アマガミサンポケット   作:冷梅

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アマガミ、10周年おめでとうございます。


12月-⑧

「あ、あの……! た、橘くん!」

「は、はい?」

「うう……え、えっと、その……手紙! 読みました……」

「……手紙?」

 

  時は遡ること、金曜日の放課後。

  突然の事に純一は酷く困惑していた。

  ふぅ、と大きく息を吐き、焦る気持ちを落ち着けるように務める。

  そうして押し寄せる情報の波を整理していった。

 

『橘くん、創設祭に使う備品を取ってきて欲しいんだけど――――』

 

  事の始まりは絢辻の一言。 特に断る必要性も感じなかった純一は、資材倉庫に足を進めたのだが――――果たして事件は起きた。

 

  部屋に着いたは良いものの、そこにお目当てのものは無く、代わりにと一人見知らぬ女性が佇むだけ。 それに追い討ちをかけようと言わんばかりに少女の口から“手紙”という名が飛び出した。

 

  少女の言う“手紙”とは一体何なのか。

 

  これは一体どういうことだ、と純一は思考を巡らせるも、まるで見当がつかない。

 

「……君が誰に貰ったのか分からないけど、僕は手紙なんて書いてない」

「そ、そんな! ウソっ! ちゃんと貴方の字だった!」

「そうは言われても……ん?」

 

  少女の言葉に、純一は僅かだが違和感を感じとった。

 

「……君はさっき、『貴方の字だった』って言ったよね?」

「う、うん……それがどうかしたの?」

「この高校で、僕と君が同じクラスになったことは無いと思うんだ。――――どうして僕の字を知ってるの?」

「そ、それは……」

 

  言葉が出てこないのか、少女は言い淀む。

  その姿を見るや否や、純一の脳内は目まぐるしい回転を始めた。

 

「えっと……今更ごめんね、ホントは直ぐに訊くべきだったんだけど。君の名前を教えて貰ってもいいかな?」

「か、上崎――――上崎裡沙です」

「上崎さん、か。訊いてばかりで悪いけど、続けて良いかな?」

「……ど、どうぞ」

「自分で言うのもあれな話なんだけど、最近校内で僕の噂が色々と流れてるのって知ってる?」

「……はい」

「それで、僕が女の子と仲良くしてる写真が出回ってるみたいなんだけど――――上崎さん写真持ってたりする?」

「えっ! う、ううん……持ってない、けど……」

 

  確信。

 

  それに近しいモノを純一はその言葉から感じた。 写真の件を知っているのは、実際に見たであろう森島に七咲。 話として聞いている塚原に、相談を持ちかけた棚町と梅原、そして主人という僅かである。 その根拠として、写真の存在が噂に持ち上がった事はこの騒動において一度も無い。

  それにも関わらず、先程の会話の際に上崎は純一の質問に対し明らかな狼狽を見せた。

  写真の事を知らなければ、あの様な反応はしない。

  出回っていない筈のものが、出回っていると聞いて上崎は焦りを見せた。

 

  つまりはどういう事なのかと言うと、

 

「――――君が噂を流したんだね」

「ち、違う! あたしは……」

「……違わないよ。写真を知らなかったら、あんな反応はしないと思う」

「……証拠はあるの?」

「さっきの写真が出回っているって話、あれ嘘なんだ。――――ごめんね」

「え……」

「写真の存在を知っているのはホントに少数だけ、限られた人だけなんだ。僕の周りにいてくれる人たち、それと――――犯人」

「…………」

「上崎さんは、それを知っていた。理由としてはこれで充分だと思う」

「…………凄いね」

 

  何とか絞り出した、そんな声が上崎の口から落とされた。

 

「思ってたより、頭が切れるんだ」

「……蒔原さんの時も、君が?」

「……全部お見通しかぁ。凄いね、橘くんは」

「僕は別に凄くなんてないよ。それより聞かせて欲しい――――どうしてこんな事をしたの?」

 

  純一の問い掛けに、上崎は思わず顔を曇らせる。 とても哀しげに絞り出すような声色に心が傷んだ。

 

「そうだね、貴方は知る権利があるから」

 

  聞いてくれる? と上崎は言葉を落とした。

 

 

 

 

  * * *

 

 

 

 

  きっかけは、一つの出来事だった。

 

  二人がまだ小学校3年生の頃、ある日の昼休みの事である。

 

  給食の片付けが進み、教室は賑やかな雰囲気に包まれている。 そんな中、少女――――上崎裡沙は教室の片隅で独り小さな身体を震わせ目に涙を浮かべていた。

  上崎は今日転校してきたばかり。 大人しい性格で、まだ友達の出来ていない上崎にとって頼れる者は担任の教師だけだ。 しかしその頼みの綱であった教師も、教室の外で給食当番の子供たちと共に食器の片付けを行っている最中である。

  少女の希望は絶たれ、独り格闘する時間が延々と続く様に思われた――――そんな時だった。

 

「牛乳飲まないの?」

 

  少年の言葉と共に、少女の元に一筋の光が舞い込んだ。

 

「……牛乳……嫌いなの」

 

