アマガミサンポケット   作:冷梅

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11月-④

  彼――――主人(ぬしひと)(こう)は不思議な存在だ。

 

  彼は校内で名が通った存在、彼について耳にすることは多々あった。

  主に聞く内容と言えば、彼の所属している野球部についてのもの。 弱小と呼ばれている我が校の野球部が、着実に力を伸ばしつつあるのは彼の力。 この秋に行われた大会である程度の結果を残すことが出来たのは偏に彼の力の成せる技なのだろう。

  しかし、いくら話を聞くとは言え、クラスも違えば実際に話したことも無い人等、興味の蚊帳の外だった。

 

  学年が上がりクラスが同じになってからも彼の存在は、わたしの中では路傍の石だった。

 

 “他人より運動神経の良い存在”

 

  精々この程度にしか彼の存在を認識していなかった。 けれど、そんなわたしの考えを変革する出来事が起きた。

 

  それがクラス委員、つまり行事の実行委員としての役目。

 

  高橋先生の選出に対して不安が拭えぬまま実際に作業を進めていくと、その中で彼という人となりが徐々に分かり始めてきた。

  意外にも人を良く視ており、社交性があり、学年を問わずに人望が厚い。

  話によると、彼と共に野球がしたいとこの輝日東に進学してきた(ひと)も居るらしい。

 

 その理由は、何処と無く理解出来る。

 

  時たま頼りない時もあるけど、野球部の主将として忙しい中作業を手伝ってくれるし、何より気が利く。 包容力とも言えるそれが彼の魅力であり、存在そのものなのだろう。

 

  だから、わたしの手帳(内側)を見ても平然としていた。 そういうことなのだと思う。

 

  幸か不幸か、わたしは彼を知ってしまった。

 

  そして、気が付いた。

 

  わたしとは“価値観”が違うと言うことにも。

 

  そう気付かされたのは数時間前にあった出来事--校内のオブジェの塗装を行っている際。 いつもの様に平然とわたし好みの缶コーヒーを差し出してきた彼は、わたしにとってやはり不思議な人だった。

  わたしの秘密(・・)を知っていながら平気で近づいてくる。 その事に何のメリットも無いと言うのに。 缶コーヒーにしてもそう。 わたしの冷えた身体は温まるが、彼の財布は寂しくなる一方な筈。

 

  その理由を問いただすと、彼はゆっくりと口を開いた。

 

『見返りとかは関係無い。頑張ってる人を応援するのに、理由が要るのか?』

 

  普段とは違う、重みのあるその言葉に彼の意思を感じた。 彼とわたしは、損得勘定がまるで違う。

  それを感じるという事は、わたしが彼に近づこうとしているという事であり。 彼に対して少なからず興味を抱いているという事だろう。

  彼はブレない。 どこまで行っても、彼は彼--主人公のままなのだろう。 彼はこれまでに、自分の信じる価値観を相手が信じないという状況を乗り越えて、各々に価値観の魅力を伝えてきたのだろう。 だからこそ、多くの人々と良い関係を構築出来ている。

  確かに、彼の価値観とわたしの中のそれは違うのかもしれない。 それでも、いずれは人と触れ合う価値を理解出来る日が来るかもしれないという期待が胸に膨らみ始めている。

 

  シャーペンを置き、軽く伸びをする。

  彼について考えていたせいで、今日の勉強は捗らなかった。 姉が運んできてくれた紅茶はすっかり冷めており、本来の旨味を損なっていた。 そんな紅茶を喉の奥に流し込み、歯を磨く為に洗面台へと足を運ぶ。

  急に来た寒気と倦怠感に一抹の不安を感じながらベッドへとその身を投じる。 沈んでしまった気分を忘れる為にと、とにかく早く眠りにつくために羊を数えることにした。

 

  しかし、嫌な予感というのはどうしてこうも当たってしまうのか。

 

  昨夜よりも明らかに倦怠感が強くなり、頭はボーッとしている。

 

「……嘘でしょ」

 

  机の引き出しから取り出し、使用した体温計に表示されている温度は38℃を越えていた。 風邪もしくは疲れから来た熱だと容易に推測出来る。

 

「はぁ、憂鬱極まりないわね……」

 

  そんな言葉が自然に口から零れていた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「あ! やっと来たわね、大変なのよ!」

