アマガミサンポケット 作:冷梅
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では、本編をどうぞ。
「ただいま」
「あ、にぃにお帰り……遅かったね」
帰宅すると丁度夕食の後片付けを終えた後なのか、着ているニットの腕をたくし上げた美也が玄関で出迎えてくれた。
「……ねぇにぃに」
居間にある炬燵に入り、いつもより遅い夕食を取っていると襖が開きそんな声が聞こえた。 顔を見なくても分かるその不安げな声が、全てを聞かずとも会話の内容を物語っている。
「大丈夫。美也が思ってる程、僕はヤワじゃないよ」
何て口にしてみるが、自分の事は自分が一番良く分かっているものだ。 ただ、たった独りの妹の前ではちょっとくらい格好を付けたい。 それくらいは許されて欲しいと思う。
「嘘だ」
「嘘じゃないさ」
「……にぃには昔から嘘をつく時、相手の目を絶対見ないもん。気付いてないでしょ」
……参ったな、そんな癖があったのか。
それがあるなら、どう足掻いても通らない。
この世の中は、上手くいかない事ばかりで溢れている、と切実にそう思った。
「……ホントなのか?」
「嘘だよ、引っかかったねにぃに!」
「お、お前なぁ……」
「にししし! みゃーに勝とうだなんて10年早いのだ!」
美也だって、今の状況が辛い筈なのにこうして僕を励ましてくれている。
僕は美也に、何をしてあげられるのだろうか。
「今度まんま肉まん買ってくるよ」
「ホントに!? 幾つ買ってきてくれるの?」
「そうだな、5個ぐらいでどうだ?」
「え、そんなにも!」
「冗談だ、1つでいいだろ? 5個も食べたら牛になるぞ牛に」
「こんの、バカにぃに!」
美也のお陰で、ちょっとした冗談が言えるくらい気持ちは和らいでいた。 僕は、良い妹を持ったと思う。
「美也」
「……何?」
「ありがとう」
「にぃにが前を向いてくれたみたいだから、別に良いのだ!」
ぱっと目を見開き少し間を置いて、美也は大輪の花を咲かせてくれた。
いつの間に、ここまで大きくなったのだろうか。 ついこの間まで、僕を後ろから追いかけてくる小さな妹だと思っていたのに。
背が伸びたとか身体的な事では無く、精神的に、ヒトとして大きくなった気がする。
つまりはそういう事。 周りの環境がそうさせたのだろう。
七咲と美也の関係を考えると、今の状況が続くのは双方にとって間違い無くマイナスしか生まれない。
七咲の為、美也の為、森島先輩の為――――そして、僕の為にもここで行動に移る必要がある。
形振りなんて、構ってはいられない。
* * *
翌朝。
向かう先は、3年生方の居る教室。
今日は昨日までと違い、下駄箱にて僕に対する嫌がらせはされていなかった。 その分、この間より早く行動出来ている。
これなら、もしかすると。
「何だ、また来たのか?」
……そうは問屋が下ろさない、と来た。
教室へ入る為の扉の前には御木本先輩らの姿がそこにあった。
「はい、塚原先輩と話をさせて下さい」
「ハッ、ヌケヌケとまぁ良くも」
御木本先輩は戯ける様な仕草の後、顔を顰めるといつかの様に僕の胸ぐらを掴みあげる。
このままじゃ、先日と同じ。 酷ければリンチだって考えられる。
それを避ける為に口を開こうとした瞬間――――
「ストップ、やり過ぎよ御木本くん」
正直に言って、自分の目を疑った。
何しろこんな展開は、予想していなかったから。
「塚原、先輩……」
「幾ら噂の事があるからって、やっていい事と悪い事はあるでしょ。橘くん、何とも無い?」
「は、はい。大丈夫です」
「そう、それは良かった」
塚原先輩の仲裁により、御木本先輩の手は僕の胸元から離れ元の場所に戻っていった。
驚いた、まさか塚原先輩が助けてくれるなんて。
「何で止めた塚原!」
「そんなの決まってるじゃない、暴力はダメよ」
「でもよ、こいつは森島を……」
「確かにそういう噂は流れてる。でも、暴力でそれは解決出来ないわ」
