
彼女の目は僕を敵と認識した目。一切逃さないと僕に誓っているのかと勘違いする程の眼力。
それは僕も同じだった。
戦う以上、負けたくはないから。
この戦いは長期戦にしたくはない。これは双方思っている事。
理由は一つ、この事をミア母さんに見られるとどやされるからだ。
リューはミア母さんがこの事を知っているのかどうかを知らないがベルは知らない事をちゃんと知っている。
この事を言ったところでミア母さんからお許しが出るとは思っていなかったから。
なので2人はこの戦いが仕事が始まる時間までに終わらせたいと考えていた。
再び訪れる静寂はそう長くなかった。今度は2人同時に飛び出す。
リューの木刀の先端がベルの体を捕えながら、しかしベルの手には持っていた筈の木製の短剣が無かった。
そして視界の端に映る浮いた木製の短剣があった。
ベルが動き出した時と同時に投げた短剣はベルよりも前に出ている。リューの方へとベルと共に進む短剣はベルよりも前に出ている。
反射的にリューはベルの体を捕らえていた木刀を短剣へと向かわせた。
木刀が短剣に触れた瞬間。
僕は今出せる最高速度が出るように、利き足に力を入れた。
地面を離れた足。その触れた地面は抉られるほどに。
短剣が弾かれリューの視界から外れた矢先、自身の懐にはベルが入っていた。
僕はすぐ様彼女が木刀を持つ手の甲を叩いた。その衝撃に木刀から手を離した彼女の背後へと回り込もうとする。
彼女は冷静ですぐ僕の動きに対応していく。背後を取られない様に僕の動きに合わして体を動かしていく。
が、それこそが僕の狙いだった。
左足を前に出した。彼女の膝辺りに。
その行動は彼女の視界外で起きた事。視界に入らない行動を解る者などいない。ましてやそこに至るまでの過程に音は一切なかった。服が擦れる程の微音。
此方へと体を動かした彼女は僕の足につまづき体制を崩す。
僕は足を左に払い、彼女の足を完全に地面から離すと、同時に彼女の肩を持って地面へと押した。
「カハッ!」
地面へと背中が触れた瞬間、口から漏れた。
そして僕はもう一つ作っておいた短剣を出し、仰向けになる彼女に被さり短剣を首元に持っていく。
「…僕の勝ちですね」
「…はい、私の負けです」
勝敗が付いた戦いの軍杯は僕に上がった。
直ぐに体を退かし、彼女に手を差し伸べる。
「立てますか?」
「はい、ありがとうございます」
僕の手を借りながら立ち上がる彼女。
「思った通り、お強いですね。クラネルさん」
今回の戦いは僕が勝った。けどこれは偶々に過ぎない。
事実、彼女は僕の事を何も知らないが僕は毎朝彼女の稽古を見ていた。
実践に伴った稽古は余りにも情報が多かった。だから今回は彼女の稽古に一切関与しない動きをした。
結果、彼女は対応してきたが対処自体は出来なかった。
実力的に考えたら僕とリューさんは限りなく近いと思うが…僕は一切魔法が使えない。
リューさんが魔法を使えたとしたら…天秤はどちらに動いたか。
「ありがとうございます…それでリューさん」
僕は仮面を取る。
「この間はすいませんでした!女性だからと差別してしまって!」
「…いえ、私も軽率でしたから謝らないで下さい」
「そう言ってもらえて助かります」
こうして彼女との勝負は幕を閉じるのであった………
「ベル坊…仕込みが一切終わってないのはどういう事だい?」
はっ!?
「ミ、ミア母さん!!?いつの間に!!」
僕の後ろに立っていたミア母さんは鬼の形相で僕を睨んでいた。
「10分後には店が開いちまうんだけどどうする気だい?」
「じゅじゅ!10分後!!?」
え!!もうそんなしか時間ないの!?
「さっさと支度してきな!!!」
「は、はい!!!」
怒声を浴びる。僕は急いで着替え直ぐ様材料の下準備を始める。
「私も手伝います」
「あ、ありがとうございます」
リューさんが手伝ってくれるそうだ。これならなんとか間に合う…かな…?
………とう…」
「え?リューさん何か言いましたか?」
「いえ、何も言ってませんが」
可笑しいな…リューさんの方から何か聞こえた気がするけど…って!今はそんなことよりも仕事終わらせないとミア母さんに怒られてしまう!!
「……」
『…ありがとう』