「……どうしたんだよ?」

 

  遅刻ギリギリで教室に滑り込むと、薫に肩を掴まれそのまま揺すられる。 普段との行動の違いに、何か異変が起きたのだろうが皆目見当がつかない。

 

「で、何かあったのか?」

「あった! あの絢辻さんがね、過労で倒れたらしいの!」

 

  その言葉に慌てて教室を見渡すも、絢辻の姿は見当たらない。

  いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたが、杞憂であって欲しかった。 昨日は寒波の影響によって一段と冷え込んでいた。 その寒空の下で絢辻は制服で作業を行っていたんだ。 風邪をひくなり、体調を崩す事は考えられた。

 

「はぁ……だから無理をするなって言ったのに」

「絢辻さん相当頑張ってたもんね」

「ああ……頑張りすぎてるよ」

 

  幸いにも、まだこの時期ならリカバリーが充分に効く。 絢辻だけにいつまでも頼っては居られない。 ここが創設祭実行委員の踏ん張り所だ。

 

「そんな難しい顔するなって、俺たちも手伝うからよ」

 

  ピッと、サムズアップを向けてくるのは梅だ。 純一もそれに賛同する様に頷いてくれる。

 

「アタシもシフトが入ってない日はなるべく手伝うわ。勿論、恵子も一緒にね」

「ありがとう、助かるよ」

 

  これだけ言ってくれるのは心強い。

  この言葉通り、皆は今日の放課後から作業に参加して手を貸してくれている。 お陰で予定よりも遥かに早く今日のノルマを終えることが出来た。

 

「はー、働いた働いた。しっかし、実行委員はこんな作業をやってるのか。そりゃあ絢辻も疲れる筈だ」

 

  梅は先程まで睨み合っていたパソコンから目を離し、大きく伸びをする。 純一も同じ様に辿々しいながらもしっかりと役目を果たしてくれた。 ホント、大助かりだ。

 

「なぁ大将、ガソガルでもやっていかないか?」

「いいじゃないかそれ! 公はどうする?」

「あぁ、悪いパス。ちょっと用事があるんだ」

 

  久しぶりに3人でゲームセンターに行くのも魅力的な提案だが、今回は断る事に。 朝から考えていた事を成すためにも商店街に向かう事に。

 

「恵子、アタシらはどうする?」

「駅前のクレープ屋さんに行きたいかなぁ」

 

  目的地は違えど、道中は殆ど同じという事もあり5人で下校している。 普段は部活があるから、滅多に無い組み合わせだ。

 

  会話の中心は来月に控えた創設祭がメインとなってくる。 高校生活に置いての貴重なイベントだ。 やるからには盛大に執り行いたいところ。

  暫く道なりに歩いて行き、目的地であった商店街に入った為4人に感謝を伝えてそのまま別れた。

 さてと、疲労回復に効く食べ物を探さないとな。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

  目当ての物も買えた為に、新たな目的地に向かって足を進めることに。

  商店街を抜けて、住宅地を歩いて行くと開けた場所で以前見かけた犬に近寄る女性の姿が目に入った。

 

「あら、この前の」

「こんにちは、縁さん」

 

  相も変わらず、遠目から見ると本当にそっくりな姉妹だ。 性格は真反対と言っていいほどかけ離れているが。

 

「もしかして、詞ちゃんの御見舞いに来てくれたの?」

「はい。普段お世話になっているんで」

「優しいんだね、主人くんは」

「誰だって、これくらいはしますよ。もし詞さんの体調が優れないのなら、これを縁さんから渡して頂けますか?」

「ん〜、薬は飲んでるみたいだから落ち着いてると思うけど、折角ここまで来てくれたんだし顔を見ていってあげて」

 

  縁さんは立ち上がると、空いている俺の手を取りそのまま自宅に向かって駆け出した。

 

「え、ちょ、自分で歩けますから!」

 

  こちらの言う事など全く耳に入っていないといった様子で、縁さんに引っ張られる形で絢辻家に到着した。 まさかこんな形で来ることになるとは思いもしなかった。

 

「ささ、入って入って」

「お、お邪魔します」

 

  広い。 まず初めに思ったのがそれだ。

  外見からして何となく想像は付いていたが、まさかここまでとは。 中流階級以上なのは間違いないだろう。

  縁さんに案内されるまま、階段を登って絢辻の部屋に入室する。 うん、俺の部屋よりも確実に広い。 これだけ広ければ色んなトレーニングが出来そうだ。

 