  突然の出来事に、直ぐに言葉が浮かぶことはなかったが何とか返答する上崎。 独り絶望の中に取り残された気分を味わっていたため、尚のこと反応は遅れてしまう。

 

「――――じゃあ僕がこれ貰ってもいい?」

 

  そんな上崎を気遣ってか、その少年は優しい申し出を行なった。

 

「あ、ありがとう……」

「ううん、僕の方こそ牛乳ありがとう!」

 

  一瞬で牛乳瓶の中身を空にした少年は、歯を見せ朗らかに少女に笑いかける。 その笑顔は少女を照らし、少女は自身の胸が温かくなるのを静かに感じた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「覚えていないみたいだけど、あたしはね、小学校も貴方と同じだったの。とは言っても、引越しの関係で転校してきたから途中からだけどね」

 

「小学校の時って、給食残しちゃダメだったでしょ。あたし苦手な物が幾つかあるの。焼き魚、酢の物、ゴーヤ……それと牛乳。 特に牛乳が嫌いで、どうしても飲めなかったの」

 

「転校する前の学校では残しても良かったのに、あの学校では駄目だった。どうして転校してきたばかりのあたしにこんな意地悪をするんだろうってそう考えると余計に飲めなくて、独りで悲しくなってた」

 

「そんな時にね、橘くんが牛乳を飲んでくれたの。それから毎日、あたしの牛乳を飲んでくれた」

 

  上崎がそこまで紡いだところで、純一は力無く頭を垂れる。 彼女はここまで明瞭に記憶しているのに、何故自分は朧気どころか覚えてすら無かったのだろうか。 そう思わずにはいられなかった。

 

「……ごめん、覚えてなくて」

「ううん、いいの。あたし、目立たない地味な子だったから」

 

  だから気にしないで、と純一の謝罪を受け取った上崎は、更に言葉を続けていく。

 

「大袈裟だと思うかもしれないけど、あたしにとっては特別なこと。橘くんのことが、本当の王子様みたいに思えたの。それからずっとずっと、貴方のことを見て来た」

 

「なのに、あの人は……蒔原さんは、橘くんを友達と馬鹿にする為に、自分のステータスの為だけに貴方の誘いをふざけて受けて……許せなかった!」

 

「あたしは橘くんのことずっと本気で好きだったのに、橘くんが好きになった人ならって諦めようとしてたのに……」

 

「だからねあたし、橘くんからの伝言だって言って、嘘の待ち合わせ場所を伝えたの」

 

  なるほど、と純一の中で探していたピースが当てはまった。 少し前の事、丘の上公園で蒔原と偶然とは言えど再会を果たした時のことを思い出す。

 

「……それで僕は独り残されたわけだ」

「ごめんなさい。結局あたしの行動のせいで、あの時橘くんはとても傷ついてしまった」

「……今も、良い思い出は無いよ」

「そう、だよね……だからあたし、あの時橘くんを守れなかった責任を感じて貴方に告白しないって決めたの」

「上崎さん……」

「でも、最近橘くんが2年前のことを乗り越えようと、積極的に女の子たちと仲良くしているのを見てあたし思ったの。また橘くんが他の女の子に傷つけられたらどうしようって」

「……それで写真を使ったの?」

「……うん。橘くんにはもう付き合ってる人がいるって、でっち上げの証拠写真まで作ってみせて」

「何で、そこまで……」

「さっき言った通りだよ。他の女の子じゃ橘くんを傷つけるかもしれないと思ったって。だからあたし、橘くんと距離が近い森島先輩と七咲さんを傷つけたの……」

「…………」

「……本当にごめんなさい。謝って済む問題じゃないと思うけど……」

 

  沈黙を破ってそう言った上崎の身体は小さく震えている。 少しばかり視線を逸らすと、目に入ってきたのは握りしめられた両の拳。 制服の袖から覗く指先の血色が赤く変化している様子から、その心の内をある程度純一は察した。

 

「……あたしって、ホントにズルいね」

「そうだね……ズルいかもしれない」

「貴方を守るためって思い込んで……でも、それは嫉妬だったのかも。橘くんを、他の人に取られたくなかっただけ」

「……っ、でもそれは」

「貴方に幸せになって欲しかった。それだけだったのに、他の人から幸せを奪っちゃ……駄目だよね」

「――――理由はどうとあれ、上崎さんは人を傷つけた。これはやっちゃいけないことだよ」

「だね…………あたし、迷惑をかけた人全員に、謝らなきゃ……沢山酷いことをしちゃった」

「うん。それに気づいてくれたなら、僕のことはもう気にしないで」

 

  膝から崩れ落ちた上崎の目からは、涙が堰を切ったように流れ出す。

  彼女は彼女なりに画策し、最善を求めての行動だったのだと純一は深く理解していた。 ただ、そのやり方が間違っていた、それに尽きる。

  人間に過去を変える力は備わっていない。 起きてしまったことはもう変わることの無い事象である。 しかし反省し、次に活かす力もまた持っているのが人間という生き物だ。 自身の行いの過ちを認め、改善に努めようとする者を責める気など純一には毛頭無かった。 人を赦せるこの性格が、彼が橘純一として人に好かれる所以である。

