アマガミサンポケット   作:冷梅

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後半から橘純一編へと移ります。


12月-③

 

  輝日東高校校舎裏。

 

  敷地内末端に位置し、校舎裏という事もあり人気の無いこの場所に何故か絢辻詞の姿はあった。 その手には何やら白い紙が握られており、それがこの場にいる理由を示していた。

 

『話がある。明日8時に校舎裏にて待つ。』

 

  手紙にはこの様に書かれているが、差出人の名前は記載されていない。 とはいえ、昨日の放課後に自身の下駄箱に入れられていたこれを、絢辻の性格上無視をすることは出来ない。 その為、気は向かないが仕方なくこの場に訪れるという状況が出来上がったという訳だが。

 

  再び手紙を一読し、左腕に付けている女性用腕時計で時刻を確認した後、指定された場所に立っている三人の女性(・・・・・)に視線を向けた。

 

「…………」

「…………」

 

  視線は交わされるが、その口が開かれることは無い。 吹き抜けて行く冬の風の音が、やけに強く聞こえたように感じられた。

 

  このまま互いに黙り込んでいても拉致が明かない、と絢辻はこの沈黙を破る事にした。

 

「時間が無いから手短に訊くわ。これの差出人は貴女たちで良いのかしら?」

「……そうよ」

「それで、用件は何?」

「……それは」

 

  ばつが悪そうに、田口らの三人は顔を見合わせる。

  しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。 時間を割かせてまで何の為に呼び出したのかと、勇気を振り絞り小さいながらも大きな一歩を踏み出した。

 

『絢辻さん、ごめんなさい!』

「……へ?」

 

  田口らの言葉に、思わず呆気に取られてしまった絢辻は自分でも奇妙と思える声を出してしまった。

  絢辻の呆然とした表情を見ながら、田口は言葉を続ける。

 

「……私たち、何も知らないのに、確証も無い噂に振り回されて、絢辻さんを傷つけて」

 

  拳に力が籠るのを田口は感じていた。

  自分の気持ちを言葉にするのがこんなにも難しいと感じる日が来るとは、露ほども思っていなかった。 それでもここで逃げ出すことは出来ない。 それが田口にとっての、ケジメであった。

 

「私たちも不安だったの……創設祭は高校生活で欠かせないイベントだし。それが中止になるかもしれないと思ったら怖くて……怖くて仕方が無かった……」

 

  重たそうに紡がれるその言葉を、絢辻は逃すことなく聞き取っていく。

  今までは仮初の付き合いだったクラスメイトの本音を、聞くことが出来たのだから。

 

「絢辻さんは凄い人よ。凄いなんて言葉で片付けるのは駄目なんだろうけど、それでも私から見れば、私たちから見れば絢辻さんはそう映る……だから、作業が遅れているって聞いて、それで……」

 

  人の感情は儚いものだ。

  どれだけ好感を積み上げていても、一つの過ちでそれは崩れ去る。

 

  人間は負の感情に弱い生き物なのだろう。 個人差はあるだろうが、この地球上に住む人間に共通している事柄だ。

 

  当然、田口にもそれは存在した。

  何事にもストイックだった絢辻が、自分の色恋の為に創設祭を犠牲にしているかもしれない。

 

  考えれば考える程、泥沼へと落ちて行った。

 

「……実行委員長から解任されたって本当?」

「……どうしてそれを」

「噂ってやつよ……ホント、だったのね」

 

  先日の市議会議員との話し合いの末に、絢辻はクリスマスツリーに関する全権利を勝ち取ることに成功していた。

  しかし、それと引き換えに創設祭実行委員長という座を失った。 所謂、等価交換と言うモノである。

 

「それを聞いて、私たち本当に何も見えていなかったんだなって……絢辻さんは、誰よりも一生懸命だったのに」

 

  彼女は色欲に負けていた訳では無かった。

  創設祭を開催するにあたって、どの様に段階を踏んで行くかを綿密に計画を立て、それを実行していたに過ぎない。

  自分の役職を捨ててまで、絢辻はクリスマスツリーの件に尽力してくれた。 これは紛れもない事実であり、絢辻がどういう人間かを如実に物語っている。

 

「本当に、ごめんなさい」

 