「詞ちゃん、詞ちゃん。ん〜、ぐっすり眠っちゃってるみたいね」

 

  部屋を見渡していると縁さんが絢辻の様子を確認していた。 どうやら眠っている様だ。

 

「あ、お夕飯の買い物に行くの忘れてた。ごめんね、ちょっと行ってくるね」

「あ、はい。気をつけて」

「ありがとう。主人くん、ゆっくりしていってね」

 

  そう残すと縁さんは部屋を後にし、階段を降りていった。

  そうなるとこの空間に居るのは俺と絢辻の2人になる訳で。

 

「貴方はいつまで乙女の部屋に居るつもりなのかしら?」

 

  そんな事を考えた瞬間、絢辻の鋭い双眼が俺を捉えていることに気が付いた。

 

「え、うわぁ! ……お、起きてたのか」

「起きてたのじゃなくて、起こされたのよ。全く、静かにして欲しいわ」

「……悪い」

「もういいわよ。あたしの為に来てくれたみたいだし」

 

  絢辻のその言葉にハッとなり、急いで鞄から先程商店街で購入した品々を取り出す。

 

「過労で倒れたって聞いたから風邪の線も考えて、消化の良い疲労回復に効く食べ物を買ってきたんだ」

「気持ちは嬉しいけど、それだけで充分。そんなにも貰えないわ」

「これは俺だけの気持ちじゃなくて、実行委員皆の気持ちだ。だから絢辻は気にしなくていい」

 

  実行委員たちにこの事は話していないが、負担をかけ過ぎたと心配しているという気持ちは本当なので話は通るだろう。 嘘も方便ってな。 あながち嘘八百じゃないのがミソだ。

 

「……そう。ありがとう」

「絢辻にばかり頼っていたからな。それで、体調の方は大丈夫なのか?」

「平気よ、少し熱が出ただけだから。診察も受けて、薬も効いてるし明日には学校に行けると思うわ」

「それなら安心だな、良かったよ」

「……貴方って変な人ね」

「そうか?」

「そうよ」

 

  即答か、参ったな。世の中にはもっと変わった人間も居ると思うんだがな。

 

「ねぇ、主人くん」

「何だ?」

「林檎食べたいから剥いてくれない?」

「はぁ、縁さんから借りといて良かったよ」

「ふふっ、準備が良いのね」

 

  しゃりしゃりと音を立てながら、大名剥きを行っていく。 本当は櫛形に等分してから切っていくつもりだったが、絢辻さんの命となれば断れない。

 

「へぇ、案外器用なのね」

「中学の時、家庭科の授業でやったからな」

「誰でも経験はあるわよ、あたしだって出来るし」

「……さいですか」

 

  林檎を切り分けてからは少し談笑をした。 人間は笑っている時が一番良い状態だと思う。 猫を被っている絢辻の笑顔も好感が持たれるが、雰囲気が変わった絢辻の笑顔も人間味があって良い様に思う。 何て本人に言ったら仕事の量を増やされるのが目に見えているので今は黙っているが、いつかは言ってやろうと思っている。

 

「そろそろ俺は帰ることにするよ、長居して悪かった」

「良いのよ、気にしないで。主人くん、御見舞い、ありがとう」

「ああ、早く良くなると良いな。お大事に」

「……うん」

 

  熱も無く、あれだけの元気があるなら明日には学校に戻って来てくれそうだ。

  家を出ると、丁度縁さんが買い物から戻ってきたところだった。

 

「もう帰るの?もっとゆっくりしていけば良いのに」

「あんまり長居しても詞さんに悪いですし」

「ん、そっか。詞ちゃん起きた?」

「少し会話をして、今は寝るって言ってました」

「具合はどんな感じだって?」

「熱も下がり始めて、林檎も食べてくれました。明日には学校にも来てくれそうです」

「そうなんだ、詞ちゃん全然話してくれなかったから心配だったんだ」

 