塚原先輩が多くの人から人望を寄せられているのは、多分ここ何だろう。
「御木本くん、彼は噂されている様な人間じゃないわ」
「だったらどうしてそんな噂が立つんだよ?」
「それは……」
塚原先輩と僕は目を見合わせ、その言葉に対する解答を考える。 でも、その言葉を今の僕じゃどう答えても御木本先輩には届かない。
そんな時だった。
「嫌がらせにも耐えて、学校に来て、こうして俺たちの前に橘は居る。橘を信じるのは、これで充分じゃないか?」
「神代……」
手を差し伸べてくれたのは神代先輩。
こうして話すのは初めてだが、彼の事は僕も知っている。
輝日東高校硬式野球部の――――前主将だ。
「とまぁ、俺も後輩から話を訊くまでは御木本と同じ考えだったさ」
「……だったら何で」
「普通、学校中から嫌悪感を当てられたらまず間違いなく不登校だ。それでも橘は、怯まず自分を貫いている。信じるにはこれで充分だろ?」
この考え方、そっくりだ。
公が入れ込んだのも、解る気がする。
「な、御木本。ここは塚原に任せて俺たちは下がろうぜ」
「……はぁ、そうだな。橘、確証も無いのに手荒な真似して悪かった」
「い、いえ、気にしないでください」
「塚原も、邪魔して悪かったな」
「御木本くん……」
きっと、御木本先輩には御木本先輩なりの何かがあったのだろう。 だから僕に対して、あれだけ激昴していた。 あんな風に暴力を振るわれるのは勿論嫌だが、そうさせてしまう何かが僕にはあったのかもしれない。 現にあんな噂が流れている事が、それを表していると言われればそれまでだ。
でも今は、そんな事は後回し。
「塚原先輩、少し時間をいただけますか?」
「……うん、屋上でいいかな?」
* * *
「久しぶりに身体を動かしたが、やっぱり鈍ってるな」
今日の部活は珍しく、引退した先輩方が練習に参加してくれていた。 進路が決定した先輩も入れば、年明けにセンター試験を控えている先輩も居る中でこれだけの人数が集まるのは中々ない光景だ。 三塁ベンチが先輩方で埋まっているのを見ると、胸に来るものがある。
「神代さん、今日はありがとうございました」
「おう、良いチームになってるじゃないか主人」
「神代さんが土台を作ってくれたからですよ。椎名に夜長さん、色んな人に支えられてます」
「それも一つの才能だと思うけどな。お前は立派に皆を纏めてるよ」
この人は、本当に昔から変わってない。
どこまで行っても、この人は
「なぁ、急なんだがちょっと良いか?」
「大丈夫ですけど……」
ふと気が付けば、ベンチに座っていた先輩方の視線が一つに集中している。 その幾つもの視線の先に写っているのは俺――――主人公の姿があった。
ああ、成程――――そういう事でしたか、先輩。
「先輩方が全員集まってくれるなんて珍しいと思ってましたが、理由が分かりました」
「……勘が良いな、お前は」
「今の状況なら流石に。それで、話というのは?」
「ああ。橘純一についてだ」
やっぱりか。
いつか訊いて来るとは思っていたが。
まさか、この人数で来るとは……。
「純一は、噂されている様な事はしていませんよ」
「そう言い切れる証拠は?」
神代翼と言う人間は、強い。
選手生命を失ってもおかしくない、そんな重症から復活を果たした。 その彼の気迫は対戦してきた投手を震え上がらせてきたが、今自分がそれを当てられるとは思ってもみなかった。
とはいえ、ここで怯んでいたら甲子園なんて夢のまた夢だ。
何より、純一に対して示しが付かない。
「純一とは、小学校からの付き合いなんですよね。――――その純一が噂通りの人間なら、今頃俺がキレています」
一体何がおかしかったのだろうか。
先輩方は顔を見合わせるなり、声を大にして笑い始めた。
「くっくっ、な、言った通りだろ?」
「ああ、確かに神代の言う通りだった」
……どういう事なんだろうか、全く話が見えない。
「何が何だか分からないって顔をしているな、主人」
「……はい」
「試したんだよ」
「は? 試した?」