  田口に合わせ、山崎、磯前の両人も深く頭を下げる。 自尊心の高い彼女らが行った行動に、絢辻は不思議な感覚を覚えた。

 

「三人共、顔を上げて」

 

  誰にだって至らない点は部分はある。 眼前の三人はそれを受け止め、前に向かって一歩を踏み出した。 ならばそれに応えるのが、誠意というモノなのだろう。

 

「私も、そう取られても仕方の無い振る舞いだったのかもしれないし、貴女たちに酷い言葉も浴びせた。だから、貴女たちばかり悔いる必要は無いと思うの――――不安にさせてしまって、ごめんなさい」

「あ、絢辻さん……」

 

  こういうことに関しては、まだまだ未熟だとそう痛感させられてしまった様に思う。 少し、前のめりになってしまっていたのかもしれない。

 

  ――――今なら、解る気がする。

 

  以前に彼――――主人は友達の定義をこう言っていた。

 

『互いの事を解りあって、初めて友達と言うんじゃないのか?』

 

  長所と欠点は隣り合わせ。

  これらは個性と置き換えることが出来るだろう。

 

  それを互いに理解し合うことで、その人物の内面的な部分までを受け入れて同じ時間を共に過ごす事が出来る。

 

  きっとそれは簡単な事で、難しい事なんだろう。

 

  彼が受け止めてくれた様に、彼女たちも自分を受け入れてくれるかもしれない。

  反対に、拒絶されるかもしれない。

 

  それでも彼女たちが一歩を踏み出したのなら、自分も踏み出そう。

 

  そう思えた。

 

「田口さん、山崎さん、磯前さん」

 

  彼の影響をかなり受けているのかもしれない、と内心でほくそ笑みながら言葉を綴る。

 

「――――私と、友達になってくれますか?」

 

  その問に対する三人の答えは、了承を示す言葉であった。

 

 

 

「絢辻さん、私たちも手伝うわ」

「ありがとう弥生ちゃん。じゃあこれを――――」

 

  放課後の教室では創設祭の準備の為に、クラス中の殆どの生徒が残り作業に没頭していた。 その中には田口ら三人の姿も見え、明るい表情を浮かべながら作業に勤しんでいる様子が伺える。

 

「貴方の仕業ね?」

「絢辻さんよ。開口一番がそれとは如何なものかと思うぞ」

「そう、恍けるのね」

「……恍けるも何も、話が見えないんだが?」

「ふふっ、まぁいいわ――――ありがとう、主人くん」

「……あぁ、どういたしまして」

「やっぱり貴方じゃない」

「……何のことか知らないけど、とりあえず作業を進めないとな」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

  創設祭まで残り数日となった今日。

  今朝起きた時から、胸がざわめきを覚えていた。

 

  見ていたはずの夢は、靄がかかってしまっていて思い出せそうにも無い。

  何処と無く、嫌な予感がする。

 

  そんな一日の始まりで。

  そしてそれは、現実になった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「あ、おはよう七咲」

「…………」

「……あれ、えっと、七咲?」

 

  朝に出会った場合はおはよう。

  昼に出会ったならばこんにちは。

  それが夜になればこんばんはだ。

  その作法に則って声を掛けるが、七咲からその応答が来ることは無かった。

 

「お〜い大将、何やってんだ?」

「……梅原か。別に、何って無いよ」

「そっか。そんじゃま、教室に向かおうぜ」

 

  梅原が良いタイミングで声を掛けてくれたお陰で僕の存在が浮くことは無かったが、あの七咲が理由も無しに無視をするとは考えにくい。 つい先日も、普通に会話を交わしている。

  何かがあったとすれば、その後に事は起きているんだろうと思う。

 

  ――――嫌な音が聞こえる。

 

  激しくなっていく心臓の鼓動は、先輩と会話している時やお宝本を見ている時とはまるで違う――――不吉な宣告を突きつけてくる、そんな旋律に聞こえた。

 

  昼休み。

  梅原に食事を任せ、テラスの席を確保に向かうとばったり七咲と遭遇した。

 

  そこでもやっぱり七咲との会話は生まれなくて。

  僕が近づけば七咲の顔色は悲しげなものに変わってしまった。 そんな七咲に近づくことは出来なくて。

  やるせない気持ちが胸の中で溢れかえり、その日の昼食は好物の味噌ラーメンであったにも関わらず、喉を通すのに時間がかかった。

 