  その後、少し会話を交わしてから縁さんと別れることに。 笑顔で手を振ってくれる縁さんと絢辻の性格は対照的で姉妹と言うのは少し信じ難いが、顔の造りがDNAの繋がりをこれ程までにと言わんばかりに証明しているので信じざるを得ない。 以前にも感じたことだが、絢辻と縁さんの仲は複雑そうだ。 力になりたいが、こればっかりはあの2人が自分たちの力で何とかするしか方法は無いのかもしれない。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「主人くん、今日は部活?」

 

  ホームルームが終わり、絢辻がそんな言葉をかけてきた。 さて、こういう時は何かがありそうだがどうしたものか。

 

「もしかして、委員の仕事が詰まってきてるのか?」

「あー、うん。それもあるけど、何とかなるわよ」

「……良いのか?」

「たまには、ね」

 

  委員の仕事でも違うとなると、何の用事があるのだろうか。

 

「で、えっと、何かあるのか?」

「あ、うん。ちょっと話があって」

 

  委員の仕事では無く、話か。 こうして俺の予定を確かめていることからして、何やら大事な話だというのは想像出来る。

 

「解った。遅くなるけど、それでも大丈夫か?」

「作業をしながら時間を潰すわ。だから大丈夫」

「了解。病み上がりなんだし、無理はしないようにな」

 

  復帰してまだ2日目の絢辻に、無理はさせられないからな。

  軽い会話を交わした後、練習着に着替える為に部活へと向かう。 今日は照明の点検がある為、ナイター練習は無い。 その為遅くても6時には絢辻の元に付けるだろうと、予測しながら準備を進めていく。

 

「主人、今日も投げるのか?」

「あぁ、そのつもりだ」

 

  鞄からいつも手に滲ませるために携帯している硬球を取り出し、椎名にその球種の握りを見せる。

 

「夜長さんの勧めなんだ。まだ時間はあるんだし、価値は充分にあるだろ?」

「それをものに出来れば投球の幅も広がるし、俺も組み立てが楽になる」

「そういう事だ。てことで、付き合ってくれ」

「了解主将(キャプテン)

 

  アップを済ませ、全体練習へと移行したところで椎名と共にブルペンへと入る。 夏の大会を勝ち抜くには、もう一つ武器がいる。 それは前々から常々感じていたことだ。 あの敗戦には良い切っ掛けを貰ったと言うことになる。

  が、話はそう上手く進まない。 今月の頭から試し始めているが精度は余り芳しくない。 試合で使えるかとなると、厳しいというのが現状だ。 とは言え、大会までは後半年以上はあるので何とかなるだろうという希望的観測は一応ある。

 

「そろそろ時間だ、上がるぞ」

 

  椎名の言葉に頷き、ゆっくりとマウンドから降りていく。 今日はストレートの調子が良かった。 新しい球種を試し始めてから良い感じにスピンをかけることが出来ている様な気がする。

 

「今日はここまで。皆、お疲れ様」

 

  夜長さんのノックが終わったことにより、今日の部活が終了となる。 絢辻を待たせている事だし、急いで教室に向かわないとな。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

  いつもより早く着替えを済ませ、戸締りは椎名に任せて教室に向かって足を走らせる。

  教室の灯りが、絢辻が居ることを教えてくれる。

 

「はぁはぁ……待たせて悪い」

「そんなに急がなくて良かったのに」

「待たせてるんだから、急ぐさ」

「ふふっ、それじゃあ帰りましょうか」

 

  校舎を出て、歩みを進めていくとある場所に着いた。

 

「……遠前神社?」

「ええ。ここは普段から人が少ないし、話しやすいでしょ?」

 

  納得の行く答えだ。 ここなら他人に話を訊かれるということも無くなる。

 

「ほら、あそこの縁側に座りましょう」

「良いのか? 座っても」

「バレなきゃ大丈夫よ」

「……おいおい」

 

 腰も落ち着けたことだし、そろそろ本題の方を話してもらわないとな。

 

「それで、話って?」

「主人くん、貴方をあたしのモノにします」

「はぁ? 突拍子過ぎにも程があるだろ」

「そっか、それもそうね。率直に訊くわ。あたしの事、どう思ってる?」

「……それはどういう意味だ?」

「あたしね、仮面を付けることに飽きたの。--貴方の存在のお陰でね」

 

 全く話が見えない。 仮面を付けることに飽きたと言ったのが、どういう意味なのだろうか。

 

「意味が解らないって顔ね」

「ああ、面目ないがその通りだ」

「そうね……どう言えば上手く伝えられるか解らないんだけど……」

 

