アマガミサンポケット   作:冷梅

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新生活早々、風邪を引き寝込んでいました。
皆様も、お身体に気をつけて日々をお過ごして下さい。


では、本編の方をどうぞ。


12月-⑦

  インターホンが押されたことにより、それに伴いチャイム音が鳴り響く。 流れたその音は、近所のコンビニエンスストアの入退店を知らせるものと同じものであった。

 

『……はい、森島です』

「あ、はるか? 私だけど」

『響ちゃん……』

「連絡もせず、突然ごめんなさい。聞いて欲しい事があるの」

『……うん』

「今ね、橘くんもここに来ているんだ」

『……何で』

「彼独りならはるかは動かない、動けない。だから、私も来たの」

『……そうなんだ』

「彼と話出来る?」

『………』

 

  それもそうよね、と塚原は小さくそう落とす。 そう上手く話が進むとは思っていなかった。 自分が同じ立場であれば、言葉を並べて言いくるめられたのだろうと思案するからだ。

  だからと言って、ここで引く事は勿論出来ず、そもそも選択肢に存在しなかった。

 

「はるか、お願い。話だけでも聞いて欲しいの」

『……橘くんもそこに居るのよね?』

「ええ、居るわよ」

『……そっか、分かった』

 

  通話終了を知らせる音が鳴ってから少し過ぎた頃、沈黙を破り閉ざされていた玄関の扉が開いた。

 

「……はるか、ありがとう」

「お礼はまだ早いよ響ちゃん。――――久しぶりだね、橘くん」

「お久しぶりです……先輩、僕は!」

「ちょっと待って」

 

  純一が言葉を紡ごうとした矢先、森島はそれを直ぐさま制する。 その言葉を聞くや否や、途端に純一と塚原は顔を青ざめた。

  一呼吸置いて、二人から視線を外し森島は言葉を続けた。

 

「……落ち着いて話をする為にもね」

 

  示されたのは家庭用ガーデンセット。

  そこから読み取れる意図として、互いを考慮している事が伺える。 もたらされた安堵によって、二人の引いていた血の気は無事に戻る事になった。

 

「先輩、誤解を招かせてしまってすみません。あの噂は、根も葉もないモノなんです」

 

「あの写真が偽物だと、確かな証拠を示す事は今この場では出来ません。でも、噂にあった様な事を僕はしていません」

 

「先輩……僕を、信じて下さい」

 

  アルミ質の椅子に腰をかけるなり、純一は

 矢継ぎ早に言葉を紡ぎ森島へと思いの丈を伝えた。

  しかし、森島の表情は依然として暗いもののまま。 純一がどれだけ言葉を並べようとも、負ってしまった傷は根深く心に住み着き、簡単に癒えてはくれなかった。

 

「はるか、やっぱり信じられない?」

「……わかんないよ」

「そうよね、だから今日はこれを持ってきたの」

「……これって」

 

  紺色のショルダーバッグから取り出されたものは一冊のノート。 どこにでも売っているような、ごく普通の大学ノートだ。

 

  ただ――――違う点を挙げるなら、それは森島へのメッセージが詰まっているというところ。

 

 自分があれだけ酷く言われているにも関わらず、それでも尚森島を助けようとする純一に、胸を打たれた神代のとった行動がそれだった。

 

「クラスの皆が、はるかにって。橘くんは、誰に何と言われようと自分を曲げなかった。酷い逆風の中で、自分の意思を貫いたの。そのノートは、それの証――――これでもまだ信じられない?」

 

  森島の瞳からつうっと一筋の涙が流れ、やがてそれはボロボロと大きなものへと姿を変えていった。

  とめどないと言わんばかりに、涙は止まるところを知らない。

  森島は泣いた。

  ただひたすらに、二人の前という事も忘れて泣いた。

 

「――――落ち着いた?」

「……うん」

 

  それから暫くして、優しく問われた質問に森島は小さいながらも頷きを返した。

  そして純一に視線を向け、微笑みながら言葉を落とす。

 

「君はホントに……いつでも一生懸命だね」

「先輩……」

「ごめんね橘くん、迷惑かけちゃった」

「先、輩……」

「もう……泣いちゃうなんて……ズルいんだから」

 

  二人の目尻に、熱いものが込み上げる。

  互いに見つめ合い、顔を赤らめては伏せるという見事なシンクロがここに生まれていた。

 

「……せ、先輩!」

「どうしたの?」

「あの、お話したいことが――――」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

  森島邸を後にした二人はバス停へと歩みを進めていく。 最寄りのバス停まで後少し、交差点へと差し掛かったところでふと純一は足を止めた。

 

「……行くのね」

「はい」

 

  塚原の問いかけに、純一は短いながらも力強くそう言い放った。

 

  ――――余計な心配は、するだけ無駄ね。

 

「先輩、色々とありがとうございました」

「良いのよこれくらい。貴方なら大丈夫、頑張って」

 

  塚原の言葉に頷いた純一は、後ろを振り返ること無く走り出す。

  まだ事は済んでいない。

  待たせているのだ、独りの少女を。

 

  目指す場所は、いつかの公園。

 

 

「……やっぱり、ここだったか」

 

 

  純一がその場に到着するなり、丁度17時を知らせる自治会の放送が辺りに鳴り響いた。

  この時刻になると、陽は沈みかけ辺りは暗闇に包まれ始める。

 

  ――――初めて出逢った時も、確かこんな感じだった様な。

 

  脳裏に過ぎるのは七咲との邂逅。

  あの時はあまりの衝撃に、当初の目的を忘れて暫くその場で呆然としていた憶えがある。

  それから程なくして、今度は体育館裏で二人は再会を果たした。 そしてこの時もまた、純一の視線は七咲が制服の下に身につけているであろうものに釘告げになっており、その場には微妙な空気が流れた。

