ダンジョンに白い兎がいるのは間違っているだろうか 作:さははさ
「怪物祭ですか?」
「はい、一年に一度【ガネーシャファミリア】主催で開かれるお祭りが明日あるんです」
昼時、忙しくなる少し前。支度をある程度終わらせた後に休憩に入った時、シルさんが教えてくれた。
最近、街中が騒がしくなったのはこれのことだったのか。人と話したりしないから全然わからなかったけど。
「よろしければ一緒に行きませんか?」
祭か…こんな大きな街で行うものだから興味はあるけど…。
「僕は仕事があるので、シルさんだけで行ってきて下さい」
ただでさえ、他の従業員の方よりも少ない時間しか働いてないのに仕事を休んで祭になんて行けないな。
「それなら大丈夫ですよ。明日、ベルさんはお休みにしておいたので」
「え?」
「ふふふ」
いや、ふふふじゃなくて…え?休みにされたの僕?勝手に。休みが嫌ってわけじゃないけど…いつの間にそんな事を…。
「ベルさんはオラリオに来てから休まな過ぎです。働いてダンジョン行って働いてダンジョン行って…偶にはちゃんと休んで下さい」
週に一度、休みはある。けどその日は僕はずっとダンジョンに篭っている。小遣い稼ぎのチャンスだからだ。もっと下の階層に行きたいけど、魔石を持てる限度があるからあまり下に行かなくて困っている。いや、今はこんな話をしている場合ではない。
「お気遣いありがとうございます、シルさん。けど本当に休んでいいのでしょうか?」
ミア母さんがちゃんと僕の休みを認めてくれたのか心配で仕方ない。後で怒られたくない。
「心配しなくてもちゃんと了承済みですよ。けどその分明後日は倍働いてもらうとは言ってましたけど」
それ休みの意味がなくなるじゃないですか…いや良いですけど。
その日の仕事を終え、僕はダンジョンに行かず豊饒の女主人の皆にどんな祭なのかを詳しく教えてもらった。
やはりでかい街なだけあってやる事がとんでもなかった。まさかモンスターを調教してモンスター同士で闘わせる。簡単に言うならサーカスのようなものだとアーニャさんが言う。
じゃあ明日はシルさんとそれを見に行くのかと思ったが、シルさんはあまり興味が無いようで、ただただ屋台を回って行きたいと話している。豊饒の女主人の皆にお土産を頼まれてしまったのでかなり荷物が多くなりそうだ。
△▼△
「それじゃあ早速行きましょうか」
「はい」
元々人口の多い街なのはわかっていたが、こんなに人が居るとは思っていなかった。今まで何処にいたのか気になるほどに。
数え切れない程の屋台が並ばれてる中、人混みをかいくぐりながら僕たちは街を歩く。
東のメインストリート。僕たちが今いる場所はこの祭の主催であるショーが行われる闘技場に繋がる道である。殆どの人が闘技場に向かっている中僕とシルさんは色々と屋台を回りながら適当に歩いている。
「ベルさん。次はあそこに行きましょう」
僕の袖を引っ張りながらシルさんが指を指す方向へと進む。じゅうじゅうと音を立てて焼かれる串の刺さった肉。タレの香ばしい匂いが鼻孔を通り、食欲を沸かす。
「すいません。これを二本下さい」
「あいよ!一本300ベルで600ベルだ!」
シルさんがちょうどの値段でお金を出す。女の人にお金を出させたくはないのだが、今回はシルさんの方が出すと言うことになっている。
祭に行く前にお店の前でシルさんが、勝手に僕を休みにした事に多少なりとも罪悪感があるからと今日は私が全部出すと言った。僕は断ったのだがシルさんがなかなか引かないので僕の方から折れた。
その結果、会計の度に周りの目が痛い。シルさんは誰から見ても可愛い。そんな方と一緒に歩いているだけで僕も見られているのに、お金も全部出してもらっている。
良い目で見られる筈がなかった。その様子をシルさんはたのしそうに見ている。やはりこの人は悪魔か何かなのだろう。
…ま、偶にはこんな日があっても良いのかもしれない。
久し振りに得物を持たない日があっても。
ガヤガヤと人は増えていく街並みに、ほんの少し悪意が満ちた笑みが溢れていた。大きな檻の入れられた悪意の塊。モンスターの目の前で神様は笑った。
その悪意は彼女にとってはただの気まぐれ。まだ見ているだけのつもりだった。けれども抑え切れなかった感情。
「行きなさい」
モンスターは逆らう事なく、神の命令を聞いた。
「…何か音がしませんか?」
ベルはこの騒がしい街中でとある異変に気付く。
何か、大きな音がこの街中に急に現れた事を知る。
「音ですか?いつもより人が多いので…どの様な音なんですか?」
「大きな足音です…例え沢山の人が歩いていても聞こえるはずのない人足音」
まるでモンスターの足音…まさか!
嫌な予感は直ぐに的中する。
「キャアァァ!!」
響く叫び声。
「モ、モンスターだぁ!」
平和だったものが瞬間壊れる。街に現れるはずの無かったモンスターが現れたのだ。
『ガァァァァァ!!』
モンスターの雄叫びが聞こえる。距離的に近くはないがここでも伝わる衝撃。街中がパニックになるのには時間がかからなかった。
人混みか一斉に闘技場側から波の様に押し寄せてくる。
慌ただしく、モンスターから逃げる為に人々は走る。その中でモンスターの雄叫びに何かが壊される音。人の叫び声呻き声が聞こえてくる。
阿鼻叫喚とも呼べる中。
「べ、ベルさん!私達も逃げましょう!」
「……」
この街には沢山の冒険者がいる。神様の恩恵を受けた冒険者。今暴れているモンスターがどれ程の強さなのかはわからない。
そしてモンスターが現れてからまだ1分も経っていないが未だにモンスターの雄叫びは止まらない。
近くにあのモンスターを倒せる冒険者がいない?それともモンスターを倒しに行った冒険者がやられているのか?
「シルさん、先に逃げてて下さい」
「先に…もしかしてベルさん…?」
「僕はモンスターのいるところに向かいます」
今のところ僕が実践したモンスターの中で一番強かったのがミノタウルス。ミノタウルスより強ければ僕はやられるかもしれない。けど弱ければ倒せる。
得物は今は持ち合わせていないが、この身がある。街の人たちの叫び声が聞こえているのに逃げるわけにはいかなった。
「豊饒の女主人の所に逃げて下さい!皆の所に居れば大丈夫だと思いますから!」
リューさんにミア母さんにもいる豊饒の女主人なら安全だろう。
「べ、ベルさん!」
「行ってきます!」
僕はシルさんを置いて声の聞こえる方向へと走った。向かってくる人の波を掻き分けて行く。まだ声は止まらない。
誰もまだモンスターを止めれていないのだ。
少しでも犠牲者が現れないために。僕は走った。
『ガァァァァァ!!』
そしてモンスターの見えるところまで着く。
白い剛毛を纏い、赤く光った瞳で僕を睨む。猿型のモンスター。鋭い牙には血が付いていた。
死体が転がり、怪我を負った人の呻き声が聞こえてくる。
そのモンスターと闘っている人は居ない。冒険者が偶々近くにいなかったのか、強い部類のモンスターで殆どの冒険者が逃げたのか。
わからないけど、モンスターと目が合った。
まるで次の獲物を見つけたのかと思うくらいにニタァと不気味に口角を上げたモンスター。
今日はモンスターと闘わないと思っていたけど…。
「…来い!」
僕は小さな手で拳を作った。