  顎に手を当てて、数秒黙り込んだ後に絢辻が再び口を開く。

 

「貴方とあたしの価値観はまるで違う。一言で言えば、気になるの。貴方の考えが」

 

「あの手帳の中身を見れば、必要以上に干渉したくない筈。それでも貴方のあたしに対する接し方のスタンスは変わらないまま」

 

「あたしにとって、それは不思議だったの。貴方と作業をしてきた日々は、楽しかったものだと言い切れる。そう思えることが嬉しかった」

 

「それで良かったの……そこに不安を覚えるまでは」

 

  声が小さくなり、絢辻の表情に影が生まれた。

 

「どういう不安なんだ?」

「……貴方が、主人くんがいなくなる可能性」

「……俺?」

「そう。いつまで一緒に居られるのか」

 

「あたしは今の生活を失いたくない。例え話にしてもそう思うと怖いの」

 

「でも、だからといって、ずっと側にいて欲しいだなんてあたしには言えない」

 

「あたしと貴方の間には何も無いから」

 

  何も無いと言えば、証明出来るものはないのかもしれない。 思い出は、形では表すことが出来ないから。

 

「だから、あたしをあげる」

「……あたしをあげる?」

 

  思わず訊き返してしまったが、それほど驚いたのだ。 これくらいは許してもらいたい。

 

「分かるでしょ?」

「何となく……絢辻の言いたいことは分かるけど……本当に言っているのか?」

「ええ、その代わり……今、主人くんがいる日常をあたしに頂戴」

 

 こんな時、他の男ならば何と答えるのだろうか。 恋愛が苦手で、臆病者な俺にはきつい問題だ。 顔が熱を帯びているのがはっきりと解る。 それくらいに、今の俺は動揺しているのだろう。

 

「それに、これには理由もあるの」

「理由?」

「貴方は優しい。困っている人を見逃せないそんな性格。だからこそ、その在り方が危なっかしいのよ」

「……独りで抱え込むってことか」

「その事に、気付けるのは世界広しといえあたししか居ないわ」

「絢辻……」

「だから、今までより近い場所で主人くんを見てあげなくちゃって思ったの」

 

  言葉が、出てこなかった。

 

「……納得して貰えた?」

「ああ、充分に」

「……本当に良いの?」

「勿論」

「……そう」

 

  ゆっくりと絢辻の顔がこちらへと近付いてくる。 視線は外さない。

 

「どうしたら良いのか、分からないからあたしのやり方でするわよ?」

「任せるさ」

「……覚悟、出来てるのよね?」

「ああ」

「……ありがとう、主人くん」

 

  数秒。 時間にしてたった数秒のそれは、とても濃く、時が止まったかの様に感じた。

 

「ふふっ、契約成立ね」

 

  契約か。 絢辻らしいと言えば、それらしいが。 もう少し他に言い方は無かったのだろうか。

 

「……あたしはかなり緊張したのに、貴方は余裕そうね?」

「そんな事ないさ。意地で耐えてるだけだ」

「何それ」

 

  軽く笑い合ったところで立ち上がる。 街はもう夜に包まれていた。

 

「そろそろ、帰るか」

「ええ、エスコートよろしくね?」

「ああ、任せとけ」

 

  絢辻と契約。

  つまりは、そういうことなんだろう。

  だがこれはあくまでも利害関係。

  純一の様に気持ちをストレートに伝える事が出来れば、話は変わってくるのだろうが生憎俺自身もまだ自分の気持ちをはっきりと理解出来ていない。 俺も男な訳で、そういう事について興味が無いと言ったら嘘になるが、恋愛事が苦手な俺に踏み込むのはまだキツい。 こういうところがヘタレと薫に言われる所以何だろうなと思うと悲しくなった。 ただ距離が近くなったというのも事実だろうと思う。

 

「ちょっと、話聞いてるの?」

「ああ、聞いているよ」

 

  明日からの日常は、さらに濃いものになりそうだ。

 

 

 

 




受験等諸々があり、かなり時間が空いてしまいました。
今回の話にて、絢辻さんと主人は契約を交わした訳ですが、俗に言う関係と言えば友達以上恋人未満と言ったところだと思います。
そう言った部分も、これから書けるように成りたいと思っています。
閲覧、ありがとうございました。

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