 

  ――――あの時からだ、七咲との距離が近くなったのは。

 

  美也を通して、中多を通して、塚原を通して、そして、森島を通して。

  純一は七咲逢という人を知り、七咲も橘純一を知っていった。

 

  そんな二人は今、深い亀裂に襲われている。

  それを埋める為に、純一は今この場に立っている。

 

「……七咲」

 

  視線の先に、ブランコに腰を下ろした七咲の姿を捉えた純一はその名を呟く。 これまでに何度も見てきたその背中を、見間違う筈が無かった。

 

  距離にして凡そ1m程。 そこまで歩み寄ったところで、七咲の口が動きを見せた。

 

「……私、嘘をつきました」

「……嘘?」

「“あの人”には、もう気にしていませんと告げましたが、本当のところは整理がついてないんです」

「……七咲」

「許します、とも伝えましたがどうしてあの時……と、今もそう思ってます」

 

  表情こそ見えないが、純一には今の七咲がどんな面持ちで言葉を選んでいるのかが痛いほど理解することが出来た。

 

「今から話すことは、全て私の独り言です」

 

  そんな純一を知ってか知らでか、七咲は体勢を変え純一と向き合う形を取ってから言の葉を紡ぎ始めた。

 

「私は……先輩が好きです。こんな想いは、初めてのことでした」

 

「不思議です。避けようとすればするだけ、私の中の先輩に対する想いは強く、大きくなって」

 

「聞いたことがあるんです。好きの反対は無関心。嫌いの反対は好きなんだって。私は先輩に対して……無関心になれなかった」

 

「だから、先輩の噂が否定され始めたと訊いた時、本当に嬉しかったです」

 

「先輩は、お世辞にも勘が良いとは言えません。その鈍感な人が、やっと気付いてくれたのかも知れない……そう思いました」

 

「でも、違いました。先輩の中のヒロインは――――森島先輩だった」

 

「ホント、バカだと思います。自分から距離を置いて、先輩から離れておいて、風向きが変わればそれに縋ろうとするなんて……」

 

「都合の良い自分が、嫌いになりました。ぬか喜びは、辛かった。私だって……先輩が好きでした」

 

「初めて逢った時から、きっと先輩に惹かれていたんです。不思議な魅力を持った、その優しい眼差しが私の心を揺さぶるには充分でした」

 

「……私は、自分でその想いを汚してしまった。誰よりも、先輩のことを想っていたはずなのに、信じることが出来なかった……」

 

「酷い態度をとって、すみません。先輩のこと、今もまだ好きですみません…………弱い私で、すみません…………」

 

  必死に目を溜め、羞恥や憤怒から来る身体の震えに七咲は必死に耐えた。 そんな七咲の様子を見た純一は、気付けば手を伸ばそうとして、その手は何も掴むこと無く下げられた。

 

 ――――僕は、なんて無力なんだろう。

 

「……七咲」

「……はい」

 

  顔を伏せ、必死にその表情を見られないとする七咲に対し、純一は想いを吐露していく。

 

「本音を聞かせてくれて、ありがとう」

「……」

「あの子のことを、表面上とは言え許してくれてありがとう」

「……っ」

「謝ってくれてありがとう。七咲は優しいから、この話もまた自分の弱さだと数えるんだろうね」

「……先、輩」

「……僕は、七咲の気持ちに応えることが出来ない……けど――――逢えて良かった。心からそう思うよ」

 

  溢れ出す感情に、遂に涙腺は耐えられなくなり決壊を起こす。 ブランコの椅子を支える銀色の鎖を強く握り、七咲は感情が溢れ出すまま涙を流した。

  純一は悔いた。 強く悔いた。 何も出来なかった自分を悔いた。 持ち前の優しさ故に、誰にも助けを求めることが出来ず、独り苦しみ続けた少女を、七咲を助けられなかったことを悔いた。

 

  謝罪の言葉は口に出さない。 口に出せば、七咲はまた自分を責めることになると解っているからだ。 だから、心の中で何度も繰り返す。

 

  ――――ごめん、七咲。

 

  ――――僕がもっとしっかりしていたら……。

 

  ――――ごめん、七咲。 ごめん……。

 

  それから暫く時間が立ち、七咲はひとしきり泣いた後その場から立ち上がった。

 

「……先輩」

「何? 七咲」

 

  純一の優しさが篭ったその返しに、七咲は再び胸の奥が熱くなるのを感じる。 が、今はそれに浸っている場合では無いと小さく息を吐き、しっかりと純一の量の目を見て言葉を告げた。

 

「先輩、仲直り……してくれませんか?」

「――――うん、仲直りしよう七咲」

 

  手を取り合った二人はしきりに笑い合い、そしてどちらとも無く手を離し目を見つめ合った。

 

「明日はとびきり美味しいおでんを作って待っています。是非、食べに来てください」

「……うん、ありがとう七咲」

「……では、失礼します。 先輩――――また明日」

「あぁ、また明日。気をつけて帰るんだぞ」

 

  ――――そっか。明日は、創設祭……クリスマスイブだ。

 

  七咲が去った後、公園のブランコに腰を下ろした純一は、既に暗くなり冬の星々が顔を出した空を見上げながら独りそう呟いた。

 

 そして日付が変わった12月24日。

 

 この日輝日東高校は、創設祭を迎えた。

 

 

 

 




今回の話は、この拙作を書き始める前から考えていたポイントだったので内容を厚くしたかったのですが今の私ではこれが限界でした。
後日、時間が出来次第何か書き足すかも知れません。

後数話で、創設祭編も終了予定です。
閲覧、ありがとうございました。

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