「にぃに……顔色悪いよ?」

「そうかな?」

「……うん」

 

  これはどうやら僕自身が思っているよりも心に来ているみたいだ。 今日は先輩と会わなかったから、自然と気分が落ち込んでいるのかもしれない。 テラスでは同じ3年生で水泳部の方と食事をとっている塚原先輩の姿しか無かった。 もしかすると、先輩は今日休みだった可能性も有り得る。 風邪とかなら早く良くなるといいんだけど。

 

「それにしても……七咲か」

 

  部屋の電気を消して、押入れへと入って一息をつく。 授業中も休み時間も色々と考えたが、それらしい答えを出すことは出来なかった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

  翌日。

  朝からやけに、他人の視線を感じる様な気がする。

 

「なぁ梅原」

「何だ橘?」

「僕ってさ、何かしたのかな?」

「してないだろ。でも……これを見るとそう簡単に否定するのは難しいな」

 

  梅原の視線の先にあるものは僕の上靴。

  水浸しにされており、オマケに画鋲も付いていると来た。 教室に向かう際にも、視線を向けられ机には落書きが。 椅子には大量の水糊が付着しているといった状態だった。

 

「純一、アンタこれどうなってるのよ?」

「そんな事、僕が一番訊きたいよ」

「まぁそうよね。ほら、手伝うからさっさと済ませるわよ」

「……ありがとう薫」

「口より手。先生が来る前に仕上げないと厄介な事になるわ」

 

  梅原、薫、田中さんの協力もあって何とか朝礼前に作業を済ませることが出来た。 マサやケンが干渉してこない事からすると、やはり面倒な事が起きているのだろうと推測することが出来る。

 

「純一、今話せるか?」

「うん、どうかしたの?」

「ちょっとな。屋上でいいか?」

 

  朝練から戻った公の言葉に頷き、そのまま二人で屋上に向かう事に。 一限目は芸術の時間だから授業に遅れてもどうということは無いだろう。

  屋上に着くなり扉の鍵を閉め、公は話を始めた。

 

「……随分と厄介な事が起きているみたいだな」

「そうだね。僕も何が何だか分からないや」

「……だろうな」

 

  少し間を置いて、再び公が言葉を紡ぎ始めた。

 

「……きついぞ?」

「だからこそ、僕は逃げないよ」

「解ってるさ。それが、橘純一だからな」

「ありがとう、流石だね」

「単刀直入に言うぞ――――純一……お前が二股をしていると噂が流れている」

「……え、それってどういう」

「“誰かと付き合っているにも関わらず、森島先輩に近付き、気持ちを弄んだ”。ざっくりだがこんな感じの噂が校内で流れているらしい。俺も昨日、後輩から話を聞いて驚いたよ」

「そ、そんな……デタラメな話が」

 

  ああ、思い出した。

  これはまるで、昨日の朝に見た夢と同じ展開じゃ無いか。

  僕のせいで、森島先輩が傷付いてしまう。

  そんな事は、あっては成らない事だ。

 

  でもこのままだと確実に――――

 

「森島先輩が……変わってしまう」

「……かもな」

 

  先輩は男性不信に陥ってしまうかもしれない。

  掴める筈だった幸せを得られなくなってしまうかもしれない。

  先輩の将来を、僕が潰してしまうことになる。

  それだけは、絶対に避けなければならない。

 

「森島先輩は、学校を休んでいるらしい」

「そうなんだ……だから、こんな噂が早まって出回ったのか」

「どうするつもりだ?」

「決まってるさ」

 

  そう、答えは決まっている。

 

「僕は助けるよ。先輩も、その噂を流した犯人も」

「純一なら、そう言うだろうなって想像は付いていた。こういうのは日にち薬だ。だから無理はしないでくれ」

「――――うん、約束するよ」

 

  ズレてしまっても、戻す事は出来る。

  戻すことが出来ないのならば、以前よりも良くすればいい。

  さぁ、ズレた歯車を戻そうか。

 

 

 




閲覧、ありがとうございます。

次回は遅くなるかもしれません。

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