「彼は噂通りの人間なのか、不思議だったんだよ。あれだけ噂されているにも関わらず橘は臆さず学校に来ている。これはもしかすると、“噂は嘘なんじゃないのか”って思ってな」
その為に、皆を集めて来てくれたのか。
自分たちも色々とする事があって忙しいだろうに、良い人たちばかりだ。
「……橘の事か」
「聞いてたのか?」
「いや、何となくそうなんだろうなと考えていただけだ」
椎名も椎名で、頭がキレる。
もしかすると、話の真相に辿り着いているかもしれない。
決してそれを口にする事は無いが。
「お前は動くのか?」
「もうやれることはしたさ。それに、あまり干渉していい話でも無い。あくまでもこれは純一の問題だ」
「そう心配しなくても、直に噂は収まるさ」
「どうしてそう言い切れる?」
「お前は勘が良いのか、鈍いのか分からないやつだな。――――橘に対する視線が変わり始めてるんだ、ここまで言えば解るだろ?」
あぁ、成程と一人納得する。 なんだ、見ているつもりで見えていなかったんだな。
俺はみんなに、色んな事を気付かされてばかりだ。
* * *
今日は第4土曜日という事もあり、授業は無く学校自体も休みとなっている。
「あれ、にぃに出かけるの?」
「うん、ちょっとな」
――――今日は大事な用事があるんだ。
「お、お待たせしました、塚原先輩」
「うん、時間ぴったりだね」
商店街を抜けてバス停へ向かうと、既に塚原先輩の姿がそこに在った。
服装はグレーのチェスターコートに、白のタートルニット、それにネイビーパンツを合わせたもので知性的な雰囲気を醸し出している。
良く似合っている、そう思った。
「はは……ホントはもう少し早く来たかったんですけど」
「良いの、気にしないで。じゃあ、行こうか」
「はい!」
数分後、バス停に到着したバスに乗りこみ目的地を目指す事に。
目指すはバスで凡そ30分、そこから歩いて5分といった場所――――森島先輩の自宅だ。
しかし……。
「……どうかしたの?」
「い、いえ! 何でもないです!」
「そう、気分が悪かったら早めに教えてね」
バスの席が二人掛けの物だとは考えていなかった。 窓際に座らせて貰ったお陰で、席を移ることは出来ない。
つまりそれは、このバスが第一目的地のバス停に着くまで“僕は塚原先輩の隣に固定される”という事だ。
鼻腔を擽るのはいつもの塩素の匂いではなく、女性特有の良い香り。
美也とも、七咲とも、森島先輩とも違う、塚原先輩の香り。
控えめに言っても極楽。
この状況で僕は……森島家に着くまで、橘純一として居られるのだろうか。
そんな馬鹿な事を考えているうちに、バスは目的地であったバス停に辿り着いた。 人生の中でも、とても早い30分だった様に思う。
「随分真面目な顔をしてたけど、何か考えてたの?」
「え、まぁその……今からの会話を」
「ふぅん、そうなんだ」
なんて言って、いつもの様に塚原先輩は含み笑いをするが……もしかしたらバレているのかもしれない。
この先輩は、本当に勘が鋭いから。
「着いたよ、ここがはるかの家」
「え……ここがですか?」
「ふふ、大きいよね。私も始めて呼んでもらった時は驚いたもの」
造りは恐らく欧米風。
スパニッシュデザインとモダンな雰囲気が上手く調和されており、映画等の撮影に使われていそうだ。
表札を見れば確かに「森島」と言う文字が表記されており、ここが先輩の家で間違いない。
芝生の引かれた庭には、ガーデン用の白い机と椅子が置かれており以前先輩との会話で出てきていた物だと気付いた。
「橘くん、用意は良い?」
「……はい、いつでも」
深く息を吐き出し、そしてまた息を吸い込む。 嫌でも緊張しているのが実感出来た。
「そんなに気を張らないで、大丈夫だから」
何故だろう。
その一言で随分と肩が軽くなった気がする。
もう一度深呼吸を行ったタイミングで、塚原先輩がインターホンを押した。
4月からの準備を始めた為、もしかすると次回の更新は遅くなるかもしれません。
閲覧ありがとうございました。