  そっと優しく、震える身体を支えながらその背中を撫で続けていく。

  資材倉庫に、上崎の嗚咽だけが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

  * * *

 

 

 

 

 

  一頻り泣き終えた上崎はそっと顔を上げる。 流した涙の影響で目のあたりがやや腫れているが、顔つきはどこか晴れ晴れとしている様子が見て取れる。

 

「ありがとう橘くん。もう、大丈夫だから」

 

  上崎はおもむろに立ち上がり、落ち着いた所作で制服の裾に付いたであろう埃を払っていく。

 

「落ち着いたみたいだね」

「迷惑ばかりかけて、本当にごめんなさい」

「……僕のことはもう気にしなくていいよ。それより二人に、ね」

「うん。じゃあ、あたし行ってきます」

 

  上崎は純一に頭を下げると、県内でも有数の屋内プールで部活動に励んでいるであろう七咲の元へと向かう。

  途中で視界に捉えた時計はもうすぐ17時を示そうとしている。 基本的に部活動は18時を迎えれば終了となるが、校内でも力を入れている水泳部、剣道部、硬式野球部といったところは時間を延長して活動することが学校によって許可されている。 その為今屋内プールを訪れても七咲と対面できないのは自明の理であるが、そんなことはお構いなしに上崎は足を進めた。

  自分はあくまで謝罪をさせて(・・・)貰う側だ。 傍から見れば、自己満足とも取れる行動かも知れないことも理解している。

 部活動を終え体力を消耗しているところに突然押し掛け、尚且つあの話を伝えれば七咲が精神的疲労を被ることも想像に容易い。

  しかしそれでも、七咲に掛けてしまった枷を取り除くにはその方法しか思い付かなかった――――

 

 

 

  上崎が資材倉庫を去ってから少し経った頃。

  当初の予定通り、指定された備品を探そうと棚を眺めていると不意に入口に影が差した。

 

「あれ、どうしたの絢辻さん」

「さっき橘くんに頼み事をしたでしょう? 帰って来ないから少し心配になって」

 

  絢辻の言葉通り、純一が資材倉庫に向かってからかなり時間が経過していた。

  慌てて頼まれていた備品を探すために部屋中に視線を巡らせ、ふと違和感を感じた。

  そしてその違和感はあっという間に意識に浸透していく。 普段使わない資材倉庫に、手紙を見たという女子生徒が待っており、しかもその彼女が現在輝日東高校を騒がせている噂の元凶だったのだ。 あまりにも、出来すぎている。 それこそドラマや映画の脚本のように。

  そう、まるで誰か意図を引いているように。

 

「絢辻さん、まさか君が」

「ご明察。橘くんが考えている通りだと思うわ」

「……ありがとう、で良いのかな」

「お礼なんて要らないわ。あたしが勝手に動いただけだもの」

「……そっか」

「でもごめんなさい、強引な手段を取って」

「そうだね、確かに強引だったかも」

 

  点と点が繋がったことに、純一は安堵のため息を漏らした。 確かに、絢辻ならばクラスメイトである自分の字を知っていてもおかしくは無い。 何より絢辻ならば一連の流れをやってのけても不思議では無いと納得がいくものである。 何でもこなせる万能すぎる人物として、純一の中で絢辻はイメージが定着していた。

  改めてその絢辻を見て、そして肩を竦めた。

 

「何?」

「やっぱり絢辻さんは凄いな、って」

「そう、それはどうも」

「……絢辻さん、ひょっとして怒ってる?」

「あら、どうしてそう思うのかしら?」

「こうなんというか、いつもと雰囲気が違うような感じがして」

「気の所為よ」

「そうは思えないんだけど……」

「そんなことより、明日は森島先輩に会いに行くんでしょう? そろそろ帰って身体を休めた方が良いと思うけど」

「……うん、そうだね。じゃあ、僕はこれで」

「ええ、気を付けてね」

 

  疲労感を感じていた純一は、大人しく絢辻の言葉に従うことにした。 今日一日の情報量はあまりにも濃く、そして多すぎた。 ここ最近は噂のせいもあって精神的にきついモノがあったのは事実である。 そこに加えてあの上崎の話は、純一を疲弊させるのに充分すぎる力を孕んでいた。

 

「どうしてあたしの周りにはこうもお人好しが過ぎる人ばかり居るのかしら」

 

  今のままでは埒が明かない、といつか主人がして見せたように手紙を利用したが、よくよく考え見ればそれは失礼極まりない行為だったように思える。 事件を解決するためとは言え、彼女の想いを利用したのである。 結果的に、事件は好転を見せたがリスクは十二分に存在していた。

  上手くいったものの、その過程は決して褒められるべきものでは無いと絢辻は感じていた。

 

  全く嫌になる、と純一を見送った絢辻は踵を返し、上崎が向かったであろう場所に歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






随分と久しぶりに帰ってきました。
実に一年ぶりとなる投稿です。

相も変わらず地の文に苦戦していますが、次話も目を通していただけると幸いです。

感想、批評お待ちしております。
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